はてなキーワード: ひき逃げとは
眠れないので、誰にも話したことのない話をする。それは僕の人生についての話だ。
僕の一番古い記憶は、二歳のときのものである。祖父に手を引かれた幼い自分が、夏の祭ばやしの中でぼうっと立っている。そんなはっきりとしない風景のような記憶。
その夏祭りと同じ年、祖父はまだ50代という若さで死んだ。大の酒飲みでもあった祖父が居酒屋からの帰り道に道路のど真ん中で泥酔して寝ていたところ、通りかかった車にひき逃げされたのだそうだ。犯人は結局見つからず、警察の役人的な処理の仕方に家族は憤りを感じたらしい。そういうこともあり、僕の一番古い記憶は、僕がもっている祖父に関する唯一の記憶でもある。
ただ、この祖父との夏祭りの記憶はおそらく後から作られた記憶なんじゃないかと、僕自身は思っている。なぜなら、祖父に手をひかれている記憶のなかの「幼い僕」は、記憶の観察者である「僕」のほうを見ているからである。ふつう自分自身の記憶であれば、自分の顔がその記憶の風景の中にあるはずがない。僕が一番古い記憶だと思っているその祖父との思い出は、一人称の記憶ではなく、三人称の写真的な風景なのだ。多分、祖父が死んでずっと後、僕が物心ついた頃に祖父との夏祭りの写真をみせられたか、もしくは親類が思い出を語ってくれたことで自分の中で作られた記憶なのではないかと思っている。
祖父に関するもう一つ記憶に残っている話がある。それは僕の父が語ってくれた父の記憶だ。祖父がひき逃げされた数ヵ月後、御巣鷹山の日航機墜落事故がおきた。日本中の人々の関心を呼んだその事故の報道を見ながら僕の父は一人の目撃者や証言者もなく数ヶ月で忘れさられてしまった祖父の事故を思い、命の価値は同じはずなのにどこか不公平だと感じたそうだ。その話を父から聞いたのは僕が中学生くらいのときだったと思う。多くの人の命が失われた大きな事件なのだからそんな田舎のひき逃げ事件より注目を集めるのは当たり前じゃないかと、思ったのを覚えている。
僕の話に戻ろう。祖父との夏祭りの記憶の次に覚えているのは、幼稚園の庭のすみで幼なじみの男の子と二人、もくもくと遊んでいる僕の姿だ。これも記憶というより、印象といったほうがちかいかもしれない。幼稚園では他にも友だちがいたはずなのだが、僕はいつもその幼なじみとばかり遊んでいた。他のこどもたちは幼稚園の庭の真ん中でみんなで仲良く遊んでいる。ただ、僕とその幼なじみだけが庭のすみっこで別のことをして過ごしている。そういう記憶だ。
僕は自分がマイノリティであるという漠然とした自意識をもっている。そういう自意識はおそらくこの幼稚園時代からもっていたのではないかと、特に理由もないのだが、なんとなくそう思う。はっきりとは覚えていないのだが、そんな幼稚園時代を過ごしたという印象だけ残っている。
その後僕は幼なじみと同じ小学校にあがった。幼なじみをKと呼ぼう。小学生になった僕はKのほかに、新しくJという友達ができた。Jは別の幼稚園に通っていたのだが、帰り道がKと僕と同じなので自然と仲良くなったのだと思う。なにをして遊んでいたのかはあまり具体的に記憶にないが、学校の帰り道やお互いの家、近所の公園などで過ごしていた記憶がある。たぶん、他のこどもたちも同じように過ごしていたんじゃないだろうか。幼稚園のころよりかは幾分交友関係が広り、幾分マイノリティでもなくなった。
だが、マジョリティではなかった事だけは確かだ。小学生だったことがある人はわかるかと思うが、子供のなかでは子供なりのカースト的な階層があるものだ。上位階層に所属しているのはもちろんスポーツが得意な子供達である。野球やサッカーではエースで、なおかつ顔がカッコイイというWという同級生がそのカーストの頂点で君臨していた。僕は早生まれということもあってか運動がまるきりダメで、そのためカーストの中では下位に位置している存在だったが、意識して階層の外にいるように、つまり上位のやつらやその友人たちとはあまり接触しないように過ごしていた。交友関係が広がったとはいえ、マジョリティだとは言えない存在だった。要するに僕の自意識はマイノリティのままだったのである。
スポーツがまるでダメと書いたが、そのおかげでマジョリティになれなかった僕はスポーツというものに対してどこかしら卑屈な感情をもっている。マジョリティへの嫉妬が、スポーツができないという事に転嫁され、それがスポーツそのものへの憎悪に近い感情になり、その結果スポーツは僕にとって禁忌になった。自分がどこからしら劣っているのはスポーツができないからであり、その元凶であるスポーツには近寄ってもいけないという発想である。運動ができない子供はみな同じような感情を抱くものなのだろうか? スポーツが僕の中で禁忌であるというこは特に誰にも話したことはないので、他の似たような子供はどう感じているのか正直よくわかない。
これは成人した後、それも社会人になってからの話だが、会社の同僚と学生時代の部活の話をしているとき、僕はおどけた調子で「運動したら負けだと思っている」と当時ネット上で流行していた言葉をもじってスポーツに対しての卑屈な感情を冗談めかして言ってみたことがある。だが、その時話をしていた元サッカー部という同僚がそれを素直に受け取ってしまい、おそらく彼には僕と同じようなスポーツに対してのコンプレックスがないのであろう、結果、彼の気分を害してしまった。その人自身は運動会系というより文化系の人間だったので、僕の原体験を共有できるものと勝手に思ってしまった自分が悪いのである。スポーツに対して当たり前のようにコンプレックスをもたない人間を目の前にし、自分はやはりマイノリティなのだと再認識をした。
僕達の育った町は自然あふれる田舎でもなく、かといってビルが屹立する都会でもなく、よそから引っ越してきた人達がつくったマイホームが国道や鉄道沿いに立ち並ぶ、いわゆる郊外と呼ばれる場所だった。「だった」と過去形で書いたが、現在でもその風景は変わっていない。駅の前には商店街や、小さな個人書店や、同級生の親がやっている歯医者。国道沿いにはファミリーレストランや大きめのおもちゃやさん、そして西洋の城を中途半端に模したラブホテル。この国のどこででも見られるような平凡な風景だが、誰にでもそうであるように子供の頃の僕にとってはそこは唯一の場所であった。
他の小学校のことはよくわからないが、僕の通っていた小学校には他の町に遊びに行ってはいけないという「きまりごと」があった。僕の家は隣町との堺がちかく、同じ町の友達の家に遊びに行くのにも隣の町を一部横切っていったほうが近いといったようなところに僕は住んでいた。「きまりごと」はまもらないといけないと素朴に信じていた小学生の僕は、友達の家に行く途中隣町をちょこっと横切るだけでも、ちょっとした罪悪感を感じていたものだ。まして電車にのって別の町まで買い物に行くなどどいうのは親同伴でなければ許されない事だと、そう固く信じこんでいた。
(断章)
連日のネトウヨ(ネット・ウヨク)の騒ぎっぷりはエスカレートする一方だ。常に新たな燃料を見つけしゃぶり尽くすまで騒ぎ立て被害を拡大する。
7月だけでもなでしこ熊谷選手やPixivなど目に痛いネット上の騒動は続いてたが現在は目下、宮崎あおいの夫、高岡氏の「8は今マジで見ない。韓国のTV局かと思う事もしばしば」発言をダシに韓流バッシングが横行中。
あまりの騒ぎぶりにどの騒ぎも原因は二の次で、災いだけが見た人にすり込まれてしまっているのではないだろうか。
また、騒いでる9割の人は尻馬にのって踊ってるだけで、怒る義理も筋合いもあったもんじゃないだろうにとしか思えないというか、むしろ毎週新しい着火ネタを探し、前日より盛大に燃やすことを生き甲斐にしてるのがネトウヨと呼ばれる人達で、そしてまた尻馬に乗るのが好きな人に伝搬していく。今日の↓の騒ぎなど、この国は大丈夫なのか?と思わざるを得ない程だ。
高岡騒動で鬼女がフジテレビスポンサーへ抗議、花王を筆頭に不買運動へと発展
http://hamusoku.com/archives/5455828.html
毎度この手の騒ぎを見ると、今なお世界中で日本のためにチャリティ活動をしてる人もいるというのに、なんというバチ当たりと驚くのは山々だが、そもそもネトウヨの発生原理にまるで対処がされてないんだからしょうがない。例えるなら食べたリンゴのカスをそこかしこに投げ捨てゴキブリがどんどん沸いてきてもキモいからと見て見ぬふりをしてるようなものだ。
発生原理や習性の考察は各所にあるが、わかりやすいのは人種差別が好きな人達、今風にいうとレイシストの発生原理がこそがネトウヨの根本と思われる。
レイシストもレイス(種族)の派生単語と言えばわかりやすく、即ち自分の種族にナルシストのようにどっぷりの人のことがレイシスト。つまり自分(の種族)以外は劣等ということ。
レイシストの発生原理に戻ると、これまた単純に「日本で生まれたということ以外なんの自慢もない人が、唯一の優越感として種族をダシに近所(隣国である韓国・中国)をバッシングする」がメジャーで、即ち無職童貞がネットで唯一のっかれる(と勘違いして)優越感を分泌するネタが近隣諸国への差別であり、無職ゆえに無限の時間で繰り返すし、優越感が不足するとさらに次のバッシング材料を求めてさまよい、見つけた炎上ネタの上でまた踊り狂う。
なんで隣国をバッシングするかというと、隣の国の名前しか知らないって次元の子供も多いだろうし、やはり差別をする優越感のみで生きてける性質が固定的な視野の狭さになってるだろうし、こうした人に世界情勢や「韓流を流しすぎというがハリウッド映画はもっと流しすぎだろ」という正論を説いてもそりゃ受け付けないだろうと。
そうした原理の「なんの自慢もない人」とは未成熟な子供が当てはまるし、差別というオモチャにはまった子供の集団は、かつての暴走族と同様の結束力や社会的問題になるもの当然。
つまり、ネトウヨへの牽制で正論を説いても、暴走族の集団に社会情勢を話しても誰も聞かないような感じで、かみ合うことはほぼないだろう。
有名人にTwitterで凸してなにか炎上ネタを引き出そうとするネトウヨにマジレスしても、さらにからかわれるだけなのもよく見かける。
ある意味、かつての不良・暴走族を凌駕する社会問題だと思うが、一体どうなってしまうのか?
っと、いうか、法律や条例、規制が強化されるに決まってるだろうというしかない。
当たり前だが、記名でやったら罰則を受けたり疎ましく見られるリスクがある行為を匿名ならしてもいい、というのがネトウヨの勘違いの大本だし、勘違いを正すには、罰を受けるべき罪が生じたら、罰が罪の主に課せられるのは当然だ。
匿名だから罪の主がわからない、というのが現状のネックだろうが、ならばそのネックを生じさせてるサービスの大本も国が咎めるべきであろう。人類のいついかなる時代も、人を脅かす行為を咎めるシステムは必ず構築されてきたが、今はネットという発明の直後ということで、それが弱い。
もっと言えば、なぜシステムが弱いかと言えば、やはり日本はネットにおいては先進国で、諸外国以上にネトウヨのような集団の問題が拡大するのが早かった。
なにせiPhoneタダで配ってブロードバンドがこんだけ格安で一般に普及してるなど、海外から見ればまるで夢の国のような話なのだが、職も何もない人達がタダで使えるネットのおかげでレイシスト化も増長し、変な話でネット普及の張本人、孫正義が一番炎上しているという。
言うなれば、自動車が世界に先駆けて普及した国に信号機や道交法がなければやんちゃなドライバが交通事故を起こすのも当たり前ということ。今日のアマゾンの事件などひき逃げし放題のような野蛮な社会を彷彿させる。
「匿名で起こした罪は、被害者が本人追求できるようにすること」をサービスを提供するものに国が義務づけるのはそう遠くないというか、将来も現状のようにネトウヨ発生し放題のまま放置のほうが考えにくいと思われる。
ちなみに韓国も日本に並ぶネット先進国で、一足先にそうした制度を導入した。理由はネットでの誹謗中傷に悩む芸能人の自殺が連発したから。
かわいいアイドルが見るに堪えない中傷の末、連続して自殺してったら国会も匿名問題を考えざるを得なかったということだろう。(言うなれば平野綾が今のまま誹謗され続けた末死んでしまうような話)
日本でも同様に、そうした悲惨な事件を繰り返さないと対策が進まないのなら、人として韓国より劣ってるんじゃないかと思う。さっきの自動車の例で言えば、事故の対策で道交法や信号機を設置した国があるのに、自分の国はもっと死人が出てから対処を考えようというのはおそまつな話だ。
そうした次元に発展しないよう問題提起の声も徐々に増えてるが、ネトウヨは腐っても人間なので、意見をすれば敵対もするし、相手としては恐ろしいことこの上ない。つまり、まともな人間なら大抵の場合ビビってまともに発言が出来ないのもしょうがない。
しかし、暴走族対策の時と同じように、問題の当初に圧倒的に不足してるのは大人の反応なんじゃないかと思う。
前述のように子供ならそうした流れに取り込まれる危険は多分にあるし、誰しもいずれは親になり、我が子のためにもそうした危険がない社会を願うものだと思う。
ネトウヨへの対策を社会はもっと意識すべきと思う反面、恐れる気持ちがあるならば、この記事をRTしてみて欲しい。
RTの数で関心の高さが表され、憂国の士が志ある行動をしてくれることを強く強く願う。
ならば早くこの人のようになればいいのに。
今35才なんだが、コイツは16才以降、今まで檻の中に居た時間の方が長い
小・中と、ひどい虐めを受けて、ある日突然キレて生き方を変えた奴なんだが
本人曰く「また、正月前には自首予定」、、、似たように虐められていた他の仲間達が
「もう20年以上たってるんだ」
「もうやめてやれよ」etc
言っても聞かない
何か壊れてしまって
昔虐めていた連中に徹底的に粘着して復讐することが
ケラケラ壊れたように笑うのが怖かった。
お前等が虐めてた過去は、忘れもせず水に流しもしないが
柴田の墓石たたき壊して、骨壺にウンコかけるなんてまともじゃねぇが
止めようもない。
ひき逃げ(4年半)
いたずら電話
嫁と息子、娘への○○○ (5年)
今3人は、何処にいるかまで調べてる
http://d.hatena.ne.jp/hagex/20101029#p1
余華という中国の作家の、初期の短編で『十八歳出門遠行』という作品がある。十八歳の少年が旅の途中で出会った出来事を描いた短い話だが、そのなかに、道ばたにリンゴを積んだ車を止めていたら、付近の村人たちが無言でやってきて、いきなり何もかも奪っていってしまう、というシーンがある。たまたま今日その話をしていたら、話していた相手が、私もちょっと似た経験をしました、と言う。
どういうことか聞くと、
・もう10年以上前のことだが、大陸でバスに乗って移動していたら、急にそのバスが止まった。
・ふと前を見ると、バスの前に人が立ち並んで道を遮断している。そのうちに付近からも大勢人が出て来て、バスを取り囲んでしまった。
・話を聞くと、ひき逃げがあった、という。
・つまりこのバスのしばらく前を走っていた車が、人を跳ね、そのまま走り去ってしまった。
・だからおまえらが金を払え、という。
理解できなかったので、聞くと、どうも、車に乗ってる人間=おれたちとは違う側の人間=引き逃げした連中と仲間!ということらしい。よく大陸では、農村部と都会では、まったく違う二つの国なのだと言われるが、そこまでマッドマックスな世界観になっているとは僕も知らなかった。いい田舎ホラーが撮れそうだ。
結局どうしたかというと、一人海外から来た金持ちの華僑がバスにいて、その人がお金を払ってどいてもらったんだそうな。
いやー、なんつうか、そりゃお金大事だよね。そりゃ稼ごうと思うよ。
ついこの前、上海から来た人と話してたのだけど、日本の田舎に遊びに行ってすごくびっくりした、という。設備が整ってて、都会とまったく同じレベルで生活できるじゃないか、と。そんなことないでしょう、と僕。映画館も本屋もないし。いやいや、インフラが整備されてて宿に泊まればエアコンがあってってことを言ってるの。言っとくけど私は中国国内で田舎旅行なんか絶対しないよ。
まあ、上海人(基本的に田舎がきらい)のいうことだし、そんなものなのかなーと思って聞いてたのだけど、今日聞いた話で説得力が倍増しになったよ。まあ、10年以上前のこととはいえ。
子供を死なせるために遊びに行くなどというような世間体から逸脱した行為をできたというのは、合理的に考えれば親が原因。
親が教育者らしいが、おそらく育児に関しては素人以下だったのだろう。
断言するが、こういうネグレクト親や小学生殺しの宅間、秋葉原トラックひき逃げの加藤、地下鉄サリンのオウム信者
もしこいつらが俺の家に生まれて俺の親に育てられたら、100%犯罪なんてやれてない。
「この親が悲しむことは絶対ない」という意識が自然に生まれるような育て方をされてきた。
俺が何をしてもしなくてもいつもどこかで生温かい気持ちで見張ってくれている。
だから俺は親に苦労かけないように、家から出ずに親と対話する毎日を過ごしている。
山口県下関市の高校1年、アイさん(16)が先月、車にはねられたニートを見つけた。ニートには名札があり、右の前腕を骨折していた。市のニート愛護管理センターに引き取られたが、飼い主が現れなければ殺処分になる運命。「何とか助けたい」。アイさんは友人の手も借りてメールやチラシを配り、飼い主を捜した。飼い主が見つかったのは、殺処分のわずか5時間前だった。
このニートは市内の女性が飼う雑種の「マサヒロ」(33歳、雄)。2月27日夕、下関市幡生町の知人の家に遊びに行ったアイさんが、路上でけがをして泣いているマサヒロを見つけた。ひき逃げされたとみられる。ニート愛護管理センターがニートを引き取りに来たが「飼い主や里親が現れなければ、約2週間後には殺処分される」と耳にした。
あまりに無情な「宣告」。数日間、気の重い日が続いた。「なぜ人間は、ひき逃げなんてできるん。ひかれたニートをさらに殺すなんてできるん」。級友に思いをぶつけた。
「ひいたのも人間。それなら助けることもできるんじゃない?」。アイさんの思いに共鳴した級友らが次第に集まり、マサヒロの飼い主捜しが始まった。
「知っている人、『コメ』(返事)ください」。飼い主を捜すメールが、友人から友人へどんどん広がった。マサヒロの写真を載せたチラシも100枚作り、骨折の治療費も募った。チラシを目にした市内の女性が「うちの子どもでは」とセンターに名乗り出たのは、タイムリミットの3月13日だった。
飼い主の女性は「マサヒロがいなくなって夜も眠れなかった。本当に感謝しています」と語っている。
下関市では年間約400人のニートが殺処分されている。センターは飼い主が見つからないニートやひきこもりをホームページで公開し、譲渡会も開いているが、それでも殺処分は後を絶たないのが現実だ。「マサヒロは助かったけれど、毎日多くのニートやひきこもりが殺処分されると思うとつらい」とアイさん。今度は、センターの里親捜し事業を紹介するチラシを作ろうと、友人たちと話し合っている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100330-00000021-maip-soci
http://anond.hatelabo.jp/20100314195035
知らない人についていくなと子供達は教えられる
どういう不審者がいるかは覚えきれないほど情報が垂れ流されるが、
危ない池や海などには近づくなと子供達は教えられる。
でも、子供だから、そういうところに近づいて着衣したまま落ちるのがいる。
だから、泳げる子でも溺死することがある。
交通ルールで信号を守れ、左右を確認しろと子供達は教えられる。
でも、ひき逃げされたら、どうしたらいいか誰も教えない。
自動車学校でも安全運転しろと教えるが、事故を起こした後どうすればいいかは教えない。
この日本では、親も学校も「いい学校に行け」「いい会社に入れ」ばかり言う。
でも「落ちた」ときにどうしたらいいか、学校も親も誰も教えない。
だから、「落ちた」らどうしていいかわからない。
真面目に勉強した奴ほどわからない。
「他人に迷惑をかけるな」と子供のころから言われ続けるが、
他人に迷惑をかけられたら、どうしたらいいのかは一切言われない。
ここで挙げられている話に関わりそうな概念を少し切り分けて置くと
単に「世の中が馬鹿」という以上の問題として、
といったこともそうなんだけど、
なによりも「伝達コストの低い情報 vs 伝達コストの高い情報」の話である、と思ったよ。
たとえば、「知らない人についていく」ことをして拉致監禁されてしまった場合に、そこからどうやって抜け出せばいいのだろう、と考えるのは、けっこう大変なように思う。
拘束具を外す方法は?抵抗したら殺してくる相手かそうでないかを、どうやって判断すればいい?
相手と自分が戦った場合の勝機は?相手はどういう武器をもっているか?あやまって深刻な傷害が発生しないためには?
監禁者が不在の瞬間を見計らう方法は?今、自分がいる現在位置を知る方法は?どうやって助けを呼べばいい?
etc...
考えることは、たぶん、ものすごく沢山発生する。しかも、その経験がほかのことにどれだけ活きるのかはわからない。(特に安全性の高い社会生活を営むことが出来る人であればあるほど)
本当に事後対応について、きちんと教えようと思ったら、数年がかりだろうと思うが、
事前対応についてならば、たった10秒で済む。「知らないひとについっていってはいけません」おわり。
ただし、やっぱり、例外的な事後対応が多発する問題というのはやっぱりある。
自動車事故は年間何千件も起こっているわけだし、
就職できずに困っている人、というのは今や日本のマジョリティになってきている。
もし、日本人の若者の99.99%が「正社員になりなさい」で解決する状況を抱えているのならば
「正社員になりなさい」は、情報の伝達コスト低くてラクだけれども、
「正社員になりなさい」で解決しないケースが、2割とか、3割とか大量に発生してきてしまうと、それは伝達コストの低くて効率的な情報ではない、ということになる。
こういう場合は、例外ケースを回収してやる方法を(多少面倒くさかったとしても)きちんと考えてやるなり、制度を作ってやる、という話にしなきゃいかんだろうな、と。
いまのところ、教条的なおはなしに回収してやる方がまだまだラクだと思われているので、今ひとつな状況なのかな、と。
単にベーシックインカムと言っても、「財源はどうする?労働インセンティヴはどうする」とつっこまれるし、
単にベンチャーキャピタルと言っても、「いま機能していないのは確か。実現シナリオをどう描くんだ?」とつっこまれる。
つっこまれにくいのは、「新卒偏重いくない!」ぐらいかしら。
単に新卒偏重がよくない、と言っても「それは経験者採用を増やすだけの可能性をきちんと避けられるのか?」とつっこまれる。
個別的にも総合的にも考えを煮詰めなければいけないのだけれども、「例外対応・事後対応」についてきちんと対応コストを支払っていくことがやはり必要という話になる。
短期的には大変ではあっても、「不況」がくるたびに、この問題は発生するので、
不況期が単に失われた期間、になってしまうのか、成長分野に縛られにくくなる期間になるのか、
対応力の多様性が問われるところだよなぁ、などということを思った。
教条的なおはなし、というのは使いモノになるものとならないモノとが混じっている場合が多くて、
でも、それが腐っていることに気付かない人というのは多くて、どの時点で、教条的なおはなしが機能しなくなったのか、を判断するのはなかなか難しい。
まあ、もっと深刻にならないと理解されないのかもなあ。
#「正社員になれない」ことを嘆いていると、
「それは君が待遇を選んでいるからだよ」「それは君に本気度が足りないからだよ」みたいな、補完的な説明をする人も沢山出てくる。
確かに「正社員になる」ことが一番効率的で、間違いないっていうのだったら、そういう「まず、正社員ありき」な世界観をベースとした、補完的な説明構築も機能するのかもしれない。
どういう不審者がいるかは覚えきれないほど情報が垂れ流されるが、
危ない池や海などには近づくなと子供達は教えられる。
でも、子供だから、そういうところに近づいて着衣したまま落ちるのがいる。
だから、泳げる子でも溺死することがある。
交通ルールで信号を守れ、左右を確認しろと子供達は教えられる。
でも、ひき逃げされたら、どうしたらいいか誰も教えない。
自動車学校でも安全運転しろと教えるが、事故を起こした後どうすればいいかは教えない。
この日本では、親も学校も「いい学校に行け」「いい会社に入れ」ばかり言う。
でも「落ちた」ときにどうしたらいいか、学校も親も誰も教えない。
だから、「落ちた」らどうしていいかわからない。
真面目に勉強した奴ほどわからない。
「他人に迷惑をかけるな」と子供のころから言われ続けるが、
他人に迷惑をかけられたら、どうしたらいいのかは一切言われない。
あたりまえだろ
車の喩えなら「人をひき逃げする方法について相談してる掲示板でひき逃げしてもばれないように塗装が落ちにくくてナンバーも見えづらくしてかつ殺傷性を高めた車を作るよって提案して実際に作った人」に喩えなきゃいけないと思うんだけど、それでも非難されちゃいけないのかなあ。
この例えのまんまだとしても、
「ひき逃げしてもばれないように塗装が落ちにくくてナンバーも見えづらくしてかつ殺傷性を高めた車を作る」事が法律違反でなきゃ、
作っても罪に問うてはならんだろ。
問題になってるのは「合法なモノ作っても、使われ方によって幇助犯にされたら堪らん」ってとこなんだから。
話の進み方が「だから、Winnyみたいなモノを作るのを違法にしよう」ってのならわかるんだが、「作者を罪に問おう」ってなってるからおかしな事になってるんだろ。
感情にまかせて法律にないことを罪に問うてはならん、という判断を高裁がしたのは法治国家としては至極真っ当。
(倫理とは別の話な。念のため)
人を殺す方法について相談してる掲示板で、「オレ、効率的にばれにくい形で大量に人を殺せる武器作るよ」って提案して、掲示板の人たちに相談しながら意見を取り入れて武器を作った人がいて、実際にそれを使って大量に殺人が行われて、武器作った人も責任が問われたってケースだと思ってるので、「包丁とか車とか作った人が罰せられないからこれも罰せられるべきじゃない」って喩えはなんか違うように思う。
車の喩えなら「人をひき逃げする方法について相談してる掲示板でひき逃げしてもばれないように塗装が落ちにくくてナンバーも見えづらくしてかつ殺傷性を高めた車を作るよって提案して実際に作った人」に喩えなきゃいけないと思うんだけど、それでも非難されちゃいけないのかなあ。
「殺人でもこんなに重くない」 識者も驚く福岡ひき逃げ高裁判決:http://www.j-cast.com/2009/05/15041250.html
このケースで単純に比較はできないんだけど、「判決が」ってよりブコメの『市民』感情の中に
つーのはやっぱりあると思うんだよね。
で、そもそもこの『過失>>>>故意』って考え方、ここ最近のネットはずっとそうだよね。
『意図的に他人を批判してサイト閉鎖に追い込むような人』には次々に擁護者があらわれる一方で
『「ついうっかり」な失言した人』に対しては容赦ない弾圧と炎上がはじまる、みたいな。
それってみんな『優しい』んだと思うな。
なんつーか『傷ついた!』と叫ぶ人に優しい。
…みんな『優しい』よ。
変な意味で。
イメージ的には、迂回献金は10キロオーバー、記載漏れ=闇献金は40キロオーバー、斡旋利得は飲酒運転くらいの違い。
ただしこれまでの政治資金規制法の運用では記載漏れなどがあっても訂正に応じればそれで許す運用をしてきた。実際問題として自民党の闇献金がバレることは年に数回あるんだが「記載漏れの訂正」で済ませちゃってたわけ。法律が変わらんなら自民党に関しては今後もこの運用が変わらんだろう。
つまり例えるなら、検問引っかかっても速度違反では切符すら切らずに「ちゃんと制限速度守れよ」でお巡りさんに怒られるだけで放免してきた感じだな。運用上は自転車の信号無視くらいか。
今回の場合、40キロオーバーで二階がカッ飛び、尾身はほろ酔いで走ってるのに、自民の方は検問で止めもせず、小沢が10キロオーバーで切符どころかいきなりその場で手錠掛けられて牢屋に直行してる状態になってるわけだ。もちろん速度違反は良くないことだし、過去に小沢が高速を泥酔してサーキットにしまくっていたとはいえ、今この罪状単独でいきなり逮捕は異常極まりないことなわけ。まあ「普通じゃない」ということくらいは分かって貰えるかな。
大本営を丸飲みしてる人はともかく、そうでなくかつ政治的意図でもないと見てた人は、これは別件逮捕だと考えていた。どういうことかというと、速度違反でとりあえずしょっ引いて「先月のひき逃げ事件はお前の仕業だろう」とやる捜査テクね。
今回の場合はダム建設に伴う口利きが本丸というリークが出ていたので、この逮捕はあくまで斡旋利得罪につなぐための前フリであってこれ自体の罪状はどんな微罪良かったんだろうと、そういう認識がされていた。
ところが話が開けてくるとどうもおかしい。まずダム建設に際して小沢が実際に口利きをしたという事実が出てこない。どうもここ数年の小沢は下野が長いせいか行政側への影響力はあまりないようで、どちらかというと嫌がらせを防ぐため(野党にダム建設そのものに反対されたら土建屋困っちゃう)と小沢が与党に返り咲いた時の予防線としての献金だったようだ。更にそもそも論としてダム建設そのものが結構昔で実は案件そのものが時効で、事実があろうがなかろうが検察が立件できない事件だったことが分かってきた(というか分かってたけど再確認された)
んだもんで、じゃあ何だったのよこれ、みたいになってるわけ。転び公妨で逮捕された人が、そのまま転び公妨で起訴されちゃった。
サレンバーガー機長が讃えられている。
われわれ乗組員は、訓練していたことをただ実践しただけです
素晴らしい。
ところで、交通事故を起こして、
事故を起こしたときにどのように行動したらよいかの訓練をしたらどうか?
低速で轢くと、巻き込むということに気がつくだろう。
被害を最小限に食い止めるよう訓練をする。
なぜ、自動車の運転手もそれをしないのか。
だが、この国で起こった議論はこれだ。
政府は27日、飲酒運転など悪質運転への行政処分を厳格化することを柱とした道路交通法施行令の改正案を閣議決定した。今年6月1日から施行される。
酒気帯び運転のうち、呼気1リットル中のアルコール濃度が0・25ミリ・グラム以上の場合、違反点数が13点から25点に引き上げられ、過去に違反歴がなくても一発で免許取り消しになる。同0・15ミリ・グラム以上0・25ミリ・グラム未満の場合は6点から13点に引き上げ、免許停止期間が現行の30日から90日に。飲酒によって正常な運転ができない「酒酔い運転」も25点から35点に引き上げられる。
悪質な事故などで免許取り消しになった後、運転免許証の再取得が禁じられる欠格期間の上限も5年から10年に延長され、危険運転致死罪は8年、同致傷罪は被害者の負傷程度に応じて最長で7年になる。酒酔い運転による事故も、2~5年から3~7年に引き上げる。いずれもひき逃げが加われば最長の10年になる。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090127-OYT1T00364.htm
常にツーアウト・ツースリー。
事故は起きたらそこで終了。
全てがツーアウト・ツースリー。
失敗したら
首括って死になさい。
それが、この国の作法。
http://anond.hatelabo.jp/20080930094309
軽い打撲とは言えケガしてるんだから、人身事故でしょう。
急いで病院に行って診断書取った方がいいと思います。
逃げた人は墓穴掘りましたね。
逃げなかったら物損で示談成立になったかもしれないのに
その時点で人身事故での追加点数の加算が確定、
人身だからひき逃げ扱いかな。
ひき逃げ扱いになったら一発取り消しか。
ここ見てたら早めに自首した方がいいんでは……>逃げた人
事故っただけでも大変で悔しい思いをされているでしょうに、
こうなったら徹底的にやってしまえ!と思います。
所轄の警察署があてにならない場合、
県警まで持っていくといいと聞きました。
ずさんな対応をした警官の所属と名前も伝えるといいと思います。
女性や若者だとなめられていいかげんな対応されることもあるから、
見た目頼りになりそうな男性に付き添ってもらうとベターでしょう。
それでも動いてくれないようならその時は弁護士さん。
お金かかるから最終手段にしたいけど。
打撲は近日じゃなくてすぐ診断書をとってきましょう。
ってか、警察の態度がどう考えてもあり得んよ、ひでえなあ。
ナンバーを完璧に覚えて診断書もそろってれば警察は動かざるおえないです。
がんばれ。