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2011-07-30

で、結局pixivの何が問題なの?

著作権侵害

Togetter - 「pixivとインテリアショップの件(解決済み)」

一連の事件で一番アウトだと思ったのはこれ。

pixivから絵師を集めて家具を作って展示するというイベントなんだけど、この被害者となった赤雪姫の作品はイベントの告知にも大々的に利用されるなど、「看板作品」として扱われていた。

しか家具のみに使うという許諾を離れて、勝手に傘が作られた。

ここで不信感が募るも、まだそれはインテリアメーカーの独断と暴走だったものが、pixivが作ったカタログにも無断で編集された画像が使われただけでなく、さらに無断で使用許諾の出していないラフから社員トレスで描き上げたイラストまでが使われていた。

pixiv側が本来守るべきユーザー著作権をないがしろにして、ビジネスとして筋を通さなければならない場面で、無断使用でも許されると甘えてしまった。

ユーザーとの距離感を見誤った結果なんじゃないかなと。不幸なのは2009年の段階でこういう事件がおきていたにも関わらず、表沙汰にならなかったことで後々まで体質を変えられなかったこと。

東京幻想事件

ぱふぅ家のホームページ - pixivとのやり取り(全文)

pixiv東京幻想というユーザーが、無断で外部の写真二次利用しており、権利者が申し立てたにも関わらず対応が悪手だったので炎上した事件。

トレスに対して例え権利者がパクリだと主張しても、権利者が本人証明をして削除申請しない限り、投稿された絵を削除しない」という方針に対しても批判が相次いだけど、個人的にはそれは問題ないと思う。

例えば「株式会社ポケモンの者です」と騙って通報すればポケモンの絵を全部削除できるなら、二次創作グレーゾーンコミュニティであるpixivは成立しない。

感情として「二次創作トレスは別物だ」というのは分かる。しかし法的には両者が同じグレーゾーン創作である以上、権利者の申し立てでしか削除しないという方針を厳守すること自体は創作者を守る行為として容認されてもいいと思う。

もっとも「ネットでは漏洩危険性があるので郵送であれば個人情報を送るので送付先を知らせてください」という権利者の申し立てを無視して、問題が炎上して東京幻想が自ら記事を削除したら「該当画像は既にないので今後は返信しない」と返すのは、創作者の権利をないがしろにしているとしか思えない。

こうした態度が「pixivは特定ユーザー癒着して、特別扱いしている」という不信感の元になってしまった。

トレス発見する奴がな」発言

[pixiv社長のトレス発見厨発言で中傷画像を上げるも削除された腐女子が逆切れ中 : イフカルト - ライブドアブログ]

社長の迂闊な発言が招いた騒動。社長写真トレスしたイラストを使い、社長の発言を揶揄する画像投稿したところすぐさま削除されたために騒動が大きくなった。

ただこの社長の発言を理解するには、トレパクの実態と、通報に血眼になるユーザー存在も理解する必要があると思う。

pixivに連日莫大な投稿があり、その中には一定の割合でトレスや模写がある。絵画を模写したとしか思えない絵、アニメ一場面をパロディにしたもの、他人のイラストを複数組み合わせた絵、背景を拾ってきた写真を利用して描いた絵、小物をググった資料で描いた絵。

中には元ネタ昇華して一つの作品になっていると思うものもあるし、実際に高い評価を得ている作品もある。「ぐぬぬ」や「キラッ」のようなアニメパロディトレスだが許容される文化なのか、削除されるべきなのか。

一方で通報に力を注ぐユーザーがいる。その原動力は自分の作品が奪われたら許せないという正義感なのかもしれないし、トレスが評価を得ているのが許せないという嫉妬なのかもしれない。

その一例がこれだ。

膨大な作品の中から血眼になってトレスや、レーティングの不備を探して通報することに励む人たち。彼らのやっていることは確かに正義だろう。

想像に過ぎないがpixivの業務の大半は、違反対処に注がれているのではないかと思う。投稿された膨大な絵から規約違反ものがないかくまなくチェックし、通報を受け付け、権利者であれば本人証明の元削除を行う。

絵師同士で繋がる楽しいコミュニティ」の裏側で、地味で途方もない作業に人と時間を奪われている厭忌が社長の発言に繋がったんじゃないだろうか。

そうした態度を表に出すpixivが、TINAMI比較して悪だと言われている。表に出すべきでない発言なのは間違いではないが、これをもって善悪を論じれるとは思わない。

徹底したクリエイター志向創作者がのびのびと作品を展示できる清浄な浜辺を目指すTINAMIに対して、コミュニティ志向グレーゾーン砂場絵師が遊べる場を守りたいpixivという違いがあるだけに過ぎないと思う。

個人情報漏洩事件

転載します。 on Twitpic

ボーカロイドフェスタ02」という同人イベントにて頒布されたカタログに、参加者の年齢が記載されてしまった事件。

この件については高木先生ロックオンしていたのでそのうち語ってくれるんじゃないでしょうか。

pixivが全参加者の年齢までもをウッドベルに渡す必要があったのかは不明だし、望まない個人情報が公開されてしまった管理体制の不備は責められるべきだと思うけれど、pixivを叩くための材料と化して主犯であるウッドベルに対する追及が弱いのが不満に思う。

個人情報漏洩に対する広報が弱いのは二次被害を防ぐためなのかと好意的に考えていたけれど、インテリアイベントでの著作権侵害も埋没していた辺り、単に隠蔽体質があるだけなのかもしれない。

現代アート騒動

スラッシュドット・ジャパン Submission | Pixivで「現代アート」祭り勃発

梅ラボの作品がpixivから削除されなかったため、現代アートタグを付けた大量の作品が投下された事件。

俺にはただの悪乗りとしか思えなかった。

カオスラウンジを妨害したいという悪意を、「許された人々」の無邪気な行動だとデコレーションして、削除したpixiv運営を槍玉に挙げるやり方には吐き気しかしなかった。

pixivが削除基準を恣意的に運用したのは問題かもしれないが、pixivにもユーザーを選ぶ権利はあるはずだし、pixiv運営に抗議するマンガpixivアップロードして削除されたから批判するというのは真っ当な大人のやり口とは思えない。

この騒動ではマサオという絵師に好感を覚えた。pixiv内で有名な彼が自らの絵で"現代アート"を作り投稿するとたちまち話題になり、それを政治利用とする人間も沸いたが、「くらだねえ」と一喝していた。

カオスラウンジ騒動

pixivカオスラウンジ癒着し、犯罪集団を擁護している、というような見解が広まっているけど、俺はそうは思わない。

pixiv権利者の申し立てにしか応じない、二次創作トレスなどグレーゾーン創作物を作品として認めるというポリシーを持って運営していることは一貫しており、今回もそれに則ったに過ぎないんじゃないかな。

カオスラウンジがそもそもpixivを発祥とする集団ということを考えると、共にメディア露出したり、そこからプライベートな付き合いが生じていること自体は自然だと思う。

それをもって「カオスラウンジと付き合いを持つことが罪だ」と魔女狩りすべきではないし、pixivが活動内容まで関与していないという声明を出した以上、尚もpixiv糾弾するのであれば活動内容に踏み込んで付き合いがあった証拠を出すべきだと思う。

この騒動は本当はpixivよりも、著作権侵害や反発が散々指摘されても画像を引っ込めなかった梅ラボや、退会どころか言及すらしないカオスラウンジメンバーこそが批判されるべきなんじゃないかな…。

迂闊に言及した社長が矢面に立ち批判され、対抗馬のTINAMIが注目され、イラスト投稿コミュニティの一極化が変化することで、結果としては健全競争を生み全体にはいい影響を及ぼすのかもしれない。

ただpixivというイラストコミュニケーションの場を提供し、サーバーインフラ規約違反対処など見えない裏方で尽力していたのもまたpixivなのだ、という点は評価されてもいいと思う。

まとめ

悪いこと

悪そうなこと

悪いと思えないこと

pixiv自体が著作物権利意識希薄な状態で運営されていて、その緩さがユーザー著作物までもを蔑ろにしたことが、全ての騒動の原因だろう。

権利者以外の削除申請は通さないルール運用しているとはいえ、少しでもユーザー著作物保護する気概を見せていれば、きっとここまで炎上することはなかったと思う。

追記・金儲けは悪なのか?

pixivユーザーを金儲けに利用したのが悪い」という批判がブコメにあったけど、それは必ずしも悪いとは思わない。

これはTINAMIに移住したユーザーの方が理解できると思うけど、大量のユーザーを支える帯域や、新機能追加のためのシステム開発投稿管理体制に掛かるコストは愛だけで賄えるものではない。愛や理念だけで動くならゼリー嬢は解雇だ。

連日サーバー増設や電源工事を行って、ユーザーが快適に過ごせる環境へと投資しているが、そこに掛かる少なくないコストはいずれユーザーが何らかの方法負担することになる。

pixiv画像を発表する場となり、評価される場となり、他の絵師やファンと出会う場となってくれた、そこに支払われた「見えないインフラ」のコストに関しては、もう少し評価されてもいいんじゃないかな?というのは本文に書いた通り。

ただpixivが「見えないインフラ」に投資してきたように、ユーザー存在pixivという場を活気付け、相互に恩恵を与えていた。ユーザーとは単純な客ではなく、コミュニティ価値に内包される参加者なのだ。

場とユーザーシナジーこそがpixivが一時代を築けた根拠だったことを考えると、ユーザーに対する敬意を蔑ろにしたpixivの罪は重いということは肝に銘じて欲しいと思う。

反論と再反論

よろしければこの文書に対する反論「これ物凄くpixivだけをかばおうとしてる嘘だらけのまとめだよね」と「それに対する俺の再反論」も併せてどうぞ。

2009-12-17

http://anond.hatelabo.jp/20091216230059

読者投票システムが導入されたのです!

読者投票システムといえば「ぱふ」も毎年してるんだが

(発表は2月末か3月頭発売の4月号)

どっちかというと同じ号で発表する

「まんが家○○○人大アンケート!」(○○○には人数が入る。いつも約200人くらい。)

ってのが面白いんだよなー。

http://anond.hatelabo.jp/20090302113146

http://anond.hatelabo.jp/20090302105152

2009-07-07

THE END OF EVANGELION」の感想集 2

http://anond.hatelabo.jp/20090707100038 の続き

 弐拾六話では全ての人とあっさり和解でき、すんなり受け入れられた。
しかし世の中そんなに甘くないというか、実はそれこそが自己中心的世界
と言える。もっとリアルに描いてみよう、というのが26話ではないかと。

 何故なら「本質的に解り合うことのできない他者が存在する」というこ
と、他者を認識するとはそもそもそうしたことである筈だったから。庵野
氏の構図で言う幻想世界の内部において、シンジはどうしてもそのことを
容認できず、他者を理解できないまま、自分を理解するよう他者に縋り続
けた。補完計画が完成し、群体から単体に還元され、全てを包含レイに
抱擁された時点で、彼はやっとそのことに気付いた。
 ラストアスカを殺そうとしたのは、アスカが正に他者であることを、
彼が遂に知ってしまったから。でも結局殺せないし、前のようにエヴァの
胎内に逃げることもできない。そこは既に第弐拾六話の月面と同様に、後
戻りの聞かない場所、補完が導いた現実世界。・・・

 なんと、エヴァと融合し全てのヒトを包含した神が、人一人殺せず、孤
独に耐えかねて泣いているんです。
 私はここに最高のユーモアカタルシスを感じました。こんなに見事な
ラストは、これまで観たことも読んだことも恐らく無かったです。(^-^)
宮村優子さんのラジオ発言とか最近目にするようになった彼女の雑誌のコメント
を見ると、宮村さんは今回の劇場版をお気に召さなかったのかなとも思います。
自分でも「なかなかのモノが出来た、俺の選択って凄いぜ。フフン」と庵野監督
が思ってたのに、いざ、脚本を渡したら宮村嬢からの冷たい反応。それにショッ
クを受けてああいったラストにしたのかな(^^;?
無責任な憶測ですけど
 あのラストシーンは,シンジが選んだこの世界が決して「気持ちのいい世
界」ではないことを辛辣に描いていました。しかし同時に,そこには絶望だけ
でなく,わずかな希望もあることをも示していたと思います。


 希望アスカの手,シンジの涙。 
                  そして,『会いたい』という気持ち。
 ラストシーン絶望的。シンジはほんの少しだけ変わった。もうひとり、ほ
んの少しだけ変わったひとがいるみたい。でも、その「ほんの少し」への一歩
のなんて遠いこと。2人は、まだ変わっていないみたいに見える。だけど、絶
望は希望の裏返し。これからどうするか、それは、私たちに委ねられたのかも
しれない。
  ひとつだけ考えられるのは、シンジ物理世界に戻ろうと決意したのをアスカ
  も知っていて、そんなシンジとだったら一緒にいても良いかな、って思ったの
  かも知れない。
  でも、砂浜で再び自分の首を絞めてる彼を観て「ああ…やっぱり何も変わって
  ないんだな…」と思っちゃったとか。
 寂しいことを言ってしまえば、アスカにとって、自分のために泣いてくれた人
を身近で感じたのは初めての体験だったのかもしれません。初めてで慣れてない
から、「気持ち悪い」のかも。
庵野監督は最後までアスカの扱いに困ってしまったようですね。その苦悩がラス
トシーンにも出てしまったのでしょうか。「おまえがいるから滅茶苦茶になっち
ゃったんだ~!」ってね。でもその存在を消せない(笑)
 嫌悪も一つのコミュニケーション。心の壁は現実そのもの。
 そして、今までと同じ、自我と、人を代表とする非我との戦いがつづく。
 何度もそれを確認しながら、幸せにも不幸にもなれるラストだったと思います。

 ラストシーンアスカ。第1話のレイと同じ場所に包帯を巻き、首を絞められな
がらもシンジの頬をなでる。
 これって、つまりアスカの中の“母性”を表してるのかな、と思いました。綾波
レイは「母」のメタファーそのものと言っていいでしょう。そして、シンジの側に
横たわっているアスカレイと同じ姿であることは、彼女もやはりシンジを優しく
包み込む“母性”を内に秘めていることを意味しているように思えます。その後の、
シンジの頬に触れる行為も。

 しかし、彼女最後の言葉は「気持ち悪い」。シンジを拒絶する言葉です。これ
は“14歳の女の子”として、「私はあんたの母親になる気なんて、今のところ、
さらさら無いわよ」と言ってるんじゃないでしょうか。「あんたが何を求めてるの
か分かんないけど、受け止めてあげる気なんてないわよ。余裕もないしね」と。ま
あ、あのシンジ-自分を傷つけるかもしれない他人を殺すこともできないで、ただ
しゃくりあげている-を受け止めることなど、14歳の少女に過ぎない、もちろん
自身それなりに問題を抱えているアスカに、できるわけないでしょう。たとえ“母
性”を持っているにしても。むしろ、一方的に求める方が酷です。(さらに、相変
わらず求めるだけっていうのも、また問題だ)。

 しかし、将来的には彼らがどう成長し、変化するかは分かりません。そういう意
味では、もう多くの方が感想に書いてますが、「これから」を感じさせてくれるラ
ストシーンではありました。もう語られることのない物語の続きの中で、彼らは彼
らなりに成長していくのでしょう。
不快感(=気持ち悪い)」というのは、赤ん坊が最初に感じる感覚だということを聞いた
記憶があります(←記憶あやふや)。そうでなくとも、「気持ちがよくない」という感
覚は、まぁ、「夢」だとか「望んだ世界」ではなく、「現実」を示唆しているのかな、
とも深読みしましたが・・・深読みしすぎかな?
 シンジアスカは、それこそお互い誰でもよかったんだと思います。憎む相手も
愛する相手も。でも、自分を互いに真正面からぶつけ合った過去が、二人には出来
てしまった。互いに、相手に対する憎しみも、相手が欲しいという気持ちも、相手
を拒絶する言葉も告げてしまうほど、互いの気持ちを相手にぶつけた。そして、そ
の憎しみも欲求も、おそらく今後の彼ら自身の心を強く拘束していくでしょう。
 ラストシーンで、くびを絞め、瞳を動かし、頬をなぜ、涙を流し、気持ち悪いと
つぶやいた二人は、それこそ、愛よりも深い、憎しみもかなわない、たとえ離れて
も、ひととき忘れても、もう互いの心の一部そのものにまで結びついたように見え
ました。

 One more final:   I need you.
 
 もう一つの終局もすべてのおしまいではありません。英語のタイトルは『私はあ
なたが必要である』でした。
 そして、皆に等しく、同じ戦いが、始まり、続きます。
 でも生きてさえいれば、幸せになるチャンスはどこにだってあります。だって生
きてるんですから。

 愛よりも深く。
 夏の映画は誰も他人を受けいれられなかった二人が、とにかくも深く結びついて、
そこから再び、同じ戦いが始まる、終局であっても、何も解決していない、ラスト
でした。
シンジ内面に問いかける声も、もはや静かなレイの後ろ姿ではなく、アスカの
赤裸々な罵倒へと変化しました。「お願いですから、もう電話してこないで下さ
い。」「よりを戻すつもりは更々ないの。」「その、やっぱり、友達以上に思え
ないの。」「ハッキリ云って迷惑なの。」「これ以上付きまとわないで下さい。」
これらのセリフ作品の展開からは伺うことができない以上、庵野監督自身の人
生から引用してきたものと解釈されます(もちろん脚色を加えているでしょうけ
れど)。つまり、劇場版におけるアスカは、これまで庵野監督を傷つけてきた
「5人の女性」のような「他者」を象徴する役割を与えられるようになったのだ
というのが僕の理解です。
 そうすれば、ラストシンジアスカの首を絞めかけたり、アスカがその後で
「気持ち悪い」と言ったりする寒々しい展開も、すんなりと納得できるのです。
現実の他者は、お互い決して期待通りの反応をしてくれない存在ですから。
 オタク依存を打破するために作ったアニメが、逆にオタク依存の代表になっ
 てしまった苦い皮肉。昨日某アニメショップで見かけた会話。

 「これ買えば」(とシンジ君が表紙のアニメディアニュータイプを指さす少女)
 「えーいゃぁー」(と汚いものでも見るかのように嫌悪する少女B)

 彼女らの心の中にはカヲル君しかいないらしい。作品全体のテーマを見ようとせ
 ず、自分のお気に入りのパーツを使って幻想エヴァを作り上げて固執する。虚
 構からも逃げ続けている。自分以外のエヴァはいらないのだ。そして、そのこと
 を指摘されると過剰に反応し激怒する。「ぱふ」の一部読者はひどいものだ。無
 論、綾波アスカの一部ファンにも言える。
 そういう意味で、庵野さんが「気持ち悪い」と言わざるを得なかったのは良く分
 かる。だから実写を入れてこれでもかこれでもかというぐらいに観客に語りかけ
 た。でもそれは届かない。最も病んでいる人間、庵野さんが最も一言言いたい人
 間は嫌悪する現実ファンタジーに変えて消し去ってしまうのだ。
シンジくんの首締めはちょっと??な気もしましたが
アスカシンジの頬を撫でて「気持ち悪い」は、
頬を撫でるシーン拒否、否定の感情からではなかったと思ったので
集合体としての生命の海から浮上して「こ」の世界の「ここ」にいる
「こ」の自分を認識し他の存在シンジ認識し
「気持ち悪い」ことも沢山あるけど「ここ」に自分と他人が存在
することを知覚認識して噛みしめていると感じました。

いやぁすっかりアスカが主役でしたね。
ここまでアスカ映画になってくれるとは
嬉しい誤算でしたってのはアスカ者の偏見でしょうが。

      とでも思わなきゃやってらんないよなぁ。
かくして、シンちゃんはアスカちゃんのドレイとなり、
一生、幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。
                                                       <終劇>
       自分は性的嫌悪感からくる言葉だと思ってるんですけどネ。
       DEATHの新作カットの「ミサトやバカシンジの使ったお
       湯なんて~」の頃には、もうシンジ君が自分の事を性的対象
       して見てる事に気づいていたのでは?このぐらいのお年頃の
       と女性ってそういうのたまらなく嫌だと思うのですがどうで
       しょう?
シンジアスカを殺そうとするが思い止まる。アスカに優しい言葉を期待する
"ファン=シンジ"だが"虚構=アスカ"は"気持ち悪い"と突き放す。

そういうことか?ヒゲメガネよ。
それと映画アスカシンジを否定したのは
(自分の勝手解釈ですが・・)
「シンジアスカの事を、好きで求めているのではないのを、
アスカは気付いていた。なので、コーヒーメーカーに激突させ、
最後に’気持ち悪い’とまで言った」
好きで求めていない、というのは、恋愛感情のみ、でなく、
シンジは弱い自分を何とか持ちこたえさせる拠り所に「強く
見えるアスカ」にすがっていたふうに見えたからです。
アスカにしてみればそんなおかんのような役、あまり嬉しく
ない気が・・・。
 また、最後の台詞「気持チワルイ・・・」ですが、ラストシーンでのアスカ
の様子を見てみると、腕と頭部と目に包帯およびガーゼが当てられており、
これは第壱話においてストレッチャーに乗せられてシンジ君の前に初登場
した綾波レイそっくりの状態で、加えてあの目線から察するに、アスカの
中には、彼女自身の魂や人格に加えて、レイの魂が入り込んでいるのだと
私は感じました。

 いわば、アスカとしてはトラウマを刺激するモノとして忌み嫌っていた
レイの魂が自分の内面において(シンジへの想い故に)融合しつつある
ことについて現在のところ「ケンカカレー」(歳バレ?)の状態にある、
ということで「気持チワルイ・・・」という言葉に繋がったのだと私は考えた
のですが、みなさんはどう思いますか。
あのラストシーンは実はハッピーエンドである。
あの砂浜のシーンは補完直後のシーンではない。
実はその前にシンジアスカを見つけ、傷の手当をし、ミサトの墓を作ると
いう一連のシーンがあったのである。
しかしアスカは何も話さない、何も反応しない病室アスカの状態に戻ってし
まっていた。(偽りの復活)
そんなアスカを不憫におもったシンジは思い余った挙げ句、彼女の首に手を
のばす。
しかしその時、今まで何も反応しなかったアスカの腕が動き、シンジの頬を
撫ぜる。
嬉しさのあまり、涙を落とすシンジ。
更にアスカは言う。
「(あんたバカー、何泣いているのよ)気持ち悪い(わねえ)」

そうあのシーンは「クララが歩いた」パターン感動的なラストシーンなの
である。
しかし観客の期待を裏切る事ばかりを要求された監督は素直に感動的なシー
ンを作る事ができずにあのような解りにくい形にしてしまったのである。
だが安心したまえ、ビデオ・LD収録時には完全版として失われたカット台詞が収録され、誰の目にもハッピーエンドである事が解るに違いない。
(笑)
シンジ監督アスカ・観客に置き換えると、あのラストシーンは
また違った見方が出来ますね。
現実から遊離してしまっている観客を不憫に思った監督真心アスカが無反応だったら悲惨ですね。
それより、もし「気持ちいい」と言われたらどーする(笑)
 シンジ・観客、 アスカ監督ではどうでしょうか?

 シンジ「わーん。こんなEVAはいらないよぉ~。
     謎もあまり解明されてないし~
     そこで気絶してないで、もう一回EVA作り直してよ~」
 アスカ「(まだやれっての?)気持ち悪い....」
1:呼吸困難になった為の気持ち悪い
  えー、シンちゃんに首をギュッとね!(爆)された惣流ちゃんですけど意識
  の無い状態で首を思いっきり絞められては血のめぐりも悪くなり気分が悪く
  なったという、低血圧で良く立ち眩みしてる女の子意見がありました(苦笑)
2:あのセリフみやむーちゃんのアドリブ説
  庵野監督に捧げるアドリブ説(黒い説ですわねぇ(苦笑))という人若干名
3:怪我のために気分が悪い説
  右手の謎の治療跡で判ると思いますが怪我してる場合気分が悪くなるもんです
  (経験者談)
4:2日目説
  ・・・・・・(^^;)・・・・・・
5:観劇してる人へのメッセージ説
  ・・・・・・
 「きもちわるい」。
 他人の体温が気持ち悪いことって、ないですか?
 でも、その嫌悪感を、人は「愛情」で中和させる。
 けれどそれは「無理をしている」のかもしれない。
 本当は、人なんて、生まれてこない方が良かったのかもしれない。

 だけれど、生きている。
 それでも、生きている。
 生きていなければならない。
 
 決して理解できない「他人」の隣で、それでも「一人ではなく」生きている。
 エヴァみたいな「黙示録もの」のラストって、和解・融合、善悪何れかによ
る統一、純粋な荒廃、・・・みたいな一元的な世界の出現で終わるのが相場じゃ
ないですか。これは魅力的だけど、弱点があります。つまり、解り難いんです。
 具体的にどんな世界になるのかが想像できない。私達の周りにあるのは、一
元的把握が通用しない、それこそ「他者」が存在する世界です。争いの無い平
和な世界、とあっさり書くことはできるけれども、そこがどんなところなのか、
人或いは人々が何を考えて生きるのか、よく考えると理解できない。
 放映版の受け入れ難さって、ラストのそういう典型的ユートピアが、観る側
の想像力を麻痺させたせいがあると思うんですよね。

 映画版は、そうした典型から脱したところが凄いと思います。シンジとゼー
レの意思に従って、一元的な新世界を一度は成就しておきながら、シンジの成
長というモチーフを重ねて「その先」を開いてしまった。この点に限れば、黙
示録を越えちゃってますよね。そうして出来上がった「他者の居る新世界」に
は、シンジがその成長の代償として手に入れた、純粋で人間的な憎悪や悩みや
悲しみがあり、観る側として非常に素直に感応できる。これがユーモアやカタ
ルシスでなくて何であろうかと。そしてまたそうした世界を、アスカの最後の
台詞一つで完成したところがまた見事なんですよね。
インパクトのある、出来るだけ短い、どうとでもとれる演出、ということで
ああなったんではないでしょうか。鏡のように、見たいものが見える、見た
くないものが見える、うがった人にはうがった見方が見えるラストシーンだ
と感じてます。
最後にアスカが包帯をしている意味は、
「アスカ自身が女になった」
「シンジにとってアスカが女になった」
という二つの意味を同時に持っていると思います。
「気持ちわる」という言葉には、リアリティを持たす効果と、
触れあいによって「産むことが可能な存在となった」=妊娠イメージを出す効果、
それに、存在が個に分かれていることの実感(喜びも悲しみも)が
表現されていたように捉えられました。
 最後のシーンについてはアダムとイブというよりアジア系神話 洪水で生き残った
兄妹の話(日本のイザナギイザナミの話でもこういう始まりのものもあります)
の方を連想しました。

 アスカの気持ち悪いのセリフですが考えによっては色々とれるセリフですね。
私はシンジと一線を引くセリフと取りました。
(ここから他人としてスタートとして2人の関係はどうなるかという・・・)
この最後はFANが自分たちで考える宿題だと思えました
最後のアスカも女っぷりがよかった!きっと、あれがアスカのやさしさじゃないの
かな?と思った。急にわかったようなアスカになったら余計かなしいもん。
とっても、ハッピーエンドだったと思います。映画みたあと結構すがすがしかった。

気持ち悪い,はよかった。絶望とそれでも幻想を構築しなくてはならないという
意志が感じられ・・・るか? 絶望だけか? 慰めてもらいたいのか?
立派に完結していたと私は感じましたし、救いもあったと思います。
ラストセリフは、生々しい接触も含めてアスカシンジを受け入れ始める、
という言葉ではないのか、と思うのですが。
少なくとも、突き放されて終わったとは感じませんでした。
私、あのシーンは本編に絡まないと思ってます。
庵野のファンに対する愚痴だと思ってます。
ファンによって傷つき首を絞められた「エヴァ」から、
おおよそ倒錯しているファンの一番多いアスカの声で、
ファンに対して文句を言ったんだと思います。 
創世記によればエデンの園では人も含めてすべての生き物は裸で(つまり自分自身
をすべて晒して)いても恥ずかしいとは考えなかった。ところがアダムエヴァが
禁断の知恵の木の実を食べた途端に裸でいることに気づいて恥ずかしくなり、身体
を覆って隠した。このことが神の怒りに触れ、2人はエデンを追放された。
・・・ラストシーンの2人はやはり楽園を追われたアダムエヴァなのですね。
自分の殻(ATフィールド?)を壊すことができなかった(あるいは自分の殻に閉じ
こもって出ることができなかった)シンジアスカだけは結局補完されることなく、
荒廃した世界に取り残された・・。それでもアスカシンジを拒絶するかもしれな
い・・と。
この映画を、人間の内面の描写をメインとして考えると、まさしく、私の好きな
ジャンルに入るんですよね。いっかい、救っておいて、最後にもう一回、落とし
ちゃうっていう。(笑)でも、最後は、あれでよかったと思います。だって、簡
単にシンジが、他人を認め、世界も、そんなシンジを喜んで、迎え入れるで終わ
ってたら(テレビの終わり方かな?これは。)、面白さ半減だと思います。そこ
で、アスカに気持ち悪いといわれて、自分の選んだ世界の厳しさというものを示
して、終わった方が、なんか、心に重ーくのこるじゃないですか!(だから、
ONE MORE FINAL なんだとおもいます。)

  補完中にシンジアスカと、ものすごい勢いで傷つけあいます。
彼は最後には彼女の首に、手をかけるのです。
そこまで他人というのは自分にとって厄介なものなんです。
理解不能ですからね。

  それでも、シンジは「融合」ではなく「他者との並存」を選びました。

  「共生」だとか「相互理解」とか美辞麗句に彩られた根拠なんて、
これっぽっちも示されないのに。
根拠があるのだとしたら、寂しさゆえの「I need you」くらいなものです。
単体になってしまったら永遠に孤独ですからね。
(この辺、あまり自信無いな。二回目を見たほうがいいかな?)

  目の覚めた彼は、隣で寝ているアスカの首を、再び絞めにかかります。
そりゃ、あたりまえです。
自らの選択とはいえ、自分を苦しめる元凶が、
現実に厳然と、そこにいるわけですから。
ほっとくと、こっちが殺されるかもしれませんし。
「他人がいる」─────本当に深刻です。この問題は。

  なぜか生きていたアスカが、そんなシンジの頬に手をやって、
彼に「他者のいいところ」をちょっち認識させます。
苦しみとともに、ヨロコビもまた確実にあるのです。
シンジの手から、力が抜けて、その後のアスカの一言で
「終わらない夏の物語」の幕が引けます。
 アスカの「キモチワルイ」発言は、相当ショックだったのですが、
彼女らしい発言だなとも思います。少なくとも、病院のベッドで
息だけしてる状態で生きている彼女より、ずっといいです。
 「詩編 The End of Evangelion」では、アスカの言葉は、
「あんたなんかに殺されてやるもんですか」が入っていますが・・。
 現実は、そうそう、都合のいいようにはならないんだという事に
通じている気もします。
私が思ったのは、アスカはショックで植物人間状態がある程度つづいており、
(目がサカナだった)シンジはいっそ楽にしてあげようとしたと見えたのです
が。包帯をきれいに巻いてあるところを見るとシンジが悩むに十分な時間はあ
ったのでしょう。(だからエントリープラグから気が付いたらあの場面、てい
う訳ではない。)そしたらもう動かないはずのアスカの手が動いたので、嬉し
くて涙が出た。ついでに「気持ち悪い」という正常なアスカがはくセリフが出
て、アスカが完全復活したという、無条件ハッピーエンドだと迷いもなく思っ
たのですが。
あの最後のアスカ首しめられシ-ンですが、そのあと
のアスカセリフが最後の最後に観客を現実に引き戻すオチ
みたいにかんじました。首しめ、まえふり?みたいな(笑)

 TVシリーズを見る限り、アスカシンジに対して14歳の少女らしい「嫌いだ
けど好き」という心理を抱いているようです(まぁ25話で助けられなかったこと
がしばらくもめる原因にはなるでしょうが)。それゆえに、シンジ腑抜けさに我
慢がならないのでしょうか。ただ、その心理とは別にエヴァパイロットとしての
ライバル意識も強烈ですから、非常に言動もわかりづらくなるのでしょう。

 シンジの方は、ミサトさんレイアスカもいいという宙ぶらりん状態ですが、
考えてみれば男ならたいていは心理的二股、三股は当たり前です。しかし、この中
で本当に可能性があるのはアスカだけなのですから(ミサトは年上過ぎ、レイは・
・・実の所は母、ユイですから)、将来的になんとか努力するでしょう。そのため
に現世に戻ったのですから。

 で、最初のコミュニケーションが首締めと「気持ちわるい」。一種ダークな感じ
もしますが、「他人とのコミュニケーションが最初からうまくいってたまるか」と
いうことであれば、先がどうなるかは・・・
 しかし、あのラスト必然とはいえ悲しい物がありましたね。
アダムにとってイブとは所詮他人であり、殺意を抱く対象であ
り、自分を傷つける存在なわけですから。
しかし、やはり最後はきついです。安易な現実礼賛はもっと嫌ですけれども
あそこにはやはり意地の悪さは感ぜずにはいられません。
少数派なのかもしれませんが、肯定否定はともかく「私の趣味としては嫌だ」
というのだけは間違いないです。こんな人もいるということで、一応、存在
を認めていただけるとありがたいです。
やはり、あれは監督からのメッセージと取るべきではないかと。
月に斜線が入っているように、もうこの「エヴァ」は終ったんだ、
もう人の作品に自分の考えに目くじら立てて攻めるのはやめてくれ、
見る側と自分は「他人」なんだ、そこまで立ち入らないでくれ、攻めないでくれ、
こっちにしたら「気持ち悪い」んだ、
エヴァ庵野の首を絞めるのはもうやめてくれ・・・
そういう事だと私は感じました。いつまでも他人に依存されると気持ち悪いって
事だと・・・そういう意味の、監督の「エヴァは終ったんだ!」という宣言
ではないだろうか。
私はあのラストシーンは
「自分に棘があることも、相手が針を持つことも、
全てを承知した上で敢えて一歩前に進む事が出来るようになった
シンジ君」に成長した、と言う風に考えています。

「気持ち悪う。」の台詞に関しては、あそこから人類の新しい
時代が始まる的な雰囲気(オーケストラが聞こえてきそうな、
とでも申しましょうか。)の中で、劇の中の世界ではこれは
現実なんだ、と言う目的で入れたのではないでしょうか。
(日常性を出したと言った方がいいかもしれません。)
まあ、いわゆるハリウッド的な大円団では無いよ。ってとこですか。
私はいい出来だったと思ってます。
 アスカは「気持ち悪い」よりもその前に差し出した手の方が重要だと思います。
敗北の象徴である同じ右手だというのがヒントでしょう。
 シンジが心象世界ラストシーンアスカを求めて首を締める
シーンはレイプメタファーじゃないかという意見がありました。
確かにそう解釈するとあのラストも非常に理解しやすくなるんで
すよね。
そしてラスト台詞ですが、私はシンジだけでなく、世界の全て(自分も)
に対して感じたメッセージだと感じました。生きていくには気持ち悪い世
界だけど、やっぱり死ぬのは嫌だ、と。そもそもアスカシンジを好きだ
とは思ってなかったのでショックではありませんでしたが、手も触れず、
目も動かさなくてあの台詞だったら、やっぱつらかったかな(^^;)。ともかく、
我が儘を貫き通した監督に拍手!
やっぱシンジアスカの首を絞めたのは、ATフィールドの象徴で
しょうな。人は生まれながらにして、他人を拒絶すると

  
  

2009-03-02

高河ゆんさんも「キャノン先生トばしすぎ」読んでる。

同じく「ぱふ」のアンケートで。

「泣いちゃいました」ってそういうものなの?

船戸明里さん「キャノン先生トばしすぎ」読んでるッスか…

今月号の「ぱふ」のアンケートより。

2009-01-05

正月番組感想

久しぶりに長時間テレビ番組を見たので、覚えている番組だけ感想を書いておく。

12/31、1/1

ガキの使いモリマンVS山ちゃん」「絶対に笑ってはいけない新聞社24時」

24時の方は期待しすぎたのか、あまり面白くなかった。都内でやるよりも、どこかの僻地隔離した場所でやってほしい。特に芸人の暴露大会にはテンションだだ下がり。この印象が悪すぎる。出演者の無駄遣いには定評がある24時だけど、こんな無駄遣いはいらない。それにいちいち外に移動するのがなあ……。もしかして、来年も都内でやるならこんな感じになるのかと思うと見る気をなくす。あと、東幹久が出なかったのが残念。期待してたのに。

全体的に殺されるくらい笑ったー!てのが無かったなあ。記憶に残るようなのが少ない。前回の病院で、マイケル富岡が車から降りると同時に落とし穴に嵌るようなのが見たかった。

記憶に残ったところ→「ごぼう対決を嫌がる山ちゃん」「へいぽー」「スターウォーズ」「フィールドオブバタフライ山ちゃん」「ジミー大西

ニューイヤー駅伝

中電を応援。来年勝つには、二区をどうにかしないと、どうにもならない。にしても、油谷も佐藤もそろそろ引退が視野に入る年なのか……。

所ジョージ志村けんの対決

ナビの所から見はじめる。くだらなくて面白い。

あと、レスリング対決。

ナイナイが司会してたフジ番組

初めてオードリーを見た。面白い。爆問漫才を久しぶりに見る。

ななめ45度が面白かった。昔オンバトで見た気がする。

かくし芸大会

十年ぶり位に見た。こんなしょぼい番組だったっけ。

笑点

東西大喜利が面白かった。噺家ってすげー。落語を聞いてみたいと思った。

さんまさんの師匠を初めて見る。

■格付け

演出問題で、ひぐちくん(髭男爵)の映像のが好みだった。もっと見てみたい。

TOKIOの対決する番組

出前バイク改造の工程が面白かった。

■県民show

初めて見た。面白い番組だとは思えない。出演者が無駄に多すぎると思う。親や親戚は面白そうに見ていた。

携帯大喜利

面白かったので、通常放送も見たい。

1/2、1/3

2日は出かけていたので見てない。

ドリームマッチ09

ホリケン宮迫井上ウド鈴木が面白かった。

くりぃむなんとか

ぱふ

復活しないかなあ。

初めて見た話題の人たち

DAIGO

もっと頭がおかしい話し方するのかと思ってた。意外に普通若者

エドはるみナベアツ天津木村

面白さが分からない。天津木村ネタ自体は見てないものの、なんか面白くなさそうだった(偏見)のでチャンネル変えた。

2008-08-30

知事ネタでしか選ばない大阪府

府民の学力を上げたら、まずあんたが当選しないだろ

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://sankei.jp.msn.com/life/education/080829/edc0808292241009-n1.htm


そして「このザマはなんなんだ」と吠える知事教育費の大幅削減を主張してる罠。

ぱふぉーまんす。

うぜえ。

2008-02-27

http://anond.hatelabo.jp/20080226131018

グサリときました…。

24年組でもとくに大島弓子がだいすきでだいすきでだいすきだー!

とひかえめに公言してはばからない男子です。イライラさせてごめんなさい。

でもおめめがザワザワした時期の大島作品が一番好きで、なおかつ

ぱふバックナンバーとかあつめて画集もあさって、とかやってると

サバとかまで手が回らなかったりするのです…。

あーみんもすきだしA子たんもすきだし鳩山郁子も西ケイ子もすきだし

ときめきトゥナイトは蘭世が結婚するまでもってるけど、好きな少女漫画は?

ときかれるとおずおずと「大島弓子」と答えてしまうのです。ごめんよう…。

だってNANAとかよんだけどこわいんだもの…。

今興味津々なのは吉田秋生ラヴァーズキスです。

とかこういうのがうざったくてイライラしたりする原因なんですよね、うわーんなきたい!

2007-09-14

みじかびの きゃぷりてとれば すぎちょびれ すぎかきすらの はっぱふみふみ

わっかんねーだろうな。

2007-06-24

酒の勢いを借りて姉の事を書く

アレだ。ある日姉の部屋の本棚(スライド書棚)の後ろ奥まった所から「センチメントの季節」全巻が紙袋に包まれた状態で出てきた、というか自分が偶然発見した事についてどうなのよ?何で帯付きなのよ?とウン年経った今でも疑問に思っているわけだ。

これは隠してたつもりなのか、そもそも隠すような代物なのか。その本棚の正面には当時AKIRAとかBASTARD!とかFSSとか他にもいろいろ並べてあって、さらに空いている段に自分のと弟のも区別無く収めてあったので実に青少年少女硬軟版元見境い無く整列されて微妙カオスコンビニ漫画棚状態、な・の・に、コレ最後の砦かい?!みたいな感じで。

中学高校FRを定期、ときどきお目当てが特集になってた月だけ「ぱふ」購読してたのは別にいいのか。「来月に返す約束してるから!」とB・Bフィッシュ全巻枕元に置いていった事は何だったんだ。(3×3EYESも確かこのパターンだった)。結婚して家を出る際にダンボールで所有していたCLAMP関連全部ブクオフに持っていってその半分以上買取価格0円で仕方無くそのまま引き取って貰った件も別に良いのか。

分からん。一体何が良くて何が駄目だったんだ。およそ四半世紀の付き合いにも関わらず本当に判らん。判らん事だらけだ。

ただ一つはっきりしているのは「これは直接も間接も本人に聞いちゃいけないんだろう」という妙な直感というか確信がある事だ。これも何故かはさっぱり判らないのだが。

とりあえず酒の勢いを借りて全巻紙袋から出して本棚の一番上に並べてみた。やっぱり元通りに隠しておいた。

2007-05-01

やっぱふっと思うけど

男に生まれたかったよ。

女に生まれてもなんもいいこたねえ。


だから最近ネット上で「女優遇されすぎ、女嫌い」って言ってる人たちが不思議でならんぜ

そんなに言うならマジで代わってあげたいくらいだ。


あーあっと

2007-01-26

わかるね?

みじかびの きゃぷりてとれば すぎちょびれ すぎかきすらの はっぱふみふみ

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