はてなキーワード: ねこことは
俺結構ウェブに関わってきたんだよ人一倍ね
人気エントリーを中心にふわふわ
んで今年でもう17になってしまう
~
いや違う
せいぜい2ちゃんねるで例えばなんか痛い奴を演じてレスを集めるぐらいかな
なんていうか本物じゃない
本物の知じゃない
そんな俺でもある程度は反応がもらえるバカと暇人ばかりだからねここは
しかしなるべく多くの人にすげーって こいつはおもしれー奴だ 重要人物だって思われるような自分でありたいし
そういった評価が妥当であるためにそれに相当する事を為したいといったところ
~
>その道をずーっと行くと非モテタイムズみたいな惨めな嫌われ者になる
ああ、惨めで嫌われてたって見てもらえるなら
嘲笑の対象であれ気にかけてもらえるなら
ってことはなんだかんだで愛されてるってことになるんじゃないの?"関心"はあるんだから
そのためならとにかく何かをしでかしてやる
そういう発想をもった人間がやりやすいようにはなったよねウェブによって
しかし例えば嫌われるような|反社会的な何かでさえレベルっつうか話題性っつうかニュースバリューとか文学性とか
まあ気分は芸能人だな
ああところで知名度の威力はスゴイ
能力もありなおかつ知名度、、発言力という武器まで兼ね備えた彼らに誰が勝てる?俺TUEEEEEいい加減にして欲しい 何がアルファブロガーだ
あ~とにかく無能はいやだ何をほざこうと惨めで残念しかし有能なら少々アレなこといってても 「でも~だよ」|「こんな奴でも~」みたいな文脈が生成されるから面白そう
とりあえずこういう役はもうやめたい
学力低下に関した議論はもはやふたつの二元論に落ち込んだと言ってよい。
ひとつは「学生が馬鹿になった(学力低下は正しい) vs 学生は馬鹿じゃない(学力低下は正しくない)」という対立。
もうひとつは「大学以前までの教育に問題がある(学力低下は正しい) vs 教育内容も問題ない(学力低下は正しくない)」という対立。
この手の問題は諸説あるが、概ねここまで単純化されていると思う。
関連した議論に就職の問題もあるが、この手の主張はまず、こちらの問題でどういう主張をしているか、ということを把握しておくと良いと思う。
つまり、就活制度にシステム面で主に問題があると主張する人は、こちらの方でもだいたいシステム的不全を主張するはずであるし、学生に問題があるという人は無論学力低下も肯定しているはずだ。
もう一段階前に遡れば、「そもそも大学とは何か」というところになると思う。
研究の場、学問の場、教育の場、いろいろ言いたいことはあるだろうが、それは「選民」によるものか「万民」によるものか、というところがもっとも立場を異にし、旗色を明らかにするものだと思う。
たとえば、選民的機能を求めるものは、スクリーニングによる選別、歴史的なブランドによる選別(一種のサラブレッド)を肯定するだろうし、大学全体にそれを強制するだろう。そこに通うものはもちろん同年度生の優れたものにのみ与えるべきだし、すべてにそれを求めるのは平均的知性の低下として糾弾する。そして偏差値の低い学生が通う大学は不要であると切り捨て、万民に開かれた大学(放大やサイバー大)は学士の安売りだとして非難する。通底するのは、大学と大学生には望まれるべきハードルがある、ということだ。それは過激になると学問それ自体にも矛先を向け、よく文学、哲学系や現代のカルチャーを扱う学問などが犠牲になる。
また、万民に開かれたものを求める場合は、サイバー大などのようなものはもちろん、できる限り多くの学生に、望むならば与えようという姿勢を持つ。
金銭的なハードルさえも、給付金で賄おうという立場をとり、多くの学問を認め、可能なかぎり多くの学生も認めようとする。学歴ロンダリングにも冷めた視線を注ぐのはだいたいこちら側である。彼らに共通するのは、包摂主義であり、ハードルは存在しないか、できる限り低くすることを望む。
これを先に挙げた人とシステムの目線で(自分で言うのもなんだが)分かりやすくまとめれば、
「大学は一部の優れた人間が通うところ vs 大学は誰もが通えるところ」
「大学生は高等な知識を有していなければならない vs大学生は高等な知識を有している必要はない」
という構図となるかと思う。
これをさらに突き詰めれば、「規範と自由」の対立まで遡ることができるのではないだろうか。
経営戦略として自由な大学像を目指すことを認めるか、淡々と上澄みの10%だけに通わせときゃいいんだよ、とするか。
実際は多くの人間がグレーな思想であり、ここまで極端な人間は少ないだろうが、あえて型枠に嵌めるとするとこうなるかと思う。
あるべき姿を創り、それに合わせようとするのか、今そこにあるものこそがあるべき姿だというのか、ということだ。
結局のところ立っている前提が違うのだから話が噛み合うわけがない、というのが私の感想である。
バカを見下して優越感を味わうなりなんなり、好きにすればいいんじゃないでしょうか、というぐらいである。
一貫した主張をしているという前提に則れば、
ということになろうか。
一時的に感情は振れるけど、最終的に全て“まあどうでもいい”で流せちゃう
趣味の類は全てそうだ
何かを消費できなかったことを一時的に残念がっても、それが継続しない
恋愛もそうだ
恋人欲しいって突発的に思っても、それが長続きしない
誰かを好きになれるほど感情が動かない
カップル連中を見てると楽しそうに思えるけど、自分がその状態になろうとして動くまでにならない
楽しくはないけど、なんだかんだ喪男でもぼっちでも生きていけるからね
そうやって諦めれられるようになっているわけで
周りに流されるとか合わせているとかいうけど、それを拒んでまで守りたい“個”がないもの
どんな状況に陥ってもその中で楽しみを見つけ出せるし
都合の悪いことはスルーして我慢して自制してね
だいたいなんとなくで生きていけたからねここまで
こうやって嫉妬してるのも暇があるからで、何か始めたらこんなの忘れちゃうし、この程度忘れられるもん
※改題
ってなわけで、作画オタクマンセー、って内容で今から繰り出すわけですがね。
「作画オタってうぜえ、くせえ、ビーッ!ビーッ!」って人は読んだらものすごく不愉快になるだろうからそこんとこよろしくね。
かといって作画オタがご機嫌になれる内容かと言えばたぶん違うと思うんだ
俺が普段モヤモヤしたものをここでぶちまけさせてスッキリさせてもらうわってだけのエントリだから
んで、まーなんつーか
アニメ系のブログとかスレッドとか評論ぶったサイトとか見て回るとですね
純然たる客観的事実としてどう考えても「作画オタ以上の見識を持った奴がいねえ」って印象を受けざるを得
ないわけですよ
いや、いやいやいや、俺だってね、アニメは作画だけが全てとは思わんよ。作画に疎いこととアニメ語りがで
きる事は別だと、一時期は思ってましたよ
でもね、結果的に見ますと、やっぱあれだ、作画オタのほうがよっぽどアニメ語ってるわー
どういうこっちゃねんなオイ、考えたよ、そんででた結論は「作画オタじゃないとアニメ語れないんだ」です
よ
あ?また作オタお得意の優越感ゲームだよーって?はいはい偉いですねーって?そうなんですよ、偉いんです
よ作オタって。
考えてもみなさいよ、昔のアニオタってアニメ作画について語れることがステータスだったんですよ偉いんで
すよっていうか、アニメを今まで以上に好きになるってことは作画を好きになるってことと同義なんすよ、そ
れをお前今じゃ、「作画しか見てない奴は純粋にアニメを楽しんでない」って論調がふざけんなよ!作画「も
」見てんだよ!お前らは「作画も見れてない」んだろうが!!いいか、アニメを純粋に楽しみたいから作画も
好きになったんだよ!
でだ、ネットが普及して作画に入れ込んでないけどみんな作画を気にするようになったよねここ数年の傾向と
して。それ自体は良いと思う。問題はそのわりにちゃんと知ってみようとしないこと。
アニメの作り方とか知らないけど作画にはケチつけるよって連中がすげえ多いこと多いこと。一時期よく背伸
びしたがりなアニオタの内で「原画を犠牲にして動画のクオリティを上げてるね(キリッ)」(逆のパターン有り
)ってフレーズ流行ったけど(流行ってないかも)今じゃギャグにしか使わないでしょーって思ってたけど今
でも割とネタじゃなくマジで言ってる奴がいたりしてげんなりしてくる。原画と動画の違いとかググればパツ
イチで出てくるようなことだっつうのに、それも手間だと思ってるんでしょうかキーボード打つ暇もないのか
。ていうか興味対象の限界なんだよねこれが奴らの。それとは別の次元のところに作画に対する興味(といい
つつ興味でもなんでもないただの脊椎反射だよね)がやつらにあんのが末恐ろしいっていうか
いや、わかるよ俺、かわいいキャラが崩れるのはヤだもんね、だからそこに文句つけんのは凄く正しいと思う
。けど文句のつけかたに妙な気味悪さが萌え豚(あ、言っちゃった)たちにあるのがな。その最たるものが「
作画崩壊」って造語なんだけ・・・・あーこの言葉ほんと気分悪い。だってこれ使ってるのって自分の言葉で
語るの根本から放棄しますって宣言だろがよ、自覚あんのか自覚。よくわかんないものを「作画崩壊」ってカ
テゴリに無理ぐり当てはめて安心したいだけなんじゃねーのかよ。違うかよ。わかんないものはわかんないだ
ろうからいいよそれで、わかんないものを分かってみようって姿勢ももちろんいいよ。でも「作画崩壊」って
決めつけることはどっちでもねーだろ。わかんないものをわかった気になりたいけどわかろうとしない(めん
どくさいから)アンビバレンツを「作画崩壊」っていうんだろ違う?
ふつーに作画がヘチョいものをケナすのはいいよ。ただアニメタの画風が露出した部分が受け入れがたいって
のもあるだろうからそれを非難するのもいいと思うよ。ただそれまで「作画崩壊」で解決させようとする姿勢
はなんなんだ?理解ができん。ていうか単純に画力の無さヘナってるのと画風との区別ってそんなつかないも
んなの?絵がいくらキモかろうとも巧いものは巧いってのは普通わかると思うんだか(漫画家?あれは下手な
のも画風の内っしょ)逆にうまくてもキモいものは叩かれるのは道理ですよね。それはわかるよ。でも奴らの
論調は道理じゃないと思うんだよ。いや、俺だって作画の巧さと好き嫌いは別だと思うし、作オタだから谷口
キリコや安藤セラムンとか無条件で受け入れろってわけじゃないし、でも巧さは巧さとして認識しようぜとは
思ってる。俺もネギまやぱにぽににおける大田和寛のキャラデザは正直生理的に受け入れがたいものがあるん
だけど大田和寛自身はアニメタとしてメチャ巧いのは確かだからあれはあれでいいと思ってる。(もともとリ
アル系目指してたらしいしね、素の絵柄の時はまったく違うらしい、同人誌かなんかで見た)まあ、そこらへ
ん度外視してあーだこーだ言ってしまうのは、正直フェアじゃねえんじゃねえかなって。道理のようで道理じ
ゃないんだよ。
そこらへんが悪い形で出てしまった悲劇というのがかのアクエリオン19話だよな。「いやあれは演出だから
(キリッ」「アバンは現実世界なのに絵が変わってるからその言い訳は(キリッ」って低次元の言い争いじゃなくっ
て、まあ、放送当時は荒れたよねほんと。あそこで糾弾の的に上がったのは絵コンテ・作画監督(Aパート)そ
のほか世界設定であるうつのみや理だったけど、あの話数はうつの画風全開(Bパートは別の人が作監でうつ度
薄れた感はあるんだけど大多数はそこまで気にしてないよね)で、異空間に紛れ込んだのをあの画で現してん
だけど、やっぱり叩きに叩かれた。うつだけが、そう、うつのみや理だけが。何故か。え?そりゃそうだろう
って?そうなのほんとに?たしかにコンテや設定込みでやらしてもらってるからうつ主導の回なのは間違いな
い、それが受け入れられなかった場合はうつのほうに追求が行くのも間違いない。でもだれか忘れてない?こ
の話数にゴーサインを出した人、監督:河森正治の存在を。なぜかあの騒動の中で、河森はなんの責任も無い
どころかまるで被害者かのように否定派連中は担ぎ出していた。河森の当初描いていた物語(作品全体という
意味で)をうつのみやが破壊したと、こう言いたいわけだってなんだそりゃあ。あまりにも筋が通ってないだ
ろそれは。あの回はアクエリオンという作品でこういうことをしたいという河森の構想をうつが委託して作っ
たようなものだったのに。どの口で言ってるのだろうか連中は。公式ブログには当時のコメントログがそのま
んま残っている、律儀にも。(http://aquarion.blog.so-net.ne.jp/2005-08-06)コメントのファビョりっぷ
りが当時の様子を伺わせるだろう。「うつのみや理はアニメに二度と関わるな」「追放しろ」というようなベ
クトルでだ、わあすげえ、きっと人殺しても許されると思ってるんだろうなあこの人ら。あまつさえ「原作者
のこの作品に対する気持ちを冒涜するかのような横暴って感じです」ですって。原作者!原作者ときましたか
wwwいや、このアニメの原作者はもちろん監督である河森なんだけど、果たしてこのコメント付けた馬鹿は
「原作者」と「河森正治」とがリンクしてるのかどうかものすごく疑わしいんですが。えーと、まあ、筋の通
った話なら、河森がこういうことをやりたいから、うつを起用して、こういう回を作り上げたと、それでまあ
それが視聴者に受け入れられなかったのならそれはそれで仕方ないけれど、その時に河森に対する責任はゼロ
ってそんな筈ぁないよね。でも非難が集中したのはうつの方だった。HP(現在は消滅)の掲示板にも突撃かまさ
れてた、心苦しかった。作オタとして。筋が通ってるんなら監督不行届的な意味で河森にも同じくらい非難が
こないと納得いかないんだが、そうはならなかった。あまりにも一方的過ぎて酷いと思った(いっとくけど俺
は19話大好きだしうつも河森も間違った事はしていないと思ってるから誤解のなきよう)。
もうあんな悲劇はゴメンだと思ってるから、二度と起きて欲しくないんだけど結局これまでに似たような事は
何度も起こってるんだよね、はあ。
嫌なものは嫌だというのはわかるよ、嫌でも好きになれよって言うつもりは無いんだよ作オタ側でもな。でも
、なんだその歪みきった行動はよ、あまりにも非人道的だろうが、お前らがそういう手段に出るんだったらこ
っちだって怒気荒らげるわさ。死ね、お願いだから死んでくれ。頼むから。
・・・・えーっと、何の話だったっけかな?作オタがいかに優れてるかだっけか?正直もうここまでくるとそ
のテーマどうでもいいんだけど。
しかし、今はそれなりに作画に関する認知度はあの当時よりはマシんなってきたと思うし。やっぱあれだよね
、作画MAD、そして作画WIKI、そしてその大元になった作画を語るス・・・!え、それは違う?いやでもあそこ
なんだかんだ言って常駐してりゃ作画情報すぐ入ってくるから便利っちゃ便利なんだよね。そりゃタチの悪い
のもいるけどもそれでも他のアニメ系スレッドに比べりゃ遥かにマシだと思うし。俺も一度愛想尽きて作スレ
離れようかと思ったけど結局まだ入り浸ってるし。だって質がいくら落ちようが、他のスレより全然語ってる
ほうだと思うし、作画だけじゃなくアニメそのものも。テロ萌えだとかで名前だけでしか語ってないっていう
のもネタを除けば共通言語で名前出しゃ言いたいことはわかるってレベルなんだと思うし。あー脱線。まあそ
んなのので作画、認知されてきてるよね。うん。特に作画MAD。これは間違いなく作オタ人口を増やしたんだと
思う。そして増えた結果がこれだ。
http://d.hatena.ne.jp/kanose/20070424/drawingotaku
http://d.hatena.ne.jp/y_arim/20090414/1239659751(真ん中の作画オタクの新入生のほう)
・・・・・・・・・・・ま、これが作画に興味を持つフックになってくれればいいんだけど、こっから先行け
んのかどうかちょっとうにゅにゅ・・・って感じだよね。ここでもう満足してるっつか。ほんと「MAD見て良さ
わかった(つもり)だから俺作画オターw」みたいな。なわけねえっしょ。これ見て(URL前者)嫌な汗かいち
ゃって、作画WIKIに「作画MAD見ただけで作オタになった気にならないでください日々精進」って注意書きをダ
マテンで追加したんだけど俺、未だに残ってるね。これが効果あんのか無いのか無いと思うけど、まあここで
作画オタだと自分勘違いした人って多いんだろうね。いや、俺だって自分が生粋の作画オタなのかというと疑
わしいけどさ、21世紀入ってからだし。やっぱメージュとかOUTとかの世代のほうが遥かにすげえんだろうなっ
て思うよ。だってナチュラルになってんだもん。しごく当然のように作画を語ろうとする。ネットもYOUTUBEも
当然ないしビデオダビングの交換とかでどうにかしてんだし草の根情報網で作オタライフ(作オタなんてカテ
ゴリ分け存在してなかったかも)やってんだもんすげえよ。かないっこなさそう。作画オタってさ、なろうと
思ってなれるもんじゃねえんだよなって思う。なれる奴となれない奴は最初っから決まってるんだよ。俺もな
れたとはまだ思えてない。でも好きなもんは好きなんだって衝動はあるから「作品的には駄作でもエポックな
作画はやってる」なアニメも積極的に見るぐらいの情熱は俺あるよ。うん。だって気になんじゃんよ。純粋に
。純粋なアニメの見方じゃない?いや純粋だよえげつないほどデュワじゃなくてピュアだよ。純粋にアニメが
好きなんだよ。でなかったらするかよこんなこと。
けど作画認知度ってのは結局は今んとこ作画MAD止まりだよな。いくら憲生MADや大平MAD見て「アニメタの個性
だ(キリッ」つってったって何も偉くねんだよ。同族嫌悪じゃねえよ。あいつらは作画オタなんかじゃない。アニ
メーターの個性(この呼び方好きくないんだけど)ってのは絵柄だけじゃないけどまだ絵柄単位での話しかし
てねーっつうかさ。ていうか、ああいうキャラデ逸脱型ってのは「やっちまったもんは仕方ない」っていう前
提ですげえ!って言えるもんでさ。やっぱ設定は守るべきなんだよね基本はさ。その設定が変えちゃいたくな
るようなつまんないものだったのかどうかは当事者なアニメタしか知りようが無いけど。でも作画オタの側か
ら見ても基本は設定だと思うんだよ。設定から外れたからスゲエんじゃなくって、設定から外れたけどそれは
それでスゲエんだよ。そこは履き違えんなよ。まあ元の設定があるからこそよけい凄さが際立つケースもある
けどね。言ってることメチャクチャだって?すまんね。けどここんとこを履き違えた結果起こった第2の悲劇っ
てのがあれだ、鉄腕バーディー DECODE:02第7話。ていうか仁保パート。あれの論争はちゃんとした作オタは一歩
引いた目で見てたと思う。それよかパート当てに盛り上がってcoosunのいぢわる情報に振り回されてた気がす
る。あそこでアニメ板本スレとか乗り込んで「あれはアニメーターの個性だからイイのだ」つって対抗してた
つもりっぽいのは作画オタじゃねえんだよ。作オタだとしても「作画オタクのB君」みたいな人達なんだよ断言
しちゃうよ。だからあれを作画オタかなんかのように見られると正直嫌な気しかしないっていうか、だからゲ
ーラボのネット事件簿みたいなコラムで「バーディーの手抜き作画に作画オタが反論!」みたいな事書いた多根清史はマジで死んで欲しいんだけど閑話休題。
作画オタクのB君で思い出したけどもう一つ、この記事書いたy_arimは作画MADに対して以下引用「純粋に作画
だけを見ようと思ったらあのBGMはかえって邪魔なんです。もともとのBGMや台詞、S.Eとも違うわけですから。
まあ海外のAMVを真似て導入したんでしょうけれども……」て言ってっけどダウトだよそりゃあ。作画MADを資
料映像かなんかだと勘違いしてんだよ。俺も作画MADは音消して見る癖ついちゃったクチだけそれは単に選曲が
酷くて絵もあってねえっていう、聞くに耐えねえだけっつうわけで音消してんだし。出来がいいやつはちゃん
と音有りで見るよ初期のやつとか、だって作画MADは資料じゃねえじゃん。他のMADムービーと同じじゃんエヴ
ァの映像にイッパツマンの逆転王の曲かけるやつ(結構好きだった)とかのと同類でっしゃろ。出来の悪いヤ
ツはそれこそ資料映像と割りきって音消しちゃうわけなのよ。逆よ逆、資料映像としてハナから見るわけじゃ
なくMADとして見ようとしてんだけどMADとして見る価値がないと資料映像として音消すんよ。導入の仕方はぜ
んぜん違うよ。音消すようなのは大抵1回見てもう二度と見ないなそれは。つか純粋に作画見たけりゃオリジナ
ルで見るっつうの。MADなんか頼らんっつうの。てなわけで作画MADの思い出でも語りますか。
まあ実質これが元祖作画MADでしょう。これが公開された時の事は覚えてる。YOUTUBEもロクに活用されたなか
った頃だから生ファイルで上がってたんだけど皆驚いてた。何に驚いたかっつうと何の脈絡も無くアップロー
ドされた事もそうだが「なんつー物好きな奴がいたんだ」って感じに。作オタなんてマイノリティの極みだっ
たからこんなヒマなことする人間がいたのかって驚きがあったんだよ。そんで妙な中毒感はたしかに存在した
。完成度で言えば荒いけど新鮮さではものすごかった。何でこの曲なん!?って言われたけど、磯作画による
爆発や地面がエグられてく様はたしかに「地球の危機」を感じたんだよ、笑わば笑え。SAMURAI7の森久司パー
トが何故か混ざってたのは当時も指摘されてたけど、正直それは問題ではないっていうクオリティだった(こ
の辺が作画MADは資料用じゃないってたらしめてるんだとおもう)。一時期何度も見たなー。もう一つあとで上
がった、曲がゴルドランEDのやつも良く出きてたけどこっちはあまり知られてないね。やっぱり動画サイトに
も無いし。保存してあるからいいけど。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm222484
これもつべ消えててニコのしか無かったわー。これも時代か。
これはたしか「作るよー」って制作者が宣言してたと記憶してる。磯MADに触発された感じで。それで期待は高
かったしそれに応えられていたとも思う。何故かなかなか流行らないインストゥメンタルタイプの作画MADの元
祖。何度かバージョンアップして追加とかパート間違い修正してたな。これも良く見ればちゃんと曲に合わせ
た編集してるんだよね垂れ流しじゃあなくって。曲フェードアウトで中途半端に終わらしてる風だけどこれは
これで余韻が残ってカッチョ良かった。この時期が作画MADを純粋に楽しんでたなー。作画じゃなくて作画MAD
よ何度も言うけど。
http://www.youtube.com/watch?v=d3rJCPFqKRI
アニメーター復帰後の作品でかためられて、80年代の山下してた頃のは一切無いけどどっちかに統一してるの
はとっちらかってなくて良かった。それよりもこのMADの破壊力はあれだよ、「消してーリライトしてー」の部
分。オリジナルの吉成鋼パートんとこに合わせてイノのバトー飛び降りをかぶせてくる編集。MADとしちゃ常套
手段だろうけどこれはムッチャかっこよかった。すげーキマってた。思わず手をグーにしたもの。この部分の
ためだけにこの曲使ったのはもはや明白だけどそこの所の一点突破的なやり口はすげーイケてたですよ。マジ
でこれが作画MADのその後の方向性決めちゃったんだと思う。逆に言えば、真似して失敗したのが多すぎ。
この3本が作画MADの歴史を物語ってる。これは間違いないです。作画MADってやっぱミュージッククリップなん
だよね有志の。いつから作画オタ育成ようになってしまったんでしょう。前述したように作画オタなんてなれ
る奴となれない奴に分けられてるんだから。それでも作画オタになりたいんだったら自分で好きな作画見つけ
て追っかけてみましょうよ。MADなんかに頼んないでさ。というわけで、作画MADのお話でしたマル
・・・・・・・・・冒頭あんな挑発的な導入しといてここで終わるのはなんともアレなので最後にもう一つ話
題。「作画を体系的に理解するための7作品」(http://anond.hatelabo.jp/20091127174928)を書いたのは俺
だ。あれは作スレで「映画を体系~」(http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20091126/1259227980)の改変やっ
てー見たいなレスあって、本気で言ってるわけじゃないだろうけど面白そうだから改変した。そんでバッカで
ーって笑ってもらえりゃいいやと思ってた。だからわかりやすいようにあんなWEBアニメスタイルに依存しまく
ってる内容にした。したがってあれはアニメスタイル読んでりゃ全部分かりきったような内容しかない。上げ
た作品は俺も一通り見てはいるけどさ、でもやっぱネタだネタ、こんなんで体系的に理解できるもんかよ。元
ネタの7つ限定に無理やり当てはめてみたんであって、ちゃんと体系的にしたかったらAプロとかデザスギとか
も盛り込んでるよ。(俺もそこまで濃いわけじゃないからそんな地雷源渡れないけど)宮崎大塚もハブって最
後にしか書いてないのも元ネタ記事の「ここでは取りあげられなかったのだが、ルビッチやワイルダー」の宮
崎大塚バージョンがやりたかっただけだよ。だから100%ネタで書いてたんであって、こんなん参考にする
ようなやつ終わってるわーって思うわけよ。実際は200ブックマーク越えちゃってビビッたけど、「これはすご
い」「勉強になる」「歴史」とかくせえのが多いの。んなバカなこんなんで勉強にされちゃうのかよ。こんな
ネタ見る奴限られると思ってたから俺驚いちゃったよ。いや、彼らがそれで納得して勉強んなったんなら良い
んだけど。それでも俺なんか脱力しちゃったよ、あああ~~~そこまでなのか~~~~って。笑って貰うどこ
ろか関心されちゃったよ~~~~って。まあ遥か先の世代から見れば俺みたいなニワカ作オタだって似たよう
な印象受けちゃうだろうけど。でもそんな俺からしてみてもあああああ~~~ってなるのはよっぽどじゃねえ
のかな。だって俺、このネタに上げた作品を一通り見て、そこで初めて「ニワカ作オタ」になれるレベルだと
常に信じてたんだもん。※
と、言うわけでして。これで作オタが全アニオタで優れている存在だと理解できましたねみなさん。何、でき
るわけねえだろ?そんなら良し。
※今見たら逆の事書いてた俺
感じた悪意は概ねここで書いたとおり。
http://anond.hatelabo.jp/20091020222352
こういうのは世間的には「こいつはクズだゲスだそうに決まってる」という悪意じゃないのね? 俺はクズだゲスだ呼ばわりされて大変心外だったけど。