はてなキーワード: ちゃんちゃんとは
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多神教がどうとか、食文化がどうとか、本当にくっだらないと思う。ちゃんとラヴクラフト嫁と思ったのでつらつらと書いてみる。
ラヴクラフトのクトゥルー神話が「ホラー」であるのは、「おれたちの信じているキリスト教の神さまの他にも神様がいるなんて!」ということではない。
ラヴクラフトのクトゥルー神話が「ホラー」であるのは、「自分の信じていた世界観はじつは嘘っぱちだ」ということにある。
例えば、俺は生きてメシをくって仕事をしてSEXをして子どもを育てるわけだ。
俺は日本という国に生まれて、その文化や自然や人々の共同体を愛しているわけだ。
そんな平凡な俺っちが、クトゥルーという存在を知ってしまうと、その全ては無価値なものだということに気付く。
日本という国も、そこで千年だか二千年だかの間にはぐくまれてきた文化というやつも世界全体から見た場合には実は無価値なのだ。
俺たちの人生や世界というものは、いってみれば犬の毛の中に住むダニたちが作り上げた世界と同じようなものだ。
それらは、クトゥルーがちょっと身じろぎしただけでも崩れ去るわけだし、今自分たちの所属している世界観が崩れ去ることは予め決まっている。
自分が生きていることも、生きて何か仕事を残したとしても、子孫を作ることも育てることも、それはすべてクトゥルーの前では無価値なのだ。
そういう認識に立った場合、俺は自分の存在することの意味が見いだせなくなる。
じぶんがここに存在することも、自分の子どもが存在することも、自分の親が存在することも、自分がなにかに努力していたとしても、何かに幸福を感じたとしても、それは全て意味がないのだ。
自分が拠って立っていた世界観が崩壊して、たったひとり、自分が何者かもわからなくなって虚空に落ちていく感覚。
おれ、大学のときラヴクラフト全集3冊読んだぐらいだから間違ってたらすまん。
それは魚介類だとか、自分の信仰だとか、そういうのとは本当にまったく無関係に「怖い」とおもったし、救いようのないアンハッピーエンドで終わる「セカイ系」のラノベ短編集みたいな感覚で結構面白かったよ。
今日、3歳の娘の保育園の父母飲み会なるものに初参加してきた。
我が家は夫婦そろって(もっと言うと娘も)非コミュ気質なので、
今までこういう会合からはできるだけ避けてきたのだが、
仕方なく参加せざるを得なくなった。
しかし、この飲み会。結論から言えば、ものすごく楽しかった。
まず、奥様方が基本的に美人で明るい。
保育園の父母会ということもあって、ほぼ同年代の働いている女性ばかりなのだが
どの人もとにかく明るくて社交的。みんな著しくコミュ能力が高いのだ。
そして、よく飲む。明るく、本当に楽しそうによく飲み、よく話し、よく笑う。
つぎに、旦那様はというと・・・普通・・・。というか、
女性陣とくらべるぱっとしない。ジミメン。
だが、すごいみんな優しい。飲んで食べて楽しそうにしている奥様を楽しそうに見ていたり、
みんながわいわいやっている間、かわりばんこで子供の面倒を見たりと
まあとにかく献身的という感じがした。
まあ、そんなこんなで人と話すのが苦手な我が夫婦も
いろいろと話を振ってくれることもあって本当にとても楽しく過ごせました。
で・・・。
家に帰ってきてだ。
すごい感じた二つのことを誰かに話したくて
うずうずして、今はてなを書いている。
1)子供手当はおそらく逆進税
すんでる場所とかにもよるのかもしれないけれど、会合に来た人たちのレベルが皆おそるべく高かった。
きっと、結婚したり子供作ったりするためには、相当すぐれた人じゃないとできないんだろう。
(注:一部おれのようなラッキーだけで非モテ、非コミュでも嫁、子持ちになる人もいる)
我が家も月に二万円とかもらってめちゃくちゃ嬉しいのだけど、
ぶっちゃけ無くても、特に困ったりはしない。今日、来ていた人たちもみんなそんな感じだった。
つまり、子供手当は強者にお金を渡して、幸せな家庭の基盤を盤石にさせるようなものな気がする。
2)封建的な家の役割が逆転
俺の田舎では叔父さん達がお酒を飲んで笑って話してつぶれてた。
男がちょこまかと動くと叔父さんだけでなく、
叔母さんも「男はすわって飲んでて」といやがっていた。
でも、この父母会でその役目はほぼ100%逆に見えた。
旦那さんが子供の面倒見たり、写真とったり、会計したりしていた。
奥さん方は楽しそうに話したり飲んだりするのが中心。
もちろん、平日の羽を広げてもらおうということで意識してのことだとは思うが、
この光景は非常に象徴的なものを感じさせられた。
昔、八年くらい前、自分のことだまでお金を貰ってみたいって憧れがあって、公募がたくさん載ってる雑誌を買った。何かの賞に応募しようと思って買った。はずなんだけど、何故か懸賞ものだけ応募して(ジュース)、しかも当たっちゃって(ジュース一箱)、それで満足して終わってしまった。ジュースは飲み切れなかったからご近所さんに配った。
その数年後、色々あって、ちょっと雑誌の記事書いてみませんかっておひゃーがあったんだけど、たまたま超絶どん底フィーリング期だったもんでやむなく音信不通にしちゃって、当然お流れちゃんちゃんになった。
去年くらいに知り合いの人が小説書いてあっさりデビューしてたの見て、じゃあおらもやるだー的な軽いノリで何か書くことを決意して、そういうの募集してるとこ探すのはそのうちやろうと思って、そして現在に至る。今こそそのそのうちだ!みたいな気持ちになったからぐぐってそのそのしてる。
でもやっぱ実際にお金の表記あると怖気づくね。今増田に書いてるこの文も、読んでくれる人がいるならむしろこっちがお金払わないかんような気になってくる。八年前もそんな気持ちでジュースに走ったんだろうなあ。決してジュースたっぷり飲み放題に惹かれた訳じゃなく。断じて。
ちなみに長めの小説は書くどころか読んだことすらないので、さすがに本気で入賞する気は無い。チャレンジ精神の先走り自体を楽しむ感じ。いいだけ楽しんだら、適当に落選って現実を自分に見せておしまいにしようかなとか、そんなアバウトな未来予想図殴り書き。でも怖気づいちゃ世話ねー。ちゃん。
とりあえず応募するしないは置いといて何か書こう。たぶん書くだけで満足して寝られる。子守書き。
きつい事言うけど、今のニコニコやYoutubeで見られる為に作られてるMADのどれだけが、
「素材を組み合わせたり、新しい解釈を加える事で新しい持ち味を出す」創作活動の意義を持っているだろう。
正直、東方とかアイマスとかボーカロイドとからきすたとかPerfumeとかウマウマとかスクールデイズとか、
『このネタを使っておけばとりあえずは間違いはない』いう素材を適当にいくつか組み合わせて、
「○○が△△してみました」「◇◇は大変な■■を××したようです」みたいなタイトルをつけて提出。
結果、そこそこ受ける。当たり前だ。素材だけで勝負してるんだけどその素材が保障されてるんだから。
で、時々全然空気読まずに新しい創作物が放り込まれてヒットすると、即座にそれも新しい保障されたネタとして取り込まれる。
そんでミクに歌わせたり東方のキャラが踊ったりウマウマしたりどこかのネトアくずれが歌ってみました♪したりする。
そんな「評価されたい」が動機で、でも自分で何か創り出す勇気は無いから人のネタを拝借するだけの創作にどれほど意味があるのかな。
『薔薇は美しく咲きたいと思って咲くのではない。一生懸命咲いているから美しいのだ。』
・・・ということで、私も人の名言を拝借して〆たいと思います。ちゃんちゃん。
が言った、なんだっけ、「人生の基盤づくりはするけど人生の結果には関わらない」とかいう感じのやつ。
あれが名言だとか、カッコイイとか、やけに言われてるけども
正直そこまでか?と思う。
まあ、教育のために寄付ってのはまあそれは相応に凄いっすね、と感心はするけどもね。
でも別に、金持ちが何かに寄付するってのは別に割りとよくあることだからなあ、それはまあ勿論凄いんすけど、まあそこで関心は途切れちゃうというかね。
それ以上には特に何も思うところはないんだよね。俺的には。
でなんでこんなに騒いでるのかなーって、痛いニュースとかそれについてるブクマコメントとか見て思ったわけ。
だって別に、名言とかじゃないと思うし。単に金持ちが寄付しました、ちゃんちゃん、な出来事だと思うんよ。なんでこんなに騒いでるのかわからんのよ。
やっぱり「おばあちゃん」(本人はそう言って欲しくないようだが)なのがポイントなのかね。
温和そうな「おばあちゃん」が寄付したからこそ意味があるっていうか。温和そうな「おばあちゃん」が、キリリと一蹴してみせた事がなんか「カッコイイー!」んかね。正直、言ってる事は特に名言でもない(かといってダメとも思わないが)し。妥当な言い分だし言ってることはよく分かるし「父を救ってくれ」と言う人を助けてあげればいいのにとか思うわけじゃ決して無いけど、だからといって別に「名言」じゃないんだよね。妥当な一言だわな、って感じで。一体皆何をそんなに「名言だ」「カッコイイ」とか騒いでるのか分からない。
仮に「日本のおばあちゃん」だからカッコイイ、と騒いでいるとしたら、寧ろこの女性にとっては失礼なんじゃないかと思うんだよな。まあ別に騒いでる人はそれでもいいのかもしれないけど。だってそれって「日本のおばあちゃん」は普通こんなことできないし(いやま、常人にゃできんけどもちろん)こんなにキリリと何かを一蹴したりとかできないって事前提に褒めてるわけっしょ。なんかそれって逆に失礼っつーか。逆に「日本のおばあちゃん」ナメてねーか、みたいなさ。まあ仮にぶっちゃけたところそう思ってても、それを表しちゃうのってどうなんだよっていう。
これがどこか、アメリカの中年の金持ちとかがやったら皆どういってたんだろうな。ここまで騒がなかったんじゃねえのかな。そう穿ってしまうんだよな。
…まぁいいか。今まで観客だったとこに入るとなんか不思議ですね。『元増田』とか形容されてるし。
あくまでも僕は「僕」の基準で話を進めるんですけど、最初から自分を捻じ曲げるんじゃなくて、とりあえず俺ルール(笑)みたいなのを小出しにしてみる訳じゃないですか。もちろんそれは押し付けなんですけど。
最初から相手に合わせまくって自分を曲げてやってたら、そりゃ最初は上手く行きますよね。相手の希望通りなんで。でもだんだん疲れて…ってまさに今回みたいな結末を迎えてしまうわけで。
『お姉ちゃん』の一件ではお互いそれをやっちゃって失敗してるんで、今回はそうしたくなかったんですよ。だから彼女にも、俺ルール(笑)みたいのを出していって欲しかったと。
結局それを出すことなく、他に流れてしまいました、ちゃんちゃん。なんですけどね。
僕が「出したら怖い(恐怖)」なのか「出すに値しない(侮辱)」だったのか、みたいな感じです。今朝の乱文は。
完全に当てはめてないですよーw「夢見がち」だけど、そこまで純粋無垢に夢見れないですwww
>全部当てはまらなくて嫌いなところもあるけどでもやっぱひっくるめて全部好きだわ
ってことですよ、ほんと。ステレオタイプだけど。だからこそ、そこんとこを見せて欲しかったなー、と。
彼女には、貴方が仰るような「純粋無垢な夢見がち」に取られてしまったんでしょうけども(´・ω・`)
そんなん本人に云ったんですよ、どろどろに号泣しながらw僕の人生でトップクラスにダサい瞬間だったと思います。それが出来たんで、結構すっきりしてるんですけどね。
>人の気持ち・心情に「正解」があると思ってる
そうですね、ちょっと違うけどそんな感じです。前にはてなだか2chに現れた人みたいに哲学で博士号取る予定はないですけど、そっち方面の人というか、そっち方面すきなんで。
『我思う、故に我あり』の思ってる「我」は誰が定義じてるの?『我思う、故に我あり。…と、思う』じゃないの?みたいなもんじゃないですか、哲学って。鳥か卵かみたいな。
参考になってます、ありがとうございます。
で、感じるのだが、都会での独り身は不幸である。
咳はきついし、頭は痛いし、のどはいがらっぽいし、熱で体はだんだるい。よって何も手に付かない。飯どころか小大にすら苦しむ位だ。そして誰も助けてくれない。
ここは……地獄だ……。
ピンポーン
と玄関の呼び鈴がなる。だるいので居留守、と言うわけにもいかない。今日はアマゾンに発注していた本が届く日だったはずだ。まさか一ヶ月前に今日風邪で寝込むなんて想像できていたら注文しなかっただろう。なんていってる場合じゃない。よろろよろと歩いてドアに迫る。ああ、体が動かない。
ピンポーン
ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン
はいはい。今行きますよ。 ……ったく。
扉を開ける。
目の前には、一人の女性が立っていた。わりとちんちくりんというかチビハムで、背中にバックパックを背負っていた。というか背負われていたと言う方が無難な感じだった。
俺は、
(しまった、勧誘か!)
と思ってすぐに扉を閉めた。
「!?」
なまった体の動きによる、閉めきるまでほんの少しのタイムラグの内に、その女性はちゃっかり、しかし音も無く中に進入していた。というか、動きが一瞬見えなかった気がするが眼がいかれてきてるのか?
「さて、まずは換気ですね。ああ、これを着ててください。すぐに済ませますから」
そう言って、女性は俺にバックから出したやたらモコモコしたちゃんちゃんこを渡すと、こ汚い部屋を横断して窓を開けた。時期はずれの寒風が吹き込んできて、俺は慌ててちゃんちゃんこを着込んだ。
暖かい……。
「えーと、次はおかゆでも作りましょうか。卵入れます?」
「あ、うん」
こちら側にあるキッチンに歩いてきた女性の言葉に、つい勢いでうなずいてしまった。
いや待て俺それどころじゃないだろ!
「ちょっと待て」
そこで大きく咳き込んだ。くそう、俺が風邪なのをいい事にぃ……。
だが、こいつはなにがしたいんだ? いきなり押しかけてきて、名も語らず、それでいて俺の為に食事を作ってくれている。一体なんだ?
「あ、もう少し掛かりますから、寝ててください。換気はもう少し必要ですから、開けたままでお願いします。ちょっと寒いですけど我慢してくださいね?」
「え、あ、はい」
俺は事態が飲み込めずにぼんやりした頭でうなずくと、えっちらおっちら布団に戻り、横になった。ちゃんちゃんこが思いのほか暖かく、窓を開け放っているのにそれほど気にならない。
そのうち、食欲を誘ういいにおいが漂ってきた。
「できましたよー」
「熱いから気をつけてくださいね?」
「は、はい」
促され、フーフー吹いて冷ましてから一口。
鼻が詰まっているからいまいち味はわからないけれど、温かい感覚が口からのどを通っていく。ここずっとゼリー飲料で飯をまかなっていたから、なんだか新鮮な感覚だ。
なんだか嬉しくなってもう一口、もう一口、と食べていく。女性は俺の様子をただ黙ってみているだけだ。なんか買え買え攻勢を仕掛けてくるかと実は思っていたのだが、そういう様子も無い。にこにこしているだけだ。
居心地が……妙だ。
「ごちそうさまでした」
「いえいえ、お粗末さまです」
お盆を渡すと、女性は受け取りキッチンに持っていく。俺は一息つく。さて薬を飲もう、ごそごそと女性は水の入ったコップを持ってきてくれていた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ」
俺は水を軽く含んでから薬を飲み、それから残りの水を飲んで一気に流し込んだ。
飲みきってから気が付いたが、水ではなく程よい温度になった白湯だった。
俺はいよいよ怪しんだ。これは弱っている人間を狙った何か、そう詐欺か何かだ。ここから無理難題を仕掛けてくるに違いない。警戒警戒。
「あの」
そらきた! 俺は警戒心を強めた。何を言われても、鋼の心で突っぱねてやる!
「そろそろ、窓閉めますね」
「ことわ……、……はい」
ガカラガラと窓が閉められる。ストーブをたいていたのですぐに部屋の温度が上がっていく。それ以上の事は起きない。女性はただ静かに座っている。
「えと……」
沈黙に耐えられなくなったのは俺だった。ついに疑問を口にしてみる事にする。
「あなた、なんなんですか?」
「訪問介護員ですよ?」
「だからそれがなんなんですか?」
「風邪などの病気に罹った人の所に出向いて、お世話する、K園が行っている慈善事業の一つです」
「慈善事業、ですか。これ、お金とか取ったりしないんですか?」
「慈善事業ですから」
そう言われると、「はあ」としか言いようが無い。そこで会話は打ち切りになった。俺は黙って横になり、ぼんやりとする。
ひやりとした感触がおでこに当たる。濡れタオルだ。これは俺の持ち物じゃない。誰のだ?
「あ、起こしちゃいましたか?」
そうか、この人のか。と、その瞬間に自分が眠っていた事に気が付いた。
(うわぁ。赤の他人が居る前で寝ちゃったよ……)
俺が赤面すると、女性はなにを勘違いしたのか額のタオルを取り上げ、顔を拭いてくれた。なすがままにされる俺。女性はなおも顔の赤い俺を心底心配したように語り掛けてきた。
「顔、赤いですけど暑いんですか?」
「いや、まあ。でもこういう時は汗かかないと」
「かきすぎて体を冷やすのは良くないですよ。ちょっと拭きましょうか、体」
「え? いやいやいやいいですよそれは自分でします」
「そうですか? ならいいですけども。あまり寒くならない内にした方がいいですよ?」
「は、はい」
……なんでこんなどぎまぎした会話をせにゃならんのだ。と思ったのもつかの間だ。女性は、時計を見て「あらら、もうこんな時間」と呟いて、それまで横に置いていたバックパックを担いで立ち上がった。そして、
「じゃあ私、そろそろ帰りますね」
と言うと、そそくさと玄関に向かい始めた。
「ちょ、ちょっと待って」
俺は勢いで引き止めてしまった。起き上がったせいで濡れタオルがずり落ちる。が、それからの事は考えてない。ただ、待って欲しいと思ってしまったのだ。
女性はおっとり振り向き、俺の次の言葉を待っている。だが言葉はすぐにでてこない。あー、とか、えーと、とかが繰り返し、繰り返し。
(あ、そうだ)
それ以外にもタオルもだ。だけど、この瞬間に出てきたのはちゃんちゃんこの事だけだった。
女性は俺の発言に、女性は何の事やらと一瞬首をかしげたが、すぐに、
「あー、それ、受け取ってください。プレゼントみたいなものです」
と答え、そのまま振り返り玄関を開けて、
「戸締りは、すいませんけれどご自分でお願いします」
とだけ言うと、また音もなく出て行った。
「ま、待って」
俺はよろけながら立ち上がるとよろろよろけて玄関へと向かう。相変わらず体はがたがただから、それだけでも重労働だ。でも歩く。
玄関にたどり着き、扉を開ける。こじんまりしたコーポの廊下を見渡すが、既に女性はどこにもいなかった。代わりに、配送会社の人が今まさに呼び鈴を鳴らそうという姿立っていただけだった。
で、感じるのだが、都会での独り身は不幸ではないかもしれない。
咳はきついし、頭は痛いし、のどはいがらっぽいし、熱で体はだんだるい。よって何も手に付かない。飯どころか小大にすら苦しむ位だ。
だけど、ここには誰だか知らないけれど助けてくれる人がいる。俺みたいなのを助けてくれる人がいる。
そういうのがあるのだ。だから俺は待っている。ちゃんちゃんこを着て、待っている。
ピンポーン
唐突にClass::Data::Inheritableのソースコードについて説明してやんよ。
使い方とかの説明はこの辺でも読んでから出直して来い、ごるぁ!
まぁとりあえずソース見てみろ、下記にはっつけてやっからよぉ!
1: package Class::Data::Inheritable; 2: 3: use strict qw(vars subs); 4: use vars qw($VERSION); 6: $VERSION = '0.06'; 7: 8: sub mk_classdata { 9: my ($declaredclass, $attribute, $data) = @_; 10: 11: if( ref $declaredclass ) { 12: require Carp; 13: Carp::croak("mk_classdata() is a class method, not an object method"); 14: } 15: 16: my $accessor = sub { 17: my $wantclass = ref($_[0]) || $_[0]; 18: 19: return $wantclass->mk_classdata($attribute)->(@_) 20: if @_>1 && $wantclass ne $declaredclass; 21: 22: $data = $_[1] if @_>1; 23: return $data; 24: }; 25: 26: my $alias = "_${attribute}_accessor"; 27: *{$declaredclass.'::'.$attribute} = $accessor; 28: *{$declaredclass.'::'.$alias} = $accessor; 29: } 30: 31: 1;
短いソースだなーこれ。でもな、なめんじゃねーぞ。短いけど色々な技術が盛り込まれてんだよコレはよぉ。
ハイ、まず3行目。
かるくstrictについて説明してやんよ。心して聞けよオマエラ。
strictっつーのはだな、つまりPerlにおける曖昧な部分をすこーしだけチェックしてくれるスグレモノなんだなコレが。
とりあえずざっくり言うと三つの機能があってだな、下記のよーに書くわけだ。
use strict 'vars'; use strict 'subs'; use strict 'refs';
varsってーのは簡単に言うとmyとかourとか宣言しろボケってやつですわ。
subsは裸体は許さんってやつですの、$とか%とかついていない裸の文字列をエラーにしてくれんだよ。
refsってのが一番やっかいな代物でな、これはムツカシイ言葉で言うとシンボリックリファレンスってんだが、要は変数名に変数を使うとエラーにしてくれるってこったよ。
で、これら全部ひっくるめてuse strict;なんだな。わかったか?オラ!
ちゅーことはだ、3行目を見ると意図的にrefsだけ外してるのがわかるよな。
つまりコレはこのコードのどこかで変数名に変数を使うってことを明示していることにもなるわけだ。けけけ。
あーもういいもういい、次だ、次。
4,5行目を見てみろよ。今時our使わずにuse vars使うなんてどんだけー。
ははは、まぁまてよ。
ourってのは明示的にグローバル変数を定義するもんなんだが、このourってやつが導入されたのがPerl5.6からなんだよ。
Perl5.5のころはourなんてなかったからグローバル変数定義すんのにこのuse varsを使っていたわけだ。
つまりこのモジュールはPerl5.5環境でも動くように配慮しているわけなんだな、ちゃんちゃん。ほほほ。
あーもう全然すすまねーよ。チクショウ、が、ま・・・・。
で、11-14行目。これはref関数使って$declaredclassがオブジェクトだったら死ぬって処理だ。
require CarpっつーのはCarpモジュールを動的にロードしてるっていうことだよぅ。
で、Carp::croak関数使ってエラー文はいて死ぬ、と。ちなみにこのCarp::croakってはまぁdie関数みたいなもんなんだ。
違いとしてはエラーの発生した原因を呼び出し元の奴のせいにして自分は悪くないんだよってアピールすることかな。まぁ実際使ってみりゃわかるよ。
さぁ、16行目。本編突入だ。長かった。長い道のりだったなお前ら。
sub {}ってのは無名サブルーチン(関数のリファレンス)ってやつだ。で、ここで注目すべき点はただひとつ!!!!!
19-23行目あたりをぼーっとみてると$declaredclass, $attribute, $dataっていう変数を使用していることがわかる。
これらの変数は9行目で受け取ったmk_classdataへの引数だ。
ここで問題が発生する。
myで宣言された変数の賞味期限はスコープの終端だ。それはわかるな?
つまり9行目で宣言された$declaredclass, $attribute, $dataといった変数どもは29行目のスコープの終端で消滅してしまうわけだ。
しかし!その消えてしまうはずの変数どもをsub {}という無名サブルーチンの中で使用してしまっている!!!
これが世間一般に語られているクロージャという仕組みなのだ!!!!!!うはははははははh!!!
本来生涯をまっとうするはずだった変数たちが別のサブルーチンの中にまぎれてしまうとその別のサブルーチンが消えてなくなるまでは死ぬことを許されなくなるのである!!!ざ・不☆老☆不☆死!
なんたる奇妙奇天烈なことであるが、この現実を受け入れることによってお前らの道が開けるんだ!!!すげーだろぉがよぉ!!
ボクはッ、キミがッ、クロージャを受け入れるまでッ、殴るのをやめないッ!
さて、肝心の16-24行目のアクセサ部分の処理の解説だけども、
引数が渡されてなければ特になんの処理もせずに$dataを返している。$dataってのは死ぬことを許されなくなったカワイソウな変数君だ。
つまり、Class::Data::Inheritableってやつはアクセサに渡された値をどこで保存してるのかというと、紛れも無いこの$data君に他ならない。
$data君がニート君になっちゃうとたちまちデータの読み書きができなくなるのであまり働かせ過ぎないように注意しよーね!
ハイ、次はアクセサに引数が渡された時の処理だけどな、20行目を見てみろ。$declaredclassに格納されてる値はmk_classdataメソッドを使用したときに格納された値になる。
package Hoge; use base qw/Class::Data::Inheritable/; Hoge->mk_classdata('hoge_accessor');
つまり上記の処理で例えると、$declaredclassには'Hoge'という文字列が入ってることになんだな。
で、この'Hoge'と$wantclassに入ってる値を比較しているわけだが、
package Hoge; use base qw/Class::Data::Inheritable/; Hoge->mk_classdata('hoge_accessor'); Hoge->hoge_accessor('aaa');
上記の処理で例えると$wantclassには$declaredclassと同じく'Hoge'が入ってくることになんだな。うっひょー。
んで、20行目のif文は$wantclassと$declaredclasが違う場合にだけ19行目の処理を実行しているわけだからこの場合はスルーするわけだぁ。ひょひょひょ。
じゃあだな、$wantclassと$declaredclasが違う場合ってどんな場合?ってことだが、下記に例を示すから目ん玉引ん剥いて網膜から直接見てみろよこのボケ野郎どもが。
package Hoge; use base qw/Class::Data::Inheritable/; Hoge->mk_classdata('hoge_accessor'); package Foo; use base qw/Hoge/; Foo->hoge_accessor('bbb');
HA!HA!HA!こういう場合だよ米ベー。$wantclass=Fooで$declaredclas=Hogeになるんで19行を実行し、Fooをベースにしてmk_classdataを呼ぶことでFooに同じ名前の新たなアクセサを提供し、元クラスHogeの値を壊さないようにするわけですなぁ。
考えた人すごいですなぁ。これがClass::Data::Inheritableが継承可能なクラス変数といわれる由縁でするまする。
で、最後の26-28行目はコレらの便利な処理をしてくれる$accessorさんをクラスに登録するというわけですよぉ。
27,28行目の*ってのは型グロブ変数ってという奴で、型グロブに対して無名サブルーチンを突っ込むと動的に関数を定義できるんだなぁコレが。
でここで、初めに俺が語った話を覚えてるか?へっ、オマエラなら覚えてないだろうなけっけ。use strictの話だよ。refsだよrefs。
ここでrefsを省いていたのが利いて来るんだ。refsって何だった?ホラ言ってミソ?
で良く見てみると型グロブ変数に対して「$declaredclass.'::'.$attribute」っていう変数を使おうとしているよね?これをしたかったからrefsだけ仲間外れにしてたわけですね。
はは。
あー、あー、あー。
これで終わりだよぅ。みんなわかったかな!?
コレ読んでもわからんやつはもう死ぬか、もしくはわからん用語について死ぬほど調べてもっかい読みなおしてみろこのド低のぅッ・・・ごふんごふん、このクサレ脳みそがぁ!!!!!!!!!!!!11
ちなみに、私は、ええんちゃうと言います。
方言は意識して話すものではありません。
関東・中部・関西・四国と渡り歩きましたが、方言は自然に出るものだと思っています。
例えば、大阪に遊びに行って、中部の人と歩いていると言葉が色々と混ざってきて当の本人も訳がわからなくなります。
そして、中部地方の方は勘違いをしているようですが、標準語を使っているような話し方をされますが、イントネーションはまさに中部オリジナルです。
いろんな地方に渡り住むと言葉に対しての壁はなくなるでしょう。
私は、中部地方の方と長年、結婚生活をしていましたが、標準語を話せと強いられ、つらい経験をしました。
ですが、当の本人は和歌山の女の子と浮気をしていたのか、女っぽい和歌山弁をたくさん聞かせてくれました。
「こんなことあったんよう。」みたいな感じでかなりぎょっとしました。男を辞めたのかと思いました。
高知弁もなかなかええき、使ってみいや。