はてなキーワード: すき焼きとは
スーパーで初売りされたマツタケを見て、学生時代のことを思い出した。
福島市近郊出身の友達が、すきやきパーティーをしようと持ちかけてきた。
彼の実家からなんとダンボール箱いっぱいのマツタケが送られてきたのだった。
いつものだべり場だったもう一人の友人の家に集まり、もう一人呼んで、4人でマツタケすきやきパーティが開催された。
いとこんと肉は近づけてはいけないとか、美味しんぼの富井副部長の失敗から学んだ数少ないすき焼き知識を駆使して、マツタケとそのほかの具の比率が1:1のとてつもないすき焼きパーティーが始まった。
マツタケの素焼きとか土瓶蒸しもやってみた。
マツタケを持ち込んだ友人以外、本物のマツタケを知らなかった。永谷園のお吸い物がかろうじて、マツタケ体験だった。
マツタケの香りはとても強くて、好みが分かれるものかもしれない。
ほぼ縁がないと思っていたマツタケを存分に楽しんだ。
一生分のマツタケが一晩にして消費されたはずだ。もうしばらくマツタケは食べなくてもいいといえるくらいにマツタケを堪能した。
マツタケがどこで取れたのかという話題になった。マツタケが送られてきた友人も、実家の親からは一切教えてもらえないと話していた。
その親が墓場までそのありかを持っていってしまうのかもしれない。
ふと、マツタケの思い出のことを文章にはきだしてみた。
仮にこの友人の親が存命だとしても、マツタケの秘密の山がまだ存在していたとしても、マツタケも福島ももう思い出の中にしかないのかもしれない。
うちのコロッケは美味しい。
肉やたまねぎ、しいたけやにんじんなどを炒めた具を、ジャガイモと同量くらい入れる。
味はしっかりつけるので、俵型に丸めるの手伝いながら具だけをつまみ食いしたりした。
だから、コロッケは、あまり魅力のない食べ物だと言われて、母との思い出を否定されたような感じがして、とても悲しくなった。
コロッケも、ほうれんそうのごまあえも、すき焼きも、かぼちゃを炊いたやつも、白菜と春雨のスープも、いまでは母と同じ味をつくれる。
残された時間を有意義に過ごすために、もう薬での治療はやめた。
母はがんばっている。
先週末はやばくて、遠くに住んでいる兄と僕は呼び出された。
母の手を握りながら、がんばろうねって何度も言った。
なんとか持ち直してきている。
この肺炎を乗り越えたら、ちょっとは楽になるはずだ。なるに違いない。
そうしたら、もう一度外泊で家に帰って、一緒にご飯が食べたい。
もうどこに出しても恥ずかしくない、母の味の僕の料理を一緒に食べたい。
アレンジで免疫力の高まる食材なんかを入れたりして、そうしたらひょっとしたら良くなるかもしれない。
コロッケたべたいと言うだけですべてが嘘になるんなら、どんなに嬉しいだろうなあ。
もう一度母さんとコロッケたべたい。
言う事を聞きつつ、正論を言ったら干されるのでぐっと堪え、
取引先のタヌキにも頭を下げつつも、さらに新人に陰口をたたかれ、
でも妻に奉仕しなきゃまた喧嘩になったり発言小町に書かれるから
安い発泡酒で我慢して、それで寝る。
起きたらまたギュウギュウの電車に揺られ、
今朝の電車で触れた女子高生の匂いを反芻する。牛のごとく何度も。
そんなこんなで稼いだ金がどこに消えるかと言うと、
ケツにぶちこんでやろうかと思ったりするんだけど、
そんな勇気はもちろんの事、クビになっても転職して成功するスキルなどがないので、
昼休みにモニタの前で、「たまごや」の弁当のおかずのすき焼きを味わい、
わずかな幸せをかみしめる。そんな日々。
「きみは資本主義奴隷だね」と言われたとしても、「はい」としか
答えることが出来ないわけで。
未来人は続けて、
「歴史の教科書で読んだんだけどさ、20世紀後半から21世紀半ばにかけて、
画期的だったんだってね。いや、むしろサラリーマンが勝ち組とか
ギュウギュウの乗り物に押し込められても文句を言わせない
と言ったとしても、私はハイとしか答える事ができないわけであって。
朝の電車で女子高生と合法的に密着できることです!と真面目な顔をして
主張したいんだけど、主張しても捕まりそうなので、言えない。
あとはオフィスグリコで「パキッツ」をゲットしたときだったり、
朝の電車の女子高生との密着だったりってのが、奴隷の私の一番の幸せだったりする。
BGM : http://www.youtube.com/watch?v=zvuC7D_IBuY
(眠くて朦朧としながら Haskell と格闘していて、この言語は、いいとこもある、わるいとこもある、と思っていたらスネークマンショーを思い出した。それだけ。)
気がつけば82歳
ttp://thoughts.asablo.jp/blog/2010/03/11/4938054
大きな木造の三面しか壁のない ガランとした建物だった。
中は照明も無く薄暗かった。
やがて奥の方から 黒い大きな牛が 鼻面に通された綱を曳かれて現れて、中央まで来た途端に、屈強な男性が歩み寄って、長い柄のついた斧のようなものを振り上げ 牛の眉間を撃った。
その一撃だけで 牛は膝を折り 崩れるように倒れた。
部外者以外に見ていたのは案内してくださった方と私だけ。
その夜、村の方々からすき焼きをご馳走になり、昼間の光景を忘れたように美味しく食べてる自分がいた。
戦争で死と隣り合わせの生活をしてきて鈍感になっていたのかもしれない。
又は、若い時は衝撃的であるはずの事もあまり抵抗なく受け入れてしまうのだろうか。
しかし、60年昔見た光景がずーっと心の奥に潜んでいて時折現れて色んな事を考えるのだ。
人間は 牛や 豚や 鶏や 諸々の魚介類などの命を貰って生きている。
「ダーウィンが来た」を見るまでもなく、弱肉強食は世の常、生態系に人間も組み込まれているのは解っている。
疎開していたころは、その辺を歩いている鶏を小父さんが捕まえ首を捻って、羽を毟りとり 解体して夜の鶏鍋になったのを見た。
今はスーパーで綺麗にパッケージされてるから食材として抵抗なく買える。
年齢かなあ
殺生が応える気分になった。 水槽で泳いでいる魚を コレって選ぶの辛いな。
せめて 貰った命は絶対無駄にしたくない。
私の命の一部に再生させてもらうことで納得したい。
26歳男。自炊をしていて、たまに母親に電話してレシピを問い合わせる。
俺「うちのすき焼きってどうつくるの?」
母「材料入れてお酒をさーっと入れる。」
俺「さーっとってどれくらい?」
母(目の前に湯のみがあるらしく)「この湯のみ1/3くらい。」
(もちろん湯のみの大きさ分からないw)
母「アルコールが飛んだらさとうをまんべんなく振りかける」
俺「それってどれくらい?」
(客観的なようなそうでないようなw)
母「そのあと醤油をぐるぐるーっと。ばーっと。」
俺「どれくらい?」
母「分かんない。」
ちなみに肉じゃがとかめんつゆとかも聞いたことあるけど結局役に立たなかった。
糸こんにゃくってすき焼きの具としては一般的だけど、なんでいれるんだろうね?
肉が硬くなる危険を犯してまで入れたいとは、個人的には思わないんだけど。
とある界隈で話題になっている「食料3品目法」が面白いので増田にも聞きたい。
自分が持てる食材が一生で3品しかありません。
どの食材を所有するかは16歳の時に決めなくてはいけません。
それ以前は給食として色々なものを食べることが可能です。
主食(米、パン(小麦)、麺等)、調味料は含まれません。誰でも持てます
あくまで食材なので加工されたもの(牛丼、すき焼き、トンカツ等)は不可です。
例:豚肉・卵・白菜
また、友人・家族など一緒に食事をする人の食材も食することができます
大勢で集まれば集まるほど色々なものを食べることができます。
しかし、食材を交換や売買する事は禁止されています。
あなたはどの食材を選びますか?