はてなキーワード: こっち側とは
結論から言うと、企業は就活サイトや就活業者よりも、心情的には学生に近い立場にいなければいけない。
しかし「どんな学生が望ましいか」「どんな方向性を学生と共有したいか」というメッセージは具体的に、学生に迫るように撃ち出す必要がある。
この部分を就活サイトにアウトソースし、結果として就活サイトや就活業者が学生を食い物にしていることを放置している状態で
競合は、同じ業界の他社だけではない。 就活サイトとか就活業者、あるいは2ちゃんまとめ記事などの悪質な情報業者も含む。
彼らに打ち勝って、正しいメッセージを学生に届けられないなら、優秀な学生ほど自分の会社を選んでくれない。
「競合の他社がこんな感じだから、うちの会社もこの程度で」とか言ってる人事だと、お話にならないわけです。
実際、今まで「企業側のメッセージ」と称して悪質な情報を提供する各種メディアによって学生が翻弄され、道を誤るというケースが多かった。
もうどっぷり社会人側に染まった私としては、若者への嫉妬を込めて
「就活前になっていきなり慌てて準備するから、ろくに考えずに企業とか就活業者のメッセージに躍らされるんだよ」と言いたくもなるがそれはアンフェアというものだ。
学生も確かに怠けてはいる。だが、それ以上に就活業者の悪徳ぶりは批判されてしかるべきである。
そして、そういうものを駆逐するのに第一義的な責任を持つのは、企業側である、と私は思う。
自前で自分たちの魅力が全く伝えることができない、学生に仕事のイメージを伝えることができない企業ばかり。
必要な情報や行動指針が与えられない学生は不安になり、その不安にゴミどもが群がる。
最近2ちゃんまとめブログのステマ騒動などが起こったらしいが、ああいうのは、企業側の社会的責任が全く果たされていないことを意味している。
現実的には、責任を果たさないどころか、積極的に社会的不正義に加担して、自分たちだけが得をしようと抜け駆けを図る腐った企業もあるらしい。
企業側がここまで腐っている今の状況で、学生を責めるのはちと可哀想かな、と思ってしまう。
もちろん、学生が可哀想だといっても、別に学生が今のままでいいとは思わない。
学生は学生でよくよく考えるべきだ。就活業者の2ちゃんまとめ等の示す甘い言葉にホイホイついて行っちゃう奴は成人式からやり直すべきだ。
しかし、それを差し引いても現状を放置するのは企業にとっても学生にとっても大きな損失である。得しているのは就活業者だけだ。
この状態を改善しようとしない、あげく「最近の若者は」とかいっちゃう人はビジネスマンの資格などない。
間違ってたら間違ってると言う。誤解されていたら誤解を解く、それは当然やるべきだろう。
それぞれの企業が「就活本とか就活業者はあんなこといってるけど、うちではこうだよ」と示さないといけない。
学生側が、就活業者や就活本を捨てて、自社サイトをじっくり見てくれるように情報を発信しなければいけない。
そして、その手間は「ちゃんとした人事戦略があって、それが共有されている会社なら」たいして手間はかからない。
人事戦略を理解してる人が一人、毎日1~2時間使ってブログで情報発信するだけで十分すぎるほど効果があると思う。
ちょっと本屋に行って調べてみれば、そうやって就活サイトを使わずに成功してる会社の話が幾つも出てくる。
そんなことすらやってない、というかやろうにも明確な戦略を持ってる会社が全然ないのだと思う。それが現実だ。
「会社の中に入ってもわからない」ものを、学生が理解して実践しよといわれても、さすがに無理だ。
学生に文句言いたいなら、まずちゃんとした基準を持つ。自分というものを持たないまま他者を批判していいのは中学生まで!
優秀そうだから、話がうまいからといったフィーリングでおぎやはぎを採用ような企業はどこか問題がある。(おぎやはぎを批判シてない。彼らは本当に優秀だろうから)
論理的にはかなり怪しいけれど(※)読者の感情を揺さぶる形で学生の勘違いを指摘してる記事があるので引用する。
就職活動の直前になると、自分自身に少しでもハクをつけたいからなのか、
「資格の勉強をしようと思います」「インターンを見つけて行ってこようと思います」
資格を取ったりインターンを経験したりしたことそのものが就職活動にプラスになるわけではないってことです。
例えば、TOEICで920点を取ったとします。だから就職に有利になるかというと、それ自体がすごく有利に働くことはほとんどありません。
むしろ、「TOEICで900点以上という職種はないかな…」と自分自身で職種の範囲を狭めてしまったりして、逆に自分の可能性を縮めることの方が多い。
「920点取りました」ということ自体は、大して意味がありません。「私は、TOEICで920点取りました!」「なるほど。…それで?」と、その後を聞かれます。
「920点取ったから、何ができるのか」「920点取ったから、どうしたいのか」といった、その後が重要なのです。
そういう話をすると「言っている意味が分からない」という人も多いので、身近な例に置き換えてみましょう。
例えば、定食屋や中華料理店に行ったとします。何か食べたいとしたら、何と言うでしょう。
「私は、920円を持っています!」「そうなんですか。…それで?」と、店員さんはキョトンとしてしまいますよね。
保持しているモノを自己申告されても、何を与えたらいいのか、何を求められているのか、提供する側は分からないわけです。
「920円持っているので、麺類が食べたいです!」「920円持っているので、杏仁豆腐を食べます!」
などと言ってくれれば、「かしこまりました」とか「こちらもお勧めですよ」とか、提供するものに関する話が進んでいくわけです。
それと同じことで、資格や体験を「持っています」と自己申告するだけでは、相手は何をしていいかさっぱり分かりません。
920点持っているから、何ができるのか、何がしたいのか、ということを明確に伝えなければ、全く意味がないのです。
とは言っても、「920点持っているから、英語でコミュニケーションができます!」
とかいった自己PRも、大したPRにはなりません。資格に見合う強みではないからです。
「私はTOEICは受けてないけど、英語でコミュニケーションができます!という人と、言っていることは大して変わりません。
「資格は何を持っています」「こんなインターンをやりました」ということ自体は、そんなに有利な条件ではありません。
「いや、そんなことはない」と反論したい気持ちも分かります。「この学生はTOEICで920点もあるなら、英語ができそうだな」と思われるからいくらか有利、と思うかもしれません。
でもそれは、「この学生は九州生まれだから、九州のお客様と仲良くなれそうだ」ぐらいの、個性レベルの長所に過ぎないのです。
今どき、資格を持つとかインターンをするといった程度で目を見開くような採用担当者はいません。
そんなことが採用の可否に影響していたのは、昭和40年代ごろの話です。
だから自分は何ができて、自分は何がしたいのか。そういう、その後のことを伝えなければ全く意味がありません。就職活動は、自慢大会ではないのです。
これはガチです。
ほんとに企業の意識としてはすでにこんな感じなんですよね。社会人なら誰でもうなづくでしょう?
現実はこっち側なので、学生側も早くこれを受け入れたほうが、結果的には楽なんですよ。
というか、普通に考えて、これってすごく自然なことだと思いません?
一括採用って前提を無視して、一対一のコミュニケーションで採用を考えたら、こんなの当たり前ですよね。
少なくとも、一括採用とか早期採用に反対なら、シグナリングなんて無効になって、こっち方向になるよってのは受け入れる必要がある。
現時点では、学生は目的の企業よりも就活サイトとか就活本の方が「近い」んです。
学生は基本的には安易なメッセージの方向に流れようとする。それで下流喰いの代表格である就活ビジネスにまんまと引っかかるわけです。
この氷河期になっても、今まで自分でなんにも考えたことがない、なんにも考えたくない、答え「らしいもの」が欲しいっていう人は、
未だに彼らのあまーいメッセージにひっかかる。
こういうのを、甘えだというのは簡単です。私もそう思うよもちろん。
就活サイトを活用してる会社であれば、就活サイトが寝ぼけたこと言ってるなら、ちゃんと文句を言う。
そこまで出来ないなら、少なくとも自分の会社に来る学生だけには、ちゃんとしたことを理解してもらう。
そうしないと「イラない学生」「甘えた学生」ばっかり集まってきますよ?
というか、現状そうなってますよね。それで文句言うっておかしくありませんか?
甘えた学生しか来ないと嘆いている会社は、その原因が自分がやるべきことやってないからだってことくらい認識しろ
まとめ
就活は、コミュニケーションです。コミュニケーションに第三者を挟むな。
「グローバル化の話」でも書いたのだけれど、
・コアの部分があるならまずそっち!
・コアの部分が固まってないなら急いで考える!
・コアの部分がないような企業は滅びろ!
twitterからグローバル化まで何でもそうなんですが、道具の部分でごちゃごちゃ喚くな。うるさい。
twitterのローカルルールとか、匿名か実名かとか、そんなことはどうでもええわ。
何か語るときに「自分が何者か」「自分がどう思うか」を起点にして語れない奴は滅びろ。自分のない意見はつまんないんだよ。
こういう事言うとすぐ自分の都合の良い用に勘違いする奴いるけど、「自分探ししろ」とか「自分語りしろ」って言ってんじゃないよ?
探さないと自分が見つからないような奴は、他人の文句言ってる暇があったら、何でもいいから必死になってやってみろって言ってんだよ?
最後に一つ。学生は、就活で悩んだら、まず親に相談してみること。
どこそこに就職しろとかいう話は無視していい、どういうことを考えて仕事してるかとか、何を支えに仕事してるかとか、会社の新人の話を聞け。
「実際に仕事をしている人」と仕事についてコミュニケーションができるかどうかは致命的に大事。
その中で、一番自分を知って、かつ遠慮無くコメントしてくれる可能性が高いのは親だ。まず親を避けるな。
必ずしもまともな話が聞けるとは限らない。それならそれでいい。ただ、まず就活サイトとか就活情報を通さずに生の声を聞く。ここからスタート。
特に女子学生はこれやるとやらないで全然変わってくる。自分の親をクソだと思ってる人こそ、それこそ圧迫面接に耐えるつもりでやってみ。
基本的に、就活の面接なんぞ親(他の社会人でもよいが)と仕事について3時間くらいぶっ通しで話せるようになれば楽勝です。いやまじで。
本来こういうのはそれこそ「就活ぶっ壊せデモ」をやってた奴らがきっちり問題を整理して、自分の主張としてしっかり訴えていくべきことだと思うんだがな。
あまりにむしゃくしゃしたので怒りにまかせてこの記事書いた。口調が悪くなって申し訳ないけれど、ほんとに頑張れ。オレも頑張る。じゃあの。
まぁ学生側の意見としてはそうなんだろうな。企業としてはもはや「新卒」にも「一括」にはこだわってないんだけどね。
企業側から言わせてもらえば、新卒採用辞めるのにネックなのは学生側の意識が全然変わらないことだとすら思ってたりする。
ソ○ーが新しい取り組みを発表したね。そしたら案の定、企業側より学生側の反発が強かった。
自分を優秀じゃないと思っている学生が「これって得するの優秀な学生だけじゃないか」って吠え出した。
わかりきってたことではあるけど人事の人間としては心の底からうんざりしたね。
なぜ企業が、優秀じゃない学生を、優秀じゃないという理由でもって、優遇してさし上げる必要があると思えるのか。
もともと新卒一括採用は、企業の都合ではあるけれど、それ以上にこういう弱者救済のための性格が強かった。
学生は確かに大変だろうけれど、定数が用意されている一括採用だからこそ就職できる人ってのが多かったことくらい考えたらわかるだろうに。
ただ就職できないことが不満なだけで、自分のことも就活の仕組みもまじめに考えたことがない学生が、考えなしに新卒一括採用を批判して、
そこまでいうなら、と企業が「当たり前」仕組みに戻したら慌てだす。
優秀な人から優先されて、基準を満たす人が少なければ今までの定数以下でも門を閉じるというのは、企業の論理からしたら当たり前です。
そもそもなぜ他でもない○ニーが、他者に先駆けてこういう取り組みを発表できたのか、って少しでも頭を使った学生がどれだけいるんだろうか。
「努力しないで何でも他人のせいにする、自分を理解していない、自分の頭で考えない」の三拍子が揃っていたらなにをどうやっても駄目だということくらい理解して欲しいものです。
・・・ただ、あんまり事情がわからないでマスコミとかリクナビの情報くらいしか知らない人にあまりきつい話をするのもアンフェアだと思うので説明するね。
最初は受け入れがたいところから話をするけど、ちゃんと後で説明するから頑張って最期まで読んでくれると嬉しい。
論点は2つ
・新卒採用するのは、一度就職した後の優秀な人の行き来が少ないため
もともと企業が早期採用戦争をしてでも唾つけておきたいのは優秀な上位10%の学生だけなんだ。
もちろんこの%は多ければ多いほどいいんだけど、本当に優秀な学生の数ってのは昔からそうそう変わらない
だから「ある問題」を解決しないままで、新卒一括採用をやめようと思うなら、
幹部候補枠(幹部候補よりも優秀な技術者の方が欲しいんだけど)みたいな特別枠を設けて、優秀な学生の採用だけ企業からアプローチするって形になるだろう。
今は世間に配慮してそこまで露骨にはやってないけれど、これがOkなら新卒採用なんていつでもやめてやるよって感じなんだよね。
トヨタみたいな大企業はどうなんかしらんけどさ。あそこは未だに教育しっかりやるらしいからまず人数確保が大事なんかもしれんね。
90%の人間はぶっちゃけ誰採用しようがあんまり変わらん。偉そうに言ってるけど私もこっち側だよ。十把一からげで採用されたんだ。たまたま今人事ってだけでね。
ほんとにコミュニケーション能力があればいい。言われたことをちゃんと理解して実行できる程度の責任感があればいい。
愛社精神やら大層な志望動機も別にいらない。というか、入社する前から愛社精神とか持ちようがないのはこっちもわかってる。
だから、通年採用だろうが、3年採用だろうがどうでもいい。むしろちょこっとくらいは社会経験積んでる奴のほうが楽でいい。
自分たちで採用せずに、コミュニケーション能力だけチェックする第三者機関とか専門学校みたいなところの卒業生から一定数回してもらうとかの形でいい
もちろんこいつらは正社員扱いはしない。3年目あたりまではしっかり勉強してもらうために職を保障するけどそのあとは成果でないならやめてもらう。
そうすれば、頑張れるやつだけ残る。頑張れる奴ってのはそこそこ職場のことも好きになってくれるもんだ。
理想としては、頑張って基準を満たせる奴は残ったり上にいって、
そうじゃない奴はグレードを下げて自分のレベルに見合った職場に行ってもらうっていう仕組みにする。アメリカの大学方式ができるといい。
そのかわり、雇ってる間は、社員に対して無茶な労働条件とかは絶対許さない。大事に扱うことを義務とする。
みんな頑張って生産性上がれば、福利厚生やら教育やら、いろんなことができるんだ。
まぁ粗末に扱ったり社内で教育の機会が少なかったりしたらすぐに移動できる仕組みになるのだから、もともと無茶なんかできないけどな。
上位10%の人間を特別扱いして大切にするってのは別に残り9割を疎かにするって意味じゃない。
それぞれがそれぞれの能力に合わせて、自分のできる仕事をやって一生懸命頑張ってもらおうって話だ。
こうしたほうが全体としてレベルアップするから結局9割の人も得なんだけれど、そういう話に耳を傾けないから9割なんだよな。
まぁ実際に足をひっぱるのは下10%なんだがな。
別に今のままでもお前らの就職活動が有利になるわけじゃないのに、
一番能力ないやつに限って優秀な奴とか企業の足を引っ張りたがって、そういうところには才能があるんだよ困ったことに。
今までのやり方を維持しようとする。みんなで不幸になろうとする。だからいつまでたってもちっとも問題が解決しない。
これは年代を問わずだ。学生でもこういうタイプの人いるでしょ? 団塊だから若者だからって話じゃないんだ。
長々と語ったけど、理解してもらいたいのは1つだけ。企業としても「新卒の時に確保しないと優秀な人材が自分の会社に来てくれない」という悩みがあるということだ。
解決しないといけないのは結局「新卒で全てが決まっちゃう」みたいなガチガチした仕組みをなんとかしようってことなんだ。
そこを解決できれば、他の問題ってあれよあれよと変わっていくと思うんだよね。逆に言うと、そこを変えずに新卒採用だけやめると
まぁ間違いなく企業はただでさえ少ない優秀な学生の採用にリソースを集中させて、あとはいい加減になるだろう。普通の学生はかえって不幸になると思うよ。
学生側も「新卒で採用してもらえないと、人生おわる」って言ってる奴多いだろ。全く同じように企業も悩んでるんだよ。
企業は学生の嫌がらせのために新卒やら早期採用をやってるんじゃないんだ。企業だって必死なんだよ。
自分の会社が優秀で働きがいがありつづければ、いずれ優秀な人間が移ってくるって環境じゃないから、なんとか新卒の段階で捕まえようとする。早期採用を目指す。
そういう企業側だって悩んでるってちょっとでも想像力が働けば、今の就活の構造を理解できると思うんだ。
就活ぶっ壊せデモみたいなことをやるような学生は、そこの想像力が全く働いてないってことだね。
この問題は、企業と学生が協力して解決していく問題なんだ。 今は対立してるような感じだけれど、決して対立したくてしてるわけじゃない。見方を変えれば協力できるわけよ。
そういうふうにしてもらえれば、新卒一括採用なんて何の意味もないやつはすぐにやめるだろう。だってほんとに必要ないもん。
こういうと、3割くらいは「じゃあ既得権益の団塊世代が悪いのか」などと次の敵を探し始めるんだけど、ここまでわかったなら後はどう考えたらいいかわかるよね。
どの世代にも、敵になる人もいれば、味方になる人もいる。 自分たちは何を問題にしていて、そのためにはどういう人達と協力できるかって考えてみて欲しい。
こういう話をすると、どうせ超優秀な奴は転職じゃなくて起業しちゃうからお前のところには来ないよ、
それより普通のやつを教育で育てろよっていう人もいる。教育万能論ですね。
教科書があって、そのとおり教えたら仕事が出来るようになるってものでもない
(まぁ教科書レベルすらできてない学生さんも多いのでそこは教えるけれども)
どちらかというと、それぞれの部署で、社員の人が自分の能力きちんと発揮して活躍する。
それが後輩にとってもロールモデルになって部署が活性化されるというのが重要なんです。正解は部署ごとに違う。
教育を考えても大事なのはリーダーになれる人であって、困るのがヤル気のない人なわけですね。
人事部の人間が教えられるのは、技術的な研修を用意することを除いては(それについても最近は非公式な勉強会に勝てませんが)
http://archive.mag2.com/0000134134/index.html 12月25日号
学生が書いたエントリーシートを見ると、多くの人に似たような傾向が見られます。
「一点主義に賭けすぎ」ということです。
「一点主義」とは何かというと、一時点のことだけをやたらプッシュしている、ということです。
例えば、「あなたの学生生活はどのような学生生活でしたか」というような記入欄があったとします。
すると、一点主義の人はどんな書き方をするかというと、
「私の学生生活で最もその成果を発揮したのは、2年生の学園祭の時でした。ステージで劇を発表することになり、30名以上の出演者の
スケジュールを調整し、3ヵ月に及ぶ練習を取りまとめ、見事に全員で演じ切ることができ、大好評を得ました」みたいなことを書くわけです。
これは、「2年生の学園祭の想い出」という一点を書いているだけです。
「何々の資格を取りました」「何々という国に留学に行きました」「どこどこに海外旅行に行きました」そういうのは、全て一時点の話です。
その一点だけをいくら膨らましても、その時点の想い出話にしかならず、その人の「人生」や「人柄」は全くつかめてこないのです。
良いこと言ったので、もう一回言います。
「人生は、一線」です。
線で語らない限り、その人の「人生」は見えてこないのです。
それは、出来事を羅列しろというわけではありません。
その人生を「一線」で表す単語や表現で簡潔に表すということです。
例えば、
「私が忘れられないのは、大学3年生の前半に書きあげた自伝的小説です。自分の中学時代の頃から起こった出来事を
小説風に仕上げ、250ページもの文の量で書き上げました。その完成までには膨大な取材の量を重ねました」
みたいなことを書いたとしても、これは「一点主義」の書き方なので、「ふーん、そんなこともあったんだ」と思われて終わりです。
でも、「私は、学生作家です」「ジャーナリズム生活でした」みたいな言葉だと、たった一言なのにその人の人生が線で語れます。
作家というならば、どんなものを書いたかいくつか挙げてくれる?ジャーナリズム生活というのは、どういうものかいくつか例を出してくれる?
という続きの疑問に対するフォローの文章を書き加えればいいだけです。
一線を引いて、点を打っていく。作文でも本の執筆でも、そうやって書いていくのです。
(そして実は、そういう文章の書き方は、小学校や中学校の国語の授業でも習っているはずなのです)
一点主義だと、いくらそこに情報を詰め込んでも、その一点の情報だけが伝わるだけで、(大して伝わらないけど)その人の人生は伝わりません。
エントリーシートがどうしてもうまく書けないという人は、まずはその一点主義から離れることを考えましょう。
それだけでも、構成力はがらりと変わります。
いい記事やなぁ。
私は採用する側だけれど、質問の仕方を気を付けないとイカンな、と思わされた。
実際にこういう答え方をする学生さんはかなり多い。
どういうふうに考えてこういう答えをするに至ったかはわからないけれど、
とにかくアピールしよう、差別化しようみたいな教えを変に受け取って
自分がどういう人間であるか、ということではなく、とにかく私はすごいんだ、ってエピソードを語ろうとする人が多い。
多分、こっち側がそれを要求していると誤解させるような問いかけをしてるんだろう。
なにより、学生から見たときに、私のいる会社や、ここで働くとはどういうことか、線で見えるように伝えられていないんだと思う。
学生さんにはこういうことを語って欲しい、なぜならうちはこういう会社で、こういう人を求めているからってのがシンプルにつながるような線を考えたい。
http://d.hatena.ne.jp/nakamurabashi/20110726/1311653472
知性というのは、俺の使いかたにしたがっていえば、社会的な知識や知恵、生きるために必要な能力、対人関係に応ずる能力などとは違う。むしろ俺は、それらを問い直す能力のことを言っている。
最近の学習至上主義に真っ向から喧嘩売る定義。その定義に基づく三段論法がすごく私好み。
理性的でない、というのは、
1.世界に対する自分の比重が大きくなってしまった状態のことだ。年を取ると子供に戻るというのは、このためかもしれない。自他の関係を健全に把握することができない。
(中略)
2、自分が自分であり、社会がこのようであることに疑いを抱いたことのない人。自分が泣き、笑い、怒ることに疑いがなく生きてきたような人。おそらく学習効率の極めていい動物
(中略)
3、悩みや苦しみには、まだ隙間がある。しかし知性を失うことを想像すると、これは真っ暗だ。死にも似ている。(そういうときはだれかがさっくりと刺してくれることを祈りますね。刺されるこっち側に傷口を察知するだけの感受性が残ってればの話ですが。自分を救うだけの知性が残ってればいいですね)
なぜこんなにライフハックを疑わずに信じちゃう人が多いのか。自己啓発で自分を救えると思える人が多いのか、
なんというか自分以外の変数を考慮せずに世界を把握しちゃえる人が多くなってるのかな。よくわからんけど。
そして、締めの
特例がないってことほどクソむかつくことはない
90年代に「ぼくのかんがえたじせだいのあるべきすがた」が挫折して臆病になった人たちが日常ものに依存し、今度は00年代の人たちが考えたいろいろなものを否定する。「ぼくのかんがえたありかたですらだめだったのに、自分たちより若いヤツが考えたものが正解だなんて認めないぞ」と下の人間に嫌がらせを続ける。しらんけど80年代にもそういうのがあったかもしれん。悲しい連鎖よのう。
そんなことを思ったのがこの記事でのやりとり。
まおゆう批判の話。批判の内容は結構納得行く話だった。実際突込みどころは沢山あるからね。
でも、そうやってやれ特権少数の支配肯定だとかエリート様だけ実存回復はずるいとか言ってる人が
自分の解決策として挙げたのがコレか。
インキュベータに搾取されないためには、向上心なんてものは一旦よけて、まず、ありのままの自分を肯定することから始めるべきだと思うのです
すごい違和感。いや、ガッカリ感。同時にとても納得。
この人の主張は結局「ゼロ年代的なるもの」が嫌い、ってそれだけだったわけだ。
ああこの人90年代のオタクなんだなと思い、実際にブログを確認したらドンピシャだった。
その思想はさ、精神的に搾取されないことだけを考えていればよい物理面が最低限満たされている人間の話だよね。精神守るために物理面での搾取はある程度受け入れる余裕があるってのが前提じゃない?それこそ90年代の悩みという気がする。00年代そのものに否定的なのは、単純に90年代の夢が忘れられないって事じゃないの?
この人の立ち位置はすごく気に食わない。 インキュベーターと直に向き合いながら頑張ってる人をインキュベーターの手先であるとして批判している一方で、インキュベーターそのものとは敵対しようとしない(というかちゃんと見えてない、理解できてない、突っ込んでも無駄と諦めている)ような卑怯さを感じる。「ゆとりがあるからこその潔癖さ」「他人に都合の悪いところを押し付けての正論」にすぎないのでは。自分がテクノクラートだったらどうするか、を示していただきたい。ああいや、そういうのから降りた人たちが90年代のオタクでしたっけね。失礼失礼。
こういう卑怯な人な立ち位置にいないと安心出来ない人のために、まどマギの世界の主人公が少女じゃないといけなかったんだなとわかる。インキュベーターと対峙するもの、特別な力を持つものが、オタク以下の存在じゃないと納得できない人達がいるんだ。自分より上の存在が肯定され、生き残るのが怖いんだ。そういやまおゆう批判してたkagamiがまどマギ全肯定しててびっくりした。お前はまどマギにすくってもらう資格ねーだろが、と突っ込みたい。私はamamakoのことが嫌いだが、それでもまおゆうもまどマギ双方を否定した彼の一貫性は評価したい。
別に爺さんのように「戦時中の苦しさをしらないやつらが贅沢言うな」とまで言う気はない。昔の物理面が絶対だって考え方ね。「誰が養ってやってると思ってる」の傲慢さは私も死ぬほど嫌い。けれども、さっきの解決策はちょっと00年代の若い人の苦しさに対してあまりに鈍感すぎるのではないか。のんびり過ぎるのではないか。私も90年代のにんげんだから正確には理解できてないけども、彼らの不安や苦悩を軽視して今までの日常を維持しようじゃないか、ハーレム最高だよ、幻想に閉じこもり続けようよってなんだそれ。空気読めないオッサンにも程がある。もうオッサン時代遅れだからブヒ系のアニメ以外についてくちだすなよと言いたい気分。
もちろんゼロ年代の発想が90年代より優れているとは言わないよ。個人的にはゼロ年代の発想ってやっぱり問題が大きい、より病的で余裕がなくて、貧しいカンジがするのであんまり好きじゃない。でも、それに対してただ「近頃の若いもんは」と言い続け「90年代にもどってこい」というメッセージしか出せないのでは、ただの老害であると私は思う。(さっき年寄りたちの話しを持ち出したのは、老害にはさらなる老害を持って、老害の何たるかを理解していただきたいという趣旨)。少なくともゼロ年代の人間が「貴族的な人間」「特権階級とか特殊な力を持った人間」を中心としたファンタジーを求めなければいけなかったのかって考えもしなかったなら、オタクとしてダメダメでしょう。良し悪しだけで考え、「なぜ」をすっとばすような人間が、オタク評論をする資格などないと私は思うね。
ただし、このあとで同じ人が
って言ってるアタリが、もしかしてこれからのオタとオッサンオタクとの理解の架け橋になりそうな気はする。 本当に地震って、すでに変わりつつ合った認識の変化を後押しする大きな事件になるような気がする。もう90年代は終わったんだよ。00年代の決断主義も違うってことになったよ。90年代回帰論も、00年代のエリート正当化もやめて次考えようよって話になるんじゃないのかな。
最後になりますが。お気づきになった方もいらっしゃるかと思いますが、わたくし、まおゆう読んでおりません。読まずにここまで偉そうなことを書いたことを深くお詫びいたします。
それは失礼。こっち側とやらがどこにあるのか存じませんが、ずいぶん壮大なお考えがあるようですね。はやく体系だった形としてまとまるよう応援しております。
そうでないと無視されたというかあなたが求めてる物がまずどこにあるのかわからんので
せっかくの崇高な思想も、今回のように表面部分だけを見て個別の叩きというか、コレジャナイ病の人と同じだと判断してしまいそうです。それは勿体無い。
ところでそれって、エロゲや今のアニメに求めるよりは、もっと昔のアニメや手塚治虫や一部の少女漫画に求めたほうが早いものだと思いますよ。
あずま ひろき風を感ずる
全然意識してないけど多分それあなたの勘違いだと思う。全部が東風に見えるとか、モルダーあなた東さんに恋してるのよ。。
話変わるけどあんまり東先生バカにすんなよ。別に信者じゃないけどとりあえずベースとなってる物くらい読んでから批判しろよ、とはいつも思ってる。
信者が本買って無批判にマンセーする一方で、批判する側が著書の一冊も読まないとか、この今のねじれ構造はどないなっとんねん。
本の一冊読む程度の興味もないなら、放っておけばいいのに。どんだけ暇なの。
誰も整理なんかしようとか思ってねーし。なんでそこ基準で評価されなきゃいけねーんだよ。別の店行け。シロクマさんにでも頼め。
整理しようと思ったらそれこそ90年代をまた数個に分割しなきゃいけねーじゃん。誰がやるかそんなめんどいこと。
どんだけ整理されてあとは召し上がるだけのメニューを期待してんだよ。そう言う学術的のが欲しかったらプロの仕事にもっとちゃんと金払え。
「〜年代」っていう、10年単位で区切ってその間の大多数のムーブメントを指す言葉を「私も90年代のにんげんだから」とか使うところからして既に間違っているよねw
言葉の使い方は大事だよね。確かに私が間違いですすすみません。できればタイポ的な問題以外も指摘してくれると嬉しいけど。
上のと合わせて、この言葉を使うと、どういう内容を想像されるか始めて知った。童貞とかオタクとかと同じくらいイロイロな意味がくっついてるのな。
これは単に私の無知。普段はこういう言葉を使って会話してないんで知らんかったわ。
おまけ。ゼロ年代には元気だったけど次の世代に対して老害として振舞う可能性が高い人達一覧はここね。
自分の手持ちのものさしでしか人を測れなくなったら(評論する相手の中に新しいものを発見しようとする気概を失ったら)それはもう寿命だろ。
好きなキャラのアイコンで腐ったこと言ってる奴見ると本気でそいつを殺したくなるな。
私もアニメアイコンだったけど、自分はそのアニメキャラ好きな人に対して
堂々と胸張れるような人間とは言えないのでアニメアイコンやめることにした。
ついでに今までフォロワー整理してなかったけど、
自分が好きなキャラのアイコンしてる奴で発言がアレなやつをかたっぱしからブロックした。
サンプル数120くらいの中で70くらいはクズだった。
もちろんこういうことを私を含めてだ。私だけまともとか言い逃れるつもりもない。
だが、確率論として、アニメアイコンにはクズが多いのは間違いない。(文章的に誤りでした。お詫びします。追記で実際の値を出しました。私の結論に不満がある方は、自分のフォロワーで確認して下さい)
今まではフォローされたら何も考えずにフォロー返しをしていたが
アニメアイコンを見たら、ちゃんと中身を見て、屑でないことを確認してからフォローしようと思った。
逆に言えば、アニメアイコンでも40%位の人はまともというか尊敬できる人なので、
そういう人まで「アニメアイコンだから」で敬遠しないようにしたい。
ダメ人間ではあるが、やっぱりアニメなので、私みたいな奴がアニメアイコンすることで
「無視されたくなければアニメアイコンやめろよ」みたいな空気が作られるのはやはり避けたい。
追記1 (20:18)
うん、私もそう思いますよ。ただそれは「おそらく」なんですよね。
それを確かめてませんけど、なぜか私がそれを確かめた事になってますけどね。
しかしたしかに「確率論的にも~」の行は誤りですね。それは私の間違いです。お詫びします。
追記2 (21:06)
面倒くさいから他の人についてもサンプル取ったよ。340のうち、ブロック対象は55名でした。
まぁこっち側は有名人のフォローが多いのでアニメアイコンとは同じになりませんでしたが、
自分の中で悔しいというか、本当に人生で忘れられない一日になった。
ただ無力。自分の無力さを恨んだ。
自分の無力さは当然知ってる。
それなりの幸せも感じたこともあった。
自分がどこまでできる役者なのか、力量はわかってるつもりだ。
今回は、自分の無力さを改めて感じた。
見方を変えてみる。
自分の与えられた役は、主人公の人生の転機にアドバイスする友達Aといった所か。
全くもって、仕事にならなかった。
エキストラにもなれなかった。
メールや電話でのアプローチをしたり、時には嘘をついてみたり。
下準備をしてから、この仕事に挑めたら、結果は変わったんじゃないかと思う。
本当に悔しい。
1人で部屋で焼酎を飲んでいる。
20代半ばにして、こんなの初めてだ。
彼の勢いはすごかった。
今年に入ってから、そんな印象を受けていた。
あっという間に会社を辞めた。
そういえば昔からそんな事を言ってた。
1年くらい前に飲んでる時に、「カフェの経営がしたい」みたいな話をしていた。
ただ、話していても、経営のビジョンとか、戦略はまったくないし、
カフェである理由は無かったし、カンブリア宮殿に出演するような経営者にありがちな
「情熱」や「熱量」が全くなかった。
彼が心配だったのと興味本意で。
彼の友達に会おうとおもった。
ちょうど飲み会に誘われた。
ルームシェアしている人の家で飲むという。
そこに1人異彩を放つ30代女性がいた。
彼はその場では言わなかったが、後に彼女の事を「師匠」と呼んだ。
その時は何にも知らなかったので、ただ適当にやり過ごしていたのだが
突然ゲームが始まる。
調べてみると、ほとんど同じ手口みたいだ。
そのゲームがネットワークビジネスの魅力を体験できる、いわば入り口となっている。
気になった点が3点。
一斉に、みんな示し合わせたように、机を片付け、ゲームに興じる。
複雑なルールを知っているメンバーが、知らないメンバーの横にいて、教えていく。
「師匠」が崇拝されすぎ。そして正体不明すぎる。
なんで「師匠」が自分にとって何もメリットを与えなそうなガキ共を集めて
あまりにも違和感があったので、純粋な疑問を「師匠」にぶつけてみる。
「なんであなたはこんなゲーム大会をしていて、こんなに若者が集まってるんですか?」
「お金儲けをしたいなら、僕だったら同じパイが減るんで、良い情報を教えて、ライバルを増やしたくないですけど」
「師匠」はこういった。
「えっ?何でそんな事聞くの?みんなに楽しんでもらいたいからだよ。あなた何か辛い事でもあったの??」
とんでもない。こっちが悪者かよ。
帰って、インターネットの書き込みと照らし合わせた。
彼にメールを打った。
「もしかしたらキミは騙されているかもしれない。ちょっとだけ時間をもらえないだろうか。」
彼と2人で会った。
彼に会う前に、マルチ商法(ネットワークビジネスと言うらしいが)についてネットでそれなりに調べたので、たくさん質問した。
「ああいえばこういう」という会話はこういうものなんだろうと初めて知った。
だけど、似たような出会いが、mixiを使って全国的に多発している。
1回目は集団で行うゲームに参加、
3回目はセミナーへ参加(関西で強行スケジュールで開催。ネットワークビジネスの素晴らしさを徹底的に叩き込む。)
この流れは天文学的では無い。
日本全国に起きているんだ。
作られた流れなんだよ。
何人も似たようなケースに巻き込まれて、書き込みが出回っているんだ。
彼は「インターネットに溢れているのは継ぎはぎしたデタラメな情報。負けたやつが書いているだけ」と言った。
それはそうかもしれない。
だけど、初めてその情報を見せたのに、全く受け入れなかった。
少しも、疑いの目を持たなかった。
昔のキミだったら、そんなことあったか?
それは、インターネットの情報は負け犬が嫌がらせで書いているだけだ、信用するなと
もっとたくさん、話をしたけども、あまり思い出せない。
自分のセリフは、「何かを盲目的に信じ込んでしまっている状態」の彼には、あまりに響かなすぎた。
「師匠」のやり口やビジネスモデルを全てわかった上で、取り組むなら、これはもう止められない。
実は、そのレベルを期待していた。
「師匠」と同じステージにいてくれれば、それの方がまだ良かった。
彼は、まだ「利用されている」人間にしか、本当に末端にいる存在にしか見えなかった。
もしかしたら、夜通しネットでネットワークビジネスについて調べた自分の方が、
情報をもっているのかもしれない、とすら思った。
ふと気づいた。
ただ、自分のやっていることって、こっち側の世界へ留まれっていう勧誘なんだ。
よかれと思って、人は宗教やマルチ商法に、周りの人へ紹介して巻き込んでいくのだろう。
悩んだ末、あまり彼について考えるのを辞めようと思った。
だが、どうだろう。
間違いなく、あらゆる手段を使っても、解決する道を探るだろう。
これから先、自分が「他人」に与えられる何かは何なのだろうか?
自分はまた、こんなケースがあった時に、「他人の人生だからさ」と少し大人ぶった、そんな態度をとってしまうのだろうか。
せっかくのGWもこんな気分では何も楽しくない。
彼へのメールを考えていた。
1つだけ、お願いがある。
キミは、たくさんの人を、ビジネスに巻き込んでいくのだろう。
個人や企業や、もしかしたらコネがなくなって、昔の友達にも声をかけるかもしれない。
そして、何かしらの商品を売るのか、仲間を増やすかをするのだと思う。
その相手の人生に、キミが入り込むんだ。
他人の人生もあるってことだ。
巻き込んだ人の、この先の人生を、真摯に受け止める責任を持って欲しい。
もしかしたら、キミの勧誘により、その人が失敗したり、嫌な思いをするかもしれない。
「あなたの自己責任だ。あなたの努力が足りないから上手くいかないんだ。」
キミがセミナーで習った、基本的な考え方のスタンスは、こういったものだと思う。
だけど、キミがその人を巻き込んだという自己責任の事を、忘れないで欲しい。
これから出会う人に、ちゃんと、良い面も悪い面も、伝えてあげて欲しい。
それじゃ、うまく売れないなら、仲間を増やせないなら。
嫌な思いをさせないような、完璧なフォローをしてあげて欲しい。
どうか、優しい心を忘れないで。
見えなくさせてしまう要素が、このビジネスにはあると思うんだ。
書いていて思うんだけど、本当にお節介極まりないと思う。
自分はもうキミとはかかわらないよ。
応援したいんだけど、価値観が全くもって違う自分は、キミの足かせになってしまいそうだから。
お互い頑張ろう。
また笑って話せる日がくると良いな。
その人生を背負うことの出来ない弱さでもあり、
その人生を自由にさせてあげたいという優しさでもある。
寛容さを持っている人間でありたいという、ただの自分のエゴでもある。
自分の人生だったら主役張ってるけど、他人の人生だったら本当にちっぽけな存在なんだ。
他人の人生に、ちょっとでも良いから、影響を与えられるような存在になってみたい。
わう。相手には妻子居るんだ。じゃあ、家族でお母さんのこと笑い物にしているかも知れないね。「ちょっと色気見せてやったら、こんなメール寄越すようになったよ」とか。相手の妻が知らないのは変じゃない? 1年もメールのやり取りしてて(我ながら、意地の悪すぎる想像だけどさ)。
こっち側で出来ることは「お父さんにチクる」「お母さんの携帯をぶっ壊す」「静観する」くらいしかないよねえ。ちょっと視点を変えて、相手側に出来ることは無いかな? 例えば、今度の年賀状には「いつも心温まるメールをありがとう。また会いましょうね(30年前には会ってたんだから嘘じゃない)」と書き加えておくとか。奥さんが知らなければ奥さんの知るところとなり、相手の家庭で勝手にどうするか決めてくれるかも知れない。知っていたとしても、不気味になってメールを止めるかも知れない。来年まで待たなくても、相手の家電にお母さんの携帯から電話をしておけば着信記録が残って問題になるかも知れない。
大人の事情に首を突っ込まないというのは、放置しておくということじゃなくて、本来、「元彼とお母さんとのメールのやり取り」について、考えなければならない人達に、事実を引き渡してしまうということだと思う。この場合、元彼の奥さんと、お父さんに話すとか、ほのめかすとかいうこと。
君本当に読解力が低いな。
あのねー
書こうとしてる物事の分野やその隣接分野についての知識を備えたうえで
人から話を聞くなど取材をし、集めた材料を記事にまとめるわけ。
そのとおりだが。で、文章編集能力というのは高かろうが低かろうが正確さを損ねる根本なんだが、わかってる?間に人を入れた時点で正確な情報なんて期待するなよ。だからYoutubeで(ry
さて、先に君?があげた三原則を再掲しよう。
きちんとインタビューする、言ったことを正確に拾う、歪めず使う、そういうことだよ。
まず、インタビューをする時点でインタビュイーの望む100%の伝達は実現されない。つまり両者の最大公約数的言論が記事として掲載されるわけだ。
で、最大公約数的であるがゆえに捨象されるものが出てくる。それは共有されているか、そうでないかは個々による。
そして、同じ脳を共有していないがゆえに意味の取り違え、認識のズレなどが度々起こる。これも訂正される時もあれば、ほったらかされたり、そもそも場に出てこない事など様々である。
まあ言ってしまえば「言ったことを正確に拾う、歪めず使う」なんてのはこっち側にとっての「したつもり」のための口実でしかなく、それを求めるならY(ry
こういう人がたいてい言う事に「メディアは公平公正でバイアスをかけてはならない」というものがある。
もちろんこれは幻想である。ジャーナリズムは公平公正である必要はないし、それを求めるのは読み手の驕りである。
別の増田がメガネ王を持ち出してきたので、俺もメガネ王についての見識を述べておきたい。
例のTogetterは読んでいたが、編集スタンスとして彼に異議をさしはさむ必要はないと考える。
あるとするなら、それは人間性の方であり、編集云々とは別の次元である。
これは言ってしまえば地震の時にヘマやらかしたフジテレビの某女子アナのようなもので、「性格がクズ」と市井が憤ったところで問題にはならないわけだ(もっとも、こいつに限らずアナの能力が欠落している人間が民放に多いことは明らかになったが)
で、非モテタイムズにしろ、産経にしろzakzakにしろ、叩きたい奴は叩くし、下劣だと切り捨てる奴は切り捨てるが、「需要がないわけではない」んだな。
読み手がいるからそこにジャーナルがあるのであり、万人が同じ感想を持つようなこともありえない。
品性が下劣なのを好むやつもいるからこそ、あれらは存命している。エリートとDQNが同じものを読んで「なるほどけしからん」などという感想を持つわけがない。
まあ彼が嫌なら読むなよ、ということに尽きるのであり、彼の需要がなくなったとき、彼は賞味期限が切れて勝手に淘汰されるだろう。
アナの能力が欠落している奴でも、「朝の顔」として重宝されている現実があり、「朝っぱらからブサイクな面見せんじゃねーよ飯がまずくなるわボケ、あー幸先の悪い一日だわーマジうぜー死なねーかなー」みたいな奴がいる限りバカアナは重宝される。
同じように、品格あるジャーナリストの記事を「真面目くさくて読む気もしねーwwwwもっと面白く書いてみろよクズwww」みたいな需要がある限りメガネ王の需要はなくならないだろう。
そういう点であれは「エリートvsDQN」のシマ抗争であり、パワーバランスでしかないものを「品位あるジャーナリズムを心がけてる俺たち正義」な正当バイアスが係っているからめんどくさくなってるだけ。
そしてこれも結局は正論なら勝てるだろと思い込んでるどこぞのガキと同じようなもの。
すべては政治。数こそすべて。正論でも数が少なければ潰れるのが社会。
そしてこういう自分が正義と思ってる人が現実を嘆き、石原再戦で都民を蔑み、DQNがのさばる現実を敵視して啓蒙しようとする。これが打ちひしがれてバカ切り捨てに変わるのはそこまで遠くない。
こういう時は「お客様=個人の利益を再優先する行動原理」状態ではだめなんだよね。
http://anond.hatelabo.jp/20110314221640
こういうやつ多いから入手制限や値段釣り上げざるを得ないんだよね。
ざ・商売人の社長の言いたいことはワカランでもないよ、ほんとに。
あれは儲けごころが強すぎるからちょっと違うかもしらんが、
客が阿呆だと、小売も自衛せざるを得なくなる。取引コスト高くなる。値段が高くなるのはしょうがない。
不安なのは分かるけど、モノ余りと言われるような普段の状況と違って、
今は小売側がボトルネックなので、こっち側を優先して考えないと、みんなが苦労するよ。
入手制限されたくなければ値段上げられても文句言わないでほしい。
値段あげられたくなかったら入手制限はあたりまえだと思ってほしい。
自分たちがいつもと違う異常行動を取っておきながら、スーパーに対して通常通りを要求するバカってホント死なねえかな。
まぁ入手制限したところで、人間腐ってる奴らは何回も並んだり家族手分けするだけで余計だめなんだけどな。
今まで自分は「twitterは議論に不向き」という発言についてコミュ力ない奴が言い訳で言ってるだけだと思ってた。
なぜなら友達との会話に限らず知らない人とでも、ちゃんと対話できていたから。
むしろtwitterなかったら対話出来なかったであろう人とも普通に話ができたりして、むしろ可能性アリアリじゃないですか、と考えてたくらい。
でも、いざ口論になったり、話がもつれたとき、状況が一変してしまうのだ。
話してる相手のフォロワーとか自分のフォロワーが非公式RT使って会話にガンガン割り込んでくる。
そのうち、自分のフォロワーでもないやじうまがよってきて無責任かつ感情を煽るような発言を無遠慮にわめきちらす。
自分のタイムライン面白いくらい荒れまくり。多分向こうもそうなってたはずだ。
ただでさえ、会話がスムーズにいかず多少ストレスがたまってるのに、twitter自体の使い勝手も異常に悪くなる。
冷静になって対話したくとも、相手のツイート見るためにはどうしてもそいつ以外のむかつくコメントも一緒に目にせざるを得ない。
しかも冷静になるために場を離れようとすると、向こう側の人間が「逃げた」だの「返事してくれないんですか」だのわめきだす。
その頭悪いコメントに対してこっち側の人間がそれに反応して俺の思ってないことを俺の発言として語りだしてまた場を荒らしてしまう。
(君らのやってることはまさにマスコミのレポーターとかコメンテーターなわけだが、どの面下げてマスゴミとか言ってるのかかがみみてこいとか言いたくなるね)
さらに進むと、もうホンマにただのやじうまが「あほ」とか「死ね」とか「うざい」とか「無言でただ非公式RTだけ」みたいなのもでてくる。
そういう状態でも事態収拾というか、とりあえず当事者同士の話はさっさと片付けて撤収しようと無駄な努力を2時間くらい続けたあとふと思った。
「もーどーでもいいわー」「はいはいtwitterは議論に向かないツールでしたごめんなさい」と。
で、眠くなかったけど寝るって書いてほんとに寝た。
起きてからTLを確認してみた。
3~4人の粘着を除いては消えており、相手からは「あれちゃってごめんなさい」ってDMが来てた。「こちらこそすみませんでした」って返信した。
なぜか粘着野郎が愛しくなって、そいつらだけはブロックせず、他のやじうまどもをかたっぱしからブロックしたあと、何事もなかったように「おはよう」ってツイートした。
それで終わり。
twitterあかんね。ぜんぜんあかんね。ルール無用すぎて議論とかできんわ。
ケンカしてるときに、遠巻きに見るんじゃなくて、ガンガン非公式RTで図々しく割り込んできて、その自覚がないバカがいる限り、議論とかムリ。
いままでtogetterで炎上してる奴見て、なんで当事者以外の奴にいちいち返信で喧嘩打ってさらに炎上さすんだとかバカにしてたけどアレは腹立つわ。
非公式RTも今まで肯定的に捉えてたけど、使う人間がバカだとすげえ迷惑だし、そういうバカが多そうだから今日から否定的に捉えることにする。
あと、ルールも個人が自由に運用すればいいよ派だったけど、「とらぶる時だけはルール必要だよ派」に変更することにする。
追記
あああ、またまなめりっとの人がブコメにスター付けてしまった。
今んとこまだ自覚できてないけど多分的はずれなことを言ってるから相手にする価値ないと思われてしまったんだな。
ってことでこの記事もまなめりっとの関連記事の墓場行きで終わりです本当にありがとうございました。
あのリスト、ROM側の人には便利なんだろうけど、記事書いた側としては十把一絡げ扱いでちょっと悲しいのよね。
今まで四回墓場送りにされてるけれど、一度でいいからはうす側に入りたい万年二軍選手です。精進します。
いつもしばらくしたらブクマ整理で不要なブクマ消されるの知ってますが出来れば残しといてくださると嬉しいです。
墓場というのはまなめさんに紹介する価値があると思ってもらえる記事かけるようになりたいという自分の覚悟みたいなものです。
これ読んだ人は、さまざまなめりっとにネガティブな印象を持たないように!約束だよ!
ちなみにこの記事は実際にはうすで扱ってもらう資格がないと思うので、泣き言なんか無視して墓場送りお願いします。
アンチのように受け取られたかもしれませんが、まなめはうす大好きっす。いつも見てるっす。
ちょっと信じられない話だろうが、ヤリマンの多くは見た目30~70点の普通な感じの子が多い。
どうしてそうなるのか説明すると。
実は、それほど可愛くもなく、ブスでもない平均女が一番男に口説かれる機会が多いからだ。
モテる男の守備範囲(セックス対象)は上は100点から下は30点くらいまでと相当広い。
見た目普通の男であれば選ぶ女もそれと同等の普通な女と付き合えれば世の中とても上手く回るのだが、残念ながらそう上手くいかないのが世の常。
モテる男は80点以上の女をしっかりキープしつつ、本来50点同士で付き合うはずの女にまで手を伸ばす。
本来いい女と付き合っているはずのモテ男が50点の女にまで手を出してくるのだから普通以下の男にしたらたまったもんじゃない。
モテ男にしてみたら50~70点くらいのちょっと惜しいくらいの女が一番簡単にやらせてくれる。
こにちょっと惜しいくらいの女は彼氏がいたとしてもイケメンモテ男の2番か3番目のキープ女である可能性が非常に高い。
常に彼氏(だと思い込んでいる)に不満や嫉妬を抱いているのでちょっと優しくしてあげるだけで簡単にHさせてくれるのだろう。
たとえ本気で付き合っているカップルだとしても同じレベルの普通の男である場合が多いからイケメンが口説けば簡単に体を許す。
正直、彼氏のいないちょっと惜しい女よりも逆に彼氏がいてくれた方がイケメンのモテ男にしてみたら比較してもらえるので落としやすいのだ。
逆に彼氏のいないちょっと惜しい女だった場合、女が思い描く理想の男(80点以上)と比較されるので落としにくい。
相当頑張らにゃならんという事だ。
自分が普通だからといって同等の普通な女を口説いたところで、そう簡単に口説き落とせないんだということを知るべきだ。
そしてかりに彼女が出来たとしてもその彼女はかなり高い確率で浮気癖、もしくは浮気の経験ありだということも知っていて損はない。
あなたが自己評価で50点の男だとしたら、狙う女は20点から上だ。
間違ってもいきなり自分の点数以上の女を狙うような時間の無駄は避けるべきだ。
まずは自分の好みや感情など一切無視して経験を沢山積むべきだろう。
いい女と付き合うのはそれからだ。
ん?いい女と付き合いたいがためにブスな女を踏み台にして相手を悲しませたくない?
フッ、甘いな。
女の方こそいい男をゲットするための執着心や女磨きの向上心には目を見張るものがある。
大したことない男が「女を悲しませたくない」だなんて甘っちょろいこと言ってると逆に女に捨てられるのがオチだ。
他に男なんて出来るはずがないと思うくらいのブス女に限って実は・・・・。
と俺がいくら非モテに言っても分ってもらえないのはよく分ってるよ。
ま、理解されなくたっていいさ。
分る奴には分ってもらえると思って書いてるから。
結局、今の日本の現状で個人レベルで見た一番いい戦略は「自助努力」なんだよね。
とりあえず、東大まで駆け上がってそこから先転ばなければ、まだ個人レベルで成功はできる。だから、一定以上の有能な層は
個人で夢を見ても社会に夢はみない。こうなってしまった元凶は「日本が」っていうより、前の世代の大失敗なんだろうね。
「政治運動」ってもの自体に若者が夢を見なくなった。まぁ、確かにそっちの方が簡単だし採算があうんだからしょうがないけど。
でも、それってやっぱ寂しいんだよなぁ。
結局人口構成で利益の相反する集団に劣る数しかない以上、段々と追い詰められていくのは明確だし。
民主主義的手続きで勝てないのであれば、今こそホントに暴動も含めた政治運動しかないんだよ。
子どもは、アスペルガーとか、高機能自閉と言われるタイプの障害を持っている。
知的に遅れがないので、黙っていればわからないのだが、わかってもらえないせいで問題も起きやすい。
怒鳴っても仕方ないことはわかっている。しかし、心ないことを次々とぶつけられると親でも傷つく。
察するような器用なことはできない。一切は言葉で処理されて、些細なことは存在しないも同然。
しかし、時には「どうして、心ないことを言うんだ」と絶望的な気持ちになる。
どうしてわからないのかなぁと思うんだが、これが障害ってことなんだな。
親だからとか、大切な子どもだからとか、そうやってなにかをしてやっても、わからない。
目の前にある事実だけ、それも自分自身に見える部分だけが情報として頭に入る。
それを根拠にするから、話していて悲しくなる。
利害でしか結びついていない関係でも、実は感情をクッションにしていたんだなと。
手加減なしに、言葉をぶつけられるのは、こんなに辛いとは思わなかった。
少しずつは変化しているんだが。
10回言われてわかることが、100回、1000回説明しなければわからない。
いくら丁寧に解説しようが、やりたくないことはやらないし、目の前にある楽しみが大事。
で、一体いつまでこの繰り返しが続くのだろうと。
まとわりつかれると、邪険にしてしまう自分をひどいと思うが、
この子がいない時間が時折ないと、気が狂いそうになるんだが。
嫌なら見るなって言うのは、
言う側も「それなら見せなきゃいい。見たい人が見れる場所だけで限定公開しろ」と言われるのが分かってて嫌な気になるし、
言われる側も「嫌なら見なければいいという理屈なのも分かるが、見せられて嫌な思いするこっち側のみにもなれ」と言いたいし、
お互い気分のいいものではないよね。
「私は傅かれるのが当然で、困っていたら周りの人間が何とかしてくれる。
私に何とかならないのは下々の体験と退屈さだけ。
私の思い通りにならなかったら、変なひともいるんですね~で済ませてしまえる。
なんせ周りがチヤホヤしてくれるから、私の価値など疑ったことが無い」という感じか。
鳩山さんも、多分こんな感じであの年まで来てしまったんだろうな、と思う。
私達のような庶民だと「人の心がわからないと苦労するよ!」って教訓をどこかで学ぶ。
でもこの階級の人達は学ぶ必要がない。というより、学ぶ機会を与えられない。
いつでもニコニコして、求められたら自分のあまり余った資源を使って人助けの真似をしてやればいい。
決して意識しては偉ぶってないのだろうけど、根っこの部分で何かが違うのだ。
大学の時この手の人(戦国時代の九州の武将の末裔)が書いた詩集を
読ませてもらったことがあるけれどすごいメルヘンチックだった。
この人にとっては、これが現実なのかと頭が痛くなった。
でも、私は彼が自分の持っているものを活かして、
本気でそのメルヘンチックな願望を現実に変えてくれたらそれはソレでいいかな、と思った。
だからこそ、ムギって偉いなと思う。いや、偉いってのはあくまでこっち側からみた発想なんだけど。
正直、分かり合うことは無いと思う。というより彼女に私達の常識を押し付けることは
天皇に庶民感覚を求めるくらい無駄なことだ。(そういうバカな報道もたまに見かけるけど)
もし彼女が下層階級におちても、彼女は一生メルヘンの世界に生きている。
別に私は彼女に不幸になってほしいとは思わないので、
彼女が、私達下々になど関わらず(どうせ理解できないのだから)上流階級と仲良くしながら
彼女なりのやり方で日本を良くしてくれればいいと思う・・・無理かな
私は鳩山さんや麻生さんが庶民感覚を持っていないといって責めたマスコミが死ぬほどバカに見える。
私達は彼らが私達を理解することを求めているのか?違うだろ?