はてなキーワード: お題目とは
http://jkondo.hatenablog.com/entry/2011/11/19/114109
おしゃべりする相手はともだちだけじゃありません。それだけではあまりに退屈です。
ともだちだけが社会ではありません。人は、自分の興味があること、自分が専門としていることを通じて、もっと社会とつながりたいと思っています。ともだち以外の人とつながりの生まれる場所に行きたいと感じています。
個人的には全くもって同意。
で、これ、80年代は、これを全くひっくり返したことが言われてた。「もっとともだちを大事にしたり、友達を作らないとダメよ」「友達がすべてだよ」みたいなね。
生まれてこの方、この「ともだち第一」メッセージには心底うんざりさせられ続けてきたので、こういうメッセージはとても嬉しい。
「ともだち幻想=友達がいないやつは人間として問題がある」や「ともだちについての強迫観念」が生まれてきたのは70年代の末ころだったらしいです。
なんでもそうだけれど、誕生した当初はそれなりに合理的な理由があるもんです。 だいたいそれをおかしな方向にねじ曲げちゃうのがコマースメッセージなわけですが。
最初はあまりにもこの時代の日本社会が仕事一辺倒で、仕事以外で人間の価値をみとめられないこと、男社会への傾倒が急激すぎて、それへの反発が強くなったという話からスタートしてます。
(日本の男優位社会は伝統でも何でもなく、敗戦後に作られたものであるって話も大事ね)
人間関係も全部仕事がらみ、家族ぐるみの付き合いといっても結局仕事に縛られる。女の人や子供はさぞストレスだったろうと思う。
この当時は、必要があったとはいえ、仕事頑張りすぎて脳がおかしくなった男性が調子乗りすぎて、ソレ以外の人間を犠牲にしてヒャッハーしてた時代だったということやね。
(団塊世代の人とかが、「俺たちは毎晩徹夜する勢いでがんばってたのにいまどきの若いものは」とか言ってるのを聞くと、
ああ、日本人ははやく複式簿記を必修科目にスべきだ、と思う。こういうバランス無視の考えだからバブルが起きたんだよ、責任取れとはいわんがちょっとは反省しろボケが。
ああ、彼ら的には悪いのは全部日銀で政府でアメリカの陰謀なんですよね。 本当に信じられないくらいにナイーブな方々だと思う。反省したくてもできない脳のつくりなのね)
そんで、仕事における負け組や、仕事オンリーの人間関係に虚しさを感じる人達が、仕事以外のものをもとめたときにそれがともだちの存在だった、という流れ。
そういえば、この年代も、若者の連続殺人犯とかが立て続けに発生して問題になってたな。
当時から、社会的な問題があると、若者がカナリアよろしくまず発狂し、ソレを見て年寄りは「最近の若者は」って言うのは変わらんかった、と。
で、そこはなんでも極端な日本人、なんでも二元論で考える日本人。
日本人は、なにか新しいことを始めるときに、前のものを否定しなければ気が済まない上書き志向の持ち主です。
「仕事だいいち」に見切りをつけると、どっと「ともだち至上主義」に流れ出した。女の子は「恋愛なんちゃら」かな。
で、こんどは「仕事がデキない奴はクズ」「学歴低い奴は賢い奴の奴隷」みたいなカーストに復讐するかのように
「友達がいない奴は人間のクズ」「いくら偉くなってもあいつ友達いないんだろうな」って言えばなんとなくスカッとする傾向が生まれましたとさ。
とはいっても、おじさんたちは頭が硬いからそう簡単に変わったりはしません。つまり「勉強や仕事第一」主義も残ります。
夫に全面的に依存して思考停止している母親も基本的には夫の方針に従って子供を調教します。なので、勉強第一主義は根強く残ります。
「勉強・仕事だいいち派」と「ともだち100にんできるかな」が勢力闘いをするようになります。
まぁホント日本人くらいですよ、仕事とプライベートを対立関係に置いて、どっちか片方しか取っちゃいけないと考えてるのは。
仕事と私とどっちが大事なの?って慣用句自体、日本人の性格をこの上なく正確に表現してるよね。
不完全なものでも絶対の軸において、ソレにすがってないとアイデンティティを確立できないのは、やっぱり無神教国家だからなのかねぇ。とか知ったかぶってみる。
そうやって、自分だけが幸福になりたいばっかりに、それに適応しない人たちを踏みにじることを何とも思わないことがとっても生き物っぽくていいですよね。
こうやって仕事vsプライベートで対立しあって、お互いがお互いの素晴らしさを主張しようとハードルを上げ続けた結果、
もはや両立不能なレベルまでどちらも要求レベルが高くなって、両立できないからどっちか選ぶ羽目になってまたケンカする。アホかと。
両立するためには、超人的な体力を持つか、仕事時間を自分でコントロールすることが許されるくらい偉くなるか、
あるいはちきりん女史のように、全力で仕事頑張ったあと、途中で退職する以外に方法はないんだろうなぁ。いずれにしろ無理ゲー。
自分で無理ゲー作って、クリアできないとか言って文句言うのって楽しいのかなぁ。
ここで終わればまだ笑い話で済むんだけれど、さらに続き。
当然として「勉強・仕事が出来ない」「友達もいない」人はベン図の外側に追いやられて、「かのものは人にあらず」と迫害の対称になります。
まぁ簡単に言うといじめですね。いじめって人間を測る評価基準があれば必ず発生しますが、まぁ日本のいじめは馬鹿馬鹿しいのが多いですね、クソッタレです。
でまぁ、いじめられたやつがどうなるかについて全く考えてない、フォローしないのも問題ですね。で、そのつけは当然数倍になって返ってくるんですけどね。
社会から切り離されたまま長時間放置されて、社会性を失った人が大勢います。
人間以下の扱いを受け続けると、本当に人間であることを辞める人がたくさんいます。
匿名で振る舞い続けていると、人間であることの節度を失う私のような人間もたくさんいます。
で、そういう奴らはどうするでしょう。
隣人部作ってはぐれ者どうしで連帯する?そんなのフィクションです。サバイブSNSってのがありましたけど多分うまく言ってないんじゃないかと思います。
(はがないはアニメしか見てないけど、あれはともだち教へのアンチテーゼだよね。「きみらがいってるともだちとかはどうでもいいし少ないですがそれが何か?」ってことやろ?)
社会性の訓練とか人間扱いとか、匿名から引き剥がして一個の人格として扱うとか、
そういうレベルから世話焼いてくれるとこがない限り、いちど脱落したものはよっぽどのことがない限り復帰できません。
結局人はひとりひとり自分でなんとかして助かるしかないでしょうね。
ほとんどの人間は、それぞれが「人間以下のなにか」として、ずっと劣等感抱えながら生きていくだけです。
あるいは「人間以下の何科ですがなにか?」と開き直って、twitterやら増田なんかで有名人にからんだりなんなりと社会に迷惑をかけながら生きていくしかない。
人間であるための条件として「友だちがいること」「勉強ができること」ってのがかっちりと決まっているかぎりはもう人間に戻ることはない。
というような感じなんですが、そういうともだち地獄に対して、
「ともだちともだちともだちってそればっかかかお前らは、そんな人生つまんねーだろ」ってのが当たり前に言われだすとまた話が変わってくる。
「ともだち地獄」のいく末は「22世紀少年」であり「原理主義者たちの祭典」ってのがようやくわかってきたみたいで、さすがにみんなうんざりしてきてるみたいです。
勉強もともだちも大事ですが、それを必要条件のように考えると、ほんとにしんどいだけなので、そろそろやめようぜ、って話になってくると嬉しいです。
生きるのは、ただでさえしんどいことだと思うので、そこにわざわざ重荷を載せないでもいいやんか。
別に俺はドMだからハードモードでやりたいんだって人はそうしたらいいけれど、ちょっと荷物下ろして道端で休んでる人を鞭打つ必要もないでしょう。
「死のロングウォーク」(スティーブン・キングの超絶傑作)はフィクションとしては死ぬほど面白いけど、現実では一番やっちゃだめなフィクションだってのに、なんで好んであのゲームをやりたがるのか、私にはよくわからんです。
阿呆な頭で平等主義を誤解したままお題目みたいに唱えるから、能力ある人に引っ張られて自分たちもがんばらなきゃいけないハメになるんですよ。
阿呆なら阿呆でいいやん。 南無阿弥陀仏言ってたら幸せになれる頭の持ち主が、TPPのこととか考えなくていいよ。
あんまり他人のことを気にし過ぎないで、ともだちがどうとか言わないで、自分が好きな事やってりゃいいと思います。
生きるほうを、選ぼう。
情報起業というものが具体的にどういう角度の業務なのかはよく分からないのですが、僕が知る限り、
「2chではこういうのが話題です」みたいな糞サイトは、その情報の真偽を問わず、新しいか古いかを問わず、非常にマネタイズされやすいお題目ではあると思います。
あと、攻略サイト系。これも糞サイトでしかないんですが、公式に出てる攻略本の情報を横に流すだけで一ヶ月くらいは月百万アクセス余裕で美味しいらしいです。
よって、それらを統括的に考えると、「どこまで糞な人間になれるか」がその友人さんが成功できるかどうかの分かれ目なんではないでしょうか。
人間性を商売の天秤に掛けるってあれですね。まあ、売るモノがあるだけ良いじゃないですか。貴方には何も売りがないのですから。
だがちょっと待って欲しい。
ずっと以前の経営陣が残した、有価証券投資の隠し赤字があるとする。
選択肢は3つある。
1.我が社の過去の経営陣はこんなことしてました! と公表しちゃう。
2.何も触れずに隠し続ける。
3.なんとかして最終処理をする。
「粉飾M&A」以前の経営陣は、十年以上も2.を選び続けた。先送りだ。
ほんとうに責任ある態度はどれだろうか?
1.を選ぶのはある意味簡単だ。過去の経営陣を徹底的に悪者にすればいい。
だが、当時の経営陣はほんとうに悪なのか?
バブル崩壊の荒波をくぐり抜けるために、必要なこともあっただろう。
はっきり言って、みんなやっていたことだ。
日本の企業は、終身雇用に基づく家族的な経営が強みだと言われる。
それを裏切ることがほんとうにいいことなのか?
カジノに会社のカネを突っ込んだ大王製紙の件は、擁護のしようがない。
だが、オリンパスの件は本質的に全く違う、と私は思うのである。
先代の失敗である隠し赤字を、「M&Aの失敗」、つまり今の経営陣の失敗ということにして世に出した。
先代の名誉を守り、自ら泥をかぶったのだ。
そして、それ(M&Aの失敗)は市場に受容された上で、高い株価になっていたのである。
あのまま、誰も騒がなければ一番良かったのだ。
そうすれば最終処理は成功していた。
株価も高いままだっただろう。
http://anond.hatelabo.jp/20111025181753
「何してるのそんなに」って意見もあったんで、少しだけ。
8時少し前に学校に着く(以前は7時半には着いていたけれど、最近は校門に立って挨拶とかもしなくなったので、この時間で間に合う)
↓
今日の連絡事項の確認や、保護者からの欠席の連絡への対応、今日やる「雑務関係」の確認(授業関係は、忘れようがないから確認しない。雑務は忘れがちなので毎朝確認)。
ここまでは、一般的な会社とそんなに変わらないと思う。
正直、連絡事項を伝えるだけなら誰でも出来る仕事。でも、生徒の変調を見逃さないためには大事だし、本気でやろうと思えば、毎朝何らかの話を用意しておく・生徒一人一人に話をさせるとかもできる。
最近は手を抜いているから、行って口頭で連絡事項伝えておしまい。
授業は、一日に3~4コマ程度です。授業は教師の仕事の中ではわかりやすい仕事の一つだと思うので、説明しません。
強いて言えば、HRや総合などもきちんと計画たてて準備してやってますよ、ってくらいですね。
高校の場合、多い日で一日4コマ、200分程度空いているわけですが、その間何をしているのか。
ここまでで、大体160分くらい使ってますね。
もちろん、この時間だけじゃ授業の準備は終わらないので、詳しくは後ほど。
本当はここで生徒関係の事もやってますが、便宜上分けて後にまとめて記述します。
生徒が質問に来たりして、ご飯食べてる時間がないので、昼休みは生徒対応で大体終わります。
ですので、上に書いた、授業と授業の間の空き時間などでご飯を食べます。
教員の休憩時間も、生徒と同じでここに設定されているので、ここで食べないと、午後も授業が詰まってたりすると、最悪放課後まで食事出来ません。
最近は、昼休みに職員室から逃げ出して、生徒に見つからないところで食事しています。これなら生徒が質問に来たりすることもありませんから。
朝と同じです。
夜七時前くらいまで拘束されます(部活自体はもう少し早く終わりますが、生徒が完全下校するのを確認したりするので)。
ようやく翌日の授業の準備が出来ます。
私は、良い授業をするためには、一回の授業に三倍の時間準備をしなさい、と教わりました。
前述したように、一日の授業数は3~4コマ。
当然無理です。ここから9時間も授業準備したら、朝4時ですから。ですので、「良い授業」をするのは早々にあきらめます。
これなら8時には授業準備が終わります。
学級日誌系もそうですが、小テストの採点や、生徒一人一人にコメントをつけたり、回収したノートの確認などです。
コメントとかやらなければ、もっと早く終わります。最近はここも手を抜いて極力何も書きません。
もちろん、生徒の反応は明らかに変わります。コメントを書いてあげた方が、モチベーションが上がって成績もあがります。
ですが、丁寧にきめ細かに見ていくと、終わりがありません。
今では、手を抜きまくって、9時過ぎには学校を出られるようになりました。
回収物や返却物に、一人一人コメントを書いたり、きちんと目を通したりすることもなくなりました。
宿題なんて、回収してやってあるかだけチェックして、答え配って各自で答え合わせさせてます。
授業準備はともかくとして、これらを全部きちんとやったら、0時過ぎても帰れません。
現状、お役所的事務作業さえきっちりやっておけば、「良い教師」と認定されます。
授業の内容がどんなにグダグダでも、担当教科の生徒の学力が下がっていても、明確な判断基準がないので、よっぽどの事がなければそれでクビになったりはしません。
極端な話、少しでも早く帰りたかったら、必須とされる事務作業だけやって、生徒の話も聞かず、授業も全て教科書を読むだけにして、後は各自で自習させて、部活も活動拒否すれば、毎日定時で帰れます。
それが生徒のためになるかどうかは知りませんが。
けど、まともな就業時間で、まともに生徒と向き合える仕事にしてくれ。
定期考査前に生徒が職員室に質問に来たり、何か生徒に問題が起きると、最初は「俺の出番だ。がんばろう」と思ってたけど、最近は「面倒くせぇこと持ち込むなよカスが」とすら思う。
例えばみんなが目にした事のある物で言えば、学級通信とか。
あれを配ろうと思ったら、東京都の場合、まずPC上で起案して、起案番号なる物を取得して、関係分掌の担当教員などに判子をもらって回らないといけない。
学級津心に限らず、外部に配布する物は全てこれが必要。
要するに、個人情報保護とかそういう問題で。お題目としては「外部に配布する物は、教員個人個人が勝手に作れないようにして、きちんと各部署でチェックしましょうねー」ってこと。
一事が万事こんな感じ。
問題起きた時に「我々(上層部)はきちんとルールを作って、やらせてました」と言うためだけの作業が非常に多い。
三年生担任にもなると、前の会社の一つの部署で作ってた書類より遙かに多い量の書類を、一人の教員が作ってる。そんじょそこらのITベンチャーが一年間で書く書類の量より多いと思う。
ブ米で、「三年目には転職前よりマシな生活手に入れた」とか書いてる人いますが、殺意覚えるんでやめてください。
生徒と関わるのが仕事なのに、生徒と関わる時間減らして労働時間削って、何が「マシな生活」ですか。
本音を言えば、今だって毎回一人一人の小テストにコメント書いて返したいし、一人一人と毎日ちゃんと挨拶して、話しかけてくる生徒全てにきちんと受け答えしたいんですよ。
でも、それをやったら日付変わる前に帰れないし、毎日それを続けていたら死ぬと思ったから、やめたんです。
就業時間は確かに減りましたよ。
でも、それって本当に「マシな生活」ですかね。
頭が痛い記事。wikipediaの貼付と、間違った知識で0点過ぎて話にならない。
まず、日本の事例だけで反論しておくと、堀江の行動は純粋持株会社が作れなかった時でも認められている確率が高い。
公取が職権を濫用した形で許可を下さなかった確率はある。ただ、堀江のメディアの融合というお題目に抗することは出来ないはず。
後、あなたの会社は純粋持株会社ですか?という問いなんだが、持株会社本社の社員であるとか幹部クラス。
ま、日本の事例の反論はささいなところだからいいや。じゃ、簡単にお前の主張崩しておく。
日本と同じく株式市場がさかんでなかったドイツにおいては、ずっと純粋持株会社認められますけど。
(http://kamome.lib.ynu.ac.jp/dspace/bitstream/10131/695/1/KJ00000160161.pdf)
つか、戦後日本の場合、財閥解体のために持株のルールを強くしたってだけであり、
記事に見せかけた広告であふれちゃうの目に見えてるよね。
自社関連の宣伝規制の厳格でない今の状態はそういう状態(記事に見せかけた広告であふれ」た状態)になってるってこと?
うーん、具体的にどういう事象のことを指してるんだろう。
http://news.livedoor.com/article/detail/5749573/
『そんな中CXがお昼の時間帯に韓国ドラマをかけているのは、別に韓国の陰謀でも電通の陰謀でもなんでもなくて、
単純に安いから。そしてその割に視聴率をとるから。(もっと言えばCM枠量設定も多い。)』
韓国ドラマの多さが問題じゃないけど、
それについて冷静に判断してみせる。
問題になってるのはドラマの多さじゃなくて、
笑って良いとものランキングとか、空港での人数とか、韓日戦とか
サブリミナル的な仕掛けとか、アメリカでは違法なニュースに見せかけた広告とかだよね。
(ちょっと追記
記事に見せかけた広告であふれちゃうの目に見えてるよね。
これを経済合理性のお題目で許してたら駄目なのは誰でもわかるはずだけどね)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20110719/221544/
これも失言が問われたんじゃなくて、脅迫が問題になったんだよね。
あと藤沢一樹と池田信夫が大量のゴミ情報ばらまいて混ぜっ返すとかもしてるね。
この路線最近はやってるからもっとたくさん事例あるけどとりあえず、すぐに目についたのを。
結論書くのの忘れたから追記。
これが「建前だけでも敬意を払っている振りをしておけ」と言う話であれば分かるけど。
建前は大事だよね
あたりまえだ。
違反していれば刑事罰として実刑までありえるのが、速度超過という違法行為だ。
何にもない見通しの良い田舎の農道、制限速度30kmを60kmで走行している車があれば、30km超過。
さてこれ検挙されたら、世間的にどう評価されると思う?
「ついてないね」と絶対に言われる。
それでは、見通しの悪い住宅街かつスクールゾーンで、制限速度30kmを60kmで走行している車があったとき、これについてはどうだろう。
同じ30km超過の速度違反でも、評価は異なってくる、結構多くの人が批判するんじゃないかな?
このとき、お前らだって速度超過してるだろ、俺の住宅街での30km超過は確かに犯罪だが、お前らに批判する資格はないだろばぁーか、と言ったらどう感じる?
お前らは一度も速度超過したことないのか?だから俺を批判するんだよな。と切り替えしてきたら。
そんな奴が「もし仮に」実在したら、そいつのことは可哀想な人だと評価せざるを得ないだろ。
友達を家に連れていった時にあの仏壇と毎朝お題目を読み上げる母の姿を見たらどう思うだろう。
将来、愛する人と連れ添った時に、母があの宗教を勧めたらどうすればいいのだろう。
そもそも、母の信じるものに不快感を覚えたらどうすればいいのだろう。
うちは手かざし系何だけど、これすごくよくわかる。
家で遊んでいるときに、友達に手かざし始めたときはほんと・・・。
いくら関係ないといっても、向こうはどう見ているかわからないし。
親が死ぬまで続くかと思うとめまいがする。
私の両親は二人とも新興宗教を信じている。
父の家系は私の祖父の代から奈良県の某市に拠点を置く某宗教を信じていて、父の兄は祖父の跡を継ぎ、その土地の地区会長?みたいなものをしている。父の兄の子供たち(つまり私のいとこ)も、その宗教の学校に進学した。しかし、父はそこまで信仰心が厚いわけではなく、実家に帰省した際に“おつとめ”に参加するくらいで家では何もしなかったし、私に某宗教のあれこれを説くわけでもなかった。
私が怖いと思うのは、母だ。いや、正確には母が信じるものだ。
母の家系は私の祖母の代から、ネット上でもたびたび話題になる創のつく某宗教を厚く、暑く信心している。母は毎朝、仏壇に向かってお題目を読み上げ、地区ごとに開かれる会合に必ず参加し、選挙前には友人知人に電話をかけ、とある党への投票を薦めている。
そんな母の元で育った私は、小さいころからごくごく自然にその光景を目の当たりにし、母と同じようにそれらに参加していた。
母は私に、周りの友達がみんなが楽しみにしている神社のお祭りへの参加を禁じた。地元の神社へ初詣に行くのを嫌がった。“おそなえ物”を食べたい時は必ずお題目を読み上げさせた。
幼い私は「どうしてなんだろう」と思いつつも、素直に母の指示に従った。
母のことが心の底から大好きだったから。母が嫌がることはしたくなかった。
母が嬉しくなることは進んでしてあげたかった。
しかし、中学生になる頃から“母が信じるもの”の正体がよくわからず、だんだんと怖いと思うようになった。兄に自分が信じる宗教を拒絶された母は、以前にも増してその道へ私を引き込もうとした。
私が悩むたびに、壁にぶつかるたびに、不満を漏らすたびに、自分が信じるものの素晴らしさを語ってきた。
反抗期というのもあったと思うが、単純にその話をすると目の色が変わる母が怖くなり、反発し拒絶するようになった。
「私は宗教が嫌い。何かを信じるのは素晴らしいと思うけど、それにすがっていくのは嫌だ。お母さんが何を信じようがお母さんの自由だけど、私には強要しないで」
何度この言葉を繰り返しただろう。母親はあの手この手で宗教を勧めてきて、私はひらすらそれを拒否し続けた。そのやりとりは、私が家を出て遠い街で暮らし始めても続いた。つい1年ほど前まで稀に、しかし一度その話になると激しい言い合いになるほど繰り返された。
1年ほど前、同居人と住んでいる家にその宗教を信じる女性2人が、某新聞の購読を勧めにやってきた。普段は奥さんとして、母として親しまれているであろう女性たちになぜこの家を訪ねたのかを聞くと「あなたのお母さんに聞いて」と応えた。
その言葉を聞いた瞬間、大好きな母に拳を振り上げたいほどの苛立ちを覚えた。冷たい言葉で女性たちをあしらい、すぐさま母に電話をかけて荒々しい言葉をぶつけた。
「今の家にはまったく関係のない人も住んでいるのに、私に断りなく住所まで教えて!その人が対応したらどうするつもりだったの!もういい加減にして、私はお母さんの信じるものを信じるつもりは全くない!もう二度とこんなことしないで!」
それ以降、母は私に何も言わなくなった。
これまでの経緯をみると誤解されるかもしれないが、私は母も父も大好きだ。兄も含めとても仲のいい家族だと思うし、なんでも包み隠さず家族に話してきた。今までもこれからもこれからだって母は私の尊敬する人の一人だ。
友達を家に連れていった時にあの仏壇と毎朝お題目を読み上げる母の姿を見たらどう思うだろう。
将来、愛する人と連れ添った時に、母があの宗教を勧めたらどうすればいいのだろう。
そもそも、母の信じるものに不快感を覚えたらどうすればいいのだろう。
母が何を信じようが、別にかまわない。
詐欺にあっているわけでも、全財産をふんだくられているわけでもない。
母の人生だ。自由にすればいいと思う。
尤もらしい題名を付けているけど、http://anond.hatelabo.jp/20110315201517の増田だよ。
この記事も偽善だよ。公開オナニーショーだよ。スラックティビズムだよ。エゴイストだよ。言い訳だよ。そして乞食だよ。
嫌な人は今すぐ退避してね!ここは増田、うんこの集まる掃溜めだ。
余程の物好きじゃない限り、うんこの言うことなんて聞かなくていいからさ。
前回の記事は、「お前が言うな」(お前もオナニーじゃないか、スラックティビズムじゃないか)という批判を受けることを承知で書きました。
実を言うと、あの記事の下敷きになる発言をTwitterでしていましたが、フォロワー数が一桁じゃあ広まるはずもありませんね。
そこで卑怯とは思いましたが、増田で書きました。4段落目の内容だけ、伝えられればいいかと当初は考えておりましたが、
それじゃあスパイスが足りないなと思い、オブラートに包まぬ本音にハバネロ振り掛けてこの世に送り出しました。
「スルーすればいいじゃん」との意見もありましたが、そっちこそスルーすればいいじゃん(子供の論理ではあるが)。
私がここでいくら勝手な論理展開を繰り広げて主張して、それがあらゆる場所に届いたとしても、私が絶対に正しいということではありませんから。
昨日の記事を書いたことは反省しておりません。むしろ、書いてよかったと思います。
ここで、気持ちの悪い自分語りをさせて頂きます。11日に自宅で被災しました。
自室の本棚が尋常ではない揺れを見せ、これは大きい、と思った瞬間に部屋を飛び出し、自宅をも飛び出そうとしたら
瓦が落ちて来たので、慌てて玄関に戻り、柱に掴まってやり過ごしました。本棚の押しつぶされる、瓦に殴打される、等の事故がなくて良かったと思います。
電気は4日目に復旧、ネットと水道が5日目に復旧し、今に至ります。
すんごくマシな方です。とても幸せです。電気がついただけで精神に余裕が出来ました。
ただ、当然ですが、全ての被災者が私と同じ環境下にあるわけではありません。
亡くなった方、行方不明の方がたくさんいらっしゃいます。また、住居をなくしてしまった方も数多くいらっしゃいます。
これから言う「被災者」は、私などの恵まれた環境にいるものではなく、大変困っていらっしゃる方を指します。
その上で、まだ私の偽善に付き合ってくださるならば、以下をお読みください。
昨日の記事で上げたpixivのように、募金以外の形で被災者のために出来ることはないか、と思っていらっしゃる方。
特にネットを通じて何かをしようと考えていらっしゃる方。申し訳ありませんが、その想いは被災者には届きません。
事実、今朝になって、また少し精神が落ち着いて、pixivの絵を見たら、少しばかり心が和みました。
しかし、それは私のように割と安全な場所にいる人間だからです。被災者の方々には、そもそもネットがないので届きません。ちっとも笑えません。そもそも笑えってどういう料簡だ。
何とかしたい、助けたい、大丈夫だよと言いたい、そのお題目は結構ですが、お題目でお腹はいっぱいになりません。
気持ちだけじゃ部屋は暖かくなりません(ちなみに今日の被災地には雪が降りました)。
手を繋いだら奇跡が起こるのでしょうか?昨日妄想の域を出ないこと書くなと言われた折鶴は、もし届いたら焚き火の燃料くらいにはなると思いますが、被災地まで届けるコストを考えると割りに合いません。
まあオナニーなんだから別にいいんです、今私だってオナニーしていますが、どちらにせよ本当に困っている方の助けにはなりません。
これに関しちゃ昨日あの記事書いて今この記事書いてる私も同じです。自己陶酔、自己満足です。誰かが気持ち悪い、と思うかもしれないだけで済みます。
長くなってしまったけれど、誰かを助けたいと思う「善意」のエネルギーを、自己満足で消費してしまったら、結局何にもなりません。
たとえ、純粋に元気付けたい、と考えて描かれた絵でも、結局は同じだと思います。
今のところ助かるのはやはり募金
私程度の被害で済んでいる者が、お願いするのは大変恐縮ですが、やはり募金が一番です。分かりやすい力です。
経済的に負担をお掛けすること、大変申し訳ないのですが、少しでもいいので、募金をして頂けないでしょうか。
「善意」のエネルギーを募金に換えてくだされば、確実に困っている被災者の方のためになります。
もしかしたら私たちは、何もお返しすることが出来ないかもしれません。しかし、私たちは現在、自分の力だけで立ち直ることが大変に困難な状況です。
もしも、もう少しだけ時間が経って、ボランティアの受け入れ態勢が整った時、まだ「善意」のエネルギーが湧いてくるならば、
そして覚悟があるならば、ボランティアに来てください。
私たちは「ありがとう」という感謝の言葉しか掛けることが出来ないかもしれません。
それでも出来れば、「善意」のエネルギーを、被災者の方々を救う力に換えて頂ければ、大変に助かります。
日常をください
せめて、虚構の世界では平穏で幸せな日常をください。これも強請りではあります。
・善意だけならばまだしも、これをチャンスとか思っている連中の頭を落ちてきたアルティマニアの角で思い切り殴りたい。
・昨日の記事の3段落目まではそんなにキツい物言いだっただろうか。
・スーパーの買出しに付き合うだけで、家族への貢献にはなります(カゴが多くもらえるため、大概はお一人様一品までなので)
・pixivのトップページにブックマークってまずいんですか。
ヽ人人人人人人人人人人人人人人人ノ
/ ̄(S)~\ < >
/ / ∧ ∧\ \< 嫌なら見るな! 嫌なら見るな! >
\ \( ゚Д,゚ ) / /< >
\⌒ ⌒ / ノ Y´`Y´`Y´`Y´`Y´`Y´`Y´`Y´`Y´`Yヽ
)_人_ ノ
/ /
∧_∧ ■□ ( ))
( ; )■□  ̄ ̄ヽ
γ⌒ ⌒ヽ  ̄ ̄ノ ノ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|まさにこんな状況。
480議席中、賛成295、反対158。
衆議院で予算案を強行採決したらしい。採決を棄権した27人のうち、16人は民主党の会派を離脱した者であり、さらに、1人は小沢一郎である。
27人が再可決の時にも欠席すると仮定すると、有効票数は295+158で453。再可決に必要なのは302となる。反対票を投じた158人の中から7人を転ばせれば、数字の上では可能となる。
この7票は、1票いくらになるであろうか。
さらに、295人が変わらずに賛成するのであれば、これが3分の2になるには、有効票数を442票にすれば良いとなる。反対票を投じた人の中から11人を欠席させる事ができると、成立する。
この11票分は、1票いくらになるであろうか。
480議席の過半数は241。民主党側からあと55人が脱藩して野党側につけば、再可決の際の本会議に内閣不信任案を緊急動議でぶつけられる。不信任が可決されれば、内閣総辞職か解散総選挙かとなる。予算付随法案は棚上げになるのであるが、ここで、予算案と予算付随法案を分離した場合の手続きが問題になる。予算案は衆議院の議決だけで通せるが、付随法案が通らなければ、予算案は絵に描いた餅に過ぎない。実現しようにも、歳入も足りなければ根拠法も無いとなる。
予算案と予算付随法案は一体として審議するべきであるが、この場合、衆議院の優先という定義が無意味となる。赤字財政を続ける限り、一般法案である赤字国債発行法案が予算案よりも重要な法案となり、これが通らなければ予算案自体が無意味となり、衆議院の優越は、事実上消滅しているのである。
自民党政権が、参議院に対して過剰なまでの配慮をして当時野党であった民主党を増長させたのは、赤字国債発行法案が原因だったのである。
赤字国債を発行しなくて良いようにするというのが、捻れている国会対策の本命であったのだが、それを自民党はやれなかったし、民主党は、さらに酷い状態にしてしまっている。
予算案と付随法案を切り離してしまうと、予算案を実現するのに必要な歳入法案やその他の法案については衆議院の優先権が無く、この付随法案が参議院で通らない以上、衆議院の3分の2を使って再可決をしなければ、予算案は実行不能となる。実行不能な予算案を通すのは時間の無駄でしかない。予算案を実現できないのは野党や官僚や国民がバカだからとでも嘯くつもりであろうか。
サヨク活動家の集まりだけあって、お題目は立派だけど、実現性がまるっきり無い。アジ演説しかやってこなかったから、政権についてもアジびらのような薄っぺらいことしかやれていないのであった。
日本人の陰湿なところ
1.良いものが評価されるんじゃなくて、みんなが評価しようと決めたものが評価されるところ
2.演奏動画で顔出てたら毎回顔の評価をしなければ気が済まないところ
3.自分のこと棚に上げて中国・韓国ネタで盛り上がっちゃうところ
4.とりあえず否定しようと思ってそれから手段考えちゃうところ
…略
ハードルを力いっぱい下げて例えば、
君が述べた1~4のうち、
「日本人はみんなそうする」だとか
「日本人以外はそうしない」だとか
君に証明できる項目が1つでもあるだろうか?
無理だ。
君が述べたような曖昧かつ断定的な「日本民族の傾向」のようなことは
日本人を広く把握し、更に世界中の国と地域の人々のことを深く理解しないと言えないことだ。
では君が述べた論、論とは呼べないから、君が吐いた感情、これは何かというと
つまり君一人の脳の中のメランコリーに過ぎない。
ここ数日健康状態が優れないだとか
ここ数日寒くて嫌だとか
そんなことだ。
不潔な思考パターンに入りかけているので優しくない言葉を掛ける。
「そうだ、日本人は良くない、君の憂鬱はあいつらのせいだ」と優しくするのは簡単だが
今そうすると君は緩慢に死においやられるから。
君のように、自分個人の卑小なメランコリーの原因を景気よく拡大して求めて行くと
非常に不潔な思想のサイクルに足をとられてあっという間に首まで埋まる。
君がはまりかけている思考パターンは大義名分としての思想を求めるが
こんな空疎なお題目と自分の実人生を引き換えにした馬鹿が膨大に居る。
流行りが変わればネオナチみたいにもなるだろうが、土台の思考パターンは一緒だ。
ちゃんと寝るだとか、
ちゃんと食べるだとか、
余暇を充実させるだとか。
自分のメランコリーを自分だけの問題として向き合って生活するというのは、
「死ぬまで毎朝ラジオ体操をしないといけない」ぐらいには地味に辛い事だが、
そのように生活できない人間は不潔な思想に人生を売り渡すことになる。
いや、少し違うな。
パソ通時代は人が本当に限定されていたから村社会的な要素が強く、空気を読むというのは必須事項だった。
それがインターネットというものに置き換わり、広く普及する段階で勘違いした奴が多かったんだよ。
同じ考えの人間が真っ先にネットという場所を「発見」して「デビュー」しようとしていたから、本当に空気が読めているかどうかというのは関係無しに、とにかく「デビューする(した)」自分を壊さないようにしていたために、気持ち悪いやりとりがあちこちで行なわれていた。
今はそういう「偽者」が「ネットの理念」なんてものをすぐに持ち出す「古参」として存在し続けているし、新規に増え続けている。
最近ではその化けの皮がはがれたり、未だに「デビュー」を狙う人間の「偽者」の振る舞い、ネットの理念をお題目にしている人間が、多数派になっている一般人に気持ち悪がられるケースがやたら増えたというのが正しいところだろう。
年末年始の激務の手助けに今年も来てくれた母が、わざわざCD再生機まで買ってきてとあるCDを聞かせようとした。
斉藤ひとりという人の講演CD。母曰く、きっと心に残るものがあるらしい。
仕事で疲れていた体を起こして、「あのさ…こういうのさ、本当にいいから」と言って停止ボタンを押すと、数年ぶりに見る激怒。
確かにこのブランドの薬で体良くなったし、薬飲むのは構わないけど、こういう考え方を変えるみたいなのはさすがに抵抗あるし受け入れられないよ。と言ったら、どうして聞くだけでもしないのか、それすら受け入れられないのかと嘆く。
なんでこの件にだけいつもそんなこだわるの、おかしいでしょ。と言っても、聞けばきっと楽になるから聞いてもらいたいのだと嘆く。
いろいろひっくるめてはたから見るとまるで宗教にしか見えないでしょ、それが抵抗あるんだよと言っても、小馬鹿にしている、親の気持ちがわからないと嘆く。
たしかに私はいま宗教で飯を食っているが、これは当初から純粋に生活の為だ。
仕事として宗教にかかわれる程度には考え方が柔軟なつもりだけど、別に宗教が好きなわけではないし、宗教みたいなシステムに親和性が高いわけでもない。
思想教育や洗脳やマインドコントロールみたいなのは伊勢でもうんざりするほど受けたし、ほとほと嫌気が差している。
私に必要なのは正しさではないし、幸せになるための考え方でもない。
必要なのはただただ、生活の手段であり、ごく現実的な人生を継続するための方策であり、結局は金だ。
苦痛以外の何物でもないものを“修行”や“訓練”とムリヤリ変換して、苦痛を幸せに感じて生きてゆくようなマゾヒズムには怖気しか感じない。それは価値観の変化というレベルに収まるものではなく、むしろ発狂と表現する方がふさわしい。
でも周囲の人はそう思わないらしい。
周囲の人間と価値観が著しく異なるという事は、要するに結局、私だけ狂っているのと何もかわらない。
人にも誇れるようないい母なのに、どうしてこの件に関してだけはこだわるのかな。
仕事から帰って疲れて横になっている人が、お金持ちの講演CDを聞いて幸せな気分になれるとか、本気で思ってるのかな。
ひとしきり嘆いた後で無言になってしまった。気まずいがもうどうしようもない。
これから何日もの激務が待っているというのに、気が重い。
でも持ち前の柔軟さでやってゆくしかない。