はてなキーワード: お上とは
ほかに気になるのがあったら、追加していただきたく思います。
gdgdになったのでまとめ放棄。
「~は現実逃避」系の批判についていつも思うんだがこの手の「ただレッテルを貼ってソレ以外何も言わない」系の発言について文句を言っておく。
ちなみにはてブのコメントの半分はこの手の安易な理解、安易なレッテルで成り立っています。バファリンさんに謝れ。
ttp://anond.hatelabo.jp/20111104135814
最初の発言に対して、別の増田(Bさん)が特に根拠もなく現実逃避だってコメントを書く。
で、それに対して「何を持って?」と返す。
根拠を示さず言葉だけで批判できると思ってる思考停止馬鹿は高い確率でこの反撃を受ける。
増田に書き込みしていることは許してやるとして、
現実逃避じゃないことって胸を張れるのは何かね?って問にすら応えられないのにレッテル使うなっての。
すると、このBさん、説明するんじゃなくて、さらに例を追加していくことで返す。
類似の例を挙げることで理解しろ、というわけね。
まあ日常会話ならコレでもいいんだけれど、これ法律だと考えると限定列挙方式やね。
これはまず権限のある人が決めなければまったく効力を発揮しない。
説得力がないから権力で無理やり従わせてるようなものだから。(この場合ですらある程度合理性は求められる)
自分は関係ないと思ってたらいつのまにか対象になってたなんてことはザラにある。
そういう意味でネットでの会話ではまず無意味だし、なによりブーメランになりやすいのでやめたほうがいい。
リアル社会でレッテル貼るだけで相手を黙らせるって芸当はよく見かける。
正確の悪い課長とか、仲の悪い親ほどこういうのを巧みに使って自分を黙らせる。
でも、それが通じるのはレッテルという手法のせいじゃなく、単に権力の違いのせい。
レッテルを貼るって行為は、基本的には最もコストが安上がりだけど効果も低い。
ただ日本は権力大好きかつお上に弱い国民性があるからこれだけでもうまくいっちゃう。
下手にレッテルに反論すると、余計ひどい目に合わされるよね。
そういうわけで、親や教師や上司を見て、レッテルを貼るというのを学習しちゃうわけだけれど
ネットでは基本的にこれ通じない。
ネットの匿名性って、日本のリアル社会における無意味なくせにやたら強力な権力の網に嫌気がさしてそこから逃げ出した人ばっかりで成り立ってるから、
無自覚にでもこういう権力性を匂わせるような言動を取る馬鹿は叩かれる。そいつに実力や需要がない場合、血祭りにあげられることが多い。
実名だから偉いんだって匿名を煽るしかない自称ジャーナリストに実力がない場合はボッコボコにされる。
実名やら著作権やらを勘違いしてるソラノートなんかもわかりやすい例。
実は俺的ゲームなんちゃらのほうが著作権侵害でも人権侵害ひどい事をやってるけど、実力というか需要があれば多少は許される。あれは需要がない奴がやってはいけない芸当。
炎上マーケティングで成り上がるコツは、場を提供することであって、自分自身を燃やすことではない。
閑話休題。
リアルではお父さんとか社会からこのレッテルだけで黙らされるけれど、
ネットではいくら相手にレッテルを張った所で、周りが同意してくれなきゃ相手を屈服させることはできないってわかってくる。
結局地道にやるのがいいよね、というはなし。
本当に問題なのが、理想に燃える無敵の人(フリータ・ニート層)が義士となり政治家の暗殺を行う事。
確かに確実に問題のある政治家は屠れるだろう、しかしこのシステムが許容される社会に政治活動の自由は無い、
ある一定の思想の基なら殺してもいいという基準が出来てしまう為、後は機械的に殺される人間が増え、
暗殺を肯定する人間に迎合した思想の政治家が主導権を握って来る。これは国民民主主義の精神的後退その物に繋がるだろうね。
正直鳩山・菅政権の時は本当に殺されないか心配だった、屑の擁護ではないが、総理という立場の人間が簡単に殺されても困るのである。
しかし官邸に男が押しかけて逮捕されるという事案が数件起きているのも事実。キチガイが住居侵入したという論調だが、
タイトルは「まだ」と付けているが、こんな事が発生する時は確実に大衆の政治判断能力が劣った時にしか起きない。
政情不安も国会の迷走も、それの原因を作ったのは国民であり、「お上」ではないという事を覚えておかないと、
マジレスすると、この手の提言よく見かけるけど、そういうのを公的にやるのが一番非効率になる上に腐敗するよ。
考えてもみなよ。その施設の建設はどうやって発注してどうやって受注する?衣料の支給、食料の支給、職業の手配、その他諸々全部そう。お上が発注するわけよ。
これは、見も蓋も無く言えば、これら全部に対して天下り法人が出来て、全部に政治家ヒモ付きファミリー企業がぶら下がることになる。これはもう、クリーンな政治家を選べば云々とか役人の心構えが云々とかいう精神論の話じゃなくて、現実問題として構造的にそうなっちゃう。公的部門ってのはそういうもの。
結局、実は「現金一括給付して貧困ビジネスをはびこらせてる」状態が一番「効率的でクリーン」になってしまうんだ。公共部門が一山何億でドンブリ勘定するのに比べたら、DQNが多少パチや飲みで使っちゃうくらいカスみたいなもんだよ。
生活保護なんかの問題は「働くとかえって損してしまう」という仕組みの問題であって、共産村みたいなことし始めたら事態はもっと悪くなる。
でも保守系の政治家とかで割と無邪気にこの手の提言する人いるよね……。共産主義と国家社会主義は一周回って同じとこで繋がっとるに違いない。
増田はてなーのみなさまたちは、折り込み済みのことなのだろうけど、一応書いて見る。
http://anond.hatelabo.jp/20110709123151
http://anond.hatelabo.jp/20110709224618
元をたどれば、純粋なファン心理で動いていたんだろう。どこか魂をお金に変えちゃった。
たとえば、書店の店員さんが作ったPOPに「新宿で売れてます!」と書かれていたら、書店で雇われている人が書いたのだから、好きでも本を売らんとする下こころが幾分かはあるのだろうと手に取るときにブレーキがかかるわけだ。
ゲームでもそう、おもちゃ屋の店員さんと仲良くなって情報をもらったとしても、このゲームの売上でこの人は食べているんだよなと冷静になれる。
お店をうろうろしている普通の人が実は店に雇われたサクラで、おもしろよと言いふらしたリ積極的に買い物をしていたらどうだろう。
私も買おうとうっかり思ってしまうかもしれない。
そういう消費衝動に対するブレーキがきかなくなる点が問題。お上の規制が入らないうちに襟を正したほうが業界全体の利益になると思う。
命の危険にかかわる食べ物、事故のようなものに対しては、お上も迅速に動くけど、後味の悪い気持ちが残るだけの分野だと動きが鈍くていつまでもズブズブなんだろう。
最近、facebookやGoogle+の時代になったら、このようなことはなくなる的な発言も多いけど、組織の皮をかぶった個人が個人の振りをして行動したら、これまでと変わらないと思う。きっと彼らは薄氷を突いて来るに違いない。
組織の皮をかぶった個人を見分けるスキルがこれまで以上に重要になるだろうし、リアルな交友関係だけで楽しむものかもしれない。
いや、ただのネガティブ思考なんだけどさ。
えっと、違法配信っていえばいいのかな?動画投稿サイトにアニメ本編だとか、バラエティーだとか、映画だとか、丸上げするやつ。
結構探せば出てくるよね。ゴロゴロと。エロ動画もそうなんだけど、こういった違法配信動画。
割と見られてるよね。再生数とか見るとさ。
んでもってそれのリンク集サイトなんてのもあって、YouTubeでググれば1ページ目に出てくるくらいなんだけどさ。
これって、まぁ、普通に考えたらさ。ヤバいよね。
だけど、多分ネットにいる人、ほとんどが一回は見てるんだ。どうしても見たいけど、その一回のために、お金なんて払いたく無いし、あるならこれでいいや!みたいなすっげーカジュアルな思想でさ。
んでさ、このカジュアルな思想。結構世の中に広まってるんだよね。
俺はそれなりの大学に通ってるんだけどさ。みんな時間が空いている時に見てんの。動画。どう考えても公式では配信されてない動画を。悪びれもせず。ただただ当たり前のように。
けど、これさ。製作者側からすればとんでもないことだよね。一生懸命作り上げたものを、目の前でドンドン万引きされる感覚?
ちょっと前に黒執事の作者が苦言を呈していたんだけどさ。まぁ、そりゃ向こう側はそう思うよなー。って思うわけよ。
んで、俺としてはもっと怖かったのがこの後。
2chが黒執事の作者の過去のあら探しをしまくって、違法動画をこいつも見てんじゃねーか。何言ってんだこいつwwwみたいなことになったってこと。
この恐怖は、スゴいよ。このお前もやってんだろ?だから、黙認しろよ。つーか黙れよ。っていう、批判を許さない感覚は。
んで、大体の人は違法動画を見ちゃってるもんだから、誰も批判できなくなってくると。そりゃまぁ、カジュアルに見る層は増えますよね。あ、別にいいのかも。とか、考える人が増えますよね。
その結果、たぶんね。こっから先完全に推測でしかないんだけどね。さすがにお上もね。怒ると思うんだよ。もう、黙っていたらどうしようもないから、違法なことを取り締まろう。って思って、法の手配とかしてくると思うんだよね。
んで、結果として違法動画を見ていなかった人まで影響を受ける気がしててならないんだよね。いつぞやのコピーコントロールCDだとか、アクティベーションだとか。
んでさ。さらに怖いのはさ。
こんなことが起こった時に、カジュアルに見ている奴ら。こいつら、何も反省しないと思うんだよね。暇つぶしの手段が一個なくなっちゃったなー。残念だなー。って、思うだけで何事もなかったかのように、流す気がしてる……なんつーか、それってさ。怖い。
以上、マジコンはめちゃくちゃ叩かれるのに、違法動画を見る行為は叩かれないのって、みんなが見ているもんだから、俺もやったことあるし、俺の口では言えねえよ!っていう変な罪意識と、周りからの同調圧力なのかな。とか、考えたバラエティー番組を過去にYouTubeなどで見たことがある人からの懺悔文でした。製作者様。すみませんでした。
先に賛同できないであろう多くの人に謝罪を申し上げる。
すべての人が該当するわけではないと思いますのでどうぞご留意を
震災以降、テレビや新聞などの報道で震災により甚大な被害に遭われた多くの人がインタビュー対象としているが、その中に見られる人たちの言葉を聞くたびに私は毎回不満をいだき、苛立ちを若干覚えるのである。
その言語とは
と言った趣旨の発言である。特に、風評被害と名打って、保証金をもらおうとする人々に私は飽き飽きしているのである。
理由は至って簡単である。日本国は資本主義で民主主義の国であるからである。
地震や津波により住む場所を失った人たちへの最低限の生活を営むための資金はこの国に生存権がある以上、必要不可欠になるものだと考えているが、それにしたってそれ以上の保証を求める人たちをしばしばインタビューでは見かけるのである。
特に原発事故に端を発する風評被害への保証に関する被害者の言い分は非常に苛立ちを覚える。
原発による風評被害で損益を被った人たちはかわいそうであるとは思うが、保証金を求めるのはお門違い。
原発着工に当たっては、国が大きく介入したことから、インタビューで保証金を求める人たちの多くは選挙権や参政権といった形で反対をすることはもちろん可能であっただろう。そういった中で着工を選んだ人々は原発による経済効果とともに原発のリスクをも容認したと捉えることができる。
このリスクを間接的ではあるが容認した人々が果たして保証金を受け取る資格があるのだろうか。
私はこの国が資本主義であることから考えると、受け取る資格など全くないと考える。
一昨日の内閣不信任決議案など昨今の政治情勢にいい印象を持つ人は少ないだろう。
「もっとしっかりしてくれよ」
「政治家同士の争いなんかみたくない。速く被災地の復興をなんとかしてくれ」
こんな発言を皆がするのである。(これに関してはTVの偏った放送の結果かもしれないが)
我が国が民主主義であることを忘れている発言としか私には思えない。
いい加減な口車にそそのかされて、今の代議士を望んだのは有権者であり、不満を恥もせず漏らすあなた方なのである。
選挙である以上、自分が望む人間が当選されないというような自体が起こることは多いに起こりうることであるが、インタビューで全員が皆、不満を漏らすのは非常に恥ずべき行為だと私は考える。
これは言い換えると目の前の飴に踊らされた多くの国民の責任であり、バカな政治家を選んだのは国民の責任なのである。
インタビューでは、さも代議士は代議士、自分は自分、といった感じで答えている印象のものが多く、そのたびに私は失望する。
何もなく順風満帆の時は、怠慢な行政に対して文句一つ言わなかった人々が危機に瀕して文句を垂れるのはこれもまた恥ずべき行為。
国家行政のみならず地方行政に関しても、首長や代議士を選ぶ選挙権や参政権などで十分に行政に対して変化をこれまでも求めることができた。それに関して、税金を払うなんて当たり前といった考えや自分が不利益を被らないから関係ないと関心を持たなかったのは多くの有権者である。
国がなんとかしてくれる、行政がなんとかしてくれるなんていう幻想をいつまで抱き続けるのだろうか。
以上。
ここのところ、それほど大きな声にはなっていませんが、福島第一原発事故に絡んで(または震災に絡み)陰謀論的な言辞があります。地震兵器のような本家本元の陰謀論から、次々に明るみに出る新事実(?)に対して、悪いヤツラが知ってて隠してたろう!という陰謀論まで。
株式投資の世界では、圧倒的に強い支配者が相場を好きなように左右して、庶民の金を吸い上げるという陰謀論がよく語られます。だが、そんな勢力はいません。相場はみんなの動きの総和であり、はめてんのも、はめられてんのも自分たち自身なわけであります。
同様に、原発事故と政治の世界でも、一部の人間の利益のために情報が制御され、安全でないものが推進されてきたというような陰謀論が語られます。たしかに東電には隠蔽体質があり、それは過去の検証から明らかであります。よって東電が槍玉に挙げられるわけですが、その隠蔽体質は今になって明らかになってきたわけでなくて、ここ20年なんども報道されてきました。また原発に本質的な危険(核廃棄物処理等、エコサイクルが成立していない。事故が起きたら地域的な封鎖もあり得る。等)があることも我々はとうの昔から知っていたわけです。つまり、隠蔽の黒幕がいるとするならば、本質的な危険を知りつつあえて目を瞑って放置してきた我々自身が真の黒幕と考えます。なので、原発に一部頼る現状を変えるなら、国や東電の責任を追及するだけでなく、自分達の責任も追及せざるを得ないはずです。自分達自身が痛みを受けて、それでも脱却したいならするべしと、個人個人が決断を引き受ける必要があります。
福島第一原発事故について次々と新たな話が今も出ています。だから現段階ではそんな決断なんかできやしないという人もいます。それも分かります。隠していた事実がやっと明るみに出始めたわけだから、悪いヤツラがそれを隠している限り判断なんかできないよと陰謀論的に捉えることもできるでしょう。
ですが、実際のところ、最初から「誰もわからなかった」のであり、計器等の修繕により「薄々は勘づいていたことがやっと分かってきた」というのが真相でしょう。誰も本当のところをつかんじゃいないし、どうしていいかもまだ分かっていないということでしょう。
陰謀論的に捉えるということは、ある勢力が実は知っているのに隠していたと考えることで、反面しっかりした人たちがいて最終的にはなんとかしてくれる、それを頼りたいという心理の裏返しなのではないかと想像します。
しかし、おそろしいことに、しっかりした人はだれもいなくて、とりあえずの格好を当座つけている人がいるだけだという現実があります。いま起きている現実はそういうことではないでしょうか。
その中で、我々ができることは、福島第一原発事故が収束するように願うこと。実際に第一線で動いている人たちへの支援を怠らないこと。そして陰謀論的心理から脱却して、今後の原発行政について個々人がしっかりした意見を作り、それをブログやTwitter、経産省や地元出身の国会議員、地方議員へ届けること。そして使える電気が今後減少しても、それがために雇用が減っても、痛みとして甘受していくこと。そういったことではないでしょうか。
悪いやつらなんかいなくて、あえて言えば自分たち自身だったという認識を一度持たないと、「結局のところ偉いひとたちがなんとかしてくれる」というお上頼りに戻るだけではないでしょうか。
・1990年刊。直訳すれば「豊かさのてこ」だが、内容を勘案して邦訳するなら「技術革新の文明史」かな。日本にはあまり紹介されていないが、著者は経済史分野では世界的に著名な研究者。「THE LEVER OF RICHES」はその代表作で、世界経済史に対する独自の解釈と、包括的なサーベイとしてのまとまりのよさを両立させている名著だ。
・「なぜ近代の技術革新が西洋(特にイギリス)で起こって、他の国々ではなかったのか」がテーマ。この問題を解明するためにまずは過去2500年分の人類の文明史を振り返って検討する。次に、このテーマについて検討する。
・西洋世界の勃興に関しては、様々な人が様々な観点から評論しているが、本書では技術革新というファクターを重視する。なぜならば経済学の研究がしめすように、技術革新こそが経済成長の主たる要因であったからだ。イノベーションは、労働や資本などの具体的な資源制約とは無関係に人々の富を拡大させる「フリーランチ」なのである。
・古代(B.C.500~A.D.500)。ローマ、ギリシャ、ヘレニズム文化の時には革新的な発明はあった。たとえば紀元前に活躍したアレクサンドリアのヘロンは今でいう蒸気機関や自動ドア、自動販売機に近い装置を発明して、オーパーツとすら言われている。しかし、そうした発明の多くは未発達のままにとどまったか、破壊されたか、忘れられた。ローマ人は高度な文明をもっていたと言われるが、その技術はかなり未発達で、革新速度も遅かった。
・中世(A.D.500~1150)。農業面での革新は、農業効率を向上させる重すきと三圃制。エネルギー利用も多様化し、水車や風車も工具の研磨やビール醸造や皮のなめし用などいろんな分野で使われた。11世紀の南イギリスには、50世帯にだいたい1つは水車があったというから驚きだ。馬や船はそれまで戦争の道具としてつかわれていたが、商業目的にも利用されるようになった。そのため蹄などの馬具の改良や積載能力の向上が図られた。
・紙は西暦100年頃に中国で生み出され、イスラム社会には8世紀頃に到来し、西洋にはそのあとに伝わった。時計や冶金などの金属加工技術も、東洋→西洋への技術移転の流れだった。この頃は自らがあみ出した技術というよりも、ローマ期の技術の遺産か、東洋の技術を拝借したもも多かった。ヨーロッパ世界はそうして先進技術を異文明から柔軟に吸収し、それを自己流に応用していた。ヨーロッパの中世は停滞といわれるが、実はその後の技術発展に向けた種まきがされていた時代でもあった。
・近世(1500~1750)。ヨーロッパの技術レベルはだいたい1500年頃に中国など東洋文明圏に追いついた。その後、中国などとの差を徐々に広げていった。この時期のヨーロッパは、若干の航海術の発展と、トマトやポテトなど新たな作物の導入などぐらいで大きな技術革新はなかったが、人々の間で技術進歩の可能性を信じ始めた時代でもあった。(※言っておくとグーテンベルクの活版印刷(1450年)なんかは世界史的にみると革新的ではないから。紙への印刷(木版)は7世紀には中国で始まっていた)
・近世期は技術的ブレークスルーというよりも国民国家の発達が、その後の近代技術革新を準備したことの方が大きかったかもしれない。たとえば今でも有名なリヨンにおけるシルク産業の発展はもともと、ルイ11世がイタリアの専門職をそこに住まわせたことに端を発する。このように各国のトップは次々と、産業振興策を打ち出した。他国から有能な専門職人材を呼び寄せるだけでなく、新しい技術を奨励するため補助金を与えて開発を促し、寡占を奨励した。また特許権の制定もこのころなされた。たとえばイタリアのベニスでは16世紀には特許権がある程度は普及していたと言われる。もちろん、こんな”民間活力”をいかした技術進歩の奨励なんかは、イスラム社会や中国社会では到底考えられないことだった。
・近代(1750~1830)。そんな下敷きをすでにひいていたから、この頃、次々と新たな技術が実用化されたのは自然な流れだった。むしろ、この頃には、まったくのゼロから生まれた技術なんて何一つなかったと言っても言い過ぎではないかもしれない。たとえば、ワットが蒸気機関の発明にはたした役割はせいぜいコスト低減や耐久性向上などの実用的な貢献であって、蒸気機関の元アイデア自体は17世紀ヨーロッパにすでに存在していた。ただ、そうした数々の新技術の卵が社会全体に広まったことに大きな違いがあった。繊維産業で言えば、教科書でも取り上げられているような数々の綿加工技術の機械化による生産性向上はめざましく、イギリスにおける綿布の値段は1780~1850年の間になんと85%もダウンしたという。
・蒸気機関の発展・普及によってその後から熱力学が生まれたようにその頃の技術とは、科学的知見を基礎としたものではなくて、もっぱら経験的にもとづいて進められたものであった。1850年より前は、科学と技術は別の存在だったと言ってよい。1850年以降、科学や数学、物理学が技術分野に本格的に応用され始めた。
・技術革新自体はランダムとも言える現象で、特定の新技術がなぜ他でもない西欧でおこったかを具体的に説明するのは難しいが、どんな条件が西洋近代の飛躍的革新を可能にしたかを検討するのは意味のあることだろう。もちろん「必要は発明の母」なんて諺を持ち出す気はない。当然、革新的技術のニーズはいつでもどこでもあるのであって、要はそのニーズを発明によって掬い上げ、実用技術として広めるのに、何が効いていたのか、である。
・「化石燃料資源の豊富さや、地理的要因」に西欧世界の勃興を求める「環境決定論」はナンセンスだ。たとえば北ヨーロッパはよく雨がふるから水車の技術が発達したという意見がある。しかし、これではなぜ水車がイギリスでよく普及したのにアイルランドではまったく普及しなかったかを説明することはできない。同じようにイギリス国内にあった豊富な石炭資源が産業革命を可能にしたという意見がある。しかし、そもそも石炭資源を上手に利用出来るようになったこと自体が技術革新の果実ではなかったか。この説明は物事の原因と結果を取り違えている。木炭資源の枯渇による価格上昇がイギリスでの石炭利用の革新をもたらしたという議論もある。しかし、木炭から石炭への代替自体は16世紀からすでに模索されており、部分的に成功をおさめていた事実を無視している。第一、その頃の中国だって森林資源は枯渇していたのに石炭利用は19世紀になっても進まなかったではないか。
・「産業革命前の科学技術の発展」を求める意見もある。しかし、前もいった通り(真理や総合的把握を求める)サイエンスと(実用を求める)技術は1850年以前にはほとんど別々のものだった。たとえば製鉄法や食料保存法などの技術は人々がその仕組みを把握するずっと前から使用されていた。発明家に科学の知識はなく、科学者は実用の世界に降りてこなかった。両者の融合が始まったのは1850年ごろからだ。たとえばトマスエジソンは科学的知識がなかったため、自己のインスピレーションを補強するために数学者を雇った。
・むしろ重要なのは、新技術にたいする政治や社会の寛容さ。人々が技術進歩に向けて継続的に取り組めることを社会が担保できているかどうかにある。この意味において、専政的政治制度よりも多元主義的なものの方が好ましい。ダグラスノースの言う所有権の制定も、この意味では一面の真理がある。
・中国と西欧を比較した場合、その差は際立つ。それは、中世まで技術リーダーだった中国が近世になって急速に停滞した理由を説明する。中国はもともと”one-party state”で、技術進歩は漢の時代からほとんど”お上”主導で行われていた。宗の頃は農民の創意工夫活動を促すための金融インセンティブも行われていた。しかしこうした活動は近世頃から弱まっていき、清の時代になってからは中国政府は技術の進歩につながるような政策(度量衡の基準化、商業法、警察、道路)をとりやめてしまった。一方で社会的にも明(14c~17c)代からとくに中央集権的要素を強めていき、多様な民の活力はますます脇に追いやられた。このために中国の歴史には、新たな技術が十分に伝播しなかった例で溢れている。たとえば複数の車輪を搭載した紡ぎ車はカラムシ繊維産業では見られても、それが綿産業に伝播することはなかった。社会構造の上部に官僚があり続けたこともまずかった。成功して裕福になった実業家はだいたい子供を官僚機構に入れたがり、天才やエリートが(一般的にコンサバな立場を好む)官僚機構に吸い込まれていった。
・これに対して欧州はちがった。前述のとおりヨーロッパの技術開発は民間が主であって、政府は従であった。第一、(言語や宗教、生活様式や歴史などいろんな意味で共通点があるにも関わらず)複数の国家が乱立し中国のような中央集権ではなかった。それぞれの国が富を張り合っていたから、結果的に技術の世界でも競争が促された。人の移動も頻繁だった。だから技術の才ある人は、彼の国で抑圧的な政策が取られたら、別の国に移るだけでよく、西欧全体で見たら一つの技術は断絶せずに繋がりを維持することができた。こうした好条件にある社会は西欧を除いて他はなかった。まさしく、世界の技術リーダーになるべくしてなったと言えよう。
http://twitter.com/#!/zaway/status/66580272551968769
3月のはじめにボーナスが出た。今までのボーナスは生活用品に消えてきたけど、今回は少し余裕があった。
自分の眼鏡を新調して、弟の眼鏡も買ってあげた。母にはギフト券をプレゼントした。その後、例の地震があって
僕の叔父は仙台に住んでいたけど、特に被害はなかったようだ。他に被災地に親戚や友人はいない。むしろ、
僕の方が被災地に近いくらいで、親戚や友人に心配されたくらいだ。この震災は日本に、世界に、確実にダメージを
与えた。でも僕個人には直接関係のない話だった。どちらかというと、これからの日本経済をどうやって渡り歩いて
そんな僕でも、大量の車が流されている津波の映像を見ると恐怖を覚えたし、児童の大半が亡くなったという
小学校の話を聞くと心が痛んだ。僕は多少サバイバル生活の心得があるので(雪洞で生活したり)、被災地に行っても
被災者の邪魔にはならないように自活してボランティアできるだろうなと思って色々調べたけど、結局行かず
じまいだった。物資を送ったり、募金をしたりしただけで、僕の罪悪感や不安感は取り除かれたらしい。
そんな中、台湾の募金運動の話を聞いたのは確か3/22のことだったと思う。どこかのブログで目にした。
台湾の人はなんでそこまでしてくれるんだろう?台湾や韓国で同じことが起こったら僕たちは同じことをしていた
だろうか。台湾が親日国家だという話は前から聞いていたけど、不思議だった。今でもなぜかはわからない。
僕は猛省した。できるだけ募金に協力しようと思った。自国民がこんなことではいかん。
何かの折に募金するようになった。プライベートでもチャリティーに参加するようになった。
謝謝台湾計画はTwitterで発せられたMaiko Kissakaさんの
僕は謝謝台湾計画以外はKissakaさんのことをなにも知らない。なにかネットの有名人とかが絡んで、計画が
広まったようだけど、ネットにも疎いのでよくわからない。たまたま震災関連の情報を探していて見つけた。
良くも悪くもKissakaさんの姿勢は一貫している。台湾人にお礼を言ってみたい。それだけだ。
僕には台湾人の知り合いはいない。台湾に行ったこともない。台湾がどんな国なのか、人並み以上のことは
わからない。日本政府が台湾の新聞にお礼広告を出していないという話は後から知った。そういうことは関係ない。
感謝状は送ってるそうじゃないか。きっと、Kissakaさんもそうだろう。だけど、お上に楯突く気はないけど、
「なんでそこまでしてくれるの。すまん、ありがとう」
原発問題。
短期的には問題が無い→それならば長期的には?
マスコミが30キロ圏内に入り取材→いやーこれくらいの数値なら問題ないですよー→なら長期的には?
関東地方に放射物はどの程度飛散している?→ほわっと?放射物?放射能?
科学的?物理的?には証明されていないことなのかもしれないが、「長期的にはどうなる?」と誰も説明しない。
問題なければそれでいい。今、公表されている数値が正しいものならばそれでいい。
ならば、長期的には?
誰もがもうわかっていることなんじゃないの?長期的スパンでみれば今のところ数パーセントの割合かもしれないが何がしかの影響があるってことに。
誰もがもうわかっていることなんじゃないの?酷なことだが、福島県の原発周辺地域はもう駄目だってことに。
各産業に大打撃。時間が経てば復旧していくかもしれない。いや、復旧していくだろう。何も無くなってしまったところからまた這い上がっていくのだから。
今までの水準に戻ることを前提として考えれば、かなりの年月がかかるんじゃないだろうか?
製造業はまだいい。部品を作る材料をなんとか手に入れればなんとかなるだろう。
けれど、農林水産業はそうもいかないのではないか?漁業は猟師最強とはいえ…農業にいたっては…
原発と津波と地震の被害は(原発は人災の部分も大きいと思うが)産業構造をぶち壊してしまったと思う。
取引先の企業が大丈夫であったとしても、他の産業との繋がりで(たとえば製造業と取引をしていれば部品が揃わないと製品が製造できない→売るものが無い。この逆もしかい)自分達の企業にも影響が出てくるだろう。
いや、企業活動だけではなくて日常生活においても同じことが言えるのではないか?
徐々に物流も元に戻りつつあるかもしれないが、やはり売るものがなければ店頭に商品が並ぶことも無い。
都内のコンビニですらほとんどものが無かったという事実。最近は戻りつつあるが…
また、これらの影響で「災害対策用品全般・医薬品」が売り切れていることが多くなった。(ネットを中心に)
ここでも「ものが入ってこない」影響が出ていると思う。
こうしたことに危機意識を持たずにいる 関東地方の50代・60代の人間が信じられない。
どうせ都合が悪くなったら他人のせいやお上のせいにするくせして。
どうせ自分に都合が悪くなったらだんまりを決め込んで、揚げ足をとることしか考えないくせして。
どうせいの一番に逃げ出すくせして。
でもことここにいたるまで今回の災害に関して被災していない人達が対岸の火事として考えているやつが多すぎると思う。
19 :名無しさん@涙目です。(東京都) : 2011/03/20(日) 11:22:16.46 ID:zUWPcm4i0
原発マネーで散々おいしい思いをしてきたくせに、こういうときだけ他人のせいか、生意気な田舎者め!
29 :名無しさん@涙目です。(東京都) : 2011/03/20(日) 11:24:09.62 ID:pFG+d4QVP
>>19
543 :名無しさん@涙目です。(福島県) : 2011/03/20(日) 13:18:06.39 ID:RJfCoNVe0
本当に恩恵受けてたのはその周辺だけ
知事や県議会のようなお上では無く、「県民」の感覚では「東京の妻」ではないだろうね。。。
実際、恩恵受けていない地域?も、屋内退避への苛立ちや、それによる捜索活動の遅れといった、非被災民からは想像できないストレスがありそうですしね。。。
ただ、県民の見えないところで、間接的にでも
>補助金として行っているということはあると思う
けどね。