はてなキーワード: うつるとは
みたいに煽る人たちもどうかと思うが、不安を口にしただけで
と怒る人たちもどうかと思う。
政府も東電も真実を言っていないように見えるんだから、実際の所どれくらい影響があるか不安になるのは当然ではないのか。
煽りに乗るつもりも、気楽に構えるつもりもない、その他大勢の不安な人たちの存在を、危険厨の人たちと安全厨の人たちはどうして否定するのか。
自分は、福島の野菜を食べているけど、子供に食べさせるか、と聞かれると躊躇してしまうし、もしいたら食べさせないと思う。[わからない]から。
でも、そういう事を発言すると、すぐ危険厨や安全厨の人が飛んで来て「親が食べるたら子供にもうつる」とか「子供に食べさせないという事は結局差別してるって事じゃないか」って怒るんだろうな。
どうすればいいんだろうな。
しかし私たちの学校の生徒の大半は頭が悪く、地域の人からよく苦情が入るような、いわゆるFラン高校である。
そんな学校にも進学クラスがあり、私も、友人もそのクラスに入っている。
進学クラスと言えども所詮Fランなのでほとんどの生徒(私も含めて)が頭が悪い。
それなのに、ある友人は自分はエリートかなんかだと思い込んでおり、3年生になってから突然交友関係を変え、勉強を頑張りはじめた。
勉強した分テストの得点も上がっており、その度に傲慢な態度を取るようになっていった。
例えば、センター試験を受ける人のことをセンター勢と呼んで、進路を専門や就職にする人達のことをその他の馬鹿と言って見下したり、
mixi内であまり頭がよくない人達のことを逐一馬鹿にするようなつぶやきをしたり、何か都合の悪いことを言われると「馬鹿がうつる」と言ったりなど勉強できない人達とは自分は違うといった感じの言動ばかりするようになった。
これだけならまだ調子に乗っているだけと思えるが、今日mixiで、明らかに私に対する暴言と思われるつぶやきをした。
口頭で暴言を吐かれるならまだしも、mixiのつぶやきという不特定多数の人が見るコンテンツでこんなにも堂々と、しかも長々と悪口を書かれてしまっては私の株というか周りからの評価が下がってしまうし、何よりそのつぶやきの内容は事実無根であった。
こんなことを言われてしまったら明日から学校内の肩身が狭くなってしまうので本来すぐに反論するべきなのだろうが、今の私ではあっさり論破されてしまいそうだ。どうすればいいんだろう。というか何故急に私の悪口をあんなに長く書くのだろう。私があいつに何か迷惑を掛けたんだろうか。思い出したらむしゃくしゃしてきた。
本でも漫画でも人の話でもなんでも
いろんな良いと思ったものをとりこんで
なんとなく空で未熟な自分を埋めていけば、
そのうち素敵な人になれるんじゃないか!と思っていました。
「あなたはすぐ人の言葉とか好きなものとかうつるよね。そうやって嫌われてきたんだね。」
と指摘されてしまったことがきっかけです。(好ましいと感じている人に!)
軽佻浮薄で中身がないってことですよね、これ。
そういうものを手に入れるにはどうしたらいいのでしょう…?
□返信
・好きな相手を無意識に教祖化してしまっていたんです、恥ずかしいことに(好きな人の好きなものは好きになるべき、という力がすごく強い)
・>「良いと思った」→「なぜ良いと思ったか考える」→「ひょっとして悪いところもあるんじゃないかと探してみる」→「やはり自分には必要だ」→「取り入れる」
方法ありがとうございます。人々はそうやってプロセスを経ていたのですね。やってみます。
・>それをどうにかする方法をまた他人に訊くのか
たいていのすることについて人からどうしてそうなるんだよ…という指摘を受けます。自分じゃ一生たどり着けないと思いました。具体的に方法を教えていただいて、そのうえででも。
>そういう手っ取り早く楽に答えを手に入れようという姿勢が問題の根源なんじゃないの?
否定できません、というか、そうなんだと思います。努力して結果を得た!ではなく、良い結果が勝手に降ってきた記憶が多いです。
それを直します。
・没頭できるものないです…。しばらくは学業と上記の考えることに心血をそそぐように生きようと思います。
>男が女と別れる場合は 「この女はどうしようもない」 と思って別れるからな。
こちらは全くその通りだと思う(男女別にいえるかは別として、自分は相手にそう思われた)。
>「どうせ別の男とやったんだろ、あてつけか?」 ぐらいにしか思ってない。
こっちはそう思われてるなら結構ショック。だったら「私はあんたしか経験ないのに! うつしやがって!!」ぐらい言えば良かった。傷付くかなと思ってそこは触れなかったんだけど。
結構、性病にかかると精神的に辛い。辛いというか、自分汚いなあと思う。非処女だと相手にだけど、性病だと社会的に害な気がして。性病でごめんなさい。汚物は消毒だー。
もっとぐだれば、今日とか好きな人にメールしようと思ってました。「おすすめの曲教えてください」とか何とか。でも自分淋病なんで。一度性病かかったら、もう好きな人とか作れないんじゃないかとか考えてる。かかった自分が悪いんだが。
でも未だになんでかかったのか全然分からんのだよなー。喉だとディープキスかフェ●でうつる可能性高いんだろうけど、それだと「あんた」しかいないんだよ。
喉が荒れるなと思って、ネット経由で郵送で検査した。クジミア・コンジローマは陰性だったが、淋病が陽性だった。
最後にやったのは多分4年前くらい。私の経験は元彼だけ。感染路の確実な特定はできないが(大体が性行為らしいが)、私からうつるとしたら元彼しかいない。私はここ4年、一人身である。
とりあえず、先に病院へ行った。喉の性病だと耳鼻咽喉科らしい。そこの先生が、「相手は分かりますか。なるべく早めに連絡してください」と言ったので(そのときに、「なんでこいつ産婦人科より相手の連絡より耳鼻咽喉科来てんの?」というメッセージ、もとい被害妄想を受信したので)元彼へ連絡した。
検査しようと思った経緯から書いたから、結構長文になってしまった。
あっさりした返信だった。
寂しい。
次に下らないことではない、公共放送なんだから云々という議論が白熱しやすい話題にうつるけど、これも俺からすれば「こんなこと複雑でもなんでもない」と思う。
なぜなら、NHK以外の放送局は最初から「みんなに見てもらえるような番組編成」を第一に考えているわけではなく、その時間帯やテレビを見る人たちの流行や求めるものに応じて流すものを決めているのは誰の目にも明らかだから。
いや、これは単純だと思う。(市場のシステムにおける)民間会社である以上、利益があがるプログラムを組むこと、これがNHK以外の放送局におけるプリミティヴな動機でしょう。
で、そうすると利益の追求によって倫理的な問題を起こしてしまう可能性を含む。これを内部から考えるのがコーポレート・ガヴァナンスの議論で、今回はたまたま外部から視聴者によって疑問がおこされただけだと思う。
したがって、
それが普通の態度なんだよ。それが岡村が言う「見たくない奴は見なきゃいい」なんだよ。彼がああいうことをわざわざタレントというデリケートな言葉遣いが重要な職業でありながら言ったのは、この状況がよほど「不自然」に思えたからなんだろう。つまり、自分の好き嫌いを拡声器で街中に向かって叫ぶことを「正しい」と感じている人たちへの強烈な違和感があったということ。
それと、これでもう二回目のデモが起きたみたいだから言うけど、はっきり言ってあのデモの光景は、クレーマーやモンスターペアレンツが一つの場所に集合してぎゃーぎゃーわめいてるのとかなーり近いw
クレーマーもモンスターペアレンツも自分たちの行動が正しいと考える「自分勝手な理由」を持っているけど、韓流デモ参加者もおんなじように自分勝手な理由を持ってる。
やってることは同じだよね。クレーマーは企業、モンスターペアレンツは学校といういずれも自分を「お客様」として扱ってくれる人たちに対して傍若無人に振舞う。デモ参加者も、「視聴者」というお客様として視聴者に逆らえないテレビ局にクレームをつける。俺はこれを弱いものいじめだと思うんだけど、こういうのやってて恥ずかしくないんかなぁとほんと思う。
というように個人の嗜好を主軸に行動を起こしているとは僕は思わない。
もちろん、個人の視点(perspective)によって意見を起こしているのは当然。私たちは一市民として声を上げる権利を有する。
振る舞い、行為を「どうやって」実現していくかの言説は良いと思う。
個人的には一回目に『散歩』といったのはカッコヨカッタなーと思うけど。
今回のデモは知らないけど、前回は韓国そのものを批判したりフジテレビが韓国に乗っ取られていると叫んだ人までいるようだ。ここまでくると、根底には単なる韓流批判だけではない何かがあるのでは?と思う。そう思う人たちがたくさん出てきたのも不思議ではない。
脳科学者の茂木がこのデモの真意を明確に人種差別と表現したみたいだが、俺もその線が怪しいと思ってる。
もちろん、真実は分からないが、単に「韓流を流されるのが嫌」という理由で何千人も集まるほど日本人って恥をしのばない民族だったっけと思うとそういう風に考えるのも間違いではないような気がしてくる。
隣人とケンカするのはどこの国でもよくあること。互いのいいトコ、悪いトコよく見えてしまうし。
でも日本人の排他的な態度が背景に透けて見えるのはそうだと思う。ただこれをメインにもってくると議論がよく分からなくなる。
痛快だったのは『チャングンソク(? ちょと名前たしかでない…)誰だー』『誰だー』と叫んでいたと。
うーん、偏った人が偏ってない人間のフリをしている、まさにネット○○と同じ感じがする。彼らより冷静っぽいのが救いだけど。
韓流デモに自分は批判的、というかあいつら馬鹿だろと思ってる立場から書くが、そう思う理由は一つ、
「何でこんなことでデモしてる自分を正当化してんの?」ってこと。
これはあなたが書いているように、(1)「もっと重要な問題があるだろう」に当てはまる。それについてのあなたの批判も理解できる。しかし言わせてもらう。
これは批判者が「自分だって下らないことをしている」のはぜんぜん問題にならないということ。次元が違うから。
この次元の違いを偏った視点からものを見ているあなたは理解出来ていないと思うよ。
それは、「自分の個人的感情でデモを起こすような馬鹿ばかしさ」を批判者が批判しているということ。
あなたが思ってるような、「領土問題とかを棚上げしてデモしてる」のが問題ではないんです。ここが間違いなんだよね。
あなたの論理で言う「どっちもどっち」は当てはまらない。なぜなら、デモしてる人は「くだらないことをデモをしてまで主張している」のに対し、批判者はあくまでも「個人的な声の届く範囲でくだらない個人の見解を発信している」から。
つまり、批判者をどっちもどっちとか五十歩百歩というように同じ舞台に引き摺り下ろすためには、批判者たちが「韓流デモに反対するデモ」をやらなければならない。そこまでやれば、はじめて「あいつら結局デモを馬鹿にしながら自分たちもデモしてんじゃん。馬鹿だなぁ」ということになるんだよ。
次に下らないことではない、公共放送なんだから云々という議論が白熱しやすい話題にうつるけど、これも俺からすれば「こんなこと複雑でもなんでもない」と思う。
なぜなら、NHK以外の放送局は最初から「みんなに見てもらえるような番組編成」を第一に考えているわけではなく、その時間帯やテレビを見る人たちの流行や求めるものに応じて流すものを決めているのは誰の目にも明らかだから。
俺はNHKばっかり見て民放をほとんど見ないが、その主たる理由は「テレビ局が流すものを自分が見たいと思ってない」からだ。以前マルモリダンスが話題になったとき、あの二人がたくさんの番組に出ていたが、俺はあのドラマを見ていなかったし主題歌に興味もなかったからあの手のインタビューや特集は一切見なかった(今はマルモリダンスにはまってるけどね笑)
それが普通の態度なんだよ。それが岡村が言う「見たくない奴は見なきゃいい」なんだよ。彼がああいうことをわざわざタレントというデリケートな言葉遣いが重要な職業でありながら言ったのは、この状況がよほど「不自然」に思えたからなんだろう。つまり、自分の好き嫌いを拡声器で街中に向かって叫ぶことを「正しい」と感じている人たちへの強烈な違和感があったということ。
ここで話を戻すが、つまり、批判してる人が「そんな下らないことで・・」と言ってるのは、単に「領土問題とか他にもあるだろ」という風に言いたいだけではないの。
そのさらに奥にあるのは「自分が韓流ドラマ嫌いなだけなのに何千人も集まってデモ起こして、領土問題とか政府の隠蔽デモとかと同じような価値があるといいたげな態度が気持ち悪い」ということ。
批判者の声があまり強くないのは、彼ら自身も韓流ドラマにはあまり興味が無い、もしくは嫌いだからだろう。俺も最近個人的興味として録画してはいるが、以前は全く興味無かった。
デモをしてる人とデモを批判してる人には共通点がある、だから批判されにくい。でも、そこにはれっきとして批判されるべき理由があり、それが「そんな下らないことでデモなんか」ということなのだ。
これを理解しないと、いつまで経っても「くだらなくはない!公共の電波を使って韓国のドラマを垂れ流すのは云々」と外れまくった反論を延々と続ける羽目になる。
それと、これでもう二回目のデモが起きたみたいだから言うけど、はっきり言ってあのデモの光景は、クレーマーやモンスターペアレンツが一つの場所に集合してぎゃーぎゃーわめいてるのとかなーり近いw
クレーマーもモンスターペアレンツも自分たちの行動が正しいと考える「自分勝手な理由」を持っているけど、韓流デモ参加者もおんなじように自分勝手な理由を持ってる。
やってることは同じだよね。クレーマーは企業、モンスターペアレンツは学校といういずれも自分を「お客様」として扱ってくれる人たちに対して傍若無人に振舞う。デモ参加者も、「視聴者」というお客様として視聴者に逆らえないテレビ局にクレームをつける。俺はこれを弱いものいじめだと思うんだけど、こういうのやってて恥ずかしくないんかなぁとほんと思う。
(追記)
最近はヤフーとかでK-popのニュースがあると、コメントで「テレビで韓国ネタが出るとすぐチャンネル変える」と書いてる人がいるけど、
それでいいんだよ。それが本来の態度。自分に興味がないことを見る必要は無い。チャンネルを変えるか、消せばいいだけ。
デモをしてる人たちってのは、それだけではダメだと思ってる。それだけではなく、「街中でデモを起こしてみんなに俺が韓流嫌いであることを知ってもらいたい」と思ってる。
今回のデモは知らないけど、前回は韓国そのものを批判したりフジテレビが韓国に乗っ取られていると叫んだ人までいるようだ。ここまでくると、根底には単なる韓流批判だけではない何かがあるのでは?と思う。そう思う人たちがたくさん出てきたのも不思議ではない。
脳科学者の茂木がこのデモの真意を明確に人種差別と表現したみたいだが、俺もその線が怪しいと思ってる。
もちろん、真実は分からないが、単に「韓流を流されるのが嫌」という理由で何千人も集まるほど日本人って恥をしのばない民族だったっけと思うとそういう風に考えるのも間違いではないような気がしてくる。
韓国嫌いの感情がかなり昔からあるのは以前ネトウヨだった俺が調べて分かってる。バカチョンもその名残だしな。
だから、韓国と個人的感情が結びつくとデモすら起こってしまうということを今回の例は示しているんじゃないだろうか。つまり、日韓友好のためにはうわべだけでは到底ダメだということ。
あら御免遊ばせ。あまりにも無益で無意味なことを書いては議論に参加しているつもりになっている方が居たので、つい口を出してしまいましたの。
その人の記事は愚痴ばかりです。愚痴をぐちぐちと聞いていても何にも判らない、何の益もないのです。内容ってものがまっっっっったく含まれていない。
他人の言葉の引用と繰り返しです。伝わってくるのはひたすら「私は非常識な人間にまみえてビックリしています」これだけ。
こんなこと一度言えば済むことです。それをしつこくねちっこくいつまでもいつまでも、まるで言い立て続けさえすれば言い分が通るかのような態度。
はっきり言って莫迦のすることです。子どもの駄々捏ね以下です。その人がビックリしたから何だというのでしょうか?
阿呆らしくて騒がしいばかりなので、五月蝿くしていると邪魔だから黙ってはいかが、と教えて上げたのですよ。
ゲイだと自覚したのは4才の時だった あんたらが想像してるとうりだ 幼稚園の年少の時だった 男にしか興味が持てなかった。
小学校に入学してついたあだ名は「ホモ」だった。でも「オカマ」よりはマシだった。
家に帰ってワンワン泣いた 「ケツが痛ぇ」妹に慰められた 「これ見て」「うるせえほっとけよ」「お尻痛いの?」「ボラギノール買ってこようか?」
「いらねえよそんなの」「出てけよ」「ノーマルなお前にはアブノーマルな兄ちゃんの気持ちは理解できないだろうな」
マジで凄かった 部室で強引に突っ込まれた まさにクレイジー 狂ったように腰をシェイクした 俺はまるで赤ちゃんだった。
翌日の授業中、、俺は席に座ってられなかった、、俺は席に座ってられなかった、、「さすがラグビー部だな」なんて思ってた、、苦笑いするしかなかった。
ああ可愛い妹よ、、どうか許してくれ、、アブノーマルに生まれた兄ちゃんを、、君に罪はない だから悲しまないで、、 あの後よく考えて 覚悟を決めたんだ 思い切って母親にカミングアウトしようと
でも 妹が慌ててるんだ 「ママなんで泣いてるの?」妹はまだ理解できる年齢じゃない 「いつもの・・」 「嘘だ。またいつものジョークでしょ?」
俺は言う「嘘じゃない。俺は真性のゲイだ」掘られたんだ そして唇を奪われて、部室でブチ込まれたんだ 「もういい!もういい!やめて!」優しい妹はポケットから何かを出した
大事なネックレスだ 「お兄ちゃん。これを肛門に詰めて」鏡にうつる自分を見て情けなくなった。
気持ちは抑えられず
「取れなくなったらどうすんだよ・・」「副部長ともう一回・・」「もう一回したい、、」「今夜」妹に申し訳ないと思いながら、、
再び俺は、、部室のドアを開けた、、そこには、、まるでスポットライトが当たったように全裸の副部長が仁王立ちしてた、、見事な肉体だった、、「さあ、キックオフだ」
タッチダウン 激しくゆれる身体妹のことを考えると胸が痛かった、、でもケツの穴は副部長を求めていた 抑えられない快感だった
そして思春期が終わり、、時は経ち、、俺はいつの間にか20歳にもなっていた、、淡いケツの痛みを残しながら 6000人以上の男に掘られてきたけど
尻のカーテンはもう閉まったみたいだ あの頃の、、副部長を超えるトキメキは誰と寝ても、、一度もなかった
尻の穴に竜巻が入って来るような快感は、、目を閉じると妹の忠告を思い出す「お兄ちゃん!ママが自殺したの!」「自殺、、自殺!なんでだ!」「あんたがオカマだからじゃない!」「このホモ!」
「6000人斬りのセーちゃんって!」「地元じゃすっかり有名よ!」「だから言ったじゃないのよ!」「これをお尻の穴に詰めろって!」「こんなの入ると思うのかよ?」「今だったら簡単に入るでしょ!」
「ガバガバのあんたの尻なら!」「でももう遅いわ!」「もう遅い」「パパは出て行った!」「あんたが家庭をブチ壊した!」「あんたなんか兄じゃないわ!」
それっきり俺は妹を見ていない、、でも妹よ、、一つだけお兄ちゃんに言い訳をさせてくれ 俺は、リアルゲイであることを恥じてない
それに俺は見ちまったんだぜ お前と母ちゃんがレズってるところを!これが現実だ、、初めから幸せな家庭なんかなかったんだ
その瞬間、今までの半生がフラッシュバックしてきた 天国から地獄へ突き落とされたみたいに 思い返せばうちの一家はブランコみたいな
ゆれる、、複雑な一家だった 俺はホモだったし 妹と母はレズだった!親父は浮気してたし 俺はママとよく寝てた
妹はレズで、女の友達とデキてたし 親父の浮気相手は男だった、、これが現実だ、、涙声になっちまうよな、、ホモの兄ちゃんとレズの妹、、フィリピン人の男と
「男性の財布は好きだけど男性の人格は嫌い」という女性たちが居る。
異性の人格を嫌悪あるいは軽蔑しているので、同性とばかりつるみ続け、
異性の悪口で盛り上がる傾向があると思う。
前に「ニュー速やまとめブログ=男子会」というような記事を増田で書いた。
コラーゲン鍋を囲みながらだろうが、2chやまとめのコメ欄だろうが、やり取りしている内容は同レベルだ。
「このニュースを聞いて自分はこう感じたが、異性から見るとどううつるのだろうか?」
というように多角的に考えることができなくなって、
異性からみて不愉快な言動をとることが多くなり、嫌われるようになる。
女性誌を真に受けてネイルアートに熱中する女性と、2chを真に受けて処女厨になる男性はそっくりだ。
彼・彼女たちは自分たちの感覚をすべての同性と共有できると信じている様子だが、
はっきり言ってまったく違う。
異性の側にたって物事を考え、尊重することができる。
似たような人間とばかりつるんでいるからそう思い込んでしまうのだ。
彼・彼女たちの心に愛情の芽はどこにもない。ただひたすらに即物的で本能的、自己中心的。
便器あるいは財布が欲しいなら同種の異性とくっつけば良い。
そうして本能的な欲求だけを充たしあいながらお互いの人格を貶めあっていればいい。
いいや、お願いだからそうしてくれと思う。
プライドがあるせいで、全くモテないし滅多に恋愛が始まらない。
性的魅力の意味では自信が無いけど、恋愛無しでも生きていけそうかどうかという意味では自信ある。
人見知りが激しく、第一印象は本当にノリが悪い。ノリ悪いとモテないのわかってるんだけどね。
でもノリの悪さを面白がってくれる人も居るので、別にそういう立ち位置でいいやと思ってる。
これは同意。
男女ともにライトオタって苦手。自己愛発のオタだから、社会的なヘマはしないけど、生き方がダサい。
重いことは言わないな。
悪口全般言わない方がいいとは思ってる。
これも同意。上からのほめ方にならないように注意しなきゃって神経使うけどね…
やられた方がやった方に元々好感持ってたらカワイイ行いだし、
脈ナシだったらキモがられるところだと思う。
前を歩かないようにするっていうの、したいけどできないんだよね。先にドンドン歩いて行ってしまう。
そういうの、大多数の男は嫌がるかもしれないけど、許してくれる人も少数いるんで、まあいいかと思う。
変なの。
床があぶらっぽいラーメン屋とかホルモン屋とかに、飾らない感じで女の子が居るっていうギャップ演出ができるよね。
あえてマニッシュな服装することで女の子らしさを引き立たせる手法のような。ぶかぶかワイシャツ女子の発展型みたいな。
誘われたら付き合うけど、自分から誘うほどのサービス精神は無いな。うちで作るので十分。ホルモンは味が嫌い。
交代でおごるっていうの好き。割り勘は面倒で嫌だな。
するとしても千円札単位。私が多く払ってもいいから、店の外で硬貨のやり取りしたくない。めんどい。
正直、安アクセって使わない。そんなんだったら何ももらわない方がまし。
男の目にはそういうのが女子中高生っぽくて可愛いとうつるのかもしれないけど、
ていうか高いものでもプレゼントは要らない。買い物は自分で選んで自分の金で買うのが一番いい。
なんかよくわかんないな。
そういうの、できないから諦めた。
可愛くなさの埋め合わせはマッサージでやっているつもり。
肩もみだけやってたのが、背中、腰、眼窩、頭皮と範囲拡大して行って、はじめは自己流だったけど今は本も読むようになってきてる。
短所の克服よりも、他のことで短所を埋め合わせたほうがモチベーション上がるみたい。
お互いの短所がどうしても許せない、他のことで埋め合わせてもらっても許せない!っていうのは、相性が悪いから結婚とかしてしまう前に別れた方がいいと思う。
彼は仕事中の私が好き。
ゴールデンウィーク中、仕事以外でずっと一緒にいて気づいてしまった。
彼は私の優柔不断さにいらついている。
彼は私の甘えをうっとおしく思ってる。
彼は二人の時間を消費的に感じている。
本当は前から気づいてたけど、
そしたら彼は喜んでくれるけど、
そのたびに私は普段の私を蔑むことになるんだ
ほんとは、
そういうことがしたい。
二度と思い出さないようなテレビ番組を見ながら二人で食べて、
翌々日になっても洗ってない食器が流しにある。
そんな二人はいや
1Kとかの、魚喃キリコの漫画に出てるみたいなぐだぐだの部屋で
私は夏の昼下がりにじっとり汗をかきながら畳にぺたんって座って
折りたたみの鏡を見ながら化粧してアルバイトに出かけていく
貧乏で将来性もないけど、楽しくて
手を伸ばせばそこに愛がある生活
でもそんな未来こなかった
踏み外さずに生きてきたら、そんな未来こなかった
24時間働ける
認めてもらえるから
こんなに私を前向きにしてくれて
向上させてくれて
たくさんのことを教えてくれる
こんな素敵な人はいないと
でもやっぱり、わたしの生産的じゃない部分が、ほんとうの私なんだ
そう思うとやるせない
お母さんは、たわいのない話も聞いてくれた
落ちがなくても
ネガティブでも
じっとずっと聞いてくれた
元発言がフルボッコにされているが、
そんな事よりこの発言から垣間見える問題を
咀嚼する事の方が大事なんではないだろうか。
「ピカがうつると思っているのか=呆れた差別」という意見が多いけれど
「結婚」を挙げていることから、たぶん見ているのは「孫」だろう。
生まれてくる「孫」に、またはその孫の産む「ひ孫」に、
さして不当ではないと思うのだ。
もっともちょっと扱い辛いのは
好きになった人が原発近隣出身だったとして
その好きになった事を咎められるかというとこれは人としてどうかと思う。
子供を作るとなるとやはり熟考しなさいと言わざるを得ない。
そういう問題が出てくるぐらいなら、
付き合い始める前に、フィルターを通しておきなさいというのは
生きていく上での知恵のようなもの、と思うのだが
これも人として恥ずべき「差別」なんだろうか。
少なくとも、「実際には無い事象に対しての差別」ではないと思うんだが。
勤めを捨てて引っ越す事が困難なことは確かだし
子供たちが生活する地を選べるわけでもないので
そもそもとてもシビアな問題だけど、
これは数年後、十数年後に確実に問題になるだろうと思う。
ではどうすればいいかと言うと、
将来的に子孫には放射線の影響が
多かれ少なかれ発生するという事を
行政に言わせる事がまず第一だと思うのだ。
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1303219565
え、なんで?
私は好ましくないとは思うけど、許されないことだとは思ってないんだけど。
「差別を防ぐことができるのは知識だけだ」と僕は考えているし、そう言ってもいるのですが、ただ、今回のような問題を「科学的知識」だけでなくせるのかといえば、心もとないものがあります。「うつらないから、差別は誤り」という理屈には有効な面と危険な面の両面あります。危険な面というのはもちろん、「うつるなら差別してもよい」になりかねないことです。差別を防ぐための「知識」とは狭義の科学的知識に限らないもっと広い意味での知識でなくてはならないはずです
ここで書いてることから考えると、差別を悪だとみなす根拠は間違ってるから、だよね。
その対極にある「正しい姿」ってのは、
十分な知識や想像力、ゆとりをもって他人に接している状態、ってな感じになるのかな?
今ってそれが不可能な状態なわけじゃない。
「正しい状態を維持する余裕が無い」「正しい状態でいるために必要な情報が足りない」でしょ。
時代はもう一個人が追いかけきれないくらいすごいスピードで変化してるし、常になんか不足してるよね。
でいま、必要なものが色々不足している、今まで居なかった人たちが自分のエリアに入り込んできてる。
こういう状態の人に「正しくあれ」ってのは、言うのは簡単だけど実践する側は大変だよね。
こういう「異常事態」においても大変さを支える根拠となるもっと深いレベルでの正しさ、みたいなのが知りたい。
そういうのは宗教って言うのかもしれないけれど、宗教なしでどうやってこの正しさを維持できるのかが知りたい。
駄目なものは駄目だ、とかわからない奴は知識が足りない愚か者だという対応をするのは、
「じゃあ駄目だという人には見えないようにもっと陰湿なカタチでやりなさい」って言ってるのと同じだと思うのよね。
ここで書かれているように、小学生だってそうする。 多分おとなだってそうする。
もっというと、そもそも差別ってなんなんだよ。定義とかじゃなくて、差別そのものがどういうものなのかがわからない。
私はいじめや差別をするわけじゃないけれど、駄目なものはダメだでは理解は出来ても納得はできない。
いじめや差別をする人と、そうでない人の差って明確にあるんだろうか?私はないと思うけどな。
そんな曖昧な言葉で「差別はいけない」って言われても、多分差別してる人たちは、自分がやってることを差別だと思わずにやるよね。
「ボランティアは邪魔だから来んな」論調が強いので、ボランティア経験のある俺も書いてみる。
ボランティアってものや、災害現場を肌で知っていたら、そんな画一的なおしなべた言い方なんて決してできないと思うんだ。
まあ大半は「いますぐの行動は抑えてくれ」って意見が多いと思うからそれでいいと思う。
でも、そういう意見を斜めに読んで「ボランティアなんて自己満足だ」みたいに批判するのはすごくまずいことだと思うし、もちろん、無鉄砲な、足を引っ張るだけの邪魔ボランティアも困ることだよね。
どちらの意見の人であっても、半年ほどたってから一度災害現場に行ってみて、きちんと働いてみればいろいろ感じるんじゃないかな、って俺は思う。
知らずに語るもんじゃないと思うよ。
もちろん、増田に多い「俺の友達がボランティア行ってたから知ってる」とか、「俺はきちんと勉強してるからわかっている」は全く話にもならないから要注意な。
じゃ、俺の経験について特定を恐れずに書いてみるよ。
俺が行ったのは、2009年の兵庫県佐用町付近で起きた、台風9号による水害でのボランティア。
知ってる人は知ってると思うけど、あの付近には巨大な放射光施設である SPring-8 って研究施設があるんだ。
俺は SPring-8 で働いているわけじゃないけど、研究のためにそこに行ってたのね。
行ったのが、水害発生から一か月くらいあとだったと思う。
で、そのときに近隣住民への心象のために、地域の皆さんのために、SPring-8 のイメージアップも兼ねて、SPring-8 関係者で行ける人はボランティアに行くようにしてください、休み出すから、のような通達があったらしい。
そこで俺の直属の上司が、若者はここでの仕事が終わった後、しばらく帰って来なくていいから一週間くらい滞在してボランティアに励んで来い、と言ってきたのね。
で、いつもボランティアなんて意識したことなかったけど、行ってみることに。
そのときは災害の規模も何も曖昧にしか知らなかったし、正義感のようなものも俺にはなかったし、なんでもやってみたらいい経験かも、って気持ちはあったけど、帰って仕事せんでいいんならラッキーみたいな気持ちもちょっとあった。
で、ボランティアってどういうシステムかまったく知らなかったけど、ボランティアセンター? みたいのがちゃんと立ち上がっていた。
まず、ボランティアを必要とする町会や個人が、町会や代表者を通じてセンターに派遣の依頼を出すみたい。
そこでセンターの人間が「必ず人を寄こせるかはわかりません」と言って依頼を受ける。
で、ボランティアする人は朝9時にセンターに来て、保険や受付やを済ませると、水と塩飴とマスクがもらえた。
その後、係りの人に、自分たちのグループの人数や男女の別を告げる。
するとセンターの人が、「今これこれこういう仕事の依頼が来てるんですけどどうですか?」と聞いてくれるので、おっけーだったら受ける。
そして、必用な資材(水害だったので土砂の撤去が主な作業なので、バケツやスコップ、雑巾、一輪車、軍手など)をセンターから借り受ける。
で、指定された場所に行って、依頼者の指示にしたがって仕事をする。
お昼休憩は必ずとることと、仕事が終わらなくても必ず16時には帰ること、という決まりがあったので、その範囲で働いた。
依頼者もそれを知って依頼していたので、きっちりそれを守ってくれた。
いま批判する人が多い「邪魔なだけのボランティア」の中には、このような範囲を超えて無理しすぎたために結果迷惑をかけてしまう人もいるんだと思う。
それを批判するのは、俺個人としては気がひけてしまうし、やはり批判するよりも無理を止める人をきちんと機能させるべきなんだと思う。
現場付近に行くと、道路が完全に流されていたり、線路が流されていたり、目を疑う光景があった。
道路がないと思ったら、アスファルトのプレートがはるか先にあったり、ガードレールがありえない形になっていたりすることもあった。
8月だったので、もう米の実った田んぼが壊滅しているところも多かった。
だからあれはやはり地震そのものじゃなくて津波のせいなんだなと感じた。
ただ、佐用では、自動販売機が水没するくらいまで水位がきたみたいだが、車は流されなかった。
まあ、「どっちの災害のほうが~」なんて比較は建設的じゃないし、不快に思う方も多いだろうからこれ以上は言わない。
俺のボランティアのときは物資の補給なんかも全然問題はなかったので、水や食料に困ることはなかった。
食料や水やマスクは SPring-8 の人が用意してくれた。
休憩時間に、飲み物か何かを出してくれる方も多くおられた。
水没した本とかもくれた。
佐用のあたりは山奥の山あいなので、山と山の間に支流が流れていて、その周りに集落がある構造になってるんだけど、集落ごとに水の高さが違ったみたい。
ひどいところもあれば、ほぼおさまってるところもあった。
現地にいくまでは報道でしか知り得なかったし、水害から一か月もしていたら続報なんてほとんどなくなっていた。
だから、いまがどういう状況かなんて考えてなかったし、ああまだ大変なとこもあるんだな、程度だった。
でも実際はまだまだ何もできてないという状況の場所もかなりあった。
日本のマスコミは関東偏重主義だから今回の地震報道はいっぱいいっぱいしてるけど、本当はどんなに小さな災害だってずっと影響を及ぼすし、それは報道してる期間が影響するわけじゃない。
関東に影響が出れば全国放送で、地方の災害は一ニュースでしかないって、なんだか複雑な気分になる。
というのも、関東は人口が多いんだから報道が多くて当たり前、というような論以前に、地方の災害への関東の意識の低さもあらわしているような気がするから。
で、やっぱり、まだまだの場所はある、と言っても、一応水はひいてるし、みんな生活場所を確保して、道路なんかは復旧して、みんな各各の家に戻れる人は戻っているって状況だった。
ここまで来るのに一か月かかったってわけだ。
そこまで来るのに大変な作業が必要だったろうし、自衛隊が活躍したのかどうかは知らないけど、公的な組織の活躍はあったろうと思う。
でも、それがあらかた済んだ時、災害によるその非日常が日常に変わったとき、そこからはもう個人としての復旧が必要になる。
だからそこからは、個人の家の復旧作業や、町会の排水溝の復旧なんかが必要になってくる。
だから、主に俺らは個人の宅にたまった泥をかき出したり、掃除をしたり、だめになったタンスを運んだり、水を吸ってあかなくなったタンスをこじ開けたり、ダメになった障子やふすまをはずして運んだり、そういう作業をやった。
個人の畑に流れ着いたゴミを撤去したり、私道というかあぜ道というか、そういうものを復旧させたり、延々と溝蓋をあけて中の泥をかき出して一輪車で運んだりした。
だから俺は思う。
これだけ組織的にボランティアをさばけるシステムが素晴らしいなって思う。
苦しいだろうけど、笑顔で泥だらけの自宅に戻る人たちがすごいなって思う。
俺らみたいな素人の、ただの体が動くだけの人間に、優しい言葉や感謝の言葉をかけてくれる人が、素晴らしいなって思う。
この態勢ができていたから、俺みたいなのでも少しは役に立てたんだと思う。
そしてそれは、まったく報道されなくなってから、ようやく立ち上がったシステムなんだと思う。
だから、そんなシステムが立ち上がる前に素人が現地に行っても、役に立たないのはその通りだと思う。
ガレキの山を前に、死体の山を前に、できることなんて何もない。
今は被災者は、情報も、安心も何もない、不安定な一時的な状態で過ごしている。
それが終わって、これが一時的な非日常ではないと覚悟を決めて、前に進もうと決めたとき、ようやくきめ細やかな支援を必要とする個人が現れる。
そのとき、ボランティアの人がいてくれたら、どれだけ心強いかわからない。
だから俺は思う。
乙武さんが言うような
「阪神大震災で被災した当事者の一言。「助けに来てくれて一番ありがたいと思ったのは、自衛隊の人たち。 一番迷惑で邪魔だったのは、自称ボランティアの人たち。こちらが必要とする事はできず、逆に残り少ない食品や飲料水をコンビニで消費していく始末」 」
でも、それを批判し、止めることが崇高な行為だとは思わない。
今邪魔になる人をひとりでも思いとどまらせて、それはそれでよかったのかもしれない。
それで被災者の一人が救われるのかもしれない。
でも、本当にそういう気持ちで動いた人って、自分が何もできなかったらそれでわかると思うんだ。
そしたらその人は、いつ行くか行かないかも含めて、次回は戦力になる振る舞いができるようになる。
今回役にたたなかったとしても、泣きながらおばあちゃんの手を握るだけで、救われる人もいるかもしれない。
だから、全てが無駄だなんて、胸を張って広めるような意見じゃないと俺は思う。
現地で大切なことを肌で感じてくれる人間を、止めることはあっても非難しちゃいけないと思う。
だって今すぐ行って、迷惑かけたけど泣きながら帰ってきたやつが、まだ復旧していない半年後に、本当にマンパワーが必要な時期に、前回の経験を生かして大活躍してくれるかもしれないじゃない。
いろいろ経験されている乙武さんには、そういう方を非難する資格は確かにあるのかもしれないけど、何も肌で感じたこともなく、自分で何も動かないやつは、決して言ってはならない言葉だと俺は思う。
確かに一定数、行っても何も感じない、行ったら邪魔なだけ、ってやつもいるんだろう。
ただ、そういうやつに乙武さんのことばはたぶん、届かない。
だから俺は、今の行動を止めることより、未来の行動を促す言い方をしようと思う。
自分に何かできることはないか、と思うなら、募金をしてください。
そしてあなたのマンパワーは、半年から一年後に貸してください。
どしてもいま動きたい方は、ハイチ地震や、九州の集中豪雨のほうに行ってみてください。
原子炉の冷却作業にあたっていた東電職員2名と作業員2名が爆発で負傷し、
二次災害に巻き込まれる危険を冒しながら被災地で活動をしている。
家族も心配しているだろう。本当に頭が下がる。
働いて死ぬ人がいる。
炭鉱で働き、肺が粉塵にまみれて早死にする人がいる。
彼らの両親が大富豪で、一生働かずに暮らせる生まれだったとしたら、
もしくは教育費をかけられて、代替の難しい知的技能を身につけていたとしたら、
好き好んでそんな職には就かなかっただろう。
食っていくため、家族を養うために、命を削って働いている。
生まれつきの運が良く、資産や教育や家庭環境に恵まれた人々は、
そういった人々が命を削って生み出したものを享受して、そこに依存して、便利な生活を送っている。
職務のために死ぬ人々はあまりにもおろかにうつることだろうと思う。
仕事ごときのために死ぬ。収入ごときのために自由を犠牲にする。
私もそういった、危険な仕事に就かなくてもとりあえずは生きていける。
生きる死ぬどころか、どうにも気に入らないことがある、それぐらいで今の仕事をやめる可能性もある。
はてな界隈で「仕事はクソ」と言っている人々からすれば、それは正しい働き方なのかもしれない。
自分を犠牲にして働く人をおろかだという人は、"自分の運の良さを「正しさ」だと勘違いしている"のだ。
http://d.hatena.ne.jp/fujipon/20110306
ニートや、私のように働いても働かなくてもいい状態で気楽に働いている人間が、
自分を犠牲にして働いている人を笑うのは、みにくく、おろかなことだ。
私たちはみな、職務のために死ぬ人々に依存して生きている。
はてなという会社が存続し続ける限りはこの匿名ダイアリーの記事も残るはずで、あるいは、はてながつぶれてももしかしたら匿名ダイアリーのログは残り続けるかもしれないから、後世のためにこの二日間、京都に住む普通の大学生(若干だめな感じだけど)が何を感じたのかを書こうと思う。原発の放射能漏れがほぼないと分かり安心したのもつかの間(犠牲となった方がいたのはショックだったが)、3/12、22時ごろに南三陸町で1万人の安否不明という見出しがヤフーJapanのニュースのトップに載った今の心境は、はっきり言って最悪だ。
注意:当時の心情をありのままに晒そう(それでも抑えているつもりですが)と思っているため、かなり配慮に欠けた表現とうつる言葉づかいをしていると思います。もし、このダイアリーを見てくださった方でお気を悪くされた方がいたら本当にごめんなさい。けれども、書き残す必要があると思って書いています。
今回の地震において、僕はちょうど図書館の地下に行っており、揺れを感じることがなかった。というより、その場に居合わせた人間5,6人も揺れを感じたそぶりを見せることもなく、僕がこの大地震が起こったことを知るのはこの3時間後、18:00頃だった。
16:00頃
近くのユニクロでヴィンテージクラシックノータックチノを買いに行こうとする。恐らく本田圭佑が履いていたそれは品切れを起こしていたらしく入手することは出来なかった。ちょっと客が少ないし、従業員もそわそわしているかなとは感じたが、気のせいレベルのはずだった。
18:00頃
サークル棟に入ると、出会った知人に開口一番、地震すごかったねと言われた。「いや、何のことだよ(笑)?」と返したら、普通にどんびかれた。「揺れ感じなかったの?京都もすごかったんだよ。」と返されて、まず、しらねーと思ったし、後、「も」というのが気になった。そして、何やら東北で大地震が起きたことを知った(今のところ自分の周りで京都において揺れを感じなかった人間はいない)。けど、東北で大地震なんかよくあることだし、ま、今回もその異常耐震・免震っぷりが発揮されるのだろうと思っていた。ただ、死亡者がこの時点で30人を超えていたと聞き、普通の東北の大地震(通常はその規模に関わらず殆ど犠牲者が出ないので)ではないとは分かった。
19:00頃
ネットから遮断された状態の僕は、むしろ東北がいかに耐震大国であるか布教する宣教師となっていた。部室に来る人間には、東北がいかに凄まじい耐震・免震ぷりを発揮するかを力説し、死亡者が3ケタ行ったらとんでもないことだと今となっては糞虫のような推察を披露していた。
中国人留学生が本国の友達から心配されると話してくれて、同じく、東北の耐震免震大国っぷりを話していた自分がいた。ベルセルクとブリーチを読みながら、やっぱ蝕すげーとか思っていた。そして、帰宅。シャワー浴びて、ご飯を食べて、翌日河原町に行こうと思っていたので、ネットで靴みたり、雑誌とか読んでたら、あっという間に24:00になっていた。
事態がただ事じゃないことが分かったのは、23:57に、15:23に送信された母からの自分の安否を気遣うメールが届いてから。なんで今頃?届くの?と思った。そして、yahooニュースの見出し(見出し自体は帰ってからちらっとはみたもののあまり衝撃的な見出しではなかったので流していた)を開いてみると、まず仙台空港が水没していた。ちょっと半狂乱になって、いろいろ見ていたらtelegraphに津波が家を飲み、田んぼを飲み、猛烈な勢いで海岸線を超えて陸地を飲み込もうとしている動画があり戦慄した。後は、3:00まで、いろいろな2chのまとめ記事を真剣に見るだけ(3か月くらいテレビ壊れたまま)。これは日本でおこっているのか?と思った。そして、この時点で死亡者の数が4桁を超えることがほぼ確実となっており、未曾有の大災害であることを認識した。知り合いで被災地の近くの人間は特におらず、不義理なことをしていないことも含めて少し安心した。
朝起きて、yahooニュースを確認したら、実家(群馬)の近くでも地震が起きていることが判明し、慌てて母に電話した(メールでの返信は前日済み)。どうやら実家の周りでは被害がないらしく、一安心したが、改めて死亡者がこの段階で1000人を超えることが確実な中、今度はこの地震がいかにとんでもない規模の災害であるか、耐震・免震大国である東北でこれだけの被害が出ており、津波がどれほど想定外で、規格外であったかを伝えなければならないと思い、部室へ向かった。
13:00頃
まず、話した全ての人に身の回りの人が無事かどうか聞き(幸い不幸なことは聞かなかった)、ショックを受けていることを伝えた。そして、これがいかにとんでもないことか伝えた。そして、今度は原子力発電所が危ないことを聞かされた。けど、このときもまた、馬鹿を露呈することになり、チェルノブイリみたいな原子力発電所事故は起こる可能性がかなり低いだろうこと、中越の時のような場合と違い、原子力発電所が天災によって問題になることはそうそうあることじゃないことを力説した。
16:00
メルトダウンと聞いた時も、ま、そうでもないと思っていた。(図書館にて勉強中)
帰宅して直後、原子力発電所が爆発と見て唖然とした。これは悪夢としか言いようがないと思った。本が頭に入らない。後は、ぼんやりと事態をyahooニュースとしょぼんあんてなで確認するのみ。そして、犠牲になった従業員の方がいるというニュースを聞き最悪があるのかと脳裏をよぎり、22時手前位で最悪は防げそうと聞き安心したのもつかの間、南三陸町で1万人の安否不明という見出しがヤフーJapanのニュースのトップに載っていた。
もう何も起こってほしくない。