はてなキーワード: いらない子とは
正直小学生の頃から自分のこといらない子って思ってきたから今更その認識を覆すのは無理なんじゃないかと思う
就職できなくてウジウジしながらだらだらどうでもいいバイト続けて、親には嫌な顔されて生きてる意味あんの
この先挽回できる機会もないように思うし、もう疲れて頑張る気力も湧いてこない
華々しく進展していく友人たちに会うのが辛い。でも寂しい。とにかく自分が恥ずかしい。
つらい。悲しい。死にたい。静かに消えてなくなりたい。
気がつくと死ぬことを考えている。今の季節なら睡眠薬飲んで外で寝てれば朝にはめでたく冷たくなってるんじゃないのか…
でも実際にやるには踏ん切りがつかない。意気地なし。どこまでも中途半端。
何もかも億劫で、あらゆるやらなければならないことも全くやる気が起きない
誰にも望まれていないのにどうして生きているのだろうと思う
私が死んで悲しんでくれるひとはきっといるとは思う
いるとは思うが、それが長く続くものとは思わない
悲しんでも、飲みの席とかでああそんな子いたねえという話で時々話題にのぼり、やがて誰も思い出さなくなる、その程度の人間。
そもそも話題にもならないかもしれない。
友人たちにとって、私は取るに足らない存在だろうと思う
個人で誘おうとは思わない、いてもいなくても特に差し支えない存在
私は一番に好きでも、私のことが一番に好きという人はどこにもいないと思う
順位なんてくだらないと思うけど、何か大切な事があれば私のことなどすぐに忘れてしまう。それぐらいの順位。
そんなことばかり考えていたくないのに常に考えてしまう
そういうことを口にしているから人も離れていくのはわかっているのに
もうみんな、私に好かれるぐらいなら野良犬に噛まれたほうがマシと思ってそう
悩みなんて打ち明けたらきっと「さして仲良くもない私に言うなんて迷惑」とか、「そんなに悩み言える友達いないんだかわいそう」とか思われるんだろうな
くだらない。馬鹿みたい。こんな事ばかり考えているからダメなんだろう
生きているのがつらい
対人恐怖症ってケースは多々あれど、つまるところ上記のようなことだと思うんだけど。
元増田が云ってる獣性云々というのは、対人恐怖症の遠因ではあるにしろ
http://anond.hatelabo.jp/20110523012339
前回は色々とオススメアニメを上げていただいて皆様ありがとうございましたm(_ _)m
id:thvenrさんに「だからスタッフから辿れって前にもブコメでry」ってご意見をいただいたのと、
増田で『「あの花」見てるなら「とらドラ!」も必見ですかね。監督その他いろいろカブってます。』ってオススメを頂いたので、
ぶっちゃけ面白かったです。面白かったです。面白かった…です…orz
面白いとは思って実際楽しんだんだけど自分の中での点数がギリギリ80点に行かないんですヽ(`Д´)ノ
ぶっちゃげ78点くらい?
※ご注意
色々整理するために、これから「とらドラ!」を題材にあーでもないこーでもないと
胸糞悪い内容かもしれないのでお気をつけ下さい。
それと自分の日本語の使い方には問題点があることが指摘を受けております。
その辺はやんわり目をつぶっていただけるとありがたい。
参考:http://anond.hatelabo.jp/20110523151843
何故とらドラ!が自分の中で80点に行かないかを探るために、まずはとらドラ!の個人的に良かった点・悪かった点を上げてみる。
良かった点
悪かった点
こうして書き出してみると、なんで自分が連続放送アニメを守備範囲に置かないかわかってきた。
何より無価値な部分が多すぎる。空気感を出すために間を取るのはアリだけど、いらない話を置かれても…という部分が多すぎる。
漫画や小説と違って、映像や芝居だと時間の調整ができないから退屈な部分の苦痛が半端ない。
そうなると一話完結のギャグアニメ以外選択肢がなくなるんだよね…
自分の中で80点以上出す映像やら小説やらって、結局のところ途中で暇しないかどうかと物語上の変な矛盾のようなものに突っかかるかどうかだと思う。
暇しないアニメで有名所だと攻殻機動隊やAKIRAは暇しない。
ただあっちの系列は自分の趣味じゃないため、純粋な意味で楽しめない。
AKIRAとかモノの見事に自分の心に残っているし、「何かAKIRAに問題があるか」と言われたら「別に何も」としか答えようがない。
名作なんだろうとは思うけど、楽しめないので正直悲しい。
80点の境目が朧げながら見えてきた。
じゃあ自分は80点未満のアニメを見たいか見たくないかというと、時間がないので見たくない。
80点未満のアニメを見るために時間を潰すくらいなら、80点以上と評価されている小説を読んでたほうが楽しい。
80点未満かもしれないというドキドキを楽しむための博打はオペラとバレエだけで十分です(´・ω・`)
80点以上を出すアニメで、なおかつ「俺は自他共に認めるSFアニメだぜ〜」な感じじゃない連続アニメは年間何個くらい出てくるものなんだろ?
その他雑記:
なんか知らんけど自分の周囲のアニメは見ない人で、AKIRAを見たことある人が結構いる。
「友達の家で見た」みたいな人が多い。なんでアレを見た人がアニメを守備範囲にしている人以外で結構いるんだろう…
http://anond.hatelabo.jp/20110107214632
就活王のマネしたら駄目だろ常識的に・・・。決してけなすわけじゃない。素晴らしいと思うが難しすぎるのだ。
これ一行で纏めると「見聞色の覇気」と「武装色の覇気」を身につけろ、みたいな話だろう?読んでる私がその覇気に萎縮されてしまったよ。
はい。というわけで王者を目指さない小物向けの就職活動講座始まるよー。
大前提として私と同じFラン大学生が中堅企業を志望する場合を想定してる。大企業に行きたい場合は違う人に聞け。
長くなってしまったので、時間のない人は最後の3行まとめだけ読んでくれ。
就活の時に「就活の王道」みたいな本を買って読んだこともあったけど、それで思ったのは「王道を歩めるものは限られている」って事だった。叶わぬ夢を追い求めるのは院卒のエリート様だけでいい。自分が小物だと思うんなら、へっぽこな頭を使って賢く立ち回るべきだ。これから何回か「これはやらなくてもいい」ってことを書いていく。俺達は普通以下のところからスタートするんだから、普通の人ですらできないことを一生懸命やろうとしなくていい。普通以下の俺達はあんまり器用じゃない。だから普通の人があれもこれもやってることをおなじようにやったら負ける。俺達は普通以下だからこそやれることを理解して、それだけを集中してやっていくんだ。総合点で負けても、どれか一科目で合格点を超えるように戦うんだ。
2次に大まかな方向性を決める
本当はマーケティングを先にやるべきなんだけど、どうせこれできる学生少ないからできなくても気にしなくていい。。中堅企業なら、選考プロセスの中で突っ込んで話をしていけば十分相手が新入社員に求めていることはわかる。というかそれができない中堅からは逃げろ。一方、大企業志望はそう甘くないから先輩訪問とか頑張るのは必須。
方向性については好みの問題だけど、一例として私の場合は「こんな時期だからこそ」守りを固めるべきだと思う。絶望的な戦況で歩兵で突撃するのはあまり好ましくない。撤退戦のような意識で、絶対防衛ラインを意識しながらそこに戦力を集中させるべし。避けるべき企業はしっかり避ける、その標準をしっかりつくっておくことおすすめ。地力で波を乗り越える力がない小物であるFラン組は、しっかり今のトレンド把握して、絶対に流れに逆わないように気を付けないとな。とにかく、入ったらしばらくはやめなくて済みそうな所を選ぶ。そんな贅沢言ってられないという奴がいるかも知れないけど、本当にここを第一優先にするなら、いくらでもあるよ。ただし中堅に限る。
学生どころか採用側でさえ今だに勘違いしてるところあるけど、今はタグの時代だ。今でも人間性とか総合力で採用担当者をうならせる学生がいるのは確かだろうだが、それは例外だと思え。少なくとも私らFランには関係ない戦略だ。もっとミクロに攻めていこう。もうちょっとしたらストーリーまで要求されるかもしれないが、これもマーケティング同様出来てる学生のほうが少ないから、まだタグだけでも十分いける。 相手にちゃんと分かる形でタグ貼ってるかい?ニコニコでタグ職人やってる暇があったらまず自分に貼るタグ考えようず。不況だから厳しいって言ってるのに「大企業志望」しかタグ貼ってない学生は今すぐ自害。
ただ、自分にタグ貼るとき、意外と難しいだろ。特にプラス面とか志望動機とか。大丈夫。これはみんな難しいから。昨日ホッテントリに上がってた人(http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20110106)くらい大学時代に経験積んでれば話は別だけれど、普通に大学生活送ってくるくらいだったらまともに考えるネタすら殆ど無いだろう。この部分で点取れるなら是非とっておくべきで、そのためにNBLなるものが推奨されるけど、ここも必須ではない。むしろ中途半端にやると不正発覚して一発退場だから、ハッタリに自信ないならやめとけ。
ここで1がちゃんと理解出来てる学生なら次やることはわかるな?自分のことくらい自分でちゃんと判断できるって考えないこと。それができるならお前は学生時代グータラ過ごしてなかっただろ?私らは「自分の望みさえ自分で把握できない程度の人間」であることの痛みを今ここで十分噛み締めるべきだ。その上で本当に確実に判断できるものはなにかって考える所からスタートするんだ。そしたら、自分にとって明らかなものは何がある?たいてい「自分が嫌な物」「絶対にやりたくないこと」の方だ。まずそういうタグからでいいからどんどん自分に貼っていけ。
ここで「そんなことはない。俺は自分の好きなことを自分で理解してる」「俺にはこんな誇れるタグがある」って反発できるやつ、あるなら私を文句言ってないでさっさと貼ればいいのよ?ただ、それが勘違いでないことを確認するために「これ仕事でやりたいか?」って質問を忘れないようにな。
当たり前だけが、「私は~が嫌いです」ってタグだけだと企業の人お前のことをいらない子扱いして終わりだ。でも、お前にはこれしかない。そうだろ?じゃあどうする?「これだけは嫌だ」をもっと掘り下げろ。人間自分のいいところを掘り下げられる奴はそうそういないが、悪いところならいくらでもえぐれる。血反吐はいて死ぬ寸前まで掘りつくせ。行き止まりまで掘ったら、ある時急に「俺、これ以外ならいけんじゃね?」という開き直りにも似た清々しい心境になるぞ。ここから「あえて言えば自分がやってもいいことはなにか?」とか「無理やりアピールできるとしたら何がある?」とか考える。タグはとりあえず30個くらいは準備しておこう。
ここで徹底的に自己嫌悪を体験しておくのは面接だけでなく五月病対策のためにも必須だ。絶対やっとけ。ここまでやらないと、ちょっと面接で自分の弱いところつつかれただけで腰砕けになるからな。どうせ自分を痛めつけなければならないなら、自分でやるんだ。他人にやらせると加減がわからないから最悪ぶっ壊される。
4 実践では「すでに自己否定は済ませたこと」は大いに武器になる
面接において、俺たちFラン大は基本的に足切りの対象だ。とにかくFランにしかいけなかったのは甘え野郎だし、こういう奴はやとっても自分可愛さに人の言うこときかないんだろうと思われてる。もともと頭悪いのに、躾からやらねばならん、まして教育など不可能だ、そう思われてるわけだ。だからほとんど機械的に殺しに来る。すごいいじわるな質問をして、答えられなかったら即終了。これは魔女裁判のようなもので「お前はクズだ」と行って、素直に認めたら「クズはいらん」、「クズじゃありません」と答えると「クズのくせに自分がクズであることも認められないとは最悪だな」でDEADEND。一見詰みにみえるが、機械的対応であるがゆえに隙はある。「私はクズでしたが、今はクズであることを悔い改め、御社のお役に立つ人間になりたいと考えています」とアピールすることは可能だ。
ピンと来ない奴のために俺の例を書いとこう。俺はバイトもサークルも全部1年もたずに投げ出すくらい根性なしだった。勉強も全然やってない。経済学部だったけどマクロのマの字もわからない。御社のために活かる大学の知識はありません。かといって遊び上手だったかというと全然。旅行もしてないし特に趣味もない。やってたのはひたすらニコニコ見たりゲームやったり。友達もいないからコミュ力とか全然ない。それでも俺は去年ちゃんと一部上場企業に営業職で就職できた。
何を言ったか?「そのとおり私は不まじめな人間です。その分私は真面目な人では絶対にわからない、ちょっとした退屈とかクレームの元になりそうなことならよくわかります。自分が嫌だと思うことをお客様にも感じさせないような提案をしていきます」とか「他人のクレームとか罵詈雑言には慣れているので、それに付き合うのは平気です。むしろ窓口とかやっちゃうよ」とか。(実際は違う言い方したよ。このまま言ったら相手切れるだけだから注意)まぁ手を変え品を変え営業なら営業、販売なら販売で、2ちゃんで鍛えた自虐ネタを使いながら返した。
コミュ力ないのにその場で切り返せんのか、って言うかもしれないけど、この人達どの会社行っても本当に機械的に対応するから慣れる。あと上でやった自己嫌悪に比べれば面接官の圧迫などクソのようなものだ。自分のほうが優位だと思ったら自信を持って返事できるヨ。しかも、面接官の人は、なにか嫌味を言ったときに、それでもへりくだって返せる奴を気に入ることが多いみたいだね。なにはともあれ、3で「絶対いやな事」だけは自分で把握してるから、かなりへりくだる余地はあるし、自己アピールする余地も出てくる。「馬鹿は馬鹿なりに反省してます」とか「僕頭悪いから先輩の教えに素直に従います」ってだけで評価されるんだから楽なもんだ。ある意味東大卒のほうが大変なんじゃないかな。
5まとめ
汝自身を知れ。俺たちFランにできるのは、最悪の環境を回避することに努め、それ以外には妥協せず自己否定を受け入れてでも行けるところに行くことだけだ。途中で心が折れないように、予め自分で折って立ち直ってから挑戦すんべ。Fランだからこそブラック企業に入るのは恥だと思え。
鬱病が治るまでってあって、
http://hamusoku.com/archives/3803914.html
まあまあ、俺も似たような足跡を辿ってきたのだけど、カウンセリングを受けて自分を受け入れるという過程はやっぱり必要なんだろうか。
なんだかんだでダラダラと7年間薬を飲んでいい加減に生きてきたら直ってしまった。そこにこのまとめの中にある自分を受け入れるという過程はなかったように思う。
なので、夜は良く眠れるし、仕事もそこそこやる気を持って取り組めてる。ただメンタリティはうつのときのままで、俺いらない子みたいに思ってる。
結局のところ仕事で家族や昔からの友達からも離れて、仕事以外ではほぼ自分が必要とされない環境がとても心地よくて、なんとかかんとか生きてる感じ。
仕事だけなら俺でないとできないことなんていうのは殆どないので気楽でいい。いないと困るなんて重くてこっちが困る。
これまでうつが直った人で俺のように薬だけ飲んでて、心情的な変化は特にないって人はいるんだろうか。いたとしてどのくらいの割合か。
あとうつになったことで何かあったかというと、7年間外部の情報と遮断され、本来ならそのくらいの年でしてた仕事とか、友達付き合いとか、彼女作ったりで随分してなかったことがあったなあということ。思えば損失ばかりで、無駄に過ごした感じがとても強い。
良かったことといえば、自分があまり無理できない人間であることが分ったこと、それまで尖ってて、色んなことにこだわりがあったのが、逆に色んなものがどうでも良くなって気楽になったことかと。それでもそうなるのに7年は長過ぎる。もし昔に戻れるならあの病気がなかった7年前からやり直したい。
情報を手に入れるのが面倒くさかったときは、物知り人間が身近に一人居ると重宝がられた。感謝も尊敬もされた。
でも今はインターネットがあるし、Googleで調べればいいから、物知りだけが取り得の非コミュはいらないよ、ってなっちゃった。
物知り非コミュは知識自慢をしたくてシコシコWikipediaを編集したり、専門ブログを更新したりして、無償でコンテンツを提供していく。
リア充たちはそうして出来たものだけを検索してさくっと頂いて、大半の時間は友達と遊んだり恋人とイチャついたりして過ごし、
いずれ結婚して子育てし、孫の面倒とか見る。賑やかな人の輪のなかで愛されて生きて死ぬ。
非コミュの物知り人間は、いくらコンテンツを提供しても愛されない。タダで提供することが当たり前で、感謝すらされない。
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100720
添削よろしくお願いしまーす
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20080828
この記事によると、45年前の日本人は、田舎の場合長男だけが地元に残って家を継ぎ・支え
一方次男三男は口減らしに都会に出されることになっていたらしい。
となると、これからは、長男と女性だけが日本に残り、次男以降の男性は必然的に
国外で稼ぐ人生が定められ、そのための教育が実践されるとすれば
出生率は増えるのではないでしょうか?
ちょっとだけまじめに考えてみると、この問題は
子供は負債なの?資産なの?ぜいたく品なの?ってわりと使い古された問いかけやね。
人格批判しかできないド低の・・・いや腐れ脳みそのはてなブックマーカーになると思ったら
子供なんか産みたくないよね。
そこまでひどくなくても、今の日本で「ただの子供」は昔みたいに労働力にカウントできないよね。
知識を持たない日本人は生きていけない。
むしろ高等教育を受けても仕事が手に入らない学生が多い状態で、何の教育も受けてない人間には相当厳しかろう。
それは国の教育制度の論外さが先だったのか、企業の凋落が先だったのかは知らんけど。
「ヤバイ経済学」いわく、いらない子供は犯罪者にしかならないらしいし、
せいぜい「貧困大陸アメリカ2」みたいに学生ローンビジネスとか刑務所ビジネスのえさになるだけだろう。
一方で、学校なんかやめて「社会体験」を若いときにつんでいたほうが
今の世の中有利だという「神話」は根強いし、ある程度真実かもしれない。
もしかしたら倉科遼の妄想みたいにキレイな闇社会という謎世界が実現するかもしれないし
100人に一人くらいありまーくんみたいな天才が生まれるかもしれないし、
ドロップアウトをスカウトして傭兵ビジネスとかで外貨を稼ぐ企業が生まれるかもしれない。
ならば、冒頭の例とは逆に長男長女は自動的に15歳になったら
一旦は都会に出て働いてたが、やりたい事があったので田舎に戻って来た・・・が、半年経っても収益化出来ずに半ばニート。
預貯金も無くなって働かざるを得なくなった訳だが、もう一度都会に出るか、田舎で仕事を探すか・・・。
気持ちはもう一度都会に出たい。遊ぶにしても、職探すにしても都会の方が楽だから。
でも、もう一度都会に出るって事は田舎在住・内定頂けたら上京しますって状態な訳で、それが就職活動のネックになるんじゃね?って状況に。
いや、新卒で就職する時も就職氷河期で住所見ただけで「いらない子」扱いされて来た身としては田舎住所で都会の仕事を探すのはまず無理じゃねって話に。
(関東在住だから中途半端に近いから嫌われた?どうしようも無くなって都内の親戚宅に居候って扱いで都内の住所で履歴書を書いたらすぐ就職決まったし。)
なら都内に住居構えれば?・・・となるが、半ばニートで収益が上がらない状況ではまず部屋は借りれない。これは不動産屋に確認済み。
消去法で行くと田舎で就職するしか無いが、真っ当な仕事がある訳でも無く、社畜以外何物でもないパートに毛の生えた程度の仕事しか無い。ハロワ通って求人票見てる身だから、全てが全てじゃ無いが大半はそんな求人しか無い現実を見てる。
田舎住所だと就職が大変だけど仕事が割と豊富にある都会に出るか、パートに毛が生えた程度の正社員以外の職しか無い田舎で働くか、どっちがいいのかね。
就職出来るかどうかも分からぬ状況で最下層のクズが随分とまぁ人間様染みた酔狂な事考えてるような気がするけど、どの道、今やってる事を畳んで社畜になるって結論だけは変わらないんだけどな。
彼らを友人と呼んでもいいのかな。
そう呼んでいたいのは私の一方的な思いなのかもしれない。
彼女とは小中の同級生。
でも彼女とは元々そんなに仲がよかったわけじゃない。
ただ共通の友達がいて、なんとなく遊んでいただけ。
共通の友達がいなければ関わりあうこともなかったのだろう。
3人なべを囲んだ。
温かい気持ち。
少しだけ唇を噛んだ。
迷惑かな?とも思ったけど、彼らはいつだって私を迎え入れてくれた。
あんなことしたのに、彼らは私を許してくれた。
「俺達、結婚するんだ。」
わかってた。でもその時は大げさに驚いたふりをして「おめでとう」
3人、家族みたいだね、って言ってくれてた。
でも彼らは本当の家族になる。
私が踏み込むことの出来ない領域。
はじめから踏み込むことが出来なかった領域。
彼女は順調だった。
彼女は恩人だった。
でもどうしても好きにはなれなかった。
家族にも周囲にも愛されていた。
私が父から暴力を受けていた頃に。
私が母からいらない子って呼ばれていた頃に。
私が周囲からいじめられていた頃に。
「もうこういうこと、やめようよ?」
私はいじめなんてどうでもよかった。
いじめなんて慣れていたし、友達なんていらない。
本当は誰よりもわたしのことを見下していると思ったから。
「ありがとう・・・って言えばいいの?いい人ぶるのはやめなよ。」
お金で体を売った。V系追っかけの仲間と非合法のドラッグに溺れた。
ひさしぶりに会った彼女は何も変わっていなかった。
3人なべを囲んだとき、温かい気持ちになった自分が許せなかった。
私は彼を誘惑し、彼は私を拒み、彼女は私を許した。
私は彼女の何を妬んでいたのだろう。
環境?
容姿?
学歴?
そうだと思ってた。
でも違うんだ。そんなんじゃなかったんだ。
私が妬んだのは彼女の優しさ。
妬んだというのも嘘になる。
そんなものが存在するとは信じられなかった。
いや、それも嘘かもしれない。
そんなものが存在するのなら私のいままでが否定される。
だから嘘であってほしかった。
私が世界を歪みと呼んだとき、彼女はその歪みのなかに星のように輝く確かな何かを探した。
もし彼女が私に生まれてきても、きっとそのようであろうとしたのだろう。
世界を愛そうとして、世界を愛することができなくて、世界を信じようとして、世界を信じることができなくて、
世界を解ろうとして、世界を解ることができなくて、世界に訴えかけたくて、世界に訴えることができなくて、
彼女が持っていたものは私になかったもの全て。彼女が守ってきたものは私が捨てたもの全て。
あの2人に加わることは出来ない。私は私の道を歩いていく。
向こう岸の街明かりがまぶしくてもかすかな星の光を探して。
もう手遅れって言われるかもしれないけれど。
振り返って、拾い集めて、また向き直って、走り続けたい。
私が私になるために。私が許されるために。
2人幸せになって欲しい。
助けてくれたあの時言えなかったこと、今なら言えるよ。
ありがとう。
元増田。
>辞めさせられない場合っていうのも想像つかない。
えーと、なぜ辞めさせられないのかは想像でしかないが、小さい職場なので、一人辞めさせると全体の士気が下がるとか。後は、今のところに入ったのは、コネも少し絡んでいるのも効いているはず。
>でも書かれているけど、自分がいらない子と思っているなら、自分から辞めるように仕向けて辞表を提出させることも可能だ。
たぶん、こう考えたんだと思う。「自分は、いらない子。能力高くないから、ここをやめて次の仕事が見つけられるかどうかは疑問。ニートになる可能性高し。ニートになると、自分が生きていく分、社会に迷惑がかかる。ニートよりは、今の仕事をやっている自分の方が社会に貢献していると思う。総合的に考えると、職場の人は僕を辞めさせようとしているけど、実は僕が辞めない方が社会全体に対してプラスになる。だから、辞めない。」こう思って、「辞めろ」と言われたが、辞めなかった。基本的に個人作業の職場なので、他のメンバーは別に俺が辞めようが辞めまいが、自分に直接関係ないから無関心。
えーっとね、結局、自分の判断を、「職場とか社会とかを考えて云々」ってことにして、「全体の事考えている俺偉い」って思うことで自尊心を保っているのだと思う。
もちろん、簡単に辞めさせられるのであれば、そうするのが一番楽だが、辞めさせることができない場合もある。
もう一つ、疑問なんだが、辞めさせられない場合っていうのも想像つかない。
http://anond.hatelabo.jp/20100125001047
でも書かれているけど、自分がいらない子と思っているなら、自分から辞めるように仕向けて辞表を提出させることも可能だ。
とすると、元増田は他に代わりがいないほど優秀なのか。
「腐女子のためのTwitter入門」を書いた方のtwitter発言
女性オタク同人界でTwitterが大流行したら「フォローしたら必ず挨拶すること」、「無断リムーブはマナー違反」、「BL系はプロテクト推奨」などの独自のマナーができそうな気がします…。」
既に人気ジャンルではその傾向がある(自分が見た限りではリボーン、銀魂、落忍、ヘタリア、BASARA、アトラス系等)
特に自らが自重して、「最近腐発言多いので鍵つけました」とプロテクトしている人が多い。おそらくこれからもプロテクト利用者は増えるだろう。
ソースが自分なので信憑性はないが、ネットに明るく、幅広くオタな人は鍵をつけないが、特定のジャンルにハマっていて、そのジャンルの話ばかりしたい人は鍵を付ける。
いわゆる「ジャンルを守るための自衛策」なのだろう
キャラ名が漢字であれば、ひらがな、カタカナ、もしくはあだ名・通名を使うことで、検索避けをしている
「フォローしたら必ず挨拶すること」もよく見かける光景で、「しらないひとにフォローされたこわい・・・」みたいな反応をされないためにまず挨拶したりする
「フォローし返しありがとうございます!」という@発言もよく交わされている
無断Removeに関しては、twitterで「ジャンルの話がしたい腐女子」のfollow/被followは少なくて10人以下、多くて30~50人程度。つまり1クラス規模。
Removeしたらすぐ目に付き、「私っていらない子なんだ…」勝手に傷つく人が多いのも事実
腐女子のコミュニケーションというのは、いい意味でも悪い意味でも重い
鍵付でtwitterでやるならスカイプなりメッセなり使えばいいのでは、とも思う
増田を見ているような腐女子は「ジャンルの話がしたい腐女子」としてtwitterをやるとだんだん窮屈になってくるかもしれない
カプの違い、カプ観の違い(腐女子の悩みの7割がカップリングに関する事ではないだろうか)などでRemove/ブロックしたいのに相手のことを思うとできない、とか
別のジャンルにハマったら、今followしているジャンルの人たちにどう思われるだろうか、とか(新ジャンルへ移動することを、旧ジャンルの人はあまり良く思わない)
さらにはちょっとエッジの尖った発言をしようものなら、誰かによってジャンルのヲチスレ、もしくはpink難民のジャンルスレに晒されてしまうかもしれない
不思議に思う方もいるだろうが、たいていの女性向け人気ジャンルには
2chジャンルヲチスレ(ウオッチスレ。痛い行動・発言をした人を徹底的にネチネチと叩く場所。半年くらいは余裕で粘着する)
BBSPINK・pink難民ジャンルスレ(口調が「~お^p^」etcで無法地帯。ノリがVIP。流れが速い、愉快犯が多いため晒しのダメージは少ない)
があり、特にヲチスレに晒されて弗(アイドル)になろうものなら、そのジャンルでの同人活動およびジャンル友達は絶望的になることも多々。
「めんどくせーーーー!!!これtwitterじゃねーよ!掲示板かチャットじゃねーかっ!!」とブチ切れてしまうかもしれない
だから「腐発言も時々するけど、基本はネットのおもしろい事好き腐女子」としてかる~く取り組んだほうがいいと思う
特に
がウゼーって人ならなおさら。
twitterにいる人たちは変態ばかりで、腐女子も変態の1クラスタである。
キャラ名絶叫や、「(キャラ)の靴底舐めたい」といった発言をしても、「変態がなんか言ってる」と思われるだけである。
しかしカップリング萌え語りとなればいきなり生生しくなる。マジに語れば語るほど腐臭が出てくる。
そのため腐専用アカウントを作る人もいるが、己のサイトかblog・mixiでしたほうがいいかもしれない。
twitterは文字制限があり、レイアウト的にも長文を読ませるのに向いていない。(いきなりBL小説を書き始めた人がいて、内容はともかくものすごく読みにくかった)
学校のクラス・部活みたいなものに属するか、街のざわざわとした雑踏に耳を傾けるか、どっちにしろ使う人の自由である。
誰をfollowするかという自由もこちらにある。
ちなみにこれは非コミュ腐女子の書いたエントリであり、ジャンルを越えた腐友達がいて、内輪でわいわいやれる人には参考にならないだろう。
あらかじめ謝罪しておく。
なんかPerlのblessっぽい。
JavaScriptのnewって本当にいらない子?(http://d.hatena.ne.jp/jdg/20090706/1246840565)
というよりperlのnewっぽい。なぜか。
classでクラスを定義してnewでインスタンスを生成する言語を「一般的オブジェクト指向言語」とすると、
つまり、javascriptでnewを(直接)使わず、class(のようなもの)を作ればperlっぽくなる。
オブジェクトを作る。オブジェクトを作るには3つの動作が必要である。
通常は言語仕様でこれらを行う"new"という命令が用意されている。しかし、必ずしも必要な物ではない。perlでは言語仕様としてはnewが用意されていない。new関数が存在するのはコーディング規約に従っているからに過ぎない。代わりにblessが用意されている。なぜこのようになっているのか。理由はいたって簡単だ。perlのオブジェクトの実態はリファレンスだ。初期化を行うコンストラクタはどの道定義せねばならない。だから必要なのはリファレンスとパッケージを結びつけるおまじないblessだけだ。コンストラクタで好きなリファレンスを用意し、好きなように初期化してblessすればよい。コンストラクタの名前はコーディング規約でnewと決めた。一方javascriptはnewを用意した。{}でオブジェクトは作れるし、どの道コンストラクタは作る必要があるのに。
オブジェクトとクラスを結びつける。しかし、javascriptはクラスを持たないので必要はない。代わりに必要なのは、継承元との結びつき、プロトタイプチェーンの構築だ。
既存のクラスの性質や振る舞いを流用する。default状態を与える。一般的オブジェクト指向言語ではクラス定義時に継承元となるクラスを指定する。javascriptではクラスの代わりにオブジェクトを指定する。
クラスとはオブジェクトの性質・振る舞いの定義だ。しかし、ダック・タイピングではオブジェクトの性質や振る舞いはオブジェクトの持つメンバにより決まるため、そのような環境ではオブジェクトに初期値と継承関係を与えるのが主な仕事となる。
コンストラクタはオブジェクトの初期化を行う。javascriptではクラスがないため継承とコンストラクタによりオブジェクトが初期化される。
var object = function(o) { var F = function() {}; F.prototype = o.prototype; return new F; };JavaScriptのnewって本当にいらない子?(http://d.hatena.ne.jp/jdg/20090706/1246840565)
個人的には
var object = function(o) { var F = function() {}; F.prototype = o; return new F; };
で良いんじゃね?って思う。
更に、コレでは初期化しないから
var object = function(o, n) { var F = function() {}; F.prototype = o; f = new F; if (n) for (var i in n) f[i] = n[i]; return f; };
みたいな。
さらにせっかくだからメソッドにして
var object = function(o, n) { var F = function() {}; F.prototype = o; f = new F; if (not f.inherit) f.inherit = function(n) {object(this, n)}; if (n) for (var i in n) f[i] = n[i]; return f; };
とか。
グラマー過ぎだろ。
おっさんは、ほれてしまったよね。
あの谷間に。
やあ。つかみから外してみたよ。
つかみたいのは、みんなのハートじゃなくて、
エミリーの胸なんだってことは、言わなくてもわかってるよな?
はてなーのみんなに、
そのエミリーの代表作「BONES」の「Season 2」をネタにして、
はじめに「BONES」をよく知らない人のために、
前提知識をあらかじめ書いておく。
ちなみに、おじさんは、
週末にこのドラマを鑑賞しているよ。
※※※※
「BONES」という題名からわかるように
テンペランス・ブレナン(エミリー・デシャネル)と
ただ事件を解決するだけでなく、
登場人物たちの人間模様や、
それらの要素もドラマの大きな魅力となっている。
※※※※
上記はちょっと宣伝的な説明なので、もう少し補足するよ。
当初頻繁に「スクインツ(一般人をバカにする嫌な連中)」と呼ばれ、
(唯一、顔面複製を担当するアンジェラは、そうではない人物なんだけど、今回はあまり重要ではないので触れない)
「スクインツ」という言葉自体も使われなくなっていく。
で、この「スクインツ」は、
人情や機微に対して鈍感(あるいは意図的に排除する)というシーンが
何度となく描かれるんだよね。
じゃあ、本題に入る。
「BONES Season 2」では、
FBI捜査官ブースの同僚として、ティム・サリバン(通称:サリー)が登場して、
結果を先に書くと、二人は別れるわけだけど、
そこの部分が今回書きたいところなんだよね。
「Season 2」の中盤で、
ブレナンが書いたサスペンス小説をなぞらえるように殺人事件が起こり、
のようなことを言っちゃうわけ。
「おい、サリー。そんなこと言ったらブレナンに殴られるぞ。俺は蹴られたいけど。」
なんて思ったわけだけど、
なんかブレナンは、しおらしくなって、
事件解決後に、「あなたの言う通りよ」なんて
サリーに言っちゃうわけ。
おいおい、成長するのは、むn(ry
フツーさ、「スクインツ」というか「モヒカン族」ってのはさ、
「君は、今、本当はこういうことを考えている」
「君の事は理解している」
みたいなことを言われるのが大ッ嫌いなんだよね。
「藁人形論法乙」なわけですよ。
どうして、そうかっていうと、
「モヒカン族」っていうのは、
その世界っていうのは大抵、
客観的なもので出来上がっているんですよ。
というのも、
世界を構築するためには、
再現性と一般性の高い要素が必要になるからね。
共感なんて、イラネーよ、夏。なんですよ。
そういうものは「世界の境界面」の内側にしまってあって、
外からは境界面の中は見えないようにしてるわけですよ。
だって、そんなもん客観的に説明できないしね。
「客観的に説明できないものは理解する(される)必要のないもの」なんだよね。
ここが大事なんだ。
親しくなったからといって、
境界面の内側に踏み込んじゃうと、
噛まれるわけ。
それがわかってない人は
「え、なんか、いきなり黙っちゃった?キモイ!」
とか思って、勝手に気分を害するんだよね。
それ、あんたも悪いから。
あそこで、ブレナンがキレなかったのは、驚きだった。
ザックだったら殴ってたよね。
さらに、サリーは何を血迷ったか、
ブレナンに
みたいなこというんだよね。
ディレクターがサリーに恨みでもあるか、(この巨●ン!羨ましいぞ!)
視聴者調査の結果、
ってなったに違いないよね。
というかね、
ただのハゲだから。ツルリだから。
いちおう、誤解なきように言っておくけど、
「世界の境界面」から、
中身がにじみ出ているときもあるし、
人によっちゃ、境界面の窓を開けているときもある。
でも、この脚本はない。
イージーさを感じる。
100%振るしかないじゃん。
ブレナンに
なんて、
「お前は、自分を殺して、俺と付き合うんだ、フゥハハー!」
と言っているのと一緒なんだよね。
おセックスに積極的だからって、
それはないです。
「モヒカン族」には、
各自勝手に縄張りを主張させて、
首輪を外して飼うのが一番いいんです。
というわけで、ジョッシーな皆さん、
そこんところ、よろしくね!
ほんとさ…オタスポットへ行っても、なんか普通にオシャレで普通に可愛い子ばっかり…
ブスだからオタクの道へ来たわけじゃないけど(だと思うけど色んな環境要因を考えて、完全に自分でその道を選んだとは断言できないかもしれない…まあそんなこと言ったらキリがないんだが)、同時にリア充女子より自分に近い女子が多い環境だったことに安心感を覚えていたのも事実。
それが最近は可愛くてオタという最強な子ばかり。
……なんていうか、立つ瀬がねぇー……
オタ度でも負けてたりすることもあるし、もうそうなると完全に自分ていらない子なわけで……
いや、まあいる・いらないもなにもないんだけど、ついつい「うわー自分の存在って意味ねぇー」と考えてしまい落ち込む。
オタを逃げ場にしていたつもりはなかったけど、もしかしたら無意識にそうしていたのかな。
でもなあ……よく「オタクを逃げ場にするな」っていうけど、それは正論なんだろうけどあまりに強者の正論すぎて……
逃げ場にするなっていうけども、今は男も女も顔至上主義みたいなところが事実あるわけで、それで中学の頃からカースト制でチヂコマって生きてきた私みたいな層が必ずいるわけで、そういう現実はそのままにして、逃げもするな、って、どうすりゃいいんだ、イケメン・美人がもてはやされる世界で、ブサイクでも逃げずに立ち向かえ、それしか正解はない、ということなのか。でもなんで立ち向かわなきゃいけないんだ?負けるのは目に見えているのに。それとも負けるのは「努力が足りない」からって言われるんだろうか。
……なんて事を思ってしまう。
こんな事を思うような性格だから余計喪女なんだが。最近はオタスポットにも直接出かけることが少なくなった……オシャレ人ばかりでもはや怖くすらある。
1.お父さんおかあさんの子供を心の中でやめる。
2.おとなになる準備をすぐ始める大人見習いにてんしょく。という2つの意味がある。
→『お前なんか生みたくなかった』『いらない子』『お前は俺の・私の子じゃない』と言われて、じゃあ自分は誰の子供なんだろう。いらない子はどこへ行ったらいいんだろう。と思うかもしれないが、あなたは子供であるのをやめた一人の大人見習いです。
人間は子供を生む能力がある男女が「ぼうぎょ」せずにセックスをすれば赤ちゃんができて、成長すれば子供になる。それは先生もあなたも私もどんな人間も同じ道をたどる。「ぼうぎょ」の方法は難しいものではないが、あなたは生まれる前で「ぼうぎょ」できないのであなたのせいではない。
→友達の○○さんのお父さんお母さんは優しいし、遊びに連れて行ってくれる。普段はやさしくしてくれるときもある。家族だから…
残念ながら日本ではあなたたちに『あなたの両親は親として、おとなとしての力が備わってません。だからあなたは子供から大人見習いに今すぐてんしょくして、一日でも早くおとなになって自分の身は自分で守らなければならない』と教えてくれる人はいない。それは学校の先生や周りの大人が『知らない人にはついていかない』『水着で隠れるところは他人に触らせない』と教える事と同じくらい大事なことであるのに。
友達はまだ子供です。「○○家族」という名前のパーティにいます。あなたは大人見習いの一人パーティ。違うのは当然だし、一人パーティなら何もかも自分やるのは仕方がないこと。
『普段はやさしい』の普段じゃないとき、あなたのパーティの作戦が「いのち大事に」でもお父さんお母さんを入れて冒険ができる?
→じゃあ何からはじめたらいいの。
冒険の第一歩として、町の人に話す。あなたの場合はお父さんお母さんに攻撃を受けていて、どうしてもいのち大事にが守れないかをとうさんおかあさん以外の大人に話しかける。
私は、
おとうさん・おかあさんに
○○○○○○○○○○○○をされて、
△△△△△△△△△△△△
だった。
だからうちに帰りたくない。
という事実(起こったこと)だけを話す。
たとえば
私は、
おとうさん・おかあさんに
灰皿で背中をぶたれて、
大きなあざができてすごく痛かった。
だからうちに帰りたくない。
大事なのは、話す人によって内容を変えないこと、うそをつかないこと。あの先生は怖いからちょっと大げさに言おうとかだめ。
ドラクエで『みなみにいったところにかぜのとうがあります』って町の人に言われて、南にいったらの毒の沼地しかなかったら困るよ。
もしかしたら相手の人から『でも**ちゃん(あなた)も悪いことしたんでしょ』『お父さんとお母さんもあなたのこと嫌いじゃないと思うよ』とかいわれるかもしれない、またあなたがその時を思い出して『私が悪い子だったから』と思うかもしれない。でもそれらは見習いレベル1には使えないじゅもん。もうおとうさんとお母さんとはパーティが組めないんだという事を大人にわかってもらうのが大事。大人見習いから大人になるのは時間がかかる。あなたかこつこつ経験値をためて見習いレベルがもっと上がれば簡単なじゅもんになる。
話すのがはずかしい場合は、手紙でもいいし、作文用紙やじゆうちょうに書いて、その場で読む。一人でこっそり練習するのもいい。あなたの年が6歳なら、年の半分の3人にまずは話しかける。学校の先生。保険の先生。栄養士さん。学童の先生。児童館の先生。図書館にいる大人の人。友達のおかあさん。おまわりさん。婦警さん。
ドラクエだってAボタンで話かけれるんだから、きっとできる。3人に話せたら、次は一人ずつ増やしていけばいい。
これが一番大事。いのちがやばいと思ったら靴を履いて逃げろ。靴がなかったらはだしでもいい。逃げれなかったら声を出せ。泣いて叫んで。家出かと思われてもいい。悪い子だと思われてもいい。まだ大人見習いなんだし。
シンジくんという男の子が生き別れていたお父ちゃんに急に呼び出されて「エヴァンゲリオン」というロボット(的なもの)に乗って
イヤン、と駄々をこねていたら「じゃあレイに乗ってもらうけんいいよ」と父。
担架に乗って包帯まみれのレイ登場。そんなん、怪我しとうよ、無理やけん俺乗っちゃる。
「こいつ、動くぞ」エヴァンゲリオン(エヴァ)に乗って使徒と戦うシンジ。エイヤァ、ポカポカ。勝つシンジ。
やったー!これでおしまい。とか思っていたら次々にやってくる使徒。乗るのが嫌になり逃げるシンジ。
どうにかこうにか丸め込まれるシンジ。ドイツからおきゃんな女の子アスカもやってきて、エヴァの乗り手は3人に。
3人でわいわいとやっていたら、アスカが「自分はいらない子。ドリカムの西川くんのごとく」とか言っちゃって鬱になっちゃう。
こりゃあ、新しいエヴァの乗り手探さなあかんと。で、新しい子カヲルくんがやってくる。
仲良くやろうね、よかったね。と思った矢先、このカヲルくんがなんと使徒だったことが発覚。
えーい、こいつぅ、騙しやがって~!プチッとひねりつぶす。
おめでとう、おめでとう、おめでとう。ありがとう、ありがとう、ありがとう。
完(ここまでがTV)
なんだか偉い人が「エヴァっていらないよね」とか言い出す。偉い人たちみんな賛同。
軍隊使ってネルフ(エヴァ操るとこの本拠地)を攻撃。力って正義。
ネルフの従業員がみんな軍隊に殺されちゃっている。こうなりゃ、エヴァの運転手だけは守らにゃいけんと。どげんかせんといかんと。
アンニュイで鬱になっちまっているアスカをとりあえずエヴァ2号に乗せて湖に沈めときゃ安全だろうと。浅はかな考えをと。
シンジも取り合えずエヴァに乗せてどうにかしたいけど「乗りたくないよう」と駄々コネまくっている。
そうこうしているうちに湖に沈んでいるアスカ、軍隊に発見される。
水越しにボッコンボッコン攻撃。こわいよう、こわいよう。でも、お母さんが見ているから安心よ。とかかんとか。
何だかんだで吹っ切れてアスカ大暴れ。エヴァの前では軍事力も春風のよう。
やっとこさGA隊やっつけたら、シータのごとく白いエヴァが空から降ってきた。それもけっこうな数。
白いエヴァがアスカを攻撃。アスカはひるまず白いエヴァをボッコボコ。やっとこさ倒したと、お茶の子さいさいだと。
あらあら、白エヴァ自動再生。すでにアスカのエヴァは電池切れ。単4.
あわれ、アスカ。ダチョウの竜ちゃんのように白いエヴァによってたかってフルボッコ。クルリンパ。
そのころのシンジ。泣いてばかり。トラウマが呼び起こされ、クヨクヨしまくり。
いつまでもM1にこだわるブラマヨの吉田のごとく、昔にしがみつく。ウザ。
僕を愛して~とか、僕をわかって~とか、生まれたところや皮膚や目の色でいったいこの僕の何がわかるというのだろ~とか、言っている。ブルーハーツはいいよね。
なぜだかレイはマシュマロマンみたいにでっかくなっちゃったりしてたね、たしか。
そんでマシュマロにさわったらトルンって人間が溶けちゃうの不思議だよね。化学反応かな?教えて、でんじろう先生!
そいでもって、マシュマロが超でかくなって、地球を包んでしまうの。
変と変を集めてもっと変にしましょ、変な変な地球はた・い・へ・んダダダ!なの。
マシュマロがどんどんどんどんでっかくなっちゃって、地球を包んじまって、人間はみんな溶けてしまっちゃったの。あれまあ。
でも、シンジは生きていたの。まんまと。おまけにアスカも生きていたの。
アスカが目を覚まして
「気持ち悪い」
ーーーーーー完
とりあえず放送は見ているという中学生の甥に聞かれたので、説明してみた。
ファーストシーズンでは、
「ソレスタルビーイングのような存在は、果たして正義なのか」
という問いかけで始まり、
要素を織り交ぜ、「来るべき対話」という壮大なプランをチラつかせながら、進行した。
しかし、ソレスタルビーイングの軍事介入行動が、
最終的には、登場人物たちの「個人的な戦い」に矮小化されてしまい、
ソレスタルビーイングが、内部的にも外部的にも孤立化し、崩壊するという結末を迎えた。
セカンドシーズンでは、
アロウズという、明らかな悪役を配置することで、
新生ソレスタルビーイングの存在意義を引き立たせている。
確かな悪役の登場によって、ソレスタルビーイングは内部的にも外部的にも
孤立するということがなくなった。
そういうわけで、
1st で「個人的な戦い」の末に瓦解したソレスタルビーイングが、
2nd では、登場人物たちがそれぞれの「個人的な事情」を超越し、物語のフィナーレを迎える話・・・
なのかと思ったら、やはり、「個人的な事情」が優先されてしまうらしい。
これは一話ごとに山場をつくらないといけない制作の都合なんだろうか。
2nd では回を重ねるごとに聖人化していく様子が面白い。
と捉えることもできる。
もう刹那は確認するように「俺が“ガンダム”だ」と言う必要はない。
そんなこんなで、
2nd で聖人化してしまった刹那が 1st のときにいた「悩める勇者」の位置に収まったのが沙慈、
「悩める勇者」の位置に収まった沙慈が 1st のときにいた「傍観者」の位置に収まったのがマリナ・イスマイール、
となっている。
1st で色濃かったイオリア計画は、2nd ではイノベイターたちの影に隠れていてしまっているが、
今後、物語の中で回収されるはずである。
というか、 2nd では、ガンダムダブルオーのセントラルクエスチョンである「イオリア計画の行方」を意図的に隠しているように見える。
というわけで、今後は、「聖人化する刹那」と「隠されたイオリア計画の行方」という俯瞰視点で、
放送を見ていくと面白いと思う。
(後述)
ブコメを見ながら、
ミスター・ブシドーの人気に不本意ながら嫉妬してたわけだが、(べ、別にマスラオでトランザムして耐えられず吐血するブシドー様イカスっ!なんて思ってないんだからね!)
「姫様一期もテレビ見てただけなのに」
については補記したい。
マリナ・イスマイールは 1st では、一国の王女として立ち回ろうと努力し、
打ち砕かれるのであって、「傍観者」ではなかったのですよ。
2nd では、打ち砕かれた状態から始まっているだけあって、
消極的に非暴力の道を選び、
まきこまれるだけの「傍観者」の位置に収まっているのであります。
一瞬、「超時空亡国王女」になりかけたけど。
あれ、なんだったんだろうね?
今こそ『大連立』が必要なんじゃねっって思ってるのは俺だけ?
この時期、民主党にとって政権運営の経験を積んでおくのは十分メリットになるでしょ?国民にとってもメリットあると思うし。
そりゃ、大連立が下手にうまくいって自民党の支持率が持ち直したら元も子もないけど、うまくいったら民主党にも政権運営能力があるって言えるしさ。
自民党もこれだけ支持率下がったら、へたにグダグダ続けるよりも起死回生の一手としては悪くないと思う。うまくいけば支持あがるし。
それにこれから税制改革とか公務員改革とか憲法改正とかいろいろあるだろうから、ここらで大連立を経験しとくのも日本にとっていと思うけどね。
あっ、大連立すると公明党がいらなくなるけど、個人的に『消費税を上げる必要あり』、『給付金イラネ』って思ってるから、公明党なんて元々いらない子。
まぁ、自信家の麻生と壊し屋の小沢が素直にくっつくとは思えないけどね。
もっかいくらい、ナベツネあたりが暗躍しないかなぁ。
友達ってなんだろうねって、昔のことを思い出してみる。
その昔、確かに自分に友達はいた。
でも友達と言える彼らにもいつもバカにされていたような気がするような・・・
昔の友人に会っても
「この人、本当は自分のこと嫌いなんじゃないの」
という思いばかりが頭に過ぎって気が気でいられない。
それは自分がこの人達のことが嫌いだから・・・?
友達が居なくなると、自分はとたんに軽蔑の目に晒された。少なからずいじめもあった。
そのことが原因でひどく人見知りをする。家族からはよく「人間不信」と評価を下される。
軽蔑される理由は、自分が客観的に見て「アホの子」だったからだろうか?理由はいまだに、分からない。
友達のいなくなった頃には、現実に見切りをつけてネットの先に友達を見つけようとしていた。
体面上は共通の趣味を持つコミュニティにうまく溶け込んで、仲良く進んでいったのかもしれない。
でもそれは嘘だったんだと思う。オフ会に参加したときに襲った強烈な疎外感。
自分の言葉で話してる間、終始、後悔による頭痛に似た違和感で頭が一杯になる。
確かに彼らは、自分の身近にいた人のように軽蔑の目で見ることはほとんどなかった。
でも少しはそれを感じさせる目を見た。その視線が、自分がコミュニティにとっていらない存在だということを認識してしまった。
オフ会が終わった後はそのことが嫌になって、いい顔をしてるよりも、毒を吐いて後を濁しながら離れてしまおうと思ってた所に、
自分にとってそのコミュニティの中で、天才肌だけど人を食ったような発言を連発して、自分とは一番距離があると思ってた人間が、
「本当に本気で人を信用したことはあるのか」って、ギャップがあまりに笑えるようなコメントをつけてきた。
そのときは「自分が嫌いなだけだ」ってコメントを返したけど、本当に人を信用して、その人から裏切られたことは確かにこれまで無い。
最終的には、IRCに参加しなくなって、内輪向けのブログも爆破して、縁を断絶したつもりだった。
でも、会った彼らはときどき自分の夢に出てくる。そのことが凄く忌まわしい。
縁を切ったことの後悔を引きずってるのかもしれない。
アルファブロガーとしての文才や素養や経験や環境は全く持ち合わせておらず
それでも誰かに注目されたくて、今はTwitterをやっている。
一応共通の趣味で固めている、自分のタイムライン上にいる誰かは、他の人と同じように、自分にも好感を持ってくれているのだろうか?
そういった思いをPCごしに感じ取ることは全くできないし、自分に合った空気も感じられなくて、結局ここも違うんだな、って思ってる。
それどころか、自分に対して汚い言葉で毒を吐くことしかできず、そのことでフォロワーも離れていく。
自分のことをゴミ呼ばわりする人(その人はオフ会主催するぐらいみんなに好かれてるような・・・)の数百倍はゴミな自分に絶望する。
人間は知り合った皆と分かり合えるわけじゃない。
友達は、損得勘定とは言わないけども、お互いに必要としあう仲じゃないといけないと思う。
自分には必要とされるだけの能力を持っていないように思える。
一度でも社会から公式にいらない子宣言された自分には、あるわけがない。
そんな自分が毎晩嫌になる。「それでも自分を愛してくれ」なんて言っちゃダメだと思ってる。
でも、現実の付き合いでも仮想現実(インターネット)の付き合いでもいい、
いつかはそんな自分が、誰かと心腹から話し合えたり、仲良くできる日は来るのだろうか。
誰かに唯一無二で真に評価されて、真に必要とされる存在に、いつかなれるのかな。