「いちゃもん」を含む日記 RSS

はてなキーワード: いちゃもんとは

2011-12-25

[] 岩崎夏海さんの文章の読み方の教科書

常識にとらわれてはいけなかったのですね 

先に結論から

岩崎夏海さんの文章には決まった楽しみ方がある。

「彼の独特の美学」をみつけた上で、それが文章の枝葉末節にどう影響しているかを探る、というものだ。

間違っても頭から文章を順番に読んで行こうとか、彼の言ってることが現状を踏まえて妥当かどうか、とかそういうことを考えてはいけない。




http://blogos.com/article/27749/

実に岩崎さんらしい凄まじい文章である

つの文章の中に細かい主張が3つも4つも混じりあい

さらに他者への批判やアフィリエイトが挟まり

それらがいったりきたりするのでカオスぶりが半端無い。

読者としては「何が言いたいのかわからない」「マジキチ」と評したくなる。

まともに読んではとてもついていけなくなるだろう。




しかし、実は彼の記事はどれもテーマは極めてシンプルである。彼の文章は、己の美学を語るためだけにある。残りは装飾にすぎない。

彼は基本的に現実についてあまり知らないし知ろうとしない。彼の理論現実の制約も、比較対象も、実証もなにもない。美学とはそういうものなのだ

そういう「些細なこと」に気を取られずに本というものは、野球というものは、マネジメントというものは、読書というものは「かくあるべし」だけを考える。

から現実はこうだろ、とかそういうツッコミは野暮というものである確信犯なのだから

他者への批判とかは客寄せパンダ以上の何者でもなく、本人も力入れて書いてない。いちゃもんつけられれば前後関係がおかしくても気にしていないのだろう。

なぜそこまでいちいち煽って人を集めなければいけないかというと、まぁ個人的な美学というのは普通に書いてもだれも読まないたぐいの話で有るし、職業病というのもあるのだろう。




今回でいえば「作者と読者の関係はどういうもの理想であるべきか」という点について彼なりの美学が語るのがメインである

Q:「購入者は何に対して金払うのか? 」

A:「作者に出資するようなもの。そのお金で作者は命をかけた取材をし、読者に還元する」 こういう流れが理想である

作品ではなく、作者にカネを払う。曲やコンサートというよりはAKBそのものを応援するために金を払う。

そういう仕組みのほうがお互いにメリットのある関係を築けるはずだ、という。

どちらかというと作家というか、ジャーナリズムに近づいている気もするが、確かにこの流れがうまく回ればなーとは思う。理想論としてはありだと思うんだよね。




今回の記事で理解すべき部分はここだけである

他にも多少彼が最近かぶれているらしい「自然と一体化した人間」みたいな思想も含まれているが、そこは私にもよくわからないのでスルーする

そのうち分かるかもしれないしわからいかもしれない。

他の部分は、この彼の独自の美学というか理想を、無理やり現実に当てはめたらどうなるか、という話だ。

もちろん、たとえば著作権教育に関して、彼はほとんど知識が無いので、現状を踏まえて考えると言ってることはおかしいのだが、そこは重要でない。

特に他者の引用や他者への言及が始まったら、すかさず読み飛ばすことを強く推奨する。





私が岩崎さんを好きなのは、こういう「常識にとらわれない」ことと、文章に何らかの「核(彼自身)がある」点である

少なくともありきたりではない。彼の書く文章は彼にしか書けない唯一無二の文章であり、それが面白い

面白い、という軸で評価するなら主張の裏付けについて、個人的な体験の比重がとても大きく、非現実的な主張が多いことも欠点ではない。

http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20081004/1223046127

世の中には、核(自信)があってどこか堂々としている人と、核(自信)がなくてどこか不安げな人の二通りがいる。どちらが良いとか、どちらが悪いというわけでもない。どちらにも一長一短があり、そのあるなしが人間そのもの価値を決めてしまうわけでもない。それでも、ぼくはできれば核はあった方が良いと考えている。それは、ぼく自身が核のない人間で、それでずいぶん苦労したという思いがあるからだ。今振り返ると、苦労した分いろいろ学べたこともあるから、核がないのは本当に悪いことばかりではないのだが、それでも、あるのとないのではやっぱりある方が良いと思ってしまう。ないものねだりかも知れないし、隣の芝生は青いからなのかも知れないが、自信を持って堂々としている人を見ると、いつだって羨ましいと思ってしまう。だからぼくは、そういう核がない子供を見ると、なんとかしてそれを植え付けることはできないものかと、傲慢かも知れないが考えてしまうのだ

から、みんなも枝葉末節常識にとらわれないで、素直に彼の独特な文章を楽しもうじゃありませんか。




私のもしドラ感想Ver1

http://anond.hatelabo.jp/20110610173821

ひねくれて読むとこうなる。でもこういう読み方をしてはいけません。 

本当は「女子高生もっと輝くべき」というテーマだけ読めばよかったんです。

2011-12-18

従軍慰安婦問題って

誠意とかなんとか言ってるけどさ、結局いくら払っても、いちゃもんつけて金搾り取ろうってだけの話だろ


きっと本人たちが死んでも、子供差別を受けたとかで賠償ニダとか言うんだろうな


ヤクザのゆすりたかりと同レベルだよなぁ

2011-11-17

http://anond.hatelabo.jp/20111117215001

多数派の意見に従わなければいけないという法的拘束力がないから、

個人の最大限の利益を追求することに間違いはないだろ

ただ、それに対していちゃもんつけるのなら

合理性と正当性を持っていなきゃダメなわけ

当初電車携帯電話を使って欲しくない人たちは

ペースメーカという題材を持ちだして仕様を批判したように

きちんとした合理性正当性を持たずに批判するのは

いちゃもんと同じ

2011-11-14

http://anond.hatelabo.jp/20111114152048

元増田なのか別の増田なのかは知らないし興味ないけど。

かいことにいちゃもんつけてでも答えたくないのはわかったよ。

たとえ話ができないような柔軟性に欠ける人間なのもね。

2011-11-02

コミュ力」っていったい何だろう

ここ一、二年のあいだで、急にネットで散見するようになった気がするこの言葉

しかし、僕は未だにその言葉意味するところを理解出来ないでいる。

一応、僕としては「周囲の人々と分け隔てなく円滑に良好な関係を築けるちから」と解釈しているけれども、皆は一体どのような意味合いで使っているのだろうか?

かりに僕の定義に当てはめて考えてみても、周囲の人々と合わせる合わせないははっきりいって個人の自由だし、それこそ意図的に「合わせない」ことも可能だ。

から常に他人とうまくやっている人を見るとコミュ力があるように見えるけれど、それは彼自身がそれなりに尽力してるだけであって本来その位置は誰だってつけるはず。けっして嫉むことはない。

では、人間関係についての考え方が、少数派に所属する人のことをコミュ障と呼ぶのか?

いや、そういうのは挙動不審であったりあがり症であったり、何かしらののっぴきならない障害を持っている人に限るだろうと思う。

なにしろ意図的にそうしてる人も少なから存在するわけだし、それでもいちゃもんをつけるのなら、むしろ相手にしてもらえない自分のほうを心配をしたほうがいいかと。

大仰な言い方をすると、コミュ力なんていわば個人の信念の問題じゃないかな。

どういう人間になりたいのか、あるいはどういうふうにモノを考えているかとか何とか、コミュ力がある人ない人のあいだに横たわるのはそういう個人的な事情だけ。まあ世の中には何も考えないで生きてる人もたくさんいるけれど。

2011-10-22

http://anond.hatelabo.jp/20111021191309

白川小沢が引っ張ってきたわけじゃない

武藤総裁白川総裁福田総理が案だして小沢も飲むつもりだったが民主党から財金分離がどうのといちゃもんがついて副総裁だけ認めることになって最終的に副を総裁にした

2011-10-06

弟が殺された

仕事で県外に一人暮らし俺の元に実家から電話があった。

「○○が死んだ」

聞いた瞬間頭が真っ白になった。

アガリ症で人前で話すだけでも頭に真っ白になることはあったが

そんなレベルではなく本当に何も考えられない。

何も聞こえない。

そんな感覚だった。

〇〇は俺の弟だ。


死因は窒息死。

自分の部屋のベッドに括りつけたヒモに首を吊っていた。


弟は中学の終わりから心を病んでいた。

原因はイジメにあっていた。

イジメをしている奴の命令で万引きをさせられ

警察の厄介になった。

そして親父にこっぴどく叱られた。

いや、叱るというものではない、感情任せに怒っていた。

なぜやったかも聞かない。

ただただ怒鳴り、責め上げ、殴る。

そんなこともあり、弟は塞ぎこむようになっていったため、

高校に上がってもイジメられることになる。

そして高校を中退した。

その頃から人前に出ると恐怖を感じる対人恐怖症になった。

そのため、早朝に人目につくことのない新聞配達をするようになった。

新聞配達だけじゃ稼げないので、フォークリフト免許を取って

工場仕事に行くようにもなったが、

派遣では扱いが酷かったらしく、すぐに辞めて新聞配達に戻ってしまったが

ちゃんと生きようとはしていたんだと今は思う。


そして一昨年の暮れにずっと続けていた新聞配達を辞めた。

理由は人のいない家に新聞を入れ続けていたのに責任を感じたと言っていたが

思えばその時にもう覚悟を決めていたのかもしれない。

その2カ月後に弟はこの家からだっていった。

二度と帰って来ない。


それから数ヵ月後、皮肉にも会社の都合で実家から通わされることになり

俺は実家に帰ってきた。

早く帰ってきていればという思いもあったが、

それ以上に酷い実家の実状を知ることになる。


「○○の部屋からテレビ持ってきて繋いで。地デジ対応やろ?」

からしたら死んだ弟の遺品を使うことなど考えられなかったが、

親も立ち治ろうとしているのだろうと思ったのでテレビ居間に移動した。


それから親と食事をしていて気付いた。

以前はたまにしか帰って来なかったからわからなかったが、

親父はネガティブなことしかいわない。

テレビを見てても

「こんなん絶対うもないわ」

「こんなもん家でも作れるやろう」

人と話していても否定しかしない。

人が買ったものに対していちゃもんを付ける。

「そんなもん買ってなんになる?あ?」

姉の旦那にも

「お前が家を買う?ちゃんと金払えるんか?ムリやで、

俺が孫の面倒みらんといかんな」

と否定しかできない。

笑顔なんかない。眉間にしわしか寄せない。

そんな親父だ。

いつもいると気が滅入ってくる。

病んでいた弟ならなおのことキツイだろう。

俺なら仕事が終わればすぐにでも一人暮らしに戻れる。

しかし弟は外に遊びにもいけない、一人暮らしする金もない。

家を出ていく手段は死しかない。

俺を頼って来てくれても良かったけど、

俺ら兄弟相談するということができない。

子供の頃から親に相談すれば全部自分が悪いと怒鳴られ殴られていたからだ。


もう何もかも親父が弟を殺したようにしか思えない。

中学時代の暴力自分勝手な行動。


弟が新聞配達を辞める直前にも、パソコンが欲しいからという理由で

弟の車を売っぱらった。

プリペイドから月額の携帯に変えたいけど機種代がもったいないからという理由で

弟が生前使っていた携帯を使って契約した。

親戚が家に集まったときにも、親父の兄さんが甥っ子を連れてきていて

テレビを近くで見ていた時に

「うちの孫やったらボテくらして(ボコボコにする)躾ける」

かいう始末。

弟がなぜ死んだかなんてこれっぽっちも考えていない。

コイツが死ねばみんな幸せになれたのに。

2011-09-25

p_shirokumaが人格破綻であるつの根拠

  1. 老人に媚びる。尊敬力という年長者を敬う力を提案した。長幼の序とか好きそうだ。
  2. 結婚にこだわる。金がなくて結婚しない人に、相手の良いところを見つける審美眼がないといういいがりをつけてまで結婚させたがる。
  3. 既得権益が大好きである。かれは、医療過疎地医者不足に文句をいうひとは、まずはそういう他人にケチをつける態度から改めるべきと書いていました。
  4. ワインが大好き。とはいえ、金持ち道楽という揶揄されたくないので、1本1500円くらいのワインを漁って、自分だけに分かる「ぼくのかんがえたさいきょうのわいん」を追い求める、求道者っぽいが所詮ワナビーである
  5. 嫁が馬鹿シロクマ結婚するから馬鹿だろう。
  6. はてなダイアリーを5年以上使ってる。それだけなら構わないが、ツイッターや2chをお手軽ツール、自意識だだ漏れツールといちゃもんをつけ続ける。このままではtwitter社に訴訟を起こされても文句言えない。悪質クレーマーだ。
  7. はてなダイアリーを5年以上使っている。それだけで十分罪である

2011-09-15

http://anond.hatelabo.jp/20110915071201

お前さあ、これで俺がクチャラーでも何でもなかったらどうすんの?

その時点でお前の反論は全部単なるヨタであり言いがかりになるんだけどさ。

何なら食事に同席して証明してもいいけど。



くそういういい加減ないちゃもんをふっかけといて恥ずかしくないよな。

被害者ぶってんのはそっちだろ?

「俺はクチャラーに迷惑かけられてるんだからクチャラーに迷惑かけかえす権利があるんだ」と思ってるくせに。

2011-09-11

http://anond.hatelabo.jp/20110911091055

ちょっと待て

原発周辺は人住んでないし復興しようなんて少なくとも数十年数百年はできないだろ

あなた頭だいじょうぶ?

でも「死の町」発言を怪しからんとか言ってる連中、本気でそのレベル(鉢呂が行った場所は本当にゴーストタウンだった)から分かって無さそう……

石破氏なんか個人的には結構好きだし政策語らせると熱い人なんだけど、政局やらせるとほんと馬鹿の見本みたいになっててなんかすごく残念だわ

そういう馬鹿いちゃもんに対してあっさり折れて身内を切る野田首相も、今のクソ政局を乗り切るためとはいえ上に立つ者の器としては失格

2011-08-22

内田先生は相変わらずです

http://blog.tatsuru.com/2011/08/22_1258.php

これ「街場の教育論」で語られていることから特に内容は変わってない。

「お願いだから学校にはこれ以上入り込まないで欲しい」と懇願しているのである

このまま政治市場の介入が進めば、学校本質的機能は遠からず回復不能なまでに破壊されてしまうだろう。

だが、「大人」を作り出す制度を失えば、そのときには、共同体そのものが壊滅してしまうのである

ただ、この先生マスコミに対する時も若者に対する時もなんでもそうなんだけれど

理想はこうだ、という状態」と、「それを侵害する最大の存在」については語ってくれるんだけど現状がどうなってんのかは説明してくれない。


1「こうなることが必要だ」「○○とはこういうものであるべきだ」とは言うけれど、「じゃあどうやってそうするか」という風に話を繋げない。

  そもそもなぜそれが理想なのかについての説明についても、なんとなくわかるようでじつは分からない。オルタナティブ考慮しているように見えない。

  よくよく読んでみると「必要なものは必要なのである」「これはそういうものなのである」って言いきり型になってる。

  このあたり、ちきりんさんとよく似てると思う。

2 「こうなる状態を阻んでいるのは○○だ」という言い方をする。 「○○についてはどうしたらいいか」とは言わない。むしろどうしようもないって言い方をする。

そして、そこで話が終わる。いつもいつもいつも、内田先生の文章ってこうですよね。





こんなもん、プレゼンだったらア ウ ト だ よ !

悪名高いコンサル会社ですらこんなひどい状態で仕事しましたとは言わないよ。

教科書ではこうなってる。後はお前らで考えて現実教科書どおりに持って行きなさい」ってことですよね。

いやまぁ、教育ってそういうもんだと言われればそうかもしれないですよ。

教えないって事自体は否定しない。

でも内田先生自身、それについてある程度答えを持ってるんだろうか。持ってないんじゃないだろうか。

彼は複雑な現状には全く興味がないか、本人もあんまり良くわかってないのではないかといつも思う。




から、いつも読み終わった後、「なるほどそういう視点もあるのか」で終わってしまって

「じゃあ内田先生の話に従って現実的にどうしよう」って考えるところまでいかない。




無料提供してくれる記事に対してこんないちゃもんつけるのもどうかと思うけど

俺はちゃんと教育のために仕事してるぞ、みたいな顔をサれるとそれは違うクネ?って言いたくなっちゃう。

2011-08-20

http://anond.hatelabo.jp/20110819082540

いやあ、君の何の根拠もない決めつけ、インネンづけがいちゃもんつけの典型例じゃないかと。

2011-08-15

お客様問題

「場」に参加する人間が買い手となり、売り手となる瞬間は間違い無く存在する。

しかし、それは複層的なもので、「買い手であり、売り手である」状態が継続しているといえよう。

ネット社会が発達するに連れ、「お客様」を諌める流れがより可視化されるようになった。

例えばコミケ、例えばニコ動

時に作り手、時に買い手となるマーケットにおいて、よく言われてきたことだ。

あるいは、まずコミケがあり、ネット文化が発達するに従い、オタクという媒介変数を通して文化文脈の共有が生まれた、ということもあるのかもしれない。

いずれにせよ、今は「場」において「お客様」と居直る人は、いわゆる日系企業ビジネスシーンほどには構ってもらえない、というわけだ。


少し、話を飛躍、発展させる。

誰もが作り手になれ、誰もが買い手になれる流動性の高いマーケットにおいて先述した「お客様害悪論」は有効に機能するとは思う。

しかし、相互の分断が技術的、特権的な参入障壁の高さによってかなり決定的であった場合果たしてこれは有効に機能するだろうか?

私は、そうは思えない。

たとえば、コンビニバイトいちゃもんをつける客がいたとしよう。

このときコンビニバイト経験がある人からすれば、同情、あるいは不当ないちゃもんであると喝破できるようなケースもあるだろう。

しかし、コンビニバイト経験に限らず、日本人はあまり多種多様職業に携わり難い環境にあると言える。公務員ならまだしも、一般企業社員さえ副業をしている余裕はない。つまり流動性ある複層関係が、固定化される単層関係に置き換わるわけだ。

こういう場合、互いが互いのバックボーンを知りえない事が多く、自分の立場を正当せしめようとする動きが心中生まれる。このパワーバランスのせめぎあいの結果、これまでの日本ではお客様至上主義に傾き、固定化された、という見地に私は至った。

流動性を「場」が維持するには、膨大なエナジーを「場」が御しきり、かつ「場」に参与する複数の個人が自律した行動を取ることが求められる。ゆえに、そこにあるのは非常に強力なメンタルを持った個々人の集合体であり、統一された目標に向けて、エナジーを爆散させる。かくて活況となる「場」は時に外部にまで波及するほどのバイタリティを持つのである

しかしながら、先に書いたとおり、これはかなりレベルの高い要求である。個々人のメンタリティ、バイタリティは様々であり、自律の程度においてもまた同様である

また、人の省力的行動は、流動性を失わせる方へ作用させ、自律作用を失わせることも事実である。一度お客様の旨みを味わったものがなかなかに脱し切れないのは、ここが理由である


さらに話を飛躍させれば、今の国政において我々国民殆どお客様同然である。我々も国政に積極的に参与できるのであるが、それに参与するためだけでもより高い体力が必要だろう。投票システムはこの分断を決定的にする。投票するだけで国政に参加できるなどと吹聴させられれば、より省力的手段としてそちらになびくのは仕方ないだろう。

国とて「場」である理想であるべきは、先述したとおりであるしかし、超えるべきハードルはあまりに高い。

我々もまた、「お客様」として首の挿げ替えばかりを叫ぶわけにはいかないのが真なのだ。

2011-08-14

地下猫曰く

こちらの予言通り

在日中国人から駄目だしくらってもそこはシカトではてサのせい

差別的言動を否定的に上書きできることを考慮していない

一顧だに値しない言動はある

についてまったく反論ができないようだね。

そんなんでよくカキコしにこれたもんだ。羞恥心を知らないってのはすごいな。

>卑しい豚だの豚小屋で鳴けだのとidコール執拗差別発言を送りつけてくれましたので、ブログ名を豚小屋と一時変更致しました。

豚のように卑しい発言と考えたのでああ書いた。馬鹿馬鹿といったり、豚に豚といったらどこが差別なの? 君の書いたものはどういわれても仕方のないくらいひどいものだったが、あんなゲロ臭いものを人前にさらしておいて、罵倒されたら「それ差別」って、どこの特権階級様?

あのな>馬鹿

僕がチミに対して、いかなる社会的・集団的カテゴリを否定的に使って罵倒したね?

僕はチミのタワゴトにふさわしい形容をしたにすぎん。

差別について少しでもまともに考えた者は、持論を罵倒されて「差別だ」などとはいわないのだよ。チミが差別についてまったくなんにも考えたことがない、ということを、チミはまた自分証明してしまったね。ホントに馬鹿は可哀想。

チミはね、差別発言をしておいてそれを糾弾され「差別者を差別するな」とか抜かす、無知にして無恥な連中の手垢のついたやり方から一歩も抜け出せていない。



一般人の目から可及的速やかに遠ざけ、喧伝を成功させないよう無力化すべきであることに変わりはありません。「画像を複製して広く一般に拡散してしまえ」とはなっていません。そんな差別拡散は断じて許しておりません。

上書きうんぬんの議論は理解できなかったのかな?

それとも、都合の悪いことは理解する気がないのかな?


あなたが「こいつの考えは全然定説を踏まえていない」と感じることこそ、俺がまともに考えた証拠ですあなたが「こいつの考えは全然定説を踏まえていない」と感じることこそ、俺がまともに考えた証拠です。それをあなたが「まともではない」と認定し、それゆえに「まともに考えたことはにゃー」と糾弾するのはトートロジーしかない。

>「差別についてまともに考えたことはまったくにゃー」のは、あなたではないのですか?

で、チミ程度の馬鹿による「ぼくのかんがえたさべつ」に何か意味があるとでも思ってんの? ナニを自惚れてるんだ>この豚が

いか馬鹿

差別についてどう対応するかの「定説」は、基本的には被差別者が運動の中で試行錯誤しながら練りあげてきたものだ。それくらいのことは、最低限の想像力があればわかるはずのこと。それもわかんないで「あなたが「こいつの考えは全然定説を踏まえていない」と感じることこそ、俺がまともに考えた証拠です」だあ? テメエのような自意識で豚のように肥え太った馬鹿のタワゴトが、被差別者の試行錯誤しながらの運動からもたらされた方法論と比較にすらなるわけねえだろうが! 恥ってことばを知ってるか?>自意識


差別落書きtwitterで一瞬で拡散するといった、マニュアルの想定していないリスクについてまるで答えられていない。

差別落書のメディアとしての特殊性には触れてあるだろうが>馬鹿

ネットをつかうことの危うさについても述べてある。


>その副作用告発によって獲得される利益より十分に小さいから、告発すべきである「とされている」。そうなのですね?

僕の書いたこととはちと違う。


ですが、だからこそ、負の面には常に心を配らねばならないのですよ。「告発は正しいのだから負の面など差別主義者いちゃもんである!」という態度は、弱者をふみつけにするものです。手段のために目的を忘れるものです

からな>馬鹿

チミがここでいっている「弱者」って誰だ?

チミのタワゴトは当の在日中国系に駄目だしをくらったということを何度書けばいい?

弱者を踏みつけ」にしているのが誰のタワゴトか、当人がどういっているかくらい参照しろよ。それをしないで自我肥大で肥太っているから豚といったんだよ>この豚。

チミはね、自我肥大で肥太った矮小で醜悪な豚だ。豚小屋で鳴いてろ。


うーむ、味わい深い。

2011-07-18

http://anond.hatelabo.jp/20110718040116

した、らしい。完全にいちゃもんだけど。

以前に自分の考えを話す時にある商業作品を具体例に使ったのがいけなかったらしい。

その作品をけなしたりほめたりする意図はまったくないし、

実際そういう文章にもなってないと思う。

なのに「お前の考えに利用された」「けなされた」とさんざんわめいたあげく、

ついでに自分の作ったものを載せている場所まで荒らされてる次第。

(この辺詳しく書くと特定されそうなので省略させてください)

うそ掲示板参加者そいつの頭がおかしいってことでほとんど一致してるんだけど、

(それ以外にも一日中延々と差別的な発言を書き込み続け、聴く耳を持たない感じだし)

先に言った通り管理者が放任主義なので利用者が無視するしかないって状況。

正直、数千円か数万円程度で解決するなら法的手段に出てもいいやって気持ちすらある。

2011-07-14

http://anond.hatelabo.jp/20110713023012

元増田です

メルトダウン隠蔽説」についてはこういうことです

全電源喪失が発生してから東電炉心溶融を(可能性があるではなく、ほぼ間違いないという形で)認めたのが5/12だったが、3/11の夜の時点でわかっていたはずではないかという話です。私は、分かっていたと思いますね。

はあ…、さよでっか。素人さんの考えはることは難しおますな。私にはようわかりまへんわ(エセ京都弁)。

余りに脱力したんで関西弁のまま書かせてもらうけど、そんなん当たり前ですやん。よろしいか3月12日保安院原子力安全・保安院は、福島第一原発1号機で炉心溶融が進んでいる可能性が高いと発表してます。んで、5月12日だかその時の発表は、水位計を直して、それで水位がぜんぜんあかんいうことも確認できたから「これはメルトダウンや」いうて断定したわけですやんか。要するに「裏付け」が取れたから断定したわけやし、逆にそれまで断定してへんかったんは「裏付け」が取れてへんかったからやし。

そない言うんやったら、古い例で申し訳ないけど、地下鉄サリン事件かて、犯人オウムなんは強制捜査始まった当日か翌日に化学薬品が大量に見つかった時点でもうほぼ真っ黒やろ。せやけど警察が「犯人オウムや」いうて断定したんはもうちょっと経ってからや。あれも警察が「隠蔽」しとったんか、いうことになるわね。はっきり言うたら「いちゃもんですわ、そんなもん。

もちろん原発人間の作った代物ですから「絶対安全」など求めていませんが、普通の「安全」ですらないですよ。

そんなん推進派に聞いたら、「死者の数数えてごらん」言われるんがオチやで。「安全」の一番大事な基準が「死者の数」やいうのは異論ないよね?あかんの?それやったら「原発推進派は命を軽視しとる」とか言いなさんなよ。

ナイーブ系反原発派のあかんところはそうやってダブスタ使い分けて常に原発に一番不利な基準を持ち出すところや。あるいはトンデモ論持ち出して健康被害を水増しするところや。だから説得力ない、いうことを理解せんとね。

推進派が嘘をつきましたか?否。と言いきるのは極端ですよ。地元民を前にして「絶対安全」と言った人もなかにはいるんじゃないでしょうか。

「おるんやないか」ってそらあんたの憶測やんか。「あいつらの中に悪い奴おるんちゃうか、だからあいつら悪い奴や」なんて、相手がショッカーやったらそら言うてもええかもわからんけど、生身の人間相手にそういうこと言う奴って信用できんわ。

私は、「ナイーブ」に「原子力というもの人間には制御しきれないしろもの」と思っていますが、

畑違いとはいえ、俺が技術屋として一番嫌いなんがこの手のナイーブ議論や。火付けたら吹っ飛ぶような危ないもんを燃料にした乗り物が道を埋め尽くしてて、実際それで毎年何千人と人が死んでても絶対「ガソリンなんて人間には扱えへん」なんて絶対言わんくせに。要は「ようわからんもんは怖い」だけやろうに。

理系」の頭のいい方たちがこれまでやってきた原子力発電が、いざ事故が起きて、建屋が吹き飛んでからは、ああ、果たしてどういうアイデアでこの事態を収拾してくれるんだろうね、文系のオレには想像もつかないやと思いきや、ヘリから海水ぶっかけるだの、おがくずと新聞氏と水溶性ポリマーで汚染水を止めるだの(これは海外ネットユーザから、かぶと虫でも飼うつもりか、髪の毛でも入れて詰まらせたらどうだと揶揄されましたね)もう次から次へとアホくさくみえる案を繰りだしてくるんでガックリきたわけで。なんだ。口ほどにもない奴らだな。そんな程度の技術力で火遊びやっていたのか。もう玩具ぜーんぶ取り上げだ。という気分でしょうかね。

あんたに限らず「理系」いうところにやたらと噛みついてくれる人がようさんいてるけど、「理系」の何が気に食わんのよ、ほんま。理系はあんたの親の敵かいな?

言うたやん、この事故は「理系」いうか技術屋のせいやない、いうて。実際、福島第二とかと同じようにしてりゃ防げたんやから地震が来たらどないなるか、いう予測も「原子力村」の技術屋はやっとったがな。その対策をやらせへんかったんは東電経営やら保安院やら、要するに文系人間ばっかりやないか技術屋がこしらえた事故処理用ロボットも電力会社と政治家の天下り団体がよってたかってお蔵入りにしてしもた

そうやって両手を縛られとって、技術的に鮮やかに解決なんてできるわけないやろ。科学技術魔法とちゃう。きちんと準備と研究開発を積み重ねてれば多少のことはできるかもわからんけど、咄嗟になんか起こったところにあり合わせのものでどないかせえ言われたらローテクでなんとかせなしゃあないやないか。一刻も早く汚染水止めたいならおがくずだろうが新聞紙だろうがダメモトであるもん流してみなしゃあないやないか。それにヘリで水かけえ言うたんは確か文系政治家やぞ。なんで全部技術屋のせいになんねん。

文系」の人間のやることって大抵そうや。そうやって「理系」の人間の両手を縛っておいて、いざとなったら「理系」を最前線に送り込んで責任おしつける。何様なんあんたら?何が「その程度の技術力」や。何が「火遊び」や。何が「玩具」や。無能経営者役人のケツ拭かせといてどんな上から目線や。なめるんもほどほどにしときや。

広瀬隆の著作を読むと、事実部分と創作部分との境界が一目瞭然なので、だまされようがありません。

よう言うわ。ネットぐぐってみい。騙されとるアホがなんぼでもおるわ。それに広瀬温暖化陰謀論だのユダヤ陰謀論だのも書いとるがあれはええんか?特にユダヤ陰謀論。「だまされようがありません」「問題ありません」いうてサイモン・ヴィーゼンタールセンター行って言うてみいや。言えるもんなら。

最近では、原発に関する書籍もかなりたくさん出揃ってきましたので、それらも新聞テレビネットとはまた違った情報が得られて面白いですよ。

専門書でも買わん限りろくな本殆どあれへんがな。大抵の本には「デマ」と間違いだらけの「知識」しか書いてへんがな。有益な「情報」なんぞどこにもない。あんなん読むんは単なる時間無駄や。

2011-07-06

http://anond.hatelabo.jp/20110706161542

また、変なところからボール出てくるな。

どこに、「増田自身の見識に」いちゃもん付けてる文章があるね?

2011-07-05

産経に釣られたっぽいな

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110705/crm11070506540002-n1.htm

はじめの記事を読んだときは、拉致容疑者長男関係の政治団体に、『直接』払っていた感じだったのに、全然違うじゃないか首相等が政治団体献金し、その政治団体議員献金し、その一部の議員が「拉致容疑者長男」関係の政治団体献金しているだけ。はじめの記事でも「拉致容疑者」で、しかも「長男」という点でなんだかなと思っていたけど、この記事だともはヤクザなみのいちゃもんしか見えない。

復興相の問題が起こったから、とっととネタバレした感じだ。

http://anond.hatelabo.jp/20110704172311

マジで上下とか、どーでもいいから事務的に処理してけって思う、

宮城岩手も役所がふっ飛んじゃったとこが多いんだし、現場こそキビシーでしょ。

3カ月以上も経って、知事につまんないいちゃもんつけてる場合じゃネェよと思う。

どーでもいーけど、あの口調は免疫ないとビビる

あんな人が身の回りにいないから怖い。

初対面であんな高圧的な態度とられたら言いたいこともいえなくなるよ!

2011-07-03

http://anond.hatelabo.jp/20110703163514

横に横だけど。

普通は、お互いに少しづつ譲歩して、生活を成り立たせるものなのに

に対して、いちゃもん付けて

いや、一形態ではなく譲歩は服従の過程。 譲歩しあえる関係ならともかく

と書いているから、そもそもの元増田の設定に「譲歩しあえる関係」など存在し無いんだと思うよ。

から、「必ず服従」。

そりゃ、「譲歩しあえない関係」だと設定した上で、それでも一緒に居るのだとしたら、

その設定ではどちらかが服従しているだろう。

その設定ではね。

2011-06-03

君が代問題とかよくわかんない

ので、頭の弱い僕に誰か説明してください。


ウヨとかサヨとかもよくわかんないっす。


っつーか問題の根っこがわかんない。


あれ単純に天皇への敬意だの意思の尊重だのって話じゃないでしょ。


もっとそんな表面的なのどうでもいいヤクザみたいな大人たちが


いちゃもんふっかけてるようにみえるんだけどさ。


つうかヤクザに失礼だな。


見えない気持ち悪さしか感じないんでよくわかりません。誰か教えてください。

2011-04-09

日本復興への課題3/3

http://anond.hatelabo.jp/20110409170039からの続き)

安心と不安
情報統制という妄想

上杉や広瀬は、政府東電対応についてこうも批判している。

事故発生当初から「東電は事故に関して隠している、嘘を言っている」、「政府は騙されている。メディア記者クラブは、東電が最大の広告主、クライアントだから遠慮して言えないのではないか」と、自分の出演しているメディアラジオ番組で言い続けていました

いま再び、70年前(太平洋戦争末期)の大本営発表と同じことが、起こっているんだなと思います歴史教科書をみて「こんなことがあるわけないだろう」と思っていたことが、実際に、目の前で起こったことに、びっくりしています。まさか自分がそんなことの当事者になるとは思わなかったので(苦笑)。

日本人は小さい頃から新聞テレビは正しい。雑誌インターネットは嘘ばかりだ。と思い込まされているんですよ。ただ、新聞テレビ情報は、政府の発表を記者クラブとしてそのまま報じる。彼らが独自に取材した情報と内容が違っていたとしても政府の発表を採用する。だから新聞テレビは正しいと思っている国民は常にその情報を信じるから、今回も同様の洗脳が起こっている。ただ、これまでとちょっと違うのは、若い人たちを中心にインターネットを通じて「あれ、何か違うんじゃないか?」とわかって来ていること。私のツイッタータイムラインも今朝ぐらいから「新聞テレビの言っていることと事実が違うぞ!」と結構大変なことになっています。まるで、エジプトとかチュニジアたいに。明らかにそこが変化して来ていますね。

大本営発表の再来という誇大妄想と、自分が時代を動かすんだという自己陶酔で完全に正気を失っている。

だが、科学誌『Nature』は上杉などと全く逆の見解を示している。

JS: 〔…〕私としては、現在データの量と質は、満足できるものだと思います。でも、ご質問のとおり、計測方法なんかの情報が抜けてたりして、データ解釈かしずらいのは事実です。これは、ひょっとしたら、翻訳の問題なのかもしれません。もしかしたら、日本語データレポートは、もっと関連情報がしっかり網羅されてるのかもしれません。

JS: 私もGeoffと同感です。難しい状況を鑑みても、日本側のデータ収拾の努力を批判するのはどうかと思います

GB: 私がひとつ言いたいのは、報道側がこの危機をどう報道していったかは、結構問題だったと思います報道は、最大値ばっかりをレポートする傾向にあります。とくに、放射能汚染の場合は、最大値じゃなくて、ある一定の時間内での積算値が問題なわけで、最大値は、それだけじゃ、あんまり関係ないわけです。実際、低レベル放射線長期間続くほうが、ほんの瞬間の最大値よりもあぶなかったりするわけで。

すでに紹介した早野龍五と辰巳創一も、これを支持している。

また、辰巳はこうも呟く。

さきほどのツイートに関連して,こうした抑制的,かつ整理された情報発信を日本の信頼出来る科学コミュニティーから出来なかったことは,今回の本当に大きな反省点だと思う.少しこんな話をするのは早いけど,望まぬ”次”が来た時,きちんと役割を果たせる体制を作ることは我々の世代の使命だと思う.

門外漢ながらこれには同感。今回の震災で、日本の学会学会誌は何とも頼りない。下手に東電を擁護しようものなら石を投げられそうな現状には同情するが、それでもバカなマスメディアとバカなネットユーザーに好き勝手させず、学会や有志が連名で声明を出すくらいのことはして欲しい。

煽られる不安

TBSの松原耕二は、震災発生当日から報道特番で「政府不都合な真実を隠しているんじゃないでしょうか」と明言し、「「念のための避難命令」という政府の説明はどうも納得できませんね」と連呼していた。

僕らは不安であっていいんだ。それは僕らの中の危険の感知装置が鳴っていることだから。自分で量りきれない恐怖があるときに僕らは不安になるだろう。そして、僕らは今存在する危機に対して、その可能性の正確なサイズや輪郭をつかめいでいる。その不安は僕らのものだ。警報を切ってはいけない。

不安を増幅してはいけない、というのは、政府既存権力が望むことだ。なぜなら、不安は人々を駆り立て、秩序を破壊することがある。けれども、今、政府が恐れていることは、人々がどこかに殺到して怪我人や死者が出ることではない。暴動が起きることでもない。そうではなくて、原発政策が根本的に覆されることだ。今すぐ原発を止めろ、という人が増殖することだ。彼らは事故に寝るヒマもなく対応しながらも、今もそこを必死に守ろうとしている。

不安を煽るということを許さない自警的感情は、すぐに不安であることを許さない、という事態につながっていく。しかし、全員の心をそのように一つに塗り込めていくことは危険である不安は自然であり、この危機に不安を持たないことは不自然である不安はない、ということを強制すれば、その感情はいずれなんらかの形で暴発する。あるいは一人一人の心がこわれ、あるいは集団的な行動を誘発する。

どこかの気持ち悪い物書きの文章。

風評被害」というのは「悪いことでも異常なこともなく」、情報不足した時に起こる「正常な人間社会活動」ということです。だから、風評被害をなくすには、一にも二人も人間自分を守りたいという本能に適した「正確な情報を提供する」ということなです

中部大の気持ち悪い教授の文章。

最近、このような主張が散見される。その理由はきっとこうだ。「政府東電原発行政を守るために偽りの安全を強調するに決まっている。だから安全だと強調されればされるほど不安になるのは当然だ」と。

では、何故不安を煽ってはいけないのか。それは、人は不安になると冷静な判断ができなくなり、誤った衝動に駆られるからだ。注意を促すことはよいが、不安を煽ることは絶対にすべきでない。

また、正確かつ十分な情報を人は必ず判断できる、ということもまた大いなる幻想だ。「自分が安心できないのは政府東電からの情報が不十分だからだ。何故そうだと分かるかと言うと、それは自分不安いるからだ。自分不安でいる理由は、それ以外に考えられない」。このような自己欺瞞責任転嫁はもう止めてもらいたい

群衆の行動や心理について詳しい新潟青陵大大学院の碓井真史教授社会心理学)は「現在自分が普段と違う心理状態だと自覚する必要がある。一部の極端な行動で多くの人が脅かされる。そういうことを皆が理解し、協力しようとすれば、パニックは避けられる」とアドバイスする。

「落ち着いてください」「安心してください」と言われれば言われるほど落ち着かず不安になるのは、政府東電が悪いのでない。それはそうなる人の心理が異常を来たしているのだ。「情報や説明が不十分不正確だ」と思うのは、ただそう思い込んでいるからではないだろうか。

東電魔女狩り

人災論批判

東電の武藤栄副社長は25日の会見で「連動地震による津波は想定していなかった」「(貞観地震に対する見解が)定まっていなかった」と釈明。東電対応に、岡村さんは「原発であれば、どんなリスク考慮すべきだ。あれだけ指摘したのに、新たな調査結果は出てこなかった。『想定外』とするのは言い訳に過ぎない」と話す。

震災の発生以後、殊に原発事故の発生以後、「1000年に1度の大地震を想定していなかったのは怠慢だ」「これは天災でなく人災だ」という声がよく聞かれる。こういった東電非難の意見が、私にはよく分からない。

もし国や地方自治体東電以外の企業などがすべて1000年に1度の大地震を想定していたのならば、今回の原発事故は人災と言ってよい。だが、そんなものを想定していた団体はどこにも見当たらない。東電だけを非難するのは全く不公平だろう。

仙台に巨大津波が押し寄せる恐れがある」と16年前に警告を発していた郷土史家がいる。津波の歴史研究し、対策の充実を訴えていた仙台市宮城野区の飯沼勇義さん(80)。東日本大震災大津波を目の当たりにし、「行政も住民も危機管理が不十分だった」と悔やんでいる。

飯沼さんが暮らす宮城野区蒲生アパートも津波で壊滅的な被害を受けた。身を寄せる避難所で飯沼さんは「歴史は繰り返す。震災を教訓に、津波対策や避難誘導のシステムを早急に構築するべきだ」と語っている。

仙台への大津波を警告していた郷土史家もいたが、その本人のアパートでさえ津波で甚大な被害を受けるほどの、つまり想定以上の大津波だった。

WSJ:東電は甘かった?

米倉氏:甘かったということは絶対にない。要するにあれは国の安全基準というのがあって、それに基づき設計されているはずだ。恐らく、それよりも何十倍の安全ファクターを入れてやっている。東電全然、甘くはない。

GB: 原発は、すべて、ある程度のリスクはこえられるように設計されてます。ここで留意しておきたいのは、福島原発は、設計段階で考えられていた最大の災害よりも何段階も上を行く大災害にみまわれたにもかかわらず、一応は、破壊されずに、まだ残っているわけです

今回の震災では、2万数千人が大津波の犠牲になった。筆舌に尽し難い被害だ。しかしこの被害について、「国や地方自治体が1000年に1度の大津波を想定し、沿岸から数km圏内の住民に立ち退きを命じていれば2万数千人は死なずに済んだ。だからこれは天災でなく人災だ」と非難する人は誰もいない。沿岸に原発は造っちゃいけないが人間は住まわせてもよい、などということにはならないだろう。

しかも今回の原発事故では、将来を悲観して自殺した農家を除いて、まだ誰も死んでいない。これは事実だ。まだ誰も死なせていない原発事故は2万数千人の津波被害と比べて軽微だ、などと言うつもりは毛頭ない。原発事故によって多くの福島県民の生活が破壊されたことも、また事実だ。しかし、東電のみを非難して国や地方自治体を非難しないのはどう考えても不公平だ。

「津波が想定を大きく超えた」という。早い話が、東電の想定が間違っていた。地球や自然への畏敬(いけい)が足りず、結果として津波に負ける原発を海辺で動かし続けた。天災が暴いた人災である

東電に「地球や自然への畏敬(いけい)が足り」なかったのであれば、庁舎ごと津波に飲み込まれた南三陸町なども同然なのではないか

ここぞとばかりに反原発を唱えてる人へ

警鐘を鳴らしていた(キリッとか知った事言ってるけど

今回の津波は日本最高新記録なんだけど予想できたの?

あ、予想してた?

こんな津波来るって予想できたなら

先に堤防が無い町に警鐘を鳴らしてやってくれ

放射能汚染は元に戻るまで長い年月が掛かるから次元が違う、という意見もあるかも知れない。しかしそれだったら、犠牲者の埋葬は1年も掛からないから大したことはない、ということにならないか。死者はもう二度と元には戻らない。

そして、妻は自分にいい聞かせるように、こういった。「これは天災だからね。天災に勝てる者はいないよ」

ただし、「私は東電を許します」という発言は記事に見られないので、そこは印象操作かも知れない。

東電への迫害

上記のような東電非難を口にする人は、そもそも原発が嫌いな人が少なくない。また原発いでなくとも、こういった大災害では誰もが怒りや悲しみの捌け口を求める。東電は格好の悪玉候補だった。しか理不尽不公平な非難は決してよい結果を生まない。

原発事故処理最前線は如何に苛酷な環境かが報道されても、聞かれるのは「やっぱり東電は酷い企業だ」「国はちゃんと東電監督しろ」といった非難ばかり。「現場作業員のために、みんなで食料や寝袋を送ろう」なんて応援活動は全く聞こえてこない。

激励慰問の手紙を送ったアメリカ小学生の方が、人としてよほど真っ当だと思うのは私だけだろうか。

危険な状態が続く東京電力福島第一原子力発電所国民不安といらだちが募る中、東電社員への苦情や脅迫嫌がらせが目立ち始めた。東電社員の安全を守るため、社員寮の表札から社名を消した警視庁も警戒を強める。

護憲反核薬害問題に対する活動をしている女性・星アカリさんが、インターネットコミュニケーションサイトTwitterで「東京電力社員子供を全員がボイコットしなさい」などの発言をし、インターネット上で炎上状態となっている。

社員やその家族が身の危険を感じるほどの東電叩き。なのに流石は糞っ垂れのガジェット通信

果たして現在国民政府東電を正しく冷静に評価することが出来ているだろうか。

今、国民がすべきこと

冷酷な減点法からの脱却

こうした政府対応について、災害時の心理に詳しい広瀬弘忠東京女子大教授災害リスク心理学)は、「パニックを恐れて、余計な情報は出さないという心理が透けてみえる」と話した避難指示の範囲が拡大された理由の説明も遅れた。広瀬氏は「わかること、わからないことをはっきりさせて、説明するのが危機管理の基本だ。大変なことが起きているのは、すでに皆がわかっている。私たちのリスク観はもっと成熟しているのにバカにしている」と批判した

週刊現代も同様のバカ記事を書いている。

政府東電対応情報公開に問題があることは事実だ。これらの記事は、不適切な対応情報公開はすべて故意や怠慢によるものだと決め付けている。だが、このような冷酷な減点法こそが不適切だろう。

1000年に1度の大震災が発生した時点で、すでに満点の対応を期待することは出来なくなった。譬えるなら、100点満点のテストマイナス数十点のハンデ付きで受験するようなものだ。政府東電さえしっかりしていれば何も問題は起こらなかった、などという仮定は成立しない。

しかも、政府東電もまた被災者だ。負傷者がより深刻な負傷者を手当てしているようなものなのだから、対応に不備があったからと言って叱責するのは余りに冷酷で不当だ。

原発内にいる人達は、みんな命懸けです。きっと、報道されてること以上にやってることもあると思うし、報道されてほしいことが報道されてなくてってこともあると思う。私は、東電社員だったことを誇りに思うし、今原発内にいる東電社員の方々を本当に誇りに思います。予想外の津波がきて、原発での事故が起こってしまった。でも誰も悪くない。東電が悪いわけじゃない。誰も悪くないんだよって思う。色々な批判や、文句がある。でも今も寝ずに国民の安全の為に、一生懸命原発内で戦ってる東電作業員がいることを忘れないでほしいと思います

WSJ:当局への不信が国民にみられる。東電責任問題情報公開問題はどうか?

米倉氏:一生懸命やっている。考えられていないが、東電自体が被災者だ。従業員が津波に流され、機器も津波に流されているところがある。そういったなかで一生懸命努力をしている。

これらを関係者による身内贔屓などと切り捨てるべきでない。

GB: 〔…〕あと、付け足しておきたいのは、今の状況は、計測するにしても、かなり難しい状態だ、ということです。日本側の行っている計測やサンプリングいちゃもんつけるのは簡単なことですし、まあ、そうやって、批判的に事態を見つめていくことも、大切だと思います。でも、特に震災の直後は、計測用の計器もままならなかったし、交通網もやられて、原発の周辺へ近づくことも、簡単ではなかったんです

政府東電とも一つに

震災以前において、菅政権を信頼することは明らかに狂気の沙汰だった。それは同意しよう。私も数年前から一貫して、民主党などに投票するのは狂気の沙汰だと考えてきた。しか震災以後、政府はかなりよくやっている。完璧ではないが、それでも国民から糾弾されるべきほどには酷くはない。

サッカー試合で観客がすべきことは、「ドリブルで繋げ」「ディフェンスを上げろ」などと指示を飛ばすことでない。そんなことをしても大歓声で掻き消されてしまい、監督選手たちの耳には届かない。たとえ届いたとしても、観客一人ひとりの指示に従っていたら試合を戦うことは出来なくなる。また、味方の監督選手たちにブーイングを飛ばすことはもっと間違っている。もし味方のチームに勝って欲しいなら、観客は声援を送るべきだ。それが選手たちの士気を高め、勝利を引き寄せることになる。

現在の日本には、政権交代どころか、与野党国会で議論している余裕すらない。国民はもっと政府を信頼すべきだ。政府東電を信頼し、激励し、慰藉すべきだ。それが問題解決の何よりの手助けとなるだろう。

また、マスメディアは徒に政府への不信や不満を煽ってはならない。政府東電の説明に不十分なところがあれば、その意を酌んで誤解のないよう報道しなければならない。政府東電を叩いて足れりとするような報道は厳に慎むべきだ。

政府は日本の政府であり、東電は日本の電力企業だ。日本が一つになって頑張るために、今は政府東電とも一つになって頑張ることが求められている。文句があるなら試合が終わってから伝えればいい。

2011-03-31

とりあえず原発はもう止めるとした場合、どうすればいいんだろうと考える。

火力発電

原発事故ったときリスクに比べれば、してるかどうか胡散臭い温暖化なんか知らん、でいいのか?

国際的なコンセンサスは取れるか?(世界が、うちエネルギー自給出来ないけど地震いか原発も建てられないかガンガン火力するわwで納得するのかな?)

水力発電

村がダムに沈もうが、どうせ過疎化しきった田舎からどうでもいい、でいいのか?

日本国民の安全のために、少数の国民故郷を失う痛みは我慢すべき?金貰ってんだからいいだろって?それって原発のそれと一緒じゃないの?リスク少ないからいい?

風力発電

景観破壊とか、低周波音被害はどうする?よく分かってないし原発よりは影響無いから我慢すべき?

バードアタックで鳥さんいっぱい死にそうでスカイシェパードとかい組織が発足して風車破壊活動とかやりそうだけど、どう?

(ていうか風力発電普及した国で動物愛護団体スタンスってどうなんだろ。)

地熱発電

国立公園云々は比較的どうでもいい気がするけど、温泉業界が大反対するみたいだけど、やっぱ日本国民全体のために一部の人間は痛みを受けるべき?

あと何か地震を誘発する危険があるかもしれないかもしれないんだけど、それってどうなの?


...何かどの発電方式もどうとでもいちゃもんつけられて否定出来ちゃう(出来てないかもだけど)ような...。

あとここらへんの比較的世代が新しい発電技術ってまだデメリットが出切っていなくて、これから何か凄まじく深刻なデメリットが出てきたりしないのかな?

まぁそれは「やってみないと分からない」のだけど、この国の国民性としてそんな不確定なものが許容されるのかな?

「次世代エネルギークリーンです!」て原発でやったみたい洗脳すればいいかも。


結局、どんな政策とっても反対する人はいるわけで、利権だって存在するわけで、そんな中で必要なのは

日本の置かれた現状、環境などを十分考慮したベストミックスを議論して、強力なリーダーが断固としてそれをやり抜くこと、またそれをやり抜くことが出来るような土壌を

国民全員が作ることしか出来ないんじゃないかとかなんとか。

一方で小規模発電、スマートグリッドも何かいいよねと思いつつ、でもこれも推進には強烈なリーダーシップが必要だよねと思いつつ

今後の日本エネルギー問題はどうなっていくんだろうと考えてもキリが無いので寝る。

2011-03-24

暫定基準値を超えた粉ミルクを飲むことの危険

マスコミ報道

テレビニュース番組等で「水道水が暫定基準値を超えたので乳幼児の摂取は控えてほしい」と流れている。

この危険性について今回は書いてみたいと思う。(※1)

基準値と致死値

乳幼児可飲基準値(※2)は「100ベクレル」となっている。

しかし、現在水道水に含まれている放射性ヨウ素は「210ベクレル

 

数字だけ聞くと基準値の約2倍だから怖い、と思うかもしれないがそうでもない。

この基準値100ベクレルというのは非常に「安全側」に設定されている。

210ベクレルの水を飲んで危険性がある事象を起こすためには、

「30分ごとに210ベクレルの水1キロを5時間以上飲み続けた場合

である

この条件に合致するような飲み方をしている乳幼児まずいないだろう。

成人にいたっては

「30分ごとに210ベクレルの水5キロ10時間以上飲み続けた場合

これまた満たすには程遠い条件である

つまり私が言いたいのはそれほど過敏に反応しなくてもいいということだ。

一応公表しとかないと「何で言わなかったんだ」などといちゃもんをつけられるから政府も発表しただけだろう。

脚注

※1少々簡潔に書きすぎたので事実と異なる部分が一部あるが、気にする程度の誤差ではない。

※2どれだけ飲んでも人体に放射性ヨウ素の影響を及ぼさない値。だが当然水なので飲み過ぎれば下痢などを起こすがそれはどの水でも同じである

2011-02-03

民間営利企業表現の自由原理主義のごとく振り翳す足りない人々

いや、お前ら表現者の言い分なんてのは、クレーマーの足元にも及ばないのさ。

コンテンポラリーアートなんてのは、言ってしまえばノイズ博覧会たいなもの。

ゴミアートとして包摂展示するのはケッコーだけど、それってどうやってもゴミなのよ。

サブカル云々という話じゃなくてね。



たとえば音楽シーンだって同じ。今市場に出回るものの9割9分はゴミ

そのゴミを買わされてるのがこれまでのやり方で、

「あれ?やっぱりゴミに金払うのおかしくね?」ってわけで音楽シーンは縮小してるわけ。

そのゴミの中から玉を探そうなんてのは、低学歴の中から優良な人間を探せって就職活動の時に叫ぶバカと同じで、

合理的判断を求められるならそんなことはしない。

(だいたい「我社にふさわしくない」なんて理由で公然と低学歴差別できる時代。分相応ってやつだな)




で、表現者(「価値あるアート」かどうかもわからないゴミ)と、贔屓な蓋然性が高いクレーマーのどちらが大事かなんてのは、分かりきった話。

今回の対処で「ヒョウゲンノジユウガー」だの「セゾンブンカガー」だのファビョってるキチガイは「然るべきところ」でオナニー見せびらかせばいいだけ。

百貨店にふさわしい」といういちゃもんはアホらしいが、営利企業がそもそも日本画だろうと藝術だろうと展示する義理なんてない。

むしろこれって現西武からすれば「過去負の遺産」とすら思ってるかもね。

百貨店なんてのは公然とした場所なんだから、公共的道徳に則ってやっとけばいい。

そういう意味では「性的なものがふさわしくない」という批判は適切。

クレーマーが「公然わいせつ罪だ」って警察に通報されなかっただけありがたいと思えばいいんじゃないかね。ゴミども。

- 転職ならen
- 派遣ならen
7ページ中1ページ目を表示(合計:167件)