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はてなキーワード: あいのりとは

2010-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20100316165053

半分以上の出演者はもとから芸能事務所に所属していたはずなので

(そもそもエキストラ用の事務所にオーディション情報を回していたので)

的外れな気がする

あいのりオーディションに受かってしまったせいで戻れなくなっちゃってかわいそう、というならまあそうかな。

売れないビジュアル系バンドマンや事務所に所属だけできたお笑い芸人や自腹切りまくり小劇場劇団員にも同じこと言ってあげて。

あいのり出演者は、ナンバー吾の登場人物のよう

芸能活動を始めたり、AVに出演したり、ブログ自分私生活を切り売りしたり、

あいのり出演者のそういった生活の仕方は、番組が終わったあとでも継続され続けている。


それを見て私は思うのだ。

「作られた存在のように感じる。」と

注目を浴びる舞台にさらされ、人の注目なしでは生きられなくさせられてしまったよう。


もちろん本人の意図したことであったんだろう。

良し悪し、加害犠牲責任論、商業主義恋愛論、など色々な観点はあるんだろう。


それでも私は、彼らの情報発信を見るたびにどこか違和感を感じる。

その向こう側に、彼らが意図せず失ってしまったものを見てしまう。


失っていくことが人生であり、大人になるということだけれど、それが目には見えないけれど計り知れないほど重要なものであったのではないかという疑問が頭をもたげるのだ。

2009-07-29

草食男子のアワレな僻み根性(笑)

若槻千夏「男は肉食で」 - ニワニュース - ニワンゴ

http://niwango.jp/pc/niwanews/search.php?id=31943

タレントの若槻千夏7月28日、フジ系で今年3月まで放送された番組あいのり」の、主題歌コンピレーションアルバム発売記念で、ネットの特別番組に出演。若槻は「私は恋愛だと草食。だから男の人は肉食じゃないと」と、恋愛感を語っていた。

現在の評価は

Good![34] Bad![64]

僻みだよ、僻み。分かるか。

お前ら増田も草食だろ。

俺は、肉食だからな。

男の草食なんて、断じてゆるさん。

2009-07-26

http://anond.hatelabo.jp/20090726171933

小泉jr当選しようが、あいのりの横粂とかいう人が当選しようがどうでもいいんだけど、

横粂とその取り巻き連中ネガキャンやら何やらでウザいことこの上ない。

2009-04-27

[][]女の子全裸流行らせよう企画

突然、先週の水曜日の帰り際に発した僕の一言がここまで周りからの反響あるとは思ってもいませんでした。

 「おにゃのこ全裸流行らせよう企画を開始したい」

男性ばかりの芸能事務所で働いている僕は、アイドルグループ所属ということもあり、

人前で裸になることはまったくありません。テレビの収録や部ステージでは着衣であり、テレビの前で脱ぐことはありません。

 

年齢が年齢なので、年下グループのような胸元がはだけた半裸になることも滅多になく、

ましてや全裸は皆無に等しい状況でした。(シンゴと2人で酒を飲んだ夜などは除く。)

しかし、「ぷっ」すまを始めてダンスの万能さを見せつけたり、「画伯」の名で呼ばれるようになってからは、

いろいろな方々と会うことが増えました。

 

特に江頭さんは、いつもどこかしら肌を露出させています。

首/肩/おなか/腰/男性

などなど。

 

露出」と聞くと「え~。」と引く人も多いですが、江頭さんの露出は周りの人をも裸にする、楽しい露出なのです。

それまで実際には脱いだことがなくてもテレビでは見たことがあるのですぐに「自分も!」となったり、

江頭さんとの露出で開眼し、オフタイムにも露出するようになったりと、江頭さんとの露出にはさまざまな相乗効果があります。

ところが、男性ばかりで女性全裸―(全裸になる人・造語です)は少ないように思います。

つまり、現状では男女一緒に全裸になるのは難しいということです。

これはもったいないというか、出会いの少ない女性にとっても機会損失を招いており、

全裸は未開拓な分野なのではないでしょうか。

 

最近では、初めて会う男女がバーベキューゴルフ旅行といったイベントを通じて「婚活」するように、

全裸でゆるいコミュニケーションを交わす中で男女の仲が深まることもありえると思うんです。

 

全裸になることからその人の性格好み自分との性格の一致・不一致がわかるので、

初対面でいきなり会うよりもずっと恋愛に入りやすそうです。

 

特に、気に入った人と肩を組み、一緒に酒を飲み、

共に流ちょうな韓国語で歌など歌うことによって積極的に互いを知ることができます。

シンゴー!」等、親友の名を叫ぶのも有効。それによってコミュニケーションがより一層深まります。

すでに全裸になってしまっている人は婚活用のパンツサブパンツとして履きなおすのも良いのではないでしょうかw

(あまりオススメではありませんが。。。)

 

まぁ、なにも恋愛のための出会いだけではありません。

同じグループの仲間、どこかの芸能事務所社長、違う事務所の人、別のグループメンバー

10歳以上離れてる大物女優一発屋大御所、一流芸能会社社員離婚したての芸能人、など。

 

自分が絶対に出会わないであろう人と気軽に話せるのも全裸の魅力です。

一流芸能会社社長全裸友達になったりしたら、友達に自慢できるのではないでしょうか。

むしろ、一緒に番組をはじめたり、ビジネスライクな会話にも発展するかもしれません。

 

全裸はまだまだ発展途上で、Twitter自身も露出する側もその可能性の限界が見えていません。

 

その都度、我々全裸―が全裸活用方法を見出して楽しく元気に脱いでいけばいいのです。

 

きっと、全裸の楽しさや開放感はこれからもたくさんの人に受け入れられていくでしょうし、

女の子だってどんどん増えていくと思います。

 

もし、すでに気になる女の子が近くにいてなかなか声を掛けられないでいるなら、

まず「僕、君に似てるお椀型のおっぱいの子とテレビ局ですれ違っているんだけど、まさか○○さん?」と

声を掛けてみるのもいいかも。似てる似てないは別として、声を掛けるきっかけにはなります。

 

違うと言われても全裸の話題に持っていけば、その子に全裸を教えつつ、

最初のともだちんこになることは可能でしょう。

 

新規露出してきた、いわゆるスイーツ(笑)おにゃのこが、

いきなりジャニーズだらけの裸体で埋め尽くされた公園の芝生を見て、

全裸ってそういう趣味なのかな?というファーストインプレッションを与えてしまうのはもはや仕方ないことなのかもしれませんが、

 

全裸は脱いでもらうことがまず第一に大切だと思うので、みんなでこの全裸をどんどん広めようではありませんか!!

 

======= 楽屋での周りからの反響 =================

 

# NA_kai @tsuyo_Pon読者モデルとかが「わたし週1回代々木全裸になってジョギングしてるんですよー。

周りの人たちの目が気になるので体系維持にも効果ばっちり☆」とか書けば人気出るんじゃないかなー

 

# ega_ch @tsuyo_Pon ちくびとわかめ酒の味方に直したほうが、しっくりきますw

 

# NA_kai@tsuyo_Pon mixiとかは「プロフィールを充実させましょう!」とか「次は日記を書いて近況を友人に知らせましょう!」みたいな

うざいほどのガイドライトユーザーを引き上げてるんだけどついったーでもそれをやるかっていうと・・・

 

# goro56 @tsuyo_Pon 全裸の素晴らしさを知らない人が大半だと思う。

 

# NA_kai@tsuyo_Pon 初めても面白みを感じるまでが遠い気がするなー

 

# ega_ch @tsuyo_Pon あ、なんていうか邪念にかられたキャンペーンじゃないんですね! 

クリーンキャンペーンなのですね! いいなあ。

 

# Takya @tsuyo_Pon 婚活人生ストレス発散もウマく行く!!あいのり人生道場「NextStage」。

たぶん、こんな趣味は今まで無いからカテゴリーリーダーになれる(ブランディング法則カテゴリー法則より)

 

# Takya @tsuyo_Pon 違う。こうだ>輝いた人生を送りたいと希望する若者を集める→

我が道を行くには全裸が必要と説明し露出促す→裸の付き合いを促す

 

#ega_ch@tsuyo_Pon でも多分、女性が脱いでも前を隠してそう・・・。

 

# Takya @tsuyo_Pon 大丈夫、口説き落とすから。

 

# Okuma @tsuyo_Pon 「自称 女子大生」でも可ですか?

 

# shin5 @tsuyo_Pon バーン新聞の一面に載るようなことをしたほうがいいんだろうな~。一人一人誘い込むより…

 

# goro56@tsuyo_Pon ハード系ですね~

 

# Yousuke@tsuyo_Pon 期待しています。その際には「女子が全裸になる時に選ぶべき公園」というまとめを作って

オリンピック記念公園名前を…

 

# shin5 @tsuyo_Pon 僕にできることがあればwwwww

 

# Okuma @tsuyo_Pon 「若い女性に大人気」と宣伝すれば全裸ー増えるから、

TwitterSMAPのすくつ」とか宣伝したら女性ユーザ増えるかな?

 

# shin5 @tsuyo_Pon そんなことが可能なんですか?

 

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2009-03-21

明日、第3回の東京マラソンが開催される

明日、第3回の東京マラソンが開催されるけど、お祭り騒ぎの盛り上がりとともに

どうもマラソンを甘く見てる人も多く流入してるように思える。

普段はまったく運動してないのに1ヶ月前からやっと走り始める、42kmを練習で走らない(走れない)、

10kmやハーフレース経験なし、etc

関門で足切りで悲劇ぶるとか・・・

センター試験も出来ないのに、東大2次試験に挑むような無謀。

基本的に他人の身体だからどうでもいいんだけど、なんか東京マラソン事故があって

マスコミが反マラソンムードになるといやだなぁ・・・

そんな悪い予感がする。


あいのり」の放送作家が、東京マラソン受付で、

自分路駐を棚に上げて、ブログで運営者を批判。

http://blog.goo.ne.jp/nobubu_001/c/511ca3fa0e50634bf44409fcd5ed6590

<あらすじ>

3週間前に左膝を故障して、モチベ低下

  ↓

一応受付に行くことにして、車で東京ビックサイト

  ↓

駐車場の長蛇の列を嫌がり、路駐

  ↓

道路交通法違反をしながら、東京都を「お役所仕事」と避難。

  ↓

路駐したので急いで西ホール1と2を目指す。

  ↓

エントリー後にEXPO会場を通らないと出られないことに立腹

「急いでいる人だっているはずだとなぜ想像出来ないのだ?」

  ↓

「こんなふざけた大会マラソンデビューする気は失せた。」

「大雨でも降りゃいいのに。」

2009-01-16

小学校のころ同級だった男の子スキーに行った。

http://anond.hatelabo.jp/20080913153317

http://anond.hatelabo.jp/20081201015818

http://anond.hatelabo.jp/20081226042010

の続き。



知らないうちに、彼らはスキーに行ったりしていたらしい。


小学校同窓会にて地元組で話が盛り上がり、近場に泊まりがけでスキーに行ったことがあるらしい。

なぜわたしがそれを知ったのかというと件のやつから「せっかくだから今年は一緒に」と誘われたからなのだが、転勤族の悲哀というか、卒業と同じタイミング学校を変わってしまうとこういうふうに図らずも仲間はずれになってしまうことがままあるのだ。

これまでは特に気にしたこともなかったけれど、今回ばかりはちょっとさびしくなった。

いいな、と思った。


わたしには「幼馴染」という関係に対する幻想のようなものがある。

子どものころからずっと一緒にいると、互いが少しずつ異性になってゆくようすを間近で見る機会が多くなる。

声が変わったり、胸が膨らんだり、背の高さが逆転したり、ちょっと重いものを運ぶときに軽々と担いでいる姿とか、ふとした瞬間の大人びた表情とか。

そういうのが、とても魅力的で刺激的なことのように思うのだ。

実際は特に意識することなんてないよ、と経験者が語るのを聞いたこともあるのだけど。


例の、本当の意味クラスの「注目の的」だった女の子は、彼と同じ私立中学校に進学していた。

そこは中高一貫校だったので、きっと高校も同じだったんだろう。

幼馴染コンプレックスうずく

いいな。いいな。

そしてほらまた。

スキーも一緒だったんだって。


彼女は、お父さんが開業医だった。

絵に描いたような優等生だった。

なんでもできる子だった。

わたしが彼女に勝っていたものといえば、英会話ぐらいだ。

わたしと彼女はたまたま同じ英会話教室に通っていたのだけど、わたしの気持ちと先生の教え方が上手に噛み合っていたようで、わたしは一人でやたらと順調に力を伸ばしていた。

海外の人が何かの交流で学校に来たときに代表でスピーチをしたりとか。

彼女と唯一張り合えるであろう技能はそのぐらいのものだった。

なんていうか、格が違う感じがする人なのだ。



ということで、スキーツアーに参加することになった。

かなり緊張していた。

彼らは定期的に会っているらしいのである程度気心の知れた仲を保っているのだろうが、わたしは卒業以来初めてなのだ。

知らない人たちの輪の中にひとりで入ってゆくことにほぼ等しい。

当時特に仲の良かった子を見つけてくっついていよう、でもきっとある程度関係ができあがってるだろうし、今更加わっても迷惑がられないかなあ、とかネガティブ思考全開で集合場所へ行った。


総勢7人。男性4人、女性3人。

意外と集まるものなんだ、とびっくりした。


なんか全体的にキャッキャキャッキャした浮わついた感じで、早くも不安でいっぱいになる。

なんだろう、この広瀬香美な雰囲気は、と思っていたら実際「(合コンあいのり)÷2」な、そんな趣旨の集まりに近いのだということをわたしは後になって知ったのだが、まあとにかく緊張していた。


久しぶりだから、一応


「きゃー!!ミッチョン!?久しぶりー!!!」

「今どこに住んでるのー!?」


みたいな盛り上がりはあった。よかった。

やっぱりみんな卒業して十数年も経つとだいぶ変わるんだなあ、というのが実感だった。

顔立ちそのものもだけど、化粧をしたり太ったり痩せたりハゲたり茶髪になったりしていて、確かな年月の重みを感じさせられた。


それからバスに乗り込んだのだけど、わたしは当時の仲良しグループの子ではなく「注目の的」の女の子、さとし(仮名女の子です)と隣どうしで座ることになった。

仲が良かったほうの子がすでに結婚していて、ご主人と一緒に来ていたからだ。ちなみにご主人は同級生ではない。


さとしは医学部に進学したそうだ。

浪人して入ったこともあってまだ学生で、本当はこんな風に遊んでる暇はないけど、と笑っていた。

彼氏もいて、まだわからないけど同じ医学部の人なので将来を考えることができたらうれしい、と言っていた。


「さとし、きれいになったね」


と、誰かさんではないけれど、わたしはさとしに言った。

本当にそうだった。

もともと色が白くて線の細い子だったけど、そのままの雰囲気で大人になっていた。

薄化粧をして髪をゆるく巻いたさとしは、小学生のころの何倍も美しかった。

さとしは少し肩をすくめて、小さく照れ笑いをした。

感じのいい笑顔だった。


さとしについてはいろいろな記憶がある。

5年と6年で同じクラスだったのだけど、5年のころ、さとしは取り巻きの子たちを引き連れていじめをしていた。

先生たちから全幅の信頼を置かれる優等生でありながら、陰で特定の子の持ち物を隠したり、寄ってたかってバイキン呼ばわりしたりしていた。

別に怖かったわけでもないのだけど、なぜかだれもさとしを告発するものはいなかった。

6年生になってその子とクラスが分かれると、さとしのいじめ自然となくなった。


週一回の英会話教室の帰り道は、さとしと帰っていた。

野良子猫を見つけて、近くのスーパー惣菜を買ってきて一緒にえさをあげたりした。

さとしは「けろけろけろっぴ」が大好きで、サンリオのお店に一緒に立ち寄ったこともあった。

そこで見るさとしは、本当に普通女の子だった。

何となく別世界の人のように見えるさとしにも親しみを感じるひとときだった。


卒業式が近くなり、毎日のように練習が続いていた日、わたしはヘアゴムを失くした。

当時はものを失くすたびに親からこっぴどく叱られていたので、また怒られる、と思っておろおろと周囲のクラスメイトに尋ねて回った。

ちょうど体育館への移動時間が迫っていて、誰もが

「ごめん、知らない」

としか言わない中、さとしだけが探すのを手伝ってくれた。

結局見つからなかったのだけど、わたしが

ありがとう、もう大丈夫だよ」

と捜索打ち切りを宣言しても

「いや、あそこにあるかもしれない

とか言って机の下をのぞきこんだりしていた。

今思うに、この生真面目さが、さとしの美点だったのかもしれない。

すごく責任感の強い子で、委員会活動などで任せられた仕事はいつでも完璧にこなそうとしていた。

いじめをしていた時期も、さとしはこういう一面を失うことはなかった。

むしろそういう子だから知らないうちにストレスがたまってしまって、子どもゆえの残酷さでその捌け口を「いじめ」に求めてしまっていたのかもしれない、と今は思ったりする。


さておきスキー場に着き、まずは滑ることに。

一通り体を動かし、食事がてら休憩所のストーブの前でさとしと話をしていたら、やつが来た。

いたって気軽に今日の天候がどうとか雪の積もり具合が、とか話し込むふたり。

かたや、ものすごい置いてきぼり感の漂うわたし。

相槌はかろうじて打つものの、いまひとつ会話に乗れてない。


ほどなくしてさとしが早々とゲレンデに戻ってしまったので、ふたりになった。



「今まで何回ぐらい集まったの?」


「うーん、もう5、6回になるんじゃないかな」


「そうなんだ」


「俺はスノボだけどね。ミッチョンは?」


「もうだいぶやってないよ…。大学生のとき以来」


「俺も毎回来るわけじゃないからなあw」


「それにしてもみんな、変わったね」


「あー、ミッチョンは久しぶりだもんな」


同窓会も出たことなかったし」


「そうだな。いなかったな」


「でも、いいものだね」



と言うと、こっちを見てにやっとした。


「そう?」


「うん」


するとどこかあさっての方向を向いて


「それならよかった。」


と低くつぶやくように言った。

自分が誘ったのだから、ということで気を遣って尋ねたことのようだった。


それから、同行している元クラスメイトたちの話をしていた。

夫婦で来ている彼らは婿養子なのだと聞いた。

なるほど、確かにあの女の子は古くからの金物屋さんの娘なのだ。

2年前にご主人がお店を継いで、モダンな感じの雑貨屋に改装して、小さなカフェまで併設したらしい。

それが当たって、地元でもちょっとした有名店になったのだとか。


「すごいよね。

 婿養子って肩身が狭そうなイメージがあるけど、そんなふうにお店を変えるのも大変だっただろうね」


「最初は反対されたらしいけど、最近はやってるじゃん。古い家屋の味を活かして今風の店にするの。

 それで、お父さんたちが今まで卸してきた品物をメインで売るのは変わらないってことも話して、

 プランナーと一緒になって説得して、お父さんも折れてくれたらしいよ」


「お店、今日休みじゃないんだよね?」


連休は書き入れ時だろうに、夫婦で来て大丈夫なのだろうか、とふと思った。


「俺も聞いたんだけどね。お父さんとお母さんが、自分たちで何とかやるからたまにはいいよ、って

 送り出してくれたんだって。」


わたしは、彼女の家に遊びに行ったときにお母さんがよく出してくれていた手作りケーキのことを

思い出した。

高級店のケーキとは違うけれど、素朴でシンプルで、ついたくさん食べたくなる味わいだったと思う。

行くたびに違うメニューのケーキが出て来ていたのだけど、いつも手作りだと言っていた。

カフェで、もしかしてあのお母さんの手作りケーキを出しているのだろうか、もしそうだったら、なんて素敵だろう、と思った。


彼は、この金物屋の若夫婦とも


商工会の集まりでときどき会う」


と言っていた。

自分はまだメインじゃないんだけど、あいつらはもう店主として堂々としたもんだ、と言っていた。

その縁でスキーにも一緒に行くようになったらしい。


つながってるなあ。


同じところに住み続けるとは、こういうことなのだろうか。

わたしには、わからない世界だと思った。

幼いころからずっと顔を知っている人と今でもこうして交流を保っているということが、とても幸せなことのように思える。


わたしはたまたまこいつが夢に出てくることから始まって今こうしてスキーに混ぜてもらっているだけで、彼らと同じ地域には住んでいない。同じ世界を知らない。


妻夫木仮名・そいつのこと)はさ」


「うん」


幸せ者だね」


「何、突然w」


「同じ土地で生まれ育つのって、幸せなことだよ」


「そうかな?」


「そうだよ」


「じゃミッチョンは幸せじゃないの?」


「え?」


「なんか、そういう話の流れじゃない?」


「ああ、いやそうじゃないけどw

 でもうらやましいよ、何となく」


「うん、まあその寂しさはわかる。ミッチョン卒業式のときめっちゃ泣いてたしな」


「そうだっけ?」


「覚えてないのかよw」


「あんまり」


「ミッチョンって普段はあまり自分の感情を表に出すほうじゃなかったじゃん。

 それがいきなり号泣だからな。

 小栗っち(仮名・担任の先生)も反応に困ってたよw」


「やめてよ、恥ずかしいじゃん!」


「わははw」


「でも、その割にあんまり皆のこと覚えてないんだよなあ…。

 なんでだろう。」


「あー。実は俺も。」


「薄情者w」


「お前もだろw」


軽い突っ込みにしても「お前」と呼ばれたのが、すごくうれしかった。

距離が一気に縮まった気がした。


わたしも、一応まだ仲間なんだよね?


そうだよ。だから心配すんな。


みたいな変な脳内会話が繰り広げられてしまい、ひとりでにやにやしてしまった。



「ていうか、小栗っちw懐かしいねー」


「元気にしてるんだろうか?」


「相変わらず熱血なのかな」


「ハゲてそうだよな」


「それ当時から言ってたよねw」


「言うとムキになるから面白くてw」


「剛毛はハゲやすいらしいよ」


「それじゃ、やばいじゃん、小栗っちw」


小栗っちは若い男の先生で、かなりの熱血教師だった。

当時から妙に冷めたところのあったわたしは、一度小栗っちから涙交じりで怒鳴られたことがある。

クラスの子達から学級委員に推薦されて、それを辞退しようとしたときのことだった。

もう3学期のことで、めぼしい人はすでに委員をしてしまった後で(学級委員は学期ごとに改選するのがうちの学校の決まりだった)先述のさとしはそのころ生徒会をやっていたし、他にこれと言って人がいないからまあミッチョンぐらい推薦しとくか、みたいな空気を感じ取って「なんだかめんどくさそうだなあ…」と思ってしまったのだ。


「やればできるやつなのに、俺はお前のそんなところが悲しい!」


というようなことを言われた。

子供心に「そんなこと言われても」とか生意気なことを思っていたが、でも小栗っちはいい先生だった。

今のわたしとそう変わらないぐらいの年だったはずだけど、難しい年頃の子どもたちをよくまとめていたと思う。


芋づる式に、いろいろな人の記憶が蘇る。

過去記憶はいつだって甘美で優しい。

なんだか、せつなくなる。


ところでわたしは妻夫木聡のファンではないのだけど、最近、やつの顔に少し妻夫木聡の面影があることに気がついたのだ。

長めのまつ毛と潤いのある目元が特によく似ている。

にこっと笑ったときの口元も似ている。

このところ、妻夫木聡テレビで見ると「どきっ」とするようになった。



「あー寒いマジでやばい!」

とか言いながら、他の元クラスメイトが来た。

平野仮名男の子)と大田(仮名男の子)だった。

当時にぎやかし担当の人たちだったが、わたしは彼らとほとんど接点がなかった。

今日は同行者だからこうしてとりあえず話しかけてきたのだろうけど、正直に言うと話題がない。


妻夫木ここにいたんだ」


「久しぶり。ミッチョン俺のこと覚えてる?」


「覚えてる、久しぶりだね」


「やーミッチョンきれいになったなー」


「え、いや。ありがとう。大田も…大人っぽくなったね」


「ハゲてきてるって正直に言っていいよ、ミッチョン」


「うるせぇよ平野メタボ平野


「まだメタボじゃねぇw」


笑いながら、同じ褒め言葉でも言う人によってこんなに心に響かないものなのか、と思った。

もちろんまだ20代だし、ハゲもメタボも言うほど目立ってはおらず、顔立ちも整っている人たちなのだ。

茶髪日焼けして華やかな格好をしている彼らは多分人目を惹くだろう。

実際、さっきだってゲレンデでよその女の人に声をかけて何だか楽しそうに盛り上がっていたのを見た。


子どものころは大田も平野運動がよくできた子だったし、女の子にも人気があったと思う。

あの


「誰か好きな人いる?」


に、よく出て来ていた二人だった。


でもわたしは彼らと会話のテンポが合わず、話していて何かと気後れしてしまうことが多かった。

彼らが当時「ミッチョンって何となくしゃべりづらい」と言っていたのも知っている。

その流れで、苦い記憶を思い出してしまった。

平野たちのふとした発言がきっかけで一部の女子に陰口を叩かれ、あからさまに仲間はずれにされていた時期があったのだ。

その中に、さっきの金物屋の娘の子もいた。

しばらくして和解できたので、忘れてしまっていたのだ。

なんという芋づる。



「だいぶあったまったし、俺そろそろ行くわ」


妻夫木が言い、立ち上がりながら


「ミッチョンも行く?」


とわたしに声をかけてくれた。


「あ、うん」


と返事をしたときにはもう妻夫木は歩き始めていた。


「じゃ、またあとでな」


「おー」


「またね!」


すたすたと立ち去る妻夫木に、わたしはあわてて着いていった。

妻夫木といっしょにいるほうが、どう考えても居心地がよかった。

背後では平野たちの明るい話し声が続いていた。



大田は知らないが、平野は当時、妻夫木とかなり仲が良かった。

妻夫木やさとしが進学したところとは志望先が違っていたが、受験組の一員だった。

このスキー旅行を毎年企画しているのは平野だ、と妻夫木から聞いた。


「ああ、平野こういうの好きそうだね」


とわたしが言うと


「半分は女目的らしいけどw」


と笑いながら言っていた。


「さっきもナンパしてたね」


「今夜あたり、何か仕掛けるんじゃないの」


「仕掛けるってw」


「あいつそういうの得意だもんw」


と、気がつけばふたりで並んでリフトに乗っていた。


わたしは「高いところに宙ぶらりん」のシチュエーションが大変苦手だ。

だからバンジージャンプは死んでもできない。するとしたら死ぬときだと思う。


加えて、隣が妻夫木だ。


楽しそうに話を続ける彼の横で、わたしは硬直していた。


よほど返事が上の空だったのだろう、


「どうした?」


と少し覗き込むようにわたしの顔を見た。


「なんでもないよ」


笑顔を作って答えたが、その笑顔がこわばっているのが自分でもわかった。


「…いや、なんでもなくないだろ。トイレ?」


「ちがうってw大丈夫大丈夫


「いや、本当にどうした…あっ!」


妻夫木が、何か思い当たる節があるかのように声をあげた。


「ミッチョン、高所恐怖症だったなw」


「いや、あの…はい…」


「わははははw」


「ちょっと笑わないで!揺れる!」


「ほーらほーら」


「いやああああ!揺らさないで!!やめてえええ!!!」


「わはははは…」


もう本当に恐ろしくて、リフトを吊り下げているワイヤーにひしとしがみついてしまった。

すると妻夫木が、さすがにばつが悪そうに


「もしかして、本気でいやだった?」


と聞いてきた。


「怖いです…やめてください…」


と言うと、妻夫木はしょんぼりした。


「ごめん」


「ううん、わたしもごめんね」


「いや、ほんとにごめん」


気まずい。

でもやっぱりリフトは怖い。

なるべく自分がいる場所を認識しないように、上のほうを見るように心がけていた。


「…なんで上向いてるの」


「下見ると怖いもん」


「…ククッ」


「笑わないで!」


「いや、だってお前の格好、おかしいってw」


「おかしくない!」


「おかしいよwなんか怖がり方がすごいもんw」


「あんたに言われたくないよ!」




あとで気がついたが、このときが「お前」「あんた」が復活した瞬間だった。






夕食およびお風呂の後、男子部屋に集まって皆で飲むことになった。

女子部屋からの移動中に


りょうちゃん(仮名・金物屋の子)ち、お店きれいになったんだね」


とわたしが話しかけると、りょうちゃんは気さくに答えてくれた。


「そうそう、旦那がなんかがんばっちゃってさー」


するとさとしが


「すっごいかわいいお店だよ。わたしもたまに行くもん」


と話に入ってきた。


「さとし、いつも抹茶ロール頼むよねw」


「あのロールケーキはすばらしい。○×屋(地元デパート)で売ってほしい」


「何言ってんのw無理でしょw」


さとしがわたしのほうを見て


「ミッチョン、もしこっち来ることがあるなら連絡してよ。いっしょにりょうちゃんのお店行こう」


と言った。


「ありがとう」


とわたしが笑顔を返すと、さとしはにっこりと笑った。


ケーキりょうちゃんのお母さんのお手製なんだよ」


「ああ、やっぱり!」


「なんでわかるの?ミッチョン」


「いつもご馳走になってたじゃん。さっき妻夫木から『カフェもできた』って話聞いて、りょうちゃんのお母さんってお菓子作るの上手だから、もしかしたらそうなのかな、って思ってた」


「ああ」


りょうちゃんは、何かしたり顔でにやっとした。

何だろう、とそのときは思っただけだったけど、後でその意味がわかった。

りょうちゃんは、わたしが妻夫木を「狙っている」と思っていたみたいだった。


「狙っている」というか、まあ確かに大はずれでもないのだけど、なんというか、そういうニュアンスじゃないのだ。

ちょっと違うのだ。

積極的に関係を進展させたいとは思っていないのだけど、でも、縁を途切れさせることなく続けていくことができればどんなにいいかと思っている。

まあ、それが「狙っている」ということになるのならば、りょうちゃんの読みも正しいということになるのか。


男子部屋ではすでに小宴会が始まっていて、りょうちゃんの旦那さんが


「おー!来た来た!女性陣はこっちにどうぞ!」


と、いそいそと座布団を準備しながら場所を空けてくれた。

あとでりょうちゃんに年を聞いてみたら、わたしたちより7歳上の人だった。


部屋は10畳ぐらいの和室で、エアコンストーブでぽかぽかと暖かかった。


「いやー美人揃いだなあwおふたりともまだ独身ですか?」


と旦那さんが早くも鼻の下を伸ばしているのが印象的だ。


「はいはい始まったw」


と、りょうちゃんがすかさず釘を刺した。

さとしは面識はあったらしいが、ちゃんと話すのはこれが初めてだった、と後で言っていた。


「ほら、この子がさとし。ときどきお店に来てくれてるじゃん。」


「ああ!あの医学部の!」


「よろしくお願いしますw」


「いやー!すごいね!才色兼備ってやつだね!」


「ひろし、うるさいよ」


旦那さんの名前は「ひろし」らしい、ということがこのへんでわかった。


「で、こちらは…」


「ミッチョン。小さいころ、家が近所でよく遊んでたんだよ」


「ああ、あの英語が上手だったっていう」


「いえwよろしくお願いします」


「ふたりとも頭がいいお友達なんだな。お前バカなのにな」


「ひろしには負けるけどね」


りょうちゃんwとりあえず乾杯しようよw」


「あ、ごめんね、こいつがバカなもんで」


「もういいからw」


というふうな感じで、せわしなく繰り広げられる夫婦漫才を残りの5人が遠巻きに鑑賞しつついじる、という流れが出来上がった。


さとしを平野に取られてしまい、ひとりで所在なくぼんやりしていると


「楽しんでますか?」


と、妻夫木が横に座ってきた。


「うん、りょうちゃん夫婦おもしろいねw」


「ひろしさんがムードメーカーだから」


「でもこの集まりって不思議だよね。皆もともとバラバラのグループだったのに」


「ああ。さとしは俺が呼んだんだよ」


「そうなんだ」


平野がね」


と、妻夫木はちらりと、平野とさとしのほうを見やった。


「さとしと会いたがってて」


「どうして?」


「さあ…。いろいろあるんじゃない?」


「男同士でそういう話したりしないの?」


「しない」


「そういうもんかなあ」


「うん」



大田が乱入してきた。


「ちょっとミッチョン!飲もうぜ!」


「大田お前大丈夫?w」


大丈夫大丈夫!はいミッチョン!」


と、大田に紙コップを渡されて並々と清酒を注がれた。


「あ、ちょっと!大田!」


妻夫木がふいに焦ったように声を上げて、瓶を取り上げてしまった。


わたしはなぜかわからないけど、とっさに「妻夫木を安心させなきゃ」という気持ちが働き、あえて


ありがとう。いただきまーす」


と明るく宣言して口をつけてみた。


あーあー、という顔をして、妻夫木がわたしを見ている。

そんなに焦らなくても、わたしは実はお酒には強いのだ。

妻夫木はそれを知らないから「清酒をいきなり女に飲ませるのは危ない」ぐらい思って焦ってるんだろう、とそのときは思った。


それにしても清酒は普段あまり飲まないものだけど、ひとくち含んでみるとなんだかとてもおいしく感じて、一気に飲み干してしまった。


「あー。これすごくおいしいねー。どこの銘柄なのかな?」


本心からしみじみとつぶやくと、妻夫木と大田が驚いた顔をしてこちらを見ていた。


「ミッチョンって、お酒強いの?」


と大田がおそるおそるといった様子で尋ねてきた。


「まあ、それなりにw」


と答えると、ふたりは顔を見合わせて


「それなりに、どころじゃないよなあ…」


「ミッチョン、なんかイメージ変わったわ」


と大田が半笑いでつぶやいた。

どんな可憐な(しかし誤った)イメージをわたしに持ってくれていたんだろう、と思った。


一通り話をして大田が立ち去った後、妻夫木に聞いてみた。


「女の人がお酒好きなのは、よくないのかな」


「え?なんで?」


「大田、引いてたし」


「ああ、気にするな。あいつ未だに異性に変な幻想持ってるやつだから」


「でも妻夫木もびっくりしてたじゃん」


「ああ、俺?」


「うん」


「いや、俺は…」


「何?やっぱりよくない!?」


「いやいや、そうじゃなくてw」


「何?」


やや酔っていて、しつこく絡むように聞いてしまった。


「いや、だからね」


「なんだよー」


「いや、うれしいな、って」





あっ、と思った。


このお酒妻夫木が持ってきたもので、妻夫木のおうちはもともと醸造所から発展した会社だ。


「ほら、ほんとにうまそうに飲んでくれたじゃん。

 やっぱり、作り手としてはね、うれしいじゃない」


さっき飲んだのは、妻夫木のおうちが作ったお酒だったんだ。



そして


「あー。失敗した…」


とかぶつぶつ言っているのでよく話を聞いてみて、もっとすごいことを知った。

妻夫木は今、若い人向けの新商品を開発する部署で働いていて(これは前から知っていたんだけど)、実は今日、販売直前まで来ている試作品のような販促品のような、まあそんな扱いのものを持ってきていたそうだ。

それを黙って周りの人間に飲ませてみて、反応を見てみたかったらしい。


「俺んちの酒ってわかってたら、みんな多分気を遣ってよく言ってくれるだろ。

 でもそんなの、おもしろくないじゃない。

 黙って飲ませて『うまい!これどこの酒?』って言わせてみたかったんだよなw」


そのために隅っこに隠しておいたお酒を、酔いどれの大田が見つけ出して勝手に飲み始めてしまったのだった。


でも最後のほうは、もう抑えきれない笑みがこぼれていた。

妻夫木はうれしかったのだ。

事情を知らないわたしが、図らずも思い通りのセリフをつぶやいてくれたことが。


わたしは、なんだか胸がわくわくして、たまらなくうれしくて満ち足りた気持ちになった。

妻夫木にぎゅーっと抱きつきたくなった。

妻夫木は、すごい。



妻夫木、かっこいいよ」


と、背中をばしばしと叩いた。


「は?」


妻夫木は、本当に立派な社会人だね」


「なにそれw」


「うん、かっこいいよ」


「わけわかんねぇw」


「こんなにおいしいお酒を作ってる妻夫木は、すごいやつだよ。

 自慢の友達だよ。

 もうたまんないよ。すごいよ」


と、ほろ酔いの頭で語彙がうまく出てこないもどかしさを感じながらも、一生懸命わたしは感動を伝えた。


妻夫木は目を細めて


「おう。サンキュ」


と、わたしの頭をがしがしと撫でてくれた。



それが今回の旅行で一番思い出に残っている出来事だ。

妻夫木はすごいやつだ、と思った。

そして、わたしみたいな平凡な人間と仲良くしている理由が、よくわからなくなったりもした。

妻夫木は、わたしの何がよくて友達でいてくれてるんだろう。

我ながら卑屈だなあ、と思ったけれど、こんなことを考えていると、妻夫木に誘われたというさとしの笑顔が、小学校のころの羨望の念とごちゃごちゃに混ざって、頭の中に霧がかかっているような、すっきりしない重たい気持ちになってくる。

さとしを誘いたかったのは、平野だけなのかな?

さとしみたいな子だったら、きっと妻夫木とも釣り合うんだ、とか意味のわからないことを思った。

こういうことをうじうじと考え込んでいる自分がとてもいやだ。

さとしだって、こんなふうに思われるのはきっと迷惑だ。


そういうことを考えたくなくて、今は仕事をとにかく頑張ることにした。

妻夫木みたいにすごいことはできなくても、自分なりにやるべきことをきちんとこなし続けていたら、いつかはこのもやもやも晴れるかもしれない、と思ったりしている。

次はいつ会えるのかな。

休日はひとりで過ごすことが多く、あまり人を誘うことがないので実は誘い方がよくわからない。

自分から誘ってみれば、何か変わるのかな。

2009-01-08

http://anond.hatelabo.jp/20090107230926

元増田です。


その突っ込みは当然あるだろうと思ってた。

と言うか、見てる人がいるという事に驚き。


何故、そう思っているか、軽く話す。


グループのある男が、元旦彼女に告白した。

その男が彼女に気があるのは本人の口から散々聞いていたので、俺は応援してた。


元々、趣味が同じで集まったグループだから、

そこに恋愛感情持ち込むと面倒だってわかってたんだ。


他に、彼女を探す方法はいくらでもある。

グループの女子に、『誰か紹介しろ』としつこく言っている位だからww


だから、男女の差を意識する事無く、皆と接してた。


その男から、告白したと事後報告があったが、特にいう事は無かった。


その後、彼女から連絡があり、俺の周辺の探りを入れられた後、

あいのり的にいうと、点線の矢印』が出ていると告げられた。


どうやら、男女分け隔てなく接していた態度が気に入ったらしい。


ただ、告白した男には、考えさせてくれと言ってあり、まだ結論は告げていないそうだ。


不器用な子だから、一つづつ片付けないと気が済まないし、

グループの中でこういう状況になる事に対して、多少気後れしている部分もあるらしい。


ただ、『結論を出したら、デートに行って欲しい』と言われてる。

仕方無いから、俺は彼女に『待つ』と言っている。


『待つ』って言ってるんだから、ガッついちゃダメなんだよ。

わかってんだけどなぁ。


とりあえず、さっき、お早うメールは送っといた。

返信は期待しない。


そして、トラバミスった・・・。

2008-12-02

http://anond.hatelabo.jp/20081201001823

ちょっと面白そうだな。あいのり的なノリか。

俺もほっとくとそろそろ結婚しちゃいそうなんで、その前に一度出てみたい気もする。

相手探す気は全く無いけど…。

2008-07-20

自分探しが止まらない」 速水 健朗

面白かったッス。

資料まとめただけとか、主張がないとかいう批評が多いけど、おまいらどこに目をつけとるのかと。

著者は、中田英寿の「引退と旅立ち」から筆をたて、「あいのり」「須藤元気」「イラク人質事件」といったアイコンから「現代特有の自分探し」の様相をつまびらかにする。

そして、自分探しルーツをさまざまな資料をもちいて探し当て、現代にいたるまでの自分探しの変容を記していき、こうした自分探しが生まれた原因と、それを食いものにする産業構造を告発する。

労作だと思う。

ここまで資料と史料を駆使して、「自分探し」に切り込んだ本はなかった。

なぜ自分探しはとまらないのか。

それは、著者自身がふれているように、また大澤真幸の「不可能性の時代」でも指摘されているように、近代において「個性」であるとか「自己実現」「かけがえのない自分」といったものが異様なまでに称揚されてきたことにあると思う。

普通であることは凡庸とみなされ、多くの人が「何かになるよう」に「強要され」たえざる不安の中で生きることになった。

政治財界マスコミ、多くのリソースがそそぎこまれ「不安な個人」を形づくった。

そうした「不安な個人」はちょっとつつけばすぐに「自分探しという病」にからめとられる。

自己啓発セミナー」や「我求館の杉村太郎」、「ワタミグループ労働スタイル」など、それぞれに自覚があるかないかはともかく、「不安な自己」をくじいて、過剰なポジティブシンキングで「どこかにいる自分」を目指して走らせるというスタンスは「自分さがし業者」に共通する。

この手法の始祖をニューエージやニューソートに求めた著者の指摘は概ねただしいだろう。

そう考えると、「自分探し」は近代の先進国に共通する宿痾といえるのかもしれない。


では、自分探しは悪なのか。

著者にはこうした自分探しにはまる若者を嘲笑するスタンスが見え隠れする。

私もそうだ。

自分探し教徒のみなさんを嗤っている。

でもちょっぴり羨ましかったりする。なんだか楽しそうだしね。あのテンションの高い人生は。

けど、「自分探しが悪」とは言い切れないと思う。

自分探し」と「よりよく生きるための努力」は紙一重だからだ。

ただ、化粧やダイエットからはじめればいいのに、いきなり美容整形に手を出すような「自分探し」は危険だと思っている。

とりわけ悪徳業者にその「自分探しによる生きがい」をいいように利用されているな事態は問題だと思う。

手段である「自分探し」が目的化したとき、「自分探し」は病に転化するのだ。


著者はこうした自分探しへの処方箋として「前向きに生きること」なんてのを掲げている。

ちょっとそりゃないだろうって気がする。

多分「自分探し」のカーネルがなんだかを探求しつくせずに、自分探しの様相を総覧的にまとめあげ、そのルーツニューエイジとかに局所化しすぎたからそんなしょぼい結論しかでてこなかったんじゃないかと思う。

アクセル全開に人生を突っ走り「無限遠の彼方にいる自分」を探すのでもなく、「そのままの君でいい」なんて甘言にのせられて「そのままの自分」を探しだすのでもない、「宙づりの自分」に我慢できる第三の道が、自分探しにからめとられない生き方のヒントだと思う。

それってなんだよ。

具体的にいえよといわれても、私も思索の途中です。

すいません。一生答えなんて出ない気もしますが。

けど、「闇金ウシジマくん」の<サラリーマンくん編>の主人公医療営業の小堀が全てを失ったあとに達した境地がヒントになるような気がするんだけどね。

(あれって「小さな成熟(苦笑)」?・・・)

2008-07-15

http://anond.hatelabo.jp/20080715155353

ちなみに「あいのり世代」って何歳くらいなの?

ガンダム世代とかはよく聞くけど。

http://anond.hatelabo.jp/20080715002131

あいのり世代(笑)

この言葉が出た時点であまりにも胡散臭くて読むのを辞めた。

わが子を自分探し病から守る 前編

あなたも私も自分探し

あなたに漠然とした質問をひとつします。

深く考えずにとりあえず答えてみてください。

「答えはどこにあると思いますか?」

本当に漠然とした質問で戸惑ってしまったかもしれません。

でも、答えてください。

反射的に出てきた言葉でいいので何か答えてください。

何となく決まり文句で出てきた言葉でいいので答えてください。

答えましたか?

これは自分探し病にかかっているかどうかをチェックするテストです。

「自分の中にある」と答えたあなた!自分探し病にかかっています。

このテストは、速水健朗自分探しが止まらない」を読んで、私が勝手に考えたものです。かなり精度の高いチェッカーだと自負しています。実際の自分探し患者である自分自身の病理をよくよく観察して考案しました。

自分探しが止まらない」を読んで、自分自身が自分探し病にかかっていることを認めざるを得なかったのです。不本意ながら。

でも、病を自覚できたおかげで、最近悩んでいたことがすっきりしました。

娘の教育にあたっての妻との衝突の悩みです。

「これだけは誰にも負けないという何かを、何でもいいから持つべし!」というのが、娘の教育にあたっての私の方針でした。決して突飛な考え方ではないと思います。

しかし、これを聞くと妻はため息をつきます。そして言うのです。

「誰にも負けない何かなんて、私には何にも無いよ!」

たしかに妻は、勉強や運動で飛び抜けた成績をあげたこともなく、これといった得意分野もありません。何かの趣味に熱中することもありません。

では、どうして妻は、私にとってかけがえのない存在なのでしょうか。

そして、娘の教育方針はどうしたらいいのでしょうか。

現在子育て世代は、深刻な自分探し病世代でもあるように思います。自分探し病でわが子まで不幸にしないために、私の考えをまとめてみました。


あいのり」に漂う時代の空気

自分探しが止まらない」では、我々の世代はみんな、自分探し社会から強制され続けてきた世代であることを、様々な事例から明らかにしていきます。

我々の世代というのは、「あいのり」世代として区切ることができます。青春時代に放送されていた恋愛バラエティー番組が「あいのり」であるという世代です。比較して語られるのが「ねるとん」世代。

私は「あいのり」世代です。そして、「あいのり」の本質恋愛バラエティーではなく自分探しバラエティーであると、「自分探しが止まらない」は分析しています。

私は「あいのり」という番組が大嫌いですが、好むと好まざるとにかかわらず、時代の空気というものは誰もが影響を受けてしまうものです。そして、テレビ番組時代の空気を映す鏡です。極論すると、我々の世代の全員が自分探し病の患者か予備軍なのです。

ねるとん」のキーワードは「三高」、「あいのり」のキーワードは「本当の私」、ここに世代間の意識の違いがくっきりと現れます。

高身長高学歴高収入」と恋愛成立の条件を「相手」に求める「ねるとん」に対して、「あいのり」は「本当の私を分かってくれる人」といった具合に、一見すると相手に求める条件のようでいて、じつは「自分」の内面的なことがすべてであるという違いです。

就職恋愛自分探しの「あいのり」世代

私たち「あいのり」世代は、徹底した自己分析によって自分の適性にぴったりの職業を見つけて、その職業に就くことによって初めて幸せ社会人になれると刷り込まれ続けてきました。

というか、刷り込まれてきたという自覚もありません。仕事自己実現であり、答えは自分の中にあるのであり、就職活動=本当の自分探しであるという考え方に疑問すらわかない状態です。

自分探し病が重症になると、恋愛についても同じ考え方をしてしまうわけです。恋愛=本当の自分探しであり、やっぱり答えは自分の中にあると考えるのです。

常に本当の自分とやらを見つめ続け、

「よくよく考えてみたら、私にはこんな一面があると気づいたの。だからあなたとはお別れね。あなたが悪いんじゃないの、あなたを選んだ私は、まだ本当の私じゃなかっただけなの。」となるわけです。

ファンタジーのつもりだった「個性重視教育

問題をややこしくしているのが、この考え方が「あいのり」世代特有の奇妙なものであることを自覚するチャンスが無いということです。「自己分析」という自分探しキーワードを「あいのり」世代が口にしても、スルーされてしまうという罠があるのです。

罠のポイントは、「あいのり」世代の奇妙な考え方にお説教のひとつくらいしてもよさそうな50代から60代あたりの世代こそが、私たちに「個性重視」教育を施した当事者であるということです。

その世代の人たちは、ある種のファンタジーというか、ものの考え方の振れ幅の片方として教えていたつもりで、まさかそこまで本気で私たち世代が信じ込んでくれているとは思ってもいないのです。

(没個性・画一教育へのアンチテーゼという意味での)「個性重視教育

をやっていたつもりが、いつの間にか括弧書きの部分が取れて、

「個性重視教育

になってしまったのです。

ファンタジー現実になってしまったわけです。バリバリの没個性・画一教育を受けて育ってきた世代には、どうにも実感の湧かない現実でしょう。自分たちが目標に掲げて実現した世界なのに。

だから、「自己分析」というキーワードを「あいのり」世代が口にしたところで、そこに信仰にも似た過剰なまでの熱量が含まれているとは思ってもみません。文字通りの意味で受け止めて、微妙にずれた言葉キャッチボールが成立してしまうのです。ある程度の「自己分析」が就職活動に必要なことは間違いないのですから。

相当に丁寧な言葉キャッチボールをしないと、この微妙な、だけどとても大きなずれに気付くことは出来ません。

議論を台無しにする認識のずれ

このような「自分探し」をめぐる世代間の認識のずれは、自分探し病についての建設的な議論を台無しにしてしまいます。

50代から60代あたりの世代は、まだマシです。我々「あいのり」世代が抱えている「自分探し」観を懇切ていねいに説明すれば、

へぇ?、そんな風に考えていたんだね。思っても見なかったよ。」と素直に受け止めてくれる人も少なくありません。

問題は「ねるとん」世代です。「ねるとん」世代は、「自分探し」がブームになった世代なので、「自分探し」について自分たちの世代もよく知っているつもりです。「深夜特急」が青春時代に刊行され、そのマネをして旅に出たという友達がまわりにたくさんいた世代です。

だから、自分探しについて自分なりの考え方を既に持っています。そして、それを語り尽くしたら、議論をおしまいにしてしまうのです。

自分探し?そんなものは俺が若い頃にもあったし、俺もかぶれた時期があった。あんなものは一種の通過儀礼で、いつまでも自分を探しているやつは甘えているだけなんだよ。」みたいな感じです。

たしかに「ねるとん」世代が青春を謳歌していた頃に「自分探し」はブームになり、「ねるとん」世代も多くの人が自分探し病にかかりました。

しかし、まさに「ブーム」でした。

ねるとん」世代の多くは「ブーム」として自分探し病にかかり、「ブーム」だからこそ、しばらくすると熱は冷めていったのです。

自分探し病がそのまま重症化してしまった人も、もちろんいました。オウム真理教に入信してしまった人などです。ただし、それは特別な存在でした。

しかし、我々「あいのり」世代は、自分探しこそが幸せへのパスポートであると社会全体が大合唱している中で青春時代を過ごしてきました。今の大学生にいたっては、物心ついてからずっとです。

自分探し病の病原菌に、いつか治すべき流行病として感染したのが「ねるとん」世代。素晴らしいワクチンであると学校で接種されて感染したのが「あいのり」世代なのです。自分探し病にかかるということの意味合いが全く違ってくるのは当然でしょう。

そのあたりの認識のずれに気付かないまま自分探しを論じているブログがたくさんありました。


404 Blog Not Found

「探すな決めろ - 書評 - 自分探しが止まらない」

http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51003082.html


Baldanders.info

「『自分探しが止まらない』を眺める」

http://www.baldanders.info/spiegel/log2/000376.shtml


どれも、我々「あいのり」世代の自分探し観と微妙にずれた、彼らの世代の自分探し観を前提として持論を展開し、議論を切り上げてしまっているように思えます。

適応しすぎた私と背中を向け続けた妻

自分の病理として捉えつつも、このように冷静に分析できたのは、私が自分探し病にかかりつつも、それほどこじらせないで済んでいたからです。

妻のおかげです。

私と妻、それぞれがまったく違う生き方をしてきたのが功を奏しました。

私は圧倒的な優等生としてずっと生きてきました。常に学級委員を務めていて、勉強も出来ました。しかも、好奇心旺盛で何にでも興味を持ち、個性的と賞賛される発想を、ずば抜けた行動力と調整力によって実現してしまう伝説級の優等生でした。運動神経は全くありませんでしたが、スポーツから逃げるのがしゃくで、中高と運動部に所属して、それなりにこなしていました。

あくまで事実を書いただけですw

より適切に表現するならば次のような感じでしょうか。

キモオタなんだけど、やたらと行動力があって、運動以外のスペックが全般的に高くて、何より精神的なダメージへの耐性がむやみに高いせいで、周囲の微妙空気も含めて力技で引っ張り回して、何だかんだで思い通りにしてしまう人間でした。

要するに、「あいのり」世代が受けてきた「個性重視教育」に、これ以上ないくらいに適応した人間だったのです。学校が楽しくて仕方ありませんでした。

就職するときには、超氷河期の中でしたが、おもしろそうだと思った仕事にすんなりと就くことが出来ました。今も仕事が楽しくて仕方ありません。

一方、妻は、勉強も運動も人並みで、特に何かに熱中することもなく、至って普通に生きてきました。学生時代に何かを成し遂げた思い出も無いそうです。

なんとなくいくつかの会社を受けて、内定をくれた会社就職し、しばらく働いてから寿退社。今は専業主婦です。

要するに、「個性重視教育」に背中を向け続けてきた人間なのです。学校では先生のお説教憂鬱で仕方なかったとのこと。

相変わらず我が道をばく進する大学生だった私が、ひょんなことから出会った専門学校生の妻に交際を申し込んだ理由は、そんな妻の普通すぎる価値観が逆に新鮮だったからでした。

まぁ、正直なところ妻の美しさが最大の理由でしたが、新鮮な価値観に魅力を感じたのも嘘ではありません。妻としても、私のキモオタぶりも含めて、すべてが新鮮だったからOKしたそうです。

私と妻の価値観のぶつかり合い

実際に交際を深めていく中で、かけ離れた価値観をぶつけ合うことが、やはりとても生産的なすばらしい行為であることを知りました。というか、妻がここまで徹底抗戦してくるとは思っていませんでした。

私が積み重ねてきた経歴や、獲得したたくさんの語彙や、膨大な知識に、まったく臆することなく、というか意味を見出さず、ひたすら一つのことを問いただし続けるのです。

「あなたは私を幸せに出来るの?」

そのあまりにシンプルな問いと向き合ったおかげで、私の自分探し病は悪化しないですんだのかもしれません。

「あなたは私を幸せに出来るの?」

「俺には輝かしい学歴があるからね。」

「あなたの大学卒業生はみんな幸せになれるの?」

「いや、これが結構残念なことになっちゃう人も多くてね。

だけど、俺は違うよ。就きたい職業イメージもしっかりしているし、そこに向けた努力もきちんとしているし。」

「あなたの希望通りの仕事に就けたら、私を幸せに出来るの?」

仕事はおもしろそうだし、お給料は人並みにもらえるらしいし、安定している業界だし、忙しい職場だけどそれなりに家庭生活とのバランスもとれるっぽいから、大丈夫だと思うよ。」

「本当に?」

「たぶん…。」

「私を幸せに出来るの?」

「いや、そう言われると…。これから社会がどんな風に変わるか分からないし、仕事が自分にとって本当におもしろいかは入社してみないと分からないし、それなりに出世するつもりでいるけど、学歴とか関係ない職場だし…。言われてみると…。」

真剣に具体的に考えて、私は愕然としてしまいました。

私にあるのは可能性だけで、何一つ確実なものは無いのです。

輝かしい学歴も、個性的な発想力も、築き上げた人脈も、彼女幸せを約束するための十分条件にはならないのです。いや、必要条件ですらないのです。

三段跳びに例えると、助走で最高に気持ちよく走ってきて、スピードものってタイミングもばっちりだけど、ホップステップジャンプでうまく跳べるかなんて、踏み切ってみないと分かりはしないってことに、初めて気付いたのでした。

走ることと跳ぶことって全く別のことですもんね。うまく助走出来た方が、うまく跳べる可能性が高くなるというだけです。うまく助走できていたのに、うまく跳べないことなんてざらにあります。一方で、助走ではいまいちスピードがのらなかったのに、うまく跳べてしまう人も少なくありません。

更に言えば、ホップステップまではうまく跳べたのに最後のジャンプで大失敗なんて、歴史教科書ではむしろ多数派です。

何はともあれ跳ばなきゃ話にならない

そんな問答を彼女としながらも、私はとりあえず就職活動を進めていて、希望通りの業界内定をもらいました。

しかし、内定を手に大学4年生となった私に、トラブルが発生したのです。勉学以外の活動が面白すぎて夢中になっているうちに、最後の一年でとるべき単位が大変なことになっていたのです。時間割のすべてのコマをパズルのように埋めて、すべての授業で単位を獲得できれば卒業できるという状況でした。

跳ぶことの怖さに気付いてしまった私にとって、そんな状況は、跳ぶのを止めて、とりあえず助走を続けるのにぴったりの理由に思えました。

その年度の卒業は諦めて、もう一度就職活動を仕切り直そうと思ったのです。自分探しを延長するのにぴったりの大義名分だと思ったのです。

三段跳びの踏み切り板が近づいてくると、もう少し走れば、もっといい感じのスピードタイミングになるかもしれないと思えてきたりもするのです。

内定した会社より、重役面接で落とされた別の会社の方がやっぱり自分にあっている気がしてきてみたりするのです。

そんなことを彼女にほのめかしてみたところ、一喝されました。

「何が何でも卒業して就職した方がいいと思う。最初から留年するつもりなんだったら、別れる。

だって、就職留年して別の会社内定したところで、幸せを約束できるわけじゃないのは一緒でしょ。試験勉強応援するからさ。」

彼女がそういうんだったら仕方ないというか、そうした方がいいことは薄々気付いていて背中を押してもらったというか、私は卒業に向けて全力投球することになったのでした。

そして、私は無事に大学卒業して就職し、今に至るというわけです。彼女、つまり妻が一喝してくれて本当に良かったです。

助走って楽しいんですよね。でも、助走はしょせん助走なんです。助走としての個性重視教育にしろ詰め込み教育にしろ、過剰に最適化された私は、走ることがあまりにも心地よかったこともあって、跳ぶことをついつい先延ばしにしてしまうところだったのでした。

たしかに、踏み切り位置がきっちり決まり過ぎていた頃は、それゆえの悲劇もあったのかもしれません。

足のタイミングが踏み切り位置にたまたま合わなくて失敗したとか、もう少し長めに助走していたらスピードがぐっと上がっていたはずだったとかです。

だから最近は、そのあたりの悲劇を無くすために、踏み切り位置をきっちり決めないでOKとする風潮になってきました。

でも、何だかんだ言って、結局は跳ばなきゃ話にならないのです。

「もっと真面目に助走しろ!」と怒られ続けてきた妻にしてみると、それほど意味がないように思える助走なんかさっさと切り上げて、早々に跳んだ方がいいに決まっているのでした。

ということで、妻に一喝されたおかげで、私は自分探し病をこじらせないで済んだのでした。

でも、いまいち問題の本質を理解しないままでいて、危うく娘まで自分探し病的な考え方に押し込めてしまいそうになっていたところを、再び妻に一喝されたというわけです。

「誰にも負けない何かなんて、私には何にも無いよ!」

「誰にも負けない何か」を求めたくなる理由

「誰にも負けない何か」というのは、私がずっとすがりついてきたキーワードでした。

閉塞感が漂う時代は、多くの人が確実そうなものにすがろうとします。医学部が人気になったり、公務員試験競争率が高くなったり、金相場が上がったりします。

でも、私たちの世代は、「すがれそうな確実なもの」という幻想をことごとくぶち壊された世代でした。

私たちが大学受験をした当時は、医者余りで食いっぱぐれる医者も出てくるなんて言われていました。

学歴は、無くて困ることはあるけど、あったところで何かを保証されるわけで無いことを、みんな知っていました。

大規模リストラニュースが毎日のように流れ、終身雇用の原則は、音を立てて崩れ落ちていきました。

そもそも、大企業自体があっさり潰れる実例をたっぷりと見せつけられました。

かといって官僚も、天下りありきの賃金構造モチベーションが維持されていて、そんないびつな構造を維持できるはずがないと、みんな薄々気付いていました。

そんな状況と、骨の髄まで染み込んだ個性重視教育から導き出されたのが、「誰にも負けない何か」という考え方なのです。

確実なものなんて望めない世の中だけど、それでも望もうとするのならば、努力によって磨き上げられた圧倒的な才能くらいでないとすがりつくことは出来ないという悲壮な認識です。

でもね、そんなものに手が届くはずがないのです。認めたくないですけど。

だから、妻の反撃は私を追い詰めていきます。

「誰にも負けない何かなんて、私には何にも無いよ!あなたにはあるの?」

「Aの分野における、Bという条件での、Cなら誰にも負けない自信がある!」

「随分限定するのね…。そこに需要があるの?」

「ある!…はず。」

「食べていけるの?」

「…いけると思う。」

子どもの学費もあるんだよ。」

「いける…ん…じゃないかな…」

「厳しいんじゃない?」

「まあ…ちょっと…覚悟は…しておいて…」

それなりにスペックが高いと自負している私は、努力さえすれば「誰にも負けない何か」が手に入ると思っていました。でも、ちょっとやそっとでは「誰にも負けない何か」なんて到達できるはずがありません。

そこで、私はニッチ路線をひた走る戦略へと方針転換したのでした。数は少ないけど熱烈に支持してくれそうな見込み客がいて、市場としてこれから成立しそうな分野に、今から開拓者として乗り込んでおこうというわけです。この方針転換自体は間違っていないと思っていますが、もはや「すがりつける確実なもの」というレベルの話でないことを、認めざるを得ません。

というか、「一生安泰」のためには、「誰にも負けない何か」を「ある程度維持し続ける」必要があります。一発屋が、むしろ不幸へとつながりやすいことをみんな知っています。かといって、「誰にも負けない何か」を「ある程度維持し続ける」という生き方は、もはや普通人生以上の修羅の道です。

要するに、「誰にも負けない何か」なんて見果てぬ夢であって、それを目指すことは悪くないけれども、それを必ずつかめるはず、それをつかんで初めて幸せになれるなんて考えるのは大間違いだということです。

でも、なにか確かなものが欲しい!

そこで頭に浮かんだのが、「誰にも負けない何かなんて何も無い」妻が、私にとってかけがえのない存在であるということでした。

どうして妻は私にとってかけがえがないのか

私にとって妻がかけがえのない存在である理由を考えてみました。

私は常に暴走モードに入っています。ふと思いついた楽しそうなことに向かって、闘牛のようにとりあえず一直線に向かっていきます。

そんな私の背中にまたがった妻は、時々私の耳たぶを引っ掴んで大声で叫ぶのです。

「あんたバカぁ!?そっちに行ったら危ないでしょ!ちゃんと前見て走りなさいよ!」

妻を背中に乗せていなかったら、私は壁に激突しまくって瀕死の重傷を負っていたことでしょう。

一方で、私の背中に乗っていなかったら、自力で前に進むのが苦手な妻は、その場に座り込んでため息ばかりついていたことでしょう。

今となっては、これ以外考えられない組み合わせです。

「誰にも負けない何かなんて何も無い」妻ですが、私を操縦することにかけてだけは、誰にも負けないわけです。

一方で、こんなきっついツンデレ妻を背中に乗せていられるのは私くらいだという、妙な自信もありますw

もちろん、最初からこの組み合わせがうまく機能していたわけではありません。長いつきあいの中で、お互いに激しくぶつかり合って、お互いに譲り合ったりしていく中で、何とか作り上げたギリギリのバランスです。

自分らしさの大切な要素だと思っていたものを、それぞれが泣く泣く諦めたりして今があるのです。そして、これからもぶつかり合いは続きます。

そうなんです。ぶつかり合いは続くんです。あらゆる状況は常に変化していくわけで、最高の関係を築き上げたつもりの私たちの間で、微調整どころではないぶつかり合いが、これからも発生し続けることは間違いないのです。

結局は、個人と個人とが直接ぶつかり合って作り上げた関係性の中にしか、確かなものなんて無いというのが私の結論です。そして、それは常に揺らぎ続けるものであって、確かなものにし続けるために不断の努力が欠かせないものなのです。

不断の努力無しには崩壊してしまうものが「確かなもの」であるかは微妙なところですが、わが家では、その程度の「確かなもの」で十分とし、それ以上のゆるぎない何かを求めるとろくな事にならない気がします。

答えはどこにあるのか?

私たちが探し求めている「自分」というのは、結局のところ「存在意義のある自分」なんですよね。

そして、それは「自分の適性を最大に生かして仕事をすること」とか、「誰にも負けない何かを身につけること」とか、「自分のすべてをありのままに受けて入れてくれる恋人と出会うこと」とかではなくて、「大切にしようと決めた人と、お互いがお互いにとって大切であり続けるためにもがき続けること」でしか手に入らないものなのです。

かといって、「キミとボクの関係世界のすべて」だなんて、そこに過大な意味を見出そうとすると、また妙なことになってしまいます。

そうではありません。あくまで、世界のすみっこで生きている個人同士が、その存在の小ささを受け入れた上で、お互いの存在価値を認め合って、それに見合った努力をし続けるということなのです。

「答え(=「存在意義のある自分」)は、どこにあると思いますか?」

という質問に改めて答えるならば、「大切な人と自分との間」にあるといったところでしょうか。


追記 わが子を自分探し病から守る 後編へ

後編へのリンクを忘れていました。

増田なもので、すみません。

わが子を自分探し病から守る 後編

http://anond.hatelabo.jp/20080715002502

2008-04-22

出会い系カフェ番組名使う=40歳経営者逮捕??北海道警

フジテレビの人気番組と同じ名前を出会い系カフェに付けて営業したとして、北海道警札幌中央署は21日、商標法違反容疑で札幌市中央区南3条西の経営者稲熊幸治容疑者(40)を逮捕した。

 調べでは、有限会社社長稲熊容疑者2007年1月下旬、札幌市中央区カフェ開店。人気番組あいのり」から名前を取って店に付けたほか、ロゴマークに類似したマークを使って営業し、同社の商標権を侵害した疑い。

2008-02-18

http://anond.hatelabo.jp/20080218005917

mixiで同じこと暇つぶしにやってるけど、mixiのほうが格上かもしれんと思った。

顔写真も公開してない(キティちゃん)のに

キモナンパ男から一日に五通ぐらいメッセージ来るwwwwwウザい上にキモいwwwwwwwww

好きな番組:あいのり

ぐらいしか個人情報出してないし日記も書いてないのにwwwww

どっこにもコミュ入ってないのにこいつらどこから来るのwwwwゴキかwwww

しょうがないので「どこまで他人に辛く当たれるか」を、mixiで日々試してる。

2007-10-16

恋愛は正直何とかなる。だけど、何とかならない部分は存在する。

大好きな女の子と一緒に飲んだ。会うたびに自分のことを好きじゃないことがわかる。これほどKYでいれればいいと思うことは無い。

会うたびにつらい。地元の友達ってもう一生の友達だと思ってる。そんな関係を壊したくなくて、今まで見たいに当たって砕けろ的な考え方にいかない。

悪く言えば、今までは勝手に砕けてすっきりしてさあ、次。って感じだった。砕けられない分、友達として普通に話している分、深い話例えば恋愛話とかになる。話を聞いて笑い合う。だけど、とてつもなく叫びたくなる。くそって。

何とかならない部分が存在するんだね。恋愛って。好きなんだよ。好きだから大切にしたいんだ。守りに入った今ものすごくむなしいんだ。さあ次。そう思えないのは未熟だからって感じる。「彼女が欲しい」は、「自慢できるかわいいアクセサリーが欲しい」だった。そういう自虐で、安心しようとした。

すげーな、みんな。こんなの経験してきたんだろ。もうちょっと早く経験しとけばよかったよ。経験できるだけで満足なんて今は思えない。自分に信じ込ませて布団でもじもじしている毎日。あー、久しぶりに会ったのに、やっぱり会うたびに友達になっていく。

がむしゃらに、それでも相手をみてやばくは無い人を選んで、それでケンカして思いっきり殴られてなんか泣きたい気分。こんなときでも相手は見るんだよね。

自慢できるっての必要なのかな。かわいいアクセサリーって必要なのかな。それは自分に自信が無くて自分を見ていないんだろうね。虚無感。何とかならないなんか言って、実際何とかなるんじゃないかって思っている自分。そう思いたい自分。KYっていい言葉だよね。自分のKYを自覚することが出来た。そして、KYなら相手を傷つけても自分だけ考えて行動できる。わかちゃうから、なんでわかっちゃうんだろ。

あいのり見た。来週禁断の告白。はたから見たら傷をえぐって自己満足の告白。自分はなんで、あの子なんだろう。チラシの裏。書きなぐり。

何とかならないって決め付けたんじゃない、相手のことを思っての行動だと、またものすごく自分を正当化する。KYだったと思う昔より、はるかに楽しい幸せな毎日を送りながら、もっと幸せな自分を希望する自分。今が幸せなんて、あたりまえになった今は素直に喜べない。

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