はてなキーワード: 聞く耳を持たないとは
生成系AIイラスト周りの話は正直まともなコト言ってる人がほとんどいなくてうんざりしているし、だからもう当事者を応援する気も起きない。多分まともな人は、それこそ一部のヘイトを盛り上げたり筋の悪い話をばらまいて軽薄ないいねをもらって嬉しくなってる人間について迷惑だと思っているんだろうけど、そういうのも含めて近づきたくないムーブを観測することは多い界隈だからはっきり不愉快のほうが勝ってしまう。
例えばならず者のAI絵師が特定の作家の名前使って「〇〇風」とかやったとして、それってどこにどういう問題があるのか、ということについて説得力のある話を目にしたことはない。しかし例えば「作家の名前はブランドであり商標だから保護対象で他者が営利目的で利用してはならない」という主張は立ちそうとか、少し考えれば思いつく。
じゃあ次に「〇〇風」をタイトルから取っ払って純粋に作風が似ている作品を販売したときにどうかとなる。すでに模倣や盗用についての判例はあるので、それに照らせば大部分のものについてはオリジナルと認められるだろう。「でも明らかに絵柄が似ているし、この人の作品を学習しているAIだ」と来るだろう。で、じゃあそれのなにが問題なのか、という点を説明する必要がある。
絵柄が似ていることも、作品を学習することも、特に違法性はない。同じことを生身の人間がやったときのことを考えればわかりやすいだろう。「いやこれは人間じゃなくて機械がやっていることだから問題なのだ」とくるとする。ではまた機械であることの問題点はなにか、という話になる。
例えばそれは「コストの問題だ」とする。人間よりも圧倒的に短時間・低コストで学習・生成をしてしまうことが問題で、作家の仕事を奪ってしまう、と反論したとする。しかしてあらゆる産業が常にあらゆる技術によって変化し淘汰されている今の社会にあって、なぜイラストだけがコストパフォーマンスを無視して保護の対象となりうるのか。工業機械によって不要になった職人や、自動運転で不要になるドライバーと、何が違うのか。
そもそも人類の叡智がようやくたどり着いた技術について「低コスト」だなんて無理があるだろう。作家は自分の技術のために費やした時間や努力について触れ、だから作品には価値があるといったりする。ならば生成AIが今日の形に至るまでに積み上げられた人類の歩みにも少なく見積もって同じくらいの価値はあるだろう。
さてクリエイティブとは人間の特権なのか。人間が書いているから意味があって、そこに思いがあって、だから作品が生まれるのだ、それこそが価値なのだ。と、ヒューマニズムに訴えるとする。しかしその先に待っているのは集団的疑心暗鬼だ。「あいつは手で書いてると言っているがAIを使っているに違いない」なんてくだらない話が山程出てくるのは想像に容易い。
この筋を進めていけば、手書きは常に手書きであることの証明を要求されるようになり、一方で生成AIは幅を効かせていくので、純粋手書きはオーガニック野菜のような自己完結型の閉じた価値観の中で踊る道化と成り果てるだろう。
そもそもこれは絵柄の類似性とその模倣を見出すことができる例についてにのみ論じられている。人気作家の作風を真似るほうが儲かるから、結果的に作風が差別化されている人気作家の模倣が多いということだろうが。これは裏を返せば、作風に明確なスタイルや傾向がない、あるいは分かりづらい作品や作風については保護する必要はないと言っているに等しい。クリエイティブには優劣があり、できの悪いものについては知らない、となってしまえば掲げたヒューマニズムも一気に足元がおぼつかなくなってくる。
で、ここまでまともな話をしてやったとしても聞く耳を持たない奴らは大勢いるだろう。自分らが墓穴を掘っていることにも気づかずに、グラグラの足元を棚上げしてよくわからない、筋が悪いことを声高に叫んで、いくらかにしょーもない共感を集めて、それで満足してしまっている。
何も私は絵師憎しでこんないじわるを書いているわけじゃない。むしろこのテーマについて真剣に機械の人間の共存を議論し、方向性を模索するべきとさえ思っている。人間が創作をやり続けることには大いに意義があることで、それをなるべく大きな塊として残すのが重要だ。
だけどそれは当事者たちがこの問題に真剣に向き合ってくれればの話で、そうでなければ彼らを応援することもできない。
ただ私はなんとなくわかってしまった。彼らは決して作品や、創作活動や、産業について憂慮して声を上げているわけではない。ただ創作を通して居場所を見出し、創作活動と自分の作品を自分のアイデンティティのように大切にし、それは承認欲求や自己愛の形を取り、インターネットという道具で持って大いに、そして無意味に肥大化し、そしてそれが奪われるかもしれないということについてただ喚いているだけなのだ。
人間が未熟で動機が稚拙で知能が残念だから、自分の弱い心を手っ取り早く守るためのくだらない言葉しか出てこない。
そんなものに、誰が関心を寄せてくれるだろうか。
俺は中学生の時にネトウヨになりその後間髪入れずに共産趣味にハマったどうしようもない人間だ。
自分でも節操なしだと思うけれど、当時はマジも大マジで思想をころりと変えた。
今思い返すと痛々しすぎて目も当てられないけど、結果的にはあの時「未熟過激思想にハマる」という人生のイベントを消化しておいたことで良かったなと感じることもあるので当時を振り返りがてら書いてみたい思う。
ネトウヨになったきっかけは多分インターネット、特にようつべ、YouTubeだ。
YouTubeを見始めたガキがまず通る道であるヒカキンさんの動画を早々に卒業してしまった俺は、ゆっくり実況に手を出した。あの頃YouTubeにはゆっくり解説などなく、ゆっくりといえばゲーム、特にマイクラ実況だったもんだ。とはいえ、そこそこ昔の動画サイトには今ほどの動画が投稿されていなかったので、めぼしい動画を見つくしてしまった。そんな手持ち無沙汰になったまま関連動画を漁っているガキの目の前に出てきたのはサムネにでかでかと「自衛隊」の文字が載っている謎のコンテンツ、ネトウヨ動画だった。
当時(今もかもしれないが)のYouTubeにはネトウヨ動画が溢れていた。どれもこれもやれ韓国人はバカだ中国人は不潔だなどと適当なことを言い散らかし、それに比べて日本人は素晴らしいとおべんちゃらを並べ立てるような内容だったが、当時の中二病入りかけ戦記物大好きクソガキには親和性が高かったらしい。
俺はすぐにネトウヨになった。女騎士よりメンタル耐性が弱かった俺は驚くほどの早さで堕ちた。
韓国や中国を心底軽蔑した。自分が日本人であるだけで確立されてないアイデンティティの穴は埋められた。
インターネットがこの考えを支えてくれた。ひん曲がった思想はより頑迷になっていった。
どうしようもない人間に成り下がってしまった俺を救い出してくれたのは学校の図書館で借りた本だった。日本は自分が心の中でさんざんバカにしてた中国や韓国に各種産業で後れを取っているということを知った。
もちろん日本が世界をリードする分野も存在数多く。しかし、当時の俺にとって日本が世界で一番ではないこと、全ての分野で近隣諸国を圧倒してるわけではないこと、それを知れただけでネトウヨを脱出するには十分だったんだ。
俺はネトウヨを辞めた。
辞めるきっかけをくれた本には感謝してる。タイトル忘れたけど。
あの本のおかげでとりあえず真人間になれた。
でも、俺が共産趣味にハマるきっかけになったのもまた本だったんだ。
こっちのタイトルは忘れもしない。マルクス・エンゲルスの『共産党宣言』だ。
俺は元々読書が好きな生徒だった。通学に使う電車で本を読むのが日常だった。
中三になっても読書癖は失っておらず、痛々しさも失っていなかった。何を思ったのか俺は共産主義に興味を持った。
別に特定の思想に興味を持つことは悪くないと思う。でも、当時の俺は若く愚かだった。何故か『共産党宣言』から読み始めた。
『資本論』はちょっと太くて読みたくなかったんだと思う。そういうマセガキなので、『共産党宣言』を読むだけでマルクスの思想を理解した気になっていた。
俺は革命を目指した。目指したからと言って何か行動を起こすことはなかった。
ニコニコ動画で共産MADを見漁るだけだった。中学生も後半になるとニコニコ動画に手を出すのがちょっと乙に感じる年頃だったような気がする。
こっちはネトウヨだった時より多分ずっと痛かった。同時に平沢進にもハマってたからもっとキモかったと思う。
「君、『資本論』は読まないのか?」
余りの恥ずかしさから、その日以来共産主義について語るのを止めた。
僕はもう一度真人間になれた。
ここからが本題。
僕はこの経験から今生きていく中で大切なことをいくつも学んだと思う。生まれた国、育った場所で人を差別するべきではない。国などの大きなカテゴリに当てはめて目の前の人間を評価するべきではない。不用意なことは言わない。もし何か発言するときは論理やソースを用意しておく。
こういう当たり前の考えを手に入れた。
自分が余りに無知だということも知れた。インターネットにはクソが転がっているということも身に染みて分かった。
人生の最序盤でこういう極端な思想を振りかざしておいたおかげで、僕はこれから極右にも極左にも振れることがないだろうというのは結構なアドバンテージだと思う。
多分この経験がなければ今頃どっかのカルトに引っかかっていたのではないかと思う。
自分を客観視する能力や真偽を確認しようとする意識というのはドツボにハマって初めて手に入れたものなので。
幸運にも人生の序盤でドツボにハマって恥をかけたから、後の人生で何とかなってる。
実際問題、周りを見渡すと今ネトウヨ思想にハマってたりする人間は結構いる。
余りにも見てられない場合にはちょっとお小言を漏らしたりしてしまう。
でも聞く耳を持たないのがほとんどだ。ネトウヨは自分で気づく日が来ない限り抜け出せることはきっとないだろう。
もし子供にインターネットを与えて変なものに触れないか気をもんでる親御さんがいたら安心してほしい。
子供は勝手に染まって勝手に抜け出していく。その時に免疫ができる。その後はもう大丈夫だ。(n = 1)
後々染まる方が面倒くさい、僕の周りにいるそういう人たちのように。歳をとればとるほど抜け出しにくくなるのだから難しい。
一言で言って5chは社会にとっても迷惑だからなくなるべきだ。
カルトの拠点、検索妨害、犯罪の舞台になることもある。そんな程度の低いSNSが日本にまだあるってところがまず日本人として恥ずかしい。もっとも5chを潰したところで爆サイやガールズちゃんねる等まだまだ低次元な掲示板はあるのだが。
とりあえず掲示板内でこんなところもう使うなよ荒らしも多いんだしと言ってみたがまあ俺が荒らし扱いされたわな。でも暴力団にとっては警察のがさ入れがまさに荒らしそのものであるように、内部の人間の非難など何も意味を持たない。
とりあえずなんでこんなところに固執するの。いまやSNSもよりどりみどりなのにと訊いてみる。リアタイでやり取りできてレスが多くて、気楽にやり取りできるから、だという。
今お前が挙げた長所を全て満たしていてしかも荒らしも5chよりは少ない場所だっていくらでもあろうに、と言ったが、なんか聞く耳を持たない。
俺としては5chに書き込んでるだけでも直接金を落とさずとも賑わし屋として運営の益になってるはずだから、一人でも多く利用者を減らしたいところだったんだ。
なんて抜かすんだ。馬鹿げてるとしか思えない。そうまでして擁護する価値のある場所なのか5chは?
何百に1つくらいはっていうけど、他のSNSなら何十レスに一つぐらいにましになってるだろうし、ごくたまにっていうのも、それよりはましな確率で情報が落ちているだろう。
犯罪の温床になってるぞと言ったらそんなのは昔の話と言われたが、おそらくこいつらは今まさに犯罪の温床になっていたとしても別の理由をでっちあげて自分が5chを使うことを正当化するだけだろ。ようは根本的には自己中なだけよね。
(というかこいつら犯罪の温床になってる時点で利用をやめてなかったんだからやっぱとってつけた言い訳だよな)
自分勝手な正義を振りかざすなと言われたけど、自己中よりはましなんじゃねーかな。ジムワトキンスを肥えさせてるというのもなんか癪だよ。私憤でもあり公憤の側面もあろう。
とにかく5chを使うなんて本人にとっても社会にとっても百害あって一利なしなのに、あいつら悪い意味で住めば都って考え方に縛られきっちゃってるんだろうね。今の環境から変わると言うことを何よりも面倒くさがるんだろうな。
妻の揚げ物がマズい。
もっとたっぷりの油で揚げないとギトギトになるよと言っても「でもこれでちゃんと揚がってるから!」と聞く耳を持たない。ちゃんと揚がってないだろうが。
せめて引き上げる前に温度を上げろと言っても「でも焦げるから……」と言い訳しやがる。
ベトベトでグチャグチャでギトギトのかき揚げをマズそうな顔して食うと「せっかく作ったんだからもっと美味しそうな顔できないの?作った人に失礼だと思わないの!?」とか言いやがる。せっかく作ってんだからもっと美味しく作れよ。食材に失礼だと思わないのか。
まぁ、ここまではいい。よくある話だ。
極め付けはそば屋でそば食ってきたんだけど俺が「季節の野菜のかき揚げ」を頼んだらブチ切れしやがった。曰く、「あれだけマズそうな顔して天ぷら食べるくせにお店で高いお金払って天ぷら頼むなんて信じられない!」だそうだ。家でもまともな天ぷら食えない上に外食ですら天ぷら頼めないとしたら俺は永遠にまともな天ぷら食えないのか。お前は呪いか。俺に外食ですらまともな天ぷらを食べさせない呪いか。
みたいなこと言う人って、議題の能力が中の上な同性と下位層の異性を比較してる気がするんだよね
偏差値55~65の同性と偏差値35~45の異性を比較してる感じ
男女、全体で見れば言うほど大差なくない?
男も割りと気が利くし、女も大して気が利かないし、男も感情豊かに笑ったりキレたりしてるし、女もエビデンス揃えて理詰めしたりする
しかしネット、リアル問わず、異性全体をまとめて見下す人によく出会うので原因を考察してみる
→男は気が利かない、けど細やかな男は神経質でキモい
→同性としての男or女、異性としての男or女として関わるしかない訳なので、同性と異性によって態度が違う人間の場合、評価が全く違ってしまう
女にだけ横柄な男、男にだけキレる女は同性に観測されない
トランスジェンダーとかだと性転換して気づくのかも
→初めに関わった異性で分かった気になって異性全体を断じている、まあ世界の全異性と出会うことなんて不可能なので「少ない」をどの程度とするかによるけど
出会った異性の人数が増えたところで、所属コミュニティのバイアスがかかっているので難しい
→親切にしても不機嫌そうな態度を取るため雑に扱われるようになる、冷静に話しても聞く耳を持たないためついにブチキレる、というように話者に不都合な事情が隠されている(または本人も気づいていない)という可能性
思い付いたのはこれくらいだけどどうでしょう?
これ、けっこう当たってる。
増田は箸にも棒にもかからない木端役人だが、自分の立場から言ってもわかるところはある。
ただ、違うところが一つだけあって、
「官邸主導ということで政治家が政策を決定するようになっている。」
より正確にいうと「総理秘書官が政策を決定するようになっている。」というのが現状。まあ、直下で「政治家はお気に入りの人間からしか意見を聞かない」とあるから、つまりはそういうことなんだが。
もちろん、ボトムアップの意見が通らないわけではない。ただ、そういう意見は財務省とがっぷり四つ相撲を闘わねばならない。はてなでは財務省が諸悪の根源的な言説が時たま繰り広げるられるケースがあるが、財務省は財務省できちんと仕事をしているというのが増田の肌感覚だ。きちんと必要性を論じて、そして財務省は無い袖を懸命に手繰りながら、なんとか現場が動けるように凄まじく丁寧な査定を行っている。どれぐらい丁寧かといえば、千円単位で数字を詰めてくる。このギリギリの見極め力は本当に恐れ入る。国の財政が逼迫しているのは明らかだし、はっきりいって現場はまだまだ詰められる部分はある。増田は転職組だが、前職の経費節減力に比べれば全然足りていない。故に財務省の姿勢は正しいと思うし、当社はもっと財務との折衝で闘える実績を上げる必要ときちんと経費を当てていく必要はあると思っている。
ところが、それを飄々と超えてくるのが官邸主導の施策、いわゆる官邸マターというやつだ。gotoとか、ちょっと前だとインバウンドとかそういうもので、増田が財務省と千円単位の折衝を詰めているなかで、突然1000億事業を作れ、とか突拍子もないことを言ってくる。もちろん、コロナ給付金など急を要する場合には功を奏することもある。だが、大抵の場合は現場も、財務省の勘定もただ歪めるだけ、というケースがほとんどで、財政も然ることながら業務行程も完全に破壊してくる。こうなるともうめちゃくちゃだ。
「お気に召す話しか狭き門を通れない。」というのもそのとおりで、秘書官の趣味にあうかどうかでこの官邸マターは決まる。結局、自分が興味を持ったものしか人は聞く耳を持たない。これは仕方ないと思うし、だから民主主義>独裁というわけだ。ところが、政治家はまだ一応、選挙で選ばれているし、まだ一応700人いるわけだから、まだ一応民主主義の体をまだ一応なしているわけであるが、総理秘書官はただの官僚(かんていのすがた)であるから、選挙も経ていないし、自分の推し進めた政策の責任を取らされることもほぼない。ここに邪悪さが集約されていると思う。故に増田は今すぐ官邸主導は解体されるべき、だと思う。
適当に書いたブコメなのにたくさんのスターやカラースターがもらえること
増田に投稿したら、トラバで叩かれまくってるのにブクマカにまでボコボコにされる
多分。
はてブに来ると左寄りになりがち
増田を投稿して「もしバズったらどうしよう」と考えるが1ブクマももらえない
ブクマカはすぐ忘れるので話題がコロコロ変わる(ただし人の失敗や炎上は一生忘れない)
ブクマカが知ったかぶりや汚い言葉を使ってたら、反面教師にしよう
任意だよね?っていう返答は警察官には効かないって記事があったので読んでいたのだけど、
読んでいたらどんどん腹が立ってきた。思い出し怒りだ。
ちょっと前の話をする。
用事で初めて行く施設があったんだけど、施設だけでなく、その土地にも初めて行くのでスマホのナビを見ながら歩いていた。
「何してるの?ちょっといい?」
なんもやってないので「何か用ですか?」と聞いたら、ちょっと職質させてみたいな事を言ってきた。
約束の時間に間に合わなくなりそうなので「今、時間ないんです。約束してる用事があるので無理です」と伝えたら、
「そんな事言ってるけど、時間あるよね?」と通せんぼしてきた。
何度言ってもコイツラは人の話をする聞いちゃいない。
面倒くさくなったので、行く場所と何しに行くか伝えたた上で「時間がない、約束の時間に遅れる」と言ったが聞く耳を持たない。
挙句には「そういう風に嘘をつく人もいてね」なんて言う。
「君さ?スマホをちょくちょく見てたでしょ?そういう人で受け子の人も居るんだよねー」なんて言われた。
ホントムカついたので、スマホの画面(ナビ起動中・目的地についても表示されていた)を見せた。
「ここに行きたいけど土地勘がないからナビを見ながら歩いていただけだ」ってキレ気味に答えたら、
今度は「ムキになるのはおかしくない?」なんて言ってくる。
こういう奴らなんだよ。何を言っても屁理屈みたいないちゃもんばっか付けてくる。
結局コイツラのせいで時間に間に合わず、先方にはイヤミを言われ散々だった。
『どこへ行きたい、こういう理由でそこに行く』って伝えても『それ、あなたの言い訳ですよね』みたいな言い方で返してくる。
アイツらに『任意』という言葉が効かないんじゃなくて、アイツらは人の言葉が通じないんだよ。
そんなのうちにあったんだって話を聞いてみたら祖母(90超え痴呆)が設置施工元のサニ●クスに見積もりを出したとのこと。
金額を聞いてびっくり、60万円だと。
床下換気扇1台8万円。わろた。
しかもその費用は俺が父方の祖父からもらった遺産から出してもらうね…って正気か?
ひび割れの修繕も混みとはいえ、さすがに高すぎないかと調べたらあまり良くない評価が飛び交っているので
ネットで業者探してあげるから一旦断ってくれと母に断りの電話を入れてもらった。
「壊れたものは直さないと!ここにに全部やってもらえばええやろ」
俺が納得するまで契約は保留にするからと母は言ったが納得できないし、したくないのが本音。
誰が金出すと思ってんだよ。
早く死んでくれないかな
俺と知り合いの話なんだが、個人的にどんなに大変な状況にあっても『辛い』『死にたい』『何もかも嫌だ』っていう事を考えることが俺には無い。
身の上話でスマンけど、ちょっと長めの経験してきたことを聞いて欲しい。
生まれた時から貧乏でサラ金の取り立てなんかもしょっちゅうだったし、明日生きる金すら無くなって一家心中しそうな状況だった事もある。
寝ている間に絞め殺されるんじゃないかって子供の頃は毎日思っていたくらいだった。
小中高と友人にも恵まれず、教師にすら恵まれず、小中では集団いじめの標的になっていたし教師もグルになってるくらいひどかった。
高校になってバイトができるようになると毎月の給料は親父に全て搾取されていき、いつも聞くセリフは「育ててやった恩を忘れるな」ばかりだった。
こんな事が続くと人はグレる。典型的なお手本のように不良グループの一員になっていた。
が、5年経たずして親が倒れ介護が始まった。
前述した通りうちは貧乏なので、親が倒れた時点で絶望しかなかった。
とにかく日々の生活費、親の入院費用などをなんとかしていくのが精一杯だった。
どうにも首が回らないほどやばい時があったが、とりあえず自分の身の回りのものを売ってでも金を作った。
生活保護の申請もしたが、役所の人間が全然前向きじゃなく「あなたは仕事ができるでしょ?」と認めてくれなかった。
福祉をどう使おうが無理。仕事中に何が起こるかわからんしフルタイムで働くなんか無理すぎた。
が、働かんとどうにもならない。
そうやって生きてきて、10年以上すぎた。
どんなに厳しかろうがなんとかしていく事だけを考えてきたので、今も生きていられる。まぁそもそも死ぬ気なんか考えたこともないが。
辛いことがあろうが、良いことだってどこかにあるわけで。悪いことを考えていたら沈むだけだし、なら良いことでも探すかと生きていたほうが楽なわけだ。
で、最初の話に戻るが知り合いがどうにも毎日のように「死にたい」だ、「辛い」だを繰り返している。
何を言っても人の話は聞く耳を持たない。
俺はそんな事を考えている暇があったら、生きて良いことを探す方を選ぶ人間なんでそういう考え方でもしてみたらと言ってみたのだが
挙げ句に「頑張れとは言わないが、まあやれるだけやってみれば?」って言ってみると
すでに頑張っている人に対して、まだ頑張れというのはひどすぎると言ってくる有様。
まるで他の人が頑張って生きていないと言いたい風に、知り合いは言ってくる。
正直、こちらの生き様と比べるなら知り合いはよっぽど幸せに生きているわけなのだが。
どんなに厳しい状況でも、辛いやら死にたいなんて言っても解決はしないわけで
今の20代は統一教会に対して否定的に見ていない。安倍元総理など自民党の後援団体の1つであることの認識はしていて、20代が恩恵に預かってる「好条件の就職」「働き方改革によるホワイト企業化」などの立役者の1つという認識だ。
そこには危険なカルトという意識は全く出てこない。「ぼくたちを守ってくれる安倍さん達をサポートしてくれる統一教会」であるのだ。
だから、統一教会の危険性を知っている30代以上の人がその危険性を具体的に言及したり、しつこい勧誘を受けた等の具体事例を元に統一教会を非難したりすると、20代は聞く耳を持たないどころかその場から去ってしまう。自分達の否定になるからだ。
統一教会ネタにいっちょ噛みしたいのでプロテスタント系大学での統一教会の扱いについて説明するよ。
https://anond.hatelabo.jp/20220710130132
因みに日本のミッションスクールはイエズス会の作った上智大などの少数を除いて、殆どがプロテスタント系だ。これはプロテスタントの方が伝道師の資格が得やすいというのと、アメリカの影響を受けているからだ。
日本の多くのプロテスタント教会は統一教会と戦っているので、そのミッション校である大学では統一教会の活動ははっきりと禁止されている。「信教の自由」みたいな微温的な言い分には完全に聞く耳を持たない。
特にピリピリしているのが学内での勧誘や原理研の偽装サークルを通じたオルグで、入学時のオリエンテーションでかなりの時間を掛けて注意を受ける。
もし学内での勧誘が発覚したらかならずこうする、と強く警告を受ける。
曰く
1.当該学生は呼び出される。
2.教会の牧師や教授の説得チームが構成され親を交えた脱会説得。親が田舎に居る場合でも大学に出てきてもらう。
3.「説得に応じない場合」という譲歩の想定は無し。
4.偽装サークルを作っていた場合はサークルは強制的に閉鎖、関わった学生は全て停学の上で上記1と2コース。
5.停学の解除条件は統一教会脱会のみ(勧誘しませんの約束ではない)。
「統一教会には絶対に接近されるな、勧誘されるな、勧誘する立場までになったら退学だぞ」と念押しされるんだな。
その結果、ミッション校では完全に原理研フリーになってて、学生は統一教会問題というのは過去のもので既にこの世にないものと思っていたりする。それで、卒業したら統一がまだ現役で活動しているという事を知って驚いたり、逆に接近されても気が付かなかったりする。
増田も卒業後にネットで原理研の話を聞いて、あれってまだ現役だったモノなの?と驚いてしまったくらいだ。
なんでプロテスタントミッション校でこんなに統一教会を徹底的に排除しているのかというと、過去に非常に戦闘的な脱会運動をしていたからなんだな。
統一教会が国会などで問題になって盛んに報道されるようになったのは1990年以降なんだが、その前の80年代には霊感商法や洗脳的な集団生活などが問題になって来ていた。
それで牧師たちがこの邪教から学生や相談を受けた親の子息を足り戻す脱会運動をしていたんだがこれは説得とか生ぬるいものじゃない。何しろまず洗脳解除をしなきゃいけないから使う言語は肉体言語込みになる。
1.まずターゲットは道場や寮で集団生活をして宗教活動に励んでいるので、外に出るタイミングを見計らって路上などで親と牧師達で取り囲み、説得したり怒鳴ったり泣き落とししたり腕力で肉体的に説得して車に押し込んで連れ去ってしまう。その為には生活パターンの把握が必須なので張り込みもやる。
2.統一が身柄奪還の為に連絡を取りに来るので、家には戻さない。教会や大学の寮に入れる。とにかく身柄を確保してしまう。
3.洗脳を解く方法は逆洗脳。寝かせずに説得、キリスト教の教義の論争を仕掛けて全て論破しまくる、大声を浴びせて疲れさせる、急に泣き落とす、急に叱りつけてから急に話を聞いて心を開かせ過去の自分を思い出させる。信者のせいで崩壊した家庭の事を説明してこの先の事を考えさせる。
こんな風に非常に強引な手法で洗脳を解き、日常に復帰させる。その後のセミナー系カルトなどの例を見ても脱洗脳はみなこういう方法を取るようだ。
だけど教団側も手をこまねている訳じゃない。こういう手段で身柄を取り返しに来る。
・通勤通学路や家の近くで待ち伏せして「騙されているんだ帰ろう」と説得する。これは数度だけじゃなくて非常にしつこく、何年間、何十何百回も繰り返される。
だから教会とか寮とかの牧師達の目の届くところに住まわせる必要があるし、法廷闘争に対抗して弁護士を立てる必要もある。
だからネットとかで統一側に立って「信教の自由がー」「信者の人権がー」って言ってるのを見ると悪いが鼻で笑ってしまう。
人権は学校では「崇高なもの」みたいに教わるが法廷では誰もが主張できる武器である。武器を掲げているからそっちが正義みたいに思い込むのは学校のホームルームであって、こっちは法廷である。
本人の脱会が成功しました。おめでとう御座います…じゃない。その後も再オルグ対策は続けなきゃならない。
非常にしつこく信者が接触しに来るので、本人の引っ越しは当然のこと、家族も引っ越しする。その為に家を売り払う場合もある。
本人は何とか大学を卒業する。そして遠方に就職する。友人も本人を追えなくする。交友関係が切れてしまうが仕方がない。
とにかく身を隠す為の生活を余儀なくされるのである。まるで犯罪者だ。
実家の引っ越しには親の転職も含む場合がある。だから相当の金も掛かるし、人生も変わってしまう。でも信者のままで霊感商法に従事すると本人も家族も人生なんて無くなるからずっとましである。
プロテスタントの牧師達はこういう風に統一教会と戦って大学から排除していたのだが、他の私学、国公立では信教の自由の下で放置されていた。だから統一はミッションスクールから手を引いてやりやすい普通の私学国公立でオルグをしていた。
ところがオウム事件が日本中を震撼させると学内でのオルグが問題になってくる。
そこで多くの大学が方針を切り替えた。プロテスタント大学のように戦闘的な脱会運動や退学処分が当然のような方針ではないが、他のカルトと一緒に統一教会や原理研の勧誘に注意喚起が出され、「原理研の偽装サークルに注意!」と張り紙が出るようになった。
因みに1990年頃の大学改革で米国式の実学系学部が人気になり、旧来の学部でも実学系の講義が増えたのだが、その非常勤講師が自己啓発セミナーの勧誘を行う事が問題になっていた。それも当時にそういう講師を学期途中でも解雇にするという形になったのだが、、、後にこれら自己啓発系は企業の社員研修に食い込むようになってブラック企業隆盛の片棒を担ぐようになったのだな。
統一教会は1980年代末にはTVで大々的に批判されたので、こういう状況になると警戒されて学内で勧誘が非常に難しくなった。
そこで統一は名称の変更を言い出す。世界平和統一家庭連合、通称:家庭連合だ。
因みに「家庭」っていうタームは、1990年代の保守陣営の流行のようななのだ。
共産主義の親玉、ソ連が無くなって自由主義陣営と共産主義陣営の戦いという「歴史が終わっ」って戦う相手がいなくなってしまったせいで、陣営としてバラバラになってしまった。運動の核が無くなっちゃったのだな。それでマルクス主義フェミニズムなんかが家族という制度を攻撃している!家族や父性を大事にしようっていう風に再び集合するためのテーゼを共有したのだ。この時、この家族は大家族なのか、戦後の核家族なのかは敢えて問わないようにした。
この名称変更を文化庁はずっと拒否していた。理由は偽装勧誘の為なの明白だから当然な対応である。
これまでの経緯を見るとかなりヤバい事をしたと言っていいだろう。牧師らの長い戦闘的脱会運動とオウム事件で流れた血の果てに統一の勧誘名指しが無されたのにその効果をパーにしてしまった。
保守派の論客や自民党議員でカソリック信徒の人は多い。日本ではプロテスタントが専ら優勢なのに奇妙だ。
それは、以上の経緯で日本のプロテスタントがかなりリベラル寄りになっているって事が原因だ。
そもそも統一信者の霊感商法や家族崩壊という社会問題化を封じてきたのは反共議員達であって、憤怒の的だ。
(反共議員が多いのは自民党だったが、社会党にはもっと濃度の濃い反共議員がいた)
そういう事情が影響していると思われる。
だから日本のプロテスタントが左寄りだ!っていうはそうだと思う。
だが、ネットで「日本のプロテスタントは共産主義!」とかいうのを見る事もあって、そういうのを見ると「ああ、やってるなぁ/誰の影響か知らずに居るんだろうなぁ」と思うのである。
「スポーツで人格形成が成される」という強者のための詭弁である。
自分の肉体的な弱さを認められても精神的な弱さは認められない。
スポーツで結果を出すためのルーティーンをどれだけ磨いても私生活においては過剰なアドレナリンを抑えられない。
強ければ正しい世界に染まれば自分の欲望だけを満たそうとすることを批判されても聞く耳を持たない。
これはね。
証明されたばかりなんですよ。
プーチンをみなさいよ。
「柔」の「道」をひたむきに鍛え上げた人だ。
だがどう見ても彼には柔らかい物腰など身についてないし、人としての道なんて踏み外しきってる。
でもそれは「スポーツをやれば人格形成が出来る」ということへの否定でもある。
心根のネジ曲がった輩はいくらスポーツをしても人格が歪みきったままだと言うなら、心根の立派なスポーツマンはスポーツなんてしてなくても立派な人だったということではないだろうか?
どうしても言い張りたいならウクライナの方に向かって「プーチンさんは立派な人格者だ!だって彼は黒帯だから!」と何万回でも叫んでみなさい。
何回積み上げても嘘が嘘であることを塗り替えられないような虚しいまでの嘘っぱちが存在することを思い知ることでしょう。
スポーツの世界はいい加減この誇大妄想じみた看板を卒業するべきだ。
「人格形成が出来るのかどうかは知らんがとにかくスポーツをするとスポーツが出来てスポーツが上手くなるかも知れないぞ」だけで勝負しなさい。
嘘を平気でつくような人達が「先生」と呼ばれてニタニタ顔でパワハラセクハラを繰り返し続ける限り、スポーツなんてものは真っ当にはならんよ
私の友人がコロナの濃厚接触者になったということで、病院に予約を取って検査を受けに行くそうだ。
症状はない。
私は、「検査受けて陽性でも陰性でも1週間は自宅待機なんだから、別に検査を受けなくても良くない?」と言ったのだが、「受けるのがマナー」とかよくわからんことを言って、聞く耳を持たない。
うーん、これが世間か……。
こういう人たちを大量に相手にしているから病院が無駄に忙しくなるんだろうね。
やれやれ。
検査結果が陽性なら、まあかかっている可能性が高いけど、陰性と出た場合、何の証明にもならないからね。
数日たって陽性に変わることもあるし。
だから濃厚接触者は検査結果に関わらず一定期間外出自粛しなければならないのだが。
(追記)
ただ、友人の言うことも一理あるのかもしれないと思い返した。
友人は、陽性者と濃厚接触があった後、その旨の連絡を受けるまでの数日間、いろいろ動き回って、他の人たちにも接触してしまったらしい。
だから、自分が検査して、陽性なら接触した人たちにも連絡しなければ、と思っているようだ。
一理あると思いつつ、そこまで几帳面にやらんでもいいのではないかという気もする。
自分は女性だし、フェミニズム(概念、理論)が必要な立場なんだけど、あまりにも目に入ってくるフェミニスト(人)が無理すぎて本当に距離を起きたくなるし、実際距離をおいている。きっとこういうのは自分だけではないと思う。距離を置く人が増えればフェミニズム(概念、理論)自体が衰退していくだろうし、これは本当に良くない
もちろん自分自身でも「こういうフェミニストの行為はおかしい」「それはフェミニズムの理念を借りたスカッとしたい行為でしかない」とか言うけど多勢に無勢ってか、興奮して逝っちゃってる頭おかしいフェミニスト(人)は聞く耳を持たないし、そういうのを横目で見ている多くの女性にも、やはり届かない。だからどんどんフェミニズム(理念)離れが起こる悪循環
いやマジでもう無理です。フェミニズムは誰かにマウントしたりスカッとしたい人たちに占領されてしまっている。愛国心とか保守思想が乗っ取られたのと同じになっている