はてなキーワード: 礼拝とは
Googleマップで「キリスト教 教会」で検索して自宅から近いところを探して。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ミッション系大学
ここで宗派どれかなーってみてみる。
「なんだ青学と同じかー」「こっちはフェリス女学院かー」なら安心するでしょ?
(いちおう、キリスト教を騙ったカルト団体もあるので気をつけてね。統〇教会とかね。外で声をかけたり、家に訪ねてくるヤツはダメ。真っ当なキリスト教は勧誘しません)
受付みたいなところで名前とか書く
「みんなに紹介していいですか」という欄に丸をする
受付の人に、「クリスチャンではないけどお友達が欲しいから来ました」みたいなことを言うといいよ
(たぶん、みんなお友達になろうとする)
クリスチャンじゃないけど教会で結婚式あげたいカップルや、クリスチャンではないけれどカレーを食べに来たおじさんとかいっぱいいるところが教会だから緊張しなくていいよ
聖書と讃美歌は受付みたいなとこで貸してくれる
礼拝中に献金袋が回ってくるかもしれないけれど、寄付してもいいししなくてもいい。
カレーを食べて行くか聞かれるので一緒に食べる
日本のクリスチャンは日曜にカレーを食べがち。旧約聖書にもそう書いてある。
ごめん嘘。でもカレーを食べるのはほんと。
お昼代500円くらいもっていくと安心。
みんなぶっちゃけ礼拝とかどうでもよくてカレー食べながらだべりに来ているところがある
(今はコロナ禍でカレー食べてないところもあるかも。その場合はごめん)
家から近いところがいいよ。日曜ね、朝早く起きるのめんどいんだわ。
「最近来ないじゃ〜ん どうしたの?元気?」「あーー寝坊して」
みたいなカンジになるよ。
アメリカ人の友達「偽物の教会で、お葬式の曲が流れる不思議な結婚式に出たのよ」「それ、日本の標準的結婚式です…」
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1956479
これはつまり「ブライダル業界の結婚式」だが、なんでこうなったのか?。
今主流のこういう結婚式の始まりは1970年代なんだが、その元は60年代にある。
日本のイエ制度は明治に出来たようなもんだが(武家を除く)、昭和初期には堅固なものとなり、更に国家と天皇がイエに擬製されて人間はそこから逃れる術はほぼ無かった。ゲマインシャフトと国家有機体論の合体だ。
戦争に負けるとおせっかい焼きのアメリカが自由の形だけを作って置いていった。国家権力だけは縛ったからあとは勝手に使うがよいと。
それで戦後も時代が下り生活レベルが向上すると段々と生活や人生上の自由が増大化していった。
イエというのは家督であり、継げるのは長男一人だけだ。しかしその他の女子や次男以下も生き方が制限された。
長男は適齢期になると親が勝手に縁談をまとめて「あの家の娘と一緒になれ」。断った場合は勘当されて死ねと言われる。
次男以下は中学(尋常小学校)を出ると「小僧」の勤め先を親が決めてくるので、そこに入る。小僧っていうのは商家に住込みの店員見習いだ。然程の長時間労働ではないが「仕事」ではなくて24時間主人に仕える事が求められる。全人格労働だ。
こういう風習があったので会社勤めが一般化しても昭和中期まで独身者は会社の寮に住込みが基本だった。勿論集団生活で雑居だ。プライバシーとかいう事を気にする者はアメリカかぶれの不良である。
女子は妙齢になるとやはり親が勝手に嫁ぐ先を決める。断るのはアメリカかぶれの不良である。そもそも断ると生きていく術が無い。本人が何とかなっても家族が村八分になる。
商家に女版小僧として働くというケースもあった。勿論住込みの全人格労働だ。これも妙齢になると主人が見合いの相手を見つけてくるので恋愛期間なく結婚せねばならない。
戦後生まれの団塊世代が成人する60年代末になると都会ではそういう古いイエに縛られない核家族が増え、子供用個室が出来たりもした。
でもそれは都会の話で、田舎の方ではまだ古いイエに縛られたままの人間が多かったのだ。
例えば中島みゆきの『ファイト』は1982年の歌だが、「薄情もんが田舎の町に砂かけんのか、出てくならお前の身内住めんようにしちゃる」と言われて長距離切符燃やそうとしたが出来なかった。東京行の文字が滲んだ切符をまだ持ってる、っていう節がある。
なんでこんなキツイ歌詞を考えつくの…と思うがこれは中島みゆきの深夜ラジオに送られて来たリスナーのハガキの内容を切り貼りした歌詞なんである。
つまり1970年代末~1980年代頭にもこういう思いをした人は居たという事だ。
「ファイト」の語感だけで元気を振るう歌だと思っていると衝撃を受ける事と思う。苦難や挫折が生々しいのだ。
勉強を頑張って東京の大学に進む事が出来るように先生に親を説得してもらう(余計な勉強なんかして更に大学に進もうなんて親不孝のアメリカかぶれの不良である)。
集団就職に参加する。
一度商家に入り、数年奉仕し18or20歳の年齢制限をクリアして暇を貰い、水商売に入る(増田の親のパターン。単に不良である)。
そういう状況だったから古い世間では自由恋愛=不良であった。それは流行恋愛歌に乗せられて人の道を踏み外すアメリカかぶれの不良である。
一方、若者からすれば自由恋愛とは誰と恋愛してもいいよという状態の事だけじゃなくて因習から逃れる解放のテーゼだ。
人は好きな人と結ばれる権利がある。それを称揚すべきである。ロマンチックラブイデオロギーだ。
そういう訳で沢山のフォークソングで自由恋愛が称揚されるようになった。1960年代には社会への異議申し立てという歌詞が多かったのが、70年代になると安保闘争の挫折も相俟って現状肯定、恋愛称揚などのポジティブ系にシフトしていく。
有名なのが吉田拓郎の『結婚しようよ』1972年で、僕の髪が伸びたらチャペルで結婚式を挙げよう、というもの。
チャペルはキリスト教会の礼拝場の事なのだが、実際に多く使われるのはミッション系大学の礼拝場だ。要するに学生結婚したいねという欲求を惹起する歌だ。
もう一つ有名で披露宴でも使われるのがチェリッシュの『てんとうむしのサンバ』(1973年)で、夢の国の森の小さな教会で結婚式を挙げました、という歌詞。
こういう曲のヒットにより「小さなキリスト教会での挙式」というのが憧れとなり、実際にミッション系大学併設の教会での挙式が多く行われた。因みに式の前に洗礼を行って形だけでも「キリスト教者」になっておく。
ただ、ミッション校の教会は限られていてパイが少ないし両方の親族が沢山来たら礼拝堂に入らない。
でもそれがまた「イエvs.イエ」の結婚式へのアンチテーゼとして働いた訳だ。
なんでキリスト教会なの?と言えば、それは第一に西欧への憧れであり、第二に「日本古来の神式、仏式でないから」だ。神式、仏式にはイエの因習の表象をまとっていた。
今は厳かな神式も人気で特に鎌倉鶴岡八幡宮の舞殿で行われる神前式は人気だ。これには団塊/全共闘の残した軽いノリへのアンチテーゼで権威的なものを好むというテイストもあるだろう。
でも今の神前式を選ぶのと60年代の仏/神前式は意味が違うのだ。現代のは一度因習との結びつきが嫌われて廃れ死んだ後に、「博物館入り」して個人にとって安全になったものだ。安全になったので「自由意思で選択」しているのである。
「花嫁は夜汽車に乗ってとついでいくの」という『花嫁』(はしだのりひことクライマックス 1971年)なんか歌詞をよく確認してみたら駆け落ちなのな。こいつを披露宴で掛けるのはヤバそうだ。
それ以前の結婚式は仏式/神前とあったが、特に都市部だと著名な特徴があった。
それは「祝言(しゅうげん)として能の演目『高砂』の一節の謡いを仲人がやる」という事。俗にいう「高砂や~」である。
https://www.youtube.com/watch?v=Zm1Se2fRnvU
これをこの調子で仲人が謡う。これは都市部では必ずやる。絶対にやる。だから仲人はこの祝言を暗記して慣れない能の謡い方を練習した。それを笑った落語もある。「高砂や~」って練習してる時に「とうふ~」と豆腐売りが来ちゃって混じって覚えちゃうのな。
これは恐らく江戸時代後期には一般化していたと考えられるが、廃れた時期ははっきりしてて団塊世代の適齢期だ。
ちょっと脱線だが老松町という地名があったり地名変更で無くなったが祭りの町内会名や祭りの神輿や山車の提灯なんかで出てきたりする。
でも昔は結婚式では「必ず」高砂の祝言を謡ったのだ。『高砂』の内容とは、神主が兵庫県の高砂で老女老男に出会い、我らは片や高砂の、片や大阪市住之江区の住吉大社の老松だと言われる。小舟に乗って去った老夫婦の後を追って船で住吉に向かうと、住吉明神が神々しい舞を見せた、というものだ。
まぁ今は埋め立てで遥か内陸になってしまって阪堺電軌じゃないと行けませんがね…。
この「老松」なのですよ。昔は結婚式で必ず仲人が高砂を謡った。故に門出の歌なのですな。
関東大震災で下町が壊滅すると多くの人が板橋区とか池袋、世田谷、杉並などの郊外に移り住んだ。すると農村の人口が増えて村から町になり区画も分割される。そこでめでたい瑞祥地名として新婚の門出と長寿と願って老松町というのが増えた。
でもその後字面が年寄臭いって事で消えてしまった。『高砂』が廃れた現在から見るとやっぱ年寄臭く見えるけど、それは習俗が途絶えて常識が消えたせいなんでありますな。
会場が教会だったり披露宴でフォークソングとか歌うし高砂やはやらないしで、この新しい結婚式に保守的な人らは憤慨していた。
どのくらいかというと、わざわざ入試問題に新型披露宴を批判したり、親戚のオヤジがマイクを渡されてフォークソング披露宴への憤懣ぶちまける説教演説したのを現代文の問題で出したりするくらい。そんなのを入試に出すなよ。過去問としてアーカイブされて10年以上参照されるんだぞ。
しかし芸能人などが次々とキリスト教式で挙式するようになる。するとこれは大きな需要であるから「ブライダル業界」が立ち上がり、洗礼とかがない宗教的に気軽なキリスト教式結婚式を提供するようになったのだ。それまでは互助会のような組織が主だった。
ホテルなどでの挙式よりは断然安い。しかし教会での式よりは断然高い。
だから団塊のイエへの抵抗から始まったブームが大きくなって70年代中頃に業界化し、80年代には完全に一般化してこっちが主流になったのである。だが80年代には色々行き過ぎて珍妙な式が行われており、それでまた年配者の顰蹙を買ったようだ。ハイジみたいなブランコで新郎新婦が登場とかラブソングカラオケ熱唱とか色々おかしい。
だから「なんで偽物の教会でやるの?」と聞かれたら「それが昔は近代的な解放だったんだよ」「その意味が社会から消えても形式と業界がそのままになってるんだよ」「貴方の国の若い人らもハングルやひらがなを混ぜて書く事があるけど、それも同じ抑圧からのサブカルチャー的解放の意味があるんじゃないの」と言えばよい。
それとは別にやっぱあの形式の結婚式にはダサさを感じるし、偽物の教会も中途半端で教会建築への理解の少なさが出ちゃってる。標準的形式の練り直しはすべき時期かもしんない。
紺ブルマー崇拝教団とは、神奈川県内に本部を持つ宗教法人である。通称は「KB教」。
KB教は東京都府中市にある旧東京体育大学のキャンパスを拠点としている。2020年10月時点の信徒数は6700名余りで日本最大級の規模を誇る宗教団体でもある。
この団体は学生時代から一貫してスポーツ活動にのめり込んできたメンバーによって結成されたもので、同団体の活動は体操着(主に紺色)を神聖視しこれを着用する女性の肉体美を称えるというものが中心となっている。そのため入信には健康な男女であることが条件となり、特に20歳未満の女性に対する勧誘行為が禁じられているという特色がある。
なお紺色の服装をしていると身体が良くなるというのはあくまで迷信であり科学的根拠はないとされる一方で、会員たちは熱心に修行を行い信仰心を高めることでその加護を得ると信じており、実際に入信者の中には怪我や病気を克服した者もいるとされる。その一方で性的嗜好に基づいた不純異性交遊への助長を目的とした悪徳商法ではないかという指摘も時折行われているため注意を要する。
またKB教では紺ブルマと呼ばれる独自の制服を制定してこれを着用した女性が活動する光景も見られることから、これは元々は同校の学生用体操服であったものの名称を転用したものと見られている。
KB教の歴史は古く、1974年に学生有志による同好会という形で発足している。当時は学祭における出店のような扱いであったが、徐々に本格的な活動をするようになり、1998年には教義に基づいて新たな運動部を設立するに至っている。設立時の名称は『体操文化研究会』であったが、2002年ごろに現在の名称に変更されたとされている。
2017年以降は大規模な布教活動を行うようになり、2019年現在で各地に支社を置くまでになっているほか、2020年の時点では海外にも進出する計画を立てていたとしている。
2020年時点で約1万人弱の会員を擁しているが、主な構成員の出身校として首都圏にある私立・国立高校の名前が列挙されることが多く、その多くは私立の女子高だと言われている。また入退会の自由はなく、事実上の軟禁状態にあるのではないかと指摘する声もある。
KB教に入信するにはまず最初に男性であれば入会金2万円を支払い、その後指定口座へ会費を振り込むことが必要となる。入会の儀を終えた者は手製のロザリオを受け取ることになっており、これが教徒であることを周囲に示すための身分証となるのだという。また教祖の肉声を収録したカセットテープを購入しそれを携帯することも義務づけられているが、テープの内容は毎回異なるとのことなので信憑性については不明だという。
そして入信の儀式の際にはブルマーを着用した上で専用の座布団に座って正坐をし、講師役の導師の指示に従って礼拝を行うことになるのだが、その際は両手両足を大きく広げたままの状態で静止するよう求められることがしばしばあるらしい。さらに儀式後は全員揃って合掌しながら聖詞を唱えつつ感謝の言葉を述べることになっているようだ。こうした一連の行動は全て経典に記されている通りのものなのだという。ちなみに教団内の宗教行事においてはこれらの行為は性器を露出させるよりも重要であるとされており、この点に関して前述の生徒は「破廉恥などとはとんでもない!」と語っているという。
なおこれらの行法が行われる部屋は元々使用されていた体育倉庫を改造したものであるらしく、2018年時点では4畳半ほどの小部屋に机などが並べられているだけの部屋だったものが次第に拡張されていったとみられている。
2021年現在も入信者の増加が続いているとされ、「まだ未熟ですが教団の拡大のために頑張ります」「自分の力を活かして皆様のお役に立てるよう努めて参りたいと思います」といったメッセージがSNSなどで発信されているという。しかしその中には特定の人物に対して勧誘が行われていることを示唆する内容のものもあったといい、真偽は不明ながら一部では問題視される動きが見られるという。
KB教の特徴はなんといってもその会員の多くが体育会系の出身であるということだろう。実際に2017年ごろの段階でも全国各地にある支部の支部長の多くはスポーツマンであったという証言があり、中には甲子園に出場した経験のある選手もいるといわれている。2020年現在でも数多くの部員を擁する部活動が存在するという情報もあり、そうした観点から見れば他の新興宗教団体と比べても格段の規模を誇っているといえるかもしれない。
一方で組織運営に関してはあまり資金的余裕がないのか、活動費用に困った信徒たちが銀行から融資を受けようとし断られているという情報がインターネット上で散見されるが、これについてもあくまで噂の範囲に留まるもので確証はない。
またKB教には独自の信仰形態に基づいたいくつかの禁忌事項が定められているものの、その詳細は不明であり入信者であっても詳細を知らない者が多いとされる。例えば性行為禁止の項には「不浄な肉体で行うことによって神様からの天罰を受ける恐れがあります。それを防ぐために男性の入信を禁じています」(原文ママ)と書かれているとされるが、これに対しては過去に一部の男性が抗議を行ったこともある(もっとも教義の内容的に考えて実行可能かは疑問視されていたが)。
他にも性的な表現を含む創作物や言葉の使用が制限されており、例として小説や漫画などの出版物はもちろんのことネット上においてもそのような表現が用いられることは禁じられているとされているほか、『体操文化研究会』に関連するサイトへのリンクも禁止されているようである。ただしこれらはあくまで『体操文化研究会』に対するものであり、その他の関連項目ではそういった制限は特に設けられていない。2019年時点では主に男性を中心として入信希望者が殺到しているため、特に若い女性の間ではこの教団の存在が一種のステータスとなっているのではないかという指摘がある一方、男女間のトラブルが発生しているという報告もある。具体的には男子生徒が女子生徒に対し性的暴行を加えようとしたり下着類を奪い取ろうとしたりして逮捕された事例が少なくとも3件発生しているそうで、いずれも未遂に終わったもののうち2名は起訴猶予処分となったそうだ。
かなり不気味だったから昨年の11月に作成してからずっと増田に投稿できてなかった。
こちらも。
公明党という先駆者が居る上、統一教会は若者世代が就職率・初任給アップと言う形で果実を享受している「アベノミクス」を陰で支えていたような存在であるため、むしろ肯定的にとらえられている。
ちなみに若者世代は驚くほど創価学会に対しても拒否感がない。信者でもないのに「創価学会を批判する人うざい。直接被害食らったわけでもないのなら黙っててほしい」という19歳の人を見たこともある。
少なくとも近年はほぼ話を聞かない。1年3億円と言われても、あのジャパンライフの1/700。課金ガチャの被害の方がよっぽど大きい。課金ガチャを肯定的にとらえている世代なので統一教会のお布施を否定する理由がない。そもそもお布施が問題だったらキリスト教の礼拝もNGという考え
確かに15年前までは問題があったかもしれない(「あった」という断定ではない)が、近年は聞かない。仏壇や墓石買うのと同じくらいでしかないと捉えられている
左翼政党みたいに「売国」のレベルまでは達していない。日本の主権を奪おうともしていないしそこまで問題ではない。立憲民主党や社会党や共産党の方がよっぽどこの視点では問題がある
彼らは統一教会に対してシュプレヒコールを上げている30代後半以上の世代を冷たい目で見ている。報道も「もう飽きた」である。
どうすればよいのかわからない。
国会議員が特定の宗教を信仰することを否定する日本国民はさすがにいないだろう
例えば、イスラム教徒は1日に5回礼拝するけれど、イスラム教徒の国会議員がいたとして、国会会期中に本会議なり委員会を抜けて礼拝をするのは許されるのかどうか
許されるだろう
1日に5回礼拝するイスラム教徒が内閣を構成する大臣になったらどうだろうか、総理大臣ではどうだろうか
これも受容されるべきだろう
実際、靖国神社に玉串奉奠しても、色々文句は出るけれども、政教分離に反していると言い出す人はほぼほぼいない
では、特定の信仰を持つ人が、政治活動をしたり、選挙活動をしたり、政治結社を作ることは問題なのか
問題ないだろう
問題にならない
昔のオウム真理教、現在のアレフも宗教法人としてこそ認められていないが、国が教義を否定しているわけではない
ブコメで見かける「政教分離」という言葉は、まるで議員の信仰を一切拒否するようなものがちらほら見受けられる
政教分離は国が信仰を強制しない、信仰の自由の上に成り立つものであって、ブコメでは因果関係が逆転しているように思える
礼拝室を建てるお金はどこから出るんじゃいってあたりで揉めそう(金があるなら自分で建てたらどうや)
イスラム教の宗教団体が、各種公共設備や企業に礼拝室を設けるように陳情しました。
この際に、見返りの性格の強い、政治献金の申し出もしたし、協力してくれる政治家への選挙協力スタッフの協力も約束しました。
これは、NGですか?問題ないと言うなら、統一教会の献金との違いは?
労組が政治献金や政治資金パーティー券を購入で11億円を正当に支払いました。
また政策で協力することを前提として、選挙協力スタッフの協力もしました。
これは、NGですか?問題ないと言うなら、統一教会の献金との違いは?
政治家が過去に逮捕された経験もある極左活動家に市民ボランティアの名目で
企業団体からの政治献金や選挙協力を一律で全面禁止にして、政治活動に関わる費用を国費ですべて負担する。
小学校低学年の頃に北海道の帯広で開催されたイベントに連れていかれました。
苦痛でしたがバスで信者の美人お姉さんの膝の上に座らせてもらったのだけはいい記憶です。
イベントの内容はなんかすごい焚火を囲んで拝んでいた感じだった気がします。
小学校中学年ぐらいの頃には日曜日の朝5時に起きて礼拝をやらされました。
なんかお経を唱えて歌を歌う感じで唯々苦痛でした。
あまりにも嫌すぎて毎週土曜日には友達に家に泊まらせてもらっていました。
この頃にはうちの仏間に見知らぬ禿げと婆の写真が飾られていた記憶があります。(教祖の写真)
※参考URL
https://news.yahoo.co.jp/articles/ab7c4d020e31ba2a2b2995634805d55da68780df
自分が中学にあがったぐらいに、自衛隊を退官された方と教団の支部長がうちを訪問しました。
プロポリス関連の投資詐欺で両親と元自衛官の方は騙されました。
元自衛官の方は退職金を騙し取られた形で苦労されたと聞きました。
また、韓国の清平に連れていかれたのもこの頃だった記憶があります。
話が少しそれましたが施設では雑魚寝な上に、でかい体育館みたいなところですし詰めにされて講義を聞かされていた記憶です。
高校にあがったら教会の施設で「原理講論」の勉強をさせられました。
一切興味なかったのですが、外出するので交通費と食費を親にたかってゲーム代に充ててました。
講義の内容は911と聖書の話をこじ付ける噴飯ものの内容でした。
禿げのおっさんが一生懸命語っていましたが寝てるか殆ど聞き流していました。
家に居るのが苦痛だったのでよく閉店までゲーセンに行って時間を潰してました。
父に無理やり集会に連れ出されることもありましたが
そのころから集会で安倍首相の名前を耳にすることがありました。
自分たちのバックに自民党議員が居ることをアピールして無知な人を取り込もうという意図が透けて見えました。
自分が社会人になるころ、東京に発つ直前に印鑑を買いに連れて行かれました。
後日値段を聞いてみると40万を越えていました。
どうみても霊感商法ですね。
そこは後日摘発されて潰されました。
印鑑には願いとか目標を書く書類が同封されていましたが気持ち悪すぎて即破り捨てました。
こんなことがあっても宗教を信じ続ける両親には恐怖しかありませんでした。
社会人になってからは選挙絡みで統一教会が推している候補に投票するように呼びかけがありました。
2019年の参議院選挙では北村つねお候補、2022年の参議院選挙では井上よしゆき候補でした。
数年前に父が癌になりましたが、そこでも統一教会が出張ってきました。
その後、父は亡くなりましたがその時にも教会が出張ってきました。
どんなに頑張っても信者の洗脳を解くのは無理だと痛感しました。
弟が今わの際に父から聞いた話では、家が1件軽く建つぐらい献金しており献金してなければもっといい暮らしができたと言っていました。
山上犯人のように家が破綻するまで追い詰められた訳ではないですが、自分の人生に大きな爪痕を残しているのが統一教会です。
国会議員の方々がこのような反社会的な組織と密接な関係にあるのはとても悲しいです。
法的には問題がないとしても社会通念上どう考えても問題のある組織です。
この組織が今後も野放しにされて議員の方々も付き合いを持つのが続く場合、山上犯人と同じことを考える方々が出てくると思います。
それは、教会の幹部や組織の人間を襲撃したとしても狂信者である彼らはそれらを「試練」として組織がより強固になるのは想像に難くないためです。
※実際に教祖がアメリカで収監されたときはそんな雰囲気があった気がします。
なので彼らと利害関係にあり社会的にも影響力のある議員を襲撃するのが組織に一番ダメージがあるのです。
ワタミというか会社は「職の空白期間を作ると生活が厳しくなる」という当たり前のアレがあって、「やめたくてもやめられないし転職失敗すれば生活が破綻する」という問題がある
ただ宗教に関してはそれこそ大手の歴史の長い宗教でも、熱心な奴は自分の意思で毎日礼拝したりするだろう、実際に負担であってもだ
彼らが実際に行った「負担という結果」というよりは「どこまで強要される空気」だったかが確定しないと何とも言えない、会社と違ってやらなくても生活できるんだから
勝手にのめり込んだなら酒やギャンブル、なんならみんなやってる課金型のスマホゲーと変わらんわけ(それがいいかどうかは別として)
思い込みやネット陰謀論がテロを引き落とす悲劇が起きた。世界平和家庭統一連合(以下、統一協会)冷静にまとめたい。
■「無理矢理知らない人と結婚式をさせられる」
→デマ
祝福結婚(合同結婚式)の結婚相手は、マッチングサイトに登録し、マッチングサポーターを介して紹介される。当然、断ることもできる。婚約したうえで結婚式に参加している。
→デマ
→デマ
統一教会のイベントにビデオメッセージを送ったことはない。ビデオメッセージとされているものは他の団体のイベント。
■高額なお布施を払わされる
→デマ
入会しても会費は無料。協会員にならなくても教会の礼拝や地域イベントに参加できる。
→デマ
→デマ
世界平和家庭統一連合は、文化庁が認可している宗教法人。カルト宗教のように公安調査庁の監視対象になっているわけてはない。
→デマ
>山上容疑者が「特定の団体に恨みが有り、安倍元首相がこれとつながりがあると思い込んで、犯行に及んだ」とした
https://news.yahoo.co.jp/articles/f1c1931279a708c385f4ea185c0878452f7ef8a3
皆様もご存知のように、昨日7 月8 日に日本中を震撼させる悲惨な出来事がありました。
真の父母様はいつも国家が危機に処する時に、私たち皆が心を一つにして祈祷することを指導して来られました。そこで、以下のように7月10日から特別3日精誠を行うこととしました。日曜礼拝の際に、まず安倍元首相のための黙祷の時間を持って始まりました。ぜひ,全食口が心を一つにしてこの時を乗り越え、神日本の平和と救国救世のために精誠条件を立てて前進していきましょう.
https://familyforum.jp/2022071046630
やっぱズブズブやないか!
現実問題として、宗教というコミュニティも維持にはカネがかかるというのがまず事実で、
普通?のキリスト教の教会だったら、回ってきた袋に誰がいくら寄付したかは分からない
自分はカネがないので100円ぐらい入れて、昼飯はちゃっかりごちそうになったりしたこともあるw
ただ、カルトは現世利益が重視されることが多いので、寄付に比例した分だけ現世利益があるよ、みたいな教義があるのかもしれない
オウムとかもそうだったし…
普通?のキリスト教の教会だったら、まず本部から運営資金がちょっとは来るはず
普通?の教会なら現世利益は重視されないので、寄付をすればするほど良いわけではない
あと、教会の牧師、神父は兼業で平日は働いてる方が普通というか、金欠な方が普通なはず
宗教だけで回ってる、羽振りが良すぎる、というのはちょっと変だと思ったほうがいいかも
もちろん貧乏ほどマトモというわけでもないけど
難し🌾