ファミレスってご飯単品注文出来るじゃん!
そんな単品注文するやついんの?って思ったら、
よくよく考えてみたら定食のお代わり!
それでご飯お代わり注文出来るじゃん!って気付いた!!!
でもこれ定食先に頼んでいるのに
あとからまた、ご飯単品で頼んだら絶対食いしん坊に思われるよね?
]]>seesaa Blogの検索機能、一覧機能の問題で1000話以前のリンクへたどり着くのは至難の業だ。まるで密教のようになっているソレを詳らかにしようと思う。
月別アーカイブで掘るのが効率的ってのを発見→ http://savannayagi.seesaa.net/archives/200909-1.html "200909-1"を変えていく
「0001話 2009/03/07 http://savannayagi.seesaa.net/article/115268130.html」から始まるんだがURLに規則性がない
クローリングするなら「2009/03/07以降の全記事を拾う」でいいかな
...
]]>]]>User
「stay hungry stay foolish」この言葉の意味、直訳ではなく意訳はどのようになりますか。
ChatGPT
「Stay hungry, stay foolish」という言葉は、スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で語ったスピーチで有名ですね。
直訳すると、「空腹でいよう、愚かでいよう」という意味になりますが、このフレーズの背後にはもっと深いメッセージがあります。一般的な意訳としては、「常に探究心を持ち、冒険心を忘れずにいよう」ということが挙げられます。つまり、新しいことを学び、新しい挑戦に取り組むために、飢えるような情熱や好奇心を持ち続けることが重要だという意味です。そして、常に未知の領域に踏み込んでいくことで成長し、新たな発見や成就を得ることができるという啓示が込められています。
User
続けてください。
ChatGPT
続けて言えることは、このフレーズが成功や進化において重要な要素を強調している点です。常に新しいことを学び、未知の領域に挑戦することで、自己成長が促進されます。また、失敗や愚かな選択も経験として受け入れ、それらから学ぶことが大切であるというメッセージも含まれています。この言葉は、安定や安全な道を選ぶのではなく、常に冒険し、自己の可能性を追求することの重要性を訴えるものです。
AppleVisonPro空間やAI生成ネイティブな令和世代の新人類が出現
無限の仮想空間をたっぷり無駄に使用するのが最高にイケており
もはや減るだけの人的資源から解脱するのが流行ると予想
]]>LOが出版される自由は認めるけど、彼氏や配偶者の棚にLOを発見したら即別れるな。
電子書籍で購入してればバレにくい
]]>・ぎっくり腰は基本的には「腰の肉離れ」
・肉離れとは、筋肉や腱の断絶のことを呼ぶ
・だから、この断絶が繋がることが回復となる
・治すには、2、3日は安静にする
・痛みが引いてきたら、無理のない範囲で日常生活をする方が早く回復する
・痛みが引かない、痺れがある等の場合は病院へ(頚椎板の損傷など、肉離れではない場合があるので)
・ぎっくり腰になっても、トイレなどの移動時は動かないといけない。ではどうするか?
・それは簡単。ぎっくり腰は「肉離れ」なので、断絶した筋肉を皮膚の上から手でつかんで離れないようにすればいい
・つまり、動く時に断絶した筋肉が離れようとするから痛いのであって、それを手でつまんで離れないようにすれば急激な痛みはなくなる
・これに気づいてから楽にトイレに行けるようになった。ベッドからも起きやすくなった
・ぎっくり腰になったときはお試しあれ
・また、痛いところに力を入れながら動くと、グキッと痛くなることが減る。これも有効
(※ただしこれは素人増田の経験からくるものなので、基本的には自分の体感に合わせてくださいね)
(参考サイト)
[これって肉離れ?腰に走る激痛の適切な対処法と早く治すコツを紹介!]
]]>実地で実データ走らせた途端コレ。
俺がメインで組んで全部俺が悪いのは理解してるんだけど、マジで萎えてる。
明日には納品だから今から全部塞がなきゃいけないんだけど、何もやる気にならん。
]]>自分には19歳になる自閉症の息子がいるのだが、とある障害者支援施設に通わせていた。
その施設は、自立訓練+就労訓練を2年ずつ行い、合計4年をかけて大学のようにパッケージとして
サービス提供するという施設だった。
知的障碍者の多くは高卒の年で社会にでるのが一般的で、普通より発達が遅いのに普通より早く社会に出るのはおかしい、
だからこのような施設を作ったのだという創設者の話に共感して通わせることにしたのだ。
最初は元気に通い出したものの、日に日に弱っていく息子。まっすぐ立っていてもふらついて倒れそうになって壁によりかかったりしている。
とても施設まで通わせ続けることはできず、三半規管や脳の異常を調べるため複数の医療機関にかかってみたが、(耳鼻科、脳神経外科、脳神経内科、メンタルクリニックなど)、どうやらストレスによる心因的な反応であろうとのことであった。
具体的な話を息子から聞き出すのはなかなか骨が折れるが、ぽつぽつと施設で何があったかを時間をかけて聞き出してみると、
などと、とんでもない様子がわかってきた。
なお、息子の証言だけでは証拠能力として弱いと考え、息子の友人などに事実確認してみたが間違いないとこのことだった。
ここまで読んだ人は、「お、増田が支援施設を訴えるのか?」と思った事だろう。
と思うだろう。
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あなたが本件投稿をしたのなら、上記期限内に削除してください
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「あ、なんか都合の悪いクチコミがついてる。ムカつくわ―。これって多分あの文句言ってきよった保護者やな。よっしゃ、内容証明送って削除させたれ。弁護士の名前見たらビビってすぐ消しよるやろ。地裁で開示請求の仮処分とかしたら時間かかるしかったるいからなー。クチコミの内容?そんなもんどうでもええわ。知的障碍者のいうことなんか誰も信じひんやろうしねじふせれるやん?」
LOが出版される自由は認めるけど、彼氏や配偶者の棚にLOを発見したら即別れるな。
Sho→Bohとかだったら問題ないんですね!
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%9C%E3%83%BC
]]>定められたルール(公理)のなかで、どれだけのプレイ(定理の発見)ができるかに、興奮があるだろう。踊らされるのは愚かだとルールを破壊して審判を殴ったり公理を否定してめちゃくちゃな怪文書主張して悦に入ることこそ、果たしてどうなのかということだね。
ルールのもとにおあることを、踊らされてるととるか別の意味を見出すかはその人次第
]]>高校受験の赤本?とかならさすがに全部初見で問題解けるわけじゃないだろうし解説見ることによる発見もあるかもしれないが、所詮応用の利かないパズルの解き方知識としか思えず、また現代との学問とのつながりを感じられる内容でもなかろうから、知的興味をそそられない
これが高校の参考書になると物理・化学でも数学でも、一つ問題集を(皮相を)完璧に理解したところで、別の問題集が解ける保証など少なくとも私の一を聞いて1.5を知るのが限界な頭にはどこにもない。
だから問題集を解くたびに新たな発見があると思ってる。というか現に新たな発見を繰り返してるのと、一体どれほど問題集の解き続ければ「何見てもわかりきった問題しかないな~」と小学生向けのドリル解いているときのような境地になれるのか予測するのが不可能だから、なかなか高校レベルの参考書から興味が離れられない。国語も英語も当然そうだ。
化学とかは同じ著者が書いてる新理系の化学と、化学の原点シリーズって何が違うんだ?どっちかがどっちかの内容を完全に内包してるんじゃないのか?とも思えるのだが、何か少しでも新たな発見があるのではないかという感じも捨てきれず、興味を捨てられない(なんか塾の策略にはまってる気がするなあ)係数比較法に関する小技みたいなのがその参考書独自のだったりするとわくわくしてしょうがない。
もちろんこんなの大学レベルから見れば何も難しくないことなのかもしれないが、そもそも私レベルには大学以降で扱うことなど理解の範疇を超えてしまうので「ありがたいお経の暗記」のような状態になってしまい、知的活動というより単純労働の趣が強くなってしまう。
私がしたいのはあくまで知的活動の方で、それには高校レベルが「すごく難しいが頑張れば頑張るほどちゃんと理解が深まる」ぎりぎりのラインなので、そのレベルにこだわってしまう。
]]>小林製薬「シトリニンを発生させない紅麹の培養方法を開発した!これで健康食品として売れる!」
消費者「紅麹おいしーコレステロール下がって健康になった!あれ?腎臓がおかしいな。苦しいよぉ」
小林製薬「我が社の紅麹からシトリニンではない、腎臓障害を起こす未知の成分が発見された」
]]>にあたって、そこで具体的にどのような立法技術や解釈技術が実施されるかは明らかではない。にんかい辰哉が平成2年から延々と用いてきた刑法の規定に、刑法21条
(未決勾留日数の本刑算入)、 刑訴法396条(控訴の棄却)、 刑訴法181条1項但書(訴訟費用の不負担)、刑法54条1項本文、10条(科刑上一罪の処理)
刑法47条、45条、10条(併合罪の処理)がある。これらは、文章をそのまま適用したものではなく、すぐれて技術的な話をしているもののようであるが、これらのことについて、
解説した本はいかんながら存在していない。
]]>卵ザーサイ炒めとか作ってみるかな
]]>傍線部イ
傍線部ウ 「ありゅようにみせているダケで、ない」とはどういうことか。分かりやすく説明せよ。
ア 知的発見は驚きの体験とともにあるので、戦後30年のように、みんなでやるからにはやろうというような状況がないと出来ないが、戦後30年の時代は、
それがたまたま流行っていたので、そのような時代が存したということ。
イ
以下のカタカナを楷書に直せ。
ダケ
]]>バーチャロンとかバーチャファイターとかもそうだし、最近の目だったところだとサクラ革命とか、やりようによっては覇権とは言わずとも、それなりの地位を得られたはずのIPを放置死させたり、虐待死させたりしている。セガに限った話じゃないけどね…。
]]>設計したものである。 先に美しいものを発見し、後から構成する。平成時代の3,40代が、1つも勉強をしていない、だからクズが多い、ということだが、有里ひろきを始めとする、東大生は、
難しい試験を解いて東大生になっていた時期があると言っている。その、難しい試験を解いた東大生のどこがクズなのか、まだ分からない。クズが東大に入れるわけないからである。
しかしこの、
難しい試験を解いたはずの東大生はクズである、 という1つも分からない命題が今の社会を席巻している。逆に、
Fランはクズである、という、昔あった当たり前の常識がない。
]]>(1) x+y=z を満たす自然数は大量にある。
(2) x^2+y^2=z^2を満たすものは無数にある。
(3) x^n+y^n=z^n を満たすものは存在しない。
ということである。それが美しいということは、子供でも非常に分かりやすい。 この形式をした式に該当する自然数は一見ありそうで一個もないからである。きれいさっぱりありませんというのが
美しい。証明も技術的に出来るようになっていて分かりやすい。
これに対して、幾何学も、組み合わせ論も同じようになっているが、非常にむつかしい。
何で私がこれに興味を持っているかというと、 数学の問題は発見されるもので、しかも証明ができるようになっている。それがゲームみたいで面白いからというだけのことである。
]]>
平成23年9月頃からやにわに出てきた、消防士などのバクサイ民は、装置のボタンを押せばいつでも活動すると言った状況
他方で、平成12年10月31日に閉業した、ハイパーマートで遊んでいた若者とか、 令和5年9月2日の花火大会のときに強制的にいぶりだされてくるが、
それ以外のときは全然蘇生しないといった感じ
イオンたたーらもあるが、そこに売られている、カレーライスなどの商品も、それを購入する家族等の勢力がほとんど発見できないので、売れていないし
例えば、
文化的な延岡の家族と言っても、ほとんど存在ないし活動している時間帯がないので、発見することは困難で、
特に俺が自転車と懐中電灯をもって検索活動をしようとしている時には全員気配を消しているので、 その 意匠のときは何も発見できない
]]>気になるねえ
何故気になったのか
昨晩の鉄腕DASHで自然薯を掘っているのを見たから
「自然薯を探すときはまず特徴的なハート形の葉を探すとよい」のような説明がされることがままある
「ハート形」という概念が無い昔の日本だと自然薯や山芋の葉のような形を何と呼んでいたのか、というのを知りたい
調べましょうね
とりあえず「ハート 昔 日本」でぐぐってみるか……
なるほど、西洋からいわゆる「ハート」概念が伝来する以前から土器や織物にハート形の文様が存在する、と
神社仏閣など建築物には「猪目」と呼ばれるハート形の意匠が施されている、と
なるほどねえ
じゃあ昔の日本で自然薯を探すときは「猪目型の葉っぱを探すとよい」と説明されていたのだろうなぁ~
……とはならない
「西洋ハート伝来以前から猪目と呼ばれるハート形の文様が存在した」イコール「自然薯など芋系のハート形の葉っぱを当時の人は猪目のような形の葉っぱと呼んでいた」とはならない
芋掘りする農民が「猪目」というある種の専門用語を日常的に使用するか?という点を疑う
農民が子を連れて山に入り、山芋の探し方を教える時に「山芋はこういう形の葉っぱだ」と伝える時、その葉の形をどういう形と表現するか?
勘だけど逆なんだろうな
すなわちハート形を「芋の葉のような形」と呼んでいたのではないか……という勘
その場合、
「ハート形」という概念が無い昔の日本だと自然薯や山芋の葉のような形を何と呼んでいたのか、というのを知りたい
の問いの答えは「自然薯や山芋の葉のような形はそのまま『芋の葉のような形』と呼んでいた」ことになる
農民が子に山芋の探し方を教える時も、山芋の葉の形を何かに例えたりせず「こういう葉っぱの形は芋の葉の形だ」と表現する……?
さて、この勘由来の仮説を検証するにはどんな文献を探せばいいのか
とりあえず昔の植物図鑑の記述を探してみるか?
いろいろぐぐってみるか
……「大和いも」のwikipediaのページの記述
1911年(明治44年)、奈良県農事試験場(現農業研究開発センター)がツクネイモの品種試験を開始した。黒皮ツクネの特徴として「所謂大和薯にして本県の原産なり 蔓褐色にして太く葉は広き心臓形にして葉肉厚く濃緑なり 草勢強壮にして本県の風土に能く適正す 塊根は球状にして豊肥凹凸なく外皮粗厚にして小亀裂をなして亀甲形の斑点をなす 肉質純白水分少なく粘気強くして品質頗る佳良 料理用菓子用蒲鉾用等に用途広く四ヶ年平均反当収量六百三十二貫四百匁(2.37t)にして種薯に対する生産割合は約八倍に達し供試各品種中第二位にありと雖も其価格高きが故に経済上は寧ろ第一位を占む 該薯は零余子(むかご)は頗る小にして二ヶ年間栽培せざれば種薯に供養し難し[9]」と記録されている。
20世紀初頭時点で「心臓形」という表現が使われている
キリスト教伝来から300年以上経過しているからハート形という概念が浸透していても不思議じゃない
キリスト教伝来以前の記述を探したいところだが……
いや、リンネの分類学の著作が日本に伝来した時期あたりも調べる価値があるか?
西洋の植物図鑑で「heart-shaped」のような説明がされているのが翻訳されたことで明治期に一般に普及の可能性……
『日葡辞書』になんか自然薯の記述とかないかなあ……いや、あったとしてもポルトガル目線の記述だから意味ないか……
江戸時代にアサガオが流行したようだ
園芸アサガオの葉っぱの形で「芋葉」と呼ばれる変異パターンがあるようだ
この呼称が江戸時代からあったかどうか?
もし当時からそう呼ばれていたとすれば傍証にはなるか……?
時間切れ、また夜に調べるか……
しかしハート形の葉っぱなんて芋に限った話じゃない
例えば徳川家の三つ葉葵紋とかもハートの形しているし
三つ葉葵紋は西洋人にハート形と誤解されたみたいな逸話をどこかで読んだような……
いも限定で探すのは筋が悪いかもしれない、再考すること
これは日記です
---
追加で調べたメモ書きを追記しましょうね
Wikipediaの「葉身」の「葉の概形を表す用語」を見ると興味深い
自然薯や葵のような葉は「心臓形(cordate)」と分類されている
その一方でカタバミのような葉は「倒心臓形(obcordate)」と分類されている
へえ……カタバミの方が逆位置扱いなんだ?
きっと西洋でメジャーなハート形の葉が葵みたいなタイプで、後からマイナーな側に倒心臓形と名付けられた、みたいな流れがあるのだろう
ヨーロッパでメジャーなハート形の葉っぱの植物……西洋菩提樹とかかなあ
知らんけど~
おそらく現代人の葉っぱの形に対する分解能が昔と比べて落ちている
色の分解能が上がって青と緑が別々になった現象の逆
葵の葉の形と芋の葉の形を現代人は一括りにハート形としてしまうが、昔の人は正しくそれぞれ「葵の葉のような形」「芋の葉のような形」と認識していた可能性がある
ゆえに、「ハート形」に類する形を指す言葉は不要だった……とか
その場合、
「ハート形」という概念が無い昔の日本だと自然薯や山芋の葉のような形を何と呼んでいたのか、というのを知りたい
に対する回答は「ハート形より細分化されたそれぞれの植物の葉の形に例えられた表現で呼ばれていた。芋の葉は芋の葉のような形と呼ぶほかないし、葵の葉は葵の葉のような形と呼ぶ。」
となる
本当に?ちょっと怪しい理屈な気がする
そもそも葉っぱ以外でハート形をしたモノが例えば江戸時代にどれだけあったというのか、という話がある(桃とか……しかし葉っぱを指すときに「桃の形の葉っぱ」とは言わんやろ、たぶん)
市松模様とか唐草模様とか、古くからある文様でいわゆるハート柄っぽく見えるものはないっぽいしなあ……一応「猪目文」があるのか
それこそ数少ない葉っぱ以外のモチーフでハート形が現れたときそれを「猪目」と呼んでいたのではないか
検証できるかどうか
うーんどうだろう、例えばこういう攻め方はどうか
「本草学」という昔の日本の学問のジャンルがある
博物学と医学薬学の中間みたいなジャンルという認識なのだが、植物の葉の形で分類するみたいなことをやっていたらしい
そういう文献にはきっとハート形の葉の説明文章があるはず
ただなぁ~、学者先生が使う言葉や認識と、市井の人々の使う言葉や認識って別だろうからな……
自分が欲しい情報じゃないかもな
とりあえず1759年ごろに書かれた『花彙』という名の植物図鑑を国会図書館デジタルコレクションで読んでみよう
---
ああそうだ、江戸時代には和算というものがあった
面積を求める和算の問題で、ハート形の図形の面積を求めよ……みたいな問題あるかもな
もしあったなら「〇〇に似たこの図形の~」みたいな記述があるかも
一応調べること
→軽く調べてみたが無さそう……こちら方面の調査は頓挫
---
調査がとっちらかったので自分の関心の向き先を言語化しておこう
■メインクエスト
・「ハート形」という概念が無い昔の日本だと自然薯や山芋の葉のような形を何と呼んでいたのかの調査(昔の人は山芋の探し方をどうやって伝えたのか問題)
■サブクエスト
・昔の日本における(芋の葉以外の)「ハート形」と類似した図案、文様の使用例、またその呼称の調査
・幕末~明治期の文献から「ハート形」」「心形」「心臓形」の記述を探して市井の人々の中に「ハート形」という概念が定着していった流れの調査
調べがいがありそうなテーマだし、焦らずゆっくり調べていこう
---
メモ:
こういう調べものをしていると古辞書に何と書かれているか確認したいというシーンがしばしばある
インターネット上で閲覧できる古辞書を調べる事
また、現代語訳された古辞書が書籍として売ってあるなら購入も検討すること
古辞書で「猪目」をひいて何と書かれてあるかを確認したい
辞書辞典であるならば形の説明を文章でしている可能性がある
また、もしも辞書に「猪目」が載っていないなら当時の一般的な語彙の中に「猪目」が含まれていないとみなすことが出来るかもしれない
ここまでの調べものは「猪目は確かに日本古来から存在するハート形の模様だけど、昔の日本の多くの人は猪目って単語を知らないのではないか」という話が前提にあるので、その裏取りにもなる
神社仏閣に猪目模様があって、その模様があると知っている人でも、その模様の名前を知っているかどうかは完全に別
例えば……コンクリートブロック塀の松みたいな模様の穴が開いたブロック、あれの名前を知っている現代人は少ないのではないか
似たような構造があることを疑っている←この例は適切ではない……「身近にある模様でも名前を知らないものはある」という意図で例示したが、……上手く言語化できないな、後で再考する バックスペースを押さないことがアウトプットしやすくなるコツみたいな文章を何かで読んだ
トランプのハート柄が「猪目柄」と呼ばれないという傍証はあるんだけどな……→昔の日本人でも猪目という単語を知っている人は少ない説
それはそれとして、そろそろくずし字を読めるようにならないと調べものが滞る……教材を探して勉強してみるか
---
■メインクエスト
・「ハート形」という概念が無い昔の日本だと自然薯や山芋の葉のような形を何と呼んでいたのかの調査(昔の人は山芋の探し方をどうやって伝えたのか問題)
→率直に「芋の葉の形」と何にも例えず呼んでいた、あるいは「芋の葉に似た植物の葉の形」を例に挙げて説明していた……と思われる
直接的な物証は発見できず
しかし古い植物図鑑を見ていると、例えばサツマイモの葉の説明をするときに「葉は朝顔に似る」のように別の植物で例える記述が多くみられた
(余談だがアサガオはヒルガオ科サツマイモ属なので葉が似ているのは納得、リンネ式階層分類体系は偉大っすなあ)
であれば別の植物の葉の形で例えるのがまあ自然か……
■サブクエスト
・昔の日本における(芋の葉以外の)「ハート形」と類似した図案、文様の使用例、またその呼称の調査
→これは猪目、家紋で描かれるカタバミや葵あたりが該当
芋って家紋のモチーフにないんだなあ、考えてみるとちょっと意外(芋桐紋とかあるけど、これは芋ではなく桐モチーフと呼ぶべきだろう)
♡の幾何学的な図形の特徴を指す呼称という意味では、そのような概念は存在しない……か?
猪目が一応それではあるんだけど、市井の人々に広く知られた概念ではなかった(これも証拠なし)
だからこそ芋や葵の葉も「♡の幾何学的な図形の特徴を指す呼称」で形を例えられないということになる
・幕末~明治期の文献から「ハート形」」「心形」「心臓形」の記述を探して市井の人々の中に「ハート形」という概念が定着していった流れの調査
→ https://web.archive.org/web/20181002182121/nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/261341.html
トラバで言及頂いたここに詳しい(情報提供感謝)
調査がひと段落したのでクローズ
]]>みたいな話を延々と読まされているんだが、これいつ面白くなるの?
]]>これまんま「タグ付きクラスはやめろ」って主張でEffective Java 第1版(2001年)でも見ましたねえ!
再発明ならぬ再発見って感じ?
]]>証明はまだ出来ていない。証明と言うのは、真理を用いて結論を確定させる行為でまだ出来ていないということです。
]]>仕方がないのでコードジャカ弾きばっかりしてたけど、最近になって適当にFフォームでカッティングしつつ、合間合間に人指し指そのままでそこ軸のペンタトニックを適当に弾けばかなりそれっぽいじゃん!と気が付いた。
これだけじゃまだまだ求めてたものには足りないし、未だにメジャーとマイナーとセブンスしか覚えてないからなんか小学校の音楽の授業みたいな感じの響きになっちゃう。それでもかなり感動的な発見だった。
漠然と仕入れていた知識が初めて繋がった感じがしてめっちゃ気持ち良かった。
まあ何億回目かの車輪の再発明なんだろうけど、おれは全く無駄だとは思わない。自分で辿り着くのと知識として仕入れるのじゃ納得感が違うし。
あと有名なギターソロを齧って回ってたら、これペンタトニックの配置じゃん!スゲ〜って思った。
]]>