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2024-01-13

ON STAGE オンステージ Z-PK30(S)

曲目

Google翻訳アプリを利用して画像から文字を取得したため、曲名歌手名が正しく表記されていない場合があります

愛燦燦 美空 ひばり

愛人 テレサ·テン

愛の終着駅 八代 亜紀

蒼い星くず 加山 雄三

青葉城恋唄 さとう 宗幸

アカシアの雨がやむとき 西田 佐知子

秋田おばこ 秋田民謡

アケミという名で十八で 千 昌夫

あざみの歌 伊藤 久男

あじさいの雨 渡 哲也

あずさ2号 狩人

あなた 315 小坂 明子

あなたと生きる 1252 石原 詢子

あなたならどうする 329 いしだ あゆみ

あなたにあげる 1253 西川 峰子

あなたブルース 208 矢吹

あなたへ 1254 香西 かおり

あの鐘を鳴らすのはあなた 286 和田 アキ子

あばれ太鼓~無法一代入り~1255 坂本 冬美

天城越え 16 石川 さゆり

雨 1256 三善 英史

酒場 313 香西 かおり

雨の西麻布 とんねるず

雨の慕情 八代 亜紀

雨の御堂筋 欧陽 菲菲

雨の連絡船 田川寿美 1257

嵐を呼ぶ男 石原裕次郎 1258

わずに愛して 内山田洋とクール・ファイブ 13

あんたの花道 天童よしみ 1259

192 山口百惠 いい日旅立ち

石原裕次郎 33 粋な別れ

22 小柳ルミ子 漁火恋唄

漁火の宿 1260 鏡五郎

346 北原ミレイ 石狩挽歌

396 一円玉の旅がらす 晴山 さおり

449 いちご白書をもう一度 バンバン

熊本県民謡 1552 五木の子守唄

射手座の女 敏いとうハッピー&ブルー 232 愛しき日々 堀内孝雄 40

命くれない 瀬川瑛子 108

命の花 大月みやこ 383

さらジロー 1261 小柳ルミ子

祝い酒 坂本冬美 26

455 門脇 陸男 祝い船

うそ 110 中条きよし

ザ・ピーナッツ ウナ・セラ・ディ東京 355

裏町酒場 368 美空ひばり

越冬つばめ 216 森昌子

襟裳岬 429 森進一

演歌兄弟 北島三郎鳥羽一郎

演歌はいいね 1263 岩本公水

217 松原のぶえ 演歌みち

東京都民謡 1553年 お江戸日本橋

大阪しぐれ 都はるみ 72

角川博 大阪ものがたり 348

大阪ラプソディー 海原 千里·万里 27

奥飛騨慕情 111 竜鉄也

贈る言葉 海援隊 220

小樽運河 都はるみ 352

男侠(おとこぎ) 1264 坂本冬美

日時ミミ 男と女お話 1265

男と女の破片 100 前川清

松原のぶえ 461 男なら

493 杉良太郎 男の人生

位山太志郎 29 男の背中

村下孝蔵 23 踊り子

お久しぶり小柳ルミ子 30

おふくろさん 331 森進一

221 おまえとふたり 五木ひろし

日野美歌 332 想い出グラス

おもいで酒 小林幸子 195

想い出の渚 ザ・ワイルド・ワンズ 199

想いで迷子 116 チョーヨンピル

父親(おやじ) 1266 北島三郎

お嫁においで 加山雄三

お嫁にゆけないわたし ジジサン 222

俺ら東京さ行ぐだ

鳥羽一郎 1267 おれの人生始発駅

原田悠里 1268 おんな坂

三笠優子 223 女の一生

さくらと一郎 1269 女のきずな

松原のぶえ 305 おんなの出船

宮 史郎とぴんからトリオ 309 女のみち

八代亜紀 117 おんな港町

鳥取県民謡 1554年 貝まつり

ジジサン 474 海峡

ガロ 454 学生街喫茶店

ペギー葉山 233 学生時代

堀内孝雄 136 影法師

鹿児島はら鹿児島民謡 1555

ちあきなおみ 31 喝采

悲しい色やね 34 上田正樹

1270 悲しみの恋世界 前川清

137 哀しみ本線日本海 森昌子

がまん坂 18 北島三郎

12 北島三郎

川の流れのように 美空ひばり 35

黄色シャツ 浜村 美智子 209

木曽路の女 原田悠里 87

木曽節 1556年 長野県民謡

北へ向かう夜想曲 118 多摩幸子

和田 弘とマヒナスターズ

北国の春 320 千昌夫

北酒場 193 細川たかし

北の旅人 石原裕次郎 20

北の漁場 41 北島三郎

1271 島倉千代子

君こそわが命 205 水原弘

君といつまでも 42 加山雄三

君は心の妻だから 119 鶴岡雅義&東京ロマンチ

君は薔薇より美しい 1272 布施明

今日でお別れ 菅原洋一 314

京都の恋 196 渚 ゆう子

よしのズンドコ節 1273 氷川きよし

霧の摩周湖 布施明 120

銀色の道 321 ザ・ピーナッツ

空港 テレサ・テン 146

空港ラプソディー 1274 中村美律子

草津群馬県民謡 1557

くちなしの花 462 渡哲也

147 グッド・ナイト・ベイビー ザ・キングトーンズ

黒の舟唄 1275 加藤登紀子

1569年 軍艦行進曲 軍歌

圭子の夢は夜ひらく

369 藤圭子 恋あざみ

431 盛彩業 恋唄綴り 堀内孝雄

岸洋子 326 恋心

小林明子 148 恋におちて

323 ピンキーとキラーズ 恋の季節

奥村チヨ 353 恋の奴隷

45 ザ・ピーナッツ 恋のバカンス

ザ・ピーナッツ 479 恋のフーガ

石原裕次郎 457 恋の町札幌

中村雅俊 150 恋人も濡れる街角

46 五輪真弓 恋人

403 香西かおり 愛のボート

大月みやこ 432ものがたり

塚田 三喜夫 434 五月のバラ

富山県民謡 1558年キリコ

高山厳 152 心凍らせて

292 藤あや子 こころ

細川たかし 153 心のこり

343 森山良子 この広い野原いっぱい

ペドロ&カプリシャス 154 五番街マリーへ

284 ロス・インディオス コモエスタ赤坂

ごめんねジロー 奥村チヨ 1276

伊東ゆかり 197 小指の思い出

1559年 香川県民謡 金毘羅舟々

1560年 宮城県民謡太郎祭り

市川由紀乃 1277 さいはて海峡

森若里子 嵯峨野の女 235

酒場にて 492 江利チエミ

酒と泪と男と女 285 河島英五

酒よ 36 ジジサン

さざんかの宿 大川栄策 88

さそり座の女 294 美川憲一

チコ ニック・ニューサー 481

佐渡おけさ 新潟県民謡 495

里がえり 嶋三喜夫 1278

サバ女王 グラシェラ・スサーナ 357

さよならだけの人生に 398 堀内孝雄

サライ 121 加山雄三/谷村新司

三都物語 谷村新司 306

四季の歌 芹洋子 382

布施明 シクラメンのかほり 37

435 河島英五

時代おくれ 311 伍代夏子 忍ぶ雨

田端義夫 483 十九の春

北島三郎 123 終着駅は始発駅

シャオリンシュウ 342 純子

鳥羽一郎 1279 昭和北前船

菅原洋一 201 知りたくないの

大橋 純子 155 シルエット・ロマンス

加藤登紀子 65 知床旅情

島倉千代子 194 人生いろいろ

五木ひろし 241 人生かくれんぼ

ジジサン 90 酔った歌

杉良太郎 47 すきま風

60 谷村新司 1 森田公一トップギャラン 若者 小林幸子 1280 雪泣夜(せつないよ) 小柳ルミ子 48 瀬戸の花嫁 森進一 1281 セビアの雨 ジローズ 7 「戦争を知らない子供たち 平和勝次とダークホース 360 宗右衛門町ブルース 北海道民1561年 ソーラン節 内山田洋とクール・ファイブ 2 そして、神戸 49 五木ひろし そして・・・めぐり逢い 布施明 50 そっとおやすみ にしきのあきら 187 空に太陽がある限り 増位山太志283 そんな女のひとりごと位山太志郎 157 「そんな夕子にほれました 上田正樹 301 たかこ 真木 柚布子 1282 黄昏ルンバ

加山雄三 1283 旅人

トワ・エ・モア 480 誰もいない海

三船和子 198 だんな様

石川さゆり 1284 暖流

パープル・シャドウ125 小さなスナック

五木ひろし 442 契り

五木ひろし 93 千曲川

津軽海峡・冬景色 39 石川さゆり

津軽恋女 282 新沼謙治

津軽じょんから1562年 青森県民謡

つぐない 458 テレサ・テン

津和野1285 島津悦子

デカンショ1563年 兵庫県民謡

敵は幾万 1570年 軍歌

天使の誘惑 138 黛ジュン

東京 やしきたかじん 77

東京砂漠 内山田洋とクール・ファイブ 129

どうにもとまらない 426 山本リンダ

都会の子守歌 山本譲二 1286

時には娼婦のように 130 黒沢年男

時の流れに身をまかせ テレサ・テン 63

年上の女 206 森進一

和田アキ子 160 どしゃぶりの雨のなかで

445 小林幸子まり

370 天童よしみ 道頓堀人情

五木ひろし 1287 長崎から船に乗って

内山田洋とクール・ファイブ 191 長崎今日も雨だった

内山田洋とクール・ファイブ 131 中の島ブルース

五木ひろし 66 長良川艶歌

神野美伽 1288 浪花の春

島津亜矢 1289 波

坂本九 392 涙くんさよなら ステージ

殿さまキングス 204 なみだの操

三好鉄生 132 涙をふいて

ペギー葉山 202 南国土佐を後にして

岩手県民謡 1564 南部の牛追い

1571 軍歌 日本海海戦

1572 軍歌 日本海

384 弘田三枝子 人形の家

角川博 1290 人情つれづれ

328 山本リンダ 狙いうち

133 北島三郎 年輪

山川豊 161 函館本線

平浩二 162 バスストッ

山形県民謡 1565 花笠踊り

163 島津たかから花へと

14 村田 英雄 花と竜

ザ・タイガース 164 花の首飾り

78 金田たつえ 花街の母

165 はしだのりひことクライマックス 花嫁

167 佳山 明生 氷の雨

伍代夏子 440 ひとり酒

火の国の女 350 坂本冬美

百万本のバラ 加藤登紀子 351

広瀬中佐 軍歌(文部省唱歌) 1573

釜山港へ帰れ 67 渥美次郎

二人でお酒を 308 梓みちよ

白市 459 八代亜紀

冬のリヴィエラ 460 森進一

ブランデーグラス 252 石原 裕次郎

ブルー・シャトウ 169 ジャッキー吉川とブルー・コメッツ

ブルーライト・ヨコハマ 189 いしだあゆみ

ベット煙草を吸わないで 141 沢たまき

ヘッドライト 1291 新沼謙治

望郷酒場 253 千昌夫

望郷じょんから 細川たかし 496

王翔旅カラス 1292 千昌夫

インパチェンス 74 島倉千代子

箱崎晋一郎 抱擁 142

星のフラメンコ 西郷輝彦 170

171 平尾昌晃 星はなんでも知っている

敏いとうハッピー&ブルー 62

星降る街角 497 北海盆唄

北海道民謡 北帰行 365

シャオリンシュウ 島津たか 172

ホテル 386 チェン・ジュオエ

骨まで愛して 大泉逸郎 96 孫

尾崎紀世彦 173 また逢う日まで

美空ひばり 451 真赤な太陽

2391 松平健 マツケンサンバ

75 北島三郎 まつり

桂銀淑 176 真夜中のシャワー

山形県民謡 1566 真室川音頭

坂本九 83 見上げてごらん夜の星を

サーカス 259 ミスターサマータイム

伍代夏子 441 水なし川

渡哲也 51 みちづれ

山本譲二 52 みちのくひとり旅

軍歌 1574 道は六百八十里

中村美律子 1293 港町情話

シャオリンシュウ 419 昔の名前で出ています

香西かおり 260 静けさ

53 尾形大作 無錫旅行情報

東八郎 261 娘へのバラード

藤あや子 377 むらさき雨情

1294 中村美律子 めおと恋

都はるみ 70 夫婦

262 三笠 優子 夫婦

もしもピアノが弾けたなら 71 西田敏行

盛岡ブルース 1295 青江三奈

1567 群馬県民謡 八木

矢切の渡し 細川たかし 10

安来節 島根県民謡 1568年

やっぱすきやねん やしきたかじん 84

北島三郎 378

ゆうべの秘密 小川 知子 340

雪国 59 ジジサン

スノーチュン 11 小林幸子

雪の進軍 1575 軍歌

雪の降る街を 268 高英男

夢追い酒 76 渥美次郎

夢芝居 179 梅沢富美男

千里 1296 キム・ヨンジャ

夢の夜 181 南こうせつ

Permalink | 記事への反応(0) | 18:36

2023-10-16

石野卓球ヴォーカルが好き

Shangri-La』でピンときて『N.O』で確信して『虹』と『ポポ』でたまらなくなった。

そもそも石野卓球は歌が上手い。別の能力が表に出ているので目立たないだけだが。

もともとラップユニットと誤解されただけあって発音クリア。瀧や五島さんを前に出したがるが歌のコアの部分はちゃんと締められる。何より彼の歌声から出る悲しみとおかしみが相まった情感がすごい。

あんまりカバーなんかしないが子門zの『トランジスタラジオ』は清志郎まさよしよりうだつが上がらない感があっていいカバーなんだよ。清志郎CDあげたそうだがすごい喜んだんじゃないか

卓球の歌が際立つ歌ってあと何かあったっけ?見つけ出したらたまら歌い手として石野卓球というヴォーカリストを推す。

2023-05-02

今もし清志郎が生きてたら

クソサヨクとしてボコボコに叩かれてたんだろうな

2019-11-04

今日子供国歌歌ってた

ショッピングセンターの遊び場で

3、4歳くらいの男の子国歌歌ってた

幼稚園とかで習ったのかなと微笑ましく見てたけど違うかもしれない

振り下ろされる拳

クラッシュ寸前のアンパンマン玩具

パパの制止する声ももはや届かない

ほとばしるパンクの魂

幾度も繰り返される「苔のむすまで」

そしてステージは終了

今日のこの男児あの日清志郎の姿が重なった

2019-01-10

RFC何番のセクション○○に書いてあるよ

技術文書を追いかけると、よく出てくるRFC(Request for Comments)だけど、

どうしてもRCサクセションに見えて、いろんなメロディが思い浮かぶ

清志郎が逝ってから今年で10年が経ってしま

2018-07-02

YAZAWAよりも清志郎が好きなのがサブカル

尾崎豊よりも吉川晃司よりも岡村靖幸が好きなのがサブカル(おじさん・おばさん)

2017-12-23

https://anond.hatelabo.jp/20171223001347

しろ死んでるからこそセブン&アイホールディングスCMで「デイ・ドリームビリーバー」を好きに使っている感ある。

生きてたら確実にリスク。何をしでかすかわかったもんじゃない。

あ、でも清志郎ゼリーは別人なんだっけ?

2015-10-16

"元福島第一原発作業員(28)が急性白血病の疑いで緊急入院"

半年間、福島第一原発作業員として働いていた男性(28)が9月25日、急性白血病の疑いで緊急入院したという。17歳年上の兄が25日明かした。

http://silvershield.link/birthdaykiki/

って、この記事だがニュースにもならないので調べてみたらちょっと怪しい。

発言しているのはMichelleというアカウントだが

https://twitter.com/birthdaykiki?ref_src=twsrc%5Etfw

>@RossoJuiz ロカからの移行アカウント福島産・はやぶさ故郷で生息 ☢ 原発再稼働反対・全廃炉へ1票以上・ いいね! 黒い猫 清志郎チバユウスケ 攻殻機動隊 押井守神山健治 東のエデン

ツイログ発言かのぼるとほとんどRT http://twilog.org/birthdaykiki

プロフィールからアカウントを引っ張ると鍵がかかっている。まぁ、反響考えて別アカウントというのはわかるが、そのアカウント検索したらtwitcastのコメントログが出てきた。

http://www.emww2w.twitcasting.tv/rossojuiz


・・・・まぁ、自分の事もあるので言えないが45歳の書く文章には見えんわな。

信じるか信じないかは、あなた次第です!

2014-05-11

清志郎が存命だったら 美味しんぼ級の風評被害ソングを作っていたかも…

清志郎は、日本ロック史に刻まれる稀有な才能の持ち主だったと思うが「カバーズ」等で披露したプロテストシンガーとしての側面は、生前から過大評価されていたように思う。

押しつけがましくない率直な言葉やユーモラスな隠喩を紡いで作ったラブソングや、他のソングライターが見逃してきた日常の一断面を切りとる視点こそが、彼の真骨頂であった。

それに比して反原発ソングは直接的な表現が多く、かつ国家権力や巨大組織によって庶民が騙されているという

有りがちなサヨク的なものであって、あまり清志郎ならではのオリジナリティの感じられるものではなかった。

たくみ言葉で一般庶民をだまそうとしてもほんの少しバレてる、その黒い腹(中略)だまされちゃいけねぇ ”※ラブミーテンダー

原子力は要らねえ 危ねえ 欲しくない”※サマータイムブルース

「髪の毛が抜ける」「汚染地域牛乳危険」といった、過度に不安煽り立てる歌詞は、チェルノブイリ住民に対する配慮は微塵も感じられず

国内での事故で同様の表現で歌を作っていたら風評被害を巻き起こしていたたろうと想定される。

カバーズの歌詞は、今ではその多くが科学的根拠を欠いた陰謀史観で作られたものとしてされている広瀬隆の著作の影響が強かったとされる。

もし清志郎が生きていたら、311以後日本を席巻した、怪しげな反原発運動に加担した可能性は否定できない。

なぜなら彼の死の要因は、科学的な治療を拒否し、民間療法に頼ったことによるガンの悪化とされるからだ。

まあロック歴史にもifはないし、死者についてあれこれ勝手に推測するのは不謹慎なので、ここで吐き出させてもらいました

2014-03-14

anond:20140314222858

youtubeで昔、日本ロッククロニクルみたいなものをみたけど、やっぱりボーカルが全体に弱かった。

耳を惹いたのは、永ちゃん清志郎など後に残った人たちだけだった。

ボーカルが弱いっていうのは日本ロック命題

そのうえロックボーカリストは練習がしない。

楽器隊は練習大好きなのに、ボーカルボイストレーニングやるわけでもなし、酒とたばことかやってるし。

ポップス系のひとはまじめなので、ロック系よりよっぽど上手い。

2013-07-30

フジロック前夜祭

15時過ぎに苗場着。

テントを建て終わり、中に入った途端豪雨スタート

これ前夜祭行けるのか?と思いつつ、3670円のテント天井から滴る雨漏りと戯れてるうちに雨が上がる。


DJ MAMEZUKA

フジロック前夜祭といえばこの人!らしい。最初最後、そして全てのバンドの合間に登場。

フジロック13に出演するバンドの曲や、フジロッカーいかにも好きそうな曲たち(90年代UKロックとか清志郎版デイ・ドリームビリーバーとかね)を選曲していくため盛り上がり方は半端ない

最後は当然の如く「雨上がりの夜空に」を大合唱


・TURTLE ISLAND

今回初めて知ったバンド。お囃子パンクとでもいったところだろうか。

和太鼓、篠笛、あたり鉦、シタールタブラ馬頭琴、ジェンベ、ドゥンドゥン等各国の様々な土着楽器ギターベースSAXなど西洋楽器を使」っているらしい。

沢山いるメンバーがみんな法被着用でお祭り騒ぎMAXバンド

しかし、レッドマーキーというステージの特性上か音が悪く、折角凝った楽器編成なのに一つ一つの楽器全然聞こえなかった。

ソロをとってる篠笛だけ辛うじて聞き取れ、あとは全体的にガーーーっていっててボーカルが何か叫んでるなぁってレベル


・SKINNY LISTER

去年でいうONDA VAGA、そのちょっと前でいうRäfvenにあたるポジションバンド

どういうことかというと、Uncleowenというアイリッシュパンクレーベルがあって、そこが毎年フジロックで大プッシュするアーティストを送り込んでいるのだ。

この枠のバンドは毎年フジロック期間中に何度もライブを行い、タワレコでもプッシュされる。

そして今年プッシュされたSKINNY LISTERは、ギターボーカル(実はフットスイッチドラムキック担当してる)、エレキギターマンドリンウッドベースダンサー/ボーカルの5人編成フォークロックパンク)・バンド

まぁなんというか芸人風のバンドだった。

個人的に思うのは、この手のバンドは物珍しさから音楽家というよりも大道芸人みたいな雰囲気が抜け切らない。

なんで芸人風がダメかというと、物珍しさだけのバンドは一瞬で消費されてしまい長続きしないから。

異論は認める


rega

もともと知ってたが、ここまでかっこいいとは思わなかった。

4つ打ちのドラムドラムギターの素早いフレーズを乗っけていく感じで、ソロあり、掛け合いありのインストバンド

マスロックという言葉はなんというか少し受け入れがたいものを感じるので使わない。

金髪ギターが難しいフレーズを弾く際に、手元ではなく観客を向いてニッコリするのがドヤ感MAXで非常にウザ悔しかった(ぐうの音も出ないほど上手いから)。


前夜祭は以上で終了。お風呂に入っておやすみなさい。

2011-04-15

斉藤和義と懐疑心と

ただただし氏が数十年後、「自然エネルギーに騙された」と言わないために - ただのにっき(2011-04-08)科学的懐疑心の重要性をとき、本旨の導入として斉藤和義の「ずっと嘘だった」とその態度への批判をしている。

ただ氏の批判を抜粋する。

断っておくけど、おれは別に原発推進派でもなければ反対派でもない、強いていえば消極的容認派だけれど、だからといって今さら「絶対安全って言ってたのに! 騙してたなんてひどい!」なんて騒がないよ。世の中に「絶対」なんてものがありえないって知ってるし。悪いけど、「絶対安全です」なんて言われて信じるほうがおかしい

こんな歌、十代の子供なら許されるかも知れないけど、斉藤和義はもう44歳、おれと同世代じゃないか。この歳になったら言っていいのは「(自分より若い世代に対して)無知でごめんなさい、騙されててごめんなさい、黙っててごめんなさい」だろうよ。いい大人がイノセンスぶって責任回避かよ、情けねぇ。

40代にもなって「騙された!」と騒ぐような情けない大人にならないためには、きちんとした科学教育が必要だ。

さて、ただ氏の言うように斉藤は今回の事故をキッカケに、これまでの「絶対安全」が嘘だったことに気づき、「ずっと嘘だった」を歌った情けない大人なのだろうか。

「ずっと嘘だった」の歌詞には「原発が54基」「ほうれん草食いてえな」というフレーズがある。

これは忌野清志郎1988年に発売したカバーズに収録された曲「ラヴ・ミー・テンダー」と「サマータイム・ブルース」を意識していることは明白だ。

松永英明氏がキヨシロー「Love me tender」のアンサーソングとしての斉藤和義「ずっとウソだった」の無力感[絵文録ことのは]2011/04/08でその対応関係を指摘している。

キヨシローの「放射能はいらねえ、牛乳を飲みてぇ」を受けて、斉藤は「風に舞う放射能はもう止められない」「ほうれん草食いてえな」と歌った。違うのは、放射能放射性物質)はすでに放出されていることだ。

そもそも、タイトルやサビ自体がキヨシローへのアンサーである斉藤の「俺たちを騙して、言い訳は「想定外」」「ずっとウソだったんだぜ やっぱ、ばれてしまったな」という歌詞が、キヨシローの「たくみ言葉で一般庶民をだまそうとしても ほんの少しバレてる、その黒い腹」という歌詞を受けているのは明白だ。23年前はほんの少しバレてる程度だったが、今や安全神話崩壊した

キヨシローさん、あんたの歌ったとおりだったよ」というのがこの曲のメッセージとして伝わってくる。

なお、「サマータイムブルース」の歌詞との対比を追記しておくと、「37個も建っている原発がまた増える」は斉藤の「原発が54基」、「それでもTVは言っている「原発は安全です」」は斉藤の「教科書CMも言ってたよ、安全です」に受け継がれている。

これを見るだけでも斉藤が「騙された!」とは違った文脈で「ずっと嘘だった」を歌ったことが伺える。

何しろ斉藤東海村JCO臨界事故の翌年2000年に発売したCOLD TUBEに収録した「青い光」で原発批判をすでにしているのだから

青い光を見たんだ

とてもきれいな青だった

ガスマスクの男たちが僕を人から遠ざけた

青い光を見たんだ

とてもきれいな青だった

ヘリコプターがハエのように・・・うまく思い出せない・・・

青い光を見たんだ

いつも通りにやったんだ

今日も髪がたくさん抜けた

斉藤原発に対して、関心があり、懐疑心を持ち、曲を書き歌うことで反原発を訴えていた。

以上をふまえて本旨にツッコミを入れていこう。

どんな技術にもメリットデメリットがある。メリットばかりを吹聴されて、それを盲信しないためには、科学的な懐疑心が欠かせない。われわれ日本人は、えてして道徳的な立場から人を疑うのはよくないことだと教えられるが、正しい判断をするために、いや「生きるために」、科学的懐疑心は必要なスキルだ。あらゆる意見は「仮説」として受け止め、反証できないか考える。検証されない仮説は採用しない。訓練は必要だが、なにも難しいことはない。人を疑うのではなく仮説を疑うのだから道徳的にはなんの問題もない。

いやいや、あんたは斉藤和義が騙されて喚いてるって検証もしないで決めつけてるだろwしかも人を疑ってるしw「訓練は必要だが、なにも難しいことはない(キリッ」ってw面白すぎるw自分ができてないww

40代にもなって「騙された!」と騒ぐような情けない大人にならないためには、きちんとした科学教育が必要だ。それも、教科書を丸暗記すれば試験合格するようなエセ科学教育じゃなくて、正当な懐疑心を養い、仮説検証を経ない理論採用しないといった「科学の心」を持つための科学教育が。ちゃんと人を育てるところから始めないと、また数十年後におかしな責任転嫁を聴かされることになるよ。

科学の心」を持つと科学以外のことに対する懐疑心は無くなっちゃうの?ただ氏が数年後におかしな責任転嫁を歌うことを楽しみにしてるよw

おまけ

数十年後、「自然エネルギーに騙された」と言わないために - ただのにっき(2011-04-08)ブコメ

id:songe 清志郎へのアンサーソングなのに清志郎の歌を知らないもんだからこんなエントリーなっちゃった 2011/04/09

ただ氏

id:sho 「アンサーソングと知らないのか」ってコメが複数あって笑った。年代的に知ってて当然だという反証を思い浮かべもせずにお気に入りの結論に飛びついちゃうあたりが、ダメな大人の典型だねぇ。 2011/04/10

俺の追記

id:songe 清志郎へのアンサーソングなのに清志郎の歌を知らないもんだからこんなエントリーなっちゃった/知っててこのエントリーなら日本の言論的リテラシー教育重要性が問われるな 2011/04/09

もちろん、知ってて当然だという反証は思い浮かべてました。そして、知ってたらこんなエントリーは書かないだろうとも思ったので確認の為にコメントしてみました

「懐疑心を持つことが大切だ」というテーマエントリーの導入部でいきなり決めつけから入っていたので。こんなことググれば十数分でわかることですし。

2011-04-10

「騙されてた」わけじゃなくて「目をつぶってた」のが申し訳ないと思う件

斉藤和義の例の歌のurlが、TL上にずらっと並んで、

電車に揺られてたのでちょうど時間があってすぐ聴いた。

なんか気分悪いなーと思って、さっきまでその理由を考えていたのだが

なんとなくまとまったので、増田書き逃げしておく。

1980年代の初め、小学生だった私は学研の「学習」と「科学」を買ってもらっていた。

あの頃、周りの小学生のだいたい1/3ぐらいが、学研のおばちゃんに「学習」や「科学」を届けてもらっていたのではないかと思う。

当時科学」の裏表紙、表4の広告には東京電力と思われる原子力の記事広告がよく載っていた。

原子力空母日本に寄港するのはよくない云々、などのニュースが流れていたり、

学校の図書室には「はだしのゲン」があって「きもちわりー」とか言いながら読んだりしていたし、

国語教科書には、必ず一編は「原爆」をテーマしたものが掲載されていたりしていた。

要するに、1980年初めの千葉県の公立小学校に通っていた私は「核=悪」と思っていた。

から、親も推奨する数少ない雑誌学研科学」に、それも目立つ裏表紙に「原子力素晴らしい!」って書いてあるのは何か変。

どっちが正しいことなんだろう?と疑問に思っていたのだ。

そこでたぶん10才ぐらいの私は父に聞いてみたのだ。

原子力原爆なんでしょ?違うの?怖くない核ってあるの?学校と「学研科学」どちらの言い分が正しいの?」。

それが東京電力の”広告であることなど、小学生に理解させるのは無理だろう。馬鹿だったし私。

でも父はそれは実は広告というものである、ということ、それから

それが広告であれ中に書いてある読み物であれ、テレビニュースであれ学校先生であれ、

人が話していることが必ず正しいことを言っているわけではないこと、

いろいろな人がいろいろな立場でものを考えているのが、この世の中であるということ、

人の考えをよく聞いて、自分で何が正しいかを考えることが大切だということを、教えてくれた。

父がかなり苦労していたのは子供心に分ったので、鮮明に覚えているのだ。

そういうわけで、私はべつに東電に騙されていた訳じゃない。

でも、チェルノブイリ事故の時でも、まだ選挙権はなかった。

清志郎が歌ったように37ケだった原発も、その後まだ増えたらしいが、選択権がないのだからしょうがない。

その後バブル景気があってバブル崩壊して、新党ブームなんていうのもあって、

その頃がようやく選挙権が行使できる年齢になったころで、

原発とかはなるべく嫌だなぁと漠然と思ってはいたけれど、選挙権を得た時には

55年体制とやらも自民の一党支配とやらも、なんかもう形にはなっていなかったと思う。

原発反対!って言えるタイミングは逸していた。

大学左翼運動の人も見かけたが、どう考えたって胡散臭いしか思えなかったし、

私の周りでは、成績優秀者で「官僚になりたい」「政治家になって世界を動かしたい」なんていうのは

ほとんどいなかった。

まれに居ても、官僚になりたい子や政治系の活動をする子の方が、頭が残念な子が多かった気がする。

まぁこれは私見ですけれども。

私は大人になり、今となっては悔しい限りだが政治選挙などに関心が無くなっていた。

それは本当に後悔することではあるけれど、私が選挙権を得た時にはもう原発たくさん建ってたんだよ。

少なくともチェルノブイリ事故があったときに、選挙権があった大人たちは、

どうして止めてくれなかったんだろう?

ちなみにwikipediaによると斉藤和義さんは1966年生まれ。チェルノブイリの時には20才。

彼は本当に今まで、ずっと騙されていたんだって言うのだろうか?

私に選挙権が回ってきたときには手遅れな時期だったけど、それでも「騙された」なんて思えないけど。



父は団塊の世代よりも10は年上で、共産党員でも社会主義革命を目指した人でもない。赤旗は毛嫌いしていたのでたぶんそう。

でも、選挙のたびに必ず共産党の人に票を投じていた。

それについても「お父さん、日本共産主義国になればいいと思っているの?」と聞いたことがある。

共産党に票を入れるのが、今に問題があるということの意思表示からだ」

「お父さん、白票とか選挙ボイコットとかじゃだめなの?共産党ってなんか恥ずかしくない?」

白票選挙に行かないと、意思は示せないのが今の法律から、行くんだよ」

私はノンポリを気取っていたけれど、何回かの選挙では「反対票」を入れてきた。まぁ効果はなかったけどね。

私は、大人として何をすればいいかなぁ、と思いを巡らせていた。3日間。

少なくとも急ごしらえの反原発ソングを歌うことや、学生ノリのデモに参加することや、

twitterで「石原に入れないようにしようぜ!」ってつぶやくことじゃ、なさそうだ。

とりあえず明日選挙に行って、正当に数えてもらえる票を入れてくること。

そのあとは、名残の桜を見にいく。

2009-06-30

株式会社はてな」が滅亡するとき

以下は株式会社はてな」の行く末と同じくらいにどうでもいいことなんだが、自分ブログよりこっちの方が読者が多そうなので書かせてもらうよ。

まあ何が不満かっていえば、マイケル・ジャクソンの扱われ方ね。世代がどうとか趣味がどうとかいう問題とは別に、マイケル・ジャクソンの死は単なるポップスターの死とは異質な出来事だってことは読者のみんなも分かっているということを前提にして話を進めるので、ここで「?」と思った人はもう読まなくていいよ。時間とってごめんね。あ、あとマイケル・ジャクソンって誰だよ、って人もね。

僕はエルヴィス・プレスリーの死、ジョン・レノンの死についてはほとんど何も知らない。その時何が起こったかを見守った、という意味で「知っている」と言えるのは今回のマイケルだけだ。でもそんなこととは関係なく、今回の出来事が凡百のエンターテイナーの死とは異質な出来事で、前二者の死と同じ何かのマイルストーンになるってことは知っている。有名人の死、というのは消費されるべきひとつのエンタテンメイント・イベントでしかないけれども、この出来事は画面や紙面を通じて僕ら、つまり世界中人間にひとつの進行形の歴史の波頭を突きつけると同時に、音楽というどこまでも個人的な体験にひとつの永訣を迫ったという意味で特別なんだ。

あの日Twitterタイムラインを眺めていると、"Where were you when MJ died?"という問いが永遠に問われ続けるだろう、ていうポストがいくつもあった(このフレーズ検索してみるといいよ)。マイケル・ジャクソンが死んだ日、君がどこにいて、何をしていたか、というのはこれから先ずっと問われ続け、語り続けられるだろう。なぜなら、それが個人と歴史が出会ったということの証し立てだから、ってことだ。この日は決っして忘却されない。なぜならこの日僕らの人生は多かれ少なかれ決定的な変化を経験していて、それを僕らは言葉によって語ることができるから。そうやって僕らは歴史を共有し、歴史を生きながら他者と出会ってゆく。マイケルを除くあらゆる人間が、そのようにしてマイケル以外の誰かに出会うという、同じひとつの可能性を生きる。それが、マイケル・ジャクソンのいない世界を生きるということだ。著書のなかでジョン・レノン訃報に触れた瞬間の出来事をまるで昨日のことのように克明に語っていた佐藤良明みたいにね。あの日カーラジオに耳を傾けていた佐藤良明を揺り動かしたものと同じ何かに、僕らはまさしく触れていたんだ。

それはどんな出来事でも同じことだ、と言われるかも知れない。確かに個人と歴史出会いという意味では同じかも知れない。でも、今これを読んでいる「僕ら」にとっては違う。なぜなら世界中の「僕ら」の中に、マイケルを知らない者はいないから。そういう意味で、これは日本の偉大なるプロレスラー三沢光晴の死や、日本の偉大なるロッカー忌野清志郎の死ともまた異質な出来事なんだ。悲しさでいえば、僕の周りには清志郎が逝ったことの方が悲しい、という人は多いけれどね。僕個人がマイケル・ジャクソンとその死についてどう思っているかは、ここでは関係ないから書かないことにするよ。

さて、自社サイトニュースメディア性に自覚も出てきた「はてな」はあの日の出来事をどう伝えただろう。

はてブ」のトップページを見ていた人は最初「いま話題」の欄がマイケルになったとき、説明文が同名のバスケットボール選手になっていたことに気がついたはずだ。これは「はてなキーワード」の冒頭がそうなっていたためだと思うけど、「いま話題」が手動で書かれていることが明らかになった今では、何で修正しなかったのだろうっていう疑問を持たざるを得ない。それから、「はてなブックマークニュース」でマイケルの話題が扱われた記事のタイトルは、最初に「マイケル・ジャクソンさん死去――死期を“予言”した質問が発見される」、そして「“最高の80年代ありがとうマイケル・ジャクソン追悼サイトが作成される」だ。最初のものを見て、僕は「はてな」は滅亡すべきだと確信しかけたね。あらゆる意味で、記者の、編集長の、そして株式会社はてな」の「神経を疑った」ってやつだ。「はてな」が世間と連動して情報を発信する自社コンテンツとして開始した「はてなブックマークニュース」を利用して、唯一あの日に伝えるべきことが、それだったとはね。ブックマークでもネット一般でもものすごい話題になっていたイランの騒ぎをほとんど黙殺しているのは何故だろうとか、「はてなブックマークニュース」についていろいろ思うことはあるけれど、「死」そのものを発端にしたニュースとしては、なんていうかあまりに酷いんじゃないかって思ったんだ。非常にナイーブにね。どう言っても自己申告型の言い放しにしかならないけど、卑近な言い方をすれば、セクハラに同席しているみたいな軽い衝撃というか、なんだか人に言いにくい不思議な感じがした。別にあの記事はすごく普通で、どこも不謹慎なところや無神経なところはないんだけどね。まあ君は読んでくれてるみたいだからついでに甘えて言い訳すると、僕自身よく分からないからこんなことを書いているんだ。

で、その直後のデザインと「いま話題」のエヴァ化ね。「『いま話題』って広告枠だったのかよ」という指摘に対する「広告じゃなくって応援しているだけです」とかいう申し開きがどこまでも斜め上だってことは「はてな」の皆さんには理解できないんだろうな。アニメの真似事する前にもっとやることがあるだろうとか、いろいろ言いたいこともあるけど、ひとつだけ確実なのは「はてな」はコミットする、っていう言葉意味を知らないってことだ。コミットする、っていうのはひとつの決断だが、コミットしない、というのも同じ決断であって、さらにいえば決断しない、っていうのも、積み重なって歴史を形成するひとつの決断なんだよ。そしてその歴史は君たちの歴史であると同時にあらゆる人間歴史でもあるんだ。

ま、言いたいことは何も書いてないけれど、僕が言いたいことなんてとりあえずどうでもいいんじゃないかな。大事なことは、遠い将来、どこかの街角マイケルの歌声を聞いたときに僕が泣くだろう、ってことだ。もし君が泣いていたら肩を抱いてあげるさ。それから何か話すことがあれば、何かを話そう。僕らがそのようにしてマイケル・ジャクソンと生きる時代になるなんて、一体誰が予想できただろう、とかね。そして残念ながら、そのときにこの京都の IT 企業は完全に忘却される。彼らの決断としてね。

ね、本当にどうでもいいことだろう?

2009-05-09

清志郎の遺影があんまりだ。

清志郎の遺影があんまりだ。

http://anond.hatelabo.jp/20090509223610

Twitterやってるような奴は

祭りに便乗したかっただけだと思う。

増田が言うように。

でも、真っ当なファンは清志郎が癌なのを皆知ってる

(前から公表してたことだし)

そして、葬儀報道のされ方に頭をかし

死を見取った仲井戸麗市の憔悴振りを心配してる気がする。

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