はてなキーワード: 沖ノ島とは
アトスの女人禁制は規模が違う。ここには20の大きな修道院があり、男ばかり約2000人の修道士が自給自足で修行に励んでいる。修行中の身だから、女性に触れない、というのは当たり前だが、いったん修道士としてこの地に身を捧げたら、彼らのほとんどは死ぬまでこの地を出ることはない。
つまり、女性に会う機会がなくなる。大峰山や沖ノ島が女人禁制だとはいえ、神官や修験者は島や山を出れば、そこには女性が存在する。
だがアトスの修道士たちは数十年、あるいは50年以上も女性を「見たことがない」という男たちが、2000人も暮らしているのだ。
さらに徹底しているのは、自給自足生活で飼育している家畜も、すべて雄。唯一猫だけは、鼠退治のために雌の存在が許されているが、それ以外の動物の「繁殖」はない。
修道士たちにとっては「生神女マリア(キリストの母)」だけが唯一の女性であるといい、1406年に始まった女人禁制は、世界遺産に登録された現在もなお、頑なに守られているのである。
俺はハゲだけど「ハゲは不浄だから土俵には上がれません」って言われたら普通に切れるわ。
例えば沖ノ島は古代から女人禁制です!と言われたら、そりゃすげえ続けなきゃって気分になる。
それが明治からってなったらうわショボ…となるのは当たり前でしょ。
もちろん初詣みたいに誰も困らない伝統なら、明治からだろうと大いに結構だけど。
今回のは女性差別というマイナスを正当化する理由として伝統を持ち出してるわけじゃん。
それが大した歴史じゃないならマイナスを覆すほどの説得力はないよねってだけの話だ。
漫画とかでポリコレ棒振りかざされるのは嫌だが、それは漫画の表現が制限されてつまらなくなるからであって、土俵に女性が上がろうが相撲がつまらなくなるわけじゃない。
高野山が女人禁制を解いたところで、誰も神聖さを疑わないのと同じだ。