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はてなキーワード: 宥和政策とは

2024-03-14

バルフォア宣言ユダヤ人が英領パレスチナ流入

地価物価上昇などで不満を持ったアラブ人が蜂起

イギリス軍が叩き潰しアラブ人政治組織は大ダメージ

第二次世界大戦勃発で内敵を増やしたくなかったイギリスアラブ人に対する宥和政策を開始

移民制限されたユダヤ人武装組織を作ってイギリス現地機関攻撃

大戦勝利するも大きな被害を受けたイギリス軍ユダヤ人武装組織に対抗するのを諦めてロクに引き継ぎせずに撤退

権力の空白イスラエル建国され、それを認めないアラブ諸国が介入。組織力が弱いアラブ人側が敗北し、ヨルダン川西岸ガザ地区に押し込められる(第一次中東戦争

イスラエルヨルダン川西岸ヨルダン軍とガザ地区エジプト軍追放し、事実上勢力下に収める。余勢を駆ってシナイ半島まで制圧第三次中東戦争

エジプト軍が反撃。痛み分けに終わるがイスラエルシナイ半島から撤退第四次中東戦争

イマココ

2023-07-13

anond:20230713193057

いやウクライナNATO加盟なんて認めたらそれこそ第三次世界大戦まっしぐらですよ。

ヨーロッパもさすがに2度も世界大戦やればそこまで行きたくないでしょ。

たとえ対ヒトラー宥和政策の「いつか来た道」だったとしても、です。

2023-02-19

ロシアウクライナ戦争の開戦一年を前に

まもなく開戦から一年を迎える。

冷戦終結させ核戦争の恐怖から逃れた人類が祝砲とともに迎えた21世紀が、よもや侵略戦争とそれに伴う核戦争懸念に飲み込まれるとは誰が予想したであろうか。ここに至る経緯は長く複雑であって一冊の書物にさえ収まりきらないものではあるが、それが世に出るころには世間の関心は賞味期限切れを起こしていると思われるので、ここにその一部を記そうと思う。


そもそもウラジーミル・プーチンウクライナ併合をもくろむようになったのはいつのことだろうか。すなわち、民族的ロシア人保護というロシア社会における要求に甘んじず、かつてのロシア帝国的な全スラブ民族庇護者というアイデンティティ確立し、ウクライナロシア範疇とするべく模索を始めたのはいつのことだろうか。これは遅くとも2019年にはその転換は生まれていると考えられる。冷戦の勝者であったはずのアメリカトランプ政権の下で国際的威信を低下させ、アラブの春以降に生まれた膨大な中東難民ヨーロッパ社会疲弊させた。東に目を向ければ2008年の中露国問題解決をもって後顧の憂いを絶ち、和平条約こそ結べないものクリミア危機をもってしてもなお対露宥和政策を維持する日本を見る限り不安要因とはなりえない状況であった。そして、ウクライナにおいてさえ、2019年大統領選挙では対露強硬派ポロシェンコが敗退し、政治的には素人コメディアン出身ウクライナ語さえ満足に話せないゼレンスキーが対露宥和政策を掲げて当選するに至ったのである。むしろこの時にこそ、プーチンミンスク合意を超えたウクライナ併合という天啓を得たとしてもおかしくはない。彼の帝国に、およそ実現不可能侵略戦争妄執を諫める官衙が無かったことが、世界悲劇であった。

ロシア軍の当初の作戦は様々な面で事前の調査検討が不十分なものであった。もとより実現可能性も実効性もない目標を大真面目に検討しろと言う方が無理であろう。とはいえ杜撰侵略作戦はいかにして作られたのだろうか。これにはおよそ二つの側面がある。一つは、計画立案の手間を惜しんで集団安全保障条約(CSTO)加盟国内で政変が起きた際の介入計画を下敷きにしている面。もう一つは、プーチン個人が気に入るであろう要素を加えることで、彼個人が満足するように作られている面である。このため、作戦計画はもとより無理のある要求に非現実的企画で回答するという悪循環産物と化しており、2022年2月の史上稀に見る大失敗に至るのは当然のことであった。

プーチンはこれまでに2回、親露派内閣の救援に失敗している。ブルドーザー革命で当時ユーゴスラヴィア大統領であったミロシェビッチ保護できず、またマイダ革命でもヤヌコヴィッチ内閣を支え切れなかった。これを踏まえ、CSTO加盟国内で政変が起きた際の対応計画は、かなり真面目に練られていた。そのうちの一つが開戦劈頭のアントノフ空港攻略作戦の原型になっている。原型となった計画では、クーデターなどによって親露派政府が打倒されそうになった場合ロシア空挺軍部隊首都近郊の空港制圧して先行する特殊部隊とともに政府首脳部を保護し、これを空挺堡として首都や周辺の主要都市軍事拠点順次制圧していくという展開を想定している。

実際、ウクライナ侵攻の直前に起きたカザフスタン政変ではトカエフ要請を受けてロシア空挺軍によるアルマトイ国際空港を中心とした展開が行われており、一方の権力を奪われたナザルバエフ隣国キルギス脱出し、カント空軍基地プーチン政権奪還を支援してくれるものと待ちわびていた。権力闘争の結果は周知のとおりだが、仮にトカエフがより反露的な人物であれば結果は違っていたかもしれない。

ウクライナ侵攻計画においても、親露派大統領に対するNATO とりわけアメリカ主導のクーデターが発生した際の対応計画を元に、少数の特殊部隊と大規模な空挺軍を利用したアントノフ空港制圧とこれを拠点としたキエフ制圧計画立案されていた。この作戦の致命的な欠陥として、クーデターであれば存在していたはずのウクライナ国内の親露派有力者、とりわけウクライナ部隊ウクライナ保安庁内の協力者からの援護が十分に期待できない点が挙げられる。計画上は確かに彼らが侵攻開始と同時に蜂起する想定になっていたのだが、ウクライナ国内の親露派の多くはロシア軍の本格侵攻を信じてはおらず、投下された膨大な準備資金個人的な利益に帰してしまった。さらに、開戦直前に至るまでアメリカによる情報公開攻勢が行われたため、ウクライナ国内の親露派との連絡調整を職掌に収めていたロシアFSB第五局は情報漏洩を恐れて正確な開戦日時を伝達せず、結果的2月24日は(開戦日は教えてもらえると思い込んでいた)親露派に対する奇襲となってしまった。この、事前連絡のない開戦とロシアによる一方的な協力への期待は、数字としては出ていないが、民族的ロシア人あるいは経済的恩恵といったものを背景とした親露派の翻意を大いに促し、以後のロシア軍を大いに苦しめることとなる。

また、本来であれば、制空権の確保と空挺堡の構築、地上部隊の侵攻は十分に連携の取れたものでなければならない。しかし、ロシア政府内では侵攻作戦プーチンの「お戯れ」であるとみなされていたため、作戦計画の内プーチンが喜びそうな内容、具体的には前述のアントノフ空港への奇襲といった派手な作戦ウクライナ全土制圧後のロシアへの併合宣言といったハイライトのみが詳細に検討され、それ以外の点については何ら考えられてこなかった。例えば、アントノフ空港制圧した空挺軍部隊と合流するためにベラルーシから地上侵攻を行う必要があるが、チェルノブイリ原発周辺の森林地帯を通過する際の計画東部軍管区のある若手士官図上演習課題として丸投げされ、提出された素案を元に別の将校が大規模演習の名目で具体的な計画に起こしていたことがわかっている。想定された場所以外では戦闘妨害が起こらず、また演習名目であったために部隊の移動は迅速に進むという前提で計画が確定してしまたことが、キエフの戦いにおいて裏目に出てしまった。同様にロシア空軍も、地上軍との連携が乏しく長期の作戦計画立案されていないなど、全面戦争を想定したものとは到底言いがたい状況であったのには、このような背景があったのだと見られている。

戦前年にもロシア軍はクリミア半島などにおいて大規模な動員訓練を行っていたが、プーチンが本気であると知らない者には、これら人員物資の集積はあくまウクライナおよびNATO に対する威嚇として理解されていた。事情を知る者は当初計画があまりに楽観的であることに懸念を示していたものの、FSB第5局の人員の多くは親露派ウクライナ人の協力が当然あるとして疑わなかったし、またある者はプーチンが本気でウクライナ侵攻を計画していると認識していなかった。何より、プーチン本人が自分に気に入られるべく作られた即興作戦計画を「狙い通りに」気に入ってしまった。平たく言うと、ロシア軍としては侵攻計画の前提となる環境整備は対外諜報活動を所管するFSB が行うことが大前提であり、しかFSBはその軍事侵攻に十全な準備をできていなかったのである本来なされるべき長期的な見通しの欠如は、未だにロシア軍を苦しめている。


もう一方のウクライナ側の防衛計画についてはどのようなものだったろうか。戦前ウクライナ政府および軍が想定していたロシア軍の侵攻計画は以下のようなものであった。まず、ドネツクルガンスク人民共和国(D/LNR)との停戦ラインにおいて大規模な衝突を起こす。これを受けてロシア政府ウクライナ政府に即時の停戦撤退要求する。ウクライナ政府拒否した場合ウクライナ軍による民族浄化作戦からロシア住民保護」を名目ロシア軍による大規模な空爆を行う。空爆によってウクライナ政府降伏しない場合地上軍による侵攻を行い、かつてノヴォロシアと呼ばれていた民族的ロシア人の多い地域制圧する。これらの地域はD/LNR と同様にウクライナ国内の(EUNATOへの加盟を拒否できる)自治州として温存し、長期的にはこれらを通じてウクライナを間接的に支配する。このプロットは明らかにコソボ紛争における欧米の介入の経過をなぞったものだが、ウクライナ軍はプーチン個人的な欲求からNATOに対する当てつけとしてこのような展開を望むと考えていた。ロシアが率先してウクライナに侵攻するのではなくD/LNR が優位な戦況を作り支配地域を広げる体裁をとることが国際的批判回避する方策であるため、国際社会による仲裁拒否民族浄化を続けるウクライナへの懲罰的攻撃という方便を生み出すよう布石を打っていくのである。前提として、ウクライナ国内クーデターのような政変が無く、ロシアからエスカレートを仕掛ける場合を想定すると、このような順で進むと想定するのは合理的である

問題はこれがどの程度のスピードで進むかであるが、ウクライナ軍の想定ではコソボ空爆と同様に開戦から地上侵攻まで最大3か月程度の時間的猶予があると考えていたようである。今を思えばのんびりした想定であるが、ロシア陸軍各部隊は徴集兵を少なからず含んでおり、これらは法律上ウクライナ派兵できないため、全面的戦争を始めるには予備役招集と訓練が必要であると見られていた。したがって部隊の充足率を高めるのに必要時間がある程度は期待できたのである。このタイムラグの間は空爆ドネツクルガンスク両州が主な戦場となる。そこで、ウクライナ軍としては東部陸軍の主力を集中させてD/LNRとの停戦ラインを堅持することで大きな損害を与え、ロシア本体が参戦するまでに東部戦線を安定化、あわよくば地上侵攻を思いとどまらせるという方針が定まっていた。また、この時、クリミア半島やベルゴロド州からロシア軍が侵攻してくることが考えられたが、ここは動員した予備役領土防衛隊国境線を維持することとされた。長期的な見通しはさておき、ウクライナ軍にとって主眼はあくま東部戦線であり、停戦ラインから20km の範囲で多数の陣地構築を行っている。隣接するヘルソンザポリージャハリコフの各州での陣地構築は開戦後住民避難と並行して行う予定であったと考えられる。

もし、開戦に先立ちウクライナ軍が上述の想定の元東部戦線への戦力の集中を行っていた場合、図らずもがら空きのキエフロシア空挺軍殺到していたことになる。では、ウクライナ軍はどこで引き返したのか。最も有力な説は2月21日のロシアによるD/LNRの独立承認の直後であろうというものである。前述のような経過をたどるには、D/LNR がウクライナの一部という立場のままロシアミンスク合意の履行を強制する状況になければならない。両地域独立承認してしまった場合、D/LNR や民族的ロシア人が優位な支配地域を中心とした間接的なウクライナ支配という筋書きと整合しなくなる。また、東部戦線におけるD/LNR の攻勢が想定よりもだいぶ弱く、ロシア軍が両地域へ展開している部隊数も想定をかなり下回っていることからウクライナ軍では当初想定とは異なる侵攻計画がある可能性を認めざるを得なくなった。この時、米国から情報によればロシア軍の侵攻計画長大国境線での一斉攻撃であった。残念ながら、ロシア軍が主体的に全面侵攻を仕掛けるという情報ウクライナ軍は信じることができず、さりとて東部戦線へ部隊を急派する必要もない状況を踏まえ、ウクライナ軍は部隊移動を取りやめ、部隊位置を秘匿したうえで数日待機、すなわち様子見することとした模様である結果的に、キエフ周辺には開戦直後のホストメリ空港一時的にせよ防衛するのに十分な戦力が残っており、第一機甲旅団チェルニゴフ州でドニエプル川左岸防衛することができた。一方で、南部においては部隊移動が混乱をきたしてしまい、クリミア半島との境界に当たるペレコープ地峡からメリトポリ付近に至る広い範囲守備部隊のいない状況となってしまった。もしこの地域担任する部隊が移動前であったならば、事前準備の不徹底なロシア軍の南部からの攻勢すら頓挫していた可能性がある。

開戦初期の戦況はこのような状況から作られたが、その後の展開は周知のとおりである

2022-08-11

anond:20220811114909

スターウォーズ構想ね。なつかしい。

レールガンはどうなんだろう?太平洋上で実装配備されている認識だけど。

2022-08-11

anond:20220811095556

冷戦末期にSDI構想を米国レーガン大統領がぶち上げたのが冷戦終結ソ連邦崩壊への引き金と言われている。

SDI構想は軌道上で弾道弾ミサイルレーザー兵器によって早期破壊して核の相互破壊体制解体せしめる(ソ連邦)にとって恐るべき構想だった。

これが実現すればもはやソ連米国と対抗していくすべはなくゆえにゴルバチョフは大きく宥和政策へと舵を切ったとされる。

しかしながらSDIは実際には完全なブラフで当時(現在に至るまで)解決すべき科学技術ハードルは数多く、とてもではないが実現性のないものだった。

anond:20220811095556

冷戦末期にSDI構想を米国レーガン大統領がぶち上げたのが冷戦終結ソ連邦崩壊への引き金と言われている。

SDI構想は軌道上で弾道弾ミサイルレーザー兵器によって早期破壊して核の相互破壊体制解体せしめる(ソ連邦)にとって恐るべき構想だった。

これが実現すればもはやソ連米国と対抗していくすべはなくゆえにゴルバチョフは大きく宥和政策へと舵を切ったとされる。

しかしながらSDIは実際には完全なブラフで当時(現在に至るまで)解決すべき科学技術ハードルは数多く、とてもではないが実現性のないものだった。

2022-03-09

日本って基本ロシアに「朝貢外交だったけどさ

プーチンクリミア侵攻。プーチンの論拠の柱は、NATOロシアを敵視して東側に拡大して来たから、それに対する祖国防衛のため、って言ってるじゃん。
だけど日本から見るとそれ無茶苦茶だよね。日本はずっとロシアに対して貢ぎ物をして、仲良くなりましょうって言ってたのに駄目だったわけじゃん?
からその言い訳成立してなくね?

日本ロシアもっと言うとソ連時代からだけど、基本的朝貢外交だった訳よ。
朝貢外交ってのは、お土産を持っていって相手に渡して、そのお土産の代わりになんぞ賜ってきてそれで外交関係を築くやり方になわけ。
ソ連時代特に軍事力では話にもならなかったし、敗戦国だし、軍事による解決というオプションもないわけで、これしかなかったからこれはしょうがないこと。

例えばサハリンエネルギー開発、サハリン1,2なんてのは、日本調査費を出して枠組み作って出資を集めて調整して形にしたら、その利権を丸ごと現地に渡してつくったものだし、やりすぎて問題になったけど、政治主導による北方領土交流事業とか、ロシア中央お金無かった時代などは、交流事業と言う名目漁港水産加工施設学校を建てたり、水道設備暖房システムを作ったりとかインフラ日本負担で作ってたわけよ。
(その一部がムネオハウス名前つけられて問題になったりしたが、あれは鈴木宗男の一連の贈収賄本丸であって、ロシアに対する支援は間違いじゃなかったとワシは思う)
そりゃアメリカに怒られた時は駄目だけど、その後で真っ先に制裁を解除したり、こっそり抜け道作ったりしていた。

安倍元首相外交姿勢も結果論では批判されるけど、その流れだからそんなに変わった事をしたわけじゃなかったわけだよ。
まり日本ロシアに対しては、敵視どころか宥和政策って言うか、太陽政策っていうか、わりとそっちだたわけ。
軍事的にいは、プレッシャーどころか、北海道配備する兵器なんかはどんどん減らされてるし。
そりゃさ、身近な資源国だから仲良くしてもらって中東依存なんとかしたいとかそういう下心はあった訳だけど。

そんな状況でもプーチン日本から巻き上げるだけ巻き上げたら、突然憲法改正して北方領土返還を禁ずるとか、その言い訳米軍基地が出来るからとか言ってきてるわけさ。
もうどうしょうもなくね?

どうしたらいいの?

2022-03-07

融和政策戦争を起こす

1.アーサー・ネヴィル・チェンバレン

ヒトラードイツ東方政策に何ら強硬政策を出すことが出来ず、フランスと共に宥和政策を取り続ける。

その結果オーストリア併合ズデーテン併合リトアニア併合、そしてダンツィヒ攻撃を招いた。

2.近衛文麿

日米交渉ではアメリカに強く出ることが出来ずに、交渉中に突如として辞任した。

彼が強硬姿勢を見せていれば、日米開戦回避できたのではないか

3.ジョー・バイデン

この人はウクライナ危機最中であっても、「アメリカウクライナ軍事参戦をしない」と明言してしまった。

米国世論の半数が参戦反対であるとはいえロシア開戦の責任の一端である

2022-02-27

朝鮮半島統一するとして、どちらの国も相手国の政治体制に組み込まれるのはまっぴらごめんだろうから相手国が崩壊するしかないと思うけど、韓国与党宥和政策なんだよな。

どうするつもりなんだろうね。

2022-02-23

チェンバレン気持ちを全世界ウクライナ除く)が理解している

独裁者周辺国ガンガン侵略してても、やっぱ戦争したくないじゃん?

宥和政策をとるじゃん?

ナチスドイツと違ってロシアなんてイギリスフランスまで侵略はしないだろうから、そりゃ

「まあまあ穏やかにウクライナくらい譲るから

ってところで話を落ち着かせるつもりだよね

チェンバレン気持ちを全世界ウクライナ除く)が理解している

独裁者周辺国ガンガン侵略してても、やっぱ戦争したくないじゃん?

宥和政策をとるじゃん?

ナチスドイツと違ってロシアなんてイギリスフランスまで侵略はしないだろうから、そりゃ

「まあまあ穏やかにウクライナくらい譲るから

ってところで話を落ち着かせるつもりだよね

2021-08-19

anond:20210819195654

タリバンの出方をうかがってるんだよ。

タリバン宥和政策とってるみたいだから問題ないと思うよ。

2021-07-20

北京五輪容認すれば、ヒトラーに譲歩したときと同じ禍根を招く」英与党重鎮がボイコットを訴え

China Hosting Winter Olympics Compared to Appeasing Hitler by Lawmaker

2021年7月19日(月)18時23

ジャックダット

310

6

北京冬季五輪テストイベント

冬季五輪テストイベントとして行われたフィギュアスケート試合(21年4月) Tingshu Wang -REUTERS

<かつて対独宥和政策ナチスドイツの台頭と第二次大戦を招いた過ちを繰り返してはならない>

イギリス与党保守党の元党首が、2022年に開催される北京冬季五輪政府代表派遣しない「外交的ボイコット」を呼びかけた。中国当局ウイグル族に対するジェノサイド民族大量虐殺)を非難する一方で、中国オリンピック開催を容認するのは「ヒトラーに対する宥和」にも等しい行為だというのだ。

議会北京冬季五輪外交ボイコットの声があがり始めたのは、7月初め。英議会委員会は、ウイグル族イスラム教徒に対する「迫害を終わらせる」ため、北京五輪ボイコットして中国圧力をかけるべきだとする報告書を発表した。

「以前、別の凶悪独裁政権に譲歩したときに何が起こったか忘れたのか」と、保守党党首のイアン・ダンカンスミス下院議員7月15日議会でこう語った。ヒトラーの台頭を招き、第二次大戦が起きたのだ。「宥和政策は失敗し、(世界で)6000万人が死亡した。今、われわれは同じ道をたどっている」

北京五輪ボイコットは、決して形ばかりのものではない」と、ダンカンスミスは言う。「中国は、世界から非難を受けたり、影の行いを詮索されたりすることを非常に嫌う。きっと、効果が上がる」

2008年北京五輪人権改革進むとIOCは言ったが

保守党ティムロート議員は、アメリカ外交的ボイコット合意すれば、イギリスも足並みをそろえると語った。

ロートンは、新疆ウイグル自治区における中国政策批判したことで、中国制裁対象になった9人のうちの1人。中国に影響を与えようとするこれまでの試みは失敗したと警告した。

北京2008年夏季オリンピック開催都市に選んだのは、国際オリンピック委員会IOC)が、大会の開催は中国人権改革きっかけになると約束たからだ」と、ロートンは述べた。

「その後どうなったか新疆ウイグル自治区ではジェノサイドチベットでは何千人ものチベット族が逮捕、投獄され、住まいを奪われ、拷問され、殺された。香港では言論の自由政治的自由が抑圧され、中英共同声明反故にされ、国家安全法が発動された。なんともすばらしい成果ではないか

ジェノサイドである認識しつつ、政府要人外交官を北京オリンピック派遣することはできない」と、労働党のアフザル・カーン下院議員は言う。

政府も、同様の外交ボイコットの呼びかけを行っている。民主党ナンシー・ペロシ下院議長5月18日議会公聴会で呼びかけた。「選手応援するために国のトップ中国に送り込むことで、中国政府に栄誉を授けてはならない。選手たちには帰国後、さらなる敬意と崇拝を捧げよう」

2020-02-27

フェミニストとの対話は無理だろ

変な話だけど今から書くことには同意しないで欲しいただ吐き出したいから吐き出す。俺は人工知能学会の一件あたりからフェミニストクレームつけてる様子を観察してきたけど、難しいとは言えなんだなんだ対話して妥協点を探ることは出来ると思ってたし攻撃に対して対話を重んじる勢力姿勢には尊敬賛同してきた。でも最近暴走を見てるとフェミニストとの対話不可能でアホを鉄砲玉にして大量に突撃させて潰すしか道がないように思えてきた。そもそもブロックで話しようがなかったり話してもそれをすぐに反故にしたり対話してどうにかなると思えない。現状を鑑みて対話しようとしてるのはWW2前の英仏がやった宥和政策みたいなものでただいたずらに敵の力を増大させるだけじゃないのか?当然こんなことをすればフェミニストと同じレベルになるんだろうけど一方的ボコボコにされてる現状は同じレベルどころか下のレベルに甘んじてるだけだろとしか思えない。頭では今書いたことがおかしことなのは分かってるしだからこそ最初同意するなって書いたわけだけど好きなもの攻撃され続けて感情をおさえるのもさすがに限度がある。多分俺はフェミニズム論争から離れて休むべきなんだろうけどラブライブとか宇崎ちゃんとか身近なもの攻撃されるとフェミニズム論争から逃れるのは好きなもの放棄するのと同義になってそうなったらいよいよ好きなものを捨てさせられたことに対してフェミニストに怒りを抑えきれなくなる。もしかしたら第二の余命三年時事日記事件を起こしてしまうかもしれない。なんとか穏便にこの流れが収まって平和になって欲しいそうしないと本当に気が狂いそうだ

2020-01-25

Feminism book burnings

人を焼きたい者が絵を焼いていただけだった。小宮准教授 @frroots どうすんの?

https://togetter.com/li/1459470

ついに来るべき所まできたなと思う。

コレもただのクレーマーであったフェミ気持ちに幾ら弱者権利悪用していたとは言え、安易に乗っていた世間も悪いのだろう。

当時の児童ポルノ禁止法や都条例調子づいて、以降LGBTやらポリコレやらで増長された結果がここまで先鋭化させたと言う事もあると思う。

ある意味ではナチス宥和政策と同じ轍を踏んでいるのだろうね。

流石に赤十字実在女性への攻撃を始めたのは危険すぎる。

フェミが胸の大きい女性人権否定」を無かった事にしようと頑張っている件

https://togetter.com/li/1459689

以下にも他罰主義的らしいあの人達がやりそうな事。

自分お気持ちの為ならば、女性所か子供権利と言った弱者権利LGBTと言ったものまで利用するのに都合の悪い事態が起これば、それこそ見ない振りをするか、他者責任押し付ける。

何時もの事だよ。

そしてそれぞれの諸問題を寄り悪化させるのがこの人達のやる事。

当時の児童ポルノ禁止法の時でも子供権利を盾に規制ばかり主張して、反対派が指摘した予算厚労省管轄性的虐待物に改める事等と言った指摘は一切合切ガン無視たからね。

あの時から全く変わっていない。

あの人達が良く例に出すその海外では

Is It Time Gauguin Got Canceled?

https://www.nytimes.com/2019/11/18/arts/design/gauguin-national-gallery-london.html

若い裸婦像を英美術館が一時撤去 検閲議論

https://www.bbc.com/japanese/42944154

ある意味日本と似たようなものかそれ以上に危険集団と化している。

良くあの人達が出す単語であるインセルが生まれたのも元々はフェミへの反発だからな。

この様な過激な反発集団が出始めた時点で、フェミ世間的にも嫌われ出していて、自身立場が危うくなり出しているのだけど、あの人達は一切気づいていないからね。

今や漫画所か絵画まで狩りだす等ある意味では退廃芸術と同じ轍を踏みだした。

まさにフェミナチと言う単語の通りになってきたね。

今も創作物規制児童保護意味がないまたは逆効果であった事が証明され始めているのにも関わらず、児童ポルノにこじつけセックスドール規制までしようとしているからね、あの人達

この自身行為反省しない点は日本フェミと同じと言える。

当たり前だけど、この様な先鋭化した集団世間から嫌われ出すのは当たり前だよ。

からそれに加担したリベラルはどこも選挙に勝てなくなった。

2020-01-08

まーた女性の権利を盾にして女性職業弾圧しているのか(苦笑)

モーターショーに女性コンパニオンは本当に必要か――「男性目線マーケティング」で露呈した矛盾 (1/4)

https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2001/06/news029.html

まーた女性権利を盾にして女性職業を奪おうとしているのな(苦笑)

これだからフェミ思想自体、当の女性から毛嫌いされて、フェミ自体田所かそれ以外の票を激減させる結果を招く事になっているのに。

そもそもモーターショーに関しても客層の需要からこの様になっているのだから、これを叫ぶならば、まずはお前らが客として行ってやれと言う話になるのだけどね。

赤十字の件と同じだけど、こいつら権利悪用し、マスメディア悪用する単なるクレーマー以外何者でもないのだから本来相手にするべきではない案件だし、余りにも悪質に妨害してくるならば、訴訟を逆に起こすべき案件だよ。

この様な宥和政策的な譲歩がこいつらを増長させ続けた事をいい加減世間も学ぶべきだよ。

しかしこいつら女性権利を盾にして女性職業を潰すの本当に好きな。

F1レースクイーンと言い、グラドル叩きと言い、これ等に関してはある種の逆差別や僻みからくるとしか思えない行動ばかりしているしね。

セックスワーカーに関してもフェミは叩いているし要はそういう事なのだろうよ。

2019-12-23

ナチス宥和政策を行う様なもの

前提条件として、女性の権利だの男女平等の子供の権利だのポリコレだのを振り回し、延々と奴等が規制強化を行ってきた点。

10年前に至っては児童ポルノ禁止法や都条例等、法規制マスメディア何でもありで創作物規制ネット規制等を行ってきた経緯もある。

今も国連や相も変わらずマスコミを使い、今は野党側に働きかけ、様々な工作創作物規制を行おうとしている点。

そして何よりオタクイベントなどでフェミ団体も呼ぼうとした事もあったが、奴等は全てその表に立つ行動自体キャンセルして、話し合いの場にすら出てこなかった点。

またそのお気持ち配慮し続けた結果、徐々に規制が押し進められ、奴らが際限なく規制を押し進めてくる点。

これ等の事があってオタク表現の自由戦士徹底抗戦するしかないと判断しただけなので、上記発言自体愚策も良い所だと言える。

何より10年前は嵐が過ぎるまで頭を下げているオタクゲーム会社、そして出版などのスタンスがより、規制悪化させ、更にそのお気持ちを聞いて、規制強化やらゾーニングやら行った結果、余計に奴等が増長して踏み込んできた経緯があるからな。

フェミナチって言葉がある様にこれ等の人間に対して宥和政策的な行為を行う事自体相手をより調子付かせる悪い結果しか招かない。

この手のは本質的にはクレーマーであり、自身が気に入らないから叩いているだけであって、本来無視すべき存在なんだよ。

そいつらが屁理屈の為に女性の権利子供権利を持ち出して、規制を喚き、世間配慮し続けた結果、相手増長を招き、今や表現規制に限らず、多方面において歪んだ規制がなされる事になってしまった。

更に言えば、そいつらが子供権利悪用したせいで、児童保護予算がつかない等の弊害を生み出しているし、女性の権利悪用に至ってはこいつらがおかしく振り回したせいで、今はレースクイーングラビア叩き等、女性職業叩きまで行いだす結果まで招いているからな。

そもそもオタクなんて、自身危害がなければ、元々何もしない連中だし、本来趣味の方を優先し、その時間すら割く事ももったいないと考える連中なので、現在交戦中の状態になっている事こそ、どれだけ彼等が危害が加えられ、危機感を持っているかと言うバロメータにもなるのだけどね。

日本落ち目に入って、生活が苦しくなり出したにも関わらず、趣味があそこまで票に繋がる事自体本来異常事態なのだからさ。

しかし昨今急にこの手の相手配慮しろ的な意見を言い出す奴が沸き始めた気がするのだけど、これも何か裏があるのだろうなと勘ぐってしまうよ。

そもそも今のフェミニストは本来フェミニズムからかけ離れたものだし、その根幹がラディカルフミニズムをより悪化させたどうしようもない代物なのもあるからね。

言わば共産主義社会主義が変節したのと同じようなもの

2019-12-08

Dort wo mancher verbrennt, verbrennt man auch am Ende Menschen.

Is It Time Gauguin Got Canceled?

https://www.nytimes.com/2019/11/18/arts/design/gauguin-national-gallery-london.html

関連:#MeToo 運動古典絵画撤去ポリコレ学者は好評価骨董品は売っ払え』

https://togetter.com/li/1195816

まーたポリコレフェミやらかしやがったのか。

ゴーギャンが当時淫行していたか撤去しろとか言い出したとか何とか言っているらしいよ。

おかしいよね。

児童ポルノ禁止法や都条例とかの当時にネット規制漫画アニメゲームだけではなく、こいつらフェミお気持ち配慮し続けていれば、そのうち他のものにまで飛び火して、最終的に何もかも規制要求しだすぞと当時はまだ一部の方に指摘されていただけだったけど、まさに今それがあちらで起こっている最中と言った所。

今で言う奴等のゾーニング配慮し続けたら、こうなるぞって言う例だね。

そもそもあちらさんはソニーの件やアメコミの件と言い、こいつらのせいで娯楽文化も徹底的に荒らされていたわけで、その挙句、ついにここまで来たかと言うのが正直な感想だよ。

幾らフェミ子供権利女性の権利を盾にしているとは言え、おかしな事にはおかしいと反撃していかないとこうなってしま実例のものだよ。

何せお気持ち配慮し続けた結果がこれだからな。

しかしこいつら子供権利とか女性の権利とか弱者を良くシールドにしているのを見ていると本気でゴブリン彷彿とさせるのが余計に気持ち悪いよね。

おかげでコレを思い出した(苦笑)

冗談抜きでフェミナチって呼ばれる理由が良く判るよ。

フェミの行動自体、当時退廃芸術と称してやっていたそれと変わらないだろうよ。

しかリベラルに属すると言う様な連中がこう言う事をするのが最大の皮肉だよね。

ある意味ではナチスに行った宥和政策と同じ間違いをフェミに対しても世間が行い続けた点も重なっているとも言えるだろうね(苦笑)

そのうちルイスキャロルロリコンペドとかdisりだして、不思議の国のアリス卑猥から焚書しろとか大真面目にこいつらなら言いかねないのが恐ろしい所。

フェミなら本気でやると思うわ、この位。

2019-11-04

ゾーニングサラミ戦術

昨今フェミナチスフェミアカ共産主義)のイメージが着実に付いてきていて草。

それとフェミナチって単語結構浸透しているのな。

海外でもフェミナチって単語がある位だし、しか日本語ウィキペディアにもこの単語結構から載っているんだよな。

これは驚いた。

フェミ様は海外でもどれだけ大暴れしているんだよと言う感じだよ。

でもこの手のクレーマーに譲歩する事は実際ナチスに譲歩した宥和政策を行う様なものと同じで、より相手増長を招くだけなんだよね。

そしてこの手の相手自分の言い分を飲ませる為に論点ずらしや懐柔するような手法はこの手のクレーマーが良く使う手口だしね。

いい加減、個人もだけど、企業国家もそれを理解してほしい所。

しかし今までやってきた事がまんま宥和政策とかその結果こいつらの増長を招いたとか、今もこいつらの手法サラミ戦術っぽいのを使っているとか、あらゆる意味ナチスと被る部分も多いのが本当に草。

そら、フェミナチって単語もできますわ。

それはそうと昨今ではこの問題に限らず、国連は単なる活動家が屯する組織と化しているしな。

そりゃ国家も金出すのも嫌がりますよって話。

2018-12-29

韓国レーダー照射に関する整理

韓国政府の当初の主張

遭難した北朝鮮船舶を速やかに捜索するためにすべてのレーダーを稼働し、近隣上空を飛行していた日本海哨戒機にも照射することになった。

「全てのレーダー」には火器管制レーダーが含まれるので、火器管制レーダー日本海哨戒機照射したこと韓国日本で争いがない。そのうえで、人道上のためであるため、それは正当だ、と言っている。他の、危険な飛行とか、嘘をついたとか、無線の状況とかは、紳士協定違反ですらないので、今回は無視する。

火器管制レーダーに関する国際規則

CUES(洋上で不慮の遭遇をした場合行動基準)に規定がある。

2.8.1 (..)軍艦一般に以下のことを避けるべきである。1)火器管制レーダー等を用いて攻撃シミュレーションをすること

CUESは法的拘束力を有さず、国際民間航空条約の附属書や国際条約などに優越しない。動画を踏まえると、人道のために火器管制レーダー必要な状況であったとは思えないので、火器管制レーダー照射は「行動基準に反していて、望ましくない」行動となる。

まとめ

日本政府正式な抗議は妥当だとは思うけど、動画を公開するのはやりすぎだ、という防衛省の主張はわからなくもない。「攻撃シミュレーションではなくて人道のためなので正当であった」という主張は水掛け論にしかならなそうだし。

もし日本の主張が100%事実であっても、紳士協定違反程度のことで、毎日抗議を送るべきかは疑問が残る。実際に「銃口を向けるのと同じ」とかいセンセーショナル言葉があふれて日本人の感情は刺激されている。外国と争いをしているときに、指導者支持率が上がるのは古今東西共通だし。もちろん、相手を打ち殺しても正当防衛となるような、銃口を向けられたケースと、火器管制レーダー照射は全く違います紳士協定違反程度で軍艦を沈めてよいわけがない。

あと、「悪天候で波が高かったかレーダー使った」と過去韓国政府が主張していたという証拠は見つからなかった。(→たくさん教えてもらった)

追記

悪天候についてはすまんかった。なぜ見つからなかったんだろう。。。

>ここまで追い込まれ韓国側がどうやって挽回しようとするのかには興味がある。何しろからさまな嘘を山ほど付いてたのが映像反証されたという超弩級の大恥をかかされたんだし。どうするのかな?

一応友好国となっている国との交渉事で、相手メンツを完全につぶすのはよろしくないように思う。

紳士は嘘つかない

もし紳士の国イギリスが正直だったら世界もっと平和だったと思う。

>この件はあべぴょんだけじゃなくて韓国文政権にとっても有利に働くんかな。winwinだからええやん

負けるのは、敵対的隣国を受け継ぐ将来の日本人。

>こいつの家に馬の生首送ったりこいつの乗ってる車にあおり運転してどれぐらいで講義するのか見てみたい

馬の生首が来たら警察呼ぶ。あおり運転されたら路肩に寄ってやりすごす。

韓国側のメインの主張は「わざとじゃないから謝らない」で、わざとである確実な証拠が出てくる可能性は極めて低いか謝罪はないだろう。この議論を続けることの利得が明確に見えているのなら続ければ良い。

私には利得がよく見えない。

>整理すると言いつつ一番重要な事を抜くのは何なのか?国連安保理決議の一環として北朝鮮への瀬取り防止の警戒監視活動日本と共にオーストラリアカナダ哨戒機派遣して北朝鮮を封鎖してる現状

瀬取りに関しては憶測の域を出ない。

日本の対潜哨戒機(対艦兵装てんこ盛り)が先に低空接近していた事実も入れないとダメなのでは

規定違反なほど低空接近していた事実は把握していない。

2005年反日暴動や、ライアン・コネルでもそうだったけど、日本リベラルって「被害者攻撃する」が趣味なんですよね。「冷静に」と言えば正義と思ってる。元慰安婦には口が裂けても「冷静に」と言わないが。

日本リベラル日本政府の行動に口を出すのが特徴じゃないかなあ。

関係者筋話がこんなに悪質に機能するとは。軍・文官ともに、不満を持つ正体不明の筋が公式発表を歪ませる。ジャーナリズムが逆手に利用される敗北と、緊張状態の解けない実質休戦のせいでここまで拗らされた

ニュースには胡散臭いコメントたくさんあった。

>「どっちもどっち」とか「バカから」じゃなく明確なルール違反なんだけどな…

ルール違反だってことは明示したんだけどな・・・

>こういう風に理性的に振る舞い続けたからあのモンスターが出来上がったんやで。どこに何と言われようと躊躇無く経済制裁や。

今のモンスターは、人民解放軍の手先に比べたらだいぶましだと思うから制裁とかしないでなだめる派。少なくとも軍事的日本国土占領しようとしたりはしないだろう。

>百歩譲って公海上なら紳士協定かもしれないが、発生したのは日本EEZ海域ですよ。漁船そばに居たから救助だと判断出来たけど、無線封鎖して火器統制レーダー照射したら、手順は侵攻時と変わらないのでは。

一隻で侵攻してこないだろう。。。

投稿日付を思わずチェックしてしまった。

動画は見た。

>今から何日前ならこういう火消しが有効だったんだろう。

こういうコメントよく見るけど、誰が火消ししてると思ってるんだろう。誰かおちんぎんください。

無線で呼びかけたが無応答だった」「その後も事実関係すら認めない」

不誠実で不快常識に反しているけど、現状は、ゲルが言っているみたいに韓国政府内で不誠実で不快常識に反していることが起きていることを想定すべきで、そうなると日本側で世論が硬化するのは日本側の取れる手が縛られてよろしくないように思う。

韓国ルール違反きれいな違反日本の抗議は汚い抗議

韓国ルール違反に関しては何も言ってない。日本人だし、日本政府の行動にしか口を出していない。

日本韓国も互いを煽れば煽っただけ政権が得をする程度に国民バカからこういうわけのわからないことになる。

まじでそういう陰謀論を主張したくなるところだけど。

銃口を向けられたのと火器管制レーダで追尾されるのが違うって何が違うんだろ?

正規軍駆逐艦指揮命令系統があり、自暴自棄になってたりしない、みたいなことをある程度信じられるけど、銃を持っている知らない人は信用できない。ソマリア沖の正体不明の艦に火器管制レーダーで追尾されたら違うかも。

> この人が錦旗の如く掲げている紳士協定とは一体なんのこと?

CUES(洋上で不慮の遭遇をした場合行動基準

遭難なら日韓は協力し合う関係日本の方がかなり近い海域。乗員の体調次第で日本に運ばないと助からない可能性がある。それなのに情報提供も無しにレーダー照射

そうだね。抗議すべき事態だと思うよ。

>抗議しないとオレもオレもと真似する奴が出てくるから抗議するしかない。動画は左右問わず「本当のところはどうだったんだよ」って声が多かったかしょうがないんじゃない?都合悪いところ隠してるって声もまだある

抗議は妥当だと思う。動画は、韓国政府が嘘つきなことは証明できているけど、レーダー照射に関しては証明できてないから、どちらかというと世論をあおるマイナスのほうが大きいと思う。Sengoku38を怖れたという声もあるけど。。。

>嘘つきのバカを続けている相手と縁を切らないんだな、このバカ増田は。殴らなくても普通は縁を切るんだぞ。国際?バカか。つながりの延長線をミニマムにしていけば個人だよ。最大化した国家なのに嘘つきだぞ。カス

光栄ある孤立とか辛いと思うんです。日本人は腹で馬鹿にしながらなあなあでつきあっていくのが苦手、という印象がある。

> 獣相手人間相手のような対応したところで意味ないだろ

獣は自分に合わせてくれないから、観察してこちらが合わせるしかない。

>水面下で落とし所を見つけて収束させられるだけのチャネル二国間存在しないことがわかっちゃったのが問題だと思う。知らんけど。

防衛省韓国軍と交流が盛んだってどこかで読んだので、政治圧力がかかったのか、韓国政府が予想を超えたリアクションをしたのかなと想像している。

>まとめというほどまとまってない件。

すまんかった。

>口ではあれこれやってるけど両国政府ともコレは国内ガス抜きに最適なメシウマ案件だったね 最近政権懐疑的だった右翼軽減税率とか外国移民とか忘れて韓国ガーにすっかり酔いしれてる(笑

韓国相手なら笑ですむけど、相手中国だったりしたらシャレにならんよね。

> 「人道のために火器管制レーダー必要な状況であったとは思えない」< 韓国側の主張は「稼働したのは海上北朝鮮船と空中=自衛隊機を同時に捕捉できるレーダー」で、それが火器管制システムにも連動してたんだよ。

レーダーが発射されたとき目視できる範囲遭難船があった。

>全力で擁護してみてもやっぱり韓国苦しいな。ただお互い謝ってはいけない24状態から冷え切った関係のまま永遠に付き合っていかないといけない。めんどくさいね

隣国との関係日本に限らず、世界中どこもめんどくさい。たいてい戦争占領歴史あるし。

韓国は一回は「火器管制レーダーなんて作動させてない」と公式回答してんだろ?今後もさせてないで押し切るか,嘘付いた事に対する謝罪と内部調査無能是正して報告しないとならんのでは.

そうなんだけどさあ、韓国政府にその能力あるの?

>はてさの断末魔としての増田投稿に思える。最近韓国擁護するのは無理があるだろ

別に韓国擁護していないが、日本対応非難している。

照射されて「どうゆうつもり?」て3回聞いてるのを無視。そこで「メンゴメンゴ」って返してたら、内々で終わる話かもね。それを外交レベル否定肯定責任転嫁火病なんて。韓国は何をやってもそりゃいいけどね。

照射しちゃったらそこでメンゴはいえないよね。だから再発防止してほしいんだけど。

>本当にこんなひどい言い訳がまかり通ると思ってるの?

外交は言い続けた人の勝ちになったりするからなあ。。。

>当初の主張がいきなり違うんですが……

まじで。

>この程度の話。

げに。

>【追記】が酷い。これで返信したつもりになってるんだから。整理も全然整理になってないし。このレベル狂人日本語使えるというのは覚えておこう。そりゃ、低能先生が居るんだから狂人10人は居るわな。

増田11人だよ?

> “一応友好国となっている国との交渉事で、相手メンツを完全につぶすのはよろしくないように思う。”そもそもFCレーダー当てられた時点でこっちのメンツはまるつぶれなのですが、それは

相手おかしくなってたら退路作っておいたほうがよくない?

>当初と追記が違うけど、中の人変わった?w

変わってないけど、変わったと思うなら成長したのであろう。

>やるなら真面目にやれよ、邪魔

真面目に書いた政治増田ブコメトラバもつかないよ?

自衛隊が悪いという韓国の主張を放置するのは危険だと思う。同盟国がこんな言い逃れしてくるとは想像がつかないし対応仕様がない。韓国を諦めるのが最良の選択というならその通り。

引っ越しできないし、相手するほかない。

>? / cider_kondo のリンク先では「任務が与えられたり天候が悪い場合は~」なので天候が悪くて今回使ったと言ってるわけではないのでは。

NHKでは天候が悪くて使ったといっている。

レーダーロックしておいて開き直るのをナァナァにすると、次は中国さんとかロシアさんみたいなマジでシャレにならない人達も試しにくるので、自衛隊としては落とし前付けるまでは絶対許さんと思うよ

防衛省動画公開に消極的だったよ。

>🙄 それに比べて馬鹿増田だ...

それにつけてもおやつカール

>一番ダメタイプ増田だ(´・_・`)

なんにせよ一番は立派だと思う。

韓国人がやる直ぐバレる嘘を付く。である。つまり単純な責任逃れ。日本からのショウ ザ フラッグ案件。本当に信頼できる軍組織なのか?本当に同盟国なのか?半島事案に対する政府の態度が変わる一編

末端が暴走して開戦みたいなことはせめてないようにしてほしいところだ。

>この件で韓国憎しで吹き上がってる奴らを見るだけでアベは笑いが止まんねーだろうな

支持率上がったら喜ぶだろうね。

>ずーっと昔から韓国には反吐が出る思いを感じさせれられ続けてきましたからねぇ。時間問題だっただけなんだけど。ここで引き金を引いたってだけの話やと思うよ。そういや地球市民とか言ってた人アレなんだったん?

宇宙人が攻めてきたら地球統一政府とかできるかもね。

>概ねそんなとこだろう。それよりは、そもそもニュースバリュー大して無いこの件で騒いでいる方が気になる。

メディアがはしゃいでいる印象はある。すごく嫌だ。

> cider_condo氏の示した会見は、そのあと「射撃統制レーダーSTIR-180は使ってない」という趣旨なので、逆に「当日は波は高くない」と解するべき。/→もあるが誤報だと思う。

これ改めて読んだけど、「軍関係者」だし外交チャンネルで嘘ついたとまでは言えなそう。

>そのCUES紳士協定は、紛争国同士が洋上でかち合ってもロックオンはやめましょうねってことだろ。擁護派にとって韓国は友好国なの?かつてのソ連並みの仮想敵国なの?//軍人は統制されてるから銃口突き付られても平気?

紛争国でも避けるべきことを友好国からされたから抗議しているのでは。

はてサ有効な援護が思いつかないから「吹き上がってる奴はバカ」「安倍が喜んでる」とか言う間接援護に回ることにしたのねw ほんと自衛官安全なんてどうでもいいんだなw

防衛省動画を出すのに消極的だったのに首相主導で発表しているのを踏まえて話してる?

>整理(天候について把握してない これもうわかんねぇな(政治主導

すんません

>戦ってるなぁ(何と戦ってるかは相変わらずよくわからないけど)

暇な時間と?

宥和政策しかりで甘い対応が必ず国益につながるわけではない。締めるところは締めよう。

相手を改めようと努力するより、適度な距離を置いたほうが、お互いにプラスだと思うんだよね。

2017-09-29

足利三代木像梟首事件

キャッチーで不穏な字面、意外と重大事件(尊王攘夷派に対する宥和政策の転換、新選組台頭のきっかけ)という点で日本版プラハ窓外投擲事件と言ってもいいのではないか

2017-09-22

北朝鮮ファシズム国家ではないので優しくしても宥和政策との批判は受けずに済むという理論

2013-09-23

なぜフランス革命は分かりにくいのか

フランス革命は、平民(第三身分)が旧体制を打破した革命である

のように説明されることがあります。この説明は間違っているわけではありませんが、「平民」という均質な集団一丸となって何かをしたかのような誤解を与える点で、フランス革命の内容を分かりにくくもしています

平民(第三身分)は、農民都市の下層住民を総称した民衆と、民衆よりも裕福な中間層であるブルジョワからなります(職人を雇わず家族だけで仕事をしている親方や店主ぐらいが下層のブルジョワ民衆との境界層です)。しかブルジョワ民衆意識の上でも利害的にもあまり仲がよくありません。

ブルジョワ民衆は協力関係にあるよりもむしろ敵対しており、それぞれ自律的に行動していたととらえる方が、フランス革命の動向が分かりやすくなります

実際にフランス革命の流れを追ってみます

革命が始まるまで

普通フランス革命の期間は、バスティーユが襲撃される1789年7月からロベスピエールが処刑され恐怖政治が終わる1794年7月までの5年間、またはナポレオン総裁政府軍事クーデターで倒す1799年11月までの10年間とされます

しかしその当時フランス社会構造がどのようなものフランス革命が始まるまでどのような進展があったを知っていた方が、フランス革命の推移もわかりやすくなります

わかりやすくなるのですが、ここではバッサリはぶきますブルジョワ民衆がそれぞれ自律的な勢力であるという複合革命論の考え方を前提にして書かれた

などを読んでみてください。

またもっと伝統的な、革命の精神を称揚するタイプの解説として

があります。こちらのタイプの説明の方が分かりやすいという人もいるでしょう。

革命の始まり(1789年 5月~10月)

(ヴェルサイユで開かれた全国三部会は、第三身分強硬姿勢により憲法制定の議会に変身し、バスティーユ襲撃後の国内混乱を利用し封建的特権の廃止に至ります)

1789年5月5日ヴェルサイユ(パリから約25キロ)で始まった全国三部会は、採決形式でもめ審議に入らないまま紛糾します。第三身分強硬姿勢を崩さず、特権身分の中にも第三身分への同調者が出たこともあり、7月9日に憲法制定国民会議として再出発します。

しか7月11日に第三身分に融和的な財務長官ネッケルが罷免され、これがパリが伝わるとパリ市民は王の軍事行動が近いと恐れ、自衛のための食料調達武器調達に動き、焼き討ちや略奪が発生します。富裕市民政府軍隊への対抗と秩序維持のため常設委員会を設置し民兵組織します。

7月14日にはバスティーユの要塞に武器の引き渡しを求めて民衆殺到し、バスティーユ内で交渉が続くさなか襲撃が始まりバスティーユは陥落します。市庁舎まで連行された司令官ドローネーは群集に引き込まれて殺され、市長フレッセルも射殺されます

新たに組織されたパリ市当局ブルジョワ民兵(国民衛兵)を国王政府は追認せざるをえず、他のほとんどの都市でもブルジョワが市政の実権を握ることになります

一方バスティーユ占拠の報を受けた農村では、貴族が浮浪者を雇って報復をおこなうという噂が広がり、その恐怖から各地で領主の館の襲撃が行われ、「大恐怖」と呼ばれるパニック状態になります

自由主義貴族だけでなくブルジョワ議員の多くも地主であるため民衆の騒乱は早急に鎮める必要がありますが、正規の軍隊に頼ることは王や保守貴族の立場を強めることになるのでできません。そうしたなか8月4日の決議が行われます

8月4日閉会後の夜に抜き打ち的に再開された議会で、自由派貴族によって領主特権の廃止が提案され、熱狂的興奮のなか課税特権の廃止など諸特権の廃止が次々と宣言されます。大恐怖の圧力を利用して封建的特権の廃止に成功し、農民の騒乱も沈静化していきます

これで憲法の議論が進むようになり、8月26日には人権宣言が採択されます

しかし王は特権廃止の法令人権宣言批准せず、9月末には治安維持名目ヴェルサイユ軍隊を集結させます

10月5日食糧危機を訴えるパリ民衆ヴェルサイユに行進し国民衛兵がそれに続き、民衆は窮状を訴え国民衛兵は王に圧力を加えます。王は法令人権宣言批准、翌日には王一家はパリのテュイルリ宮に移されます。続いて議会パリに移り、ここから憲法と法令の議論が本格化していきます。一方で亡命する貴族が増えていき、国内政治分裂も本格化していきます

91年憲法の制定まで(89年末~91年9月) (革命勃発後1年目、2年目)

(91年半ばまではフランス革命期としては平穏な時期ですが、この時期に国内の対立が進んでいきます。また国王の逃亡未遂が発覚するヴァレンヌ逃亡事件(91年6月)によって王の威信が失墜し戦争を望む声が高まります)

議会パリに移り、諸特権廃止の内容や具体的な法律が決められていきます。ヴァレンヌ事件が起こるまで比較平穏とされる時期ですが、国内にさまざまな対立が生じていきます

1789年後半から91年にかけて、議会外に政治組織が形成されていき対立の構図ができていきます

また各地で反領主騒乱が発生していますが、そうした騒乱は徐々に革命反革命かという政治的な枠組みで解釈されていくようになります

さらに聖職者民事基本法をめぐって宣誓拒否問題が起こりますカトリック聖職者の多くは革命には好意的でしたが、叙任式における宣誓義務に対して大多数が拒否をします。議会からの警告が出されますが、地方によって大きくバラツキがあるものフランス全体で約半数の司祭が拒否します。教皇ピウス6世が民事基本法を否認したこともあってカトリックは内部分裂する事態になります。宣誓拒否司祭とそのもとにあるカトリック民衆は「反革命」に押しやられ、のちのヴァンデの反乱(ヴァンデ戦争 1793年3月~)の原因の一つになります

91年6月に国王一家がパリから逃亡し途中で発見されるというヴァレンヌ逃亡事件が起こります

これを受けて、外国支援された亡命貴族が攻めてくる、外国侵略が始まるという考えが広がり、国王救出を目的とした外国人が侵入してくるという予想から国民衛兵による警戒体制しかます

7月には主要な政治組織であるジャコバンクラブが、王の廃位共和制要求する請願書をめぐって分裂し、多数派の穏健グループはフイヤン・クラブとして分離します。

8月にオーストリアプロイセンが、フランス国王のために武力介入もありえるとするピルニッツ宣言を出したため、亡命貴族陰謀説にさらに拍車がかかり、外国との戦争を望む声が高まっていきます

そうしたなか9月3日立憲君主制にもとづく1791年憲法が制定され、9月30日に憲法制定国民議会は解散します。

開戦、王権停止(1791年10月~1792年8月) (革命勃発後3年目)

(インフレ物価上昇により食料問題が悪化し民衆の不満は増大していきます国内の多数が開戦を支持するなかオーストリア宣戦布告し(92年4月)、続いてプロイセンとも戦争状態になりますが、フランス軍の劣勢となります軍事的危機と国王への不満が積み重なり、パリに集結していた連盟兵やパリ民衆恐慌的な敵意が王に向けられ、王の廃位要求され、8月10日テュイルリ宮が武力制圧されます(8月10日事件)。これを受けて議会王権の停止を宣言し、新たな憲法制定のための国民公会召集を決議します)

憲法制定議会が解散した翌日91年10月1日に、9月までの選挙で選ばれた議員達による立法議会が開会します。再選が禁止されたため全て新人議員で、貴族がほとんど選挙に立たなかったため議員ほとんどは裕福なブルジョワです。立憲君主制を守りたい穏健派フイヤン派議会の最大勢力、共和制を主張するジロンド派(ジャコバンクラブのこの頃の多数派)がそれに続きます

なお同業組合や団結を禁止したル・シャプリエ法(91年6月)に抵触する恐れがあるため、政党存在しません。そのため、どの派でもない、審議内容ごとに立場を変える中間派(平原派)が、この時期に限らず常に議員の多数を占めます。そのため派閥議員数だけでなく、中間派の動向(またその動きに影響を与える議会外の動向)が重要になります

また議会内の各派の勢力数自体も確定したものではなく常に流動的で、各勢力をどう呼ぶかにかんしても文章によって違うことがあります

議会の中心的課題は、周辺諸国からの脅威にどう対処するかです。(それと穀物価格の上昇に対する価格統制の要求に対して、革命後の基本原則である自由主義あくまで守るのか、民衆要求を受け入れるのかも問題になっていきます)

これに対してジロンド派は、国内の不満をそらして(インフレにより物価が上昇し各地で食料暴動が発生していた)政治イニシアティブを獲得するために「自由の十字軍」などの言葉対外戦争あおります民衆の多くも「外国と共謀する亡命貴族」への脅威と愛国感情の高揚から戦争を望んでいました。

92年3月、フイヤン派大臣が王によって解任されジロンド派内閣が成立し、4月にオーストリア宣戦布告、数週間後にはプロイセンとも戦争に入ります(戦争ナポレオンが二度目の失脚をする1815年まで中断もありつつ続くことになります)。

しかし緒戦から敗戦が続き、「反革命」者へのより強力な措置を求める声や宮廷への不信から共和制を求める声が高まっていきます。またセクション(区)の政治活動を通じて民衆政治的組織化されていきます

そうした流れが最終的に民衆と連盟兵による8月10日のテュイルリ宮の襲撃に行き着くのですが、この事件偶発的に起こったバスティーユ襲撃とは異なり王の廃位を求めての組織された行動だったにもかかわらず、そこに至る決定的な原因があるわけではないので要約しづらく、フランス革命の大きな転換点の一つのわりに説明しにくい事件です。

ここでは事件の結果だけ述べると、立法議会は蜂起側の勝利がはっきりした後、王権の停止を宣言し、新たな憲法を制定するための国民公会召集を決議します。これでフランス共和制に向かうことが確定します。また国王一家はタンプル塔に幽閉されることになります

王の処刑、戦争の拡大、ジロンド派の没落(1792年8月~1793年6月) (革命勃発後4年目)

(戦争フランス軍の劣勢から優勢に変わり周辺領土占領します。93年1月には国民公会裁判結果により国王が処刑されます。周辺領土占領国王の処刑を原因として周辺諸国の多くと戦争突入し、さらに国内ではヴァンデ地方を中心に大規模な反乱が起こります議会ではジロンド派山岳派の対立が深まっていき、国内外の諸問題への対応のまずさからジロンド派民衆の支持を失い、93年6月ジロンド派逮捕議会から追放されます)

8月10日王権が停止しますがフランス軍が劣勢の状況にあることは変わりません。義勇兵がつどわれ前線への準備がなされる一方、反革命裏切り者排除する空気が広がり、家宅捜索がなされ多くの反革命容疑者逮捕されます。さらにパリへの侵攻の脅威が高まり義勇兵が出発したあと反革命者がパリ住民を虐殺するという噂も流れ出します。

そうした不穏な情勢のなかヴェルダン要塞陥落のニュースパリに届きます。これをきっかけとして、囚人の多くが殺されるいわゆる九月虐殺が発生します。

この事件の結果、内の脅威が消えたと民衆が大挙して義勇兵に参加し兵数万を増やすことになります

一方、この事件国外からの印象を非常に悪いものします。宥和政策を取っていた隣国スペイン首相宥和政策撤回せざるをえなくなり、またフランス革命開始時には革命好意的だった知識人たちも国王一家の幽閉と九月虐殺で決定的に革命嫌悪に転じます

戦況にも変化が生じますフランス軍はヴァルミーの戦いで勝利し、戦況が優勢に転じていきます。なお多くの本でこの勝利はフランス兵の志気の高さによるものと説明されていますが、志気が影響するような戦いではなく兵と砲台の数の差によるものといった指摘もあります(たとえば『近代ヨーロッパ情熱と苦悩』)。

そのヴァルミーの戦いと同日、国民公会が開会します。

普通選挙でしたが投票率は悪く、ほぼブルジョワ議員で占められていますフイヤン派出馬していないので議会におらず、共和制穏健派ジロンド派共和制急進派の山岳派、それに中間派という構図です。(ジロンド派ジャコバンクラブを脱退していくので、山岳派=ジャコバン派とも呼ばれます)

ジロンド派経済的政治的自由主義を維持し議会主導で政治をおこなうという近代的な原則あくまで重視し、山岳派革命の推進と防衛のためには民衆要求も受け入れ民衆運動の利用もありと考える現実路線です。

……とまだまだフランス革命の時期は続いていくわけですが、予想外に長くなったので中途はんぱなところですがここまでとします。

93年1月に国王が処刑され、6月ジロンド派の追放で山岳派一党独裁(ただし基盤の脆弱独裁)になり、恐怖政治の時代が翌94年7月まで続き、ここで一区切りとなります

2013-02-03

http://anond.hatelabo.jp/20130203025001

 そういう歴史必然性みたいなのもよく聞く話なんだが、実際にはやはり反省意味はある。

 たとえば、第一次世界大戦後の戦後処理。知っているとは思うが、第一次世界大戦後、敗戦国ドイツに対して、フランスを中心とする戦勝国は莫大な賠償金を課した。世界恐慌などの不幸もあったが、賠償金の支払いはドイツ戦後復興を極めて困難にした。当時でも、ケインズなんかはドイツ経済復興を支援すべきだと論じていたが、復讐燃えるフランスを中心とした国々はドイツを徹底的に痛めつけることを望んだ。その結果がヒトラーの台頭だ。対ヒトラーとしては、イギリス宥和政策の失敗なんかが挙げられるが、実際には第二次世界大戦の根っこはそうした戦後処理のまずさにあった。そうした反省の結果、第二次世界大戦後には敗戦国に対して実行不可能な賠償を課すという方針は避けられるとともに、金融不安が生じさせる政治的危機を回避するために国際機関が設置された。

 こういう側面を見ると、歴史反省する意味はあると思わない?日本にしても、昭和16年夏に「日米戦わば必敗」という結論が見えていたにもかかわらず、戦争突入してしまった。それ以外でも、日本の膨張的な外交政策に対する批判は当時から存在していた。「アジア解放」を訴える日本がなぜ中国戦争しているのか、どうしても理解できなかったという回顧も聞く。日本人の多くが中国人朝鮮人に対して差別的な意識を持っていることへの嘆きもあった。にもかかわらず、そうした批判の表明を困難にしてしま空気が生み出された原因は考える必要がある。

 もちろん、当時において個人のレベル歴史の流れを変えることは不可能だったろうが、後に生まれた者の特権として反省はある。その意味でも、歴史は「過去現在の対話」なんだろう(E.H.カー)。そうしたアドバンテージを活かすこともなく「仕方がなかった」で済ますというのは一種の思考停止だと思う。過去から学ぶことを否定する態度のうえにある改憲論はやはり怖い。

 
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