はてなキーワード: 処置とは
約3年前の記事だが、2024年の今年どういう処置が下されるのか?
社会に放流されるのか?
長崎家裁などによると、収容先の少年院長は、加害女性が今年7月で23歳になるのを前に、収容継続を申請。家裁は審判を開き、26歳になる24年までの継続を8月下旬に認めた。加害女性側は9月7日付で不服を申し立てて抗告し、福岡高裁が今後判断する。
妄想する事なんて誰にも有るし、人を恨み続ける事も有ると思う。
ただ、実際に凶行に及ぶかといったらそれは少ないだろうな。
何かと言うと、10年ほど前にとあるセンセーショナルな事件があった場所を見に行ってきたのだ。女子高生による同級生殺人事件である。今回は、そのレポとそんな悪趣味な聖地巡礼を決行するに至った経緯の2点を、書き手である私の過去の自語りを多大に含めながら書いていこうと思う。事件の現場を特定して見に行ったイチ野次馬の実録として読んでもらえれば幸いである。
はじめに言っておくが、私はこういった事件が起きるたびに容疑者の地元は出身高校は云々……と嗅ぎ回るような野次馬ではない、とだけ表明しておく。しかしこういった行動に出ている以上、完全否定はできないところはあるが。
はじめに、その事件の内容を説明する。2014年に起きた、女子高生による同級生の殺害事件である。当時15歳の加害生徒Aが、同級生であるBさんを自室に連れ込んで絞殺。動機は「体の中を見てみたかった」「人を殺して解体してみたかった」といったものだった。(以下、それぞれ加害生徒=A、被害生徒=Bさんと表記)
事件の具体的な名称・地名については関係者に迷惑をおかけしてはいけないので伏せさせていただいたが、手口が特徴的なため、調べれば聡明な読者諸君においてはすぐピンとくるであろう。
事件の現場となった場所は、事件発生からほどなくしてネット上では特定されていた。私は現場となったマンション名をgoogleマップで検索、自宅からのルートを検索し向かった。
(ちなみに事件現場のマンションは、事故物件掲載サイトの「大島てる」さんにも掲載されている。Aの実家も)自家用車を走らせ、現場に到着した。所要時間は割愛させていただく。
現場は国道に面しており、すぐ近くには駅や大きなアーケード街があった。駅が近い故か、市営のコインパーキングが現場マンションの向かいにあった。車をそちらに止め、徒歩で現場に向かった。
ここで、あらかじめ大事な前提を記載しておく。現場の敷地内には立ち入っていない。
敷 地 内 に は 立 ち 入 っ て い な い
そこまですると流石に不法侵入になってしまうので、面した道路から歩いて観察するだけにとどめた。私もそんなことでお縄になりたくないので、その点はご理解いただきたい。
現着し、まずはマンションの外観を観察してみる。10階建てでおそらくオートロック。今ではどの部屋にも人が住んでいる気配がある。現場となった5階にもまた、どの部屋にもカーテンがはまっていた。10年も経ってしまえば、その近くの人々の生活もすっかり元通りのはずだろう、という考えが自分にはすっぽり抜け落ちていたことに気づかされた。
マンションの裏手には駐車場が2台分ほどある。ただしもしかしたら、隣のビルに入っているクリニックの患者用かもしれない。駐車場付近から見上げると、当然マンションのベランダが頭上にずらっと見える。AはBさんの殺害後、証拠隠滅のためにスマートフォンを5階のベランダから投げ落としたのだという。彼女のスマートフォンが落ちていたのはこの辺りだろうか、と思いをはせる。
駐車場からさらに路地を入ると、住宅が斜面に立ち並んでいた。ここから先は進んでいない。途中で引き返したのは、非常に坂道が急でその後の体力を考慮したためだ。この町の特徴的な地形ではあるが、国道から一本細い路地に入っただけで急峻な坂道になる。西側には海があり、その海岸線近くまで山地が迫ったこの街の地形故だ。
マンションに数秒黙祷し、周辺の探索に移った。国道の向かい側には小さな商業施設があり、昔ながらのブティックを中心に、1フロアだけのイオンやダイソーが入っていた。ブティック中心だからか、店内は年配の女性が多い。日本のどこにでもある、田舎の商業施設の風景に心が安らぐ。商業施設の1Fからはアーケード街に通じており、今どき珍しく賑わいのある商店街が広がっていた。雰囲気で言うなら、福岡市天神の新天町商店街にかなり近い。
商店街は今どきのカフェや居酒屋といった飲食店から、昔ながらの八百屋にかばん屋、チェーン店のドラッグストアにアニメイトまであった。筆者は商店街と言えばシャッター街と化した薄暗い故郷の商店街しか頭になかったためまあまあ驚いた。にぎわうアーケードの喧騒の中で、AもBさんもここで一緒に買い物を楽しんでいたのだろうか。楽しい時間をすごしたのちに、あのような凶行に及んだのだろうか。そんな、彼女と一緒にお出かけを楽しんだ後にお持ち帰りして夜はムフフなことをして、じゃないんだから……と下世話で邪な形容をした。凡人かつ俗物の私にはそういった想像が限界だった。勿論、真相はAにしかわからない。
横断歩道を渡り、マンションのある側に戻る。国道沿いに北西に進むと、5分もせずに県の弁護士事務所が見えた。Aの父は敏腕弁護士だったと聞く。Aの父は、Aの母が亡くなった後まもなくして若い女性と再婚した。それがトリガーになったかは知らないが、2014年3月にAは父の殺人未遂事件を起こしている。Aと一緒には住めないと判断したAの父は、Aの戸籍を外してAの祖母の養子にし、マンションで一人暮らしをさせることに決めたという。この事実だけ見ると父親もAの扱いに手を焼いていたのと同時に、法的には娘を切り捨てた薄情者、という印象を受ける。
しかし、現地を歩いてみると、現場の近くには県の弁護士事務所があり、父の職に大いに関係していたであろう場所がある。2014年当時からあったのかはわからないが、もしかしたら父は、自分の業務で関わることの多い場所の近くに娘を住まわせようと、ひいては見守りたい意思があったのかもしれない。娘のために駅の近くかつオートロック、自分の職場からも近い賃貸物件を見繕って用意してあげていたのかもしれない、と思いをはせる。やはりやるせなさを覚える。
結果としてAの父親は2014年10月に自宅で首を吊っているのが発見され、そちらの実家もそれで「大島てる」さんに掲載されている。Aの父親の行動には怒りを覚えるところも多いが、同時にどうにもできなかったのだろうと痛ましさを覚えた。
ここまで想像を巡らせたのち、私はマンション近辺を後にした。名物のハンバーガーが食べたくなった、ヤニを吸いたくなった。そういったその時湧きあがった欲求が、私を2014年から2024年へと引きずり戻してくれた。
参考程度に記載するが、賃貸サイトによる2024年2月現在の家賃相場は、その市はワンルームで3.72万円。現場となったマンションはワンルームだが4Fの家賃が4.9万円と、その地域では少しお高めな印象は受ける。築年数も浅く何より駅近物件だからだろう。ちなみに、現場となった502号室はどの賃貸サイトにおいても今は入居者募集されていなかった。
では、なぜそのような不謹慎な聖地巡礼を決行したのか? その理由は、「私がこれまでの人生で1番執着した事件だったから」にほかならない。少し回りくどいが、私自身について、この増田の匿名性を損なわない程度にお話しする。
筆者である私は、Aと同年齢である。そして2014年に何をしていたかというと、やはり高校1年生をしていた。私とAの経歴には非常に共通点が多い。もっとも、Aの方が実家は太く彼女自身の才能も豊かなのは間違いないのだが、その内面には非常に共感できるところが多かった。Aも私も、住んでいる県も学校もまるで違うのだが、だいたい同じくらいの偏差値帯の公立中高一貫校に中学受験で入っている。抜けきらない中二病で一人称は女なのに「ボク」だったし、Aのようなかなり短いショートヘアをしていた。高1の途中から不登校児になったのまで同じだった。(一つだけ自慢。今でこそ私はうだつの上がらない無職だが、高1当時は県内模試で2ケタの順位につけるくらいには学力もあった。)
問題はここからである。高1当時の私は、少年事件について調べるのが大好きで、それをモチーフにして同級生を殺しまくるお話をケータイ小説で執筆・投稿していた。今思うと二重に恥ずかしい子どもである。
事件発生当時まず何を私が考えたか。「A、私の書いたの読んだの?」である。今考えると普通にそんなのはあり得ない確率であるし、ほぼ妄想の域だった。しかしそれくらい手口が酷似していた。後ろ暗い喜びと同時に、思考回路が同じという点でかなり精神的に追い詰められた。二律背反で感情が板挟みになっていた。学校に行っても、やはり同じ高校1年生が起こした事件ということでクラスでの関心も高く、「キ〇ガイだよね~(笑)」とクラスメイトが笑っているところも見かけた。今でも思い出して動悸がする瞬間である。
そしてそのケータイ小説の掲載に関しては、投稿を削除した。そのうえで、もう創作はしないと筆を折った。
そしてその後、連日ニュースがそれを報じてどんどん事件の全容が見えてきた頃には、私はネットでAの情報を漁りまくっていた。私はもともといじめられっ子で、当時はいじめっ子たちのピグやTwitterを特定して、特にアカウントは作らず毎日のように静観するという人聞きの悪い趣味を持っていたから、そういうのが大好きではあった。また、AにはASD(自閉スペクトラム症)があり、その点も考慮して医療少年院送致がふさわしいとの判決が出た2015年頃、実は私もASDの診断を受けていた。偶然にしてはあまりにも近すぎると、一方的にシンパシーを感じていた。
そしてそのうちに、Aに対してどんどん惹かれていったのだ。Aのような人の内面の深淵をのぞき込みたい、という気持ちになり、進路希望調査では心理学部のある大学を書くようになった。その後、急速にメンタルの調子を崩して精神科医療にかかったり、卒業も危ぶまれるくらいには学校に行かなかったりしたが、どうにか高校は卒業した。
犯罪心理学をやりたいです!と意気揚々と心理学部のある大学に入り、臨床心理学系の大学院にまで進み、少年司法の分野に行きたいと思い公務員試験を受け、児童相談所に勤務した。今振り返ると、「心理学がやりたい!」の起点はさかのぼればすべてAへの関心に行きつくと思う。我ながらどうかしている。
そして現在、2024年2月。児相勤務は上司や先輩からの陰湿ないやがらせに遭い、私はひっそりと公務員を退職した。今は退職してから3か月が経つ。公務員時代の蓄えでギリギリなんとか食えているが、正直来月以降の生活は先が知れない。なんでこの分野に焦がれ続けて10年間走ってきたのか? その疑問を問い詰めた時、この事件の存在が頭をよぎった。2024年のあの現場を、Aが生きていた町の2024年を見れば、私のこの思いを終わらせられると思った。以上が、私がこんな不謹慎な聖地巡礼をもくろみ、決行した理由である。
ちなみにわたしは結局、大人になってから二次創作という形で再び筆を執るようになった。どれだけ思考回路が狂気の側に近く、そのリビドーを表出させたいと願ったとしても、創作という法に触れない表現方法を選ぶことができた。私はその点で非常に適応的でポジティブな強みを持つことができたのだと、今は肯定出来ている。
話を本筋に戻すと、私はこの旅で、ようやくAへの執着に諦めがついたように思う。私は間違っていたかもしれないとはいえ、10年間走り続けてきた。そしてきっと、AはAで、医療少年院かあるいはどこかで、償いとAの人生を生きているのだろうと思い至った。やっと私は2024年の自分を生きていけるようになったと思えた。不謹慎だろうが、ようやく私はこれで前を、未来の方を向いて歩いていけそうな気がしたのだ。
最後に、被害者の方のご冥福をお祈りすると同時に、Aの更生と治療がうまくいっていることを祈る次第である。
ちなみにこの後、普通に私はその街の名所を一通り回り、観光して帰宅した。軍港の町なので、港に停泊している米軍の大きな船を眺め、海上自衛隊の博物館を見学してきた。他にも、ネイルチップが取れて応急処置にシールを買うためダイソーに入ったら、パンキッシュな服装のマダムと談笑したり。名物のバーガーを食べていたらバラエティ番組のロケの一団が店に入ってきてびっくりしたり。〇本雅美に似ていたが、声が違ったのでおそらくローカルタレントかなにかだろう。
痔は(症状で)切れても(処置で)切っても痛いぞ~😩
ここ数年で「独身だったから詰んだ」瞬間がいくつかあったのでご紹介。
数年前のコロナ禍中に40度近い高熱を出した。職場に連絡すると「発熱外来でコロナの検査を受けるように」との指示。病院までは10キロほど。病院に連絡すると、「公共交通機関は使わないでください」「電車、バス、タクシーはダメ」「自家用車でお越しください」
車は持っていたものの、目眩がひどく視界がグニャグニャするためとても運転は無理。同僚に頼むとその人も濃厚接触者になり欠勤になるのでそれも無理。10キロ、2時間くらいかけて歩いていきました。外の気温は35度くらいなのに寒くて死ぬかと思った。
病院に着いたら院内に入れず「お車でお待ちください」。車がない旨を伝えたら、予想外だったらしく簡易テントに案内された。35度超の野外を寒いと感じた私ですら暑く感じたけど、一体何度だったんだろう。
幸いコロナは陰性だったので帰りはタクシーでかえったが、陽性だったら帰り道で死んでたかもしれない。
・救急車
ある夜、急に全身の痙攣に見舞われた。手足から始まり、顔面の皮膚まで震えだして息がしづらくなりこれはヤバいと「救急相談」みたいなのに電話。救急車を呼んでくださいとのことだったので119番し、着の身着のまま遠くの病院に運ばれた。その後処置が終わって帰ってよいと言われたのは深夜3時。「ご家族に迎えに来てもらってください」
いや、無理だが?
タクシーは朝7時まで営業しておらず、救急の待合室で寝巻きのまま待つこと4時間。病院への万単位の支払いの次は万単位のタクシーの支払い。泣いた。
小2の子どもが居るんだけど、2月が近づくのを思い出して「あー、よかった。小学生になって。もう鬼こないもんね」とよくつぶやいてる。
多分今年入って5回は言ってきてる。
子どもが行ってた園は寺系ということもあるのか、しっかりした節分をする。
しっかり怖い鬼の顔をした鬼(園長)が、日常生活に急に現れて襲ってくる。
「鬼が来た! お坊さんも来た! お坊さんと一緒に豆で退治! チャンチャン」
という流れを作ってはくれているものの、やはり子どもたちは大号泣しているようだ。
毎回、部屋の隅に身を寄せながら号泣している子どもたちの写真が報告として壁に貼られる。
で、中には1月頃から鬼が怖くて登校拒否になる子がでてきて、前後のダメージを考えて当日休ませるという判断をしていた親もいる。
うちの子は毎回泣いてはいたが、そこまでではなかった。節分とわかっても園に行っていた。
それでも、こうやって数年後に思い出してはつぶやくくらい心に残ってしまってるんだなと。
(最近の性被害の気持ちを数年後にようやく出せるのと一緒なのかなと思った)
そんな中TLに流れてきた、産婦人科の基本麻酔なし処置の話。(n回目ではある。もういい加減変わっていってほしい)
子宮卵管造影検査も、ミレーナ入れるのも、なんなら出産も痛いのに「耐えろ」と一蹴されてる。
私は「男性医師は女性が泣くのが嬉しくてしてるんだ」みたいな意見はちょっと言い過ぎだと思っているけど、性別関係なく医師が寄り添えてない事実はあると思う。
ほんと、もっと女性の身体へのダメージは自分で決めさせてほしい。
(アフターピルもなんで諸外国みたいに手に入れやすくなってないのか…)
それを思ったら、上の子どもへの全力節分も同じようなものじゃないのかと思った。
よく聞かれる言い訳として「この経験が成長になる」「いままでそうしてきたから」というものがあるけど、最近の流れでいくとそれは理由としておかしいという声が上がってきてる。
不要な怖さや痛みは感じないほうがいいでしょう。
トラウマなんて少ないほうがいいでしょう。
本当に節分・鬼が襲いに来てもらいたいと思うなら、なまはげを体験しに行ったらいいんだとおもうよ。
(USJのハロウィンナイトに無理やり子どもを連れて行って、泣く姿を撮影する親もほんとどうかと思う…😩)
産婦人科系の痛みも、体験したほうがいいと思うなら そうしたらいいと思う。
親からして「泣いてる子どもたちも可愛い」という気持ちもわかるけど(多分ドッキリとかで驚いてる人をみる愉快さなんだろうな)、もう令和だし別の形で節分を体験させてあげてほしい。
外に向かって豆なげるでも、かわいい鬼工作作るとかだけでもいいじゃん。
産婦人科へのしんどさとつなげてみたときに、私は子どもへの必要以上の怖がらせは 節分ハラスメントだなとおもった。
[ハラスメント(Harassment)とは、ある言動や行動によって、相手に不快な思いをさせたり、脅したり、人間としての尊厳を傷つけたりすることです。 広い意味で「いじめ」や「嫌がらせ」と同義の言葉ですが、「相手を傷つける意思」や「悪意」がなくても、受け取る側が不快な感情を抱けばハラスメントとして成立します。/ネット検索から]
正直、考えすぎなのかもしれないけれど、やっぱり少しでも声をあげていきたい。
来週は節分。
最近話題になっていた男子小学生の盗撮のせいで、掘り返されてしまった最悪の記憶の供養。
小学生の時、気に入らないことがあると泣きわめく(しかも嘘泣き)男子がいたんだけど、異様に女子が好きで近寄りたがる奴だった。男子に相手にされないのもあったし、本人も男子より女子にくっつきたがっていた。
小学1年生とかでそんな感じで、当時あまり理解して無かったけど、とにかく気持ち悪いと思ってた。面食いなのも気持ち悪さ増してた。
そいつが不機嫌になったり、嘘泣きをし始めるともう手に追えなくて、あらん限りの大声で喚くわ女子に八つ当たりするわ、お気に入りに抱きついたり慰めてもらおうとするわ…先生もめんどくさいのか、あまり強く引き剥がしたり叱ったりしてくれなかったように思う。親も典型的なモンペで、「うちのムチュコタン」タイプの人だったからかもな。
あれは何年生の時だったか。
私の通ってた小学校には、プールに更衣室がなくて、授業の時は男女別の教室で着替えてた。
その日の前の授業か中休みかに、そいつがいつものごとく泣き喚いて、盛大に拗ねていた。
そしてあろうことか、「不機嫌です!」と言わんばかりの顔して、"女子が着替えてる真っ最中の教室"に入ってきた。
当然女子たちは「え???」って凍りつくし、どうしていいかわからなくて、時間が止まったみたいだった。
そいつは机に突っ伏してたけど、時々辺りを伺うふりして見回してた。
担任は、理由は覚えていないけど近くには居なかった。そもそもいつも見張りはしていなかった。そしてその後、女子の着替え中に侵入したことを怒られていた記憶が無い。
別の時。これは小学3年生の頃。
私は気が強い女子だったし太っていたので、面食いなそいつに基本的には嫌われていたのだけど。
発育のいい子どもだったので、その頃の私の胸は膨らみ始めていた。
でも基本的にTシャツ1枚とかで過ごしていた。暑がりだったし親が無頓着だったので、肌着を着てなかったんだよね。
ある日の休み時間。ブランコに乗っていた私の顔面に、ものすごい勢いでドッヂボールがぶつかった。
当然勢いよく鼻血が出て、服も真っ赤。泣きながら保健室にいって処置してもらった。
保健の先生(女性)は、血が乾いて落ちにくくなる前にと私の服を脱がせて水洗いしてくれたんだけど、私が着られるサイズの貸し出し用の服がない。
暑い時期だったのもあったからか、上半身裸の私を置いて先生は服を探しに出ていってしまった。
まだ鼻も痛いし、ボールが飛んできたショックも全然抜けてなくて、茫然自失。
ぐすぐす泣きながら待っていたんだけど、なぜか例の気持ち悪い男子が急に「大丈夫?」と言いながらやってきた。
明らかに私が裸でいることをわかって、見に来たのだ。
先生は裸の私に配慮して部屋のカーテンを締めてくれていたので、それで察したのかなんなのか。
それでもそいつは、正面に回り込もうとして来た。
普段なら言い返せるしやり返せるのに、痛みとショックで弱っているわたしには逃げることしかできなかった。
引き戸の開く音がしたので先生が帰ってきたのかと思ったら、当時の副担任(若い男性)が「大丈夫か」と言いながら入ってきた。
こいつ、他の先生方にはヘコヘコヘラヘラしているくせに、他の大人がいないところでは子どもに対して高圧的だったし、すぐに機嫌を悪くしてキレてきたりしてきたので、めちゃくちゃ嫌われていた。
そんな成人男性が、なぜか猫なで声で「心配したぞ」なんて言いに来ている。女児が上半身裸なのに、平然と部屋に入ってきたのである。
今思うと、保健の先生が服の在処を聞いて回ってくれてたんだろうな。それを悪用して、確実に先生がいない上に裸なのをわかって保健室に来たんだろう。
わたしの恐怖はマックス。余計に泣いてしゃべれないし、嫌がって必死に2人に背中を向けているのに、心配を盾に回り込もうとする2人。もう逃げ場がなくて、泣いて固まるしかできなかった。
ようやく保健の先生が帰ってきて、すぐに2人を追い出してくれた。普段は怖い先生だったんだけど、「大丈夫?」とすごく優しく心配してくれたのを覚えてる。
そして、「お母さんに言って、ブラを買ってもらいなさい」と言ってくれた。私は成長が早いから、もう着けた方がいいよって。
もしあの時既にブラを着けていたら。
下着姿だって絶対見られたくないけど、裸見られるよりマシだったなって今でも思うし、そう思ったから先生も勧めてくれたんだろうな。
ちなみに、副担任は後日『家庭の事情』で学期途中から来なくなった。私の件が関係していたのかはわからないけど。
嫌な思い出の供養なのでオチはない。
ただ、小学校低学年と言われる男子でもこういう事してくるし、男が基本的に信用できないって人がいるのはわかってほしい。
てかクソ同級生から芋づる式で思い出して書いたけど、あのクソ教師本っ当に気持ち悪いことしてきてたんだな。
2人とも、あらゆるバチが当たって不幸のどん底であれ。
「生理的機能を大幅に損なう治療はしない」と決めているので、外科的処置でどうにもならない病気は治療しないと決めている
医師から「もう完全に取ったから仮に陽性でも大丈夫」と言われたがそれでも心配だった
結果は陰性
母は抗がん剤で乳がんを克服し元気になったが、今でも冷たい水でヒェッとなったり、食べ物の好みが化学療法中に変わったきり昔好きだった食べ物は食べられていない
会社の上司とその奥さんは人工肛門になった父の介護に相当苦しんでいた
だから抗がん剤や人工肛門や透析なんかを使わないと生きていけなかったり、胃を全て取らなければ生きていけないならそもそももう生きないと決めているのだ
俺はまだなんとか生きられる
多分、現地では今もそうやって耐えてる人もいると思う。本当にかわいそうなことだと思う。
生理のはじまりかけとか終わりかけは応急処置でトイレットペーパーを使うことはよくあるから、バズる云々じゃないんじゃなかろうか。
ちなみに二日目なんてとてもじゃないがティッシュやトイレットペーパーじゃ足りないんだ。そんな量じゃないんだ。(人にもよる)
鼻血出たことある?すぐ止まるならいいけど、結構ドバドバ出る時あるじゃん。ティッシュ詰めるじゃん。すぐデロデロになんない?デロデロになったら血ィ吸わないじゃん?ティッシュ替えるでしょ?
どっぷり血濡れたティッシュ、またはたっぷり血を吸ってカピカピになったティッシュ、ずっと鼻に詰めてたい?そんなことないと思うんだよ。
生理用品は下着に触れる面が基本的に水分を通さないようになっているし、吸収したら極力表に戻さないようになってる。生理用品のCMで色のついた水を掛けた後がサラサラだよ!ってやってるあれ。
ずっと頭痛くてって感じで、
早々に午前中で私の事務所も閉店よ。
多分度数の高いお酒を少しでも酔いぐらいに飲むと頭痛くなっちゃうみたいねー。
この時期の田中邦衛さんいや違う違う
ケイヒ、ウイキョウ、ニクズク、チョウジ、チンピ、ゲンチアナ、ニガキの七草
アリアナグランデさんが間違えてタトゥーで七輪って掘っちゃったぐらい効く七草!
良い薬です!ってやかましーわーい!
なににしろ飲み過ぎはよくないこの時期忘年会が繰り広げられまくりまくりすてぃーな時期、
胃が弱るのよねー。
参ったなー。
毎年これを繰り返して覚えないところが忘年会の良いところ学習のしなささが1年でちょうど思い出す時期でもあるのよね。
なので昨日一日帰って大人しく寝ていようかと思ったけど
1日のノルマのF-ZERO99とスプラトゥーン3があんのでそれはこなしたけど
寝るに限る寝れるときは寝る!のよ。
おかげでまあ今日の今朝の朝の体調はまずまず。
喉が痛いけれど平気よ!
私のスプラトゥーン3のオーバーフロッシャーは皮肉にも絶好超のマークを付けつつ、
最近はハイドラント一択でインクをぶちまけるのに快感を覚えているって頭痛いからそれどころでは無かったけど、
早く調子が戻ってこの時期を乗り越えたいわ。
やっぱりどうしてもこの時期は忘年会が続くので食べる前に飲むのが必勝法なのかも知れないわ。
うふふ。
スモークサーモンって美味しいわよね。
スモーキーすぎるのもあれだけど、
ちょうどよい加減のスモーク加減だったらいいわね。
美味しくいただいたわ。
この調子でしょ?体調。
なので少し甘みを加えてハチミツインホッツ白湯ウォーラーレモン果汁インハチミツザスカイ!って感じね。
冬には潤いと温かさが必須よ。
みんなもご自愛くださいませ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!