はてなキーワード: ワンボックスカーとは
仕事でトヨタ系のディーラーと付き合いがあって、営業マンとこの前ちょろっと雑談してたらさ
「増田さん、私も同じ考えなんです。ワンボックスってムダですよね」
「ですよねー(こいつ話合わせるの上手いよなー)」
「ただ……」
「ん?」
「実は私の家の車はワンボックスなんです」
「それは奥様のご意向とかですか?」
「そのとおり。妻が言うのです。ワンボックスじゃないと、友達の集まりでどこか行くとかという時に、我が家だけ車が出せない。心苦しい、と」
「なるほど……」
「増田さんのところはまだお子さんが小さいから大丈夫でしょうが、小学校近くになってくると、恐らく同じ状況になるかと思います」
「うわあ」
我が家は子供二人だし、そんなめっちゃ遠出とかしないから別にコンパクトカーでもいいやって思ってて、多人数で車乗る時だけレンタカー借りればいいやって思ってたのよね。
【出力】
ある日、主人公のヒス女はスープストックに行くことになりました。しかし、彼女は子連れ女性を見るとすぐに怒りを爆発させ、嫌悪感を抱いてしまいます。
そんな彼女が、偶然見た吉野家コピペに火がつき、それに魅了されてしまいます。
彼女は突然の衝動に駆られ、吉野家コピペに出てくるような男性達のように振る舞い始めます。
そして、彼女は自身が所有するワンボックスカーに乗り込み、スープストックに特攻することを決意します。
彼女は自分の車を走らせながら、吉野家コピペのセリフを叫びます。「牛丼一丁、500円に控除で、香味野菜トッピングはいいですか?」と。
そして、スープストックに到着すると、車から飛び出して店内に突進していきます。
たくさんの人々がいる中、彼女は「牛丼一丁!」と叫び、突進していきます。しかし、子連れ女性が近くにいたため彼女は前に進めません。
彼女は自分の行動が愚かであることに気づき、自らの偏見を改めます。
そこから、彼女は子連れ女性や周りの人々に謝罪し、親切に接するようになりました。
そして、彼女がスープストックから出た後、周りの人々から拍手と称賛を受け、感動的なエンディングを迎えます。
【入力】
子連れ女性が嫌いなヒス女が吉野家コピペという火薬満載のワンボックスカーに乗り込みスープストックに特攻する映画のストーリーを想像してください、差別的な内容は排除してください
【所感】
牛丼一丁!
土日や祝日、大型連休、夏季や冬季の休暇期間に休日限定ドライバーたちは走り始める
普段の出勤や外出は電車やバスを活用したり、運転する距離も自宅と職場の往復と帰宅途中のスーパーなどに寄る程度である彼らは、なぜか休日になると我も我もと車に乗り込みハンドルを握り不慣れな運転で走り出す
我が家の近所には大型のショッピングモールと会員制の倉庫型店舗があるため、自宅の窓からそれらに続く道を見ると朝の9時から夜19時くらいまで、ずらーっと車列が続いている
どこまでも続く赤いテールランプが綺麗で、という状態だ
そして残念なことに、地図アプリの進化により我が家周辺の細い道が抜け道として活用される
軽自動車が2台ぎりぎりで並べる程度の道に、久しぶりの運転で目がバキバキになっている大人がハンドルを握るワンボックスカーが突っ込んできたり、通れないと悟った車が敷地内に堂々と入り転回していったりと、まるで緩いペースで襲ってくる山賊の趣すらある
そんな日はできるだけ家から出ないで済むように前日までに買い物などをしておくのだが、祝日の今日、混雑が確定しているエリアへどうしても行かなければならない用事ができてしまい、萎える気持ちを奮い立たせて車に乗り込んだ
地元民だけが知る抜け道を駆使し、混雑する交差点で立ち往生する他県ナンバーを横目に、普段の1.5倍程度の時間で目的地へ着いた
駐車場へ入ると割といい位置で空いていた駐車スペースを発見し停車しようとハザードをつけ、後続車を先に行かせようとしたがその後続車はピクリとも動かない
もしかすると通り抜けるのに狭いのかなと思い、停車している車両に限界まで近づいてさらにスペースを広げたが、それでもなぜか動かない
待ってくれているのかと思いやや右前方へ車を振り駐車行動を開始した時、先程までは不動だった後続車がなぜか車間を詰めてきた
何をしたいのか全く意味が分からず窓を開け後続車を見ると、まるでこちらの行動が異常であるかのように目を見開き口をパクパクと動かしていた
「当たるから下がって」とジェスチャーをしても無視し、これはいよいよ降りて説明した方がいいのかなと思いシートベルトに手をかけた瞬間に、その後続車はほぼピッタリの隙間を加速して通り抜けていった
いやいやちょっと待て、いったいこちらの何に腹を立ててそんなことをしたんだと聞きたくて追いかけようとしたものの、助手席の同乗者に止められ、大人しく駐車を完了させた
「さっきの車はなんだったんだろう」と話しながら車から降り店舗入り口へ向かうと、その入り口を先ほどの車が塞ぐように斜めに停まっていた
目を凝らして見ると先ほどの目バキバキ口パクパクアラフォー女性が乗っていたのが見え、その瞬間にエンジンが止まり荷物を持ち降りようとしているのがわかった
駐車スペースでもないその場所は、大きな荷物を運ぶ他の客の通行の邪魔になるし、そもそも駐車車両が斜めになっている分、ワンボックスカーも気をつけて通過しないといけないほどだった
先程のやり取りの真意も知りたく、降りてきたその女性に声をかけて、悲鳴をあげられても困ると思い冷静な声のトーンで慎重に話した
こちらの質問にも回答はあり会話こそ成立しているようだったが、その女性の言い分を要約すると
・私が停めようとしたところにあなたが停まろうとしたから、どいて欲しくて後ろで待った
・ここは駐車スペースでないかもしれないが、ここには以前ほかの車が停まっていたのを見たから問題ない
・(駐車のための操作中にハザードをつけないことについて)そんなことは法律に書いてないし習っていないから違法ではない
・(駐車場内でもウインカーをつけないことについて)周りが気をつければいいことだし、これも違法ではない
という、マイ交通ルールがしっかりと出来上がった、途中でうんざりしてしまう内容だった
久しぶりの運転で疲れているのになんなの?と文句を言われ、慣れない人に譲るのが常識だとか言い出したので、運転向いてないですよと余計な一言を伝えて店内に入った
久しぶりだの慣れていないだのと言うからには、きっと彼女も休日限定ドライバーなのだろう
世の中の交通作法の習得や不文律的なマナーは彼女にまで届かない
ウインカーやハザードがただの保安部品ではなく、事故の発生を抑制する潤滑油の役割を果たすことなど知らないまま、運転をやめる日がくるのだろう
などと思っていたら店内でもその女性と何度か擦れ違い、大型のカートを通路の中央に置いたまま、冷蔵ケースの中身を吟味していたし、なんとなくできている人の流れをまるで修行のように逆行していた
ただの強い人だった
帰宅途中、先行車が交差点内で急停車し対向車両がいなくなってからウインカーを出しながら曲がる場面に遭遇したが、同乗者と顔を見合わせながら「はい強い〜」と苦笑いするほかなかった
今ちょうど育休なんだが、長女がかわいい。日々何らかの成長が見られるってことがこんなに幸せだとは思わなかった。
そして子供がいると本当に何もできない。子育てVLOGやってる人いるけど、そんなの夫婦二人いても結構きついとよくわかった。朝から大泣きしてるし気がつくとうつ伏せになってしまい窒息を気にしないといけないため、気が休まらない。暇といえば暇だが、twitterやパズルゲームくらいしかできない程度の暇さだ。勉強や在宅ワークはそうとうきつい。子供二人以上だと隙間すらないだろう。
まじで夫婦で育てるもんだと思うよ。シンママとかやばすぎだろ。
それでも仕事はあるので育休がもう少ししたら開けるが、ぶっちゃけ仕事するなら育児しながら在宅でできる範囲のことしていたい。
現実的にいえば、子供2人以上いる世帯はワンボックスカー1台を無料になる補助金貰ったり、家賃や住宅ローン10年無料とかして欲しい。
いまの施策って子供欲しくない人に子供作らせようとしているだけで、子供多い世帯や増やしたい世帯には全然響かないんだよ。
おむつやミルク配ってくれるのは嬉しいが、もっとお得感というか、子供いるだけで儲かる程度になって欲しい。子無しと高齢者ばかりが主役じゃないんだよ。
もちろん、行政の審査とか厳しくなるだろうが、それを逆手に取ってマイナンバーカード普及させればいい。定期的なと診断とかサボったりすれば支援打ち切りとか。例えば自動車税の免除は一年更新なので、それと似た感じででいい。
昨日アマプラ会員向けに配信レンタルが安くなるセールがやっていてその中に『花束みたいな恋をした』が入っていた。
普段ならこの映画の宣伝の仕方とか、ぱっと見の内容を想像するに見ないようなジャンルの映画だなと思っていたんだけど、
以前この映画の感想がはてぶでもホッテントリしてたりして、みたいなと思っていたのでこれ幸いと思い視聴した。
で、まあ、すごく面白かった。終始どこか痛々しさを感じっぱなしで、共感性羞恥?というやつをくすぐられ続けた。
ああ、自分もこうだったなと。主人公の二人の麦くんと絹ちゃんが、所在のなさを、自己の存在の価値をなんとか感じるために、
サブカルチャー(この表現が正しいのかはわからないけれど)で壁を築き、自分を感受性の高い特別な人間でありたいとするが、
同しようもない薄っぺらさが漂う。それは例えば、天竺鼠のライブを好きなはずなのに当日に放り出したり、二人とも作家の固有名詞を羅列する
だけで、内容に関する話がなく、そうではなくてまるでその作家や作品の固有名詞をいかに多く知っているかの知識に価値があるかのような二人の
やり取りの悲しさ。そうすることでなんとか自分たちを特別な人間であろうとし、周囲の人間をある種見下す特権意識の現れ。
じゃんけんに関するエピソードで、グーよりパーのほうが強いのは納得いかないと言った一度は誰でも思うような事をなにか特別なことのようにことさら感じたり、
「電車に揺られる」といったありふれた陳腐な表現なのに、そうした表現を使用することで自分たちは違うんだ、特別なんだと思いたい若さゆえの痛々しさ。
また、終電を逃し居酒屋で二人でいるとき、途中から入ってきた麦くんの同級生に対する絹ちゃんのと拍子のない態度や、麦くんのなんとなくのいけてなさ、
そこはかとなく、周囲から浮いている、居場所のなさを暗示しているように感じる。
麦くんが就職し、働き始め、忙しさから次第に、かつて好きだったものへの興味を失い、頭に入ってこなくなる。パズドラしかできなくなる。
ああ、そうだよなっとついつい共感してしまう。生きていくことだけに目を奪われ、自分の現状への焦りや、未来への焦燥感や不安が募り、かつて大好きだった作品が頭に入ってこなくなる。
いやそもそもそこまで好きではなかったのかもしれない。麦くんの書いていたイラストは所詮イラスト屋で代替可能なレベルのものなのだ。
一方で昔のまま変わらないであろうとする絹ちゃんに麦くんは苛立ちをつのらせすれ違っていく。
麦くんが麦くんなりに「大人」になったように、絹ちゃんは絹ちゃんなりに「大人」になって行くのであって、これはどちらが現実的だとかそういう話ではない。
そうして二人はすれ違っていくわけだが、最後に二人でカフェで別れ話をするシーンには、かつての自分たちを彷彿とさせる若いカップルを見て
涙を流す。ああ、自分たちは特別ではなくどこにでもいる代替可能なbotでしかないんだなと二人はそこでひしひしと感じる。
麦くんの言うように、彼らにも子供を作ってワンボックスカー乗って、ディズニーランドへ行くそういったよくある様な家庭を築けたかも知れない。
しかし絹ちゃんは言う、いや、そうじゃないんだと。そういうのじゃないでしょと。
全編を通して自分自身の若い頃の痛々しさ、未熟さ、滑稽さ、いやらしさを感じさせられ、本当にグサグサきた。
でも、麦くんは絹ちゃんがいただけ良かったなと。自分には何にもなくって、自我を必死に保つための選民意識で壁を作り、
もうどうしようもないぐらい取り返しのつかないとこまで来てしまい、本当に薄っぺらい代替可能なbotでしかないんだなと。
https://anond.hatelabo.jp/20220505163243
確かに、自分ももうどうしたらいいんだろう。仕事に興味もないし、パートナーも家族もいない。
好きだった、小説、映画、マンガも頭になかなか入ってくなくなって、スマホゲームすらすぐに飽きて、twitterやはてぶの記事を眺めるくらい。
本当になんにもないんだよ。
つい先日まで妻は車に全く興味が無かった。完全に0。だから私が燃費が悪い男の浪漫の塊SのRを選んでも「買える範囲内の金額であれば何も文句は無いよ」と右手をヒラヒラさせるだけだった。
しかし、私がうっかり会社で車の鍵を失くしてしまい、、社用車のワンボックスカーを借りて帰宅し週末を過ごしてしまった結果、「この車めっちゃ乗りやすいし、扉開けやすいし、車内拾いし、荷物沢山載せられる」と妻は無事鍵が見つかり帰ってきた浪漫カーS君をじっと睨んだ。
「この車、実用性低過ぎじゃない?来年子供生まれるし、これはもう無理じゃね?」
私はナウシカの様にS君を後ろに隠しかばったが、妻の主張はもっともであると理解していた。
多分来年の夏前にはS君はドナドナされて、私は何かしらのファミリーカーに子供を乗せてショッピングモールへ行くだろう。
それまでS君のアクセルを踏み続けてあげたい。
ただの数字といえばそれまで。しかしいろいろな魅力や美しさ、思い出が詰まっている気がして書いてみた。本当は100まで書こうと思って始めたけど全然無理だった。
0 無。現代の感覚からすると意外だが、1,2など目に見える自然数に比べ0の概念は高度であり、数学的には新しい(と漫画で読んだ。本当かどうかは知らない)。日本では「ゼロ」も「レイ」も音的にかっこいいし、いいイメージがある。ゼロ戦とかあるしね。仏教の空も関係しているのかな。アメリカだとあまりよくないイメージなのだとか。
1 すべての始まり。美しい。同時に、一位という意味で最上位を示す。ただ、あまり飾り気がない。
3 大事な3つのコトなど、人間の記憶領域と非常にバランスがいい。三つ目など、生物の多くの器官が2つまでであることに対しての神秘的な数字であもある。色恋の三角関係や、重力を及ぼし合う3つの星の動きなど、物事を一気に複雑にする。2と3の間には大きな隔たりがある。
4 3に比べ、若干しまりが悪い。戦隊モノで4人とかはあまりない。だがしかし、2の2乗と、数学的には最小の自乗数でもあり特別。
5 キタコレ。片手の指の数と同じ。(正確には指の数が先だが)。仮に指が6本だったとしたら、数学の歴史は変わっていた。
6 日常生活では意外と出番が少ない気がする。ワンボックスカーの6人乗りくらい?2×3と、異なる数字の積。
7 素数。もっともおしゃれな一桁の数字。虹が7色だしね。七变化とか七不思議とか。7という数字を使いたくて(かどうかは知らないが)、一気にナンバリングを飛ばしたマクロス7という作品もあったりする。一桁のうち最大の素数で、九九の中ではかなりの強敵。孤高の存在。
8 多いんです。かなり多い。タコの足って多いの代名詞。数としてはイカのほうが多いのに、イカに例えることってあまりないよね。2の三乗というのもかなり強そう。八部衆のほうが四天王より強い。ただし、自分が知っている八部衆は基本的に必ず全滅する。
9 一桁のラスボス。3の自乗数だが、意外と惹かれない。
10 初の二桁。あまり話題に登ることはないが、日本語で1~10の中で濁音がつくのは5と10だけ。やはり指の数とその倍数は特別なんだと思う。
11 ゾロ目。そして二桁の素数。8,9,10と非素数が続いた後の素数。素数はまだまだ出てくるよってことを予感させる
12 時間でおなじみ。5やその倍数に比べ、2でも3でも4でも6でも割れるという使いやすさから採用。人間の指が六本だったらなー。
13 素数。と同時に、トランプでの最大の数字。素数なので誰にも屈さない=キングというイメージがある。13の倍数だけ、11,12,14,15,16と周辺の数字の倍数に比べてきれいな形にならない。マイペースな子
14 初心者向けの2と上級者向けの7が合わさった数字。奇跡。ちょっと冷たいイメージがある。
15 2倍すると30となり、一気に扱いやすくなる。5が入っているって大きい、ということを実感させてくれる。
16 2の二乗の二乗。16進数というものもある。IT社会を支える数字と言っても過言ではないのではなかろうか。
17 来ちゃった。一桁の7さんも強かったけど、二桁の7さんである17も強い。なんたって素数。扱いづらいという事実よりも、その孤高さが魅力的に映るのが7の魔。
18 14に近い、九九の入り口の2と卒業の9の掛け合わせ。18禁は褒め言葉。
19 次の大台に行く前に来た、素数。そういえば大学生の時、友人間で19歳の誕生日を祝う言葉として「ヤラハタリーチ」があった。
20 大台。成人も20歳から。逆に考えると、大台だから大人なのかな。そう考えると雑。そういう意味では12歳を元服とした昔の人は偉大。
統計学的には、有権者=国民の半分の6200万人の偏差値は50以下ということになるのだ(投票権のない子供を含むので大雑把に)。
偏差値は正規分布の曲線を描くので、有権者の半分は50以下、半分は50以上である。
偏差値50以下の連中が、投票権という形で政治参加すること、しかもそれが有権者全体の半数を占めていること自体異常ではないか。
毎日通勤電車で東京に本社機能のある大企業のオフィスに働きに行く人間と、休日になるとワンボックスカーで地元のイオンに乗りつける人間が、同じ一票を持っている。
私たちはこれを当たり前だと思っているけど、冷静になると、やっぱりおかしい。
よく政治家が収賄やセクハラで不祥事を起こすと、その政治家自身も当然批判されるけど、「そんな政治家に投票した有権者が悪い」という批判も同じくらい上がる。
私自身も、2005年8月の郵政選挙では自民党に投票し、2009年9月の総選挙では民主党に投票した人間なので、あまり他人のことは言えないのだけど。
有権者が政治家を選んで政治を進めるというのは幻想で、実際に政治・行政を進めるのは官僚であり、政治家の権力チェックを行うのはメディアであり、国民は関係ないのかもしれないんだけど。
保育園側も近くの会社や空き地の管理会社に交渉して、250台程度の臨時駐車場を確保したらしい
「近隣の商店や集合住宅の駐車場には無断駐車禁止、門の前での送迎もご遠慮」と書いてある
そして当日の朝
ワンボックスカーが擦れちがうことができる程度の道幅に
渋滞が起きても知らぬ顔
鳴り響くクラクションに、車から引き摺り下ろされた子どもの泣き叫ぶ声
パトカーが2台近づいて来た
慌てて動こうにも、前が詰まって動かない
警察も警察で取り締まるでもなく、運転手に注意を与えるだけでその場を去って行った
園長からの挨拶ののち、一つのアナウンスがスピーカーから流れる
「保育園北側のアパート駐車場に駐車中の『◯◯-R』を大至急移動させてください」
結局、閉会式までその車は移動されることはなかった
閉会式後の帰り支度の混雑の中、園児の保護者に似つかわしくない出で立ちの男がいた
その男は息子らしき子どもの手を引き、件の車に向かい、乗り込む
あれほど注意のアナウンスがあったにも関わらず、その男は車を移動させることもなく
その子が何かをした時に、男はどんな気持ちでその子を叱るのだろう
恥や外聞、モラルやルールを超越して、全ては自らの利に忠実に行動するその男の自利主義を拡大化させると、
法律ギリギリを縫い歩き事業を成功させる実業家にたどり着くのだろう
そのくらいの面の皮の厚さがなければバカを見る
正直なだけでは損をする
しかし、罪悪感を抱えたまま子どもの溌剌とした笑顔を見ることは、僕にはできない
そんな度胸は持ち合わせていない
その男と私の関係はその日の夜の30分だけだった。援助交際というジャンルで動いたその30分で、その関係は終わる。
LGBTが流行語になるように、世の中には様々な性的指向/嗜好を持った人々が存在する。いわゆる男女交際を指す「シスヘテ」の世界に援助交際があるように、例えばLGBTの世界にも援助交際は存在する。出会い系サイトに「割り切り」の分野があるのも、もちろんシスヘテの世界だけではない。LGBT同士で、またはトラニーチェイサーと呼ばれるトランスジェンダーが好きな人向けの出合い系サイトもあり、「割り切り」も当然ある。むしろ法制度や社会的偏見により多くが結婚ができないLGBTの世界において、多くの出会いは結婚を目的としたものではなく、身体だけを目的としたものだ。
大学図書館をくたびれ果てた身体で出て、吉祥寺を徘徊して夜0時15分。待ち合わせ場所にした市街地近郊にあるバス停のガードレールで目印のヘッドフォンを首から下げて、私はこれから何をしようとしているのか考えようとした。でもそれはできなかった。これから車で来る30代の男に、自分の、18歳の、女性ホルモン剤を注射した身体を売る。トランスジェンダー向けの出合い系サイトに「舐めることくらいならできます」と書き込んだら、10時間くらいのあいだに200件くらいメールが来た。そのなかに「お小遣いありでフェラお願いしたいなぁ。プロフとか写真交換したりできますか?」と書かれたメールを見つけ、今からお会いできますか? と返信した。それがその、これから車で来る30代の男だった。
「今は家にいるのー? どこら辺に住んでるのかな?」
「××××××」
「今中野。30分くらいで着くよ」
私には恋人もいるし、性に飢えているわけではなかった。
バス停に滑り込んでくる日産のワンボックスカー。ワンボックスカーの前後には、タイムズカーシェアの黄色いステッカーが貼られている。車はバス停で停まる。車内を伺うと、男が頭をヘコヘコと下げていた。私が助手席のドアの前に立ち、ドアノブを指で指すと、男はやはり頭を下げた。
車に乗り込むと、やはりレンタカーらしかった。男は「この近所で目立たないところないかなあ」と言う。黄色の看板のタイムズの駐車場を見つけては「ここは明るいなあ」などと言って通り過ぎる。男は目ざとく一本入った先に利用者の少ない駐車場を見つけると、そこの奥に車をおいた。
「じゃあ、はじめようか。荷物前置いて。後ろ行く?」
男は前席のシートを倒し、後部座席へと移動した。私も移動する。
「キスしていい?」私は頷く。
舌を早く出し入れするだけの雑なディープキス。私の口に、男の髭が刺さる。
「興奮してるの? じゃあはじめようか」
男は私のジーンズを脱がせて、自分のボトムズも脱がせにかかる。男のそれはすでに大きくなっていて、私はそれを咥えて、舐める。口に含んで転がす。今まで恋人にされて気持ちよかったように、男のそれを刺激する。カーセックス。
「はあ、すごいなあ。本当にこれがはじめて?」
男のそれを口に咥えた状態で「うん」と言う(やればわかるが、口に入れた状態で「はい」と言うのはとても難しい)。
男はそれを私の喉にあたるような場所まで押し込もうとして、思わず吐きそうになる。
「暗くて顔が見えないなあ。今度から髪を縛るためのゴム持ってきてよ」
正直、録画されていても気が付かないと思った。
「おちんちんおいしい?」
口に咥えたまま「うん」と言うと男は
「ほーら、返事は? これが舐めたくて仕方がないんでしょ?」
車をバス停につけて、男はバス停に車を停めて、2千円を「今日のご褒美」といい私に渡す。「また連絡するね」。私が車を降り、ドアを閉めると車はバス停から去っていった。
次の日、私はその2千円を国会図書館の科研費報告書のコピーであっという間に使い果たした。今まで好きな人、本当に好きな人にしか使ったことがなかった口を2千円で売った事実は私にとても重くのしかかってしょうがない。
性被害について書かれている方がいたので、いろいろされた事を思い出してみました。
おばちゃんにも若い頃はあったのです。
車のおっさんにチンコ見せられて「ここが腫れて苦しい。助けて。」と言われる。息が荒くて本当に苦しそうで、ティッシュが欲しいというのであげた。
それとは別に後日「苦しいから介抱してほしい」という死にそうな声のおっさんに車に乗せられて手コキ&しゃぶらされた。「いいね~、上手だね~、○○ちゃんは将来いいソープ嬢になれるよ~」死ね。
この2件はたぶん同じおっさん。そこからどうやって逃げたか覚えてなくて怖い。私が悪いことをした気になってしまって、怒られる!と思ったから大人には言えなかった。
鮮明に覚えているだけで4回、車のお兄さんやおっさんに声をかけられた。
「送るから車に乗っていきなよ」
「お母さんに頼まれて迎えに来た」
「急いでるんだ!早く乗れ!」
思い返すと、社名とロゴが書いてある社用車の人もいた。子供には判断が難しかったり、道徳で教えられた「困ってる人は進んで助けよう」って良心と葛藤して、ほかの車や人が通りかかるまで涙目で断ってたからよく覚えてる。車に乗せられそうになっただけなので性被害とは言えないかも。
車でのナンパ?は必ず人気のない道で、数か月に一度ペース。嘘は嘘と理解できるようになったから断れるようになった。
通学路の近道(野原)にチンコ出した不審者。ものすごく迂回して走って逃げた。
民家も人通りもない道で突然後ろから羽交い絞めにされて、草むらに連れ込まれた。
よく声出して逃げろとか言うけど、自分より体格が良く理性のない相手が馬乗りになって口を塞がれて呼吸ができなくて、「静かにしろ。ぶっころす!」とか言われたら、命をかけて貞操を守るとか難しい。殺される恐怖のが大きかった。
ナンパ断った全然知らない男性3人にワンボックスカーに詰め込まれそうになった。
「ブスの癖に調子のんな糞が!」友人と一緒だったのと、人通りもあったから叫んで逃げた。
空いてる映画館で執拗に触ってくる爪の汚いおっさん。映画は途中で諦めて出た。
下着高いんです。
夜道で蹴ってしまった石が前を歩くおっさんの靴に当たってしまった。
「いいの?おじさんで本当にいいの?」とずんずん迫ってくるので逃げた。
両手に荷物あったし、頑張ったけど混みすぎてどの人か特定できず断念。
早朝の住宅街でチンコ丸出しのニヤニヤしたおっさんを遠目で数回見かける。
店員呼んで追い出されるまで飲み食い放題&触り放題。
私じゃないけど友達が古いデパートのトイレで隣の個室越しに上から撮影された。通報したけど逃げられた。
カラオケのバイトで酔った客に抱き付かれて耳と首をなめられた。
知っている相手からのセクハラは痴漢とは別だと思うので書いていません。
気弱そうな顔をしていて断るのも下手なので、人より少しひどい経験はしているかもしれません。
ですが、露出・ナンパからのセクハラ・触られたりとかって話なら別に珍しくありません。
大多数の普通の男性は、理性>性欲 の常識的な人たちだと理解しています。
でもごく少数だけ理性より性欲が強い動物のような人がいて、運悪くいつどこで出会うのかわかりません。
おばちゃんになった今ですら、時間をかけて慣れた人以外の男性と二人きりになるのは少し怖い。
性的魅力がゼロでも、弱い相手からは搾取してやるタイプの人はやっぱりいるので。征服欲?
男vs女の対立の話にしたがる人がよくいますけど
性犯罪者も痴漢冤罪女も両方、相手の一生を台無しにする可能性がある犯罪者ですよね。
少数の犯罪者のせいで、健全な男女の機会や信頼も奪われていると思います。迷惑。
性犯罪者は去勢されて欲しいし、冤罪女も一生かけて償う額の罰金を課されてほしい。
敵は異性じゃなくて犯罪者です。
来月田舎に引っ越すので車を買う
車には移動手段以外の価値を見出せない人間なのでコストや、運転が下手なので運転のしやすさを考えて中古の軽自動車にしようと思っている
なので性能もデザインもほとんど気にしていないのだが「DQN車」は避けたいと思っている
黒のワンボックスカー(ワンボックスというものがどういう車がよくわかってないけれど)なんかはよくDQN車だといわれるけれど
いったいどういう車がDQN車と思われるのだろうか教えて欲しい
とりあえず軽自動車の中でもマシなもの(DQNっぽくないもの)をデザインや色、もしくは具体的な車種なんかも教えていただけると嬉しい
あともしよければ車に対してまったくの無知なのでこの車がオススメというものがあれば知りたいと思う
通勤や買い物などの普段使いが目的な為コストパフォーマンス重視で
最近、地方の低学歴だけど、そこそこ幸せな「マイルドヤンキー」が話題
http://b.hatena.ne.jp/entry/diamond.jp/articles/-/48951
数週間前に、東京の湾岸マンションを渡り歩く(住まいサーフィンする)「湾岸タワマン空中移動族」が話題になったが、
「タワマン族」と「マイルドヤンキー族」の価値観が真逆な気がしてならない。
★「マイルド・ヤンキー」という概念が最近出来ている。家族の絆を重視、ネットより口コミ重視。
★東京湾岸タワーマンションの「空中移動族」とマイルドヤンキー族の生き方は真逆。
「タワマン族(とその子供)が逆にマイルドヤンキーになれるか?」といえば、能力的・生理的に「無理」だと思う。
一例:タワマン族は「虫が大嫌い」「電車が10分に1本以上来ないエリアは日本じゃないと思う」
★湾岸タワマンの空中移動族は、情報収集行為そのものが快楽。だからマンション相場をウォッチングすることそのものが趣味と化す。
タワマン族は「情報収集出来ない環境」に1日も耐えられない情報中毒。タワマン族がヤンキー族になれない所以。
ダイヤモンドにあったが、価格コムみたいな価格情報サイトの利用者は(低年収じゃなく)高年収が多いらしい。
「生活苦で止むにやまれず価格コムを使う」というより、「価格サーフィンが趣味で楽しんでる。」
★マイルドヤンキー族はなけなしのカネをワンボックスカーに使い、タワマン族は大金を住宅ローンと教育費に使う。
ワンボックスカーはマテリアルでリアルな経済価値。分かりやすい。
一方、タワマンの価格の半分以上は「土地の価値」と言う可視化できないバーチャル価値。
つまり、マイルドヤンキー族はマテリアル・リアルな価値を重視、タワマン族はバーチャル価値・先行投資を重視。
「将来が見えないから、最大限将来に備えた投資をする」のがタワマン族。タワーマンション然り、教育費然り。
一方、「将来が見えないから、見えてる今を楽しむ」のがマイルドヤンキー。
★タワマン族はネット上に顕在化した情報を収集したり加工分析するのは得意。
一方、ネット上に顕在化してない隠れた情報を見つけ出すのは大の苦手。
というか、ネット上に可視化されてない情報は、タワマン族的には存在しないことになっている。
マイルドヤンキーのカテゴライズがネット上で可視化されたのは最近。
だからタワマン族はマイルドヤンキーの存在自体を認知できなかった。
★一番の問題は、マイルドヤンキー側は「東京の城南城西湾岸に、自分たちとは違う人種が住んでいる」と自覚してるのに対し、
城南城西湾岸民側は「日本国内にマイルドヤンキーという人種が存在している」ことに無自覚なこと。
遊ぶのも柏や大宮や立川で、年収600万円の都心の仕事より、年収400万円の大宮や立川の仕事を選ぶ
しかしデベ関係者は、1都3県の若者は皆都心7区志向(勤務先もプライベートも)と固定観念で思い込んでる。
※多分野村不動産は「首都圏外縁マイルドヤンキー」の存在に気付いたんだな。それがオハナ
年収800万はある都心大企業社員がマイルドヤンキーを肌感覚で理解してなくて困る」とダイヤモンド紙上でこぼしてるが、
マイルドヤンキーを体感するなら、柏や大宮辺りをフィールドワークすれば、ある程度判ると思う。
★「エリアの中学受験率とマイルドヤンキー率は反比例する」説。
朝日新聞やNHK記者とかは、城南城西エリアに住んでるから、自身の子供も、同僚の子供も、子供の同級生も、皆受験してる。
そういう記者は「日本全国に中学受験がある」と勘違いした記事を書く。
親が同居又は近居なマイルドヤンキーエリアでは保育所不足はあまり深刻じゃないが、それを在京マスコミはあまり報じない。
北陸辺り、保育所が余りまくり、「子供の社会性を育むためには、ある程度の規模が必要」と統廃合してるのだが、
首都圏住みらしいママが「保育所が不足」と必死のツイートしてたりするが、そういうママに「北陸じゃ保育所余ってる」と
だから、「日本の少子化問題の半分は東京一極集中問題なのであって、首都圏への社会転入を社会転出へ変えるたけで、
★名古屋は「日本一のマイルドヤンキー都市」な気がする。京阪神や札幌・福岡は東京志向なのでマイルドヤンキー率低い。
出生率ワースト10自治体に、札幌・東京・京都・大阪・福岡はランクインしてるが、名古屋は入ってない。
(もっとも、皮肉なことに、可処分所得が東京の次に多いのは名古屋。つまり「高所得マイルドヤンキー都市」)
★マイルドヤンキー的生き方と湾岸タワマン的生き方、どっちが幸せなのかは悩む。
マイルドヤンキー族の子供が三木谷や孫みたく「成功」する確率は0.3%。これがタワマン族だと3%に跳ね上がる。
⇒「成功確率が10倍になるからガンバレ」と中学受験に必死になるのがタワマン族。
「タワマン族になっても、成功しない率は99.7%→97%になるだけで、誤差の範囲」と見るのがヤンキー。
どちらも正解だと思うのだが。
マンション地域と土着戸建地域の両方の児童館的な所に通っているけれど、
土着戸建地域の人々は子供の育て方に妙に自信たっぷりで安定感がある。
土着戸建地域で「うち、離乳食始めたのは遅くて7か月からなの(にこにこ)」というお母さんがいたけど、
てっきり、土着戸建地域はジジババ総出の子育てだからだろうと思っていたのだけど、大量の情報の中から常に選択する生き方を
していると自信もなくなるのかもしれない。