はてなキーワード: ローリングスとは
某医師が布マスクを備蓄に向いているというツイートをしたが、布マスクが向いている一面もありつつ総合的に考えれば向かない
というのが私の考えである。
現在韓国などでは感染症の猛威がまだ続いているが、オミクロン型の重症度は低いと言われるなど収束の兆しを見せている。
また、凶悪な呼吸器感染症の危機はH5N1などあれど、世界的規模のものは約100年前のスペイン風邪まで遡る。
世界規模にさえならなければトイレットペーパーのように一時的な流通の混乱だけで終わるため、呼吸器感染症のためのマスクを備蓄する意義は薄い。
では、マスクの備蓄が役に立つときというのは地震や水害のような災害等で局所的に流通がストップする時である。
布マスクは不織布マスクに比べフィルタ性能は落ちるものの再利用を前提としている。
また災害時ではフィルターのターゲットは塵や埃なので性能をそこまで追求せずとも良く、以下のような利点がある。
・追加の供給が少なくてすみ、他の物資の供給にリソースを使える。
ただし、この優位点は再利用するための水や空間がなければ発揮されない。
私は兵站というか物資の備蓄供給(以下兵站)を4つの要素がサイクルしているものと考えている。
※分配(調達・流通)は立場の違いで言葉が違うもので同じカテゴリとして扱っている。
災害時の備蓄は調達してから消費されまで数年かかるものと考えたほうがよく、生産も数年に一度のものを作っているということになる。
ということは生産量も少なく製造ノウハウが積み上がらないため質が低くなる。
備蓄で足りなくなって急に大量生産しようとしても、ノウハウの積み上げから始まるので質の低いものがぼちぼちできてくるだけである。
兵站のサイクルが長いものは急激な需要増に耐えられないため備蓄のスタンダードには向かないというのが私の考えだ。
そして消費されなければ問題点の洗い出しもされず、前例主義によって備蓄に向かないものが再度調達されることもある。
普段使いするものであればローリングストックでこれらはあまり問題とはならなくなる。
緊急時には「無いよりマシ」で備えるべきだと私は考える。
つまり緊急時の備えは質より量なので事態が落ち着けば質が担保されたものと置き換えて、廃棄することもセットとして考えなければならない。
そのため、廃棄費用も「政策の失敗・無駄」と考えるのではなく「緊急時における”無いよりマシ”にかかる経費」と思ったほうが良い。
体調が万全で無いときは書く気力というか
なかなか書くことが進まないわ。
豆の缶詰、
缶を開けたらそのまま食べられるタイプのやつで
もちろん缶詰のまま食べたりなんかしないけど、
豆なので素っ気ないっちゃー素っ気ないけど
食べ応えは結構あるので
ローリングストックをローリングせずに買ってきてすぐ食べるってことも可能なのよね。
どっかのSFにでも出てくるようなセリフを言ってみたくなるわけなのよ。
まあ飽きずにずっと食べ続けても平気なタイプの人なので私って、
案外宇宙時代突入でそう言ったものを食べ続けるのは得意気に得意かも知れないわ。
ヨーロッパに行ったときなんかやたら毎食豆のスープでその時は参っちゃったけど、
今になっていい想い出の豆ね!ってそう思うわ。
薄い味のスープに具が豆だけって言う、
耐え忍ぶ国民が今日もこれだよって差し出されたスープ皿にはそんな豆のスープがあって
それをただひたすら食べるシーンを思い起こしてしまうし、
必死になってきゅうりの缶詰を開けるピアノマンみたいでもあるわね。
まあそんなわけで、
日頃の食生活が荒れに荒れまくっているわけではないんだけど、
最近はと言うより、
ここんとこ2週間ぐらい豆の缶詰でもう人類それだけでいいんじゃない?って思うほどひよこ豆だし、
わざわざ
目の前にあったのよひよこ豆が。
振り向けばカエル!って言うけど
私にとっては振り向けばひよこ豆ってところね。
缶のゴミが増えまくるのが玉に瑕だわ。
ゴミの日でさ、
ここの住民はなにか強いられているのかと思われても仕方ないぐらい
そのぐらい空き缶が溜まるのよね。
ちゃんと2週間に1回来る缶のゴミの日を逃さないようにしたいものよ。
火も通さないのに美味しそうだ!って言っちゃダメなんだからね。
うふふ。
最近こちらのお店ばかりのを買って求めているけど総じて味が濃いわ。
対岸のお店まで渡って今行けないので、
早く元気になったあかつきには行くわ。
健康の尊さを感じつつ
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
あなたの言うように「はてな」で言及する人は「バカ」ばかり、なのかもしれない。
私もあなたと同じようにマスクは数百枚用意し、インフルエンザの予防注射を行ない、日頃からローリングストックを心がけているからスーパーに行列したりドラッグストアにマスクを買い求めに行ったりもしていないし、陰謀論も「アホか」と思ってるけれど、それでも「バカ」なのかもしれない、と思ってる。
あなたは『出来る事をやったら、不要に恐怖を増幅して考える必要もない。インフルエンザと変わらない』と言うけれど、私はそうは思わない、というよりは「思えない」
なぜかといえば新型コロナウイルスについて「わからないこと」があまりにも多く、そしてインフルエンザより罹患する力が強くて死亡率が高いにも関わらず「抜本的な治療法が存在しない」からなんだ。
暖かくなったら沈静化するだろう、なんて言われていた予測をあざ笑うかのように流行の中心は中国からヨーロッパ、そして全世界へと拡大しつつある。
オーストラリアでも罹患する人がいるところを見ると夏になっても下火になるかどうか分からない。
この注射をうてば治りますよ、みたいな抜本的な治療薬が開発されるのもいつになるんだろうね。
アメリカの企業が莫大な演算能力を集結して治療法を探っているという報道は聞いたけれど、実際に治療薬が開発され、私達の手に届くのが「いつ」になるのか分からない。
『ピエモンテのしあわせマダミン2』というウェブログを知っているだろうか。
Togetterを中心に話題になっているから読んだかもしれないけれど、イタリアに24年間住んでいる日本人の人が書いているリアルタイムのイタリアの状況だけれど、淡々とイタリアの現状を報告してくれている
バズった『24年暮らしてきたイタリアが、大変なことになっている。https://www.madamin2.me/2020/03/24.html』の3/2の記事にこんな文章がある。
”
自粛ムードのおかげで、北イタリアのレストランが経営難に陥っているという。
特にチャイニーズレストランは客足が激減で、一時閉店の店も多いらしい。
そんな中、一部の人たちは「大げさに騒ぎ立て、
いつも通り、好きなレストランへ行き、好きな時間を過ごそう」と宣言したり、
”
イタリアは3/2時点で『感染者数1835人 死亡52人』とこの人は投稿している。
日本の患者数は1253人死亡者数45人なので「概ね3/2のイタリアと同じくらい」だと考えて良い。かもしれない。
日本で患者数が増えないのがオリンピックやりたい人たちの陰謀なのかどうか私には分からない。
ここ数日患者数が増えてはいるけれど、検査している人の数はあまり変わらなくて、上野の病院での集団感染や「この時期」であるにも関わらず海外旅行にでかけた人たちの集団感染が患者数を押し上げている(勿論、感染経路不明の患者が多いことも知っているよ)からではないか、と思うけれど、ホントのところはよくわからない。
http://idsc.tokyo-eiken.go.jp/assets/diseases/respiratory/ncov/list.pdf?20200325
東京都が発表した予測推移に従うなら来週はもっと患者数が増えて来て更に憶測を呼んだり、ロクに調べもしないで声だけデカいアルファな人たちがギャアギャア言うんだろうなあ、と生暖かい目で見ているよ。
https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/taisaku/saigai/1007288/1007511.html
ここまでの日本はとても良く健闘してきた、と思う。
花粉症やインフルエンザなどに毎年のようにやられてきてそれなりにうがいや手洗いもしてきているし、ハグやキスの習慣もあまり無いというのも幸いしているのかもしれない。
だけれども、これから先、イタリアや欧州諸外国のような爆発的感染が起きないと誰が言えるんだろう。
「本当に」インフルエンザと同程度の危機感でいれば良いと誰に言えるんだろう。
でも、あなたの大切な家族や親友、尊敬している人があなたの「~~だろう」という正常化バイアスのせいで死んでも構わない、というならね。
ロックダウンなんかやったら経済が死ぬどころの騒ぎじゃないってのは「みんな」わかってることなんじゃないのかな。
それでもやらざるをえないのは何故だと思う?
日本は経済を可能な限り停滞させずにコロナとも向き合う為に今まで奮闘してきたけれど、どうやら抑え込むことは難しそうだという局面になっている、というのが個人的な感覚だ。
勿論、私の予想が外れて普通に生活をしていても死ぬのは老人ばかりで若い人たちは死なないで良かったですねってなる「かも」しれない。でもそんなことは誰にもわからない。
はてなのみんながバカだから外出の自粛要請が出ているのではない、くらいは想像しよう。
小池百合子が喋っているのは彼女ひとりの考えではなく、沢山の人たちが考えた結果なのだということを想像してほしい。
それでも納得がいかない、保証されなければイベントは中止出来ないというなら、それはそれで仕方ないんじゃないかな。
今、私達が遭遇していることは地震や台風以上の天変地異だということが理解出来るか出来ないかで行動が随分変わってくると思うよ。
一度大規模災害で被災してからというもの、めちゃくちゃ準備しているわけではないざそこそこ防災意識がある自分がいろいろ試して出した結論は「一人暮らしの食事備蓄はローリングストック一択」だった
五年保存水?乾パン?災害用アルファ米?そんなものをダラダラ置いておく場所など都内の貧乏ワンルームにはない ちなみに金持ちで広い部屋に住み、置く場所があるならそういった防災セットを買っておくのも手だと思う
入れ物はおすすめは無印のポリプロピレン頑丈収納ボックス大、なければ衣装ケースでもクーラーボックスでもなんでもいい
それに2リットルの水とかお茶とか普段飲んでる飲み物を3本以上、普段食べてるポテチとかせんべい、飴とか好きなお菓子を3袋以上、レンチンするご飯6パックぐらい、自分の好きな缶詰、ふりかけやインスタント味噌汁、そして最後に普段使ってる醤油、塩、砂糖をいれる
以上
で、次の日からそこのストックから出して出した分だけ買って新しくする、そうするとやたらと高い保存食など買わなくても食べ慣れた好きなものが災害時に食べられる
意識高い防災マンは青汁やら野菜ジュース、氷砂糖だのもいれればいい
被災してわかったが、いくら今の非常食は美味しくても普段食べてないものを食べてるだけで気分が落ちる 非常食を食ってるという事実が辛い
病気の時とかもある程度の備蓄があると助かるので、一気に買って来ると辛いから買い出し行く時余分を買ってゆっくり買い揃えていくといいぞ