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はてなキーワード: マージナルとは

2024-04-01

anond:20240401191221

😷マージナルなんて古(いにしえ)の少女漫画タイトル以外で使ってるひと初めてみたやで

手ごたえを手に入れるための労苦パフォーマンス

ちやほやされる、ひいきをされる、嫉妬をされない

情けは人の為ならず

情け投入量とリターン水準のRATIOが一定だと思っているうちは縄張りにおいて、マージナルながら、内部で枠内外の人を弾ける立場になんとかとどまっている証である

2023-05-02

ポーカーには明らかに強い動きとどう考えても弱い動きがある

それらを覚えるだけでいい感じに戦えるので覚えよう

当然ながらテキサスホールデム。周りの人間がどんなやつか分かるならそれは素晴らしいので、お前が全部正しい。

強い動き

コンテニュエーションベット

プリフロップでのオリジナルレイザーがフロップでもレイズで入る。100%CB打つマンでも戦えるくらい強い。相手パッシブでもアグレッシブでも問い合わせとして有効。そして何でもCBマンに対する対処結構むずかしい。ベットサイズ上級問題なので割愛ムーブとして最強クラスという話。

シンバリュベット

勝ってるハンドを持ってるときに、相手が明らかに弱いハンドを持ってたとしても付いてきちゃいそうな小さいベット。Aが落ちたときにセットとかストレートがあるならこの概念があるないで取れる額が全然違う。バリューとブラフ概念を覚えたら是非覚えてほしい。

弱い動き

ドンクベット

やりがちで弱い。相手ナッツ級でもない限り降りるスーパーロックでも意味ない。ドンクつべき時にドンク打たなくても95点と90点くらいの差しかない。打つな。

プリフロップオリジナルときレイズ額をハンドの強さで変える

マジ弱い。最悪級。わかってる人にバレたらプレミアムハンド以外全部持って行かれると思え。

マージナルハンドでのベット

半端な強さでのベットは、自分より強いハンドには付いてこられて弱いハンドには降りられる最も損をする行動。

上級者は「あいつはフィッシュ(カモ)だ」って一瞬で気づくくらい分かりやすいのに、ミスプレイって気づきにくい。

これ辞めるだけで雑魚から初級者になれる。下手したら初級者に勝ち越せる。

知らん用語が多い?対象読者じゃねえ帰れ

2023-05-01

どこへいってもなんかこうマージナルな感じ あるいは中庸派とかバランサー的な感じ まあもっとざっくりいえば大体浮いてるってこと どうしてこうなるの?

2022-11-18

anond:20221118101549

マージナルオペレーション』を連想した。

いやマジオペは「映像化は許して貰えない」状況・シチュオンパレードだけどそれらではなくて、

・元米軍人のオマルは、軍事教育過程子供兵に指一本触れず、なんらかの処置対応必要な時には同性の大人子供を呼び対処させる

日本アニメゲーム受動して育ってきた日本主人公アラタは、子供兵と普通に接触する

という対比を、オマルの態度に救われてる子供兵もいればアラタの態度に救われてる子供兵もいるだろうと想像させる描き方をしている。ところ。

国民アニメに“なりたい”(映像作品」と「シュミ性の高い(小説作品」を較べてもしょうがないけど、

ポリコレで「全面的クリーン」にされるよりは

育ち・文化環境バックボーンにした「それぞれの行動・態度に説得力がある」のを見せてくれた方がやっぱり「上手い」し「面白い」と思っちゃうよね

2022-07-02

表現の自由」についてのメモ的なもの

 下記のエントリーanond:20220701074807)で色々と書いてある点について。目下話題になっている「表現の自由」について。自分用の整理として。

1. 表現の自由とはなにか?

 目下話題の「表現の自由」は、いかなる意味表現の自由なのだろうか。それは憲法21条1項に見られるような法的なそれだろうか。それとも、憲法21条1項のようなものとは異なった何かなのだろうか。たとえば、JAなんすんが制作した『ラブライブ! サンシャイン!!』のキャラクターを利用したポスターについて、絵の内容がが性的である※1という批判があった(なお、これや宇崎ちゃん欠缺ポスター事件の余波で、赤木氏らツイッター凍結騒動があったりした。覚えているだろうか?)。

 ここで、抗議をJAなんすんが考慮して、ポスター撤回したとする。すると、「誰の」自由が「誰によって」侵害されているのだろうか。侵害者をざっくりと抗議する者として捉え(本来ツイッター批判的な言葉を言っている者、電話をかけて意見を伝える者、付和雷同していたずら電話をする者、大量の手紙を送りつける等のいやがらせをする者等を十把一絡げに全部抗議者として捉えるのは適切ではあるまいが)、被侵害者をさしあたってJAなんすんとして、JAなんすんが抗議者に対して抗議をやめる(たとえば、ツイッターで「ポスター撤回すべし」等の意見つぶやくのをやめさせる)ように請求する法的資格を有する、というのが表現の自由主張の趣旨か。

 はっきりいえば、そのような主張は法的には認められない。私人間効力の論点を見直すべきであるしか言い様がない。ここで、抗議をやめるように要求する資格があると裁判所肯定すれば、抗議者の表現裁判所(=国家機関!)が介入することになり、それこそが表現の自由侵害である。この構図において、憲法21条1項が保障する表現の自由恩恵に浴するのは抗議者の側となるだろう。目下話題の「表現の自由」は、憲法21条1項とは異なる問題であると解するのが相当である・・・のだろう。

2. 規制概念

 元々のエントリーでは次のような言明がある。

言いたかったのは、フェミニストあくまで「女性実質的表現言論の自由を高めるための環境づくり」を目指しているのであって、「表現規制派」というレッテル貼りは間違いだということ。フェミニストリベラル派が目指すのは、あらゆる階級属性の人が等しく表現の自由行使できる社会だ。

 これに対するブコメはこう言っている。

preciar おまえ等がぶっ叩いてきた作品ほとんどが女性の手になる物である時点で、ただの妄想というか開き直りしかない/そもそも平等のために表現規制しろと言う主張が「規制派」でなくてなんだ?恥に加えて知恵も無い

 後段の「そもそも平等のために表現規制しろと言う主張が「規制派」でなくてなんだ」という部分に注目したい。再びポスターを題材とする。「規制」という言葉を使うのは公権力ではないか不適切のように思うけれども、例のポスターに対する抗議は、ポスター掲示することを抑制しようとする意図を有し、ある一つの表現を抑圧する行動である、という部分を問題として切り出すことにしよう。ここで想起するべきなのは表現すべてがまったく自由(というより、放縦のまま)とされることなどあり得ないということである。たとえば名誉毀損的な言動は認められない。名誉毀損言動をしている者を叱りつければ、それは一つの表現の抑圧には違いない。しかし、名誉毀損をされないというのも重要利益であり、自己表現利益と考量される対象となる(そうならないという人はいないだろう)。プライバシーも同様であるノンフィクション『逆転』事件を想起すれば良い。前科実名暴露されない利益を重視する見地から、『逆転』における表現抑制されている(この事件では、慰謝料請求裁判所が認めているから、公権力による「規制」ですらある!)。プライバシー保護のために表現抑制するべきであるという主張は「規制派」であろうか。

 名誉毀損プライバシーは具体的な個人利益問題となっているが、女性蔑視の問題はそうではないと思うかもしれない。しかし、番組準則のように、社会に薄く広く広がる利益保護(たとえば、放送番組政治的公平性)を保護するために、表現抑制する(番組編集準則であれば、放送局の自由)ということは、そうおかしな話ではない(なお、憲法学では、番組準則は、それへの違反総務大臣による放送免許の取消原因になり得る等の効果もつ限りで違憲であるとしている。)。たとえば、大阪府知事大阪市長橋下徹トーク番組に対して、政治的に公平ではないという批判は、無論番組作りを抑制する可能性がある。実際、激しい批判を浴びて、大阪毎日放送社内調査を行って検証したのである。これも「平等のために表現規制しろと言う主張」だから規制派」となるのだろうか?それはそれで一貫した立場ではある。それこそ「知恵も無い」と思うが。

 なお、念のためにいえば、プライバシー名誉権も日本国憲法は明文で保障していない。そのような利益であっても、憲法21条保障する表現の自由にとっての対抗利益となることができる。憲法の明文で保障されていない権利表現の自由の対抗利益になり得ないという考え方は、畢竟独自見解に過ぎない。

3. 「表現の自由」は個別的特殊的な権益なのか?

 ここからは元のエントリーとの関連性は薄くなる。

 選挙において「表現の自由」を掲げる政治家がいる。彼らの問題意識は極めて偏頗ではないか日本表現の自由をめぐる問題状況は深刻なものがある。ところが、こと選挙で「表現の自由」を旗印にする者の言動を見ていると、選挙運動の規制公務員政治的意見表明やストの広範な禁止放送資源の分配問題政府情報保全・公開等々、様々な形で存在しているはずの問題状況が捨象されて、取り上げられているのは「マンガアニメ」の自由ということになっている。また、「アニメマンガ」だけを対象にしても、取り組む分野が偏っているのではないか。たとえば、これ(https://twitter.com/KenAkamatsu/status/1542366137979400193)には『国が燃える事件が入っていないが、右翼の抗議は免罪されているのか。あるいは、最近の『「神様」のいる家で育ちました』も入っていないが、宗教団体からの抗議は免罪されているのか。上記は、批判としてはマージナルかもしれない(忘れていただけかもしれない)が、刑法175条の廃止等(ポルノ合法化;「有害図書販売規制廃止ないし合理化)を公約に入れていないのはどうしたことか。

 「表現の自由」を掲げる政治家言動を観察していると、一つ気づくことがある。彼らは、表現の自由抑制している制定法を改廃するのではなく、規制対象外となるように関係機関に働きかけを行って「免除」(制定法の外部で活動しているのだからお目こぼしに近い)するという活動に主眼を置いているようである。念のためにいえば、そういった活動政治家が行うこと自体は奇妙なことではない。問題は、「表現の自由」といった一般的普遍的権利を掲げながら、規制廃止を唱えるよりも、特定表現に限って規制免除するように(制定法の改廃ではなく)法執行機関に働きかけをしていることである※4。取締当局に働きかけをして有利な方針を引き出すという方向性は、自由にとって脅威であることに変わりはない。結局、働きかけをする人物意向によって「自由」の内実が左右されることになるからである。「免除」の仕組みを動かす人物特定出版社特定作品群を代表している場合、その他の出版社表現には「免除」を拒否するという形で脅威となる可能性が存在し続ける。政治家言動ナイーブに受け止めてはいけない。

 なお、私は実は「アニメマンガ」の中の特定作品群のみを対象とした偏頗な政治運動自体けしからんというつもりはない※5。しかし、「表現の自由」という看板は下ろしてもらいたい。

4. 「エロ」の規制をめぐって

 「表現の自由」を掲げる政治家ないしツイッターアカウントを見ていると、「エロ(・グロナンセンス)」の自由を重視しているような印象がある。こういった表現一般について、公権力の介入を排除する防御権があるのは当然だ、という前提があるような気がする。しかし、「わいせつ(obscenity)」にあたる言論憲法上の権利として保護されないはずである憲法上の権利として保護されないということは、内容規制をしても合憲であるということになる。日本最高裁の考え方もそうであろう:

なお性一般に関する社会通念が時と所とによつて同一でなく、同一の社会においても変遷があることである現代社会においては例えば以前には展覧が許されなかつたような絵画彫刻のごときものも陳列され、また出版が認められなかつたような小説も公刊されて一般に異とされないのである。また現在男女の交際男女共学について広く自由が認められるようになり、その結果両性に関する伝統観念修正要求されるにいたつた。つまり往昔存在していたタブー漸次姿を消しつつあることは事実であるしかし性に関するかような社会通念の変化が存在しま現在かような変化が行われつつあるにかかわらず、超ゆべからざる限界としていずれの社会においても認められまた一般的に守られている規範存在することも否定できない。それは前に述べた性行為非公然性の原則である。この点に関する限り、以前に猥褻とされていたもの今日ではもはや一般猥褻と認められなくなつたといえるほど著るしい社会通念の変化は認められないのである。かりに一歩譲つて相当多数の国民層の倫理的感覚麻痺しており、真に猥褻もの猥褻と認めないとしても、裁判所良識をそなえた健全人間観念である社会通念の規範に従つて、社会道徳的頽廃から守らなければならない。けだし法と裁判とは社会現実を必ずしも常に肯定するものではなく、病弊堕落に対して批判的態度を以て臨み、臨床医役割を演じなければならぬのである

最大判1957(昭和32)年3月13日 刑集11巻3号997頁:チャタレイ夫人の恋人事件

エロ」の自由擁護していくとなると、「保護されない言論」の判例法理桎梏いかに除去していくかを考えるべきであろう。スウェーデンではポルノ出版自由対象とされていることに注意する必要がある。スウェーデン憲法典の一部を構成する出版自由に関する法律は、出版自由制限できる場合限定列挙する。児童ポルノ出版自由制限できる場合に挙げられている※6が、ポルノ一般は挙げられていない。他方で日本の状況を考えてみよう。もはや何の修正もなく『チャタレイ夫人の恋人』は出版されているが、刑法175条自体は生きている。最高裁判例を変更していない。捜査機関取締り方針を変更すれば、刑法175条でもって再び刑事罰が科されるであろう。他の成人向けのアダルトビデオにしても、マンガにしてもアニメにしても同様である一般に「エロ」の表現の自由を目指していきたいのであれば、少なくとも刑法175条を廃止しなければならないはずであるしかし、この最大の桎梏存在認識していない者も少なくないように思う。もしかすると、このような規制状況はもはや動かしがたいので、所与としなければならないと考え、より低い脅威度のものを優先しているのかもしれない。あるいは、彼らが取り組んでいる「マンガアニメ」は実は「わいせつ」にあたらない物件のみで、ハード・コア・ポルノ的な「マンガアニメ」は眼中にないのかもしれない。しかし、それでは『チャタレイ夫人の恋人』や『悪徳の栄え』、あるいは『蜜室』に取り組んだ人々と比べてあまりにチャチな取り組みだと思う。

 丸山眞男を引き合いに出すまでもなく、日本人は既成事実に弱いと指摘される。いったん規制されると大変だから規制される前に対処する政治家必要であるという言い分を聞くが、既成事実に屈服して「一端規制されると大変」な状況を強化しているのは誰なのだろうか。

※1 ここで「性的」として批判されているのは、単に裸体だとか性器描写されているという意味ではなく、ほぼ女性蔑視的という意味に等しいことに注意するべきである

※2 書いているうちに思ったが、リュート判決の構図に似ている。

※3 スウェーデンなどの欧州諸国ではポルノ合法化されている。スウェーデン等で購入したヌード写真集日本に輸入して税関検閲に引っかかる、というのが税関検閲事件の流れだ。

※4 なお、児童ポルノ禁止から創作物を除去せよとの主張は、一般的規制問題として評価できよう。

※5 むしろ出版社利益を守るためと考えれば、個別出版について規制お目こぼししてもらう活動大事だろう。だが、あくま出版社権益であり、表現の自由という共通財の問題ではない。

※6 日本出版されている成人向けマンガイラスト児童ポルノにあたるかと言った事件があったのだが、スウェーデン最高裁マンガ表現形態に十分配慮した判断を行っている(NJA 2012 s. 400. 翻訳もある。外国立法255号[2013年]223頁)。このような判断日本最高裁がするかというと、全然しないだろう。

2021-03-06

マージナル・オペレーション改 02

読了積読消化中

チョロい。ジブリール、チョロい。

相変わらずアラタは無自覚チート

マージナルになってまいりました

あとがきより次巻から伏線回収とのこと、わくわく

どんどんよんでくよー

2019-01-28

大坂なおみ言語表現

俺は田舎に住んでるから頻度は少ないのかもしれないけれど、

もう、日本語英語か、あるいは他の言語か、みたいな解りやす腑分けじゃなくてもいいのかもい知らないと思った。

ちゃんぽんで話すし、ちゃんぽんちゃんぽんと思わない人も出てくることだろう。

スキー場リフトとかでたまたま一緒になった外国人と「適当」なちゃんぽん言語で会話するような、そんな社会が来るんだろう。

もちろん日本語の変化や固有性の経過は記録されていくべきだけど、もっとマージナルな世の中になっていく。

もう都会とか日本人観光客の多いところではなっているのかもしれないけれども。

2018-12-24

恋愛経験があるけど喪を名乗る女です

※ この私見はすべて、twitter上で喪女と名乗ることについてに限定したものです。


10日くらいに、新しいtwitterアカウントを作った。リア垢オタ垢美容アカ勉強アカ裏垢… いろんな種類と界隈を選べるtwitter世界で、わたしは新しいアカウントで、恋活界隈に片足を、そして喪女界隈に片足をつっこむことにした。


ウィキペディアで“喪女定義”という項目を見ると、4つの条件が明記されている。①交際経験が皆無 ②告白されたことが無い ③純潔である(処女) ④恋愛感情をもたれたことが無い

これと同時に、「誰が喪女を名乗ることを許されるのか」という論争も触れられている。

ここで論点となるのが、「ネ喪」の存在だ。ネ喪とは、上記つの条件を全て満たしていないが故に、本来喪女を名乗ることが出来ない女性たちだ。しかし、それにも関わらず喪女自称する場合にはネ喪だとカテゴライズされる。


この定義に沿えば、わたしはネ喪である

つの条件のうち満たしているのは「純潔(処女)である」というものだけで、彼氏過去ふたりいて、告白は片手ぶんの男性にされ、これらから予想するに恋愛感情を持たれていた。しかし、喪女自称している。

新しいアカウントを作るより前から喪女定義についての論争が絶えないことを知っていたので、bio欄には“セカンド喪女”と書いた。手前味噌だが、なかなか良いと思う。

わたしは9年前を最後彼氏がおらず、最後告白されたのが8年前で、それゆえ8年前から恋愛感情を抱かれたと確信したことはない。


わたしとしては正直、自分喪女だろうがネ喪だろうがセカンド喪女だろうがどうでもいい。酷く綺麗事のように聞こえるだろうが、わたしわたしからだ。

しかし、わたしのなかで渦巻く感情を、同じような感情を持つ人と共有したい。


わたしは、8年間男性に選ばれない人生を過ごしてきた。それが9年、10年…と続いていくであろうことも、ぼんやりと予感している。

そういうことの辛さだったり、鬱憤開き直りを共有できる女性かどうかは、“喪女定義”を満たしているか否かでは測ることができない。したがってわたしは、ツイート言葉とそこに現れる感情を読み取って、フォローをする。いいねをする。

自分のbioにセカンド喪女と書くのは、自分の状況を誰にでもある程度まで察させる言葉だと思うからであるしかし、ツイートでは自分形容するのに喪女という言葉を使う。セカンド喪女という言葉自作であり、また文字数観点から喪女という言葉を用いるのがいちばん便利だからだ。

いちツイートを切り取ってみれば、わたしがbioでセカンド喪女自称していることは意味をなさず、わたしは分かりやすいネ喪となる。わたしツイートは、そういった意図の有無に関わらず、冷やかしやマウンティングだと捉えられる。


それが、人を傷つけているのだという。

理解はできる。

しかし、ネ喪は常に一方的加害者なのか?


ある特定の条件を満たす人たちを名付けるという行為は、「わたしたち」と「あのひとたち」を明確にすることであるわたしは考えている。強い言葉を使うと、分断だ。

この行為には往々にして、「本当の〇〇とは何か」という論争がつきまとう。本当の日本人とは?本当のファンとは?本当の喪女とは?

「本当」を自称できる人々は、強い。揺るぎないアイデンティティと、言葉から香る正当性に支えられるからだ。自然と人々のあいだの団結も強まる。故に「本当」の人々は、さらに声高にその根拠を叫ぶことができる。

一方で、マージナル位置存在する人々はそうはいかない。意見感情を主張する前に、そのアイデンティティを確かにすることに注力しないといけないかである。「本当」の人々の揺るぎなさと相対的な弱さに、どうにもならない焦燥を覚えたり、傷つくこともある。


わたし個人的意見としては、そこで停滞していたくないのだ。ラベリングカテゴライズを飛び越えて、感情を共有したい。

そう考えている人は、少ないだろうか?


冷やかしやマウンティングのために、心にもない理解同意ポーズを取るのは論外である。心が貧しい。

しかし同時に、強者立場を利用して分断の線をはっきりと引くのも、同じくらい受け入れ難いことだ。


喪女自称する人々は、自分のことをある種の弱者だと自虐することや、恋愛経験がある人を強者とみなすことが多い。これは「本物」と「マージナル」の強者弱者関係とは全く逆で、それゆえにこの「強者」の構造が見えづらくなっている部分があるはずだ。


なんだかとりとめのない文章になってしまったが、わたしが感じているのは「ラベリングではなく、その考え方や抱いている感情相手と向き合うほうが心地いいのではないか?」という簡単なことだ。


新参者わたしが、長く続く論争に注ぐのは油でも水でもないはずである

これを読んでくださった方が、こういう考えの人もいるのだと知ってくれるのであれば嬉しく思う。

2018-10-04

擬音語を重ねるの好き

キズナアイのネバーエンディング~の動画説明で、

謎の体当たりさんの餌にならないように暗がりを移動するキズナアイ・・・

しかし、ちょっとした操作ミスで、がぶがぶされ続けるのであった!

もーこのがぶがぶってのがかわいすぎる!!文章ですらキューンと萌える!!

マージナルオペレーションでぽかぽかモンスターってのが出てきたけどあれも文章ですら萌えた!

ぽかぽかとかがぶがぶってのほんとかわいくて好きな表現

2018-10-02

[]マージナルオペレーション

マンガ全部読んで先が気になったから続きを原作読んだ

空白の1年とF,F2、それから改4まで

マンガよりもコメディーさがだいぶ抑えられてる

マンガはほんとうまくやってるなと

短編面白かったなあ

改になってからはなんとなくイマイチ・・・

まあオマケというか延長線みたいな感じだからしょうがないけど

ジブリールのぽかぽかモンスターっていうかわいいのが見れたからまあそれだけでもいいけど

それにしても下手にぐぐらなきゃよかったなあ

なんかのゲームでマジオペコラボとかやってたらしくてそれいわくマジオペも芝村世界観の一部って判明してうんざりしちゃったか・・・

2018-09-21

[]GROUNDLESS 1〜3巻

はい好き!!

最初は、SF要素は??と思ったけど、そういうの関係なく面白い!!

これ薦めてくれた人、ツボをつく天才かな?

しかワールドトリガーとかマージナルオペレーションみはある。

登場人物とか勢力分布とか地形とか把握が大変だけど、なんとなくで読んでも面白いし、多分、ちゃんと読むともっと面白い

ヒゲ差別主義者のおっさんが良かった。

訓練では狙撃ダメダメ無双、とか、穀倉地帯接収作戦ピンチ増援、とか、フリが上手い感じがする。

あと、好きとか嫌いとかいう話ではないけど、俯瞰というか、天井カメラがついてる感じの絵が多い気がする。

多分、近いうちに4巻以降も買う。

2018-09-15

[]GUNSLINGER GIRL 1〜3巻

ブコメトラバで薦められた漫画小説で、全く読んだことないのを一個ずつ読んでいく。

無理して読んでもしょうがないので、冒頭だけ読んで、合わないと感じたら読むのをやめる。

最初は、GUNSLINGER GIRLの1〜3巻。

どこかですごく批判されてたのを見て、なんとなく読まないで来てしまった漫画

悲惨な状況にいる子ども戦闘に使うってところは、マージナルオペレーションと似てる感じ。

条件付けとかがあるので、より設定が重い。

いまのところ、全体としては好き。

女の子が銃持って戦うの、かっこよくて良いよね。

(不死の猟犬とか、デストロ246とか、バイオレンスアクションとか)

読むのにややエネルギーがいるので、一気には読めないけど、多分そのうち全巻買う。

anond:20180913204752

2014-02-13

恋と社会チョコレート

 毎年、バレンタインが巡ってくると、コンビニで働いていた時のことを思い出す。

 コンビニバレンタインチョコが一番売れる時期はいつかご存知だろうか?

 一週間前、五日前、三日前、イブ

 答えは二月十四日の朝。

 殺気立ったOLガバリと棚からチョコをひったくってレジに持ってくる。

   私「レジ袋にお入れしますか?」

   OL「いい、そのままで!」

 当たり前だ。チョココンビニ袋に包まれてたらゲンナリするわ。

 この愛というより、憎しみがこもった義理チョコを、職場のオッサンがもらって食べるのだ。

 ホワイトデー、オッサンは3〜5割マシマシでお返しをしなきゃならない。ショボイと沽券に関わる。

 チョコをもらう方もあげる方も、誰一人としてハッピーにならない。

 いったい、バレンタインとは誰が得するイベントなのだろうか。あぁ、製菓会社か。

 この資本主義の狂騒には後日談がある。

 早くも十四日の昼には、チョコ投げ売りが始まる。後日じゃなくて当日だな。

 この爆安チョコを買う層がなんとも香ばしい

 あんまり可愛くない女の子や昼から酒を呑んでいる赤ら顔のオッサン、垢抜けない感じの青年などが買っていく。

 チョコとカネの殴り合いが終わると、こぼれ落ちた愛の欠片というか、社会の澱とでも言うべき売れ残りチョコ弱者に“再配分”されるのだ。

 朝の一事だけ見ると、社会は酷く不条理に見える。

 しかし、マージナルな人々の落ち穂拾いも含めれば、存外社会というものはうまく出来ているのかもしれない。

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