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2017-04-21

80を超える祖母とうまくやっていけない


自分は、大学生自分祖母と一緒に住んでいる。

平日週五で大学に通っている。一緒に住んでいる祖母脳梗塞を一度患い、

言語障害がある状態比較ボケてはいなかったのだけどボケも始まってきている。



一緒に住み始めてのころは買い物行ってきてーと言われて行ったりしてたんだけど、

しばらくして、ベッドから二・三歩のトイレまで歩けなくなり転倒をするほど悪化した。



結局入院をすることになったが、一ヶ月で退院できた。

体に異常があるのではなくて、日常的な運動が少なくて再発すると医師に言われたので、

家族デイサービスを探して週五回(平日5日)運動するようにしようとみんなで決めた。



ただ、やはり週五回のリハビリ自由がかなりなくなってしまうので本人はかなり苦痛らしくしばしば休んでいた。

それでもなんとか週四回ぐらい行くように話をしていたし、退院してから治らないと嘆いているのを見ていられなくて、

公園リハビリに一時間連れ出したりしていた。

本人は嫌がったんだけど良くならないと嘆いていたデイサービスのほうで

初めて下肢筋力がついてきたと報告されて効果が出始めたんだな…と思っていたし、本人にもそう話してはいた。



ただ、リハビリデイサービスをこなすのは相当しんどいようでものすごい暴言を言われてしまった。

効果が出れば少しでも減らせると思ったのだが、話しても伝わらなくなっていった。

その後、言われたことに耐えられなくなってしまったので実家に戻った。

一ヶ月ほど自分が家を空けたがその時は週三回しか行かなかったみたいだった。



帰れと繰り返し言われたので、帰るからと言って準備をし、

これ以上はお互いのためにならないから一旦帰るねと冷静に伝えたが、

さっさと帰れという素振りを見せるだけで話を聞いてはくれなかった。



その後に母とデイサービスの視察にまた行き、細かくどれくらいの距離をやってるのかを記録して欲しいとお願いしにいったり、

風呂が狭くて嫌だと聞いていたので別の所に行けないか?と自分と母とケアマネージャーと話をしたりした。

その間も、しばらく帰らない方がお互いの関係のためでもあるし、自分の体は自分が一番わかっていて管理ができているというのが口癖だったので

しばらく経過を見ておこうと思っていたので二週間ほど戻らなかった。



その後、母と一緒に祖母の元に行く機会があったのだけど早く戻っておいでと言われた。

その時に、以前の暴言を言われたことを忘れられないのでもうしばらく戻らないと一度断ったが、

それから二週間後に新学期を迎える時期に戻ることになって



その時にお互いに尊重しよう、酷いことお互いに言わないようにしよう、週4回とりあえず行って少しずつ減らしていこうと話をした。

お互い納得の上生活してたんだけど、自分大学が始まってバタバタし始めた。



帰ってきて行ってるかどうか忙しくて聞けなかった。

月曜日は行ったのだけど、こけてあざができたらしく火曜日水曜日と休んでいたので

木曜日は行くように話をした。しかし、デイサービスの人が迎えに来なかった。



落ち着いてなぜ木曜日に行けなかったかを聞いたら、

ヒステリックになりながら何故かわからないわたしが知りたいと言ったのだけど後々調べてみると

こけてあざができたから今週は行かないと電話をしていたというのを後で聞いた。

金曜日はなんとか行ってくれたけど、週二回になってしまった。



今まで、祖母に寝たきりになって欲しくないし、入院の時はずっと弱気なことを言っていたので入院もしないようにと思ってきた。

ただ、何を言っても用事がある、血尿が出た、腎臓の石が痛い

(血尿入院していたときに一度だけで二度病院に車に乗せて行っている。

腎臓の石は年による小さいのがたくさんあって、直ちに問題はないとのことだった。)

と言って休み、それを言うとお前たちに言われたくないやここを往復している(狭い家の中を数回)と言うだけで全く聞いてくれなかった。



困り果てていたのですが、衰えを実感したのか話を聞いてくれる傾向が出てきていた。

そこで話をして母とも連携し、お風呂を変える、ヘルパー(家事をやってくれる家政婦さん)を週一回呼ぶという話が進み始めた。

その矢先に気が大きくなったのか私のことをグチグチと言ったり、行かないと駄目だよという言葉反論しだしたりして正直困り果てている。



祖母負担が大きいのは理解しようと努めていますし、大学にも毎日通っている。しかし、落ち着いてから仕事をしようと考えていても

仕事をしないことをなじられたりすることに関してはやはり納得が行かない。

効果がないとデイサービスに関して文句を私に言うのですが、その割には他のデイサービス体験や話を熱心に聞いたりもせずなのでこちらも

口調が荒くなって喧嘩になってしまう。



母はもう言わなくていいよ。自分しんどいことと嫌われる役をやるからと言ってくれるのですが一緒に食事する際にずっと愚痴を聞かされてしま

リハビリに行かないのでどうしても話をせざるを得ない状況が続いている。



どうしたらうまくやっていけるでしょうか。正直2日に一回ほど1時間話をしたりして疲弊しています

言ってもわからないので入院して歩行が回復してから戻ってきてもらうのが最善策なのかなとも思っています



アドバイスを頂けると嬉しいです。



追記 2017/04/22 4:39

もう見てる方いないとは思いますコメントブックマークありがとうございました。

しんどいなと感じていたので助かりました。


コメントに関して


親に任せて親の愚痴を聞いてあげるのがベストだね → はい言葉はきついですが言ってることは正論だなぁと。



最善策 → 自分は母と意見交換しますが自分意見100%通るわけでも何でもないので勝手に思ってるだけですね。



親が無能自分よりはるかに立ち回りと関係性作りがうまく、自分とは考えのプロセスなども違うので正直ものすごく尊敬しています

後々、母の言葉を思い返してみると祖母との関係などに関しても適切な視点対処策打ってるので自分とは比較にならないです。

まだ中学生兄弟関係が冷え込んだ父がいるので少しでも母の力になれたらいいなと思ったのですが、

自分が何かしても力になれないどころかこじれさせてしまうだけかもしれません。



悪化した時点で気づいてあげるべきだった → 本当にそのとおりなのですが、悪化し始めたときに気づくのって難しいと思うんですよね。

自分専門家でもないですし、祖母病気も全ては把握できていませんでしたし。



80代とうまくやっていける大学生の方が普通じゃねーわ 生きた時代が違いすぎるやん → ほんとにそうなんですよね。話題が乏しくなって愚痴を言ってたのかなぁとも考えています

id:aoi-sora ありがとうございます。認めてもらえたのは率直にありがたいなと。

id:takamurasachi 施設入所はかなり現実的になりつつありますはい自分人生優先で行きます

2017-03-31

40代無資格転職活動してみたよ 11

普通免許が役に立つ職業ということで生協ドライバー求人に応募をした。

 

この手の常に求人が出ているものレスポンスが早い。

応募を出したのは夜で、翌日朝には面接日を決める電話が入り、その次の日に面接だった。

 

最寄りの配送センターは自宅から車で30分ほどの距離

事務所の来客室には配送エリアの大きな地図が貼られており、そこには「ここは駐車禁止!」や「駐車による苦情あり。注意!」のほか

「このお宅には二度と勧誘に来るなと怒られました」などの注意書きが書き込んであり、配送業界の裏側を見た気がして面白かった。

 

 

配送センター長の話では基本給は18万円ほど。それにプラスされる形で一日の配送が60件を超えたら、超えた数によってインセンティブが発生。

配達員の平均給与は28-30万ぐらいだという。

勤務時間は7時の荷物積み込みからまり、終わりは19時頃。配達自体は早い人で14時には終わるが、配送が終わっても事務作業があり

そこで時間がかかるらしい。

 

私の家庭事情を考えると、18時に帰りたいのであれば恐らく配送は60件を超えず基本給のみの支給になると言われた。

安くても子供との時間を取るか、配達件数を稼いで収入アップを目指すか貴方次第。ドライバーは常に不足しているのですぐに入社できると。

 

「すぐに入社できる」という言葉に心が揺れた。しかし当分は給与は低いままだろう。

もしドライバーを目指すならもう一度連絡を下さい。二次面接に移ります」と言われ配送センターを後にした。

 

 

 

デザイナーを辞めるのであれば色々な業種の話を聞き、働きたいと思える職種に就こうと、キーワードに「無資格」を入れ求人を見てまわる。

 

次に気になったのは浄水プラント管理業務。未経験でも働く事が出来、経験年数に応じて資格を得ることも可能だという。

私の電話に出てくれた採用担当の方はとても良い方で、40代・未経験無資格の私の質問に親切に答えてくれた。

ただ24時間管理という業務上、どうしても夜勤が発生するという。

1日目 9-18時、2日目 18-9時、3日目は休みというサイクルで回して行くとのこと。

土曜・日曜、正月関係ない、水が止まったら皆さん困ってしまますからね、このサイクルは厳守です。それでも良ければ是非と。

 

 

そして電気工事士

ここも未経験無資格な者でも受け入れてくれる会社が多い業種だった。

休みは日曜のみ。給与無資格者は18万ほど。夜間の作業もあるし遠方・高所の作業もある。

現場が遠い場合は早朝に集合し会社に戻ってくるのは夜になるという。

 

 

電気工事士に似た業種でエレベーターメンテナンス業務

こちらはメーカー専門のメンテナンス員と「どのメーカーでもメンテします」という独立系との2つに分かれる。

 

無資格の私が勤められるのは独立系会社入社したら3か月は座学や社内にある実機演習で知識を詰め込み、後は先輩に同行しお手伝い。

働く場所は屋内とはい危険作業なので、知識経験もない者はエレベーター内に入る事すら許されないという。

資格が取得できる経験年数は6年。資格を持っていなくてもメンテは出来るが、試験合格すれば独立個人事業主として人を雇える立場になるらしい。

6年後だとほぼ50歳ではあるが、体が動く限り現場仕事は出来るので一生もの技術と言っていた。

 

資格を持つ人の数は6万人ぐらい。その中で今でも現場で働いている人数は4万人ほど。この人数で日本中エレベーター管理しているので

貴重な資格であるのは間違いない。

ただデパートエレベーターメンテなど、閉店から翌朝までに作業しないといけないので夜中の招集もあり得るし、

大きな災害時は避難よりも復旧を優先せざるを得ないので現場に向かわなければならない。

面接の方は「私も子供いるから解るけど、危険だし災害時に家族の元へ帰れないし、自分父子家庭だったら選ばない仕事だね」と正直に言ってくれた。 

 

 

 

そして常に人材が不足しており、無資格でも資格取得のスクール代を出してくれる売り手市場鉄板介護業務

最短でひと月程度の期間で取得できる初任者研修さえ取れば、即働く事の出来る、最後はここ頼みになる業種。

高齢者施設からデイサービスまで勤務場所は幅広く、施設夜勤で稼ぐことも出来れば、日勤のみのデイサービス規則正しい働き方も出来る。

 

現場経験を積むことにより、これからも増えるであろう施設管理者センター長、ケアマネージャーなどのキャリアアップも確実に用意されている。

高齢者高齢者介護する時代はもうすぐと言われているが、これも体が元気であれば60過ぎでも働ける業種だ。

 

 

 

デザイナー以外の業種で私が働く事の出来そうなものはこんな感じだった。

 

 

 

次回は何となくだが敬遠してしまっていた、ハローワークへ通うの回。

そこでも色々は発見があった。

2017-03-02

愛知県豊橋市大岩町二川病院

 今日、2017年3月2日に、愛知県豊橋市大岩町二川病院受診拒否されました。私の高齢家族が、胃カメラ検査を受けた後で、採血して検査すると言われたので

「下らない検査必要無い」と拒否したら、院長先生に、「病院方針に従えないなら来なくていい」とか言われて、受診拒否されました。

採血して血液検査しても、血糖値が少し高かったとか言われるだけで、新しく薬を処方される訳でもなくて、検査代金と時間無駄なのに。

 前にも、ほとんど何の説明も無く勝手に、尿検査血液検査されて、少しタンパクの数値が高いとか言われるだけだったので、明らかに違法診療です。

後で、ケアマネージャーさんから電話が来て、他の病院紹介状無しで行くと法律改正で高い初診料を払わされるとか聞いたけど仕方ないです。

だいたい、この二川病院は、前から、うっとうしいです。少し前に私が、同じ病気で他の病院に行ったら、初診料や薬代とか全部高くて、明らかに、ぼったくり病院だし。

 去年の9月頃までは、私の付き添い無しに、私の高齢家族が1人で通院していたので、目薬が、有り余ってて無駄だし。下らない検査は、され放題で。無駄検査代金を払わされていました。

去年の9月に圧迫骨折入院した時には、車椅子に乗るだけで疲れるのに、整形外科医の指示で無理矢理30分以上も昼食に、車椅子座わらされて虐待されたし。

 二川病院デイケアサービスは、入浴目的で週に1回で良いのに、整形外科医の勝手な指示で、週に3回も行かされて、1回2000円以上で月に2万4千円以上も払わされたし。

デイケアサービス職員は、下らない事で電話してくるし、朝のお迎えは、早い時は9時頃に来たし、9時50分過ぎに遅くなっても電話を寄こさなかったし。

 何年か前には、整形外科の診察室に、脱いだ衣類を置くかごが無くて、検査器具用の所に置かされたりして不衛生で、受付で言っても無視されて、豊橋市の緊急医に指定されてたので

豊橋市役所ホームページから通報したら改善したけど、遅すぎだし。

 今日なんか、平日の午前中なのに、患者さんは、ほんの数人で、職員の方が人数が多くて、他の患者さんから敬遠されてるのは明らかだし。

こんな受診拒否するような迷惑で、うっとうしい二川病院は、とっとと、つぶれてしまえ!

2017-02-28

酔っぱらったカーチャンの語った半生がなんか割と大変そうだった

田舎の家に生まれ高校生の頃に祖母が出て行って両親が離婚した。

自立心が強く後にフェミ活動家とか市民活動とかにのめり込む祖母は常に自身人生の充実を探求しており、子育てにはまるで興味がなかった。

祖父母ともに気性が激しかったため怒鳴りあい殴り合いのケンカも頻繁にあって、

母の妹である叔母はグレにグレていたらしいので、話を聞く限り色々と機能不全な家族だったようだ。



高校卒業後、東京美大を目指して東京で絵の予備校に通っていたらしいが、田舎娘ゆえに警戒心が薄かったのか、電車毎日のように痴漢に遭いまくって、

乗る電車を変えたりしても別の痴漢に狙われるなどして解決せず、最後には恐怖で部屋から一歩も出られなくなり、予備校に通えなくなって半年もたずに帰郷

その後地方芸大に入って絵を描いたりしていたらしい。



卒業後、ファッションビル雑貨店に勤務。ポップとか描いていたそうだ。

恐らくこの頃にライブハウス飲み屋で父と知り合い、結婚し、バブルがはじけるころに俺を生む。

父の家は観光地食堂をしていたので、嫁なら当然ということで毎日無償労働

父が家に入れる分以外の収入は一切なく、雑貨店勤務時代の貯蓄を切り崩しながら生活

父方の祖父母は年金なんか馬鹿の払うものだという考えの持ち主だったため、10年近く無年金

父方祖父アル中で手が動かなくなってきていつ引退するかわからない状況になり始めるが、父が一向に調理師免許を取得しようとしないため、

営業許可に関わるので念のため父と相談して母が先に取得したところ、代々続く店に女の名を掲げて恥をかかせる気かと祖母になじられるなどする。

父は数年後に1回落ちたが調理師免許を取得し、ギリギリ祖父引退には間に合った。



その後、父が金がない景気が悪いと言って家にあまり金を入れずに、150万円規模の趣味楽器を無断で購入していたことが発覚し遂に離婚

大手眼鏡チェーンでパート店員として勤務、ようやく年金に加入。

母子二人の生活が貧しいながらも軌道に乗り始めたところで、田舎祖父があちこちガンになって手術連打。

車で片道一時間かかる病院に通うのが大変という話が出はじめ、叔母は親に反発したまま大人になっていたので、やむを得ず俺を連れて帰郷

祖父帰郷一年ほどで死没、死にかけてるくせに皿が飛び交うような言い争いを何度も見た。

飢えるとその辺の草を躊躇なく食いまくる俺の発達障害が発覚したりする中、母は調理師免許を使って公営デイサービスセンターの昼食係に契約(嘱託?)職員として就職

何年か問題なく勤務して契約年数も残っていたのだが、町が方針転換して施設食事業者委託することになったため突然クビを切られる。



かねた施設長に介護員として拾われて同じ施設介護職へ転職介護福祉士ケアマネージャー資格を取りながら何年か働くが、

町の規定契約が何年までと決まっていたらしく、契約満了となり民間の小規模施設転職

同時期に体調が悪化、後にメニエール病であることが発覚して投薬治療が開始されるまで車での送迎業務ができない状態になる。

離れて暮らす祖母とはずっと交流を持っていたが、祖母からお金をただ貯金していることを散々馬鹿にされ、

祖母利益を上げまくっていた和牛投資にコツコツ貯めた100万円を投資する決断を下したところ、一年も経たずに投資先が破綻して回収不能となる。

散々勧めた張本人で、回収不能額よりこれまでに上げた利益の方が多かった祖母からは、自己責任、見る目がないと罵られ当然ノーフォロー



家族経営だった小規模施設サービス残業や持ち帰り仕事が増え、

さら利用者クレーマー家族が発生してスケープゴートにされ続けたため、引責と体調を理由に再度転職することに。

ちょうど俺が独り立ちしたタイミングだったことから、稼ぎよりも労働環境を重視して大きな母体のある中規模デイサービスパート介護員として就職

真面目に数年間働いていたところ、組織全体で正社員登用制度を作る話が出るが、同じ介護パートが数名いる中、母のみ対象外となる。

理由制度開始の三日前に誕生日を迎えて、制度年齢制限に引っ掛かってしまうため。

母体が大きすぎたことが裏目に出て、逆に融通がきかなかった。これには流石の母も一晩でワインを三本空けるヤケ酒。

この話はその時にちょうど帰省していたので聞いたことをまとめたもの



持ち家一人暮らしはいえ、手取り11万円程度での生活がいつまで続けられるかはかなり怪しく、年金空白期間が長いので僅かしか貰えそうにない。

ボロボロ実家はあちこち傾いたり穴が開いたり、開かない扉ができたりしているが、補修のメドは立っていない。

最近の母の趣味は、電気代を前年同月よりも下げる事らしい。

2017-02-15

http://anond.hatelabo.jp/20170215154034

自分も同様のケースでした余命も同じ2年。


自分場合父親でしたが、本人には宣告はせずに息子の自分会社をやめ

介護に入りました。そのせいかわかりませんが

病院介護全面的バックアップが迅速に適用できたと今では感じています

亡くなった父親的には息子がフリーターになった的な感情があったかは今となってはわかりませんが

残された家族的にはすれ違ってたサラリーマンの時より濃密な時間が過ごせてよかったと思います

最後に何らかの手術をしてるようであれば「障害者」の適用をすることでより手厚いサポートを受けられる可能性があります

ケアマネージャー等にご相談してみるのも良いでしょう。

2015-05-05

弱者救済政策は、大半がそもそも対象者認知されていない

連休なので、過去ツイート編集投稿して、3以上のブクマが付くかチャレンジ

今日は既に3つ投稿して、2勝1敗。『CMに見る日本人女児嗜好の強さ』はメガヒットだな。)

今回は、一応自信作なんだが。

~~~~

★世の中には、なぜか「書類作成が苦手」という社会人がいる。

 お客さんとの契約書類とか、社内の決裁・伺、はては「個人交通費の建替払」のような書類ですら、記載漏れや添付書類不足を起こすような人。

 いわゆる経理部とか総務部とかの人間からしたら、「なんでこんなカンタン書類一枚も、作れないのか?」な低レベルだったりする。

 でも、そういう人が「営業スキル」はピカイチで、契約を取ってきたりするから不思議だ。

 『書類作成能力がある人』と『ない人』では、たぶん人間の種類が違っているんだろう。

役所というのは『書類作成スキルがマトモな人』ばかりが集まっている場所

 役所人間は、世の中に『書類作成能力が欠如している市民が、少なから存在している』という事実を、全く想像すらしていない。

 役所担当者は、『99%の市民は、書類作成スキルを持っているだろう』な前提で、各種行政を組み立てる。

 マトモに対行政書類を作れない市民が割といるということを、行政意識せずに、行政サービス手続き書類作成を組み込んでしま

皮肉なことに「行政による弱者向けサービス」ほど、不正受給対策のために書類煩瑣になる。

 で、弱者向けサービス必要としている層ほど、書類作成スキルが低い。

★世の中には「行政書士」という職業があるが、行政書士も相手にしないレベルカンタン書類、例えば「児童手当の申請手続き書類」なんかですら、

 マトモに書けない市民なんてのもいたりする。

 だから行政書士ではこういう弱者は救えない。

★「なにが言いたいか?」と言えば、

 1.行政市民とくに弱者市民の『書類作成スキルの低さ』を正しく計測把握すべきである

 2.行政は可能な限りにおいて、要求書類数を減らすように行政サービス手続き設計すべきである


~~~~


・・・と先日ツイートしたら、

 「行政書士はなんでも対処するが、むしろ行政書士存在のもの弱者認知されてない。」とのRTを受けた。

 「啓蒙工学」の難しさを感じる

★だから弱者福祉って、「役所に来てください」「書類書いてください」な待ちの姿勢行政じゃなく、

 「何かありませんか?」とこちらから出向いていく「攻めの福祉行政」に転換すべきなんだろうな

★例えば「民生委員」とか「ケアマネージャー」とか、弱者のための各種スタッフ制度は、

 「必要としている弱者」が「どれだけ彼らの存在認知している」のか、疑問。

 冗談抜きで、世帯年収200万円未満の人に「民生委員って、知ってますか?」と聞き取りアンケートすべき

★実際、ウチの妻なんか、

 「民生委員って、そんな職業(?)があるんだ、知らなかった」と言ってるもんな。

 一般人でも、実は民生委員制度存在知らない人が3~4割いそうな気がする。

 義務教育過程で、『生活保護の仕組み』『民生委員役割』『行政書士について』など、

 『弱者に転落した際の、生存ライフハック教育』をすべきじゃないかと思う。

生活保護なんかだと、一説には「行政は極力、制度を使わせないようにブロックしている」と揶揄されているが、

 「行政が用意した弱者向け制度が、アピール不足等で全く弱者に周知されてなく」て、

 「行政が利用率向上に躍起」という弱者向け制度は、実は結構多い。

 行政が用意した弱者向け制度の利用率が低迷していると、ぶっちゃけ、「次年度以降、予算打ち切り」になっちゃうから

 役所側もメンツにかけて利用率向上のために啓発にいそしむんだよな。

 なんか倒錯した話。

★で、有識者会議なんかが

 「なぜ、●●という弱者救済制度の利用率は低いのか?」と雁首揃えて議論するんだが、

 「社会弱者が、そもそもその制度を知らない」

 「案内を見ても、自分関係していると思わない」

 「手続きがややこしくて、申請を挫折する」みたいなプリミティブなハードルが高いということに、有識者は気づいてない


弱者に転落した場合行政利用テクニック教育

 いちいち教育するより「共産党に聞きなさい」「公明党に聞きなさい」と教えた方が一発だったりする

 共産党公明党地方議員は、その意味では下手な行政書士よりは機能している訳だ。

 民主党ダメダメなのはこの辺だろうな。弱者が困った際の相談窓口の機能を、まるで果たしていない。

★変な話だが、共産党公明党(の地方議員)同士で、『弱者救済競争』になって切磋琢磨してるんだな。

 もし公明党が出現せず、弱者救済が『共産党の独占状態』だったら、共産党も胡坐をかいしまって、弱者救済おざなりになってただろうな。

 『競争が好結果を生みだした』訳で、そう考えると、『創共協定』で両者を和解させようとした松本清張は、

 『競争原理を、わかっていなかった』ということになるのか。

弱者支援政策の知名度は、「生活保護の一強状態」。

 生活保護制度以外の支援政策って、自分も含めたほとんどの人は認知していないんじゃないかな?

 人によっては、生活保護よりも最適な支援政策がある筈だったりするが、それが弱者アプローチしていない。

 「生活保護の一強状態」は、いろんな意味日本福祉行政を不幸にしている。

 生活保護制度は、あまりにも有名になりすぎたが故に、給付意図的抑制するなどのイレギュラー運用を強いられる。

 他方、知名度の低い他の制度閑古鳥

生活保護以外の弱者支援政策って、

 「知名度がないから利用率が低い」

 ⇒「利用率が低いのは問題だとして打ち切られ、新しい制度が出来る」

 ⇒「新しい制度から、なお一層知名度が低くなってしまい利用率が低下・・・」のデフレスパイラルに陥っている気がする。

 そろそろ大学社会学部は「福祉行政学」の研究対象として、

 本気で「弱者への福祉制度効果的周知メソッド」を研究すべきなんじゃないか?

★この辺の構図は、「(本来は知の弱者のための施設である図書館活用法を、肝心の知の弱者が知らない」な話に似ている。

 自分は「景品で弱者を釣る禁じ手を使ってでも、知の弱者図書館利用率を上げろ」と考えてるが、「知名度低い弱者支援政策」も、景品で釣るべし

2015-02-24

http://anond.hatelabo.jp/20150224001031

認知症になる前から訪問ヘルパーとかを利用してる老人は、ある程度以上おかしくなってくるとヘルパーが気付いてケアマネージャー相談したりできる。

そういうのも使ってない人は、俺の知る範囲だと、民生委員というのが定期的に訪問してたりするよな。

俺の実家も今は年取った父親一人なもんだから自治体から時々ちょっとしたお知らせと称して人が来るようだ。

父親はまだ元気なのでそれ以上の事は特にないが、そこで何かおかしいようなら、自治体が再度人を送ったりしてもう少し話が進んだりするのかもしれない。

民生委員権限は大して大きくないようなので、認知症自覚がなくて身体的に元気な人を施設に入れるのは難しいだろうが、そういう人が地域にいると周囲が知ってて定期的に巡回していれば、急死以外は最終的には病院に流れ着くんじゃないか。

独居認知症老人が転倒骨折(あるいは病気で倒れるなど)→民生委員発見救急車入院病院から施設を探す(もしくは病院でそのまま亡くなる)、みたいな流れで。

しろ救急車ってのは通りのすがりの他人でも呼べて、一気に入院まで持っていけるシステムから、この流れは強い。

あと、徘徊老人のために警察が動くことも割とあるようだから、そこから福祉が動いて施設に入る流れもあり得そう。

全体的にあやふや経験談で済まん。

2015-02-13

身内の認知症はこうやって始まるのだと、痛感。

登場人物

・母方祖母(後発難聴他人とは筆談での会話になるが、自身は口頭で応答することができる)

・母方祖母の弟(祖母は5人姉弟、祖母は2番目、彼は5番目、だったと思う。祖母の保証人の一人である)

・母方祖父(4年前に他界)

・母(一人娘、3年前に他界。亡くなるまでは祖母の保証人)

・私(一人息子、20代後半。祖母の弟と共に、現在祖母の保証人)

・父

ケアマネージャー



母方祖母は現在、長年住んでいたところを離れて私が住んでいる東京介護施設(老人ホーム)に、母方祖父より少し遅れて引っ越して住んでいる。

5,6年前(?)くらい、先に母方祖父が施設引っ越してきたのは、長年住んでいたところである日道端で頭を打って以来重度の認知症を患ってしまい、まともに話せる状態でなかったかである

祖父の介護施設への引っ越しは、私と母と2人で飛行機を使って手伝った。


この介護施設は要介護の棟と、身の回りのことはある程度できる人の居室がある棟に分かれており、当然祖父は要介護の棟へ、祖母は約1年後に居室の棟へ引っ越した。


さて、祖母が引っ越しから祖父、母の他界を含めた色々な経過を語ると長くなるので省くが、

昨年12月中旬に祖母の居室へ伺った以来2ヶ月ぶりの先日、久々に祖母の居室へ伺った。

その少し前に祖母のケアマネージャーからお話があるとの電話をもらっており、とりあえず対面して話したいとのことだった。


当日は先に私が祖母の居室に到着、電話をかけてケアマネージャーを部屋に呼び、そして少し経ってから祖母の弟が到着。

計4人での話をした。

そこで私が伺えなかった2ヶ月の間に起った出来事を聞いて、驚いた。


1月上旬夜に祖母の部屋に置いてあったお金が、朝気付いたら無くなっていた。

→夜間に居室は施錠しており、マスターキーを持っている職員しか開けられない。

しかし、緊急時以外夜間は居室を開けることなどない。

→祖母の居室の鍵は私が携帯していることを祖母は知っている。(とはいえ、日中スタッフがすぐ訪問やすいよう開放されているので、私が鍵を使うことはまずない)

スタッフが行かないということは、私しか夜間に入らないということになる。

→私がそのお金を盗んだとしか考えられない。


またその後日、とある満期になったというお知らせと証書が届き、それをおとりとして置いたら案の定無くなっていたという。

→同時に印鑑もなくなっており、ケアスタッフに連絡して、印鑑を預かっていた私から取り返してもらうよう電話し、取り返してもらった。

→早速ケアスタッフに連絡、通帳を記帳してもらい、その満期になった額は記帳されていたので、無事に済んだとのことである


矛盾点は以下のとおり。

お金証書が無くなったと祖母が主張する期間は旅行に出かけていたり、仕事だったり、仕事外の打ち合わせだったり、風邪で寝込んでいたり等行ける時間など無かった。

私がそれらの場所ににいたという証言者はいる。

証書印鑑を持っていったからといって大金である満期の額を、たとえ身内であったとしても即座に受け取れるはずがない。

・私は直の相続者で、一応祖母の持っている口座についてはほぼ全て把握しているが、そんな満期になるようなものがそもそも存在しない。

ケアスタッフに記帳してもらって、満期額=振り込まれていたという額がまず記載されていない(だけど、何故かどこかの数字勘違いして未然に防げたと安心している)

ケアスタッフが私から取り返してもらったと思っている印鑑は、ただ単純に室内から発見されただけのことである

・そもそも、印鑑を預かったことなどない。(生活費無関係の口座の通帳とカードは預かってはいるが、複数の口座を祖母一人で管理する煩雑さを避けるのためであり、私的に流用するためではない)



祖母は割と昔からしっかりと物事を考え、記憶しているほうではある。また、日記をつけ、気持ちの吐露と共に、届いたお知らせの封書や、訪問者や、使ったお金なども記しておいている。

(ただし、お金証書が無くなった日や、スタッフと少々揉めた日などは嫌な気分になって日記を書くのをやめてしまうことがある。)

しかし、後発難聴になってから、余計に一人でぐるぐると考えてしまい、口頭で喋ることができるのでよく質問したり主張すること多く、その内容が「はい」「いいえ」などの単純な応答で済むようなものでないため、筆談するのが億劫になる聞き手側が多い。

義母という関係である私の父も、私の母が他界後に3人で会う機会があり、難聴になってから久々に会話したみたいなのだが、慣れない筆談でめんどくさがりの性格が出てきて、私に応答するよう途中で投げるほどである



…話は逸れたが、お金証書が無くなったことと私のアリバイ証明するだけならば誤解を解くのはまだ少しは可能だ。

問題は、この不安出来事があってから1月下旬に一度祖母の弟が居室へ伺い、ケアマネージャーと3人で話した時のことを聞かされたことであった。

祖母は私についてこう言ったという。


・今年1月に祖母の居室へ訪問した。

→(矛盾点)そもそも1月訪問できていない。

転職した。

→(矛盾点)現時点ではまだその予定はないし、してない。

転職したのだから職場に近い所へ引っ越しをした。

→(矛盾点)もう長い間現時点の居住地から引っ越していないし、直近でその予定はない。

引っ越し先はどうしても教えられない。

・どうしても教えてもらえないのは、悪い女に引っかかったからだ。

・だからお金必要になった・・・


・・・年頃であるから恋人がいると想像するのはわかる。実際いるけれど、恋愛沙汰の話は今までほとんどしたことがない。それに、そんな大金を使う関係でもない。

考えられるとしたら、旅行引っ越しが、勝手にごっちゃになったということ。よく、旅行出張勘違いしてそのまま受け入れてたこともあったので。

旅行に関しては、行く前は事細かに旅行先や、期間を伝えるし、そして旅行後は土産を持って行き、その感想を話す。

今回だってそれまで渡せなかった土産も持って行ったし、行くことは12月中旬に伝えたのだ。

・・・しかし、すっかり忘れていた様子であった。



ここ最近は祖母の弟のほうが比較時間があるからと、たまに来るからか、彼に信頼を置いてるようである。昔から仲が良かったというのもあるのだろう。

私は、自分比較的近い身内だからと、それまで時間があってよく訪問していた頃はあまりにも祖母の居室でリラックスしすぎて、頼りなかったと思わせてしまったのかもしれない。

伺える日は銀行、買い物によく付き合ってたのに、それも無くなって最近ケアスタッフにばかり任せっきりになってるからかもしれない。


祖母が描くエリートの道を進んでないから(祖母の親戚たちは思い描くエリートの道を進んでる人が多い)、残念がらせているけれど、ギャンブル経験もなければお金をちょろまかすことなんて一度もしたことないんだけれども…一人孫だからからお小遣いはよくもらっていたし様々な面で世話になってはいたけれど、借金抱えるほどの困った経験もないんだけれども…


祖母は、祖母の弟とケアマネージャーと私との4人の会話の中で、激高しないし極めて婉曲に会話する性質も失っていないにも関わらず私と目を合わせようとしていなかったのを覚えている。

帰り際、祖母の弟と私を見送ってくれたけれど、いつもなら私を見送る時は玄関の外まで出て私の姿が見えなくなるまで手を振ってくれるのに、今回はすぐ扉を閉めてしまっていた。



初めてこうやって祖母から不信感をあらわにされたことを経験し、テレビでよく見る身内の認知症に悩まされるのはこういうことなのかと悟った。

そういえば今日NHKあさイチでもちょうど認知症特集だったな、と。あれは親子だったけれど。

2014-12-12

介護事業未来はない

一般に老人が増えているし、障害者向けのサポートも強化される方向にあって、ここ数年、老人介護障害者介護に注目が集まっているけど、はっきり言って、ここに未来はない。ただ、大口叩いておいてなんだけど、訪問介護についての経験しかないので、その点の偏見は先に述べておく。

そもそも介護事業の主な収入は何かといえば、給付金だ。介護を受けるような人は収入が少なく、過去行政がやっていた事業を外出しにしたものなので、お金行政が出して、実際の利用者負担は一割に抑えられている。ところが、この仕事の一時間あたりの金額は、行政が決めている(都道府県レベル)。どんなに大変な作業だろうが、その時間あたりの事業所収入は、既に決まっていて、それを変更することができない。また、利用者の利用スケジュールも事前に厳密に決められ、これを変更するには、緊急事態でもない限り、関係者(老人介護であればケアマネージャー)の話し合いを通すことになる。

ということは、要するに、いくら働いても、単なる時間給以上の収入存在しないということだ。また、価格も決まっているので、事業所主体的に手厚いサービスを作って高額に販売したり、その反対に低額なサービスを作るといった、自主的事業開発はできない。一応保険サービスというのも設定可能だけど、介護を受けるような人に、そんな余裕なんてない。そして、従事者も、その時間給で給与が支払われることが多い。結局どんなベテランも、アルバイト以上の仕事なんて、できやしない。

また、仕事内容も条例(? 法律?)で決まっている。基本的給付を受ける人の対してのみサービスが行われ、例えば家族の代わりになるようなことはできない(障害者子供がいる場合などは例外のよう)。そして、実際にやることといえば、その人の生活支援することだけで、それ以外はない。どこへ言ってもやることは変わらない(人によっては「個別に全く違う」という人がいるけど、それは定義抽象化ができてないだけ)。

そして、更に困ったことに、行政による路上生活者などの再就業先として、介護が推進されていることだ。介護従事者の待遇改善がずっと叫ばれているけど、こうした安い人材が後からから供給されるようでは、とてもじゃないけど、今後とも安い仕事であることは変わらない。そのために、離職率がとても高い。

こうした事業領域未来を感じる人がいるとすれば、それは単なる間抜けか、世界を変える大物だけだ。どんなに頑張っても、まずは法律が変わらないと何も自主的仕事はできないし、事業性格上、あまり差別化もしにくい。ほぼ毎日利用することもあって、地域的なつながりの強いところ(つまり利用者の自宅の近く)からしか選べないし、一度選ぶと数年続けるので、利用者間の流動性も低い。レストランみたいに、今日はこっち、あしたはあっち、ということが起きない。なので、事業者間の競争も少ない。一方で給付金による収入が見込めるので、小さな事務所でも始めやすく、そのおかげで零細も多い。

こういう業界若者を費やすなんて、とてもじゃないけど勧められない。また、仕事性格上、十分な世間知のある40代以上が望ましい。そうじゃないと様々な問題対処ができない。

もしそれでも介護未来を見たいという人がいたら、医療方面にいくか、機器の開発をするしかない。車いすとか、松葉杖とか、サポート器具には改良の余地がある。建築に関連して、家屋の設計もありだろう(ただし、一般の「リフォーム」は単なる建築労働者なので、NG)。

から、もし学生とかで介護をするとか言う奴がいたら、頬をひっぱたいてでも止めろ。これだったら、まだブラックITのほうがましだ。

2011-07-10

http://anond.hatelabo.jp/20110710160701

ケアマネージャーさんに連絡して、介護認定の手続きとって、介護用品の手配して、老健とかグループホームとかあたってもらって、落ち込むよりも楽しむ方向にもっていってあげてください。(家族を看取った者より)

2010-03-16

添削求む

両親が認知症になり介護支援1の状態です。統括センター相談員さんと話し合ってます。

プランがかたまって、事業所が決まりそうなので、じゃあ、その事業所からケアマネージャーさんが来るのかなと思って質問しました。

「あ、ちょっと確認させていただきたいんですが、ケアマネージャーさんはいつ決まるのですか?」

「支援1の間は、私がずっとケアマネージャーをしますが、介護になるとほかの人になります」

「ああ、そうなんですか!」

「ご不満でしたら、ほかの人に代わりますけどっ(ほぼ怒声)」

「いえ、○○さんがずっと担当してくださるのなら、それがいいですー」

その後、私が自分病気の診断を受けるために家を空けている間に、家に来ていろいろ両親と話し合ったらしいのですが、よくわかりません。わかったことを元にいろいろ手配して、相談員さんに報告しようと電話をしたら、今ほかの電話に出ているとのこと。「こういう風にやりますのでよろしく」と伝言をお願いしました。その後、相談員さんからは反応がありません。

確かに両親は当事者ですが、認知症なのをご存じなのに、両親に連絡を取ってくるのが解せません。連絡先は私になっているはずなのに。

私、相談員さんを怒らせてしまったから、こんなことをされるのかなあと、ちょっと心配しています。

ちなみに、その相談員の方がいるところは3人体制だそうで、かなり広い地域カバーしています。ケアマネさんは1人35人までしか対応してはいけないはずだし、月に1度の訪問も義務づけられているはず。3人なら105人までしかフォロー出来ないはずです。だから、まさか、その相談員さんがケアマネージメントをなさるとは思っていなかったのです。事業所に寄って、出来ることと出来ないことがあるわけで、うちの両親に出来ることがある事業所が見つかれば、そちらに引き継がれて、ケアマネージャーさんが付いてくれてケアプランを作成してくれるのだろうと思い込んでいた私が悪いのだとは思います。

どう話し合えば、この相談員さんとうまくやっていけるかなと悩んでいます。

何か、気がついたことがあったら、教えてください。

2009-04-18

http://anond.hatelabo.jp/20090406000943

僕も似たようなものだな。25歳で実質リタイアして、一月小学校臨時講師したり高校PC教えてた。その仕事うつ病がひどくなってぐだぐだになったけど。その後も車のパーツ販売社にバイトで入ったのだけど、一通りオークション販売とハード界隈を整えてたと思ったらまた鬱がきた。

30で結婚。その際にコネ就職したのだけど、数日で行けなくなった。

これって単なる鬱なのかな。

選り好みしなきゃ仕事はあるだろう。介護系とか。男性は激務だけど。今更介護福祉士とってケアマネージャーとるとか厳しいだろうな。

増田には後日談を聞かせてほしい。

2008-10-29

大阪ガスサービスショップの件??うちのケース

  某大阪ガスサービスショップに縁あって、実家の母の介護保険を使って手すりの設置を依頼しました。

  出入りのあったサービスショップ担当者に声をかけ、サービスショップ福祉住環境コーディネーターが、見積もりしてくれました。

 

  母が福祉用具をレンタルしている事業所のケアマネージャー介護プランを作ってくれる方)にも、コ??ディネーターが電話連絡してくれ、

  FAXで見積書(某サービスショップとコーディネーターの名が入っている)と工事計画書をケアマネに送ってくれました。

  その後コーディネーターが、役所に出す申請書に印鑑をもらいに来ました。捺印するときに、施工事業者の欄が空白になっていましたが

  意見書個人情報)も送っているので よもやそこにサービスショップと違う業者名が書かれて、役所に出されてしまうなんて思いませんでした。

  後から手すりがぐらついてきたのでサービスショップに連絡しましたが、コーディネーターの言っていることが おかしいのと最初に声をかけた

  出入りの担当者退職していたことが発覚し、役所に情報開示してもらい色んなことが段々わかってきました。

  続きは また追って書きたいと思います。 この件を自分のブログか はてな匿名ダイアリーにかいてみては??と助言をくださったブログ管理人

  ありがとうございました。書き込みすらしたことの無かったわたしが ここに辿りつけたのは あなたのおかげです。

 
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