はてなキーワード: カケラとは
姓じゃなくて名だからっていうのが大きいのでは。
これが「オフィス喜多川」とかだったらもう少し変名圧力は弱かったかもしれんけど、ジャニーズ(Johnny's)はジャニー個人との結びつきが強すぎる。
この名前を冠する限り、《ジャニー喜多川の哲学を継承する団体》と受け止められてもしかたない、というのがひとつと、被害者は思い出したくもない性犯罪加害者の名前を見させられ続けなければならない、というのがひとつ。
ジャニー喜多川はプロデューサー・実業家としては素晴らしく有能だったのかもしれないし、性犯罪以外の面では素晴らしい人格者だったかもしれないけど、性犯罪のクソさがクソすぎて、そういう素晴らしい一面も決して肯定してはならない存在になっとるんよ。
たとえて言うなら、広島と長崎に投下された核兵器は太平洋戦争を終わらせる決定打になり結果的に平和をもたらしたが、だからといって投下を部分的にでも肯定する人などいないでしょう?
ファンがどれだけジャニーの名前を残すように望もうとも、もうジャニーという単語は原爆レベルの忌み言葉になってしまったのよ。社名に使うのは部分的にでもジャニー喜多川の業績を肯定していることになるわけ。
新しいジャニーズ事務所は、「ジャニー喜多川臭」を徹底的に消さないことには再出発できないと思う。あの人とはもう無関係です。あの人の影響力は有形無形を問わずカケラも残しません、という覚悟を見せないと社会からは受け入れられないと思う。
https://girlschannel.net/comment/4747853/281/
なお、蒼空はるかコンテンツにつきましてはるりどん(空のカケラ)が企画責任を担っております。
宇都宮市の担当者と電話しました。今回のクレームの数は10件で、全てが匿名で、電子メール、投稿フォーム、電話による総計との報告を受けました。今後のことは宇都宮市とは話し合いで和解しました。お騒がせして申し訳ありません。当事案についてはこれで終了としますが、詳しい和解経緯とキャラクターの今後につきましては長文になりますので、来週くらいに、ブログにアップしますだそうなのでもっとクレーム入れて撤回させて謝罪させよう。まともな女性の恨みを買ったクズな広告だと。
書いちゃえ!萌絵てかこういうイラスト描くやつは地獄に落ちろ!とにかく書きまくって撤回からの謝罪させろ!まぁ謝罪しても許さないけどね。
10件なんて1件としか変わらないから10000件以上言わないとあいつらは分からないからもっと炎上させてクレーム入れて謝罪させて女性の恨み買ったらどれだけ怖いか思い知らせないとね。これでどれだけ女性は怖い思いをして行かないと行けないのか分からないからね!
とんでもなく痛い。
めちゃくちゃ痛い口内炎ができたと思ってシクシク2、3週間ぐらい過ごして、ようやく痛くなくなってきたと思ったら「コツ…」と皮膚から骨がぴょこっと出ている。
こわくない?私はめっちゃこわいよ。何コレ?
2年ぐらい前にそんな現象が短期間で何度か起きて、いろいろ歯医者さん回っても「よくわからん」みたいな感じで終わって、地元の歯医者さん(自宅から新幹線乗って片道3時間かかる)行ってようやく「歯の食いしばりによって出来る骨隆起だろう」とアタリをつけてもらえた。そこからは、歯ぎしり対策としてマウスピースしている。「顎が城之内みたいになった」みたいなことをここに書いた覚えがある。
そこからずっと口から骨は出てこなかったんだけど、昨日、またぴょこっと出てきた。前は上のほっぺた、今後は上あご。指でさわるとザリッとする。
口の中で何がどうなってんのか全くわからないけど、何かしらが原因で骨のカケラが発生して、
私の本能ちゃんが異物として認識して、「ナニコレー!イラナーイ!押し出せーーー!(裏声)」みたいな感じで、
頑張ってくれてるんだと思う。ありがとうね…でも、もっとやさしくして…。
体内から骨のカケラ出てきたことある?めっちゃ痛いぜ?カケラ自体はめっちゃ小さいのにさ。しかもそれが数週間続く。
皮膚や組織を内側から破って押し出してくるんだ。でたらめみたいに痛いよ。
8月上旬から出来てた口内炎がとんでもない痛さで、何かそんな気はしてたんだよね。「この尋常じゃない痛さはもしかして!?」って。
もちろん、何度も検索したさ。でも、私みたいな症状に悩んでいる人は私の検索力では見つけられなかった。
めっちゃ痛いし、めっちゃ怖いぜ?コレなんなん?痛いって言い過ぎだよね。でもさ、そのぐらい痛いんだ。何だろう、経験したことない痛み。
ちなみに骨は自分の指で確認できるぐらい出てくると、かゆくなってくる。
歯医者さん行けばピンセットみたいなので取ってもらえたり、なんか自然と取れたりする。
こええし、いてえよ。どうすりゃいいんだろうね…。
はてなを初めて使うのでいろいろ間違えていたら優しく指摘してほしい
いつものこと、KindlePrimeで0円本を漁っている時に気がついた。
ランニング、自転車、あるいはスケボー、サーフィンなどは初級者向けから上級者向けまでいろいろ本が出ているというのに、
そこで
↓
↓
…こうなるのが俺の理想だ。
うだうだ言ってないで本編に入ります。
注意事項として、俺が経験したのは
という感じなので、ボクシングジムなどとは勝手が違う部分も大いにあると思う。
(PDF注意)
https://metalabo.net/download/mets.pdf
これはざっくり「運動の強度」みたいなもので、数字があがるほどしんどいということになる。
野球5.0、バドミントン5.5、サッカー7.0という数が並ぶ一方、
もちろんメッツが高い=簡単に痩せる、というものでもないだろうが、
身の回りでも10kg、20kgは平気で落ちている人がゴロゴロいる。
まぁ、ぶっちゃけどんなスポーツでもやらないよりはやった方が痩せると思うが、
「格闘技!?野蛮だ!旧時代の産物!」と思っている人にはこの項はどう頑張っても刺さらないと思うが、
人によっていろいろ「楽しい」があると思う。
怪我しない程度の力で実際にパンチを当て合ったり、関節技を掛け合ったりする練習のことを指す。
眼の前の人間が、自分にダメージを与えてくる…これは日常生活ではまず味わえない、とんでもない緊張感だ。
もうこれって、少年マンガの中に入っちゃったみたいな話だと思いません?
一応言っておくが、自分は生まれてこの方、ケンカもしたことがないし、
そんな暴力性のカケラもない人間でも楽しめるのが格闘技という「スポーツ」なんだ、ということが伝われば幸いです。
俺が今のジムを選んだ理由は「通いやすい」「値段が高すぎない」「クラス数が多い」これくらいの理由なんだが、
RIZINは格闘技にそんな興味ない人でも聞いたことあるかな?
超ざっくり言えば、「野球:プロ野球」「サッカー:J1」「総合格闘技:RIZIN」みたいな感じ。
そんなメジャーな選手が、都内の格闘技ジムだと普通にインストラクターとしてミットを持ってくてれたり、
ちなみに世界的にはRIZINよりもさらに規模が大きい、UFCやONEといった世界中のトップ団体で
自分のジムの選手がRIZINとか出た日には、さすがに応援にも熱が入ってしまう。
すでに格闘技が好きで見てる人は、今すぐ最寄りのジムに連絡してくれ。
新たな形の「推し活」が君を待っている。
他にも、
など些細な良さはたくさんあるが、どんどんニッチな感じになるのでここまでにしておく。
もしあなたが漫画好きなら「オールラウンダー廻」「レッドブルー」あたりの作品を手にとってほしい。
3部で幽波紋が出てきたとき、あー、これは究極生命体になったカーズ様のカケラが火山の噴火の影響で世界中にまかれ、
一部の人類に対して「人類の真の強さ」みたいなのを目覚めさせてしまったんだな、と理解したんだけど
4部で弓と矢が出てきたとき、あー、あの矢は地上に残っていたカーズ様のカケラで、
それを人間に突き刺すことでその人間が究極生命体を取り込み発現したのが幽波紋なんだな、と改めて理解したんだけど
5部6部と特になく。
7部でそれぞれの部の魂を持ったキャラクターが出てきたことで、あー、ようやく吸血鬼と幽波紋との直接対立が描かれて、
さらには究極生命体が最後のテーマになることでいろんな関係を整理してくれるんだな、と理解したんだけど
8部9部はよくわかりません。
君たちはどう生きるか、をみた。
自分はジブリファンではないので、物語の先にある「モデル」や「元ネタ」までは考えが及ばないのだが、
「こんなお話だと解釈したぞ〜」ってのを書きたい!(ネタバレあり)
「ライフステージ転換期の、戸惑いと受容を描いたお話」だと思った。
転換期の渦中、心や体の変化に戸惑いを抱える者たちが神隠しにあった〜みたいな。
キリコに関しては、次のステージに引き上げてくれるキャラに感じた。
ちょっと悪知恵をくれる先輩だったり、手助けしてくれる産婆さんみたいな(実際物語では船頭や見守り役に徹するし)。
だけど眞人はこの先の人生に興味がなさそうで、疎開先の学校も嫌、新しいお母さんも嫌、
気持ちはこれから先の「生」よりも、死んでしまったお母さん、つまり「過去」に向いている。
しかし体や心は先へ先へと成長していて、ナツコや父親の「性」に触れて戸惑い、怒りを感じている。
塔への侵入が失敗に終わった後の眞人の声の低さに驚いた。
2次成長の強調を感じて、眞人は少年→青年になりかけている状態なんだなと思った。
初期、アオサギヘ異常な攻撃性を持って接しているのも思春期のあまりあるパワーを感じたw
自傷行為は、クラスメイトへの嫌がらせではなく「こんな環境に送り込んだ父親」を責めたい面もありそう。
「自分が拒否しているんじゃない、周りが自分を拒否しているんだ」という状態を作り出したい、
社会への拒絶を相手のせいにしたい…という受け身な心の表現のように思えた。
アオサギはそんな「社会的死を望む眞人の心の表れ、葛藤」なのかなと。
成長なんかしないでずっと自分の中にいたい!ずっと子供でいたい!みたいな願い。
異世界に行ったのもの「ナツコを取り返しにいくぞ〜!」みたいなモチベがあったわけではなく、
ただただお母さんに会うために、流されるままにいった印象。
なんなら「お母さん=過去」に向かって、成長したくない〜〜みたいな思いも抱えながら向かっている感じ。
同様に、ナツコもつわりに苦しみ、出産が怖かった。いきなりできた息子(眞人)が怖かった。
言われなきゃ妊娠中なんてわからない、母親感のない妖艶なお姉さんビジュ。
そんな、変化が怖い!変わりたくない!状態の眞人とナツコが、同じく殻に閉じこもった大叔父に導かれて異世界へ行ったのかな〜というのが物語の始まりの捉え方。
ヒミとの出会いは、「自分の中の母親像に別の面を見つける」という体験だったんじゃないかなあ。
母親が元少女だったことを知る、そして少女が母親になるということのヒミツを知るというか。
産屋に入る=禁忌を犯す…というのは、「性行為」を知る?とかなんじゃないかなと。
(ナツコとヤったとか、ナツコで抜いたとかじゃなく、どうやったら子供ができるか知っちゃう…みたいな)
ヒミ/ヒサコ、ナツコ、眞人は性行為を知っているから楽園から追い出される…みたいな見方もできるのかなあ。大叔父はそれを知ることを拒んだからずっと楽園にいる。
血の表現の多さや、おどろおどろしいジャムパンは処女性の喪失のようにも思えたし、ジャムとパンはキリスト教で言うワイン(血)とパン(肉)にも思えた。
(あの食事シーンでキリストとの契約=人類を繁栄させ続けることを約束させられたのかな?とも思ったり。)
精子っぽい表現の多用、「命を奪う、頂く」「命が死ぬ、命をつくる」みたいなモチーフも多くて、全体的に「命の受け継ぎ」が描かれてる感じがした。
ワラワラの邪魔をする老ペリカンたちは、戦争によって死んでしまった人や今で言う氷河期世代なんかの
「そう生きざるをえなかった人々=命を繋げなかった人々」なのかなあとも思えて、
その選択や悲しみを否定する気にはならず、敵キャラだとは思わなかった。
このへんは私が出産適齢期を過ぎつつある未婚女性だからそう感じ取ったのかも。
そしてこれだけ性的な印象を感じておきながら、物語全体を通して「子を産め」というメッセージだとは思わなかった。
というか、大叔父の世界で作り出されるワラワラたち=精子たち?は…なんか受精しなさそうな感じがするw
殺生もせず、無垢なもの(加害意識を持たざるもの)の精子の放出は、オナニーなんでないかい…?と。。
ナツコが「あんたなんて大嫌い」みたいに言うのは、眞人だけに向けられた言葉じゃなくて
子供を産み育てることへの恐怖、与えられる存在から「与える・守る存在」に変わらなければならない、母になることへの恐怖の表現なんじゃないかなと。
眞人が「お母さん」と呼びかけることでやや柔和な表情に変わるのは、眞人への好意ではなくて覚悟が決まったような、我を取り戻したような感じがした。
あのシーンでナツコは母になる覚悟、眞人は大人になる覚悟(母親の死を受け入れ新しい母親を受け入れる、実社会と向き合う覚悟)が決まった感じ。
そういう意味ではこの物語は神隠しではなくて、「ナツコの出産」の寓意でもあるのかな?
13個の石の積み木が駿の作品数を意味しているとは思いもしなかった〜!(というかそんな知識なかった!)
英語で12まではeleven…twelve…て数えるけど、13からはteenで数え始めるので、そういうキッズとティーンの境目に留まる…みたいな意味なのかなと思って見てた。
大叔父はキッズにしがみついて、1から13まで積み続けるが13を超えられない(13個詰むとバランスが崩れてしまう)
眞人にとってのアオサギは、大叔父にとってのインコ大王なんじゃないかな。大叔父は、インコ大王と共に自分の楽園に閉じこもることを決めた。
眞人はアオサギを説得し、社会と向き合うことを決めた。13よりその先の世界を作っていくことを決めた。
(この異世界が聖書の楽園だとしたら、キリコは蛇の側面もあるのかな…)
大叔父もけして悪役とは思えなかった。
本をたくさん読んで知識と理想の社会への願いはたくさんあったんだろう。だけど実社会で石を積むことを選ばず、自分の楽園を"理想の世界"にすることを選んだ。
大叔父は眞人を楽園に閉じ込めようなんて思ってなくて、世界へ送り出すことを心から喜び、希望を託しているように思えた。
このシーン、これが駿からのメッセージなんだろうなと思って見ていた。
自分の理想や知識や教養を大切に、でも自分の中だけでもなく、血縁でもなく、半径5mでもない、外の世界と折り合いつけて"よく生きてくれ"みたいな。
いつまでも誰かの作品や誰かに庇護される世界に留まっているなよ〜みたいな。
私たちはみんな14個目のブロックを渡されていて、この世界をよくするためにそれを投じる責任がある。そんなことを思った。
神隠しのような、蘇りのような、胎内回りのような鑑賞体験を通して自分が感じたのは「やだ〜〜思春期追体験みたい〜〜〜」という感想。
アオサギが言ったように、私たちはじきにこの感情を忘れてしまう。
成長と共に、私たちの世界への意志(理想や希望や野望)はどんどん弱まってしまう。だけどカケラぐらいはみんな持っている。
自分が忘れても、キリコ(私たちの思春期を見守っていてくれた少し上の先輩)はうっすらとその青い時代を覚えていてくれる。
この社会の暖かさと、この社会を大人として生きていく自分の責任…みたいなものを感じらせられて、鑑賞後はなんだかじんわりと涙目になってしまったのだった。
アッ…そういえばこの映画には「おわり」がなかった。たぶん。
監督から後世を生きるわたしたちに対して「社会と関わること」「命を紡ぐこと」「ものをつくること」のバトンを受け渡されてるような気がして、
この世界はおわらない、つづいてく…さぁ、君たちはどう生きるか?みたいなメッセージを感じた。(タイトルのまんまァ!!)
この映画難しいなって思ったのは、小さな感情の動きやメタファーっぽいものがバラ撒かれていて、
それらが調理されて最終的にハンバーグやらカレーになって出されるでもなく、そのまま終わるところ。
見る人は、物語のカケラを自分なりに取捨選択して、頭のなかでそれぞれのストーリーに調理しなければいけない。
それゆえ、ジブリや駿ファンはそれを彼らの社史や人生だと捉えるし、そうでない人は何か別のものに捉えるのかも。
(当然"カケラ"だけ渡されるわけなので「なんのストーリーもなかった…なにこれ?」となるのも当たり前。)
私は出産適齢期を過ぎつつある未婚女性なので、どうしてもカケラの拾い方や積み方にクセがあると思う。
でもそういう、「見る人によって様々なミスリードが生まれる=見る人の中にいろんなストーリーが生まれる作品」って本当に面白いと思うんだよね。
結局この映画が見せているのは映画ではなく、自分自身のような気がする。
私の勝手な解釈を読んでイラだった人もいるかもだけど、もしよかったら他の方が感じたストーリーも教えてほしい!
先人の皆さんたちの解説も楽しく読みました〜!!(ジブリいろいろ未視聴なのでほ〜そう読み取ると確かにおもろ〜と勉強になった…
https://anond.hatelabo.jp/20230714205336