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https://shiroimai.hatenablog.com/entry/2024/04/09/Legend_of_Syakkindama
誰かが、
要点が「しっかりと」まとまっている良記事です、と言っていたけど…
借金玉アンチを自称する今井士郎氏が3時間頑張って書いた文章、とてもアンチらしくて感じがいいので、アンチじゃない匿名がちょっと突っ込んでみようと思う。匿名でごめんね、声が小さいもんでね。気に障ったらごめんなさいね。
借金玉に対する「いわれなき誹謗中傷」が発生していた可能性はある
「いわれなき誹謗中傷」とは呼べない批判も多数あったし、現在も借金玉は非難されている
→「いわれなき誹謗中傷」多かったよね。黒に近いグレーな租税回避してるだとか、恫喝癖があるだとか。そりゃ攻撃的な口調で売った時期もあったから一定の批判がつくのは仕方がないし、当然だろうと思うけど、「現在も借金玉は非難されている」から「いわれなき誹謗中傷」があっていいわきゃないよね。中傷に目鼻口付けたみたいな感じの粘着さんたちな。
えりぞ氏との係争は、「いわれなき誹謗中傷」として始まったのではなく、借金玉の攻撃・挑発に応戦する形で始まった
→えりぞ氏の「応戦」も大分言いがかりめいてたと思うけど、まあそれを「応戦」ととらえたとして、裁判を公にしてからのえりぞ氏の発言てそんなに穏やかだったかしら。挑発に応じた挑発というよりは、誹謗中傷に類するものが多いように感じたけど。「どちらかと言えば中傷」ってやつだね。今井氏はえりぞ氏の発言について、「どれも妥当である」と思ってるのかな。ちょっと聞いてみたい。
借金玉は、2021年夏頃、積極的に「裁判を行うこと」「敵対者を訴えること」を再三再四、宣言していた
えりぞ氏とのトラブルも、えりぞ氏が借金玉の「裁判情報の悪用を意図する発言」に苦言を呈したことに端を発するものである
今井自身も、その頃に借金玉による法的措置を匂わされた事実がある
→借金玉氏が「著名弁護士のK先生」に相談した結果出力された発言だ」と明言してるよね。しかも「名誉棄損で訴えられる等、一定のリスクをはらみ」、「私のこうした言動がN氏との訴訟の発端となり、現状を招く一因となったことも疑いありません」と言ってる。抑止的選択肢が抑止にならなかった不幸な例だね。
「裁判の当事者となることは絶対に避けたい」というのは、えりぞ氏に訴えられてしばらくしてから、直前までの主張を180°反転させて発生した主張である
→「当事者になることは絶対に避けたい」から、上記のような〝抑止的選択肢″を選ばざるを得なかったんじゃない?
えりぞ氏が、借金玉の知人・関係者にコンタクトを取った事実はある
→ネット上の第三者が、自分の複数の取引先へ「私は出版社が、自分の受けた批判を誹謗中傷と認識した場合、裁判に訴えるのではなく、「個人情報をばらまく」といった発言を行う人物の出版を行うことが公益にかなうとは思っておりません。その点について、問い合わせを行います。」(えりぞ氏のツイートhttps://twitter.com/erizomu/status/1420562598106333186)
こんな論調で「問い合わせ」をされたという事実があるんなら、それは通常「攻撃」と認識すると思うの。
noteで最も重要視されていた「被害者」は、本件を発端に、えりぞ氏と別の係争に及んでいた人物である。「借金玉の知人であっただけで、恫喝的な電話連絡を受けた」わけではない
→「借金玉の知人であった」だけの理由で、上述のような「問い合わせ」が業務時間内にとんできて、しかもそれが法的な係争に発展させざるを得ない状況が生まれ、その中で恫喝的な電話連絡が行われることになった、って大変なことだと思うのよ。知り合い全部にあんな調子の電話がかかるかもしれないと考えたときに、借金玉氏はどうしたかという話だよね。
→わからないよね。行われていないかもしれないし、単に表に出てこないだけかもしれない。大体の関係者は、水面下で当事者に通知するか、黙っておくかですますんじゃない?
「こんなことがありました」をむやみに公にして、恫喝電話の主にタゲられるのいやだもの。当然借金玉氏も、「ここにえりぞ氏がこのような問い合わせをした!」とは発言できないよね。
裁判後、敵対者の嫌がらせの結果として、借金玉の本名がネット上に流布されたのか
えりぞ氏が借金玉の氏名を公開したのは、借金玉が「えりぞ氏によって個人情報が拡散された」と虚偽の情報を吹聴した後である
→流布されたのは「個人情報」だよね。本名の他にも、借金玉氏が公にしてないプロフィールをえりぞ氏がつぶやいてたのは、えりぞ氏が借金玉氏の本名を叫び始めるよりずっと前のことだったように思うけど(いくつかツイートは残ってるけど、私は流布に手を貸さないよ)。
借金玉によるえりぞ氏の刑事告訴は、一件がすでに不起訴で決着済みである
借金玉が「勝訴」したとする裁判は、業務妨害・名誉毀損等の各種論点が却下され、「バカ」「アホ」に類する侮辱発言の責任のみ認めたものである。2000万円の訴訟金額に対し、認められた賠償額は、9万円弱(0.5%未満)であった
→認容された内容はかなり少なかったけど、「勝訴」は間違いないよね。だから借金玉氏は「内容に不服があるため、控訴中である」と言ってるんじゃない?
流れを見ている限り、この借金玉氏が勝訴した裁判について、えりぞ氏は控訴していないみたいだから、内容は控訴審で変わるかもしれないけど基本的には「借金玉氏の勝訴」は覆らないと思うんだけど。
あと、えりぞ氏が「刑事告訴は不起訴に終わった」と言及していたのは、少なくとも去年までは〝民事で和解になった”人物のものだと思ってたけど、いつのまにか借金玉氏も刑事告訴して不起訴になってたんだね、私見落としてたかな。先の人物の時はあんなに触れ回っていたのに、借金玉氏の分については随分静かだったんだね。
敵対者を訴えることが、彼なりの正義であるとして、「張ってください」と賛同を呼びかけ、敵対者との法的な対決を正々堂々完遂すると、支持者に対して宣言していたこと
→これ、障イさん氏の時の話だよね。今回のリリースではまだ語られていない部分だと思うんだけど、それでも非難するの?
法的措置の一環として、「敵対者の個人情報を故意に流布することでダメージを与える作戦」を得意げに吹聴していたこと
→「一定のリスクを含む」理解があったとはいえ、著名弁護士のK先生に示唆された戦法だったんだよね。もちろんその結果この事態なのであまり効果はなかったということになっちゃうんだろうけど。でもやるんなら「得意げに吹聴する」くらいの口調でなければ効果がないじゃないかしら。
敵対者にひとたび訴えられると、敵対者に「哀れな障害者を訴える差別者」のレッテルを貼ることに腐心し、法廷での戦いから逃げ続けたこと
仕方なく開始した法廷でのやり取りも、支離滅裂・独善的で、多くの観衆に「失笑もの」と感じさせるに充分なものであったこと
→借金玉氏は今回のリリース中で、氏の立ち位置における「債務不存在確認訴訟」の罠について解説しているけど、それについて全く言及せず「失笑もの」と言い切るのはちょっとアンチが過ぎるんじゃない?
自身の要求が通らないことが確定すると、「裁判なんていらない」「死んでやる」等、自身の命を人質にとるかのような八つ当たり的発言を繰り返したこと
→えりぞ氏が、何かにつけて「僕は狂人だから」で自分の発言や行動を正当化するのとどちらがマシなのかしら。
敵対者の子供を殺害する計画に実際に着手していたことを告白し、「かつてあった計画を漏らしたこと」のみ反省する態度を固持していること
→「えりぞ氏がなぜか本人に関係のないDMを突然公開し、拡散した」やつね。これもまだ今回のリリースだと概要の説明にとどまっているようだけど、今井氏には、本人の説明を待つ気がないのかしら?
しかし、債務不存在確認訴訟にTwitterやnoteで言及することは、最近までなかったように思います。
→訴えられて係争中の相手についてインターネット上で言及し続けるということは、およそ裁判を軽視するのと同じことだと思うんだけど。(そうでもないのかな、毎日なんか言っている人けっこういるもんね)それに借金玉氏はリリースの中で自ら説明しているように、その「債務不存在確認訴訟」について大いに懸念があったから黙っていたんじゃない?裁判が提起されてから二年半くらい、係争相手について言及し続けていたのは、常にえりぞ氏とその周辺だと思うんだけど、違ったかしら。
筆名で活動し、本名も顔も非公開で活動していた借金玉氏の本名を叫んだのはえりぞ氏なのはご存じの通りだし、それに便乗して周りの借金玉アンチ諸氏もそれを拡散したって形だよね。グーグルで検索すればその検索結果にその名前が載ったツイッターの投稿が出てくるし、だいたい今井氏のブログ記事でも(ほんと理解に苦しむんだけど)恐れもなく氏の本名を連呼しているよね。承認欲求を人様の個人情報で満たすのはどうなのかしら。実際どんな気持ちなの?
「俺が借金玉だという証拠を出せ」という借金玉の発言は、借金玉は、えりぞ氏の発言を元に「借金玉じゃないかもしれない」といった感じで、ウォッチャー界隈の流行語となりました。
→「借金玉である」証拠として訴状に掲載されたのがwikipediaのスクリーンショットだった件についてはどう思っているんだろう。そして、「私は借金玉ではないかもしれない」ではなくて「借金玉であることの認否を留保する」だよね。証拠があやしいからちょっと待って、というニュアンスがはっきり出ていたように思うけど、それを面白おかしく取り上げたのは、えりぞ氏の意地の悪さだよね。
えりぞ氏が、借金玉の関係者にコンタクトを取っていることは事実です。 「借金玉と関係のあるあなたは、借金玉をどう思っているのか」と、特に返事も貰えないアクションがTwitterで行われています。
→構いたくないよね…
あのような電話をすることは、決して褒められることではありませんが、借金玉が述べたような「私とその周囲への嫌がらせ行為」として常態的に、多数の窓口に発信された事実はないはずです。
→先にも言ったけど、実際に一か所で「行われた」のなら、ほかの場所で起こる可能性があるでしょう?それだけで大体の自営業にとって恐怖でしかないし、かなりシビアな嫌がらせなのよ。サラリーマンだとそうでもないのかな?そんなことないと思うけど。
ここまで書いて思ったけど、読みやすい文章を書くのはほんとにむずかしいね。現在の借金玉氏はただごとでないストレスの中あのリリースを書いているわけで、確かにいつもの氏の文章と比べたら量も多いし読みづらい、というか読むのに躊躇する雰囲気が強いよね。
今井氏のブログ記事が「よくまとまってて、読みやすい」ように見えるのはなんでなのか、ちょっと考えてみてもいいかもしれない。ほんとに、私たちは声が小さいよね。
別に受け入れられないなら受け入れられないでいいんじゃねーの?としか思わんなぁ。
例えば、BLとかさ、受け入れられない人って結構いるだろうし、男性なら特にさ。
「そんなに男同士やらおっさん同士やらの恋愛が見たいの?」と、まったく思わないかといえばそうではないから、気持ち自体はわかる。
けどさ「みんなそんな人殺しの漫画がみたいの?ならいいけどさ」
みたいな、さも人殺しの漫画を受け入れてる人らを、信じらんないとでも言いたげな言い方するのはあかんと思うわ。
自分の快・不快の物差しだけで人の好みや趣味を見るのはよくねーな。(もちろん実際の快楽殺人者とか、そんな社会的にも人間的にもタブーな趣味嗜好は別だぞ?念のため)
おれも上で「そんなに男同士の恋愛とか見たいのか?」と、思わん訳でもない。とは書いたが、同時に、好きな人もいるんだろうしその趣味や好みは自由だよな。とも思ってる。それを気持ち悪いとも思わんし、フラットだわ。
何が言いたいかというとだな
あなたみたいな考えの人が親になると、子供に「こんなものは読んじゃいけません。私は嫌いだから」とか言いかねんと思うのさ。
んで、「嫌い」の理由を説くのさ「だって人を殺してるんだよ?このキャラ。気持ち悪いじゃない」とかさ。
おれ、中学の頃だったか、結構面倒見てもらってた叔母にむりやりおもちゃやら色々捨てさせられたのさ。
小さい頃、あまり物を欲しがらなかった子供でな。でも唯一欲しがったのが聖闘士聖衣のフィギュアでな。母もおれが物を欲しがるのが珍しいから、これはよく買ってくれてたんだよ。おれもお小遣い貯めて買ったりしてさ。
叔母は、大きくなってまでアニメや漫画ってのは恥ずかしいって思う人でさ。いきなり「棄てなさい」って。
となりに座って厳しい目付きで言われて、泣く泣く捨てたんだわ。怒っていた訳では無いと思うが、冷酷な鬼の形相に見えたな。あの顔は忘れん。
後で話を聞いた母や祖母が激怒してくれたお陰で、心の傷は小さいもんで済んだけど、それでも叔母は「だって私は嫌いなんだもん」って、今でも言ってる(後に結構プレミアついたため、さらに母や祖母に言われたりしていた)
自分にとって、どんなに理解できなくて下らなく映るようなもんでも、当人にとってそれがどういう価値があるかはわからんもんだ。
婚活、恋活をしている女性にとにかく思うのは、ボディラインが出る服を着ろということ。
男性側が意識しているか、していないかに関わらず絶対効いてる。
産業的な背景からみて、男性よりも3倍いいものが安く手に入るってことだ。
GUとかユニクロでもいいからぴったりニット買って着て行くんだ。
色はホワイトとかベージュとか、ランジェリーによくあるようなペールカラーがいいぞ。
着れるほど体型が整っていない?
痩せろとしか言えない。
男性は日常的に体型が整っている女性のコンテンツを見ているんだぞ。グラビアとかAVとか。
正直それで次会うかどうかの確率が上がってきたりする。
まあ、男性も清潔感にもっと気をつけろとか、自分の話ばっかしてんじゃねーよとか色々あるからな。
この人は!というときに気にする程度でもいい。
近隣から延焼したらどうせ使えないんだろうね。
窓が割れたり玄関の鍵も掛からないくらい壊れたら備蓄品を安全に保管することもできないし。人より多く買い込んでたって盗られちゃうだろうし。
何より、運良く備蓄を使えたとしても周りの人が困ってるのを尻目に自分たちだけ助かるというのが精神的に無理。多く持ってたら分け与えないと悪いだろうし。
子供がいるからなんとか子供だけでも助ける義務と責任があるけど、子供の目の前で困っている人を助けず自分たちを優先する姿を見せるのもどうかと思うし。
正直、南海トラフ級の大災害が来たら黙って死んでしまいたいよ。生きてるほうが絶対大変だし面倒くさいもん。避難所生活だって過酷だろうし、その後の復興なんて考えただけでしんどい。大災害のどさくさに紛れて攻め込んでくる国とかない? どうせ壊れてんだからってドンパチ始まっちゃったらやだなあと思うし。
ただ、そうやって何もかもぶっ壊れた状況でチャンスを掴んでのし上がる人もいると思う。英雄は時代が作るとか言うしね。運も生命力も強い個体だけが生き残るんだろうね。
もうすぐ子供が5歳になる。
健やかに育ってくれてた。ありがたや。
一つだけ問題がある。
見ながら食うのが習慣化してしまった。
イカンのはわかってるが即効性があるのでついつい使ってしまう。
最悪だ、すまん。父は弱いのだ。
せめて食事中は取り上げたい。
取り上げるとギャーギャーうるさい。
壊れたとウソをついても
「どうせウソでしょ」
「じゃぁパパのケータイでいい」
カンダタは最後どうなったのかとしつこく聞いてくる、知らんがな。龍之介の聞いてくれ。
「地獄のあばれもの」もお気に入りでここひと月毎日観ている、針の山をなぎ倒していくシーンが好きらしい。
ちょっと前はGTAだった。殺戮破壊をケラケラ笑いながら観ていた。
ともかく、せめて食事中は取り上げたい。
お話しよう、大好きな鉄道クイズをしてあげる、などなど誘導策を試みたがダメ
あるいはたこ焼き巻きずしチーズフォンデュなど子供も製作に参加できるようなメニューを増やすか。
なにかアイデアがあったら教えてくれ。
と、ここまで書いてふと、
なんで?
一般的にはダメに決まってる議論の余地なし、だろうがそこにサイエンスは無い、エビデンスはない。
もしかしたら食事中に好きなだけスマホ動画を見たほうが利口で良い子になるかもしれない。
あるいはなんら影響が無いとか。
データを探してみたが無い。そりゃ無いだろう、デジタルネイティブ世代はまだ就労世代に達していない。
テレビを対象にした類似研究はあるが、幼児期テレビ視聴時間、食事中のテレビが長期的にどのような結果となるか追跡コホートは見つからなかった。
で、いくつか論文は読んだが、ようするに見方にもよるんじゃね?と思い始めた。
子供を大人しく座らせて食事させるためにスマホを使う、親も黙ってスマホながら食い
と、
一緒に映像を観ながらそれをテーマに話をしながら食べる、とでは違うのではないか。
落っこちたカンダタどうしたんだろね、もう一回チャンスあげてもいいのにね、どう思う?みたいな
動画をただ消費するのではなくイマジネーションを広げる訓練になれば良いのではないか