はてなキーワード: 「夢」とは
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1953918
会社のエースが辞めてしまった事に対して「なぜ最近の若手中堅が退職してしまうのか」を考える会議で管理職達が出した結論が「そういうとこやぞ」だった
この手の書き込みでもう何度も何度も同じような書き込みがされてるが、
"弊社も若手が辞めまくったとき上司に「本当の原因なんだろう、何か聞いてる?」と聞かれたので「みんな給料安すぎるからって言ってます」と本当の理由を伝えたら「いや、それ以外で何かあるでしょ?」と返され「いえ、本当に給料安すぎって全員」「いや、それ以外で何かあるんでしょ?」「本当に全員」"
それでもこういうのはなくならないんだな。創作交じりなところはあるにしろ。
多分、将来のことなど若手が考えもしなかった時代の感覚が抜けず、想像ができないんだろう。
なので、現代説明用のテンプレートの叩き台作ってみた。他に取り込むべき点なんかあったらコメントしてくれ。
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『上司や経営層は、若手の「給料が安い」という訴えをかなり軽く考えているように見える。
しかし、昔のように定期昇給や会社の存続の保証のない時代、給料が安いと人生が何時壊れるかわからない。
幹部社員の若いころは、若手の給与=小遣いみたいな感覚で、人生設計も「夢」中心のものだったのかもしれないが、今はそうではない。
高校大学時代から社会からも学校からも地に足の着いた人生設計を持て、自分の人生は自己責任で守れといわれて育つ。
「給与が安い」はただの不平不満ではなく、人生を守る絵が描けない、リソースがないという訴えだ。
その会社の給与でこれらを賄えないなら、自分の人生で親や子や老後を捨てるか転職するかの二択になるのは当然。
経営層や上司は家族を養える給料をもらっているかもしれないが、若手はそうではない。
某コンサル会社が同業の競合他社へ情報漏洩の事件をやらかした件について、個人的な感想を書いてみたい。
あなたは自動車メーカーで働きたい若者のモチベーションを想像することができるだろうか?この問いに答えるのは比較的優しそうである。子供のころから車が好きで、自分で憧れのあの車を作りたいとかそういう「夢」があるからだとか、具体的なイメージが沸きやすいのではないだろうか。増田の友人にも、イニシャルDの影響でランエボが好きになって三菱自動車で働くんだと言って入社していったやつがいる。
それに比べるとコンサルタントって、よくわからない業種だったりする。関係ない人から見ればなんか経営のアドバイスをするとかそんなふわっとしたイメージしかない。なので始めにコンサルタントとは何ぞやというところから書いてみたい。
たとえ話になるが、あるところにジンバブエとの貿易を20年間やってきた商社マンがいるとする。である時急にジンバブエ投資がブームになって、支店や工場を作りたい企業がたくさん出てきたとする。だけど日本から見ればマイナーな国なので現地の商習慣や法体系、要人へのコネクションを持ってる人がほとんどいない。そういうときにこの商社マンが独立して有料でジンバブエのビジネスに関するアドバイスを始めたらすごくありがたがられないだろうか?コンサルタントの仕事というのはもともとこういう需要から生まれたのである。個人もしくは少人数で専門性のある人が何かの必要に迫られているひとに知恵を貸すというような、そんな業態だったのだ。
それが時代を経るにつれて経営の戦略立案を手伝う需要が生まれ、様々な専門性を持つコンサルタントが多数在籍する規模の大きな「コンサルティングファーム」が台頭してくる。まあ規模が大きくなったとはいえ、最も知名度の高い戦略系のコンサル会社ですら、東大生・京大生を年に数人採用するとかそのくらいの規模感だったと聞いている。難易度の高い課題を迅速に解決する仕事のため、実務に精通したエキスパートがクソ地頭のいい若者をこき使って仕事をぶん回す少数精鋭の仕事であった。スポーツでいえばオリンピック代表のようなエリートアスリートの世界。増田と個人的に付き合いの長いベテランコンサルタントは当時の話として、同僚に優秀な人しかいないのと、20代の若いうちから役員がするような難易度の高い仕事ができることがとてつもなく魅力的であったとよく言っていた。
で、現代のコンサルタントの守備範囲は前述の例のような専門知識を要する分野や経営戦略にとどまらず、人事、IT戦略といった広い分野に及んでいる。かつて企業が正規の平社員の仕事、例えば事務員や工場作業員やプログラマーを派遣や請負で置き換えていったように、気づいたら幹部社員の仕事の外注先として重宝されるようになっていった。誤解を覚悟で性質を表すと、「幹部社員の高級派遣業」とでもいう感じだろうか。
そうした総合コンサル各社は規模も大きくなり、中途や新卒もたくさん採るようになった。とはいえ業務の難易度は相変わらず高いため、採用基準は依然として厳しいものだった。6,7年前の状況で旧帝大クラスの学生を年に十数人~数十人とかそんなものだったと思う。待遇に不満のある霞が関の官僚がコンサル業界に転職するのが流行りだしたのもこのころだった気がする。この時期のコンサル業界は、スポーツでいえば国体出場選手レベルのエリートアスリート集団といったところだろうか。
その状況が変わったのがここ3年ほど。折からのデータサイエンスやDXブームに加えてコロナウィルスの影響でITコンサルティングの需要が急増した。それに対応するために総合コンサル各社も一気に規模の拡大に走った。拡大スピードは驚異的で、今回やらかした某社でいえば人員を5年で2.5倍に拡大する計画をぶち上げていたくらいだ。
https://diamond.jp/articles/-/300065
さて、これまで少数精鋭で回してきたコンサル会社が規模を拡大するとどうなるか。答えはシンプルで、社員の質の低下が起きる。採用基準でいえば、かつては有名どころのコンサル会社は旧帝クラスが目安だったのに、今ではMARCHクラスの学生もどかどか採用するようになっている。単に学歴が(相対的に)低い人材が増えたというだけでなく、新入社員のメンタリティも変わって来ている。なんというか、ストイックで求道的なエリートアスリート集団の中に、「プロ野球選手って稼げるんでしょ?」的な不純な動機のやつが混じりだしたという感じだ。彼らは仕事内容に魅力を感じているのではなく、コンサル業界ではたらくイケてる俺らみたいなステータスを重視しているように見える。話は少々脱線するが、最近Twitterのタイムラインで自称コンサルタントによる「JTC」という発言をよく目にするようになった。「Japanese Traditional Company」の略で、古臭いイケてない日系企業を揶揄する一種のネットスラングのようなものだが、こういう言葉が流行ること自体が自分に酔ってるイきりコンサルの増加を裏付けているような気がしてならない。コンサルティングの仕事は顧客あってのものなので、ベテランコンサルは得てして謙虚(に振るまえる)だし、炎上リスクのある迂闊な発言をオープンな場でしないのが常識だからだ。
少々話が脱線したので本題に戻りたい。もともと少数精鋭で回していたコンサル会社が急に人を増やしました。仕事を取って来れて人事権を握っているベテラン社員はみんな優秀です。抱えてる案件が増えて、相対的に能力の劣るメンバーも増えたときに、そんな上層部の人たちが昔からの感覚で同じ規模の案件に同じくらいの人数と納期で人を割り当てました。さあ、どうなるか。答えは言わずもがな、炎上プロジェクトの多発である。
炎上プロジェクトが1つや2つのうちはまだ問題にならない。最悪上層部のドチャクソ優秀なベテランが巻き取って火消しをするからだ。だが会社が拡大路線を続ける限り、新たな火の手はどんどん上がってくる。そして、上層部の目が炎上プロジェクトに向いている間に、モラルの低いコンサルタントが納期に間に合わせるために競合他社の資料を使いまわすという禁じ手を使ってしまった…そんな情景が目に浮かぶのは私だけだろうか。ここ2、3年のコンサルブームが落ち着かない限り、第二、第三の類似事件は必ず起きる。そんな気がしてならないのだ。
「天候や海のせいじゃない。これは“人災”だ」──知床の観光関係者たちは、怒気交じりにつぶやいた。ゴールデンウイークを前に日本全国から集まった観光客たちを襲った惨劇。オーナーにとって「夢」だった遊覧船事業は、なぜ最悪の事態を引き起こしたのか。
4月23日朝、北海道・知床半島の斜里町には「波浪注意報」が出ていた。ほかの観光船はもちろん、漁船も出航を見合わせるなか、「知床遊覧船」が運航する観光船「KAZU I」だけが午前10時頃、オホーツク海へと出航した。
「波がけっこう高いけど、冒険だと思って楽しんでくださいねー!」
乗客の不安をかき消すかのように、船長は陽気な船内アナウンスをしたという。“冒険”が悲劇に転じたのは約3時間後、すでに波の高さは約3mに達していた──。乗員乗客26人を乗せた観光船が知床の海で消息を絶ち、11人の死亡が確認され、15人の行方がわかっていない(4月26日19時現在)。地元の漁業関係者が言う。
「あの日、朝の段階では波はそこまで高くなかったけど、次第に荒れることは容易にわかった。だから船長に“波がだんだん高くなるからやめた方がいい”って言ったんだ。彼は“はい”って答えたけど、そのまま出航した。港で船から“冒険”という言葉が聞こえたとき、海の怖さを理解していないなって思った。あの会社の船長は知床に来て2年の、経験の浅い彼しかいなかった。判断ミスでは済まされない事態だよ……」
船長の豊田徳幸さん(54才)は、埼玉県に家族を残して単身赴任中のいわゆる“出稼ぎ船長”だった。埼玉の自宅の近隣住民が言う。
「もともと観光バスの運転手でした。2000年頃に一戸建てを買ったはいいけれど、観光客を乗せて地方に行くことが多いから、ほとんど家にはいなかったと思います。
10年ぐらい前には水陸両用車の会社に転職。その後、外国人観光客向けのバスの運転手になったけど、運悪くコロナ禍で仕事が激減したって嘆いていました。昔から“お金がない”“税金が高すぎる”と言っていて、実際に自宅が市に差し押さえられたこともあったみたい。仕事をコロコロと変えていた印象でしたが、まさか船長になっていたとは思いませんでした」
知床の海は暗礁が多く、地形や運航ルートを熟知していないと座礁リスクが付きまとう。経験の浅い船長が、荒れた海に飛び出すのは非常に危険だった。
「知床遊覧船」は、地元では知られる有名一族が経営しているという。
「実質のオーナーは町議会議員を4期ほど務めた地元の名士で、不動産業やホテル経営、飲食業など手広くやっていました。『知床遊覧船』の社長はオーナーの息子さん。いまは58才ぐらいかな。若い頃は本州に出て神主を目指していたと聞いていましたが、どういうわけか陶芸家になって帰ってきました。2014年に父の後を継ぎ、地元でホテル経営などを任されるようになったのです」(商工会関係者)
「知床遊覧船」の経営に乗り出したのは、いまから6年ほど前のことだった。
「観光船を持つのはオーナーの夢でした。オーナーは経営していたホテル、飲食、そして観光船を合わせた『知床レジャーランド』の構想を持っていました。社長はその夢を実現させる形で、観光船の経営に乗り出したのです。有名コンサルタントからの助言を得て、言い値で買ったと話題になっていましたよ」(前出・商工会関係者)
当初はベテランの船長らを複数人抱え、運営に問題はなかったという。だが、次第に従業員たちから不満が漏れ始めた。
「社長は利益を重視するタイプで、ベテラン船長が天候を理由に出航を取りやめようとすると、“返金したくないから”と無理にでも出航させようとして、船長と言い争いになったことも。衝突が多かったこともあり、2年ほど前にベテラン船長を相次いで解雇。代わりに来たのが豊田さんだった。給料もかなり下げて募集したようで、社長はコストカットできて喜んでいたけど、安全面はおろそかになっていましたね。
最近では、コロナ禍で知床の観光業全体が下火でした。船首部分に入った亀裂のような傷を修理しなかったのも“倹約”ぶりのせいではないかといわれています」(前出・商工会関係者)
その経営姿勢が、経験不足の“ひとり船長”という事態を生んだのだろう。豊田さんも、社長の経営方針に疑問を抱いていたのか、自身のフェイスブックで勤務先を「ブラック企業」と表現していた。
懸命の捜索は続くが……
あの日、船には「特別な思い」を持つ男性の姿があった。交際中の女性に船上プロポーズをするため、人知れず指輪をバッグに忍ばせていた。事故後、男性の家族は報道陣の前で「もうダメなのは覚悟しているけど、2人一緒に見つかってほしい、それだけです」と言葉を絞り出した。
両親と弟の3人が船に乗っていたという男性もいる。知床旅行は、男性から3人へのプレゼントだった。旅行中の両親から届いた北海道の名産品に、お礼のメッセージを送っても返事は返ってこない。
3℃前後しかなかったという冷たい海水。そこに船が沈むとどうなるのか──海難事故に詳しい東海大学海洋学部教授の山田吉彦さんが言う。
「あの観光船は窓で覆われていたので、沈み始めたとき乗客は船内にいたはずです。波風も強いので外に出られません。できるだけ、水につからないようにしながら待つしかなかったと思われます。相当な恐怖です。船が沈んでいくなかで、出口に近い人だけが外に出られたのでしょう」
沈みゆく船内から脱出しても、冷たい海の恐怖から逃れられるわけではない。医療ガバナンス研究所理事長で内科医の上昌広さんは、低体温症の恐ろしさをこう語る。
「低体温症とは長時間、寒い屋外や冷たい水の中にいることで、体の深部体温が下がり、内臓や脳の機能が低下することを指します。早い人は3分くらいで症状が出ます。体温が35℃を下回ると、循環機能や生理機能が働かなくなり、おしっこが勝手に出てしまいます。すると、脱水状態になり、熱を逃がさないようにと血管が収縮し、血流量が下がり、意識がもうろうとする。そして、睡魔が襲ってきたり、幻覚を見ます」
遺族、そして行方不明者の発見を待つ家族は、張り裂けそうな思いで事態の打開を待っている。前出の山田さんが言う。
「私が今回の事故の問題だと思う点は管理体制です。本来13時に港に戻っているはずなのに、13時13分に海上保安庁へ通報するのはおかしい。もっと早い段階から船長は事務所に連絡していたはずです。本来出航したら常に連絡を取れる体制でなければいけませんが、担当者が不在だったか音信不通になっていたのでしょう」
実際「KAZU I」は事務所と連絡が取れていなかった。数ヶ月前から「知床遊覧船」の無線機のアンテナは壊れていて、事故当日、豊田さんは別の運航会社と無線で連絡を取り合うしかなかったという。海上保安庁は、不明者の捜索を続ける一方、業務上過失致死などの疑いを視野に捜査を進めている。
はなれていくホロライブ6
そういったVtuberの売り出し方の変化の中で、
ありていに言えば「夢」がなくなり、
そして「嘘」をつくようになり、
「現実」の醜さが出てくるようになって来た。
・夢
例1:ホロライブ「兎田ぺこら」 >実家はにんじん農家で、にんじんがとても好きなため、いつでもにんじんを食べられるように、ポケットと髪の毛ににんじんを挿して持ち歩いている。 >年齢 永遠の111歳 ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%8E%E7%94%B0%E3%81%BA%E3%81%93%E3%82%89 例2:にじさんじ「リゼ・ヘルエスタ」 >ヘルエスタ王国の第二皇女であり、社会勉強の一環として配信等の活動を行う。
これは一種の現実には存在しないキャラクターであることを明示するユーザーに見せる「夢」の部分である。
一方で、前項までで述べてきた通り、
Vtuberは「生身の生活」を露出することで親近感を売り出し、リスナーを獲得してきた。
そこで必要となってきたのが、「Vtuberの中の人間の生身の生活を飾り付けること」である。
・嘘
Vtuber達は中にいる人間の生活を暴露することによって身近さを演出してきたが、
それ故に中身すらも演出する必要が生まれ、外側のキャラクターを形成する設定ではなく、
中身の自分自身を見てもらうために「嘘」をつき始めるようになっていた。
嘘に関しては「■Vtuberの人気とリスナーの近さ」の項でも述べているため、軽く触れるだけに留めておく。
例:ホロライブのさくらみこ 妹を欲しがるツイートをする ttps://vtuber-matome.com/vtuber-20773-169132.html 弟と妹がいることを暴露する ttp://vtubernews.jp/archives/12943236.html
その他にも、いわゆる「百合営業」やグループの仲良しアピールなどもある。
何も違いはないように見えるかもしれない。
Vtuberはそもそも嘘をついているのだから「騙される方が悪い」のだというというリスナーの発言もよく見かける。
Vtuberたちが嘘をついて、それがバレていくたびに、
リスナーは本当のことが分からなくなり、Vtuberやその業界のことを信じなくなっていってしまう。
・現実
その現実を配信に載せていくうちに、現実の露出の歯止めが聴かなくなり、
例えば以下のような現実だからこそ起きるいざこざが暴露されている。
ベンチャーで資金難の運営にブラック企業のように使いつぶされるVtuberとの軋轢は良く見られる。
例1:「(運営は)聴者を数字や金としか見てない」 ttps://www.itmedia.co.jp/news/articles/1811/14/news086.html 例2:「“ゲーム部プロジェクト”パワハラ騒動」 ttps://www.businessinsider.jp/post-189286 例3:「ソロライブ企画を放置した運営にキレる夜桜たま」 ttps://togetter.com/li/1414254
Vtuberでは「新衣装」という建前で新しいイラストを公開する。
そのお披露目配信は再生数が増えてスパチャも多く手に入る一つのイベントとなっているが、
事務所手動で用意されている衣装の数が、Vtuberごとにが大きく異なっており、分かりやすく優遇冷遇が分かれていたりする。
例1:にじさんじ衣装数一覧 http://vtubernews.jp/archives/11423973.html エースである月ノ美兎の衣装は14個、ほぼ同時期にデビューした文野環は4個という差がある。 例2:ホロライブ3期生の宝鐘マリンと兎田ぺこらで衣装数に差がある https://myjitsu.jp/enta/archives/93432?mobile=off その他優遇不遇まとめ http://virtualyoutuber-matome.blog.jp/archives/10796608.html
3.Vtuber同士の仲の悪さ
Vtuber同士で仲が良くなっていくことを前項までに記載したが、
逆にそう言った付き合いが深くなるにつれて仲が悪くなって共演NGなどになる関係も露出し始めている。
例1:コンビとして企業案件にも一緒に参加していたホロライブの兎田ぺこら&さくらみこ(ぺこみこ) https://www.youtube.com/watch?v=uRB1G0cKpIk →仲が疎遠になったことを配信でほのめかす https://vtuber-matome.com/vtuber-22595-184063.html 例2:ホロライブの夏色まつりが、同僚の赤井はあとに不満をぶちまけ炎上 http://blog.livedoor.jp/gunbird/archives/10414420.html 例3:にじさんじKRのライバー同士のドロ沼訴訟合戦 https://matomame.jp/user/yonepo665/02b402a81896fd00101e
Vtuber側もスーパーチャットを多く支払う一部のリスナーを贔屓しているなどの例が暴露された
例:ホロライブの潤羽るしあ https://www.youtube.com/watch?v=-uyYS9lODvk
同時に上記に記した醜さも配信の世界へと露出するようになってきてしまった。
現実世界との近さは、それだけリスナーに対して親近感をおぼえさせるが、
一方でその近さによって「身バレ」や「スキャンダル」といった「炎上リスク」を生み出すことにもつながる。
また心理的距離が近くなり過ぎたリスナーを生み「ガチ恋」と呼ばれる厄介なリスナーが増えることになったり、
更にはそれが反転(好きな気持ちがこじれすぎてアンチになること)し拒絶を生むということも起きる。
『キズナアイさん登場時に夢見ていた「バーチャル上にキャラクターを創造する新しい形」ではなく、絵が動く配信者としてのVtuberが主流になったという話』
https://togetter.com/li/1856588
というエントリの冒頭に纏められているどこかの社長の発言を見て「きっっっっしょ」ってなった。
誰かが書いた台本を動かす人と声を当てる人がいる。「中の人」は一切外に出てこない。動かす側に「意思」は必要ない。
アイドルという存在はプロデューサと呼ばれる人によって作り出される幻想だけれど、vtuberは更に「動かす人たち」を部品化させている。それが「夢」なのだ。
『銀河鉄道999』で機械の身体を手に入れたいと願う主人公が「機械の部品」にさせられそうになる、というエピソードや『モダンタイム』でチャップリンが機械を操作してるんだかさせられてるんだかわからなくなるという滑稽さを演じたりしているのを思い出したけれど、ああいうフィクションを「夢」として、現実化したい人がいるんだね。
社畜、などという言葉が半ば自嘲のように用いられたり、社員をコスト呼ばわりしてみたりする昨今、どんなことがおきようとそれほど不思議ではないのだけれど、人を部品として使うことを「夢」と語る発言をカジュアルに見るとは思わなかった。
『キズナアイさん登場時に夢見ていた「バーチャル上にキャラクターを創造する新しい形」ではなく、絵が動く配信者としてのVtuberが主流になったという話』
https://togetter.com/li/1856588
というエントリの冒頭に纏められているどこかの社長の発言を見て「きっっっっしょ」ってなった。
誰かが書いた台本を動かす人と声を当てる人がいる。「中の人」は一切外に出てこない。動かす側に「意思」は必要ない。
アイドルという存在はプロデューサと呼ばれる人によって作り出される幻想だけれど、vtuberは更に「動かす人たち」を部品化させている。それが「夢」なのだ。
『銀河鉄道999』で機械の身体を手に入れたいと願う主人公が「機械の部品」にさせられそうになる、というエピソードや『モダンタイム』でチャップリンが機械を操作してるんだかさせられてるんだかわからなくなるという滑稽さを演じたりしているのを思い出したけれど、ああいうフィクションを「夢」として、現実化したい人がいるんだね。
社畜、などという言葉が半ば自嘲のように用いられたり、社員をコスト呼ばわりしてみたりする昨今、どんなことがおきようとそれほど不思議ではないのだけれど、人を部品として使うことを「夢」と語る発言をカジュアルに見るとは思わなかった。
『キズナアイさん登場時に夢見ていた「バーチャル上にキャラクターを創造する新しい形」ではなく、絵が動く配信者としてのVtuberが主流になったという話』
https://togetter.com/li/1856588
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誰かが書いた台本を動かす人と声を当てる人がいる。「中の人」は一切外に出てこない。動かす側に「意思」は必要ない。
アイドルという存在はプロデューサと呼ばれる人によって作り出される幻想だけれど、vtuberは更に「動かす人たち」を部品化させている。それが「夢」なのだ。
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社畜、などという言葉が半ば自嘲のように用いられたり、社員をコスト呼ばわりしてみたりする昨今、どんなことがおきようとそれほど不思議ではないのだけれど、人を部品として使うことを「夢」と語る発言をカジュアルに見るとは思わなかった。
『キズナアイさん登場時に夢見ていた「バーチャル上にキャラクターを創造する新しい形」ではなく、絵が動く配信者としてのVtuberが主流になったという話』
https://togetter.com/li/1856588
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誰かが書いた台本を動かす人と声を当てる人がいる。「中の人」は一切外に出てこない。動かす側に「意思」は必要ない。
アイドルという存在はプロデューサと呼ばれる人によって作り出される幻想だけれど、vtuberは更に「動かす人たち」を部品化させている。それが「夢」なのだ。
『銀河鉄道999』で機械の身体を手に入れたいと願う主人公が「機械の部品」にさせられそうになる、というエピソードや『モダンタイム』でチャップリンが機械を操作してるんだかさせられてるんだかわからなくなるという滑稽さを演じたりしているのを思い出したけれど、ああいうフィクションを「夢」として、現実化したい人がいるんだね。
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『キズナアイさん登場時に夢見ていた「バーチャル上にキャラクターを創造する新しい形」ではなく、絵が動く配信者としてのVtuberが主流になったという話』
https://togetter.com/li/1856588
というエントリの冒頭に纏められているどこかの社長の発言を見て「きっっっっしょ」ってなった。
誰かが書いた台本を動かす人と声を当てる人がいる。「中の人」は一切外に出てこない。動かす側に「意思」は必要ない。
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社畜、などという言葉が半ば自嘲のように用いられたり、社員をコスト呼ばわりしてみたりする昨今、どんなことがおきようとそれほど不思議ではないのだけれど、人を部品として使うことを「夢」と語る発言をカジュアルに見るとは思わなかった。
上岡麻美さんが、すべてお菓子で作り込んだ世界を写真に収めた「おかしなおかしなおはなしえほん」が、新刊ながら「kodomoe」の昨年11月号に結構大きく掲載されて、とってもうれしかった。
私の経験上、作家にとって初の著作が、こうして絵本専門誌に紙面の写真とともに(書影だけではない!)、しかも新刊のタイミングで紹介されることは、あんまりない。これはとてもうれしく、興奮した。
掲載情報を全社メールするときに、「絵本新刊でkodomoe載るのは結構凄い……」と一文つけたしてしまった。
キモかったと思う、また一人で騒いでしまった、恥ずかしい。恥ずかしいけど、会社に行く私。大人だから、がんばる。
kodomoe掲載誌を上岡さんにお送りしたら、すごく喜んでいた。そのとき、ふと、この企画の立案当初を思い出した。
中垣ゆたかさんに『ハロウィンゴーゴー!』というゆかいな絵本を描いていただいたとき。
そのなかには、大きなかぼちゃのパンプキンパイがでてくる。そのレシピ制作を上岡さんにお願いした。
絵本に出てくるお菓子を実際につくれたら素敵なので、絵本にレシピをのせようということになったのだ。
上岡さんに初めてお会いした日。上岡さんがおもむろに取り出したもの。
それは1冊の絵本だった。クラウドファウンディングで資金を集めて自作したという絵本。
「お菓子でこんなことができるの⁉」※いや、言葉にしているじゃん。
『不思議の国のアリス』の世界を上岡さんなりに翻案し、すべてお菓子でつくりこみ、それを写真にとったシーンの数々が収められていた。
絶句した。
まさか、打合せでこんな絵本を見せられるとは思っていないのだから。
上岡さんは照れくさそうに、でも、とてもしっかりとした目で、「こういう絵本の企画って、どうですか?」と言う。
もちろん、「言葉を失う」という言葉しか出てこないいほど、わたし、今、魅了されている! 実現したいに決まっている!
……でも当時、私は自信がなかった。今ももちろん自信はない。しかし、当時はもっとひどかった。
「素敵ですね! もちろんやりたいです! ……でも、社内で検討してみます!」
……そう言って、打合せが終わり、二人で喫茶店を出た。
恥ずかしかった。素晴らしいものを前に、「でも……」と口ごもる自分が。
2人してエスカレーターにのって、駅の改札に向かう。そのとき後ろから、上岡さんにかけられた言葉は、今も忘れられない。
(※出版社が会社である以上、そこに所属する会社員である以上、社として決まっていない企画を「検討してみます」と伝えるのは当たりまえです。
ここで私が言いたいのは、会社のみんなに納得してもらって、納得のクオリティでつくり、そしてそれを全力で世の中に届けるために奔走するのだという覚悟が、自分にその瞬間なかったということです)
「黒田さんの夢ってなんですか?」
不意を打たれた。
(私の夢?)
私の夢ってなんだろう。
中学生のころは死なずに生きるのに必死であんまりおぼえていません。
高校生の頃はロックミュージシャンになりたかったです。バンドもやっていました。
新卒で入った会社で子どもとかかわる仕事をして、子どものための仕事に目がむき、児童書の編プロへ。
本をつくることは、もうこうして毎日夢中になってしまっているほどに、楽しい。
辛いことももちろんめちゃくちゃあったけど、編プロで本づくりを教えてもらったらもうやめられなくて、もっといろいろな本を作りたいと思って、今の職場にやってきました。
でも、そんな私の「夢」って、なんだろう。
社会人になったら夢とか言ってらんないよと思っていた。
とはいえ、聞かれたことにはなんとか答えねばと思い、「夢は……一人出版社ですかね……?」と苦し紛れに答えた
(が、特にそういった思い入れはなく、私は組織のなかで色んな人の考えや意見を知りながらもみくちゃになりながら働くのが好きっぽい……。めちゃくちゃ協調性なく迷惑をかけるけど……。)
その答えを聞いた上岡さんが、「そうなんですね!」と曇りのない笑顔で言った後、こう言った。
シビれた。
未だに忘れない。
あのエスカレーター。振り返ったて上岡さんの目を見て、上岡さんも私をみて、そう言ったんです。
上岡さんの作品をSNSでは見ていたし、さっき自作の絵本まで見て言葉を失うほどの素晴らしさだったから、それはまったく無謀な夢とは思えなかった。
世界中の人々を魅了できる世界を形づくっている確信をもちながら、妥協なく表現をつきつめる。それができる人の言葉だった。
私は、「でも……」と口ごもっている場合だろうか?
上岡さんに自作の絵本を手渡され、それを開いた時。これはどう見てもすごいと、私は本心で思った。
でも、「売れるか」とか「うまくバズらせられるか」とか、そういった絵本の魅力そのものではなく、周辺の、私なんかにはコントロールが難しい事象にばかり考えを巡らせてしまった。
見た瞬間センス・オブ・ワンダー。心にどストレートに届く。それを大切にしなければいけないと、気が付かされた。
それから、私がやらねば誰がやる、とキャシャーンの気持ちが沸き起こって、社内で企画を通すに至る。
長い時間をかけて、カメラマンの林ユバさんも加わり、じっくりつくりあげました。
たくさんの人に届けたい。
上岡さんの作品に出合い、絵本の撮影に18回立ち会ってわかったのは、私はこういう、言葉ではうまく説明できないようなセンス・オブ・ワンダーな表現をこの世界に残したいということ。自分は、だからこの仕事をやめられないんだということ。
私の夢ってなんだろう。
まあ気の毒な話ではあるが、一般に「夢」が叶って当たり前だと考える方がおかしいよな。どうしても将棋棋士やバイオリニストになりたかったけどなれなかった人なんて腐るほどいるわけで。みんなそれでも生きてんだよね。全てを諦めて生きるか何らかの道を探し続ける生き方をするかは人それぞれだけど。
「夢」がたまたま「幸せな家庭」だったというだけで、それが社会で「正しい姿」とされてるからというだけで叶って当たり前だと考えるのは認知が歪んでいると言わざるを得ないだろう。
だいたい、仮にそのまま結婚できてたとして、その後夫が病気や事故にあって働けなくなったり、生まれた子供があうあうあーだったりしたらどうするつもりだったんだ。「夢のために頑張ってきたのに!」と叫ぶのか?
しぬまでにやりたい○○のことみたいな本たくさん売られてるじゃん
意味ある?
robots.txt や .htaccess でアクセス制限をかけたり
個人サイトのHTMLに meta(name="robots" content="nofollow, noindex")タグを仕込んだり
単/語/を/ス/ラ/ッ/シ/ュ/と/か/で/区/切/っ/た/り
そんなことをやっても、今はあなたたちの言う「一般人」が一般的にSNSでURLを共有するネット社会だよ
登録型検索サイトなんかで閲覧者を制御できていた時代とは違うんだよ
いつもSNSで簡単に文脈が切り取られてクソリプが飛び交うだろ
非夢垢を用意するのは?
「非夢BLを夢的に楽しんだ」ことを表明しなければ(その作者に伝わらなければ)、たとえ真実だとしても増田が「非夢BLを夢的に楽しんだ」事実は残らないと思う。
そして、プラットフォームがわからないので何とも言えないが、現在の公開情報(ブックマークや閲覧の履歴など)から楽しみ方を類推されることもはばかられるなら、先に言ったように非夢垢を用意するなり、垢なしで読むなり。
書き手に回るときこそ、非夢垢を用意して、あたかも非夢者であるかのようにふるまえばよい。
非夢者としての交流が難しければ、交流を排す。更新情報を告知するだけのツイッターにするとか、そもそも交流系のアカウントを持たないとか。
「夢」にまつわる情報を公開しないまま腐女子としてふるまえば、それは表向きは非夢腐女子ではないだろうか。
読み手にしろ書き手にしろ、表明していない事柄について(「キャラくんになりきっているのでは」などの)憶測をぶつけてくる人物には一定の悪意があるので、気にする必要はない。