http://shinya-sheep.hatenablog.com/entry/2017/05/30/205952
このブログ記事で「嫁」を始めとした漢字の成り立ちが、現代にそぐわない思想であり違和感があると述べられている。
男尊女卑がおかしい、男女は平等であるべきという考え方に異を唱える気はさらさらないが、
そもそも「嫁」は「家にいる女」という意味でつくられたのだろうか。
紹介した記事内のマンガでは「初めて漢字をつくった人」という説明書きのされた人が「よめか……外にも働きにも行かず、ずっと家におるし女編に家でええやろ」と言っている。
ブログの筆者は「調べた」と述べているが、出典がないので確認はとれない。
私の方でもネットで「調べて」みると、
http://gaus.livedoor.biz/archives/6242769.html
のような記事が見つかり、別にずっと家にいる女だから嫁ではないことがわかる。
とはいえこんな出典では頼りないことは確かだ。しかし「家にいる女」という主張は同じ程度なのである。
「家にいる女」というのは、現代人が「女と家」そして昔は男尊女卑がひどかったという情報を結びつけて考えついた話ではないだろうか。
繰り返すが、男女平等に異を唱えたいわけではない。差別的な表現を変更しようということにもだ。
しかしその問題となっている語が本当に差別的表現なのか、こじつけなのかはよく見極めなければならない。
そうしなければ、もはやほとんどの言葉、特に漢字なんてものは使えなくなってしまうだろう。
同じブログ内の別の部分でおかしいと感じるのは、ブログ筆者の考案した「ひきこもり」の漢字(人偏に家)である。
“ちなみに作中で、家にいる人と書いて「ひきこもり」という字を作ってみたことで
お怒りになる方がいるかもしれませんが、
まさにその感情を世のお嫁さん方が持ったとしてもおかしくない漢字な訳です”
嫁については(成り立ちの前提を「家にいる女」だとして)問題点は「よめ」が家にいることが当然とする思想そのものを表していることである。
「よめ」(よめの語源についてはまた別の問題であるため触れない)は結婚している女性であり、この段階ではなんの問題もないが、
漢字が女+家で「女は家にいるもの」という思想が反映されているのでお怒りなはずだ。
元ジャンプ作家らしい。媚びすぎ