2017-04-05

映画ゲームにおけるゾンビ問題

とくに海外映画ゾンビもの流行ってる理由って、単純に迷いなく殺せる(死んでるけど)相手っていうだけなんだよね。

昔なら勧善懲悪、敵は迷わず皆殺しが当たり前だったのに、いちいち雑魚一人にも人権がー人生がー家族がーとか始まってしまったことで、昔見たく気軽にザコを殺せなくなってしまった。

最近作品ゲームでも映画でも本当にこの辺に気を遣っていて、アヴェンジャーズとかもビルとか街並みがどんどん壊れていくのに市民が一人も死んでなかったりと変なことになってる。

そういう視点から行くと日本ゲーム時代遅れで、無双シリーズなんて本当に理由なくわらわらと湧いてきては人が死んでいく光景を当たり前のように見ることができるのだけど、非実在青少年ポルノよろしく間もなくの命です。

ところがそれを逆手に取ったのがnier automataで、意思を持たない機械生命体を迷わずしまくってると、その内プレイヤーがあれ?と思う仕掛けに溢れている。

このゲームをやってみると、どうして海外作品ゾンビだらけになってる理由がすんなりと理解できるはず。相手から襲われるまで攻撃したくなくなってくるからキャッチコピーひとつである「命もないのに殺し合う」は、近年まれに見る名コピーだよな。

へーそんな視点あったんだ。って思った人は、最近みた映画特にミュータント系の映画見直してみるといいよ。全然死なないくせに、突然感動を盛り上げるためにキーパーソンが死んだりするから。うける。全員桃太郎学芸会かよ。

ただ、これが命の大切さを問うかどうかは別だと思うけどね。ああ愛にあふれる美しき世界

追記

ヤダ、このタイミング注目エントリーに乗っかったら下の増田に乗っかったのがバレちゃう(*/∀\*)

追記追記

ちょっとまってくれ。埋葬方法とか、もちろん下地に流れる文化の違いはあるのだけど、そうじゃない流れが始まってるってことをいいたいんだ。

モンハンで狩りをする必要性が見いだせないプレイヤー現実にいて、映画の中で悪役だからといって捨て駒のように出てきては死んでいく姿を見るととたんに覚めてしまファンも多く存在している。

マッドマックス過去は命を軽んじてなんぼの作品だったのが、単なるヒャッハー映画じゃなくてウォーボーイズたちに死の正当性矛盾なく与えることができたからあそこまで評価されたんじゃないか

そんな中で雑魚を殺しまくっていくことに段々と疑問を抱かせてくれるのがNier automataなんだって

まずはやってみて、それから考えてみてくれ!ってこれじゃNierのステマじゃねーか!9S2Bのどちらに抱かれたいかなんて選べるか!

トラックバック - http://anond.hatelabo.jp/20170405143751
  • けもフレゾンビ

    このタイトルでいつか書こうかなと思ったが、反対派が面倒なので放置していた。 元増田の述べる生命の尊重、というしょうもないアメリカ的倫理観(増田のことではない) で命を問う...

  • http://anond.hatelabo.jp/20170405143751

    甲鉄城のカバネリと進撃の巨人は海外基準でもオーケーなんですかね

  • http://anond.hatelabo.jp/20170405143751

    アベンジャーズ2で暴れまくった結果、一般人に犠牲が出てシビルウォーで復讐されたし バットVSスーパーでは同僚がスーパーマンのせいで死に、バットがスーパーマンに戦いを挑んでる ...

  • http://anond.hatelabo.jp/20170405143751

    で、MOONとかは別の増田を使って「意識高いアレ」などと断罪するわけだ ダブスタもそのくらいにしたらどうなのか

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