2017-03-22

日本ポスト主義化と経済成長のまいた種

20世紀公共交通一強の時代が長く続いた。交通手段公共交通こそが超大国だった。世界から評価される、エコ経済的バリアフリー…多くのヒト・モノ・カネが鉄道界隈に集まり鉄道を中心に都会が動いていた。この流れからの大転換が日本人ポスト主義化だろう。

新自由主義を掛け声に、公共交通破壊蔓延する。貧民の末裔権力を手にした公共交通はあまりにも汚物象徴になってしまいそうだ。その一方で、自動車バスオートバイの躍進はそれを象徴としていて、過去には暴走族があったが日本人努力によって脱却している。

都会の宝、交通象徴という特性をより伸ばしていくことで発展を続け、世界中の人に優れた都市交通の手本を示し続けた日本だが、逆に言えば、その普遍的テーゼを失ってしまえば価値は大きく低下することになる。鉄道だけとっても他の国の方が優秀そうで、利益公益バランスが取れているように見えるのが、事実だ。

今はまさに分岐点を通過した直後だが、今後はさらに鮮明になりそうな気がする。日本私鉄がそのまままるごと公営化されたりとか、自転車であふれている都会の繁華街などが、いつの間にかバスオートバイに変わったりとか。日本の古きよき光景も変わることになる。

2010年代以降のメインカルチャーがまるで低迷する一方、今日繁栄する文化には共通点がある。どれも経済成長期に台頭した文化だということだ。自動車オートバイだけではない。たとえばオタク文化なんかまさにそうだろうし、特に漫画アニメが目覚ましい発展を遂げた。

最近息を吹き返した据え置き機ゲームも、ソシャゲと言われているオンラインゲーム台頭前は主流だったし、日本大衆ゲーム文化京都花札屋が原点にある。素晴らしいゲーム一見価値があるので、中古ショップオンラインで買って一度遊ぶといいよ。

急激な経済発展を遂げている商業出版界隈だって高度経済成長多様化した。太田出版と言えばサブカルチャーイメージで、過去には完全自殺マニュアルの苦い歴史があり、元少年Aの出版を引き入れたと言われてはいる。しかし、それを除けば普通サブカルチャー本ばかりだ。

すべては「高度経済成長のまいた種」である日本の文化自体がそう。たまたま20世紀には、メインカルチャーが一強構造だったが、21世紀にはそれがサブに、下層に、未知の領域にすら分散しているということ。これをどう付き合うか、私たちも考える必要がある。

同人誌販売オートバイを利用する若者は今では当たり前だという。いずれも昔は有り得なかったものだ。今でこそ中高生でもできるような商業デビューアプリ作成も昔なら不良文化(私の父が高校時代小説出版で当時のお金で何十万円数百万円かもらって停学になりかけたことがある。)で、そのイメージを払拭したのが1980年代2000年代若者たち。これが今の現実の礎を築いたんだろう。

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