2017-03-19

最後までお箸で食べさせてあげたかった

もう20年近く前の話。

ばあさんがアルツハイマー入院して、家族が当番で身の回りの世話をした。

俺は大学院生で、指導教官には研究室に入るときによく事情説明して、夕方ゼミとかがない日には3限(2:40終了)のあとすぐに新幹線に乗って、実家近くの病院に向かった。

だいたい、月木、それと土日。


3時過ぎの新幹線に乗ると、夕飯には間に合う。配膳され、上体を起こし、前掛けをつけて、おれはお箸で1品ずつバランスよく順番に、できるだけ品よく食べさせてあげようとした。

いただきまーす」

「おいしい?」

(にこにこ)(うんうん)

「おいしいね

(にこにこ)(うんうん)


ふだんはスタッフの人も忙しいから、どうしても食事スプーンでまぜて、練りこんで一口分ずつ口に運ぶようになる。

おれがお箸で食べさせると横目で見て「(ばあさん)ちゃん、よかったわね」なんていうけど、よそのばあさんにそこまでする人はいない。別に恨んでもいない。よくしてくれた。恨むのは、筋違いというものだろう。


箸を遣う手つきがとてもきれいな人で、元気だったころはお豆さんを上手につまんで、おれたち孫によそってくれた。

きんぴら陳皮とうもろこしなますちょっとした和え物。角砂糖だって、ばあさんの手にかかれば、一味もふた味もちがう何か特別料理に見えた。早産で生まれたおれの命を救ってくれた手に、おれは報いることができない。

代わりに、もう起きられなくなって、お箸一口ずつ口に運ぶのはだれが見たって不合理だってなってから、おれは少しの間、抵抗した。

最後まで、お箸で食べさせてあげたかった。

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