2017-01-29

「惨めな自分」の本質

映画ドラママンガ時間を使ってしまい、勉強ができなかったとか、睡眠時間が少なくなったとか、そういうことは問題本質ではない。問題本質は、マンガドラマも、それどころかほとんどあらゆる娯楽、いや娯楽に留まらず、世界にありとある物事に対して無関心になってしまうほどに自分がのめり込む所業がないことであり、それこそが俺の惨めさの源泉なのだ。命をかけて成し遂げたい夢とか、救いたい人々とか、手に入れたいものがない。そういうものがあれば、娯楽なんて必要なくなる。そしてそれこそが仕事であるべきだ、そういう仕事は振ってくるものではないし、ほとんどの人々はそういう仕事に巡り会う幸運には恵まれずに一生を終える。それもまた人生だが、それを受け入れられない人間は、ただひたすらに己の惨めさを醸成していく。

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