2016-09-16



  

私は、生きている意味がない。

人形のような、ロボットのような、感情が認められない人生

生きている意味がないし、自分表現して生きていく自信もない。

本当は、楽しく無いのに、楽しいフリをする人生

不安なのに不安がないかのように振る舞うことが、良いと思っていた。  

もう43才を過ぎた。

これから。上手く出来るようになるイメージが湧かない。

  

小学校の低学年の頃は、運動が凄く苦手だった。

小学校の高学年からマラソンというか、長く走ることを通じて、苦手な球技がある程度出来るようには、なった。

  

だけど、会話だけは上手く出来ない。

悩み事を、しっかりと順序立てて話すことが大変に難しい。

これから、どうしたら良いのか。

なんか、慰めてくれた人にも申し訳ない。

「何に困っているか、何を助けて欲しいのか」を言わないと助けてあげられませんよ、という言葉

話せるところから、話せば良いのですよ、なんて言われても、困ってしまう。

『悩みを、話すこと』『相手の人に負担を掛けてしまうこと』『自分の怒りの気持ちを表明することが出来ないこと』

これが苦手だ。

  

本当は、嬉しくないのです。

ネタにして欲しくないのです。

私の父親は、欝病で大学1年生の時に自殺して、なくなりました。

  

欝病の知人や友人の人の話を聞くと避けて来ました。

そのような話の時には、深入りをせずに、話の輪には入らないようにしてきました。

なぜ、今更?とも、言われます

かつての職場で色々とあったからです。

父親も、生まれついて口下手でした。

  

父親母親、妻の悪口を言うのを止めて欲しかったです。

あるいは、「人付き合い、挨拶人間関係について、親に教えて貰わなかったの?」みたいな言葉を掛けられることが、大変に苦痛です。

なんとなく、追われるように仕事をして。

なんとなく、結婚をして。

  

なんとなく、人へ波風を立てないように

空気読めよ」って言葉に怯えて暮らしてきたと言ったら大げさでしょうか。

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