2016-08-09

世俗習俗となっているEM

EM効果科学的に証明されていようがいるまいが関係ない。

EM存在し、その効果を信じる人々の信仰は誰にも排除できないのだ。

EM老人会婦人会町内会といった市井の人々の素朴な信仰なのだ

彼はらEMで金儲けをしようとしているわけではない。純粋善意で、EMの啓発を行っているのだ。

そこにいくら非科学的だ、オカルトだと正論をぶつけたところで、彼らには通じない。

彼らにEM非科学性を信じさせるには、一つの方法しか無い。彼らにEM科学的に万能だと信じ込ませた人から否定言葉だ。だが、それは絶対にありえない。

もはや彼らにとって、EMは、それぞれの地域にある鎮守稲荷天神観音といった世俗習俗文化と同一のものになっているのだ。

はたして地方の小さな自治体が、その素朴な信仰を無下にできるだろうか。

幼稚園保育園、小中学校は、地元と密接に関わらざるを得ないのだ。

地元婦人会老人会町内会との良好な関係が、そこに通う児童生徒の教育・養育環境に大きな影響を及ぼすのだ。

EMを苦々しく思っている役場担当もいるだろう。

だがしかしEM公然否定することはできない。

EM否定地域コミュニティ否定に繋がるようになってしまったのだ。

はいえ、公にEM肯定することもできない。

EM肯定的意見ネット流出させてしまえば、袋叩きに遭ってしまうからだ。

EM宗教的だ。だが、宗教として認識されていない。

EM宗教だと、広く認識されていれば、役所人間公然排除できるのだが。

実は、EMの正しい使い方というのがあるのかもしれない。

将来、ある条件下において、EMに含まれる菌の相互作用で、ある効果を発揮することが解明されるのかもしれない。

しかし、その解明されたものは、彼らにとって、もうEMでは無いのだ。

彼らにとって、EMとは、曖昧模糊とした存在でありつづけなければならないからだ。

このような存在になってしまったEMは、健康生命への危険性が立証されない限り、その存在否定することはかなわないだろう。

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