昨日、ラーメン屋のカウンター席でラーメンを食べずに餃子を食べていた。
そうしたら、俺の右隣に座っていた5歳くらいの男の子が急に「背中がかゆい!」と言って俺の方に背中を向けたのだ。俺はびっくりしたし、もしラーメンの汁でも飲んでいたら吹き出していただろう。
俺が何か言う前に彼は「あっ間違えた」と言って、背中を母親の方に向けた。ああ良かったと思って餃子に戻ると、今度は彼の視線が気になった。そう、彼が母親に背中を向けているということはつまり、俺に顔を向けているということなのだ。
母親は「はいはい」と淑やかに言い、息子の背中を掻き始めた。餃子を食べている俺と、俺を凝視しながら母親に背中を掻いてもらっている男児。それはありがちでありながら奇妙な光景であった。
彼は急に「さっきより背中がかゆくなった」と俺に向かって言い放った。正確には、母親に言い放った。けれども母親は隣に座っている父親と思しき人物と喋っており、彼の言葉は不運にも俺にのみ届く形となる。
「さっきより背中がかゆくなった!」
また言った。
俺にはもう餃子の味は分からなくなっていた。だんだん紙みたいな味がしてきた。餃子の味を再び認識したいというその一心で彼に話しかけた。「そうか、かゆいんだね」語彙力が乏しいのでただリピートするだけである。
しかしリピートしたことによって、彼は自分の話を聞いてもらっていると思ったようだ。
「うん、かゆいよ。背中を掻いてもらってるのに、なんでさっきよりかゆいの?」
「血の流れが良くなったからじゃないかな」
「なんで良くなるの?」
「なんで背中を掻いてもらうと、血の流れが良くなるの?」
「じゃあ、君ははなんでだと思う?」
「…うーん?なんで?」
最早カオスであった。手に負えない。
『なんで?』
この平易でありながら重々しい言葉を、未熟な俺には受け止められなかった。
だからこう言うしかなかったのだ「なんでかっていうと、人間だから」と。彼は50パーセントくらいは納得したみたいな顔をして、やっと黙った。