黒澤や小津、今村など世界的に評価されてる映画人が活躍していた時代、映画業界は大卒しか入れなかった。しかもその当時は今のようにボンクラでも大学生になるような時代でなく、大学に行けるのは本当のエリートだった。
「社会に警鐘を鳴らし、見た後も議論が湧き、この社会に生きる者としてカタルシスを感じさせる体験こそが映画の醍醐味」と多くの人はいう。そういった、観る側も「考える行為」を必要とし、議論を交わす行為自体が一種の娯楽として捉えられる文化レベルの人間を満足させるものがより価値の高い映画ということになる。
観る側に一定の素養を必要とさせるような社会的意義を持った作品作りができるのは、「マズローの欲求5段階説」の精神的欲求を満たそうとする生活レベルに達したエリート層。「貧すれば鈍する」のことわざ通り貧乏人は即物的な欲求に走り、ジェットコースターのような低レベルな表現で満足し、議論を湧き起こすような表現を理解できない。
「スター・ウォーズ」も「第9地区」も「ダークナイト」もSF世界を描きたいだけの即物的な映画ならヒットはしなかった。SFの姿を借りつつ根底には「田舎の若者の葛藤と希望」、「格差社会」、「悪とは、人間とは何か」というテーマがあり、だからこそ観客はカタルシスを感じ、感動する。
社会的意義のカケラもない商業主義に染まりきった意識の低い連中が、カネ儲けのために過去のヒット作のカッコよさ、スピード感、キャラの表面的なエッセンスのみをかすめ取ってストーリーを後付けするような本末転倒な映画制作をして感動する作品が出来上がる訳がない。