自分は2chやはてブ、時にはヤフコメなどの「ネット上の意見」をよく見てまわっている。自分と同じような意見を見ると嬉しくなるし、全く違う意見が支持されているのを見るとイライラしたりもする。
元々ネット上の意見に感情を乱されがちなタイプだなとは思っていたんだけど、昨年のエンブレム問題以降のネット上の意見にはかなり精神を蝕まれた。自分はデザイナーなんだけど、デザイナーという仕事を否定するような書き込み、自分の目からするとちょっとどうかと思うレベルのデザイン案が支持を集めていることなどを毎日毎日見ている内に心のバランスが崩れ、しばらく会社を休んでしまった。おかしいと思うことについては冷静に反論の書き込みをしたりもしたけど、ネット上の大きな流れには到底勝てずに批判のレスやマイナス評価で溢れかえり、悔しさと悲しさで頭がおかしくなりそうだった。
そんなこともあってしばらくネット上の意見を見ないようにしようと決めてたんだけど、エンブレム問題の熱が冷めてくるに従い結局またいろいろと見て回るようになってしまった。エンブレムの時ほどではないが、今でも自分の意見が馬鹿にされているような場面に遭遇すると心がざわついてしまう。
自分の同僚にネットをあまり見ない奴が一人いる。彼はエンブレム問題の時も全然ネット上の意見を見ていなかったし、ネット上でデザイナーという仕事が否定されていることを伝えても「へーそんな風に言われてるんだ。」「別に気にしなきゃいいんじゃん、誰が書いてるのかもわかんないんだし。」と言った感じで全く影響を受けていなかった。
正直、ネット上の意見を見ないで毎日を過ごすことができている人のほうが幸せなんじゃないかと思う。ネット上だと何百人、何千人という意見が目に入ってくる。その中には相手への思いやりに欠け、過激に人を傷つけるような意見も多いし、どういう意見が多数派なのかも可視化されて、多数派じゃない意見は迫害されたりもする。一方、ネット上の意見を見ずに生活していれば、意見が聞こえてくる相手なんてせいぜい数人〜十数人程度だろうし、過激に他人を傷つけるようなことを発言する人もいない。意見があまりに合わない人とは接点が無くなっていくから、不愉快な意見を聞き続ける必要もない。意見が違う人とだって、なぜ違うのかをゆっくり話し合うことも出来るから、不必要に相手を憎むようなこともなくなる。
それでも、膨大な意見を見ることが出来るというのは楽しくてどんどん見てしまう自分がいる。適度に距離を保って見ているつもりでいても、過激な意見や心ない意見を見ている内にいつの間にか心が荒んでしまうような気がする。どうやったらネット上の意見と上手く付き合うことが出来るんだろう。やっぱり「見ないようにする」ってのが一番いいんだろうか。
SNSやコミューンとの関連をたち、それから簡易的な触れ合いで済むTumblrやmnmmなどに居住する。 そこの人たちを大切にして生きると楽にはなれる。 その代わり村社会化するのできつい因...
本当にきついときはアカウント辿ったりして人物像をつかむようにしてた こいつこんなこといってるけどそんな知識ないしなんか頓珍漢な奴だなとか この時間帯に書き込みしまくってる...
だから究極的には殺すしかない
そこから多少進化して議論好きになってもろくなやつにならないのはネットが証明済。 1.議論の誠実さを求めているのではなく、議論に誠実な僕を見せることを求める。 2.相互理解とい...
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