2016-03-30

オオカミに育てられた元少年食事をした話をしたい

まず、私は普通サラリーマンであって、恵まれない人々を支援する団体職員等ではないことを断っておきたい。

もう一月以上前の話になるが、オオカミに育てられた元少年食事をしたことがあった。

食事をしたと書いてはいるが、彼とは一言も話していない。談笑できるような雰囲気ではなかった。

私はSEをしており、現在東京で働いている。

人並みに忙しい日もあって、昼休みは静かに午後のタスクを整理することが日課となっている。

その日もいつもと同じように、都会のビル群を眺めながら長机の端に脚を組んで昼休みを過ごしていた。

そこに現れたのが、彼である

私の斜め向かいに彼は腰掛けた。

彼に会うのはこの時が初めてであった。

彼の第一印象は至極普通であった。普通ゆえに特に印象に残っていることはない。

まり、私は彼が彼であることに気がつかなかった。

強いて感想を挙げるのであれば、"少し猫背"だなと思ったくらいである。

なぜ気がつかなかったかというと、まぁスーツを着ていたからだろう。

年齢は30代前半くらいに見える。ネクタイは着けていなかったが、メガネは掛けていた。

箸を使って食事を器用に口に運ぶ動作に、不自然なところは見当たらない。

当然であるが(?)四つ脚で走ったりなんて漫画チックなことはしない。

偏見になってしまうが、外見は普通社会人であった。

ではなぜ気がついたかと言うと、彼が発する特殊な音である

彼は"クチャクチャ"と音を立てながら咀嚼をしていた。

なぜ音を発てているのか理由は分からない。

彼にとっては音を立てない理由がないからだろう。

私は驚き、彼を一瞥した。

彼は私のことなど気にも留めていないようで捕食を続けた。

この時はまだ彼が彼であることに気がつかなかった、私は再び窓の外に視線を戻した。

しかし、私の視線は再び彼に向いた。先ほどとは異なる音が聞こえてきたのだ。

"ズズゥー"

これは一体何の音だ。

私は音の正体を知るべく彼を観察した。

よく見ると彼は左手レンゲを持っていた。"右手に箸を持っているにも関わらず"だ。

そしてレンゲ味噌汁を掬うと勢い良く口に入れた。

正確には、入れたのではなく、吸い上げたのである。吸い上げると同時にこの音がするようだ。

私はこのとき、彼が彼であることに気がついた。

いや、彼が彼であることを確信した。

彼の挙動は、幼少期の特殊環境下にいたときに身についたものなのであろう。

私は彼を観察することを止めなかった。彼をずっと見つづけた。

第三者からは、彼を睨んでいたようにも見えただろう。

"少し猫背"だった彼のシルエットは、"かなり猫背"に変わっていた。

背中丸め頭をテーブルに突き出す姿は、動物のそれであった。

暫くして彼が負傷していることに気がついた。左腕の自由が効かないらしい。

彼はレンゲを持っていない時は、左手を机に置かず、体の横で"ブラブラ"させていた。

筋肉を痛め、腕を曲げておくことができないのであろう。

「これで脚を組んでいたら役満だな」と思いながら、私は彼の観察を止め外を見た。

窓に映る自身の姿を見て私はハッとした。そして、食事の席を後にした。

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