2016-02-03

[] くそらてす

最初の頃増田ではうんこ、といえば「うんこ記事」を意味していたように記憶している。

だけど最近ではうんこのもの意味を持ち、ただうんこというテーマをもって何かを書けばネタとしてそれらしく見える、というところまで来てしまった。

これをうんこ玄人化と呼ぶとしよう。玄人化は基本的にそのワードを文中に含める、あるいはワード自体提示物の主軸にすえることで提示物の価値を高める効果を持つ。

うんこはなにやら意味ありげネタである、という体裁を漂わせつつ、その実うんこに引っ張られて内容が底上げされるという側面を持っている。

そこでこの事実を、こないだ一人歩きし始めたばかりのうんこへと問い合わせてみることにした。

彼はそれは全くその通りだといいながら、薄暗い部屋でソクラテスの知恵について述べ始めた。

彼曰く自身はこの世にまとわりつく唯一のうんこであり、しかしその形は不定形であるため完全ではない。完全なうんこでありながら不完全性を内包している、という。

まりそれは君自身全面的否定することであり、ひいては君自身うんこであるからこそ回答が可能ではないのかと僕はといかけた。

するとあきらかなる意味の一人歩きであるうんこは僕にこういった。

"その通り。私が不完全であることを理解するには私が完全でなければならず、その矛盾を指摘したあなたは私を完全なうんこたらしめるのです"

僕はそれに対して一つの疑問がわいた。

"つまりはこうだ。君という完全性はうんこ排泄者という僕がいなければ担保されないと"

"それもまた不完全さの表れでもありますしか意味ありげ玄人うんこに、人々は完全性を付与させることはないでしょう"

"それではどうして"

"完全性は不完全性の親だからです。しかしその不完全性こそが創造者と非創造者の溝を埋め、さらには自分たちの立つ基盤すらも失わせます"

ここまでいうとうんこはいなくなり、部屋は崩落し始めた。

僕の手のひらにくっついていた指がはじけ飛んで、マシュマロのように消えていった。

ここまでがうんこである「私」の中に残る「僕」の記憶だ。

こうして意味あるうんことして、私はたまに思い返すようにしている。

それが完全化しない程度に。

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    何の意味も無いとわかっているのに読んでしまった

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