2016-01-31

クウネルとオリーブ――オリーブの全盛期とはいつだったのか?

クウネルのリニューアルをめぐる混乱を見ていて、振り返り。

誰かがAmazonレビュー

淀川さんってオリーブ編集長だったといっても、全盛期ではないのでは?」

というようなことを書いていたので、手元にあるバックナンバーやらネット情報やらを見ながら、歴代のオリーブ編集長を振り返ってみる。

以下敬称略で。

椎根和(1982〜1983)ポパイ別冊時代で、OL向け。Wikipedia にもあるようにMagazine for City Girls。Hanako前身みたいな感じ。椎根氏はその後1988年Hanakoを創刊して一時代を築いた。

蛯名芳弘(1983〜1985)ロマンティック路線Magazine for Romantic Girls)に変更したのはこの人と聞いたことがある。淀川氏は当時この人の部下だったとか。リセエンヌ特集もこの時代に始まっていて、いい意味文学少女臭がした。

淀川美代子(1985〜1987) 看板モデルは栗尾美恵子。文学少女臭が消えていった印象。リセエンヌ特集は続いていたが、リセエンヌ(フランスエリート女子高生)の暮らし(勉学、家族生活含む)を深く紹介するというよりは、「おしゃれなフランス女子高生イメージ」という表層的な取り上げ方になっていった印象。

信太和泉(1987〜1991)フリッパーズ・ギターとかオザケンとかはこの時代から始まった気がする。

遠山こずえ(1991〜1997)オザケンの連載もあったし、おされ女子雑誌として安定していた気がする。市川実和子がよく出ていた印象。のちに妹の市川実日子も出るようになった。

岡戸絹枝(1997〜1999)この方が2003年にクウネルを創刊して2010年まで編集長をつとめた。その後マガジンハウスを退社し、2014年に『つるとはな』を創刊。

*このあとは買ってないのでわからず。あと、上のも間違ってたら訂正お願いします。

こうやってみると、「元オリーブ少女」と言っても、実は、それぞれの心の中のオリーブ像は案外違っているのではないか?

淀川時代が全盛期だったかどうかは、人によって判断が異なるところかも。

ちなみに自分は蛯名時代オリーブにやられたクチ。フランスの名門リセ寄宿舎取材とか、ほんとすごかったし、あれ、今でも史料的な価値があるんじゃないかと思う。でも、オリーブ全盛期といわれれば、遠山時代1990年代前半)と答えるかも。

追記

思い返してみれば、Oliveというもの自体、椎根編集長が創刊したOL向け雑誌を、18号目あたり(1年くらい?)で、蛯名編集長がまったく違う路線の「ロマンティック少女のための」雑誌リニューアルしたんだったよな。あのときは新しいOliveがいいなと思えたし、なによりまだ学生だったか路線変更の思惑も意味もわからなったけど、考えてみれば今回のku:nelリニューアルと構図は同じだね。違うのは、初代Oliveのはku:nelほどのファンがついていなかった(ファンのコミュニティもなかった)しネットもなかったから、今回みたいな「事変」にならなかったということか。(創刊メンバーたちは忸怩たる思いもきっとあっただろうが。)

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    ちょっと横気味なんだけど、現地住んでて、この投稿覧て思ったのは、クウネルとかオリーブあたりはポストバブルぐらいのオシャレフランスのイメージ植えつけた戦犯だね😁 とても...

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    http://anond.hatelabo.jp/20160131114124 オリーブといえば、山田詠美の『放課後の音符(キイノート)』もよかったな。

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