忘れたと思っていたのに。
駅に迎えにきてくれた男の姿と、次の日に産婦人科でエコー検査を受けた事。とっても小さなおなかのなかの子供のエコー。ちいさいねという言葉に、まだとっても小さいからこれで全身を撫でた事になるかな、と言いながらおなかに触れた男の手。沢山食べても収まらない私の空腹に薄切りの羊羹を持ってきて、ピタッとそれが収まった時に「僕の子だね。羊羹で納得したらしいや。」、と笑った男の声。
その後に、果物ナイフの脅迫と、めちゃくちゃに荒らされた部屋と、自分が殺される出来事が待っていたのだから、みじめな話だな。
殺される前。ほんの2日の間の話。今の私が持っているただ一つの幸せな時間。封じ込めていた恐怖の底に、目を背けつづけた恐怖の底に、まだ残っていたのだね。
ごめんね。お母さん弱くて。あなたを産んであげられなくて。ごめんね。