「宇宙世紀より前の作品だが、人類がまだ地球でのみ暮らしていたころの小説に『ターザン』ってのがあってな」
「どういうお話?」
「面白くなさそう」
「なんだよ」
「もっと楽しいお話はないの? そうね、女の子が恋をするお話がいいわ。この間みた映画はとくによかったわ、王女さまと新聞記者が恋をするの」
「色気づいちゃってまあ」
「なによ」
「なんでもないさ」
「...」
「どうした?」
「そうか」
「それでね、ハマーンはシャアのことを最後まで忘れられなかったの」
「そうか」
「ねえ、人を好きになったことある?」
「うん? まあそうだなあ、あるよ」
「私も誰かを好きになるかな、私も誰かに好きになってもらえるかな?」
「どうしたんだよ、急に」
「不安なの。人が宇宙に移民して、今はこうして木星でまで暮らしているでしょ」
「それでも人は人だ、今もこうして子供を作って、広がっていく」
「地球のことは何も知らずに?」
「そうだ、宇宙で生まれて、宇宙で子をなして、宇宙で死んでいく。俺達はもう地球というお母さんから巣立つときなんだよ」
「私はそう割り切れない。どこか体が重力を求めている。どこか心があの青い星に戻りたいと思っている」
「アースノイドみたいなことを言うんだな」
「でもきっとそれは、みんなそう思ってるのよ、きっとあなたも」
「ねえ、人がいないジャングルでターザンは寂しくなかったのかな?」
「本当に? 街で暮らしたくないの?」
「ああ、ターザンはジャングルで育った人間なんだ、街では暮らしていけないんだ。ターザンの母親はサルなんだ」
「あなたが地球で暮らしていけなくて、宇宙で暮らしていくように?」
「そうさ、ジェーン」
「私はジェーンにはなれないわ。あなたがジョーになれないように」