満員の電車内。
なんとか乗り込んで安心したのも束の間、後からどんどん人が入ってくる。
私の前後には若い女性が位置し、サンドイッチみたいに包まれる。
日ごろ満員電車に乗っていると、女性の身体が触れることは珍しくないのだが、挟まれることはあまり無いので動揺する。
この際肝心なのは、すべての人が乗り切って車内の立ち位置が確定する前に、女性の身体からできる限り距離をとること。
でも下手したら痴漢に間違われるし、いつでもどこでも紳士であるのが大人の男の務めでもある。
がんばった。けれども無理だった。
電車は無情にも動き出し、がたんごとんと揺れながら、密着した身体同士を擦り合わせる。
うしろの女性の尻は形がはっきりし、私の右半身には、前の女性の背中が体温を伝える。
こういう時に考えるのはアッコさんのことだ。
出川が濡れ場シーンでアッコさんを想像して難を逃れたという話を聞いて以来、私は何度彼女に助けられたことか。
この日も救われ、乗り換え駅が近くなったこともありほっと一息ついていると、滅多に訪れない機会を惜しむ気持ちが起こり、私の心には魔がさした。
このシチュエーションを愉しもう。
べつに触るわけでも、姿勢を変えるわけでもない。
何も変わらない。
ただ、次の駅までに残されたわずかな時間、右半身から伝わる彼女の体温を、享受しよう。
そう思っただけだった。
「すみません」
人を掻き分けながらやっとのことで電車を降り、乗り換えの車両のつり革に掴まるころになって、さっきの出来事を思い返す。
たしかに乗車から降車まで一貫した体勢を保ったけれども、心にぶれがなかったか。
女性のからだを賞玩しようという邪心が少しでも生まれていたとしたら、すでに痴漢とすれすれではなかったか。
右半身の温もりも、なかなか消えることはなかった。
無罪! 紳士と認めます。 しかしながら、万が一の劣情コントロールのために、いつも心にアッコさんを忘れずに。