2014-01-29

これで記者を叩くのは無理筋

 炎上した例のNHK会長会見ですがインターネットの一部では別の燃え方をしていまして、質問をした記者のほうがえらい叩かれてる模様です。なんでも記者執拗誘導質問を繰り返して失言を誘った、会長を罠にかけた、だとか。それで更には慰安婦についての質問をした記者朝日新聞ナントカいう24歳の記者だと特定!なんていう話題も。ツイッターで「NHK 質問」なり「NHK 記者」なりのキーワード検索してみるとそんな感じの投稿がうじゃうじゃと出てきます

 しかしこれ、僕からすると「???」な話なんですよ。だって、僕、会見の動画見ましたから。でも全然執拗に誘導して失言を引き出したなんて印象はなかった。それでもう一度動画を見直してみました。その結果はタイトルの通りです。少なくとも慰安婦についての質問をした記者については執拗に誘導したなどという非難は的外れであると断言していいでしょう。

 そのことについてこのエントリでは会見の詳細なやり取りをもとに見ていくんですが、いちいち動画を見てもらうわけにもいかないんでtarareba722さんによる文字起こしを貼っておきます。tarareba722さんは会見を見て「これは記者のほうがひどいんじゃないか」という感想を持って文字起こしをしたらしいんで、僕にとって都合のいい方向のバイアスがかかったものではないはずです。ちなみに動画を見たい方は文字起こしのページの一番下のあたりにリンクがあるんでそこから見に行ってください。

NHK会長記者会見 2014年1月25日午後

http://weemo.jp/s/1f74f826

(この書き起こしの冒頭挨拶の箇所で「リスタブリッシュされた(?)」という記述がありますが、これはおそらく「エスタブリッシュ(確立)された」ですね)



 さて、慰安婦についての質問の箇所について話す前にひとつ。実は僕、この件の報道最初に見たとき、「そもそもなんでわざわざNHK会長靖国だの慰安婦だのの政治問題について聞かなきゃならないんだろ?」と思ったんですよ。同じように思った方は多いんじゃないかと思います。中にはその疑問があるがゆえに「記者失言を誘った」という見方を支持している人もいるんじゃないでしょうか。

 しかし実際に動画を見てみるとそれらの質問は当然あるべき質問だったんです。会見の内容を見てみましょう。

 まず冒頭挨拶があり、そこで会長がしきりに放送法の遵守ということを言うのでそのあたりについて記者と軽いやり取りがある。その後出てくるのが国際放送についての話題です。

記者「あの、国際放送を強化したいとおっしゃっておりますけれども、えっと、我が国の立場を伝えること、というふうに国際放送の番組基準に書いてありますので、この立場というのが政府見解政府の主張をそのまま伝えることなのか、それだけではなくて、広くその、民主主義の発展に寄与するために、いろんな、その……、考え方があると伝えていくことが大事なのか、そのへんどうお考えでしょうか」

 おそらくこのページ(http://www.nhk.or.jp/pr/keiei/kijun/kijun02.htm)を読んだ上での質問ですね。当然出てくる疑問であり、この質問会長を罠にはめるための誘導だという人はいないでしょう。これに対する会長の答えが以下。


籾井会長「国際放送につきましてはですね、これはやっぱり多少国内とは違うのではないか、というふうに思います。例えば尖閣竹島、こういう領土問題については、明確にやはり日本立場を、主張する。と、いうことは、当然のことだと思います

 つまり領土問題について最初に言及したのは会長自身なわけです。わざわざ記者現在問題になっている具体的なことがらを挙げずに抽象的な形で質問してきたにも関わらず。

 そして会長領土問題について言及した絡みで靖国問題についても質問が出てくる。


記者靖国問題についても、領土問題と同様な、あの、考え方、なんでしょうか?」

「なんでわざわざNHK会長政治問題について聞くわけ?」という疑問はこれで解消されるでしょう。会長が「領土問題では云々」ということを言い出したのだから「じゃあ領土問題以外の他の問題では?」という質問が出てくるのはあまりに当然のことです。

 ただ、この靖国問題についての質問をした記者については「執拗失言を引き出そうとした」という見方も不可能ではないかな、という感じはします。「コメント差し控えたい」と言われた後に同じ話題についての質問をまたぶつけてますから、最大限記者に悪意を持って見てみるとそのように見えるかもしれない。まあ、僕は全然問題のある態度だったとは思わないですし、靖国についての箇所は他の慰安婦の箇所なんかと比べると全然問題にされてないんですが。




 さて、では今回メインの慰安婦の箇所です。まず記者質問がこちら。

記者「先ほどからあの、政府NHKの距離の問題についてご発言されていると思うのですけど、思い出すのは今から10年、10年少し前にあったETV2001の問題のことなのですが、籾井会長最近もあの、慰安婦を巡る問題については日韓間や日米間のあいだでいろいろ取りざたされております。ところがETV2001以来番組NHKにおいてはキチッとしたもの製作されておりませんけれども、慰安婦問題については、会長ご自身はどのようにお考えでしょうか?」

 これも決して突飛な質問ではない、ということがわかると思います。実際これまでのやり取りでまさに問題とされているのは政府NHKの距離についてどう考えるかということで、領土問題靖国問題というのはその一例なわけです。そしてこれまでに政府NHKとの距離ということが特に問題化した事件といえばETV2001の番組改変問題(http://ja.wikipedia.org/wiki/NHK%E7%95%AA%E7%B5%84%E6%94%B9%E5%A4%89%E5%95%8F%E9%A1%8C)が想起される。ETV2001は慰安婦問題を扱った番組だったわけですから慰安婦問題について尋ねる質問に結びつくのは当然でしょう。

 それと少し話が逸れますが、この質問において記者が名乗っていないということには留意必要です。なぜなら冒頭で少し触れたようにこの記者ネット本名が晒されてるわけですから。では、どこから所属年齢本名が明らかになったのか。ツイッター投稿ソースとされているページを見てみましたがその答えは見つかりませんでした。現在流れている情報デマの可能性が極めて高いと判断していいと思います

 以下慰安婦問題についての質問に対する会長の回答とその後の記者の反応。



籾井会長「(しばらく考えて)これはちょっと……、コメントを控えてはダメですか? あの……いわゆるね、そういうふうな、戦時慰安婦ですよね? えー戦時からいいとか悪いとか、言うつもりは毛頭ないんですが、まあこのへんの問題は皆さんよくご存じでしょう、どこの国にもあったことですよね。違います?(しばらく会場沈黙)」

記者「あ……、私に質問しているんですか。えっと、ではそしたらじゃあ、籾井会長が改めてその、お考えすることがあれば、お尋ねしたいと思います




 どう見ても会長は「コメントを控えてはダメですか?」と言いつつもその後促されたわけでもないのにベラベラとコメントしてますしかもよりによって橋下市長が炎上したときと同じことを……。ここまでで記者マイクに向かって話したのは最初質問だけなんで、これが記者のしつこい質問のせいで出てきた言葉と受け取ることは不可能です。

 そして最後の「違いますか?」を言いながら会長記者の方をじっと見つめるわけですが、記者はこの「違いますか?」を反語表現だとでも思ったのか、沈黙が続いてようやく自分質問が向けられているのだと気付き、慌てて「あ……、私に質問しているんですか」と返答する。通常このような会見では記者質問ひとつに対し回答者がなにか答え、それでひとつ質問おしまい、もう質問者は別の記者マイクを譲り渡す、というのが一般的ですから、この記者会長が答えたのでこれで自分のターンは終わりだと思ったのだろうな、ということは容易に想像がつきます。だから自分が話すべき場面なのだと悟って慌てている。これはしつこく質問攻めにしてやろうなどと考えている人物の行動とは考えづらいでしょう。

 実際、そこに続く記者言葉は「会長が改めて考えることがあればお尋ねしたい」という今なされている話題を続ける気がさらさら感じられない、それどころか「はい! その話は今日おしまい! また今度ね!」というふうに受け取るのが自然ものです。これまた記者がしつこく質問したという見方を否定する。

 とはいえ、会長とこの記者とのやり取りはかなり長く続いたというのも事実です。おそらくそのことから記者がしつこく質問をしたという見方が生まれている。しかし、やり取りが長引いた原因はなんなのでしょう。それは続くやり取りを見てみるとわかります



(再びしばらく沈黙

籾井会長「(会場を見回して)まあ、こっちから質問ですけど、韓国だけにあったことだとお思いですか?」 

記者「いやいや、すべ……どこの国でも、というと、すべての国で、というふうにとられると思うんですけども……」

 


 はい。どう見ても会長記者逆質問をぶつけたせいです。本当にありがとうございました

 この場面、記者が「改めてお考えすることがあればお尋ねしたいと思います」と話を切ってから結構時間沈黙があるんですよね。ちょっと間が持たなくなるなーと思うくらいの。だから何か話して間を持たせたくなる気持ちはよーくわかる。それで普通は「なにか質問はありませんか。ないならこれで終わりにしますが」とかなんとか言って次の話題に行くなりするものだと思うんですが、あろうことか会長の選んだ道はさっきまでの話題を自ら蒸し返すという……。

 しかもただ蒸し返すだけでなく記者に逆に質問をぶつけるものから記者も当然それに返答するわけで、そこからずるずると慰安婦の話が長引くことに……。そこから先の記者の発言とか、もはや質問じゃなくてただのツッコミになってるし……。







 というわけで、少なくとも慰安婦の箇所については記者がしつこく誘導質問して失言を誘ったなどというのは明白な間違いで、実際のところはただの会長の自爆なのでした。ちゃんちゃん












 あ、ついでなんでエクスキューズについても書いておきます

 会長は「ここまでいうのは会長としては言いすぎですから会長の職はさておき、さておきですよ、これ忘れないでください。」とか言い出し、いやここ会長会見じゃんとツッコまれたら「失礼しました。全部取り消します」と。そしてもう言っちゃったから取り消せないとまたツッコまれると「いやいや、さておいたんですよ私は。あれだけしつこくね、しつこく質問されたから、私は答えなきゃいかんと思って答えましたが、会長としては答えられませんので、会長としてはさておいて、と、こう言ったんですよ。で、それが、ここは会長会見だと、じゃあ取り消しますと言ったら取り消せないとおっしゃったら、じゃあ私の、さておいては、どこにいく、どうなるんですか。そんなことを言ったら、マトモな会話ができないですよ。ああそれはノーコメントです、ノーコメントですと言ってたら、それで済んじゃうじゃないですか。それでよろしいんでしょうか。いいんなら、それでいいですよ、今後」と言ってます

「しつこく質問されたから答えなきゃいかんと思って~」とか言ってるけど「会長の職はさておき」と言い出す直前の記者の発言は「……わかりました」だからしつこくなければ質問ですらないというツッコミはさておき、「エクスキューズをつけて発言してるのにそれを無視するマスコミはひどい!」とか言ってる人がいるんでそういう人に言いたいことがあります

 そういう人は是非、上司社長の前で「これは社員や部下としての立場はさておき、さておきですよ、これ忘れないでください。あくまで一個人としてですからね」と断りを入れた上で言いたいことを言いたい放題言ってみてください。そして言いたいだけ言ったら最後に「今のは取り消します」と言いましょう。さておけない、取り消せないじゃまともな社内コミュニケーションなんてできないですよね。それでもしも問題になってクビにされるようなことがあったらそれはエクスキューズをつけて言ってるのにそれを無視する上司が悪いんです。きっと訴えたら勝てますよ。さあ、チャレンジしてみましょう!!

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