2013-07-21

山月記に対する大いなる誤解(自己保存用)

あなたは何もわかってない。

http://anond.hatelabo.jp/20130720072435

先日読んだある山月記評論では、「李徴が虎になったのは虫がよすぎる。人間であった時の所業反省するなら、それこそ虫けらにでもなるべきだった」とか、「もし袁參ではなく妻子と出会っていても妻子のことより詩業のことを先に気にかけるだろうか」とか、「どうして虎としての最初の体験が兎を食うのでなく人間を食っていた方が衝撃度が大きくて面白いのに」とか無責任に書き放ってあった。

読んでいて面白い発想であるとは思ったが、かなりこいつは歪んでいる、こいつこそハイエナが何かになってしまえなどど思った。

これらの設定は、元にした『人虎伝』を踏襲しているので仕方がないことなのだ

そこまで言うのは中島敦には酷である

で、問題は『人虎伝』と『山月記』の違いである。

『人虎伝』にはなくて『山月記』に書き加えられているものである

一つ目は、依頼の順番が詩の伝録の次に妻子のことという順に入れ換えられていること、二つ目は、李徴が詩人になろうとしていること、三つ目は、「臆病な自尊心」「尊大羞恥心」の登場、四つ目は運命である

これら書き加えられた部分は、中島敦が『山月記』で書きたかったテーマと密接である

そして、これらが「李徴の詩が第一流になるのに微妙に欠けている点」「李徴が虎になった理由」を考える糸口になる。

まず、「李徴の詩が第一流になるのに微妙に欠けている点」について考えよう。

妻子の事より自分の詩業を気にかけるような愛情不足や人間性の欠如という考え方がある。

しかし、芸術はそんなに甘くはない。

本当に人の深い所から揺り動かすような作品は、作者が全てを犠牲にし命を削ってこそ始めて生まれるものである

李徴の場合、なまじ妻子のことを気づかっているからこそ第一流の作品にならないのだと私は思う。

「臆病な自尊心」「尊大羞恥心」とか言っているが、結局は心理と態度の不一致、何やかんやと理由をつけて、詩業に専念しようとしない怠惰が「李徴の詩が第一流になるのに微妙に欠けている点」であると私は思う。

自尊心なら自尊心羞恥心なら羞恥心を描ききれば、それはそれで第一流の作品になったのではないだろうか。

次に、「李徴が虎になった理由」について考えよう。

李徴は最後に妻子への愛情不足だと言っているが、妻子の為に詩業を諦めて再び役人になろうとしているのだから充分に愛情一本のチオビタお父さん振りを発揮している。

その前に、「臆病な自尊心」「尊大羞恥心」と意味ありげ言葉を弄しているが、授業でも考えたようにこれを自分の詩業に当てはめて語っている部分は理路整然としているようで全く矛盾に満ちていた。

それに、「自尊心」と「羞恥心」、「心理」と「態度」など矛盾するものが同時に存在することこそ、人間人間である証拠なのである

内部に矛盾を抱えていない人間などいない。

それは、先週の『探偵ナイトスクープ』の越前屋俵太の調査でも明らかである

その矛盾が飼い太った結果虎になるというのは可笑しい。

矛盾が飼い太れば益々人間らしい人間になるはずである

李徴は色々考えようとするがどれ一つとして理由になっていない。

とすれば、残ったものは「理由もなく押しつけられ、理由もなく生きている生き物のさだめ」、つまり「運命」しか説明がつかない。

人間は主体的にありたい自分意志に生きたいと思う気持ちが非常に強いので、「運命」などというものを認めようとせず、あれこれ屁理屈を考え出すのである

項王のように全て天命のせいにし天命に逆らわずに生きる生き方をする以外、この内部矛盾から解放されることはないのである

多くの人が気にしていた問題は、その後の李徴は人間に戻れたかという点であった。

この答えは、虎になった理由の延長線上にある。

最後に李徴が袁參に虎になった己の醜悪な姿を見せることによって、李徴は内部矛盾から解放されたありのまま自分になることができた。

このありのまま自分の姿こそが「虎」なのである

結論から言えば、李徴は一生「虎」のままなのだ

改心したから「人間」に戻れるのではない。

もとの「臆病な自尊心」などが復活した時にこそ再び「人間」に身を落とすのである

賢明な人はもう気がついただろう。

「虎」になることが不幸で「人間」になるのが幸福と考えるのは、思い上がったいかにも「人間」らしい発想なのだ

人間」とは矛盾に満ちた不条理な生き物であり、「虎」こそが純粋ありのまま自分でいられる生き物なのである

心身ともに「虎」になれた李徴は幸福者なのである

また、最後の部分が「再びその姿を見なかった」であって「その姿を見せなかった」ではないことを指摘している人がいたが実にスルドイ。

「見せなかった」の主語は「李徴」であるが、「見なかった」の主語は袁參であり読者である

すでにこの段階で『山月記から李徴は消えている。

そして、『人虎伝』にあったその後の様子を中島敦が書かなかったのも、中島敦にとって問題が解決していたからだろう。

女学校の教師を続けるか作家になるか、文学を取るのか妻子の生活を取るのか、自分の中にある「二つの私」をどう処理するのか、これら中島敦自身の問題が、一応解決した、あるいは再び深い絶望の淵に陥ったのか、いずれにせよもはやこれ以上書くことは必要なかったのだろう。

以上が、私の勝手な私見である

偉大なる先増田

http://anond.hatelabo.jp/20130720171232(削除済)

記事への反応 -
  • 弟の結婚生活がおかしなことになっている。 たぶん結婚したのが間違いだったような、そういう二人ではある。だけど子供も生まれてるし、間違いだとしてもなんとかうまくやってほし...

    • 姉としてあなたがしてきたこと、あなたが心配していることは正しい。 でも、あなた自身が自覚しているように、あなたが弟の為にしてあげられることには限界がある。 あなたの弟はエ...

      • あなたは何もわかってない。 http://anond.hatelabo.jp/20130720072435 先日読んだある山月記の評論では、「李徴が虎になったのは虫がよすぎる。人間であった時の所業を反省するなら、それ...

        • 興味ないから途中は読み飛ばしたんだけど たぶん文学を語ってるのに 私の勝手な私見である。 って書いちゃったのが恥ずかしかったんだろ 晒しあげするなら修正しといてやれ 女学...

        • 山月記っておもしろいよなぁ。ちょっとあとでまた読もう。

      • 本題と関係ないけど、「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」とかが自然に書けるのってかっこいい。 彼は虎になってしまうのかどうか・・・

      • あなたは何もわかってない。 http://anond.hatelabo.jp/20130720072435 先日読んだある山月記の評論では、「李徴が虎になったのは虫がよすぎる。人間であった時の所業を反省するなら、それこそ虫...

    • 描写だけを読むと、弟はエロゲでよくある(?)ヤンデレに軟禁されてるみたいなシチュエーションに見える。実際はもうちょいまともなんだろうけど。 疾患は脳脊髄液うんちゃらかな。

    • おもしろかった。続きに期待。

    • 今更弟嫁に恨まれたらどうしよう。。と言ってるらへんで兄弟だなーとおもう。 大事なのはそういうとことちがうくないか? 子供は不仲な両親のとこでいるより離婚して健全な精神にな...

    • 弟は女性だったらよかったのだろうね、それならこういう人珍しくもないから。 恋愛に関しては、自ら行動せずとにかく受け身。自分から動いたら負けだと思ってる。

    • いまだに夫婦仲をなんとか修復させようと思ってるのが信じられんな。 離婚させろよ。その弟は他人と共同生活できる性格じゃないだろ。 嫁は性格破綻者同士自業自得でいいとしても、...

    • バリバリ稼いで家で時々荒れる嫁と、それにペコペコしながら家事と育児をする夫が板について、それで末永く結婚生活が続けばそれも一つの結婚の形なんじゃない? 弟の懸想はともか...

    • 焦点は当てられていないけど、弟嫁も弟と同レベルの病理を抱えているように見える。 健康な心の持ち主なら、普通、弟から逃げるよ、他の女性達がそうしたように。 奇妙な形のデコと...

    • 本気でなんとかしなけりゃと思ってする気があるなら、貴方が話をしなければいけないのは弟さんじゃなくて弟さんの奥さん。 弟さんは”友人さんを元にして作り上げた女神”を崇めて...

    • 子どもがいてお互いに結婚もするような年になって、こんな情けない人生相談に真剣に付き合ってる、という時点で、共依存のシスコン姉弟と思うし、ぶっちゃけ弟はMだよね、精神的...

    • 沢山釣れてるが、 よく分かんないんだけど、こういう話、本気で心配したり 弟を叱ったりしてる人が居るんだけど、 そういうのも釣りなの??? 少なくともブコメの方は釣りじゃない...

    • 定期的に長文書いてるのははてぶのランキングで読まれる文章を勉強してるのかな。

    • このくらい力が入ってるなら釣りもいいと思う。 最近の増田は、思考停止してそれっぽい単語だけ適当に詰め込んだ雑な釣りで雑魚を釣って喜んでる低レベルな釣り野郎が多すぎる。

    • 創作を疑うブコメが多くて驚いた…。 弟として恋愛遍歴はぜんぜん違うけど、かなりありそうな話と思う。

    • なんか弟アスペっぽいな(こういう言い方良くないんだろうけど)。以下個人の感想 もう意固地の域を超えて、友人への思慕が人格の中心になっちゃってるんだろな。でもそこで弟は友...

    • 自称脚本家やってるんだけど。 シナリオのコンテストに悩んでいたから、この文章を読んでいて、こういうネタにすれば良かったと思ったよ。

    • 反応したら負け、の気がしてたが800以上のブクマが着いてるのでもういいかと。 単なるブラコンの叫びにしか聞こえないんだが、皆、何に対してそんな反応してるんだ?

    • 実際、半分以上の家庭は、結婚生活が崩壊してるんだ。日本人の50%以上はレスカップルで、相手と一緒に寝ない。 「結婚できない」と悩む男女が多い一方で、結婚しても悩むカップ...

    • 非モテの代表格の俺としましては、 「すべてのモテ男、リア充は死ね、腹を切れ、又吉イエスに地獄の火に投げ込まれて苦しめ」 と思いました。 と、とりあえず誤解のないように、恋...

      • 最初読んだ時にもやもやしていたことを言葉にしてくれてありがとう。 同調度合が高いことを「賢い」と表現する日本的空気って嫌すぎる。

    • 弟さんはご両親からまともな愛情をうけて育ってないのでは?夫婦間、兄弟間だけの問題ではないですね。子供の頃からの両親との関係を見直す中に、何か解決のヒントがあるかもしれ...

    • http://anond.hatelabo.jp/20130719214429 弟夫婦だけでその問題を解決できるんだろうか...。 離婚や親権や、お互いのプライドなんかもからんだ込み入った問題だ。 この2人の幼稚さではクリアする...

    • ランク タイトル ブクマ数 日付 カテゴリ 1 プログラミング出来ない奴ちょっと来い 2018users 2013/03/22 08:29 テクノロジー 2 低学歴と高学歴の世界の溝 1737users 20...

    • 続きに期待

    • 長い、まとめろや 所詮弟もバカだからお前もバカって言うことがこのダラダラ長文でよーくわかった

    • 続きはどうなった?

    • 夏が待ち遠しくて、増田のカルマ ランク タイトル ブクマ数 日付 カテゴリ 1 自走式彼女 2049 2017/09/07 16:42 暮らし 2 なんか結婚できた 1932 2017/08/30 10:34 暮ら...

      • ドラゴンうんち

      • 適当に、ブクマ数順に検索したものを並べただけのものに、どの程度の価値があるかというと少し疑問だな。 こういうの見ると、しっきーメソッドって一つ一つにコメントつけていた分...

      • 個人的には、「ブクマ数は全然だけど、オススメの増田記事」とかの方が興味あるかなあ。 サクラが数名ブクマつけるだけで注目エントリに行くか、有名なブクマカが真っ先に目をつけ...

      • イイハナシダナ…(全国の中高生に読ませた)

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん