2013-05-09

坂本龍一を殺すな

―――坂本龍一サントリーホールオーケストラと共演する華々しい日に愛をこめて。

かつて、坂本龍一反体制が売りだった。新宿高校バリケードを組み、全共闘のデモで警官と取っ組み合い、騒乱の景色をthatness and therenessと歌った。

それが今や、反原発という旗印のもと、坂本権威となってしまった。かつて彼自身が唾棄すべきとした権力の側に成り下がったのである

極めつけは「たか電気」発言である。「電気」と「いのち」などという原理的に比較不可能な概念を対置する、その思考回路は正常か? 「経済」とは本来、経世済民。富を循環させて民の苦しみを救うことに本義がある。その「経済」を蔑ろにする社会が「いのち」を守れるのか? これを妄言と呼ばずなんと言おう。そもそも言葉の人ではない坂本スピーチをさせた時点で間違っていた。「いのち」なんていうダサい言葉村上龍なら選ばなかっただろう。

まあ別に反原発を標榜するのは結構なことだ。なにか嫌なことに反対するのは人間権利だし、声を上げるのも正当な行いだ。原発資本主義の経済合理性にあわないか自然淘汰されるべきだし、STOP ROKKASHOが叫んだ再処理問題の孕む欺瞞は甚だしい。だから坂本のやってることに一定合理性はある。

しかし張り上げた声の内容は、社会からの厳しい審判を受けるべきだ。池田信夫フリーライダーと謗られようと、山形浩生に鋭く罵倒されようと、冷静な坂本ファンを失おうと、それらは当然の報いである。これまで世間からの批判をだいたいスルーして頬かむりしてきた坂本だが、「たか電気」発言への反感には恐怖を覚えたのだろう。せめて撤回すればいいものを、悔しいからなんとか拙い言葉で反論してしまい、それがさっぱり見当はずれで老醜を晒してしまった。

「あの」サンケイ新聞に連載を持ちながら、「あの」日産リーフ広告塔になりながら、それでも「たか電気」と口走らずにはいられなかった坂本の空気の読まなさ加減は、逆に褒められていいレベルかもしれない。世界のサカモト、たとえ日本で食えなくなってもイタリアドイツで歓待されるから生涯安心である還暦を過ぎて死期も見えてきたからもう怖いものなし。子供たちもみな成人して親父の責任も果たした。あとは死ぬまで思うがまま好き勝手やるぞ、俺のことを批判するヤツらはトンチンカンだ、という坂本の内なる声が聴こえないか

東浩紀は「モンゴル平原で衛星電話かけてたころから坂本は頭がオカシクなっていた」とつぶやいて炎上した。坂本のまわりを厚くとりまくファンたちは従順であるエコロで脳天気取り巻きたちが坂本勘違いを悪化させたのかもしれない。断っておくがエコロが悪いわけじゃない。それを擬似科学オカルトイデオロギーと結びつけるのが間違っているのだ。坂本提言するエコロジーは一見インテリジェンスをまとっているが、その実、反科学主義やニューエイジカルチャーの影響を強く受けている。坂本活動家として、論理よりも感情を優先させるひとなのだ論理と感情。ミュージシャンとしてはその両方を使い分けることができる点で一流だが、アクティビストとしては自分の感情=エゴイズムを判断基準にしているから二流以下である

NO NUKESにクラフトワークを呼んで「ホーシャノー。イマスグヤメロー。」とマヌケに歌わせた罪は軽くない。テクノゴッド・クラフトワーク神聖さが汚されたといっていい。あれを翻訳したのが坂本と聞いて、ああやっぱり言語センスに欠けるひとだったんだ…と、往年のファンは落胆した。

生前に自伝をいくつも出すのもなかなか恥知らずな所業だが、そのタイトルに「音楽は自由にする」とつけるところにも坂本らしさを光らせている。アウシュビッツの門に書かれた「Arbeit macht frei(労働は自由にする)」という標語のもつ詭弁性を、自分の生業に置き換えてみたのだ。さすがサカモト教授、知的で高踏的な表現には恐れ入る。昔からワーグナーの政治性をひどく意識していたことが知られている。ボノがバンド・エイドチャリティーライブに先鞭をつけたときも難癖をつけていたし、地雷ゼロで前面に出るまでは音楽と政治との関わりにひどく否定的だった。そんな坂本も、イラク戦争で非戦を謳ってからは一気に活動家として自信を得てしまい、なまじ世間からの評判も良くなっていくもんだから2010年代に入ってますます増長してしまった。

KIZUNA World」という言葉のもつ気持ち悪さは形容しがたい。さんざん手垢のついた「きずな」なんていうダサい言葉を選ぶ言語感覚は老いらくの戯言レベルと言っていい。斎藤環「絆」のもつ束縛性を鋭く指摘したが、その斎藤が昔好きだった坂本は深く考えずに「KIZUNA」と横文字にしてしまった。慈善活動をやるのは「イイコト」だし素晴らしいことだけど、そのクールさを装ったダサいセンス、なんとかなりませんか?

坂本龍一は変節のひとである

かつて坂本は、武満徹を非難した。November Stepsが発表された時、邦楽器を使ったというだけで「武満が体制側についた!」と無邪気にも騒いだ。そのとき「きみ耳がいいね」と褒められたことを今では自慢げに語っている。結局あれだけ叩いたタケミツのファンであることを自認し、生前にはシルビアンと3人でオペラを作ろうと約束、いまも映画『怪談』の音響を傑作と褒め称えている。

嫌よ嫌よも好きのうち。 君子豹変す、ともいう。

武満は高橋悠治にも非難されていた。武満が音楽に政治を持ち込むことに否定的だったかである高橋極左といっていいほどの音楽活動家として独立独歩を貫いた。あっぱである高橋坂本と親しかったが、いまは距離を置いているように見える。きっと坂本の軽薄さを高橋感性が許さないのだろう。これは菊地成孔坂本一定の距離を置いているのに似ている。その点、大友良英楽しい友達になってしまった。

Opera LIFEのころはまだ鋭さがあった。Oppenheimer's Aria批評性、LightからLibera Meに至る空前のスケール感。しかし中島英樹らとcodeを結成したころを境に、世間感覚から遊離していった。意識的に鋭さを隠していったのか、単に五十を過ぎて老いぼれてきたのか。

オウムの父でありオカルト宗教学者である中沢新一との親友関係もつづいている。このふたり縄文の話をさせたら長い。かつてヒッピーカルチャーオカルト趣味嫌悪し、ニューエイジに走る細野晴臣軽蔑していた坂本だが、unfinishedでネイティブアメリカンマクロビオティックに共感を示して転向した。その急転回の様子は、細野を驚かせたほどである。「坂本くんも変わったねえ(苦笑)」と。

Radio Sakamoto竹田恒泰を呼んだのも象徴的だ。皇室反原発を無理やり関連づけて、天皇制へのシンパシーまで示したのだ。元新左翼が聞いて呆れる。そのあと鈴木邦男と対談して君が代批評したのは罪滅ぼしか。あれほどニッポン天皇制君が代に敵意を剥き出しにしていた坂本青年の姿はもはや影も形もない。

坂本龍一ピカソのようにたくさん結婚し、たくさん子供を儲けた。美雨のころは子供に興味がなく外で女遊びをする毎日だったが、音央が生まれたころから豹変する。男は遅く産んだ子供を溺愛したのだ。いまや愛息のKickstarterツイッター宣伝してあげる「良いパパ」を演じている。「教授の歩いたあとはペンペン草も生えない」と、その絶倫ぶりを畏怖された80年代は遠いはるか昔。

ここでエホバの証人を持ち出すのは卑怯だろうか。前妻の矢野顕子エホバ信者として有名である80年代後半にはエホバの会報に坂本矢野夫婦そろって出演し、聖書の大切さを唱えていたと風のうわさで聞く。ニューヨークに移住してから空里香との事実婚に至るまでに何があったが知らないが、たぶんエホバがらみで一悶着あったんじゃないかと憶測される。別に有名人新興宗教を信じていたってなんの問題もない。けれどもしエホバを一時的にせよ信じていたとしたら、このあたりから坂本感受性は変化していたのではないだろうか。信仰をもつということは、ロジックからエモーションへと舵を切ることだ。それまで鋭かった坂本感性が、このころから鈍っていったのではないか

活動家としての質は落ちる一方だが、音楽家としては新しい挑戦を怠らずに、衰えを知らない。という見立てだったが、それも間違いだった。最近は音楽活動に手抜きが目立つようになってしまった。特にYMOのサンフランシスコ公演が酷かった。なんだあのシンセパッドは。ヤマハとの契約があるからって、わざわざ最新のMOTIFを使ってまでして、あんなダサい音色を選ぶとは・・・耳を疑った。自分の、というより坂本の耳を疑った。このひと、シンセ音色づくりに関してはメチャクチャこだわるひとだったよね…?それがなぜこんなダサい音色を…? しかもアタックが遅いからユキヒロのドラムと半拍ズレてる。それが良い効果をもたらすんじゃなくて、ズッコケそうなリズム感を生み出している。あれは本当に酷かった。その後はプロフェットへの愛着を取り戻して、アナログ回帰を強めているそうですが。

ほかにもいくつか挙げられるが、有名なのは不毛地帯テーマ曲。「いくらもらったんだよ…」という大仕事のくせに、10年前の傑作・御法度と「おんなじメロディー」を使いまわしてしまった。これは一聴してすぐわかるレベルだったので批判が巻き起こり、それが坂本の耳にも入った。そこでも彼は苦し紛れに「御法度不毛地帯は、楽理的に全然ちがう曲。論破してやるから俺んとこ来いや」と宣った。さすが芸大楽理の修士さま。あなたにそこまで言われたら誰も反論できません。

2012年の夏、坂本もっとも醜悪な音楽をつくってしまった。guno nayuta名義でSoundCloudに発表した「ODAKIAS」であるプライベートハンドルネームをあっさり公開したことにも驚いたが、そんなことよりも、大飯原発の再稼働に反対する群衆のシュプレヒコールサンプリングするという、きわめてダサい手法を採ったことに驚いた。ひたすら「サイカドーハタイ!」と馬鹿ひとつ覚えを繰り返すループの上に意味ありげコードを乗せたそのトラックに、私は慄然とした。長年にわたる坂本の熱心なファンであった私は、その音楽の放つえも言われぬ醜悪さにひどく落胆した。ここまで坂本感性劣化していたとは。Shing02大友良英には坂本をたしなめてやってほしかったが、それは叶わぬ願いだった。

以前から2ちゃんとかで騒がれていたパクリ問題。菊地成孔がその周知に貢献したが、実際大した問題ではない。ラストエンペラー新日本紀行に似てるのは本人も認めてるし、それを言ったら戦メリ拍子木新日本紀行そのまんまだ。でもジョー・サンプルのMelodies of Loveメロディーシェルタリンスカイ酷似してる、っていうか全く同じなのは言い逃れできないかもね。でも教授本領は独特のハーモニーにあるから、ぜんぜんオッケーだよ。パクリだなんて騒ぐやつはケツの穴が小さい。あんまり責めるとまた楽理的に違うって反論してくるから、そういうことにしておこうよ。

100年インタビュースコラ大河ドラマと、公共放送NHKという体制の権化にすっかり召し抱えられた坂本。次は紅白に出て八重の桜を弾くにちがいない。嗚呼、嘆かわしい。頼むから中島みゆきみたいに特別扱いはされないでね。カッコ悪さに拍車がかかるから

坂本龍一を殺すな

生き恥を晒させろ

※この怪文書は、坂本龍一学生時代に撒いたとされる「武満徹を殺せ」ビラの悪質なパロディーです。この長ったらしい駄文を深夜に書きなぐった筆者は、実際にサントリーホールの前でバラ撒く勇気がないため、増田に載せることで一抹の達成感を得ることにしました。12年以上にわたって重度の坂本信者、というか坂本病の難治患者をつづけています。ビョーキなので探さないでやってください。可愛さ余って憎さ百倍、筆者の複雑な胸中をお察しいただけると幸いです。結局私は、サントリーホールのS席1万円を喜び勇んで買うようなバカですから…。

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    僕が一つ言えるのは…『「教授の歩いたあとはペンペン草も生えない」と、その絶倫ぶりを畏怖された80年代は遠いはるか昔。』はたぶん本当。僕の元恋人が教授に犯されそうになってた...

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    彼自身が唾棄すべきとした権力の側に成り下がったのである。 権力の側は原発賛成派なので彼は権力の側に成り下がったのではない。 彼は権力に立ち向かっているのだ。 そもそも...

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      横だけど 権力と体制は分けて考えよう 「反体制の権力」という意味で

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        権力と体制は分けて考えよう 「反体制の権力」という意味で そんなこと言いだしたらどういう立場であっても権力に成り下がるだとか媚びるだとかってことになってしまう。 なので...

    • http://anond.hatelabo.jp/20130509105030

      権力に立ち向かっているから常に正義の側にいられるというわけではないからなあ。 新左翼は権力に立ち向かい続けた結果ああなったわけだし。

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    冒頭の主題の置き方アホ過ぎて読んでないんだけど、なんで反体制の権威が、唾棄すべき権力の側に堕ちたってことになんの? アホなの? あるいは、1人ぼっちで、反原発とか言ってり...

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    基本的に愚か者を演じているのだから、スタンスは別に変わってない。 というか、ずっと反体制じゃない?

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