2013-05-01

今の家族にその役割を負わせるのは暴力である

一番いいのは「自分は生まれながらにして価値のある人間である」という健康的な自覚を身体に伝える。

だれがやるのか

その人を産んだ家族がそれをその人に伝える。

そうすれば「自分は特別かそうでないか、いやどうか」という戦いを避けられる。

http://d.hatena.ne.jp/s00442ts/20130429/1367235331

暴論だと思う。

子育て世代はまさに「健康的な自覚」とやらを持てずに自分探しをした世代

から与えられていないものを、子に与えることは出来るか?

出来る人も居るんだろうが、多くの人は無理だろう。

それが親の必須課題とされるのなら、多くの夫婦子供を持つことを放棄する。

 

自分探し承認欲求の話になると、とにかく親に問題がある…という話に持って行かれがちだ。

最近の親が駄目」と、家庭に全責任を投げる人も多い。

では、戦前のごく平均的な親は、我が子に「自分は生まれながらにして価値のある人間である」という自覚を与えてきたんだろうか?

きょうだいがとても多かったのに?両親共死ぬほど忙しかったのに?

 

仮説だが、親から子に与えられる無条件の承認なんて、昔の方がもっと少なかったのではないだろうか。

ならば、なぜ今になって承認欲求に飢え、自分探しをする若者が増えたのだろう。

私は仕事内容の変化であると思う。

 

農業が主な生業だった時代は、農繁期、家族全員・村人全員の協力が必要不可欠だった。

もちろん、個々の能力に差はある。体力のある者、体力のない者。若い者、年老いた者。

しかし体力の差というものは、せいぜい三倍くらいだろう。

農繁期はそれこそ、猫の手も借りたいほど忙しい。ひよわな者も子供も、戦力として受け入れられた。

 

しか現代頭脳労働時代である

例としてプログラマーを出そう。無能に任せるとどうなるか。

任せた部分が悲惨コードになる。結局、優秀な者が全てをチェックして書き直す羽目になる。

無能な事務員に新しいエクセルシートの作成をお願いしたらどうなるだろうか。

まず、まともに使えるものはあがってこない。優秀な事務員が全て作り直すことになるだろう。

では、入力業務だけお願いしたらどうだろうか。

数字が間違っていたり、関数を壊されていたり…。どちらにせよ、優秀な事務員が全てチェックして間違いをなおすことになる。

無能は役に立たないどころか、手間を増やすことになる。

無能が50人居れば優秀一人の代わりになるというようなことはなく、無能マイナスなのだ

足を引っ張るような人には来ないで欲しい…それが、頭脳労働時代採用だ。

 

ブラック労働環境は、農作業に近い。

とにかく手が足りない。だから低学歴ニート前科者もウェルカムだ。

個人の能力によるパフォーマンスの差も小さい。居酒屋の接客の上手い下手でそこまで売り上げは変わらない。

「同じようなつらさをみんなで共有している」という感覚も農作業と同じだ。

みんなで日差しを浴びながら、腰を痛めて苗を植え続ける。

労基もへったくれもない激務だ。終わったらお互いをねぎらいながら乾杯する。

光通信の平社員同士も仲が良くなるのだという。同じことじゃないか

 

昔の日本は在宅で、家族と共に同じ仕事をしていた。

主な生業は個々の能力による差が出にくいもので、全員が肉体的な苦痛を味わうので、

職能についても苦労についても平等感覚があった。

家族同士が、仕事の頑張りを認め合っていた。

自分は生まれながらにして価値のある人間である」などという考えは必要なかった。

仕事をしていれば自分家族の役に立っていることが実感できるのだから

 

しかし、現在家族生業が切り離された。

仕事で評価されることが、家族に評価されることとイコールではなくなった。

同僚向けと家族向け、両方頑張らなくては、当然両方から承認を得られない。

団塊男性熟年離婚するのは、気力体力を職場に全振りして家族無視していたかである

これから団塊男性の失敗に学び、家族に全振りする人が現れるだろう。

職場ではフリーライダーと呼ばれ忌み嫌われ、いずれ失業の憂き目に遭うかもしれない。

両立というものは非常に難しい。

 

また、現代仕事は、農作業や漁のように、子供から見ても「わかりやすく大変で、凄いもの」ではない。

優秀なプログラマーの書いたコードの素晴らしさは、経験のあるプログラマーしかからない。

専門外の人間から見ると、何やってんだかわからない。何が大変なのか、何がすごいのか全く分からない。

職場と家が遠いことが問題なのではない。業務の内容も家族から遠く離れすぎているのだ。

 

「古き良き昔の日本」で、「自分は生まれながらにして価値のある人間である」という感覚を欲していたのは誰か。

病人である。体の弱さゆえに農作業が出来ず、家族に貢献できず、存在意義を見失った病人たちである

彼らに存在意義を、元記事の言う「健康的な自覚」を与えたのは誰か。

宗教である。親などでは決して無い。

 

自分は生まれながらにして価値のある人間である」という感覚を欲するのは、追い詰められているからだ。

現代人の自己重要感を失わせているのは、技術進歩だ。不可逆な流れだ。

埋め合わせが出来るのは宗教しかない。宗教のかわり、神のかわりをこなす余裕は、所詮一般人である親には無い。

親は職を確保し、生活を守るだけで手いっぱいだ。親も構造の変化と戦っている。

子が自分を大切な存在と感じ、幸せに生きていけるかどうかという点を、親の人格に任せようというのは暴論だ。

それは不平等を賛美しているのと同じだ。余裕の無い親子を地獄に落とす差別主義者の考え方だ。

トラックバック - http://anond.hatelabo.jp/20130501155735
  • http://anond.hatelabo.jp/20130501155735

    横だけど。 確かに、昔ながらの仕事観を持ってる人(年齢問わず結構いっぱいいる!)とたまに会話すると、仕事というものの捕らえ方が根本的に違ってるなと感じるね。 たとえば、「...

  • http://anond.hatelabo.jp/20130501155735

    長い 結局ね、現代は子供が実の親の所有物になっちゃってるのがまずいと思うんだよね。 低能で貧乏な親は人格的にも経済的にも子供を教育できるだけの能力を備えていないんだか...

    • http://anond.hatelabo.jp/20130501165004

      俺は将来歳食ったら、そういう「そこそこ能力あるのに親に恵まれなかった子供たち」に救いの手を差し伸べる活動をしたいと漠然と思っている。 俺みたいな不幸な例を少なくして、ク...

    • http://anond.hatelabo.jp/20130501165004

      昔の方が所有物だったんだけど。 不作で飢え死にしそうな時に、子供を売り飛ばしてしのいだ農家がどれだけあったことか。 集団就職だって、口減らしみたいなもんだ。

  • http://anond.hatelabo.jp/20130501155735

    言ってることはもっともなんだが、家庭のハードルをあげればあげただけ(理想を夢見れば夢見ただけ)、実際には少子化が進むわけだよ。

  • http://anond.hatelabo.jp/20130501155735

    私には無理だ、という独白にしか読めない。

  • http://anond.hatelabo.jp/20130501155735

    という思い込み。 何にせよ、子供はそんな大人の状況なんてわかんないんだから、 本当に苦しみをもって、可能な限り子供のことを考えて子育てするしかないんじゃないかね。 子供...

  • 「機能”万全”家庭」って幻想?

    家族が家族の「承認欲求」を満たすなんて、 そもそも、無理があるんじゃないかな、と思ってる。 だって、「家族」なんて、自分では選べない人間関係の最たるものじゃん。 実親だっ...

  • http://anond.hatelabo.jp/20130501155735

    ブコメに「親が抱きしめれば全部解決!」みたいな愛情万能説が多くてワロス。 んなわけないだろ。ありゃ育児のやりすぎで頭のネジ飛んでるなw 社会的承認が得られずにひきこもった...

    • http://anond.hatelabo.jp/20130502004905

      外で大した承認も得られないのに家で無駄に抱きしめて育てると「阿婆擦れ!阿婆擦れ!」とわめきちらす片山ゆうちゃんになってしまう 難しいね

  • http://anond.hatelabo.jp/20130501155735

    子育て世代はまさに「健康的な自覚」とやらを持てずに自分探しをした世代。 親から与えられていないものを、子に与えることは出来るか? 出来る人も居るんだろうが、多くの人は...

記事への反応(ブックマークコメント)