2013-04-20

幸せとは何かという問に対する答え

人々は

幸せとは何か」と自分に問い続けながら死んでいく、なんていうことはない。

答えはとてもシンプルだ。

 

幸せとは、

  (A)喜怒哀楽のうち「喜/楽」に属する種類の感情が、長期的に発生しつづけている状態 

のことである

 

世の中には幸せな人と、不幸な人が居る。

しかし、たとえば大金権力を得ても、不幸と感じる人がいれば、

毎日、飯が食えるだけでも幸せと感じる人がいる。

マゾな人は女性からムチで叩かれると幸せと感じるし、

サドな人は他人をムチで叩くことで幸せと感じる。

 

人によって違いはあるが…(A)が幸せと感じる、ということには全く違いが無い。

「怒/哀」が長期的に発生していることを幸せと思う人は居ないのである

 

  (B)大金を得る・異性を獲得する・結婚する・見た目が美しくなる・権力を得る・皆から尊敬される・頭脳明晰になる・友達1000人出来る・可愛い子供が生まれる・ペットを飼う…………。

 

これらの例のような、一般的には幸せになるかもしれない、と思われている事、それは、幸せ "そのもの" ではない。

まり、(B)は、(A)を発生させるための、「手段」である

あなたたちの、「目的」が、幸せになること、である場合、(B)が目的である勘違いしていないだろうか。(B)は「手段」である目的ではない。目的は(A)である

 

目的が(A)であると理解できたとき、実はちょっとした悟りが得られる。

  (悟り)(A)を得られるならば、手段(B)は何でもいい。

 

手段は何でもいいというのは犯罪しろという意味では無い。

いま特に自分が不幸だと思っているタイプの人に問いたいが…(B)手段 を妙に、難易度が高いものに設定していないだろうか。たとえば以下のような。

・いまFランク大学学生だが、勉強しなおして東大に入りなおせば幸せになれるだろう。

・いま年収200万のワーキングプアで不幸だが、転職して年収1000万円になったら幸せになれるだろう。

・いま童貞魔法使いだが、10代の可愛い女の子を口説いて結婚できたら幸せになれるだろう。

・いま浮気ばかりする旦那結婚してしまい後悔しているが、離婚してもっといい男と結婚しなおせば幸せになれるだろう。

 

発想の転換をしてほしい。(A)を得られるならば、手段は何でもいい。「御大層な事を達成」しなくてもいい。

「喜/楽」に属する種類の感情が、連続的に発生しさえすれば幸せになる。

・いま話題の面白いアニメを見る。

・むかしから読みたいと思って先送りしていた面白い小説を読む。

自分の好きな場所旅行をする。

・すきな食べ物を食べる。

上記のような手段は、

 

  (a)「喜/楽」に属する種類の感情が、短 期 的 に発生

 

する手段だが、これを、いくつも行えば、つまり(A)に変化する。(同種のことを連続、って意味じゃない。)

格闘ゲーム的に言えば、小キックだけ延々と当て続けて勝つ、みたいな方法

(a)+(a)+(a)+(a)+(a)+(a)+(a)+(a)+(a)+(a)+(a)+(a)+(a)+(a)+.......=(A)

となるのだ。

 

■それでは成功者になるにはどうすればいいのか

ここまでの説明を読んだだけでは、「惨めなのを我慢しろというのか」という因縁つけをしたくなっている人がいるだろうが、まだ続きがある。いわゆる「成功者」になれば幸せになれますよね、と思っている人向け。

  

 【ここでの成功者定義

  わりとお金持ちで物品には不自由してない。(b)

  仲が良い、嫁とか子供とか家族が居る。(b)

  ストレスがなく、体が健康で、太りすぎても痩せすぎても居ない。(b)

  たのしく一緒に過ごせる友達が、程よい人数居る。(b)

  世間からは、まあまあ尊敬されてる。(b)

  (A)になっている。

 

勿論、成功者定義はいろいろあると思うが、歴史教科書に載るレベルになりたい場合は、時代背景などの変えようがない設定も必要で、結局は「生まれ直す」しか手がないので、手が届く範囲ということで上記の定義としておく。

また、著名人有名人成功者について思い浮かべている人は、「単に周囲に祭り上げられただけで、当人は(A)状態ではなかった」人は除外してほしい。ヤク漬けになった芸能人とか、自殺した作家とか。

成功者になれない人が陥る勘違い

  (b)をいくつも手に入れたら(A)が発生して成功者として完成した

 

はいダウト。これ間違い。逆。

 

  (A)状態になったら、そのあと徐々に、(b)も発生した。

 

ハア?って思ってるでしょ。でも、これが分からないと成功者には成れないの。

人間社会の中で、成功者になるためには、どうしても人と人とのネットワーク、繋がりを無視することはできないが、あなたが「繋がりたい」と思う人とはどんな人だろうか? 

  (C)いつもニコニコしていて、楽しそうなオーラ出してる人

ではないだろうか。勿論、引き籠もり属性の人は、そういう人をリア充認定して、忌み嫌うもの、と考える人も居るだろうが、そこまで捻くれている人まで扱ってると、切りがないので、横においておく。

 

【第一段階】(C)になることによって、周囲に自分の手助けをしてくれる人を引き寄せる

まずはこれ。こうなるためには、

(a)+(a)+(a)+(a)+(a)+(a)+(a)+(a)+(a)+(a)+(a)+(a)+(a)+(a)+.......=(A) →(C)的な人物像

となる。「喜/楽」に属する種類の感情が、長期的に発生しつづけていれば、自然と顔はニコニコとし、他人から好まれるキャラになっているはずだ。

 

【第二段階】自分感情の(A)を守るため、人間関係を整理する

人が集まってくると、どうしても、不快な思いをさせるタイプ人間も寄ってくる。これらから離れる。これは無理やり離れようとするのではなく、自分の周囲に集まってきた人々の中で、(C)属性の人とつきあう時間をなるべく長くするという方法を使う。

【第三段階】自分も(C)属性、周囲も(C)属性、という人間関係を構築したら、あとは流れるに任せる

あとは「船のオールから手を離すように」流れにまかせる。但し、「こういう人物になりたい、こういうモノ、コトが欲しい」というのは明確にしておくこと。

■それでは能力を高めるにはどうしたらいいのか

ここまでの説明を読んだだけでは、「自分能力が低ければ成功できねえよ」という因縁つけをしたくなっている人がいるだろうが、まだ続きがある。いわゆる「成功者」になれば幸せになれますよね、と思っている人向け。

【何らかの能力が高い人は、どうやってそれを手に入れたのか】

努力ではありません。以上。

というと無慈悲だが、努力の努という文字、「奴の力」つまり奴隷の力」という文字を書く。

努力=奴隷の力が2つも。なんとも馬鹿らしい。やってられるか。

あなたアニメが好きだとしたら、色々な作品に出てくるキャラクター名前100人程度言える、という人は居ると思う。

アニメに全く興味がない人から見たら、ものすごい努力をして暗記をしたように見えているが、当の本人は、なんの努力もしていないはずだ。楽しくアニメを見ていたら、いつのまにか名前を覚えていた。それだけのはずだ。

何らかの能力が高い人は、これと同じ仕組を使っただけだ。対象が、アニメではなく、英語であるとか、数学科学であるとか、野球サッカーであるとか。それだけである

 

方法】単純接触の法則を使う

たとえば野球選手になって成功した人には、子供の頃、親が野球が好きで、しょっちゅう見に行ったり、親と一緒にキャッチボールをしたりした…という人は全く珍しくもない。その人が野球が好きになり、成功したのは、単純接触効果によるものだ。何かを好きになりたいなら、単純接触効果を使えばいい。ググるhttp://goo.gl/HDv9C

 

好きになってしまえば、あとは手法を細かく説明してもらうまでもないだろう。

さらに、その対象を好きになると、それを学習するような行為を行うと、(a)が発生するようになっていく。

 

高めたい能力関係する行為をする → (a)発生 → (a)+(a)+(a)+(a)+(a)+.......=(A)

 

驚くよね。

いわゆる、「自己能力が高い成功者」というのは、その能力を磨く過程自体が、(A)になりうる=幸せなのだ

 

…と、ここまで書いてネタバラシするが、これらは、「引き寄せの法則ロンダバーン系、ヒックス系)」の"本来"言いたいことである。よくよく読むとだんだん理解できていくのであるが、ロンダ系もヒックス系も、最大に重要視していることとは、「よい気分で居ること」である。つまり(a)や(A)であると。願えば物品を手に入れることができる、というのは全く本筋ではなく、本を売り込むためのストーリー作りとしての肉付けにすぎない。まあ、あながち嘘というわけでもないのだが。やってみればわかる。

 

また、引き寄せの法則だけでなく、いくつかの複数の宗教、もしくは単なる公衆道徳としても、「感謝」という行為を重視しているが、これは、(a)のために非常に有効な手段だからである

感謝という感情とは、自分の周囲から、なんらかの物品や、行為などを受け取ったときに発生する、「喜/楽」に属する種類の感情である、と説明すると、感謝とは本来的には何なのか?と理解できるだろう。

 

ちなみに私は「「成功者」になれば幸せになれますよね」とは全然思ってない。どのみち(A)が幸せ本体なので、成功者になるなんていうのは、どうでもいいと思ってる。他人から尊敬されるなんていう手法を使わなくても、(A)は得られる。それに、人生なんて、死ぬまでの暇つぶしである

最後

(a)を得るために、他人に迷惑をかける行為をしないように。それをやると、後日何らかの形で、「反撃を食らう」ため、けっきょく後日、不快な思いをしてしまうことになるので、元の木阿弥である。「喜/楽」を得ても、後日「怒/哀」で相殺されるのでは意味がない。

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