2012年07月07日の日記

2012-07-07

俺もいじめしてた

大津市いじめ問題ニュースを見ていて思い出した。

小学生の頃通っていた少人数の個人塾で、いじめられている子が居た。

俺も見て見ぬふりじゃなく、酷い事言ったりして積極的に参加してた。

先生も完全にこっち側だった。

肉体的・金銭的暴力こそ無かったが、あの子にとっては本当に辛かっただろう。

その後あの子がどうしているか気になって名前検索して見ようとしたが、侮辱的なあだ名にされていた苗字木下キモ下みたいな)は覚えているものの、下の名前が思い出せない。

許してもらえるとも思わないが、申し訳ない事をした。

今は幸せになってくれてるといいんだが。

http://anond.hatelabo.jp/20120707170958

それは単に特殊な例だろ?普通に考えれば恋愛経験ある方が無い奴より人の扱い上手いだろ

http://anond.hatelabo.jp/20120707231253

新見南吉と宮沢賢治、どこで差がついたのか

慢心、環境の違い

定形文で書いてしまったが

新見南吉のほうがむしろ後の時代なのに古く感じるのはなんでだろうね?

たんにパーソナリティの違いだろうか

http://anond.hatelabo.jp/20120707180240

ほほう

それが実際に適用されたのなら、夏の計画停電体験者の話を聞きたい。

http://anond.hatelabo.jp/20120707210022

両方に共通して言えることだと思うけど、昔の人は自分の行動に言い訳をしない人が多かったんだよ。

そういう時代背景があって書かれた話だと思う。だから、今の感性からすると、なんでと思ってしまう部分が出てくる。

そういうことなんではないか

うまく説明できんが。

http://anond.hatelabo.jp/20120104131746

ICHI』なんてもんを見てる人がほとんど居ないか

力作レビューしても需要がないのよねw

秘宝村みたいなのにタッチされなかったクソ映画はクソとしての名すら残らないか

http://anond.hatelabo.jp/20120707210022

うれしかったのかどうか読者に想像させるに留めて客観的な状況だけ描写したほうがいいようにも思うし、

しかし「感謝されたかったという思いが叶って満足なのか、自分の評価が大切なのか」という印象も持たせる終わり方になってしまうし、

かと言って「うなずきました」だと一層「自分が評価されたいだけなのか」という感を読者に植え付けさせてしまうし、

撃たれてもなお「うれしくなりました」の方が、自己犠牲的で感動を与えるような気がする。

感謝されたかったのもあるだろうけど、土間の栗だのきのこだのを「神様」だと思ってた兵十の誤解を解けたのが嬉しかったんじゃね?

人生訓は簡単だ。悪事には罰があるということと、それでも贖罪は叶うということ。

母狐は自分が恐ろしくて行けないような街になぜかわいい子狐を一匹で買い物にいかせたのか。

まりに冷淡ではないか

町のはずれでハラハラ待ってたっぽくね?

「ぴゃっと行ってきちゃいなさい」くらいの感覚だったんじゃね?

送り出してから後悔したかもね。「心配しながら、坊やの狐の帰って来るのを、今か今かとふるえながら待っていました」。

大津いじめ問題非道さを見ているといろいろ嫌になる。

行政教育機関の怠慢もさることながら、ネット上の不特定多数による制裁も嫌だ。

怖いとか醜いとか生理的嫌悪感を抱くわけでもなく、かと言って事態を鳥瞰して野次ったり嘲笑したりしたいわけでもなくて、もっと大きい事柄が嫌になる。

今更社会とか人間に対して絶望ごっこするつもりはないけれど、ものすごく厭世的になってしまう。

そう腐らずに、関心を抱き続けることが、一個人として肝心なんだろうけど。

いじめとそれに伴う困難な状態から立ち直ることは可能である

最初に確認したい事実いじめとそれに伴う困難な状態から立ち直ることは可能である

いじめを根絶することは非常に困難。少なくとも今まさにいじめられている自分恩恵を受けるということはない。しかし、未来永劫というわけではない、人を介して媒介されるのが病原菌なら社会共同体)を介して媒介されるのがいじめ天然痘は撲滅された。

いじめは、食物連鎖封建制度カースト制度ではない。システムから抜け出すことは可能。当事者いじめる側、られる側)・調停者(先生や親)・傍観者(大多数の他人、クラスメイト)という3者の関係が有ることを理解する。

解決のためのアプローチ毒をもって毒を制す

勉強はできたらやったほうがよいが、無理には必要ない(学業という重みからの開放)。何でもいいからやれることをみつけることが大切(現実逃避手段やストレス解消手段になる)

いじめをうけたらやり返さない→権威を利用するとき効果が現れる!(相手に手を出させる、証拠をつかむくらいの狡猾さが必要写真に収めたり、スマホなどで録画、録音も有効

なるべくオプティミズムを保つ→いじめとか誰でもできる経験じゃない。物事を前向きに考えるようにすることは重要皮肉屋になっても良い)

ジョークを覚える:人間関係潤滑油

人間関係:生徒との関係より、教師との関係を優先すること

弱いものがいたらいじめたくなるのは人間から切り離せない。加害者個人だけの問題だと思いつめない

まり被害者面をしない(しても良いが、時と場所を選ぶこと、人としての尊厳は保つこと)

まりいじめられている自分」を意識し過ぎない→挙動が不審になりやすくなり、逆効果(進んで餌になりに行くようなもの

弱者ステータスを上手く利用することを考える(やりすぎは禁物、信用をなくす。あくまで交渉のためのカードブラフとして用いる)

自殺というカードある意味いつでも切れる一方で、挽回の機会を永遠に失うことになる(リスカなどの未遂行為は禁止)。だから他の手を尽くしてみるのが先

子供を持つ親に対して:

更生するにはいろいろとカネがかかる→保険と同じで事前に対策するのは無駄ではない

いじめに関する精神的なケアを両親に期待しない→事が終わった後の関係に差し支える(例えば将来親との間に揉め事が起こった時に、昔のことを持ち出されるといろいろ苦しい。良い関係を維持するのは難しくなる)

両親には学校との連絡や送迎、金銭が絡むことなどだけ頼る(立ち直るにはカネがかかる、そうなってからでは遅い、普段から子どもとのコミュニケーションはしっかり取る、それで必ず防げるわけでもないが)

その他:

いじめを傍観するという行為を責めることはできない(積極的にいじめに介入するには誰にでもできることじゃない。同時に、このレトリックは多数派である傍観者を敵に回さないためにも有効

言葉を大切にするという姿勢をもつ。口汚い言葉を浴びせられてこそわかることである

いじめられる側にも、問題があるというのは認めにくいが一理ある(僕は何もしてないのに〜はたしか事実だが、それといじめられることにはあまり関係はない。独善に固執しないよう心がける)。

宮沢賢治はやっぱりすごい

五才になる子供を寝かしつけるために本を読むことがあるのだが、今日はためしに宮沢賢治の「北守将軍と三人兄弟医者」を読み聞かせた。

すべての文章が五七調になっているでリズムがよいことと、文章が古くてわかりづらいことのダブルパンチで、睡眠導入に最適かと思いきや、なかなか寝ない。

少し内容が難しかたか反省し、

ちょっと分かりずらい言葉が多かったでしょ」

と聞くと、

「感動した」

という言葉が返ってきた。馬鹿だけど正直なうの子供は、わからなかったらわからないと言う。そこを踏まえると、それなりに内容を理解していたらしい。

宮沢賢治童話は名作が多いが、いかんせん言葉が古いので、今の子供が聞いても意味が分からない表現が多いはずだ。

それでも感動したと子供に言わせるのは、宮沢賢治のすごいところだと思う。

特に童話というジャンルで、言葉遣いがかなり変わってしまっている未来の子供の心を的確にわしづかみにする力が、彼の童話にはある。

本当にすごいわ。

そういう人に、私もなりたい。

橋下は橋下でなあ

部下を送って傀儡首長とし事実上領土化されるだけのような気がするが

現状よりはマシかなあ…?

いい人材がいればなあ by 20120707173409

http://anond.hatelabo.jp/20120707175354

http://anond.hatelabo.jp/20120707161837

恋愛できない人は結婚しない社会のほうがずっと健全だと思うよ

まるで太古の昔から恋愛結婚が主流派で、

自分見合い結婚という近代のゆがんだ制度による被害者だ」

と言わんばかりの主張だな。

恋愛結婚が主流になったのがいつ頃か調べてみ。

お前が引きこもりなのは親のせいじゃない。

安易に周囲へ責任転嫁するお前自身のせい。

http://anond.hatelabo.jp/20120707214128

つーか自分だけは受けいれられるんなら自殺しないだろこいつ jpp

人権擁護法案が可決成立してたら

いじめ自殺する男の子

ここぞとばかりにヘイトスピーチ垂れ流すネトウヨ

居なかったんじゃね?とか思ったよ。

もう、うんざり

M 先輩

何気なくいじめ自殺事件のまとめサイトをみて驚愕した。加害者の父親として晒されているのは M 先輩では無いか。M 先輩には以前大変お世話になった。男気があり正義感があって後輩にも慕われていた。家庭でも、おそらく父親としても大変立派な方だろう。

正直私が思ったのは、子が親を選べないように、親も子を選べないという事だった。もしも加害者の父として彼が挙げられていなければこんな事思いも付かなかっただろう。しかし、少なくとも私なんかよりもずっと立派に社会活躍されている M 先輩がこのような立場に立たされていると言うことは、どんな人でも、ある日突然加害者の身内になり得るという事だ。

被害者のご両親の気持ちを考えると心が痛む。

しかし、M 先輩を直接知る人ならみんな同意すると思うが、M 先輩は決して悪人では無い。どちらかと言うと曲がった事が嫌いで、常に正義を信じる熱い人だ。あの M 先輩のご子息が報道にあるような卑劣いじめに加担していたとしたら、M 先輩にとっては大きすぎる不運だと言うしか無い。M 先輩とそのご家族の順調な人生がこのような形でズタズタになってしまう事を思うと、やり切れない気持ちになる。何かの間違いであって欲しいと願っている。

追記

沢山の人にご批判を頂いたので少し補足する。自分の子供がいじめで人を殺すかも知れない事を想像出来ない多くの方のコメントには、安っぽい正義感のような違和感を覚える。こんなの運でしょう。この事件は加害者とその親が罪を償う事で終結するのかも知れないが、そんな事でいじめが無くなるとは思えない。

追記2

釣りネタか?先輩とか男気とか体育会系の嫌な方の臭いが。

誤解を受けるような事を書いて申し訳ない。私は確かに体育会系は少し苦手だ。しかしま事実が明らかになっていない以上まだ擁護も批判もするべきでは無いと思っている。ただ後輩の一人として間違いであって欲しいと願うだけだ。一方で、他の方の浅はかな正義感による批判に答える気は無いが、無視するのもあまりに癪なので以下単に引用する。

この親あってこの子あり。

そして、この先輩あってこの後輩あり。

ぐにゃぐにゃに曲がった根性正義感のかけらもない人間のクズに誰が同情できようか。

それが彼なりの正義感。つまりどうしようもないクズ。変えられようのないクズ

キモヲタってのはヤヴァイww

うわぁ・・・やっぱあんたもクズいな。

正義や立派な父親等とは真逆クズ外道人外ブタだ。

言葉無礼るなこのクズ野郎。

心の痛みを口にするなら、貴様直ちに社会の為に酸素摂取を停止してCO2の排出を永久に停止するのが正しい。そうでないなら心などという人間にのみ認められた概念を持ち出すなこの下等生物が。

追記も含めて。身内をかばう=正義なんだろうな。外から見るとクズの集まりなんだけど、

お父さんが立派な人物なら、既に息子と心中している筈。未だに生きている事が父子共々根っから悪人である明白な証拠

すげえ脳筋っぽい考え方でキモい・・・

運だったら何?殺してもいいの?馬鹿なの?

恐怖を覚えるほどのバカすぎて痛々しい。さすがこの先輩にこの後輩あり。吐き気がする。

自分の子供をきっちり殺せないようなクズ野郎が図々しくガキを設けるんじゃねーよ。

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