2011-10-05

自分仙台に住んでいるんだけどさ、内陸だから3月の震災の被害は家が少し壊れるくらいで済んだ。避難所に行かなかったのだからかなりの幸運だ。

それでも震災直後からの1ヶ月間はだいぶ不便な生活が続いた。

ライフラインは全部止まるし、クルマガソリンだって残り少ない。食べ物が、いつどこで買えるかの情報戦も展開されていた。

ある日、朝7時から郊外にあるスーパーへ出かけて、その当時にしてみればかなり多くの食料が確保できた。

地元の人なら知っているだろう、震災のどさくさに紛れて、ぼったくりなんてしたあの店で。

これが人のやることか。この非常時なのに、考えているのは目先の金のことだけか。そう家族と話し、憤りを隠さずに帰った。

自宅に戻ると、電気が復旧していた。急いで充電器に携帯電話を繋げる。あの日、我が家にたどり着いてから間も無く、電池がなくなっていた。

数日ぶりに電源の入った電話に、次々とメールが舞い込んでくる。友人らが、安否確認のメールを送ってきてくれていた。

それらひとつひとつに目を通していると、一通だけ、毛並みの違う文面のメールが紛れていた。

大丈夫からね、みんな繋がっているから、日本は今、ひとつから

東京に行った友人のひとりからだった。

他の友人は、とにかく大丈夫?とか、あるいは自身は無事である、あの時は怖かった、などという内容のメールを送ってきていた。

文面としてはおかしくない。勇気付けようとしてこういうメールを送ったのだろう。

だけど無性に腹が立った。

ぼったくられたばかりだった。余裕がなかった。偽善言葉のように聞こえた。東京に住んでいて、何でもあるのに、何を抜かす、と本気で思った。

から、「メールをくれたのは嬉しいけれど、そんな綺麗事を抜かすな」と返信した。メールは戻ってこなかった。

 

それから数ヶ月が過ぎ、震災前とほとんど変わらない日常が戻ってきた。ニュースさえなければ、一日くらいは震災のことを全部忘れて過ごせるような気がする。

私の街は少し寂しくなった。空いていない店がまだある。建物がめちゃくちゃに壊れて、閉店した店も少なくない。

私自身も仕事が変わった。いつ切られるか分からないけれど、3月よりも前向きに過ごしている。

ついこの間、ちょっとしたことがきっかけで、例のメールをくれた友人のtwitterアカウントを見つけたので、覗いた。

ぞっとしてしまった。なんか気持ち悪い。

震災のことばかりをつぶやいている。ユニリーバ募金のことは毎日欠かさずツイートしているようだ。

毎日毎日震災のことばかりをつぶやいて、宮城が大変だとか放射能がどうとか、福島はかわいそうだとか、そんなことをつぶやいている。

愛とか平和とか、絆とか、積み重ねれば大きな力になる、差別反対、エトセトラ。半分くらいは誰かの言葉リツイート

こんなことは恐らく、普通のことだ。寒気を感じる自分おかしいとは分かっている。だけど腹が立つ。私は被災者様なのだろう。津波に遭ったわけじゃないから、被災者でもないのだけど。

友人に哀れまれているようで嫌だった。本人はすごく力になりたいのだと思っているのだろうけど、頑張る方向が違うような気がする。綺麗事だけじゃ生きていけない。

たぶん自分おかしいんだろうけど、とりあえず愚痴らせてもらった。少し冷静になりたい。

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん