2011-10-04

母が自殺した

9月30日、母が死んだ。酔っぱらって衝動的に自殺したっぽい。

部屋は綺麗だった。昔からきれい好きだし。一軒目は何処で飲んだのか未だに不明。部屋にも酒は無かった。

とある出禁の店に泥酔状態で行って追い返されて、警察保護されて深夜の2時頃に自宅に返された。その3時間後に海で見つかった。

その日の朝9時頃地元警察から電話がかかってきた。最初は前の日に話をした地元友達かと思った。俺の会社で働いていて色々な人から金を借りて逃げたからだ。半年ぶりに連絡がついてそしてそれを凄く怒った。金のことも怒った。本当に自分もびっくりする位怒ったのでびっくりして警察に駆け込んだのかと思って電話を出た。

海で遺体で上がりました、と警察。頭が真っ白になるってこの事だったんだ。

電話を切って結構ボーとしてた。月末で仕事もまあまあ忙しかった。

近所の公園をふらふらしながら離婚した親父とか、母の弟とかに電話した。人嫌いで親戚・友達づきあい殆ど無かったから連絡はこれで事足りる。

ボーっとしすぎってチケットを取ったのは夕方だった。すぐに電話すればすぐに帰れたのにボーっとしてしまった。

母とはずっと疎遠だった。ヒステリックで酒乱で本当に嫌だった。

帰ったのは17の時に上京して友達事故った20歳くらいの時、じいちゃんが死んだ22歳くらいの時、あとは半年くらい前。

半年前に帰った理由は説教するためだった。

近所の習い事先生に酔っ払って「俺君を返せ!隠してるんだろ!」と。

更に飲み屋で俺の同級生に金を借りて飲んだ事も聞いた。

酔ったら俺に電話してくるのもやめて欲しかった。当たり前のように100回以上は電話が鳴った。留守電もいっぱいになった。

鍵を開けて入っていくと久しぶり過ぎてびっくりした後に大泣きして土下座して謝っていた。痩せていて、老けていた。

部屋を見てみると綺麗にはしているがカップラーメンばかり。薬も色々な種類の薬(うつ、糖尿、痔、等)を飲んでいる。

これはやばいなと思った。

ホテル厨房で働いていたから飯はめちゃくちゃ旨い。なのに何でカップ麺ばかり食っているのかと軽く怒った。

んで東京に住むか、と誘った。でもずーっと住んでいるこの地が良いらしい。

素面の時ならいつでも電話しろと言った。素面でもこの何年かは話が通じなかった。

内容としては、

・金はあるのか?

・何でそんなに高いマンションに住んでるのか?

やくざになったのか?

・誰を頼って東京に行ったのか?

等。

母の中では金持ちヤクザらしい。儲かったってヤクザなんてやらないのに。

なので一度でも俺の会社を見て欲しかった。色々とやっていてひとつひとつ見せながら説明したかった。

そこで2時間位で家を後にした。

そんな事が前にあって、飛行機に乗って帰り、警察空港に迎えに来ていた。

母の死体警察署にある。当然見ることになる。隣には一緒に来てくれた彼女がいるけど、ずっと緊張、というか過呼吸になりそうな感じだった。なったことはないけど。

上記に書いた時系列を説明してもらい、発見地点など地図に書いてもらった。

母と対面した時には冷たくなっていた。冷蔵してるし当たり前かと考えていた。

1分ほど見つめて、後にした。司法解剖に行くことになった。事件性の有無を調べるためだ。

でも俺はそんなものは無いと思ってるし今でもそう思っている。それは間違いない。

地元の街中の殆どの店を出禁になり、飲む所がない。1件だけあってそこによく行っていたようだ。葬式にもいきなりそこのママが来てくれた。

俺も明日明後日くらいに謝罪に回ろうと思ってる。

その後隣町の実家に帰った。ひどく部屋は綺麗だ。いつも通り。

彼女が台所を見て言った。歯磨きに俺が小学生の頃に作った焼き物の湯のみを使っていた。そこでその日初めて泣き崩れてしまった。前の日にも彼女の胸で泣いた。泣き顔は5年のうちで初めて見せた。

家中探してもやっぱり酒を飲んだ形跡はない。やっぱり何処かで飲んだんだ。未だに判明してないけど。

とても自殺した人の家とは思えないくらいに綺麗で、色々と行き届いていた。生活感もあった。

ふと思った。冷蔵庫を閉めた後に。ちゃんと色々買って自炊している。言うことを聞いている。カップ麺は一個もない。

携帯電話を見た。全く何も入ってない。俺の携帯電話をしてみた。鳴らない。通話ができません、と。

他の携帯にかけてみた。鳴った。どうしようもない気持ちになった。

母は俺に迷惑をかけまいと俺に電話できないように設定していた。

でも10日前くらいに公衆電話から電話があった。病院からかけていると。

何で携帯からかけて来ないのか不思議だったけど、特には聞かなかった。これで謎は氷解した。

その電話の時もやはり話題は誰を頼って東京に行ったのか。前までは素面でも話が通じなかったけど、多分今回の電話電話する理由が欲しかったんだと思う。ちゃんとそこは説明している。

それが最後電話になった。もっと話しておけば良かったと眩暈がするくらい後悔してる。

というか、親孝行をもっとしたかった。これは一生後悔し続ける。

日本中の殆どの人が、世界中の人かもしれない。日常的に言っている「親孝行は生きているうちにしておけ」と。

何でそんなことが、そんな簡単でいつでもできることが俺には出来なかったのか。

いつかは思う存分孝行しようとしていた。というかその時期だった。

ある程度東京でも成功し、月収も1000万を超えた。なんでもできるはずなのに。なんでだろう。そればっかり考える。

ビジネス成功して、親孝行は失敗する。親孝行のほうがはるかに簡単でいつでもできるのに。

俺の存在意義を疑う。何の為に生まれてきたのか。

小さい頃から毎日喧嘩してきた。

小学生になる前にはママママと呼んでいつもおやすみキスを求めていた。

小学校低学年になったら取っ組み合いの喧嘩をするようになった。習い事も初めて色々な賞を取って喜んでいた。

小学校中学年は他の習い事も始めた。その習い事世界大会ベスト3に入るまでになった。本当に誇りだっただろう。

小学校高学年は両方の習い事でグングン伸びて全国をかけめぐっていた。これは中学校も続く。ママと呼ぶのが恥ずかしくて母さんと言うようになった。

中学1年になって初めて喧嘩に勝った。蹴りがみぞおちに入って唸ってうずくまってしまった。これからは手加減しないとまずいと感じた。

中学2年は包丁を投げられて必死でかわした。この頃からお前というようになった。毎日夜遅くまで友達の家で遊んだり泊まり歩いたりが始まった。

中学3年は同上。もっとひどくなっていった。

高校1年制は不良友達のたまり場になった。6畳の部屋に10人はざらだった。彼女もできて家には殆ど帰らなかった。

高校2年制は停学3,4回目で首になった。もうこの頃はほぼ帰らなかった。母が知っている友達の所にいるといきなりやってきて窓を全力で開けて叫び始めるからだ。

溺愛されていた。でもその愛情表現の仕方が本当に常識とかけ離れていた。俺もわかりつつも心から嫌いになっていった。

17歳の時に求人誌を取り寄せて片道の飛行機代で上京した。本当につらい毎日だった。

家の引き出しを見てみるとその頃に振り込んでもらった振込用紙が出てきた。勝手に出ていったくせに。俺に関連するものはどんなものでも綺麗にとって置いていた。

アルバム学校通知表習い事の全国のおみやげインテリア、載った新聞の切り抜き等。

彼女も溺愛しているのは簡単にわかると言っていた。友達達も溺愛しているのは言うまでもないと。

俺の為だけに生きていた。99%。それ以上かも知れない。

生活保護を6年ほど受けていた。俺は生活保護手紙みたいなものを受け取ったが関わりたくないので面倒見切れませんと返信した。

引き出しには通帳が入っていた。

6年間で120万程度貯めていた。実際使えるお金は6万程度なのに。光熱費とか食費とか色々あるのに。その中から月に15000円以上も貯めていた。

よく見てみると、大きい買い物はテレビだけだった。チラシも、領収書も入っていた。俺に言ってくれればそんなものすぐに、もっと大きい、もっといいものを買ってあげるのに。

もっとよく見てみると、服も、布団も、何も新しいものがない。全部見たことがあるものばかり。

何を楽しみに生きてきたのか。

涙が止まらない。

今日の朝、いらないものは全部捨てた。捨てるのを迷うものばかりだ。

全部持って帰りたい。

このまま部屋を借りるかどうか迷う。

全部このまま残したい。

今もまだ考えている。

形見と呼べるものは少ない。

遺体発見された時も小銭入れと、部屋の鍵とタバコだけだ。今乾かしている。

母子家庭一生懸命育ててくれた。

取っ組み合いの喧嘩をして父親替わりもしてくれた。

全ては俺が最後まで素直になれなかったのが原因だ。

東京に来いといったが完全に命令口調でいった。

久しぶりに会ったからと肩でも揉んでやればよかった。

東京に来て生活するよりも、そのほうが嬉しかたかも知れない。

わざわざ電話する理由まで作って電話をしてきたんだし。

今、遺体の前で号泣しながら書いてる。

会社人間には言ってない。下手な気を使わせたくない。俺も気を使われたくない。

1年間は何も言わないつもりだ。

1年後、俺は人生初のボランティアをしようと思う。

うつアル中で親の事を好きだけど素直になれなくて、でも何かしてあげたい人の為に。

もう俺みたいな一生後悔するような事は誰にもさせたくない。

今日さっきまでお通夜だった。母だけの知り合いは一人だけ。上記の唯一飲みにいける店のママだ。

そこでも喧嘩して出禁になりかけたらしい。でも素面に戻って飲む所がないと泣きついてきたらしい。

大人たちが帰って、地元の友人10人程度で飲んだ。こんなに皆が集まるのは高校生以来だ。腹を抱えて笑った。ずっと皆で笑ってた。母もそのほうが喜ぶだろう。

明日火葬だ。本当に肉体もこの世からいなくなってしまう。

このまま保存できるならずっと保存したい。ずっと一緒にいたい。俺が死ぬまで一緒にいたい。

でもそんな事は叶わないから焼く。

生き返るなら全財産出しても借金してもいい。そんな気持ちになったのは初めてだ。その為に人生を賭けてもいい。

本当に母が好きだった。なのに優しい言葉をかけたのは記憶がない。

どれだけ母は俺の優しい言葉を望んだだろうか。

別れた父もお通夜も来なかった。母の弟は遠くで死ねばいいのにといった。完全に回りの鼻つまみものだった。

俺もそういう気持ちだったはずだった。なのに何でこんなに愛おしくなるんだろう。

金を稼ぎたかった。だから親は後回しにした。でも本当にいい暮らしをさせてやりたかたからなのに。

増田はいつも見ていた。でも俺が書くとは思わなかった。たまにホッテントリで見るくらいなのに。

でも何処かに吐き出したかった。今の気持ちも忘れたくなかった。だからこの場を借りる。

【追記】

本日火葬を無事終えました。本当にありがとうございました。お骨ってあんなにもろくなるものなんですね。

結構発覚したことがあったのでメモ

・第2発見者が親友のお父さん(漁師

・引き上げてくれたのが親友のお父さん(消防士

・爺ちゃんが亡くなって10年近く経つんだけど、亡くなってからずっと行っていなかったお参りに今年は2回も行っている。

・今年の7月からこの3ヶ月で泥酔で4回も保護されている。

・今年の7月親友のお母さん(母の同級生でもある)に素面電話して、出なかったので役所で働いている旦那さんにまで電話をしている。同級生と久しぶりに話したかったのか?

とか色々。

何らかの予感があったのかも知れない。

月収に対するネガティブコメント→こんなにあるとは。本当の事なので何とも言えません。

生活保護に対するネガティブコメント→概ね同意です。今回の残っていたお金ボランティア活動に使おうと思っています

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